ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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29話

ノートルディア公国へと続く深く険しい森の中。

 

木々の隙間から差し込む陽光は白夜のそれほど刺々しくはないものの、鬱蒼と茂る木々が風を遮り、じっとりとした湿気が僕たちの体にまとわりついていた。

 

「……ッ、シィィッ!」

 

鋭い風切り音と共に、木々の上の死角から襲いかかろうとしていたはぐれノスフェラトゥの眉間を、光る矢が正確に射抜いた。

 

「……遅い」

 

同時に、音もなく木の上から飛び降りたベルカの手斧が、もう一体のノスフェラトゥの首を無表情に刈り取る。

 

「ふん。お前が飛び出す前に、僕の矢が先に当たっていたはずだぞ、暗殺者」

 

風神弓を下ろしたタクミが、忌々しげに鼻を鳴らす。

 

「……私の手斧の方が、コンマ一秒早かった。それに、あなたの左後方の死角、甘い。……私がカバーしなければ、爪の先が掠っていた」

 

ベルカは血振りをして斧を収めながら、感情の読めない瞳でタクミを見つめ返した。

 

「なっ……! 掠ってなどいない! 次は僕が先に見つけて、お前の獲物ごと射抜いてやるからな!」

 

タクミは声を荒げたが、その顔には以前のような暗夜への絶対的な拒絶の色は薄れていた。互いの背中を預け合い、その実力を肌で感じ取ることで、不器用な彼らなりの連携――奇妙な信頼関係が生まれつつあった。

 

「……タクミ様、暗夜の女とあんなに息を合わせて……。アタシ、なんだか胸がざわざわするよ……」

 

後方で警戒していたオボロが、複雑な顔でヒナタにこぼしている。

 

白夜と暗夜の兵たちが、戸惑いながらも一つの軍として歩みを合わせ始めている。

 

その光景に安堵の息を吐いた僕だったが、僕自身の周囲の空気は、彼らの爽やかな共闘とは無縁の、どろどろに甘く煮詰まった修羅場の真っ只中にあった。

 

「……はぁっ……はぁ……」

 

「あらあら、可哀想に。私の可愛いカムイ、こんなに汗をかいて……」

 

行軍の小休止。巨大な古木の根元で、僕の小さな体は、完全にカミラ姉さんの膝の上に囚われていた。

 

彼女は僕を背後から抱き抱え、その圧倒的に豊満な双丘の間に、僕の後頭部をすっぽりと埋め込んでいる。薄絹の衣装越しでも伝わる、恐ろしいほどの柔らかさと、むせ返るような大人の女性の熱気。

 

「カミラ、姉さん……ちょっと、暑い、よ……」

 

「だめよ。この森は湿気ばかりで冷えるもの。お姉ちゃんが、こうして体の芯から温めてあげないと……」

 

カミラ姉さんの熱っぽい吐息が、僕の汗ばんだうなじを直接撫でる。彼女の長くしなやかな指先が、僕の衣服の襟元をわずかにくつろげ、そこから胸元へと滑り込んできた。

 

心臓の鼓動を直接なぞるような、ねっとりとした愛撫。彼女の甘い香水と、肌から匂い立つ汗の香りが混じり合い、僕の呼吸を甘く塞いでいく。

 

「お、お兄様から離れてくださいッ! お兄様のお疲れは、私が治癒しますっ!」

 

すかさず、右側からサクラが僕の腕をきつく抱きしめ、引っ張り出そうとしてきた。しかしカミラ姉さんの拘束は強く、結果として僕は二人の間で引き伸ばされる形になる。

 

サクラの柔らかな胸が僕の腕に押し付けられ、桜のような甘い香りと、彼女の小さな手から流れ込むひどく熱っぽい治癒の魔力が、僕の血管をドクドクと満たしていく。

 

「お兄様、私の体温……感じますか? 私、お兄様のためなら……この命の全部、お兄様に注ぎ込んでもいいんです……っ」

 

「サ、サクラ、大丈夫だから……っ」

 

「……いいえ、大丈夫ではありません。お二人の異常な熱気で、カムイ様が茹で上がってしまいますよ」

 

スッと、氷のように冷たい空気が左側から割り込んだ。

 

フローラが僕の顔のすぐ横に跪き、手袋を外した白く透き通る指で、僕の額に滲んだ汗をゆっくりと拭い取った。

 

「ひゃっ……ふろーら……」

 

「……ええ。私の冷気で、この鬱陶しい熱をすべて奪って差し上げます。カムイ様はただ、私の氷の奥で……心地よい痺れに身を委ねていればよいのです」

 

フローラの指先が、僕の頬から顎のライン、そして首筋へと氷の刃のように滑り降りる。彼女の凍てつく吐息が僕の耳朶を打ち、右と背後からの熱気と混ざり合って、僕の背筋にゾクゾクとするような快感の粟を立たせた。

 

「私もいますっ! カムイ様、お水をお飲みくださいっ!」

 

フェリシアが正面から水筒を差し出そうとして、案の定、木の根に足を引っ掛けた。

 

「あわわっ!?」

 

ドサリ、とフェリシアの体が僕の両脚の上に倒れ込み、彼女の豊かな太ももが僕の膝に強く押し付けられる。

 

「も、もう! アンタたち、いい加減にしなさいよッ!!」

 

その息の詰まるような甘い地獄に、赤いツインテールを揺らしたルーナが、顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。

 

「行軍中だってのに、ベタベタベタベタ……ッ! アタシたち傭兵の常識じゃ考えられないわよ! ちょっとは周りの目も気にしなさいよねっ!」

 

「る、ルーナ……助けて……」

 

僕が息も絶え絶えに視線を送ると、ルーナはビクッと肩を震わせた。彼女の赤い瞳が、僕の火照った顔や、はだけかけた襟元を捉え、視線が泳ぎ始める。

 

「べ、別に……アタシはアンタを助けたいわけじゃ……っ! ただ、軍の風紀が乱れるのが嫌なだけなんだからっ!」

 

言い訳を並べながらも、ルーナは僕の左側――フローラが退いたわずかな隙間に座り込み、僕の空いていた左手を、自分の両手でぎゅっと握りしめた。

 

「え……ルーナ?」

 

「っ……! ア、アタシの手、ちょっと冷えてるから……アンタの熱、少しだけ……奪ってあげなくもないわよ……っ!」

 

ルーナの手は震えていた。ツンケンした言葉とは裏腹に、僕の指を絡め取る彼女の指先からは、隠しきれない熱い動悸と、不器用な優しさが伝わってくる。彼女の肩が僕の肩にぴたりと触れ、革鎧越しに彼女の体温が流れ込んできた。

 

カミラ姉さんの絶対的な母性の檻。

 

サクラの逃げ場のない依存熱。

 

フローラの凍てつく独占欲。

 

フェリシアの無自覚な肉体の押し付け。

 

そして、ルーナの不器用で初々しい密着。

 

「……えへへー、カムイお兄ちゃん、大人気だねっ!」

 

少し離れた倒木に座っていたエリーゼが、足をバタバタさせながら無邪気に笑う。彼女も隙あらば飛びついてきそうな目でこちらを見ている。

 

そして、さらに少し離れた木陰から。

 

アクアが、この混沌とした情景をすべて見透かすような静かで深い金色の瞳で、僕だけをじっと見つめていた。彼女が動かないのは、最終的に僕の精神の根幹を握っているのは自分だという、絶対の自信があるからだ。

 

僕の小さな体は、彼女たちの甘く、重く、温度の違う愛情に完全に絡め取られ、森の湿気よりもずっと濃密な泥沼に沈み込んでいくようだった。

 

「――っ! た、助けてくれぇぇぇッ!!」

 

突如、前方から情けない悲鳴が響き渡り、僕たちの甘い空気を強引に断ち切った。

 

「えっ!?」

 

僕が慌てて身を起こすと(カミラ姉さんたちは不満げに眉をひそめたが)、森の奥から、巨大なリュックを背負った赤毛の女性が、半泣きでこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 

「お願い、誰か助けてぇっ! 私の可愛い商品たちが、ノスフェラトゥの餌食になっちゃうぅぅっ!」

 

その後ろには、通常の倍近い大きさをした巨大なノスフェラトゥ数体が、土埃を上げて彼女を追いかけていた。

 

「ノスフェラトゥの群れか……! みんな、行くよ!」

 

僕が夜刀神を抜き放つと、先程まで僕に甘く寄りかかっていた少女たちの瞳に、一瞬にして冷酷な戦士の光が宿った。

 

「……私のカムイとの時間を邪魔した罪、万死に値するわ」

 

カミラ姉さんが愛斧を構え、ふわりと魔竜に飛び乗る。

 

「お兄様に近づく魔物は、私が浄化しますっ!」

 

サクラが祓串を高く掲げ、光の魔力を練り上げる。

 

「アタシの剣の錆になりなさいよねっ!」

 

ルーナが剣を引き抜き、凄まじい踏み込みで先陣を切った。

 

「……一瞬で凍てつかせます」

 

「お掃除の時間ですねっ!」

 

フローラの氷とフェリシアの爆炎が、ルーナの剣閃に合わせて完璧な援護攻撃を放つ。

 

「す、すげえ……」

 

追われていた赤毛の女性は、僕のヒロインたちが瞬く間に巨大なノスフェラトゥを細切れにしていく様を見て、ぽかんと口を開けていた。

 

「怪我はない?」

 

僕が剣を収めて近づくと、彼女はハッと我に返り、すぐに満面の、それもひどく胡散臭い商人の作り笑いを浮かべた。

 

「いやー、助かりましたぁ! 私はアンナ! 世界中を股にかける、美貌の行商人よ!」

 

アンナと名乗った女性は、僕たちの軍勢――白夜の王子や暗夜の王女、さらには異種族の獣人までが混ざり合った異様な集団を素早く見回し、その瞳の中に「金貨(ゴールド)」の輝きを浮かべた。

 

「あなたたち、ただの旅人じゃないわね……? まさか、噂の『白夜でも暗夜でもない軍隊』!? いやだ、超VIPなお客様じゃないの!」

 

アンナは僕の手をガシッと両手で握りしめた。

 

「どう? 私、情報から武具の調達まで何でもできるわよ! 専属の商人として雇ってくれない? もちろん、お代は『特別価格』で勉強させてもらうわ!」

 

彼女のあまりにも現金な態度に、タクミやオボロは呆れ顔だったが、物資の調達ルートを欲していたガンターは静かに頷いた。

 

「……カムイ様。彼女のネットワークは、我々の星界(マイキャッスル)を豊かにする上で利用価値があります」

 

「わかった。アンナ、これからよろしくね」

 

「毎度ありぃ! アンナさん、命がけであなたたちをサポートするわよ! もちろん、追加料金はきっちりいただくけどね!」

 

アンナという抜け目のない行商人を仲間に加え、僕たちは森を抜け、ついにノートルディア公国の国境へと足を踏み入れた。

 

「……あそこだ。あの山の頂に、虹の賢者がいる」

 

ツクヨミが、雲を突くような険しい霊山を指差す。

 

「炎の紋章……。あの頂に登り切れば、本当の戦いが始まるのね」

 

アクアが僕の隣に並び、透き通る瞳で山頂を見上げた。

 

「大丈夫よ、カムイ。どんな試練が待っていようと……お姉ちゃんが、あなたを甘く優しく、守り抜いてあげるから」

 

背後からカミラ姉さんが僕の肩に腕を回し、首筋に妖艶な吐息を吹きかける。

 

それに対抗するように、サクラ、フローラ、フェリシア、ルーナ、そしてエリーゼが、僕の周囲を隙間なく埋め尽くすように身を寄せてきた。

 

それぞれの温度と、逃げ場のない愛憎をその小さな体に背負いながら、僕は「虹の賢者」が待つ試練の山へと一歩を踏み出すのだった。

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