ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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30話

ノートルディア公国にそびえ立つ霊山。その頂へと続く石段は、気の遠くなるほど長く、そして上るにつれて空気は薄く、冷たくなっていった。

 

「……はぁっ……はぁっ……」

 

僕の小さな体では、この過酷な登山はひどく堪えた。

一歩足を踏み出すごとに肺が軋み、膝が笑う。額から流れ落ちた汗が、冷たい山風に吹かれて急激に体温を奪っていく。

 

「……無理をしてはだめよ、私の可愛いカムイ。お姉ちゃんが、抱っこして登ってあげようか?」

 

ふらりとバランスを崩しかけた僕の背中を、ふわりと柔らかく、そして圧倒的な質量と熱を持ったものが受け止めた。

カミラ姉さんだった。

彼女は背後から僕の脇の下に長くしなやかな腕を差し入れ、そのまま僕の体をすっぽりと、自身の豊満な双丘の谷間へと沈め込んだ。

 

「あ……カミラ、姉さん……大丈夫、自分で歩け……んっ」

「いいのよ。あなたのその小さな体が震えているのを見るだけで、お姉ちゃん、胸が張り裂けそうになるの……。ほら、私の体温で、しっかり温めてあげるから……」

 

カミラ姉さんの甘く重たい吐息が、僕の耳朶を直接撫でる。

薄絹の衣服越しに押し付けられる彼女の鼓動と、むせ返るような香水の匂い。山の冷気など完全に遮断され、僕は彼女という名の、甘く底知れぬ熱の牢獄に閉じ込められてしまったかのようだった。

 

「……カミラ様。いくら姉君とはいえ、カムイ様をそのように密着させては、汗が冷えてお体に障ります」

 

スッと、氷のような冷気を纏った声が響いた。

左側に音もなく寄り添ってきたフローラが、手袋を外した白く透き通る指先を、僕の熱を持った首筋から襟元へと、ねっとりと滑り込ませた。

 

「ひゃっ……ふろーら……っ、つめ、たい……」

「……ええ。山風の不快な冷たさではなく、私自身の氷のような冷気で、あなたの火照りを芯から静めて差し上げます。……あなたはただ、私の冷たい指先だけを感じていればよいのです」

 

フローラの指が僕の鎖骨をなぞり、脈打つ頸動脈をそっと押さえる。カミラ姉さんの押し付けるような熱気と、フローラの背筋を凍らせるような冷たい愛撫。二つの極端な温度が僕の小さな体の中で混ざり合い、登山の疲労とは違う理由で、頭の芯がくらくらと痺れ始めていた。

 

「お、お兄様から離れてくださいッ! お兄様のお疲れを癒やすのは、私の役目ですっ!」

 

右側からは、サクラが泣きそうな顔で僕の腕をきつく抱きしめ、自分の柔らかな胸元へと強引に引き寄せてきた。

 

「お兄様、私の治癒の光……感じますか? 私、お兄様のためなら、この山の頂までだって、おぶって差し上げますから……っ」

 

サクラの小さな手から流れ込む、ひどく熱っぽい桜色の魔力。それは疲労を消し去るというより、僕の体の隅々にまで彼女の存在を焼き付けようとするような、重篤な依存の熱だった。

 

「私も、カムイ様をお支えしますっ!」

 

フェリシアが正面から僕の腰のあたりに抱きつき、その豊かな太ももを僕の足に押し付けてくる。

 

「えへへー、カムイお兄ちゃん、あったかそう! 私もぎゅーってする!」

 

エリーゼが背後からカミラ姉さんごと僕に抱きつき、無邪気な体温を重ねてくる。

 

「……ちょっと! アンタたち、こんな空気の薄い場所でそんなに群がったら、カムイが窒息するじゃないのよッ!」

 

その息の詰まるような甘い修羅場に、赤いツインテールを揺らしたルーナが、顔を真っ赤にして割り込んできた。

 

「る、ルーナ……助け……て……」

 

僕が視線を送ると、ルーナはビクッと肩を震わせ、さらに顔を赤く染めた。

 

「べ、別にアタシは……っ、ただ行軍の効率が悪くなるから言ってるだけなんだからね! ほら、アンタ、ちょっとこっち来なさいよっ!」

 

ルーナは僕の左手――フローラが触れていないほうの手を強引に掴むと、自分のほうへと引き寄せた。

 

「……アタシの手、ちょっと冷えてるでしょ。アンタの熱、少しだけ……分けてもらってあげなくもないわよ。その代わり、アタシがアンタの体を支えてあげるから……っ!」

 

ツンケンした言葉とは裏腹に、僕の指を絡め取る彼女の指先からは、隠しきれない熱い動悸と、不器用な優しさが伝わってくる。彼女の肩が僕の肩にぴたりと触れ、革鎧越しに彼女の柔らかな体温が流れ込んできた。

敵として出会ったはずの彼女が、今こうして僕の体温を求めている。その事実が、僕の心の壁をさらにドロドロに溶かしていく。

 

右からはサクラの逃げ場のない依存熱。

左からはフローラの凍てつく独占欲と、ルーナの不器用で初々しい密着。

下からはフェリシアの無自覚な肉体の押し付け。

そして背後からは、カミラ姉さんとエリーゼの、底なしの愛の抱擁。

 

少し離れた場所から、アクアがそのすべてを見透かすような金色の瞳で静かに見つめ、タクミやオボロが「またか……」という顔でため息をついている。ベルカは無表情のまま、タクミの背後の死角をカバーするように歩き続けていた。

 

***

 

彼女たちの濃密すぎる体温と冷気に支えられ(あるいは囚われ)、僕たちはついに霊山の頂、『七重の塔』の入り口へとたどり着いた。

麓の町で出会った親切な老人の言葉によれば、この塔の最上階に虹の賢者がいるという。

 

「……気をつけてください、カムイ様。空気が変わりました」

 

ギュンターが鋭く警告する。

重々しい石の扉を開いて塔の第一層へと足を踏み入れると、内部は薄暗く、外の冷気とは違う、魔力特有の重苦しい空気が立ち込めていた。

 

「キエェェェェッ!!」

 

突如、暗がりから奇声を発して、実体を持たない幻影の兵士たちが無数に湧き出してきた。

 

「来ましたね! さあ、お掃除の時間です!」

 

フェリシアが爆炎の暗器を放ち、塔の内部が一気に戦場へと変貌する。

乱戦の中、僕たち白夜・暗夜の混成軍は、それぞれの実力を発揮して幻影兵を薙ぎ倒していく。

 

「キリがない! でも、私の薙刀の錆にしてあげましょう!」

 

先陣を切って空から攻撃を仕掛けていたユウギリが、恍惚とした笑みを浮かべながら敵陣のど真ん中へと突っ込んでいく。

 

「ちっ……お前たちも賢者に会いにここに来たのか⁉︎ 悪いが、邪魔はさせねえぞ!」

 

その時、塔の影から、素早い身のこなしで幻影兵を倒しながら進む一人の男――フウマ公国に滅ぼされたコウガの忍、アシュラが現れた。

 

「俺は力を手にして、故郷を再建させるんだ! そのためなら、何だってしてみせる!」

 

さらに、別の階層からは、小さな子どものような姿をした少女――ニュクスが、強力な闇魔法を放ちながら幻影兵と交戦しているのが見えた。

 

「煩わしいわね……。戦乱を避けようと思ってこの地まで来たのに、これでは意味がないじゃない」

 

塔の宝や力を求めるアシュラ、そして隠れ住んでいたニュクス。彼らまでがこの試練の塔の乱戦に巻き込まれていた。

 

「ユウギリ、アシュラたちのほうまで突出しすぎだ! 戻れ!」

 

僕が叫んだが、戦いの悦びに酔いしれた彼女の耳には届かない。

その時、塔の上層に潜んでいた巨大な幻影の呪い師が、ユウギリの死角から強力な闇の魔法を放とうとしているのが見えた。

 

「しまっ……!」

 

ユウギリが気付いた時には、魔法陣はすでに完成していた。

 

「ユウギリッ!!」

 

僕は床を蹴り、小さな体を限界まで弾き飛ばして、ユウギリの盾になるべく彼女の前に飛び出したのだった――。

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