ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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33話

ノートルディアの霊山を下り、僕たちは約束の地「無限の渓谷」へと続く、赤茶けた荒野を行軍していた。

乾いた風が砂埃を巻き上げ、白夜と暗夜の国境特有の、どちらの領土でもない不安定な空気が肌を撫でる。

道中の野営地では、新たな仲間たちと、元の陣営の者たちとの間で、奇妙な、しかし確かな交流が生まれ始めていた。

 

「……ねえ、アンタ。その身のこなし、どう見ても正規の軍隊で教わる動きじゃないわよね。音を消す歩き方に、その暗器の隠し場所……まるで泥棒じゃない」

 

野営の火の傍で、赤いツインテールを揺らしながら、ルーナがアシュラをジロジロと値踏みするように見ていた。

 

「……鋭いな、お嬢ちゃん。あいにくと俺は、コウガという滅びた国の残党でね。国を再興させるためなら、盗賊だろうが何だろうがやってきた。……綺麗な剣術しか知らないお姫様には、不快な動きだろうがな」

 

アシュラが自嘲気味に鼻を鳴らす。

 

「ふ、ふんっ! 誰がお姫様よ! アタシだって一流の傭兵なんだから、泥水くらい啜ったことあるわよっ。……でも、アンタの実戦的な動き、アタシの剣技と合わせれば、悪くない死角のカバーができそうね。……足引っ張らないでよねっ」

 

ルーナが腕を組んでそっぽを向くと、アシュラは少し驚いたように目を丸くし、やがて小さく笑った。

 

「……助かるぜ、傭兵殿」

 

一方、少し離れた場所では、白夜の臣下であるオボロとヒナタが、黒衣の幼い少女・ニュクスを前にしどろもどろになっていた。

 

「あー、えっと……ニュクス殿、だったッスよね。その、何か手伝うことあるッスか? 荷物持つとか……」

 

ヒナタが屈み込んで視線を合わせようとすると、ニュクスは老成した、冷ややかな瞳で彼を見返した。

 

「……いらないわ、保護なんて。私は呪いによってこの姿に縛り付けられているだけで、中身はお前たちよりもずっと長く生きているの。……子ども扱いすると、火傷をするわよ、白夜の若い子」

「ひぃっ!? す、すんませんッ!」

「ちょ、ちょっとヒナタ! 失礼でしょ!」

 

オボロが慌ててヒナタの頭を叩くが、ニュクスはその様子を見て、フッと微かに口角を上げた。

 

「……騒がしい連中だわ。だが……嫌いではないわね」

 

軍の空気が少しずつ溶け合っていくのを感じながら、僕は少し離れた泉のほとりで、一人、顔の汗を洗っていた。

いつもなら、すぐにカミラ姉さんたちが群がってくるのだが、今はちょうどガンターやアクアたちとの作戦会議で手が離せないようだった。

 

「……ふぅ。冷たくて気持ちいい……」

「あら、カムイ様。こんなところで無防備に一人なんて、隙だらけね」

 

背後から、ひどく明るく、そしてどこか計算高い声が響いた。

行商人のアンナだった。彼女は巨大なリュックを下ろし、満面の笑みで僕に近づいてきた。

 

「アンナ。……何か用?」

「用ってほどじゃないんだけどさ。私、専属の商人になったからには、お得意様……特に軍のトップであるカムイ様のことは、よーく知っておかないとって思ってね」

 

アンナはそう言うと、リュックからスルスルと長い革のメジャーを取り出した。

 

「新しい特注の防具を見繕ってあげる。ほら、両手を広げて?」

「え、あ、うん……」

 

僕が言われるがままに両腕を広げると、アンナは僕の背後に回り込み、メジャーを僕の胸板から背中にかけて、ぐるりと巻きつけてきた。

 

「……へえ。遠目から見てて小さいとは思ってたけど……本当に、華奢な体してるのね」

 

アンナの顔が、僕の肩越しにひょっこりと覗き込む。

彼女の指先が、サイズを測るという名目で、僕の胸元から腰、そして背骨のラインをゆっくりとなぞり降下していく。

 

「ひゃっ……アンナ、くすぐったいよ……」

「じっとしてて。……正確に測らないと、いざって時に動きが鈍るわよ?」

 

アンナの声が、先程までの商人のそれから、少しだけ低く、艶を帯びたものに変わっていた。

彼女の顔が極端に近づき、その甘く香ばしい、旅慣れた女性特有の匂いが僕の鼻腔をくすぐる。メジャーを締めるフリをして、彼女の柔らかい体が僕の背中にぴたりと触れた。

 

(……なんだろ、この子)

 

アンナは内心、激しく動揺していた。

ただの商売の口実で触れたはずなのに、指先から伝わるカムイの肌は、信じられないほどに柔らかく、そして奇妙なほど甘く、高貴な香りがした。竜の血を引くがゆえの、人間離れした魅惑的な匂い。

 

「あ、あのさ……カムイ様」

 

アンナの顔が熱くなる。商売の計算など吹き飛び、彼女の指先は無意識のうちに、僕の衣服の隙間から直接肌に触れようと滑り込んでいた。

 

「……もう少しだけ、こうしてて、いい……?」

 

彼女の吐息が僕の首筋にかかり、甘い痺れが走った、その瞬間だった。

 

「……あら? 見慣れない泥棒猫ちゃんが、私のお気に入りのオモチャに勝手に触れているわね?」

 

背後から、地獄の底から響くような、絶対的な殺意とむせ返るような香水の匂いが押し寄せてきた。

 

「ひぃっ!?」

 

アンナが弾かれたように飛び退く。

そこには、紫色の瞳孔を極限まで見開き、愛斧を引きずったカミラ姉さんが立っていた。

 

「カ、カミラ、姉さん……」

「……お姉ちゃんが少し目を離した隙に、こんな小娘にサイズを測らせるなんて。悪い子には、徹底的な『お仕置き』が必要ね……」

 

カミラ姉さんは僕の正面に歩み寄ると、僕の小さな体を、そのまま自らの豊満すぎる双丘の谷間へと強引に引きずり込んだ。

 

「んっ……!」

 

ドンッ、と骨が軋むほどの強い力で抱きしめられ、僕の顔は完全に彼女の胸の奥深くへと埋没した。

 

「ああ……カムイ、私のカムイ……っ。他の女の匂いなんて、お姉ちゃんの匂いで全部上書きしてあげるわ。……息が止まるくらい、深く、甘く……」

 

カミラ姉さんの熱い吐息が耳朶を舐めるように撫で、逃げ場のない圧倒的な母性の檻が僕の思考をドロドロに溶かしていく。

 

「お兄様から離れてくださいッ!」

 

すかさず、サクラが泣きそうな顔で僕の腕にすがりついた。

 

「行商人の方も、カミラ様も、お兄様に勝手に触れないでくださいっ! お兄様の熱は、私のものですっ……!」

 

サクラから流れ込む桜色の治癒の魔力が、僕の血管に重篤な依存の熱を流し込む。

 

「……不潔です。あんな商人の手が触れた場所など、私の氷で綺麗に消毒して差し上げます」

 

フローラが左側から音もなく近づき、僕の首筋から襟元へと、凍てつくように冷たい指先を滑り込ませた。カミラ姉さんの熱気とフローラの冷気が衝突し、僕の体は快感と寒気でゾクゾクと震える。

 

「私も、私も消毒しますっ!」

 

フェリシアが下から僕の脚に抱きつき、

 

「カ、カムイお兄ちゃん、私もぎゅーってするーっ!」

 

エリーゼが無邪気に背後から飛び乗ってくる。

 

「……ちょっと、アンタたちッ! アタシが目を離すとすぐこれなんだからッ!」

 

ルーナが顔を真っ赤にして駆け寄り、僕の空いている左手を両手でぎゅっと握りしめた。

 

「……アンタもアンタよ! 少しは抵抗しなさいよねっ、バカッ……! ほら、アタシの手、しっかり握ってなさいよ……っ」

 

「うふふ……我が主の愛されるお姿、見ているだけでゾクゾクしますわ……」

 

ユウギリが少し離れた場所で、自らの唇を赤い舌で舐め上げている。

 

「な、なんなのよこの軍……っ! 超VIPどころか、超デンジャラスじゃないのよぉっ!」

 

圧倒的なヒロインたちの愛憎の嵐に巻き込まれそうになったアンナは、メジャーを放り出して慌てて逃げ出していった。

そして、その全てを静観していたアクアが、ゆっくりと僕の前へ歩み寄ってきた。

 

「……十分温まったかしら、カムイ」

 

彼女の透き通るような金色の瞳に見据えられ、ヒロインたちは渋々といった様子で少しだけ体を離した。

アクアの冷たい指先が、僕の乱れた前髪をそっと梳く。

 

「……そろそろ、時間よ。無限の渓谷へ」

 

***

 

僕たちは荒野を抜け、ついに約束の地――「無限の渓谷」へと辿り着いた。

 

「ここは……」

 

目の前に広がるのは、底が見えないほど深く、巨大な裂け目。そして、その裂け目を跨ぐように架けられた、一本の古びた吊り橋。

何よりも異様だったのは、その『空』だった。

 

「空が……二つに割れている……ッ!」

 

タクミが驚愕の声を上げた。

彼が指差す通り、無限の渓谷の真上を境にして、右半分は白夜王国の太陽が輝く青空、左半分は暗夜王国の星が瞬く夜空という、物理法則を完全に無視した幻想的かつ不気味な光景が広がっていた。

 

「……ここが、白夜と暗夜の境界線。そして……『見えざる世界』への入り口」

 

アクアが静かに呟いた。

 

「僕たちが約束した日だ。……リョウマ兄さんや、マークス兄さんは……?」

 

僕は吊り橋の向こう側や、渓谷の周囲を見渡した。サイラスやサイゾウに伝言を託したはずだ。彼らが信じてくれているなら、ここに来るはずだ。

 

しかし。

 

「……カムイ様。伏兵です」

 

ギュンターの鋭い警告と同時に、吊り橋の反対側から、ドカドカという重苦しく下劣な足音が響いてきた。

 

「ゲハハハハハッ!! 待ちくたびれたぜェ、裏切り者の王子サマよォ!!」

 

現れたのは、巨大な棍棒を肩に担ぎ、下卑た笑いを浮かべる巨漢の男――ガンズだった。

彼の背後には、ガロン王の直属部隊である凶悪な暗夜の狂戦士たちがズラリと並んでいる。

 

「ガンズ……ッ! どうしてお前がここにいるの?」

 

カミラ姉さんが、その紫色の瞳に絶対的な殺意を込め、愛斧を構えた。

 

「ガロンお父様の命令を無視して、お前のような下劣な豚が、私のカムイの前に顔を出すなんて……万死に値するわ」

「ヒャハハハ! 怖え怖え! 第一王女サマも、すっかり裏切り者のガキに骨抜きにされちまったようだなァ!」

 

ガンズは下品に唾を吐き捨てた。

 

「俺ァ、ガロン王から直々に命を受けて来たんだよ! 『無限の渓谷に集まる裏切り者どもを、白夜暗夜問わず、全員纏めて谷底へ叩き落とせ』ってなァ!!」

「なんだと……っ!」

 

僕は夜刀神・幻夜を引き抜いた。

 

「マークス兄さんたちはどうした!? 彼らもここに来るはずだ!」

「ゲハハハ! ああ、来たぜェ? 暗夜の第一王子もなァ! だが、あいつらは今頃、俺の仕掛けた別の罠で足止め食らってるところだ! ここには来ねえよ!」

 

ガンズの言葉に、僕の背筋が凍った。

 

「さあ、お前ら全員、俺の棍棒で肉塊にしてやるよォ! 覚悟しなァ!!」

 

ガンズが巨大な棍棒を振り上げ、狂戦士たちが一斉に襲いかかってこようとした、その絶体絶命の瞬間。

 

「――待たせたな、カムイッ!!」

 

空から、凄まじい雷鳴と共に、赤い天馬(ペガサス)と金鵄が急降下してきた。

 

「なっ!?」

「アタシの弟を……これ以上、誰にも傷つけさせはしないッ!!」

「行くぞクリムゾン! 奴らの陣形を崩す!」

「任せな、リョウマ! アタシらの力、見せてやるよ!」

 

天馬に跨り白銀の薙刀を構えた白夜の第一王女・ヒノカお姉様。

そして、雷光を纏う絶刀を構えたリョウマ兄さんと、真紅の竜騎士クリムゾンが、ガンズの軍勢の頭上へ怒りの一撃を叩き込んだのだった。

 

 

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