ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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34話

凄まじい衝撃音と共に、無限の渓谷の吊り橋を揺るがすほどの土煙が舞い上がった。

 

「グアァッ!?」

 

ガンズの巨体が、天馬(ペガサス)からの急降下攻撃を脳天に受け、無様に橋の板材に叩きつけられる。

 

「カムイッ!! 私の、可愛い弟……ッ!」

 

白銀の薙刀を振り抜いた白夜の第一王女・ヒノカ姉さんが、天馬から飛び降りるや否や、弾かれたように僕の元へ駆け寄ってきた。

そして、考える隙も与えず、僕の小さな体をその腕に力強く抱き込んだ。

 

「ああっ……カムイ、カムイッ! よかった、無事で……っ。私は、お前が暗夜の奴らに酷い目に遭わされているんじゃないかって、気が気じゃなくて……っ!」

 

ドンッ、と。

彼女の戦装束の下にある、鍛え抜かれつつも女性らしい張りと柔らかさを持った胸に、僕の顔が強く押し付けられる。

 

「ひの、か、姉さん……苦し、いよ……っ」

「ごめん、でも……もう少しだけ、こうさせてくれ。お前の温もりを確かめないと、私の心臓が破裂してしまいそうなんだ……っ」

 

ヒノカお姉様の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、僕の頬を濡らす。風を切り裂いて飛んできた彼女の体からは、微かな汗の匂いと、純粋で真っ直ぐな、燃えるような姉の愛情の匂いがした。彼女の心音が僕の耳元で早鐘を打ち、僕を絶対に手放さないという狂気的なまでの過保護さが、僕の体をきつく縛り付ける。

 

しかし、その感動の再会を、最も許さない女がすぐ背後にいた。

 

「……あら。随分と馴れ馴れしい泥棒猫が、空から降ってきたものね」

 

地を這うような、絶対零度の殺意を孕んだ声。

カミラ姉さんが、愛斧を引きずりながら、僕とヒノカお姉様の背後に音もなく忍び寄っていた。

 

「私のカムイから、汚い手を離してちょうだい。……カムイは、私のお腹の中で、私だけの愛を吸って生きていくの。白夜の野蛮な虫けらなんかに、抱きしめられる謂れはないわ」

「なんだと……ッ!」

 

ヒノカお姉様が僕を抱きしめたまま、鋭くカミラ姉さんを睨みつける。

 

「お前こそ、私の弟をたぶらかした暗夜の魔女だな! カムイはお前たちの洗脳から逃れるために戦っているんだ! 二度とこの子に、その禍々しい指を触れさせるなッ!」

「……ふふっ。洗脳ですって? カムイに聞いてみればいいわ。ねえ、カムイ? あなたは私の腕の中が、一番心地いいって知っているものね……?」

 

カミラ姉さんの長くしなやかな腕が、ヒノカお姉様に抱かれている僕の背中から腰へと、蛇のように絡みついてきた。

 

「んっ……!」

 

そのまま強引に、僕の体を後ろへ引き寄せようとする。しかしヒノカお姉様も負けじと僕を抱きしめる力を強めた。

 

前からはヒノカお姉様の真っ直ぐで熱い、胸の圧迫。

後ろからはカミラ姉さんの、僕を飲み込もうとする圧倒的に豊満な双丘の谷間と、むせ返るような香水と大人の熱。

 

「い、痛いよ! 二人とも、僕を引っ張らないで……ッ!」

 

僕の小さな体は、二人の姉の凄まじい愛情と腕力の綱引きの中心で、文字通り引き裂かれそうになっていた。

 

「ヒノカ様! 加勢しますぞ!」

「あーあ、せっかくの罠にハマらないで出てきちゃったんだねー。残念ー」

 

そこへ、ヒノカお姉様の臣下であるアサマとセツナが駆けつけてきた。アサマは飄々としながらも祓串を構え、セツナはぼんやりとしながらも正確に暗夜の狂戦士たちへ矢を放っている。

 

「……お兄様を引っ張らないでくださいッ!」

 

サクラが涙目で飛び込み、僕の腕にしがみついて治癒の魔力を流し込み始める。

 

「カムイ様が伸びてしまいますっ! 私が冷やしますから!」

 

フローラが僕の首筋に氷のような指を絡ませ、カミラ姉さんの熱気を中和しようとする。

 

「あ、アタシも手伝ってあげなくもないわよっ!」

 

ルーナが僕の左手をぎゅっと握って引っ張り、フェリシアが下から脚に抱きつき、エリーゼが「お兄ちゃんが死んじゃうー!」と慌ててカミラ姉さんの腰にしがみつく。

息が詰まる。物理的にも、精神的にも。

極端な温度差と、彼女たちの重たすぎる愛憎の圧力が限界に達しようとしたその時。

 

「――そこまでだ!!」

 

凄まじい雷鳴が、吊り橋の上に轟いた。

紫電を纏う神剣『雷神刀』が、僕に群がろうとしていた暗夜の狂戦士たちを一刀のもとに薙ぎ払う。

 

「リョウマ兄さんッ!」

 

白夜の第一王子、リョウマ兄さんが、満身創痍の兵たちを率いて現れたのだ。

そしてその背中を、真紅の鎧を纏ったクリムゾンが、巨大な斧を振るって完璧にカバーしていた。

 

「へぇ……しぶとい連中じゃん! リョウマ、右の死角はアタシが潰すよ! あんたは前だけ見てな!」

「恩に着る、クリムゾン! ……しかし、まさかお前がこれほど背中を預けられる頼もしい女だったとはな!」

へっ、今更気づいたのかい! この戦いが終わったら、美味いものでも奢ってもらうよ!」

 

二人の間には、短い時間で培われたとは思えない、背中を預け合う者特有の熱い信頼(と、少しの艶っぽい空気)が流れていた。

 

「カムイ! 待たせたな!」

 

リョウマ兄さんが、僕を挟んで睨み合う二人の姉を一瞥し、雷神刀を構えたままガンズへと向き直った。

 

「お前の伝言、確かにサイゾウから受け取った。マークスを足止めしていたガンズの罠を破り、ここまで駆けつけたぞ! ……お前の言う『真実』とやら、この白夜の長兄に見せてみろ!」

「ゲハハハハ! 揃いも揃って、どいつもこいつもッ! 全員ここで肉の海に沈めてやるよォ!!」

 

ガンズが血走った目で巨大な棍棒を振り回し、狂戦士の集団が雄叫びを上げて突撃してくる。

 

僕はヒノカお姉様とカミラ姉さんの腕から強引に抜け出し、夜刀神・幻夜を引き抜いた。

 

「……ええ。お姉ちゃんのカムイの邪魔をするなら、あの豚、バラバラに刻んであげる」

「カムイの背中は、このヒノカが守る! 行くぞッ!」

 

僕の周囲の空気が、一気に殺意の渦へと変貌した。

 

「……タクミ、ベルカ! 上空の援護を!」

 

僕が叫ぶと、少し離れた岩場から、風神弓の光矢と飛竜からの手斧が同時に放たれ、狂戦士たちの出鼻を挫いた。

 

「チッ、誰が暗殺者と息を合わせるか!」

「……私はただ、合理的だから合わせただけだ。勘違いするな、弓使い」

 

「行くよ、みんな!」

 

僕は夜刀神を上段に構え、ガンズの真正面へと飛び込んだ。

 

「死ねェ、裏切り者ォッ!!」

 

ガンズの棍棒が、空気を叩き潰すような音を立てて振り下ろされる。

しかし、僕の小さな体は、その暴力的な一撃を躱す必要すらなかった。

 

「させませんっ!」

 

フローラの絶対零度の氷壁が棍棒の軌道を逸らし、ルーナの鋭い剣閃がガンズの膝の腱を切り裂く。

 

「お掃除の時間ですっ!」

 

フェリシアの爆炎がガンズの視界を奪い、サクラの光の魔力が僕の筋肉の限界を引き上げる。

 

「うふふ……血肉の宴ですわねぇ!」

 

ユウギリが死角からガンズの肩を薙ぎ刀で深く抉り取る。

 

「ガァァッ!? 貴様らァッ……!」

「これで……終わりだッ!!」

 

僕の夜刀神・幻夜が、七色の光の軌跡を描きながら、ガンズの厚い胸当てごと、その巨体を真っ二つに切り裂いた。

 

「ゲブッ……ガァァ……ッ!! バ、バカな……ガロン王、バンザ……イ……」

 

ガンズの体が、ドクン、と痙攣し、無限の渓谷の深く暗い底へと、音もなく真っ逆さまに落ちていった。

 

「ふぅ……」

 

僕が剣を振って血を払い、鞘に収めた瞬間。

 

「カムイッ! よくやった、お前は私の誇りだッ!」

 

ドスッ!と、再びヒノカお姉様が背後から抱きついてきた。

 

「わっ、ヒノカ姉さん……っ」

 

汗ばんだ彼女の顔が僕の首筋にすり寄せられ、その熱い息遣いが肌を打つ。

 

「……あら? まだ懲りていないようね」

 

カミラ姉さんが正面から歩み寄り、僕の顎を艶めかしい指先でくいっと持ち上げた。

 

「お姉ちゃん、すごく燃えちゃった。ねえカムイ、このままあの白夜の女の目の前で……私と深いくちづけをして、誰のものかハッキリさせてあげましょうか?」

 

カミラ姉さんの濡れた唇が、僕の唇のわずか数ミリの距離まで迫る。

 

「や、やめてくださいカミラ様ッ! カムイ様に触れるのは私ですッ!」

 

サクラが泣き叫び、フローラが冷気を放ち、ルーナが「ちょっと、アタシの目の前でそういうの禁止ッ!」と僕の腕を引っ張る。

 

「……戦場での色恋沙汰、アタシは嫌いじゃないけどね」

 

クリムゾンがリョウマ兄さんの背中をバンバン叩きながらニヤニヤと笑い、リョウマ兄さんは「げほっ……な、何を言っているクリムゾン!」と顔を赤くしてむせていた。

 

その、息の詰まるような、けれど確かに心が通い合ったかのような甘い空気が、一瞬にして凍りついたのは、その直後だった。

 

「ヒッヒッヒ……。いやぁ、感動的ですねぇ。まさかあのガンズが、こんな小娘どもの集まりに遅れを取るとは」

 

拍手の音。

吊り橋の暗夜側から、禍々しい紫色の瘴気を纏いながら、顔色の悪い奇術師のような男が姿を現した。

 

「マクベス……ッ!」

 

ガロン王の最側近であり、卑劣な罠を張り巡らせる暗夜の軍師、マクベス。

 

彼の背後からは、先程のガンズの部隊とは比較にならないほどの、文字通り「無限」に湧き出すようなノスフェラトゥと暗夜兵の大軍が、ひしめき合って姿を現した。

 

「裏切り者の王子様。それに、カミラ様、エリーゼ様まで。……ガロン王はひどくお嘆きですよ。貴方たちを『生け捕りにしろ』とは、もう仰っていません」

 

マクベスが不気味に歪んだ笑みを浮かべ、その杖を高く掲げた。

 

「ここで全員、ミンチにして差し上げますよ。ヒヒヒッ!!」

 

圧倒的な絶望の軍勢が、吊り橋を揺らして僕たちに雪崩れ込んでくる。

しかし、僕の小さな体を守るように、僕を深く愛し、あるいは依存し、執着する少女たちは、誰一人として一歩も引かなかった。

彼女たちの狂気的なまでの愛情が、この絶望的な戦場で、最も熱く、そして冷たい『白き炎』となって燃え上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

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