ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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36話

無限の渓谷の吊り橋の上。

白夜の『白き炎』と暗夜の『黒き炎』、そして僕たちを包み込む極彩色の業火が、マクベスと無数のノスフェラトゥを灰に変え、谷底へと消え去った。

 

吹き荒れていた死の風が止み、重苦しい静寂が舞い降りる。

 

「……終わったようだな」

 

マークス兄さんが、ジークフリートの刀身についた黒い灰を払い、鞘に収めた。

その隣で、リョウマ兄さんも雷神刀の紫電を静め、深く息を吐き出す。

 

「……マークス兄さん、レオン。どうして……」

 

僕が問いかけると、レオンは少しだけ視線を逸らし、自嘲気味に笑った。

 

「……父上が、以前にも増しておかしくなられたんだ。『白夜も暗夜も平等に価値がない、すべて滅ぼせ』と……まるで、何かに操られているように」

 

レオンの言葉に、マークス兄さんも重々しく頷く。

 

「ああ。お前がサイアスを通じて伝えてくれた『本当の敵』という言葉……最初は狂人の戯言だと思った。だが、今の父上の異常な姿を見て、俺はお前のその言葉に賭けるしかないと悟ったのだ」

 

「マークス兄さん……レオン……!」

「ごめん、カムイ兄さん。あの時、裏切り者だなんて言ってしまって……最初から信じていれば、もっと早く、一緒に闘えたのに」

 

レオンが伏し目がちに謝罪する。その不器用な素直さに、僕は胸が熱くなった。

 

「……ふん。悪運の強さだけは認めるけど、白夜の王族たちもよく生き残っていたね。この惨状で」

 

レオンがふと視線を上げ、リョウマ兄さんたちを値踏みするように見た。

 

「なっ……なに!? 今、私たちを馬鹿にしたか、暗夜の魔道士!」

 

ヒノカ姉さんが薙刀を構えて顔を赤くして怒る。

 

「いや、馬鹿になんかしてないよ。ただの事実を言ったまでさ」

 

涼しい顔で返すレオンに、タクミが忌々しげに舌打ちをした。

 

「こいつ……合流早々、気に食わないな」

「おい。その辺にしておけ、レオン」

 

マークス兄さんが低い声で制した。

 

「暗夜も白夜も関係ない。そう決めてここに来たはずだ」

「……ああ、悪かったよ」

 

レオンが肩をすくめる。

 

「……リョウマ王子」

 

マークス兄さんは、かつて命を懸けて殺し合った宿敵――リョウマ兄さんへと真っ直ぐに向き直った。

 

「私は暗夜を裏切る気はない。だが、この狂った戦争を終わらせるため……我が弟が示す真実を見るために、ここに来た。お前はどうだ」

 

リョウマ兄さんは目を閉じ、そして、傍らに立つクリムゾンと視線を交わした。クリムゾンはニヤリと笑って、リョウマ兄さんの背中をドンと叩く。

 

「……俺も、同じ気持ちだ」

 

リョウマ兄さんは目を開き、マークス兄さんへ右手を差し出した。

 

「白夜も暗夜も争わず、平和へと歩める道があるのなら……俺も、カムイに賭けたい。共に闘おう、マークス王子」

「……ああ。その申し出、受けよう」

 

二人の英雄の手が、無限の渓谷の上で固く握り合わされた。

 

「まさか、リョウマ兄さんとマークス王子が協力する日が来るなんてな……」

 

タクミが信じられないというように呟く。

 

「ごめんなさいね。レオンに悪気はないの。そんなに怒ると、綺麗な顔が台無しよ?」

 

カミラ姉さんが、ヒノカ姉さんの怒りを宥めるように妖艶に微笑む。

 

「あ、あの……私も、もっと頑張りますね。皆さんのお役に立てるようにっ」

 

サクラが控えめに、けれど決意を込めて言うと、

 

「よーし! あたしも負けないように、頑張っちゃおーっと!」

 

エリーゼが元気よく飛び跳ねた。

 

白夜と暗夜。

きょうだいたちが全員揃い、ついに一つの巨大な軍勢が誕生したのだ。

 

「良かったわね、カムイ」

 

その奇跡のような光景を前に、アクアが静かに僕の隣へと歩み寄ってきた。

 

「みんな、あなたの言葉を信じてここに集まった。……あの時のあなたの覚悟は、こうして実を結んだのね」

「うん。……ありがとう、アクア。君が導いてくれたおかげだよ」

 

僕が微笑みかけると、アクアは悲しげに、けれど決意に満ちた瞳で首を振った。

 

「……さあ、行くわよ。カムイ」

 

アクアは、無限の渓谷の――底の見えない、真っ暗な奈落の底へと視線を向けた。

 

「すべての元凶を内包する……見えざる国へ。そうすればやっと、みんなに真実を告げられるわ」

 

「……見えざる国? アクア、それは一体どういう……」

 

リョウマ兄さんが訝しげに尋ねるが、アクアは答えない。

 

「……呪いがあるの。ここでは、その名を口にできない。だから……」

 

アクアは両軍のきょうだいたちを見回し、静かに告げた。

 

「みんな、私たちを信じて……この谷底へと、飛び降りてほしいの」

 

「なんだと!?」

「狂っているのか、アクア! こんな底なしの渓谷に落ちれば、命はないぞ!」

 

マークス兄さんとタクミが驚愕の声を上げる。当然だ。物理法則に従えば、これはただの集団自殺に過ぎない。

 

だが、その絶望的な提案に対し、最も早く、そして最も異常な反応を示した者たちがいた。

 

「……ふふっ。お姉ちゃんは、カムイと一緒なら地獄の底でも構わないわ。……さあカムイ、お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさいな」

 

カミラ姉さんが、恐怖など微塵も感じさせない妖艶な笑みを浮かべ、僕の背後から両腕を回し、その豊満な双丘で僕の背中をぴたりと包み込んだ。彼女のむせ返るような香水と体温が、僕の理性を甘く溶かしにかかる。

 

「カミラ姉さん……っ」

 

「カムイを一人で危険な目に遭わせるものか! 私も行く!」

 

ヒノカ姉さんが正面から僕の手を強く握りしめる。その手には微かな汗が滲んでいたが、僕を絶対に見捨てないという強烈な愛情が伝わってきた。

 

「お、お兄様と一緒なら……私、怖くありませんっ!」

 

サクラが震える両手で僕の右腕にすがりつき、治癒の魔力という名の依存熱をドクドクと流し込んでくる。

 

「私の冷気で、落下すらも心地よい眠りに変えて差し上げます……」

 

フローラが僕の首筋に凍てつくような口づけを落とし、

 

「……ア、アタシが背中を守るって言ってるでしょ! 置いていったら承知しないわよっ!」

ルーナが顔を真っ赤にして僕の左袖をきつく握りしめる。

 

彼女たちの、狂気的なまでのカムイへの絶対の信頼(と逃げ場のない執着)。

その異様な光景を見せつけられ、マークス兄さんは深く息を吐き出し、そして、フッと口角を上げた。

 

「……狂っているな。だが、お前たちがそれほどの覚悟を見せるというのなら」

 

マークス兄さんがジークフリートを掲げる。

 

「俺も、お前たちの『真実』とやらに賭けてみよう。暗夜軍、カムイに続くぞ!」

 

「……まったく。兄さんがそう言うなら、仕方ないね」

 

レオンもやれやれと肩をすくめる。

 

「白夜の武士道を信じる! 我らも行くぞ!」

 

リョウマ兄さんが雷神刀を掲げ、タクミも「……死んだら化けて出てやるからな」と風神弓を強く握りしめた。

 

「ヒャッハー! 地獄へのダイブだね! 面白くなってきたじゃないか!」

 

クリムゾンが豪快に笑い、ピエリが「お空飛ぶのーっ!」と無邪気にはしゃぐ。

 

「……さあ、行きましょう。光の差さない、本当の深淵へ」

 

アクアが僕の手に、自らの冷たい指を絡ませた。

 

僕は、ヒロインたちの重く甘い体温と冷気に完全に包み込まれながら、白夜と暗夜の空が入れ替わる境界線から、無限の渓谷の底へと、仲間たちと共に身を躍らせたのだった。

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