紫色の霧がうねる異次元の大地。
顔を布で隠したステラテジストが、不気味な笑い声と共に配下の透魔兵たちをけしかけてきた。
「ヒヒヒッ……。歓迎しますよ、愚かな侵入者ども。ここで永遠の眠りにつきなさい!」
「来るぞ! 陣形を組め!」
僕が叫ぶより早く、白夜と暗夜の王族たちが、これまでにない完璧な連携を見せ始めた。
「……目障りな虫けらね。カムイの視界から消し去ってあげる」
カミラ姉さんが愛斧を振るい、漆黒の魔力で前衛の透魔兵を粉砕する。
「私も行くぞ! カムイの背中には指一本触れさせん!」
ヒノカ姉さんが天馬から薙刀を突き出し、カミラの死角を完璧にカバーする。
「フン、手際がいいな白夜の王女。だが、僕の魔法の邪魔はするなよ」
「……お前の矢こそ、私の標的を掠めるなよ、暗夜の王子」
レオンとタクミが後方から、ブリュンヒルデの闇と風神弓の光矢を同時放ち、敵の後衛を正確に撃ち抜いていく。
「オボロ、俺から離れるな!」
「だ、誰がアンタなんかから……っ! でも、背中は預けるわよ、暗夜の王子!」
マークス兄さんのジークフリートの漆黒の波動が、オボロを庇うように敵の槍を弾き飛ばす。
「ピエリ、突っ込みすぎるな! お前の後ろは俺が守るって言ってんだろ!」
「えーっ! おじさんうるさーい! でも、おじさんの暗器、すっごく便利だから許してあげるーっ!」
アシュラがため息をつきながらも、無邪気に暴れ回るピエリの死角を正確にカバーする。
「ヒナタ、あなたはどうしていつも私の盾になろうとするのですか。私の鎧のほうがずっと硬いのに」
「お、男たるもの、女を守るのは当然ッス!」
エルフィが首を傾げながらも、巨大な槍で重装兵を吹き飛ばし、ヒナタがその隙を突いて刀を振るう。
「……私の呪いに、あなたの魔力を合わせて、レオン王子」
「フッ、言われなくても。いくぞ、ニュクス!」
ニュクスの古代呪術とレオンの魔法が融合し、極大の魔力弾となってステラテジストの足元を直撃した。
「ギ、ギィィィッ……! バ、バカな……この私が……ッ!」
ステラテジストは断末魔の叫びを上げ、紫の霧となって霧散した。
「……終わったか」
リョウマ兄さんが雷神刀を鞘に収め、周囲を見渡す。「ヒヒヒッ」という不気味な笑い声は消え、後に残ったのは、重力を無視して浮かぶ奇妙な建造物と、果てしなく続く紫色の靄だけだった。
「……これが、見えざる世界……透魔王国」
マークス兄さんが、信じられないというように呟く。
***
激しい戦闘の後の小休止。
見慣れない異世界の風景を前に、仲間たちはそれぞれに言葉を交わし、この異常な状況を飲み込もうとしていた。
「……おや、あなた」
アサマが、飄々とした態度のまま、ツクヨミに声をかけた。
「さっきの呪術……なかなかえげつない力を持っていますねぇ。見た目は子どもなのに、随分と恐ろしいものを抱えている。感心しましたよ」
「フン、子ども扱いするな! 私は風の部族の天才呪い師なのだぞ! お前のその、人を小馬鹿にしたような態度……気に入らぬな」
ツクヨミが眉をひそめるが、アサマはクスクスと笑うだけだった。
「いやいや、褒めているんですよ。……この世の真理は、案外そういう矛盾の中にあるものですからね。あなたとは、いい茶飲み友達になれそうです」
「誰が茶なんか飲むか! 私は野菜が嫌いなのだ!」
一方、少し離れた浮遊岩の陰では。
「……あー、罠だー。罠にかかっちゃったー……」
セツナが、宙に浮いている謎の魔法陣に足を取られ、逆さ吊りになっていた。
「……おい、大丈夫か、白夜の弓使い」
そこへ通りかかったサイラスが、呆れた顔で彼女を下ろしてやる。
「あー、ありがとうー。暗夜の騎士さんー。……なんだか、すごく親切だねー」
「親切というか……普通、あんな見え透いた罠にはかからないだろう。お前、戦場でそんなぼんやりしていて平気なのか?」
「うんー。でも、いざって時は、ちゃーんと当てるからー。……それに、こうして助けてくれる人がいるしー」
セツナがぽわんとした笑顔を向けると、生真面目なサイラスは少し赤面し、咳払いをして目を逸らした。
「……まあ、いい。次からは俺が前を歩く。……俺の背中から離れるなよ」
「はーいー。頼もしいねー」
そして、僕の周囲はといえば。
「……カムイ。怪我はないわね?」
アクアが静かに歩み寄り、僕の頬に冷たい指先を触れた。
「うん。みんなのおかげで無事だよ」
「……そう。ここは私の故郷。……でも、私の知っている美しい透魔王国は、もうどこにもないわ」
アクアの瞳に、深い悲しみが影を落とす。
「……アクア様。悲しまないでください。私が、あなたとカムイ様をお守りしますから」
人間の姿になったリリスが、アクアの手をそっと握った。
「リリス……」
「おい、星界の管理人。お前、随分と私の弟に馴れ馴れしいな?」
そこへ、ヒノカ姉さんが薙刀を杖代わりにしながら、ずかずかと歩み寄ってきた。
「カムイ。この子は、暗夜の王都でもお前と一緒にいたな。……お前のことを、どういう目で見ているんだ?」
ヒノカお姉様の瞳が、姉としての心配と、女としての激しい嫉妬でギラギラと燃えている。
「ひ、ヒノカ様! 私はただの従者です! カムイ様に変な感情など……!」
リリスが慌てて手を振るが、ヒノカ姉さんは僕の腕をガシッと掴み、自分の胸元へと強引に引き寄せた。
「ふん。まあいい。カムイは私の弟だ。……これからは、私がこの胸で、お前をずっと温めてやるからな。……あんな暗夜の魔女(カミラ)には、もう二度と指一本触れさせない」
ドンッ、と、再びヒノカ姉さんの柔らかな弾力が僕の腕を包み込む。
「……あら? 随分と勇ましいことを言うのね。でも、カムイの心が誰を求めているか……あなたには分からないのかしら?」
いつの間にか背後に回っていたカミラ姉さんが、僕の腰に腕を絡ませ、その豊満な胸の谷間に僕の後頭部を沈め込んできた。
「うふふっ。お姉ちゃんは、カムイが欲しい時に、いつでも愛情をたっぷりと飲ませてあげるわ。白夜のお姫様のカチカチの胸じゃ、カムイは満足できないものね……?」
「なんだとッ!! 誰がカチカチだッ!」
ヒノカ姉さんが顔を真っ赤にして激怒し、二人の姉による凄まじい愛情と腕力の綱引きが再び始まってしまった。
「お兄様を引っ張らないでくださいッ!」
サクラが泣きながら僕の脚にすがりつき、フローラが僕の首筋に氷の指を絡ませる。フェリシアが背中に飛び乗り、ルーナが顔を赤くして僕の左手をぎゅっと握りしめる。エリーゼが無邪気にカオスの輪に加わり、ユウギリが恍惚とため息をつく。
「……はぁ。本当に、あなたの周りはいつも騒がしいわね」
少し離れた場所で、行商人のアンナが呆れたようにため息をついていた。
「アンナ。……あなたも、商売の邪魔になるなら、無理についてこなくてもいいのよ?」
アクアが静かに声をかけると、アンナはハッとして、慌てて笑顔を取り繕った。
「な、何言ってるのよ! こんな未知の世界、お宝の山に決まってるじゃない! それに……」
アンナはチラリと、ヒロインたちの愛憎の渦の中心で揉みくちゃにされている僕の顔を見た。
「……それに、あの『超VIP』なカムイ様の匂い……なんだか、すごく癖になるっていうか……。いやいや! もちろん、私はお金が一番よ! お金がね!」
アンナは顔を赤くしてブンブンと首を振ったが、その瞳の奥には、商売人としての理性を超えた、確かな熱が灯り始めていた。
透魔王国。
光も音も吸い込まれるような絶望的な異次元の底で、僕たちの絆――そして、僕を巡る少女たちの甘く、息の詰まるような愛憎の炎は、かつてないほどに激しく燃え上がっていたのだった。