ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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4話

白夜城での生活は、僕にとってまさに「光との戦い」だった。

 

どこまでも高く澄み切った青空から降り注ぐ太陽の光は、暗夜の薄暗い城で育った僕の気力を容赦なく削り取っていく。日向に出ただけで、まるで重い鉛の鎧を着せられたように体がどんよりと沈み込み、息をするのすら億劫になってしまうのだ。

加えて、僕が「暗夜で育った王子」であるという事実は、城の人々の間に見えない壁を作っていた。

 

「……チッ。暗夜のネズミが、のこのこと中庭を歩き回るな」

 

日陰を求めて渡り廊下を歩いていた僕の前に、銀色の髪を高く結い上げた少年――白夜の第二王子、タクミが立ち塞がった。

彼の手には神弓である風神弓が握られ、僕に向ける視線は、親の仇を見るかのように険しく、冷たい。

 

「タクミ……」

「気安く名前を呼ぶな。兄さんや姉さんたちは騙せても、僕は騙されないぞ。お前が暗夜のスパイだってことくらい、お見通しだからな」

 

タクミの言葉には、刃のような敵意が込められていた。

僕の胸の奥が、チクりと痛む。彼が警戒するのは当然だ。僕の暗夜の父――ガロン王は、彼の本当の父親を騙し討ちで殺したのだから。

 

「……ごめん。君が僕を信じられないのは、よく分かる。でも、僕は……白夜を傷つけるつもりなんて、絶対にないんだ」

「口では何とでも言えるさ。……せいぜい、ボロを出さないように気をつけることだな」

 

タクミは僕を睨みつけたまま、踵を返して去っていった。その後ろ姿を見送る僕の心に、太陽の光よりもさらに重い鉛がズシンと落ちたような気がした。

 

***

 

夜。

太陽が完全に沈み、涼しい夜風が城を包み込み始めると、僕の体は嘘のように軽くなった。

寝付けずに部屋を抜け出し、月明かりに照らされた庭園の池のほとりへと足を向ける。

 

すると、どこからか透き通るような美しい歌声が聞こえてきた。

 

『ユラリ ユルレリ…… 泡沫の……』

 

池の畔に、水面を見つめて佇むひとりの少女がいた。

月光を浴びて青白く輝く、水のように長い髪。華奢な背中。

 

「あ……」

 

僕が足音を立ててしまうと、少女はゆっくりと振り返った。

透き通るような金色の瞳が、僕を真っ直ぐに射抜く。

 

「……不思議な歌だね。聞いてると、心が落ち着くみたいな……」

 

僕が声をかけると、彼女は微かに微笑んだ。

 

「……あなた、カムイね」

「あなたは……?」

「私はアクア。暗夜王国の王女……だった者」

 

「……え?」

「あなたが幼い頃に暗夜王国に攫われた後、あなたと交換するため、忍たちは私を白夜に連れ去ったの。……ちょうど、あなたと反対の、対の人質として」

 

アクアの言葉に、僕は息を呑んだ。僕とは、全く逆の境遇を辿った人。

 

「そんな……ごめん、僕のせいで君は……」

「いいえ、誤解しないで」

 

アクアは首を横に振った。

 

「私はこの白夜王国で暮らしてきたけど、少しも不幸じゃなかったわ。ミコト女王は、私を自分の娘のように愛してくれた……。だから、あなたがミコト女王の愛を受け入れられないと聞いて、少しだけ……あなたの気持ちがわかる気がしたの」

 

アクアは、ゆっくりと僕の方へ歩み寄ってきた。彼女の足元からは、不思議と清らかな水の匂いがした。

 

「私は暗夜で生まれ、白夜で育った」

「僕は白夜で生まれ、暗夜で育った……」

 

「ええ。……私は、白夜の民として生きていくわ。ミコト女王の平和を愛する心を知っているから。……そして、暗夜王ガロンが、どれほど残虐な男か知っているから」

 

アクアの言葉は静かだったが、その響きには深い悲しみと、暗夜に対する明確な拒絶が含まれていた。

ガロン王。僕を無限の渓谷へと突き落とし、殺そうとした義理の父。彼の残虐性を突きつけられ、僕はうつむくしかなかった。

 

「……ねえ、カムイ。あなたはどうするの?」

「僕、は……わからないんだ。白夜の光は眩しすぎて、息が詰まる。でも、暗夜に戻れば……」

 

僕の言葉が震えるのを聞いて、アクアはスッと手を伸ばし、僕の頬にそっと触れた。

 

「あっ……」

 

ひんやりとした、水のような冷たさ。

フローラの氷のような冷気とは違う、どこまでも静かで、深い湖の底に沈んでいくような安らぎ。

 

「白夜の光は、眩しすぎるわ。すべてを暴き立てて、影を許さない。……私にも、この静かで冷たい夜の方が、ずっと呼吸がしやすいの」

 

アクアの顔が近づき、彼女の湿り気を帯びた吐息が僕の肌に触れた。夜露と、ほのかな蓮の香りが僕を包み込む。

 

「あなたは……私と、どこか似ているわ。居場所がなくて、光に怯えて……」

 

僕の小さな体を、彼女の細い腕がゆっくりと、しかし逃げ場を奪うように包み込んでいく。

 

「アクア……」

「こうしていると、少しだけ……お互いの孤独が、溶けていくような気がするの。……ねえ、カムイ。もう少しだけ、このままで……」

 

アクアの柔らかな胸が、僕の胸元にぴったりと押し当てられる。水気を帯びた彼女の髪が僕の頬をくすぐり、密着した肌から、彼女の静かな、けれど確かな鼓動が伝わってくる。

星界の姿となったリリスが、音もなく水面から姿を現し、僕たちの足首にそっとすり寄ってきた。

 

白夜の夜。

月の光の下で、僕たちは互いの欠けた部分を埋め合わせるように、静かに、そして濃密に体温を交わし合っていた――。

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