ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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40話

紫色の靄が這うように立ち込める、崩壊した市街地。

かつては美しい街並みであっただろう石造りの建物は無残に砕け散り、重力を無視して宙に浮遊している瓦礫が、この見えざる世界(透魔王国)の異質さを物語っていた。

ロンタオの案内で進む僕たち白夜・暗夜の混成軍は、この奇妙な街の廃墟で小休止を取っていた。

 

「……随分と、背伸びしたガキだな。こんな死の国で迷子のお遊戯会か?」

 

暗夜の弓使い・ゼロが、残忍な笑みを浮かべながらツクヨミをからかっていた。

 

「誰が迷子だ! 私は風の部族の天才呪い師、ツクヨミだぞ! お前のような薄気味悪い男にガキ扱いされる筋合いはない!」

 

ツクヨミが顔を真っ赤にして怒鳴るが、ゼロは肩をすくめて愉しそうにクスクスと笑う。

 

「フッ……イイ声で鳴くじゃないか。そのイイ声を、出来れば特等席で堪能したいものだ」

 

少し離れた崩れた壁の陰では、サイゾウとアシュラが、互いに気配を殺したまま睨み合っていた。

 

「……白夜の忍か。お前たちのその生真面目さ、反吐が出るね」

 

アシュラが暗器を手遊びに弄りながら鼻を鳴らす。

 

「貴様のようなコウガの残党……ただの盗賊に成り下がった男に、語る口があるか」

 

サイゾウが鋭い眼光を向ける。互いに「裏の仕事」を生業とする者同士、水面下での緊迫した牽制が続いていた。

 

「……あの、オボロさん、でしたか。少し、顔色が悪いようですが」

 

真面目な暗夜の騎士・サイラスが、オボロに声をかけた。

 

「なっ……! べ、別に暗夜の奴の心配なんてお断りだよッ! ちょっと空気が悪いだけなんだからねッ!」

 

オボロは顔を背けたが、マークス兄さんに助けられた一件から、暗夜に対する絶対的な拒絶反応が明らかに揺らいでいた。サイラスは困ったように眉を下げた。

 

「おいおい、そんなに気を張ってちゃ体がもたないよ。ほら、少し水でも飲みな」

 

クリムゾンが、自分の水筒をリョウマ兄さんへと放り投げた。

 

「すまない、クリムゾン。……お前は、この異界の空気にも動じないのだな」

 

リョウマ兄さんが水筒を受け取り、苦笑する。

 

「アタシは反乱軍の長だからね。地獄の底だろうと、アタシの愛竜と、背中を預けられる『相棒』がいれば、どこだって飛んでみせるさ」

 

クリムゾンがニカッと笑うと、リョウマ兄さんも微かに頬を緩めた。

 

「サクラちゃん、大丈夫? 怖くない?」

 

エリーゼが、サクラの隣にちょこんと座り込み、無邪気に顔を覗き込む。

 

「え、エリーゼ王女……はい、お兄様が、カムイお兄様がいらっしゃいますから……」

 

サクラが戸惑いながらも答えると、エリーゼは「えへへ、私もカムイお兄ちゃんがいればへっちゃらだよ!」と明るく笑った。純粋な光と、重篤な依存という相反する属性を持ちながらも、二人の間には奇妙な共感が生まれつつあった。

 

「……ねえアクア。カムイはあの少年(ロンタオ)を信じきっているようだけど、私は気に食わないわ。お腹を少し切り裂いて、真実を吐かせてみましょうか?」

カミラ姉さんが愛斧を撫でながら、氷のように冷たい声でアクアに囁く。

「……やめておきなさい、カミラ姉様。彼には案内してもらう必要があるわ。それに、カムイが信じると決めたのよ」

 

アクアが静かに釘を刺すが、カミラ姉さんの紫色の瞳には、僕に近づく不確定要素への強烈な殺意が渦巻いていた。

 

「ちょっとヒノカ王女! こんなお宝の山(廃墟)を前にして、素通りなんてあり得ないわ! 少しだけ、本当に少しだけ探索させてよ!」

アンナが目を金貨の形にしてヒノカ姉さんにすがりつく。

「ダメだ! いつ敵が襲ってくるか分からない状況で、単独行動など許さん! お前は商人だろう、命と金、どちらが大事か分からないのか!」

 

生真面目なヒノカ姉さんが怒鳴るが、アンナは「命あっての物種だけど、金なしの命なんて干からびたミミズよ!」と謎の持論を展開して食い下がっていた。

 

***

 

陣形が奇妙に溶け合い、それぞれの思惑が交差する中。

僕の周囲だけは、相変わらず息の詰まるような、極端な温度と執着の泥沼に沈んでいた。

 

崩れた神殿の柱の陰。僕は、カミラ姉さんの膝の上に完全に囚われていた。

彼女の長くしなやかな腕が僕の腰から胸へと深く絡みつき、僕の後頭部は、彼女の圧倒的に豊満な双丘の谷間へとすっぽりと埋め込まれていた。薄絹の衣装越しに伝わる、恐ろしいほどの柔らかさと大人の熱気に、息をするのも苦しい。

 

「カミラ、姉さん……ちょっと、苦しい……よ……」

「だめよ。この死の国は、空気が淀んでいて冷たいもの。お姉ちゃんが、こうして体の芯から温めて、悪いものを全部吐き出させてあげる。……ほら、私の鼓動に合わせて、深く息をしてごらんなさい……」

 

カミラ姉さんの熱っぽい吐息が、僕の耳朶をねっとりと舐め上げる。

彼女の甘い香水と、肌から匂い立つ汗の香りが混じり合い、僕の思考をドロドロに溶かしていく。それは純粋な姉の愛情を超えた、僕を自分の胎内へと回帰させようとするような、暗く深い、底なしの檻だった。

 

「お兄様から、離れてくださいッ!!」

 

すかさず、右側からサクラが泣き叫びながら僕の腕をきつく抱きしめた。

 

「カミラ王女の熱は、お兄様のお体に毒ですっ! お兄様の疲労は、私が治癒しますっ!」

 

サクラは自らの柔らかな胸元へと僕の腕を強引に引きずり込み、ひどく熱っぽい桜色の魔力を流し込んでくる。彼女の瞳はカミラ姉さんへの敵意と、僕への逃げ場のない依存で甘く濁っていた。

 

「……まったく。王女様方は、カムイ様を茹で殺すおつもりですか?」

 

スッと、氷のような冷気を纏った声が左側から割り込んだ。

フローラが、手袋を外した白く透き通る指先を、僕の汗ばんだ首筋から襟元へと、容赦なく滑り込ませた。

 

「ひゃっ……ふろーら……っ、冷た、い……」

「ええ。この異界の淀んだ空気も、お姉様方の鬱陶しい熱も、私の冷気で綺麗に奪って差し上げます。……あなたはただ、私の氷の奥で、心地よい痺れに身を委ねていればよいのです」

 

フローラの凍てつく吐息が僕の耳朶を打ち、極端な温度差が背筋にゾクゾクとする快感の粟を立たせる。

 

「ちょっと! アンタたち、アタシが目を離すとすぐこれなんだからッ!」

 

赤いツインテールを揺らしたルーナが、顔を真っ赤にして割り込んできた。

「……こんな得体の知れないガキ(ロンタオ)が案内してる時に、気ィ抜いてんじゃないわよッ! ほら、アンタもアンタよ! アタシの手、しっかり握ってなさいよね、バカカムイッ!」

ルーナは僕の左手(フローラが触れていない方の手)を両手でぎゅっと握りしめ、自分の方へと引き寄せた。ツンケンした言葉とは裏腹に、彼女の小さな手からは隠しきれない熱い動悸と、不器用な優しさが伝わってくる。

 

「私も、私もお守りしますっ!」

 

フェリシアが正面から僕の脚に抱きつき、その豊かな太ももを押し付けてくる。

 

「えへへー、カムイお兄ちゃん、あったかいね!」

 

エリーゼがカミラ姉さんの背後から僕に抱きつき、

 

「あぁ……我が主が愛の沼に沈んでいくお姿……たまらないわぁ……」

 

ユウギリが少し離れた場所で、頬を紅潮させて恍惚と見つめている。

 

「……ねえ、カムイ」

 

その息の詰まるような修羅場から少し離れた場所で、ロンタオが不安げにこちらを見ていた。

「……あの人たち、僕のこと、すごく疑ってるみたいだけど……本当に、僕を信じていいの?」

ロンタオの声に、僕はヒロインたちの甘い拘束から強引に顔だけを上げ、彼へ向かって微笑みかけた。

 

「……うん。僕は君を信じるよ。だって君は、この狂った世界から一人で逃げ出してきたんだろ? その勇気は、本物だと思うから」

「カムイ……」

 

ロンタオは目を丸くし、やがて俯いて、小さく唇を噛んだ。

 

「……カムイ。あなたがそう決めたなら、私も従うわ。でも、背後は私に任せて」

 

アクアが静かに歩み寄り、僕の額に彼女の冷たい唇をそっと落とした。

その一瞬の、すべてを支配するような静寂の口づけに、ヒロインたちの視線が一斉にアクアへと向かう。

 

「……さあ、ロンタオ。案内をお願い。ハイドラの居城まで」

 

アクアの言葉に、ロンタオはビクッと肩を震わせたが、すぐに深く頷いた。

 

「わ、わかった。こっちだよ……。この廃墟を抜ければ、すぐだから……」

 

僕たちは、ロンタオという不確定な道標と、それぞれの心の奥底に渦巻く愛憎と疑念を抱えたまま、滅びの街のさらに深くへと足を踏み入れていくのだった。

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