「ヒャハハハッ! 落ちずに生き残ったとは運のいい奴らだ! だが、ここで肉塊にして差し上げますよォッ!」
透魔兵の部隊長が不気味な形相で異形の武器を振り回し、紫の靄の中から無数の兵たちを繰り出してきた。
橋の崩壊という絶体絶命の危機を乗り越えたばかりの僕たちだったが、一切の隙はなかった。
「来るぞ! 陣形を崩すな!」
リョウマ兄さんの雷神刀が紫電を纏い、先陣を切る透魔兵を一刀両断する。
「オボロ、俺の背後を守れ!」
マークス兄さんがジークフリートの漆黒の波動で敵の陣形を切り裂き、その隙間を縫うように、オボロの薙刀が正確に敵の急所を突く。
「っ……! アタシに指図しないでよねッ! でも、アンタの背中はアタシが守ってあげるわよ!」
オボロは顔を真っ赤にしながらも、その目は歴戦の戦士の輝きを放ち、マークス兄さんとの完璧な連携を見せていた。
「レオン! 呪の出力を上げなさい!」
「フッ、君の魔力に負ける僕じゃない! 行くぞ、ニュクス!」
幼い姿をしたニュクスと天才魔道士レオンの闇の共鳴が、極大の魔弾となって敵の群れを次々と消し炭に変えていく。
「ひゃっはーっ! お肉になっちゃえーっ!」
「おいおいお嬢ちゃん、あまり突っ走るなよ! 俺の暗器が届かないだろ!」
ピエリの無邪気な暴走を、アシュラがため息をつきながらも的確にカバーする。
「うおおおッ! エルフィさん、俺が盾になるッス!」
「ヒナタ、邪魔です。どいてください」
ズゴォォォンッ!!
エルフィがヒナタを文字通り背中に隠し、その圧倒的な怪力で巨大な透魔の盾兵を岩盤ごと谷底へ殴り飛ばした。
「……セツナ、俺から離れるなと言っただろうが!」
「あー、サイラス、後ろにも敵がいたよー」
ぼんやりとした声と共に、セツナの放った矢が、サイラスの死角から襲いかかろうとしていた透魔兵の眉間を正確に射抜いた。
「なっ……! す、すまない、助かった……」
「いいよー。サイラスのお背中、おっきくて安心するからー」
天然のセツナと生真面目なサイラスの、奇妙だが隙のない共闘。
白夜と暗夜の壁を越え、信じられないほどの結束力を見せる僕たちの前に、透魔兵の奇襲部隊はあっという間に殲滅された。
「……ふぅ。片付いたね」
僕が夜刀神・幻夜の血振りをして鞘に収めた、その瞬間だった。
「……さて。ネズミの駆除は終わったわ」
カミラ姉さんが、愛斧に付着した紫色の体液を振り払いながら、氷のように冷たい視線を一人の少年へと向けた。
「さあ、お遊戯の時間は終わりよ。……あなたがどんな罠を仕掛けたのか、その細い首を刎ねる前に、少しだけお話を聞かせてもらおうかしら」
「ヒィッ!?」
ロンタオが悲鳴を上げ、後ずさりする。
カミラ姉さんだけではない。タクミやレオン……皆が、ロンタオを冷ややかな、疑念に満ちた目で囲み始めていた。
「ち、違う! 僕じゃない! 橋が崩れたのも、敵が来たのも、偶然なんだ! 本当だよ!」
ロンタオは涙を浮かべ、必死に首を振る。
「……偶然、か。ずいぶんと都合のいい偶然だな」
タクミが風神弓の弦をギリッと引き絞り、ロンタオの足元を射抜いた。
「ひっ!?」
「お前が渡った直後に橋が崩れ、僕たちが足場を失った瞬間に敵の強襲。……これが偶然だと言うなら、お前のその口を縫い合わせて、二度と嘘をつけないようにしてやろうか?」
「やめて、タクミ!」
僕はロンタオを庇うように、皆の前に立ち塞がった。
「確証はないんだ! 橋は古かっただけかもしれないし、彼はこの世界でたった一人で生き延びてきたんだよ。怯えているだけかもしれないじゃないか!」
「……カムイよ。お前のその甘さが、皆を危険に晒すのだぞ」
先程剣を収めたばかりのマークス兄さんが、重々しい声で僕を窘める。
「お前の『人を信じる心』が、我ら白夜と暗夜を繋ぎ、この軍のリーダーに押し上げたのは事実だ。だが、その純粋さにつけ込もうとする毒の種子は、早めに摘み取らねばならない」
「でも……っ!」
「……カムイ。もういいわ」
その時、アクアが静かに僕の肩に触れ、前に出た。
彼女の透き通るような金色の瞳が、怯えるロンタオを真っ直ぐに射抜く。
「ロンタオ。……あなたは、ハイドラの元から逃げてきたと言ったわね」
「う、うん……っ」
「そして、廃墟の防空壕で、光らない苔や地下水を飲んで生き延びてきたと」
「そ、そうだよ! だから僕を信じて……っ!」
「……そう。でも、おかしな話ね」
アクアは冷ややかに、そして決定的な言葉を突きつけた。
「この見えざる世界(透魔王国)の地下水には、すべて『ハイドラの呪い』が溶け込んでいるのよ。……生きた人間がその水を一口でも飲めば、全身の血が沸騰し、三日と経たずに自我を失った『透魔兵』へと姿を変えてしまうわ」
「なっ……!?」
ロンタオの顔が、目に見えて蒼白になった。
「あなたは『ずっと』地下水を飲んで生き延びてきたと言ったわね。なのに、どうして人間の姿を保ち、自我を持ったまま私の前に立っていられるのかしら?」
アクアは一歩、ロンタオへと歩み寄った。
「……あなたのその服についている紫色の染み、泥じゃないわね。透魔兵の『体液』よ。……逃げ回っていた人間が、どうしてそんなものを浴びるのかしら?」
「あ……あぁ……っ」
ロンタオの唇が震え、その瞳から偽りの怯えが消え去り、代わりに絶望と、隠しきれない邪悪な光が漏れ出し始めた。
「……アクアのハッタリに、見事に引っかかったようだな」
タクミが冷たく鼻を鳴らす。
「なっ……ハッタリだと!?」
ロンタオがハッとして顔を上げる。
「ええ。透魔の地下水に呪いなんて溶けていないわ。……でも、あなたが嘘をついているという確信は持てた」
アクアの冷ややかな宣告に、ロンタオはギリッと歯を食いしばり、その顔を醜く歪ませた。
「……クソッ! 賢しらな真似を……ッ!」
ロンタオの姿がブレたかと思うと、その小さな体から禍々しい紫色の瘴気が噴き出し、ボロボロの衣服が弾け飛んだ。
その下から現れたのは、顔の半分が透魔の呪いによって異形と化し、不気味な刃を隠し持った、透魔兵の『密偵』の姿だった。
「おのれ……白夜と暗夜の王族どもめ! ハイドラ様のために、ここで全員道連れにしてくれるわッ!」
「……やはりな」
リョウマ兄さんが雷神刀を構え直す。
「……私のカムイを騙し、危険に晒した罪。魂の底まで刻み込んであげるわ……」
カミラ姉さんが、圧倒的な殺意を放ちながらロンタオ(透魔の密偵)へと歩み寄る。
「待ってください、カミラ様ッ!」
その時、リリスが人間の姿のまま、カミラ姉さんの前に立ち塞がった。
「……リリス。どきなさい。星界の管理人風情が、私に指図する気?」
カミラ姉さんの声は絶対零度だったが、リリスは一歩も引かなかった。
「……彼を殺さないでください。彼は……元は、私の『同胞』だったのかもしれません」
「同胞……?」
僕が驚いて問い返すと、リリスは悲しげに瞳を伏せた。
「私たちは、かつて透魔王国でハイドラ様に仕えていました。……でも、ハイドラ様が狂気に支配され、民を次々と異形の兵へと変えていった時……逃げ遅れた者たちがいたのです」
リリスはロンタオを見つめた。
「彼のその異形の呪い……完全に侵されてはいません。心の一部に、まだ『人間(あるいは竜)』としての自我が残っているはずです」
「……馬鹿なことを。こいつは立派な裏切り者だ」
ギュンターが重々しく口を開いた。しかし、彼の瞳の奥にも、かつて透魔の呪いに苦しんだ者としての、複雑な感情が揺らめいていた。
「……だが、カムイ様。リリスの言う通り、彼がまだ完全に呪いに飲まれていないのであれば……救う道があるやもしれません。……あなたがそう望むのなら……」
ガンターの言葉に、僕はロンタオへと向き直った。
「……ロンタオ」
僕がゆっくりと近づくと、ロンタオは怯えたように刃を構えた。
「く、来るなッ! 僕はハイドラ様の……!」
「……怖かったんだろ」
僕の言葉に、ロンタオはピタリと動きを止めた。
「ずっと一人で、この狂った世界で……呪いに侵されながら、自我を保とうと必死に戦っていたんだろ。……ハイドラに逆らえず、僕たちを罠にはめるしかなかったんだね」
「あ……あぁ……っ」
ロンタオの目から、ポロポロと紫色の涙がこぼれ落ちた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 僕、死にたくなくて……呪いに飲まれるのが怖くて……っ! ハイドラ様に言われるがままに……君たちを騙して……っ!」
ロンタオはその場に崩れ落ち、子どものように泣きじゃくった。
「……もういいよ。君はもう、一人じゃない」
僕が彼の肩をそっと抱きしめると、ロンタオは僕の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。
「……カムイのその甘さ、いつか本当に命を落とすぞ」
マークス兄さんが深いため息をついたが、その顔に怒りはなかった。
「だが……その甘さで救われる命があるのも、また事実だ。……今回だけは、お前の直感に免じて刃を収めよう」
「……まったく。手のかかるリーダーだね」
レオンもやれやれと肩をすくめる。
ロンタオの正体が発覚し、彼を新たな(そして不確定な)仲間として受け入れた僕たち。
「……カムイ。あなたのその優しさは、私の心をいつも乱すわ。……だから、誰にも渡したくなくなるのよ」
カミラ姉さんが背後から僕に覆い被さり、僕の顔を再びその豊満な胸の谷間へと引きずり込んだ。
「んっ……カミラ、姉さん……」
「この見えざる世界で、あなたがその優しさのせいで傷つくことがないように……お姉ちゃんが、ずっとこの胸の奥に閉じ込めて、守り抜いてあげるわ……」
カミラ姉さんの熱い吐息と香水が、僕の思考を甘く麻痺させていく。
「お兄様から離れてくださいッ! お兄様の優しさを守るのは私ですっ!」
サクラが泣きながら僕の腕にしがみつき、
「暗夜の魔女になど任せられるか! カムイの心は私が守る!」
ヒノカ姉さんが正面から僕の体を抱きしめ返す。
「……私の冷気で、すべての悪意を凍らせて差し上げます」
フローラが僕の首筋に冷たい指を這わせ、
「ア、アタシの手、絶対離さないでよねっ!」
ルーナが顔を赤くして僕の左手を握りしめ、
「私もお守りしますっ!」
フェリシアが下から脚に抱きつき、
「カムイお兄ちゃん、だーいすきっ!」
エリーゼが無邪気に背後から飛び乗ってくる。
彼女たちの重く、息の詰まるような愛憎の鎖に縛られながら。
僕たちはロンタオの真の案内を得て、ついに狂王ハイドラの待つ透魔の深奥へと歩みを進めるのだった。