ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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44話

透魔王国の淀んだ紫色の靄を掻き分け、僕たちはさらに深く、見えざる世界の奥地へと進んでいた。

重力を無視して浮かぶ巨大な岩塊の群れを抜けた先に、禍々しいオーラを放つ巨大な砦――かつての楼蘭(ロウラン)の防衛拠点らしき廃墟が姿を現す。

 

「……あの砦を抜ければ、ハイドラの居城はもうすぐだよ」

 

前話で僕たちが刃を収め、共に歩むことを選んだ少年・ロンタオが、少し引き攣った声で前方を指差した。

 

「……」

 

僕は無言で頷いたが、心の中には絶えず拭いきれない疲労と、この死の国特有の重圧が渦巻いていた。

 

「……あらあら。私の可愛いカムイ、そんなに思い詰めた顔をして。可哀想に……」

 

その時、背後からひどく甘く、逃げ場のない大人の熱気が僕の小さな体を包み込んだ。

 

「カミラ、姉さん……」

「いいのよ。あなたは何も見なくていい、何も考えなくていいわ。……この不気味な世界も、裏切りの気配も、全部お姉ちゃんが極上の快感で上書きしてあげる。……ほら、私の胸の奥で、甘い吐息だけを吸っていなさいな……」

 

カミラ姉さんの長くしなやかな腕が僕の腰から胸元へと蛇のように絡みつき、彼女の圧倒的に豊満な双丘の谷間へと、僕の後頭部が深く沈み込む。薄絹の衣装越しに伝わる柔らかな弾力と、むせ返るような香水、そして彼女の熱い鼓動。視界と呼吸が「胎内」のような拘束に奪われ、思考がドロドロに溶け出していく。

 

「カムイから離れろ、暗夜の魔女ッ!」

 

すかさず、正面から白夜の第一王女・ヒノカ姉さんが、僕の腕を力強く引いて自身の胸元へと抱きしめ返した。

 

「カムイの心を乱しているのはお前のその異常な執着だろうが! ……カムイ、私の鼓動を聞け。お前の往く道がどれほど険しくとも、私が必ず……正しき光の道へと導いてみせる!」

 

ヒノカお姉様の引き締まりつつも豊かな胸の圧迫と、汗ばんだ真っ直ぐな愛情の匂い。二人の姉の凄まじい引力の板挟みになり、僕の体は悲鳴を上げそうになっていた。

 

「お二人ともッ! お兄様のお体がちぎれてしまいますっ!」

 

サクラが涙目で飛び込み、僕の脚にしがみついて治癒の魔力を強制的に流し込んでくる。

 

「……私の冷気で、お姉様方の鬱陶しい熱も、異界の瘴気も、すべて凍てつかせて差し上げます」

 

フローラが絶対零度の冷気を纏って左側から跪き、僕の首筋に白く透き通る指先を這わせる。

「ちょっと! アタシの手、絶対に離さないでよね、バカカムイッ!」

 

ルーナが顔を真っ赤にして僕の左手を両手でぎゅっと握りしめ、「私もお守りしますっ!」とフェリシアが下からすがりつき、「カムイお兄ちゃん、だーいすきっ!」とエリーゼが背後から飛び乗ってくる。ユウギリは少し離れた場所で、頬を紅潮させて恍惚と見つめていた。

 

相変わらず息の詰まるような、極端な温度差を持つ愛憎の修羅場。

しかし、その甘く混沌とした空気を、氷のような冷徹な声が切り裂いた。

 

「……そこまでよ、ロンタオ」

 

アクアだった。

彼女は透き通るような金色の瞳に一切の感情を浮かべず、真っ直ぐに案内役の少年へと歩み寄った。

 

「え……アクア、さん……?」

 

ロンタオがビクッと肩を震わせ、後ずさりする。

 

「……あの砦。裏口から安全に入れると言っていたけれど、あそこにはハイドラの呪いが込められた極大の魔法陣と、無数の透魔兵が伏兵として潜んでいるわね」

「なっ……! ち、違う! 僕はそんなこと……!」

 

ロンタオの顔が青ざめる。

 

「……白を切っても無駄よ。あなたのその小刻みに震える視線、そして微かに漏れ出している透魔の瘴気。……あなたはまだ、ハイドラの命令に抗いきれず、私たちを罠にはめようとしている」

「ちが……僕、僕はただ……っ!」

 

ロンタオが何かを言いかけた、まさにその瞬間だった。

 

ザシュッ……!!

 

鈍い水音が、死の国の静寂に響き渡った。

「え……?」

僕の視界が、信じられない光景にスローモーションのように歪む。

アクアの手に握られた水の魔力を帯びた槍が、ロンタオの小さな胸を深々と貫いていたのだ。

 

「あ……がっ……」

 

ロンタオの口から血が溢れ、その体が糸の切れた人形のように、冷たい石畳の上へと崩れ落ちた。

 

「ロンタオォォォォッ!!!」

 

僕はヒロインたちの拘束を力任せに振り解き、絶叫しながら駆け寄ろうとした。

しかし。

 

「カムイッ! 見るな!」

 

ヒノカ姉さんが咄嗟に僕の小さな体を正面から激しく抱きすくめ、僕の顔を自身の胸の奥深くへと強く押し付けて視界を完全に遮断した。

 

「ああっ……なんて恐ろしい……! カムイ、可哀想に……お姉ちゃんが、その穢れた音も記憶も全部消してあげるわ……」

 

カミラ姉さんもすぐさま背後から僕を覆い隠し、両手で僕の耳を塞ぐように強く抱きしめ込んだ。

凄まじい力と、恐ろしいほどの過保護。二人の姉は、僕がこの世界の残酷な現実に触れることを一切許さず、無理やり絶対的な安全圏(彼女たちの腕の中)へと幽閉したのだ。

 

「アクア……! お前、なんということを……ッ!」

 

リョウマ兄さんが雷神刀に手をかけ、驚愕に目を見開いた。マークス兄さんもジークフリートを構え、タクミやレオンも一斉にアクアへと警戒の視線を向けた。

 

「いくら怪しいとはいえ、問答無用で殺すなど……!」

 

「……静かに」

 

アクアは槍を振り払い、微塵も動揺することなく、冷ややかに両軍を見渡した。

 

「彼を生かしておけば、私たちはあの砦の罠で全滅していたわ。……それに、ハイドラに操られた透魔の眷属は、任務に失敗すれば最後は自我を失ったバケモノに変えられてしまう」

 

アクアの金色の瞳が、一瞬だけ宙を泳いだ。

 

「……私たちの『内側』から崩壊を招く工作員は、この場で確実に排除する必要があった。これは、この見えざる世界で私たちが生き残るための、冷酷だけれど唯一の選択よ」

 

アクアの氷のような論理に、両軍の王族たちは息を呑み、沈黙した。

やり方はあまりにも残酷だが、彼女がロンタオの仕掛けた罠を見抜いたのは事実であり、戦士としての直感も彼女の言葉が正しいと警鐘を鳴らしていたからだ。

 

「……アクアの言う通りだ」

 

マークス兄さんが、重い沈黙を破った。

 

「カムイよ。お前の優しさは尊いが、ここは死の国。敵の工作員を情けで生かしておけるほど、甘い世界ではない。……アクアは、お前が手を下せない『泥』を被ってくれたのだ」

「そんな……ロンタオは……」

 

僕がヒノカお姉様とカミラ姉さんの胸の間で声を震わせると、アクアが静かに歩み寄り、僕の頬を両手でそっと包み込んだ。

 

「……ごめんなさい、カムイ。あなたを傷つけてしまったわね」

 

アクアの冷たい指先が、僕の涙を拭う。そして、誰も入り込めない絶対的な支配力を持つ瞳で僕を見つめ、僕の額に、微かに触れるだけの口づけを落とした。

 

「でも、私があなたを地獄の底まで導くわ。……だから、進みましょう」

 

(……本当に、彼を殺してしまったの……?)

アクアの冷徹な決断に、僕は底知れぬ恐怖と、彼女の背負う闇の深さを感じずにはいられなかった。

 

 

 

***

 

ロンタオという案内人を失い、重苦しい空気が漂う中、僕たちはアクアの指摘した通り、無数の罠が張り巡らされた砦の攻略戦へと突入した。

 

「……オボロ、油断するな。ロンタオが仕掛けた罠が、まだ残っているはずだ」

 

マークス兄さんが、漆黒の波動で透魔兵の矢を弾き落としながらオボロを庇う。

 

「わ、分かってるわよ! アンタこそ、アタシを庇って怪我でもしたら承知しないからねッ!」

 

オボロの態度はもはやかつての憎しみではなく、完全な動揺と照れ隠しに変わっており、マークス兄さんの背中にぴたりと張り付いて連携攻撃を放っていた。

 

「……弓使い。上空の気流に罠の魔力が混じっているわ。……風を読みなさい」

 

暗殺者ベルカが無表情のまま、タクミの死角を完璧に塞ぐ位置に飛竜を寄せる。

 

「チッ、言われなくても分かってる! お前こそ、僕の射線を塞ぐなよ!」

 

タクミとベルカの、悪態をつき合いながらも互いの能力を完全に信頼した共闘。

 

「……あそこの魔法陣の出力を下げなさい、レオン王子。私の呪いで空間ごと粉砕するわ」

 

幼い姿のニュクスが気だるげに杖を掲げる。

 

「フッ、人使いの荒いことだ。だが、君のその古代呪術、僕のブリュンヒルデと驚くほど相性がいい。……行くぞ、ニュクス!」

 

レオンとニュクスの闇の共鳴が、砦の防衛魔法陣を次々と崩壊させる。

 

「うおおおおッ! エルフィさん、あそこの門、俺がこじ開けるッス!」

「ヒナタ、無茶はしないでください。下がっていて」

 

ズドォォォォンッ!!

エルフィの怪力が砦の強固な鉄門を紙切れのように吹き飛ばし、ヒナタは「一生ついていくッス……!」と涙目で拝み倒していた。

 

「ピエリ、あの罠は踏むなよ!」

「あはははは! おじさんの暗器、すっごく便利ーっ! ピエリ、おじさんのこと大好きになっちゃうかもー!」

 

暴走するピエリの背後で、アシュラがやれやれと首を振りながらも、父親のような眼差しで彼女の死角を守り抜く。

 

「サイラス、あそこにも罠があるよー」

「お前はなぜ罠の場所が分かるのに、自分から突っ込もうとするんだ! ほら、手を離すな!」

 

セツナの手をガッチリと握りしめ、赤面しながら引いていくサイラス。

 

「リョウマ、右舷の敵はアタシが引き受ける!」

「頼む、クリムゾン! 俺はこのまま本陣を叩く!」

 

リョウマ兄さんとクリムゾンが、背中を預け合う相棒としての絶対的な信頼で戦場を駆け抜ける。

 

「フン、あの女(アクア)、随分と冷酷な真似をしやがる。だが、嫌いじゃないぜ」

 

ゼロがツクヨミをからかいながらも、正確な弓で援護し、

 

「私は、あのくらいの覚悟は常に持っているぞ!」

「あっはっは、子どもが無理をしては駄目ですよ」

 

ツクヨミとアサマの奇妙な凸凹コンビも、それぞれの術と呪いで砦の敵を圧倒していた。

 

アクアの非情とも思える決断によって、軍全体の緊張感と結束力は、皮肉にもかつてないほどに高まっていた。

そして、僕を縛り付けるヒロインたちの温度差も、戦闘の熱と、僕を「この残酷な世界」から隔離しようとする過保護な愛情によって、さらにドロドロに煮詰まっていく。

 

「……カムイ。もう大丈夫よ。お姉ちゃんが、穢れたものは全部見えないようにしてあげるから……」

 

カミラ姉さんの甘い囁きと、ヒノカお姉様の熱い鼓動、そしてアクアの静かな支配の視線を背中に浴びながら。

僕たちは、罠だらけの砦を完全に制圧し、いよいよ透魔王国の最も深い深淵――ハイドラの眠る玉座へと歩みを進めるのだった。

 

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