ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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48話

座の間を埋め尽くすほどの透魔兵と、無機質な駆動音を響かせる巨大なゴーレムたちが、波濤となって僕たちに襲いかかってきた。

白夜と暗夜の家臣たちが総力戦でそれを食い止める中、玉座の間の最前線では、かつてないほどに熱く、そして狂気を孕んだ戦火が燃え上がっていた。

 

「はぁっ……! サクラ、結界の維持を頼む!」

 

ヒノカ姉さんが、群がる透魔兵を白銀の薙刀でなぎ払いながら、背後で祓串を掲げる妹へと声をかけた。

 

「はい、お姉様……っ! ……あの、ヒノカお姉様」

 

サクラは、額に汗を滲ませながら光の魔力を練り上げつつ、姉の背中に問いかけた。

 

「……お母様のお言葉……痛かったですね」

 

その言葉に、ヒノカ姉さんの薙刀の軌道が一瞬だけブレた。

 

『獣のように飢え、どろどろに濁りきった、ふしだらな執着』――実の母(の姿をした敵)から突きつけられた、自らの内なる欲望への宣告。

 

「……ああ。刃で切り裂かれるよりも、深く抉られた」

 

ヒノカ姉さんは、荒い息を吐きながら敵を薙ぎ倒し、サクラのそばへと後退した。彼女の顔は、戦いの熱とは違う理由で、微かに朱に染まっている。

 

「だが……カムイが、あんな風に言ってくれた。私たちがどんなに浅ましく、醜い感情を抱えていようと……お前のような偽物に否定される謂れはない、とな」

 

ヒノカ姉さんの視線の先には、小さな体を限界まで躍動させ、夜刀神・幻夜の七色の光で玉座への道を切り開いていく僕の背中があった。

 

「……ええ。お兄様は、私たちのすべてを許してくださった」

 

サクラの瞳に、ぽろぽろと涙が浮かび……しかしそれはすぐに、熱く濁った狂気の色へと変わっていった。

 

「……だから私、もう恥じません。お兄様へのこの熱を……お兄様の肌の温もりを求めるこの心を、決して手放したりしませんっ。お母様が何と言おうと……お兄様を縛り付けるのは、私ですっ!」

 

「……私もだ、サクラ。カムイが受け入れてくれるなら、私は喜んで、カムイだけを愛する獣になろう。……あの暗夜の女たちには絶対に、私の弟を……私の『男』を、渡さない!」

 

姉妹の間に、かつての清らかな絆とは違う、僕という一人の雄の熱を共有し、独占しようとする共犯者のような、恐ろしいほどの結束が生まれていた。

 

「……あら? 随分と威勢のいいこと」

 

空から、巨大な愛斧を振り下ろして敵のゴーレムを粉砕したカミラ姉さんが、飛竜から飛び降りて二人の間に割って入った。

 

「でも、カムイの体を一番よく知っているのは、私よ? あなたたちの幼い愛じゃ、カムイは満たされないわ。……お姉ちゃんのこの奥深くて、甘くて、逃げ場のない海に沈むのが、カムイにとって一番の幸せなんだから……」

 

カミラ姉さんの挑発に、ヒノカ姉さんとサクラが激しい闘気を燃やし、ヒロインたちの愛憎の炎が、戦場の熱をさらにドロドロに煮詰めていく。

 

「……私の可愛い子どもたち。おとなしく、永遠の眠りにつきなさい。……ハイドラ様のご意志のままに」

 

ミコトが静かに腕を掲げると、玉座の間を満たすほどの極大の光の魔法陣が展開された。

それは、かつて白夜王国を優しく包み込んでいた結界の力。それを、純粋な殺意へと反転させた、逃げ場のない破滅の光だった。

 

「させないッ!!」

 

僕は床を強く蹴り、小さな体を弓のようにしならせた。

夜刀神・幻夜の刀身が、僕の血脈に呼応して凄まじい熱と光を放つ。

 

「カムイの往く道は、私たちが切り開くッ!」

 

ヒノカお姉様が、カミラ姉さんすらも出し抜く凄まじい踏み込みで魔法陣の渊へと突進し、その白銀の薙刀で光の奔流を強引に斬り裂いた。

 

「お兄様、今ですッ!」

 

サクラが限界を超えた光の魔力を放ち、ヒノカ姉さんが作った魔法陣の綻びを中和し、僕のための絶対的な安全圏(道)を創り出す。

 

母に否定された自分たちの欲望(業)を、完全に肯定し覚醒した白夜王女たちの、執念の連携。

僕はその道を駆け抜け、夜刀神を真っ直ぐに突き出した。

 

「母上……その偽りの呪縛から、今、解放するッ!!」

 

ドゴォォォォォンッ!!

夜刀神の光がミコトの魔法陣を真っ向から貫き、ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、光の奔流が四散した。

そして、そのままの勢いで、僕の剣がミコトの胸の魔道核を深く捉えた。

 

「……あ……」

ミコトの体から力が抜け、その瞳を覆っていた虚無の闇が、スッと晴れていく。

 

「母上ッ!」

「お母様……っ!」

 

リョウマ兄さん、ヒノカ姉さん、タクミ、サクラが、一斉に玉座の元へと駆け寄った。

僕も剣を収め、崩れ落ちるミコトの体を、その小さな腕でそっと受け止めた。

 

「……ああ……。私の、愛する……子どもたち……」

ミコトの声は、先程までの冷酷なものではなく、かつての、本当に優しく温かい、僕たちの大好きな母の声に戻っていた。

 

「お母様……っ! お母様っ!」

 

サクラが泣き崩れ、ヒノカ姉さんがミコトの冷えゆく手をきつく握りしめる。

 

「母上……俺たちは、あなたに刃を……っ」

 

リョウマ兄さんが苦痛に顔を歪めるが、ミコトは優しく微笑んで首を振った。

 

「……いいのです、リョウマ。よく、ここまで辿り着きましたね。……皆、立派になりました」

 

ミコトの慈愛に満ちた視線が、白夜のきょうだいたちを一人一人撫で、そして、僕の顔で止まった。

 

「……カムイ。私の、大切な子ども」

「母様……っ」

 

「……あなたたちに、真実を話さなければなりませんね」

 

ミコトは、弱々しい息を吐きながら、静かに、しかしはっきりと語り始めた。

 

「カムイ……あなたは、白夜王国で生まれたのではありません。……ここ、透魔王国で生まれた、私の実の子供なのです」

 

「え……?」

 

その事実に、僕だけでなく、白夜のきょうだいたちも息を呑んだ。

 

「そして……アクア」

 

ミコトの視線が、僕の後ろで静かに立ち尽くすアクアへと向けられた。

 

「私の姉である、シェンメイの娘……。あなたもまた、この透魔の血を引く、私の大切な姪なのですよ」

「……おば、様……」

 

アクアの金色の瞳が、微かに揺れる。

 

僕とアクア。奇妙なほどに運命が交差し、互いの痛みを分かち合ってきた僕たちが、実は「いとこ」という血の繋がりを持っていたという衝撃的な真実。

 

「……私はもう、この身を保つことはできません。……ですが、最期にあなたたちの顔を見ることができて……本当に、幸せでした……」

 

ミコトの体が、足元から淡い光の粒子となって溶け始めていた。

 

「母様ッ! 駄目だ、行かないで……っ!」

 

僕が必死にその体にしがみつこうとするが、腕は光の粒子をすり抜けてしまう。

 

「……カムイ。アクア。……そして、私の愛する子どもたち。……この世界を、ハイドラの狂気から救ってください。……あなたたちなら、必ず……」

 

最期に、最も美しく、優しい微笑みを残して。

母上(ミコト)の体は完全に光の粒となって、透魔王国の淀んだ空へと消えていった。

 

「お母様ァァァッ!!」

 

サクラの悲痛な絶叫が、玉座の間に響き渡る。

タクミは床を殴りつけ、ヒノカ姉さんは声もなく涙を流し続けている。

 

「……」

 

僕は、母上の温もりが消え去った虚空を見つめ、ポロポロと涙をこぼした。

本当の母。僕を生んでくれた、この透魔王国の女性。その真実を知った直後に、またしても永遠の別れを強いられたのだ。

僕の小さな肩が、悲しみで小刻みに震える。

 

カミラ姉さんが、ヒノカお姉様が、サクラが、フローラが、それぞれに僕を抱きしめようと一歩を踏み出した、まさにその時だった。

 

「……触れないで」

 

氷のように冷たく、しかし何者にも抗うことを許さない絶対的な声が、玉座の間に響いた。

アクアだった。

彼女は、僕に群がろうとしたヒロインたちを、その透き通るような金色の瞳で一瞥し、無言の圧力で完全に縫い留めた。

ヒノカお姉様も、カミラ姉さんすらも、アクアから放たれる「これは私と彼だけの領域だ」という神聖不可侵の気迫に押され、その場から一歩も動くことができなかった。

 

アクアは静かに僕の正面に跪き、細く冷たい両手で、僕の涙で濡れた頬をそっと包み込んだ。

 

「……アクア……っ」

 

「……あなたは、私の血分け。この呪われた透魔の血を、そして痛みを共有する、たった一人の半身よ」

 

アクアの瞳には、かつてないほどの深い慈愛と、僕のすべてを永遠に自分の中だけに封じ込めようとする、底知れぬ独占欲が宿っていた。

 

「……私たちが、あなたを独りにはしない。……誰にも、あなたのこの悲しみに触れさせはしないわ」

 

彼女の冷たい唇が、僕の唇に、確かな重みを持って重なった。

 

周囲が見つめる前で交わされた、それは。

慰めなどという生易しいものではない。僕の悲しみを喰らい、魂の根幹から僕を支配するという、静かで絶対的な、血と呪いの誓いの口づけだった。

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