白夜の王都の城下町は、僕にとって狂気じみたまでの光と活気に満ちていた。
雲一つない蒼穹から容赦なく降り注ぐ太陽は、僕の体力を削り取り、精神をどんよりとした泥の底へと沈めていく。逃げ場のない直射日光の下を歩かされるだけで、息をするのすら苦痛だった。
「あらあら、そこのお兄さん! どうだい、焼きたてのお芋でも一つ。うまくてほっぺたがとろけちまうよ~」
「あ……ありがとう、おばさん」
露店の陽気なおばさんから渡された焼き芋は、太陽の光と同じくらい熱かった。けれど、その温かさは不思議と嫌な感じはしなかった。
「はい、アクアもどうぞ」
「……ありがとう。うん……美味しい」
アクアと芋を分け合いながら、僕は白夜の民の活気を肌で感じていた。暗夜の冷たく暗い城下町とは違う、底抜けの明るさ。
「カムイ兄様……こ、これっ、お口に合えば……っ」
不意に、下から甘い声が聞こえ、サクラが小さな両手でお団子を差し出してきた。
「このお団子、甘くて美味しいんです。……ですから、少しでも元気を出してほしくて……っ」
サクラの瞳が、心配そうに僕を見上げている。
「ありがとう、サクラ。……うん、すごく甘くて美味しいよ」
僕が微笑むと、サクラはパッと顔を輝かせ、「は、はいっ!」と嬉しそうに頷いた。彼女から漂う桜の香りと、お団子の優しい甘さが、僕の気怠さをほんの少しだけ和らげてくれた。
だが、それでも白夜の太陽は僕を容赦なく照りつける。
「……カムイ様、もう少しの辛抱です。私が、お守りしますから……」
ふらつく僕の体を、左側からフローラがしっかりと支えていた。
彼女は周囲の白夜兵や町人の目を盗むようにして、僕の袴の背中側からスッと冷たい手首までを滑り込ませている。氷の魔力で極限まで冷やされた彼女の指先が、僕の汗ばんだ背骨を直接なぞり、肩甲骨の間にピタリと押し当てられていた。
「あっ……ふろーら、冷た……っ」
「声を殺して。……あなたは、私だけが冷やして差し上げます」
白夜の強い日差しと、背中から直接注ぎ込まれるフローラの凍えるような冷気。その強烈な温度差が、痺れるような快感を生み出していく。
右側からは、フェリシアが大きな日傘を掲げながら、僕の腕に自分の体をぴったりと密着させ、その豊かな胸の感触を押し付けてきている。
足元の僕の影の中には、星竜の姿になったリリスが身を潜め、時折僕の足首にその冷たく滑らかな鱗をすり寄せてくる。
三人の暗夜の従者たちによる、過保護で息の詰まるような接触。
その濃密な体温と冷気に挟まれながら、僕はなんとか広場の中心、高い壇上へとたどり着いた。
「皆の者、聞いてください……!」
壇上には、白夜の女王である母上(ミコト)が立っていた。
「この子は……暗夜に連れ去られていた、私の愛しい息子、カムイです……! 今日、こうして白夜へと帰ってきてくれました!」
割れんばかりの歓声が広場を揺らす。
母上(ミコト)が振り返り、僕に向かって優しく両手を広げた。その瞳は、溢れんばかりの慈愛の涙で潤んでいる。
「おいで、カムイ……」
その深い愛情の引力に逆らうことなどできず、僕はフローラたちの支えから離れ、ふらふらと母上(ミコト)の元へ歩み寄ろうとした。
――その時だった。
『ドクンッ』
僕の腰に帯びていた暗夜の剣、ガロン王から下賜された魔剣『ガングレリ』が、突如として禍々しい紫色の光を放ち、脈打った。
「え……?」
剣から立ち上る異様な冷気。それはフローラの心地よい氷とは違う、死と絶望を孕んだ絶対零度の瘴気だった。
剣が、まるで意思を持っているかのように僕の手から離れ、宙に浮き上がる。
「カムイ様っ!! 離れてっ!!」
背後から、血を吐くようなフローラの絶叫が響いた。
彼女が僕の体を強引に引き倒した瞬間、頭上で魔剣が凄まじい轟音と共に爆発した。
「きゃあああっ!!」
「がああっ!」
閃光と衝撃波。広場の石畳が吹き飛び、砕けた剣の破片が凶器となって周囲の人々を薙ぎ払う。
僕の上に覆い被さったフェリシアの背中を、無数の瓦礫が打ち据える。フローラが瞬時に分厚い氷の結界を張ったことで直撃は免れたが、先ほどまで平和だった広場は一瞬にして血の海と阿鼻叫喚の地獄に変わった。
耳鳴りが酷い。太陽の光と、硝煙の匂い。
何が起きたのか理解できず、朦朧とする僕の視界の端で、空間がぐにゃりと歪んだ。
「……死ネ、白夜ノ……」
虚空から現れた不気味な暗殺者が、禍々しい光の短剣をまっすぐに――僕の心臓を狙って放った。
「――っ!!」
フローラもフェリシアも、爆発の衝撃で僕を庇い、体勢を崩している。
死を覚悟し、僕がぎゅっと目を閉じた、その刹那。
「……カムイ……!!」
甘く、深い香木のような匂いが僕を包み込んだ。
ドスッ、という鈍い肉の裂ける音。
僕の上に、柔らかく、そして温かい体が重くのしかかってきた。
「……あ……?」
目を開けると、母上(ミコト)が僕を庇うように抱きしめ、その背中に深々と光の短剣を突き立てられていた。
当の暗殺者はリョウマ兄さんが即座に斬りつけたが、その姿は忽然と消えて、その者の衣服が地面に落ちたらしい。
暗殺者は最初から僕を狙っていたのか、それとも母上(ミコト)が庇うことを計算に入れての行動だったのか、もうそれを知る術はない。
「はは、うえ……? 嘘、だよね……?」
「カムイ……無事、で……よかった……」
母上(ミコト)の口から、どろりとした赤い血が溢れ落ち、僕の頬を濡らした。生温かく、鉄の匂いのする赤い液体。
「あ、ああ……ああっ……!!」
僕を抱きしめる彼女の力が、すっと抜けていく。
ドサリと崩れ落ちる母上(ミコト)の体。白く美しい衣装が、どす黒い赤に染まっていく。
「母上ぇぇぇっ!!!」
リョウマ兄さんの悲痛な咆哮が響く。ヒノカ姉さんが顔面を蒼白にして駆け寄り、サクラが震える手で治癒の杖を構えるが、光は灯らない。
「嫌だ……嫌だっ! どうして、僕なんかのために……っ!」
母上(ミコト)の冷たくなっていく手を握りしめた時、僕の頭の中で、何かが『ぷつん』と音を立てて千切れた。
直射日光の不快感など、とうの昔に消し飛んでいた。
代わりに、体の奥底――血管のさらに奥深くから、マグマのような暴力的な熱がどろどろと這い上がってくる。
「アァァ……アァァァァァッ……!!」
僕の口から、人間のものとは思えない低くしゃがれた咆哮が漏れた。
「カムイ様……!? ダメです、心が飲まれては……っ!」
異変に気付いたフローラが、血まみれになった僕を背後から抱きしめ、必死に氷の魔力を流し込んでくる。しかし、彼女の冷気すら、今の僕の内側から溢れ出す「熱」の前では一瞬で蒸発してしまった。
「熱い……あついっ! 体が、裂ける……っ!!」
皮膚を突き破り、白銀の鱗が顔を出す。爪が鋭く伸び、視界が血のように赤く染まっていく。
「カムイっ!! やめろ、自分を失うなっ!!」
ヒノカ姉さんが涙ながらに僕の腕を掴もうとするが、竜の力を暴走させ始めた僕から放たれる圧倒的な熱量に弾き飛ばされる。
「カムイ様っ、私です! フェリシアですっ、お願い、カムイ様ぁっ!!」
フェリシアが火傷を負うのも厭わず、半ば竜化しかけた僕の首筋にしがみついてくる。
「……グルルォォォォォォォッ!!!」
しかし、悲しみと怒りに完全に支配された僕の意識は、彼女の甘い匂いも、フローラの必死の抱擁も振り解き、巨大な白銀の竜へとその姿を完全に変貌させた。
空気を切り裂く咆哮が、白夜の広場を絶望に突き落とす。
暴走する破壊の衝動。誰も僕を止められない。
ただ一人、澄み切った水面のような金色の瞳を持つ、あの少女の歌声を除いては――。