二刀の妖刀を構え、異形の甲冑から不気味な瘴気を立ち昇らせる白夜の先王、スメラギ。
死してなお、その威圧感は生前と何ら変わらず、むしろ透魔の呪いによって底知れぬ凄みが加わっていた。
「……さあ、来るが良い。お前たちの力を、この私に示してみせよ」
地の底から響くようなスメラギの声に、広間を埋め尽くす透魔兵たちが一斉に咆哮を上げ、僕たちに雪崩れ込んできた。
白夜と暗夜の家臣たちが、押し寄せる無数の雑兵を命懸けで食い止める中。
戦場の中央では、白夜の王族たちと、彼らの実の父親であるスメラギとの、壮絶な死闘が繰り広げられていた。
「父上……ッ!」
リョウマ兄さんの雷神刀が、紫電を纏ってスメラギへと上段から振り下ろされる。
しかし、スメラギはそれをいとも容易く左の妖刀で受け流し、右の刀でリョウマ兄さんの胴を薙ぎ払おうとする。
「……甘いぞ、リョウマ。剣に迷いがある」
「くっ……!」
最強の侍として白夜を率いてきたリョウマ兄さんでさえ、越えるべき最大の壁であった実の父を前にして、その太刀筋に僅かな、しかし致命的な鈍りが生じていたのだ。
スメラギの重い反撃に体勢を崩した長兄を庇うように、白銀の閃光が突き出された。
「……私の前に立ち塞がる敵は、たとえ父上であろうとも、この私が斬り捨てるッ!」
白夜の第一王女・ヒノカ姉さんだ。
彼女は天馬から飛び降りるような凄まじい踏み込みで、薙刀の切先をスメラギの心臓へと一直線に突き入れた。かつての娘としての情を一切捨て去った、純粋で狂気的な殺意の一撃。
「……ほう。ヒノカ、お前は良い目をしている」
スメラギは微かに口角を上げながら、その鋭い突きを半身を捻って躱し、二刀の連撃でヒノカ姉さんを弾き飛ばそうとする。
だが。
「……僕たちを、嘗めるなよ……ッ!」
スメラギがヒノカ姉さんを弾き飛ばした、まさにその死角。
タクミの放った風神弓の光の矢が、スメラギの右肩の甲冑を正確に貫き、その腕の動きを一瞬だけ硬直させた。
「見事な連携だ。……だが、私を超えるにはまだ足りぬ!」
スメラギの全身から爆発的な闘気が噴き出し、タクミの矢をへし折って再び二刀を構え直す。その圧倒的な剣気は、近づくことすら困難なほどの防壁となって僕たちの前に立ちはだかっていた。
「……父上の太刀筋、あの頃と全く変わっていませんね」
リョウマ兄さんが、荒い息を吐きながら雷神刀を構え直した。その瞳から、先程までの迷いが完全に消え去っている。
「……タクミ。俺が父上の右の太刀を完全に殺す。お前は左の死角を狙え。……ヒノカ、お前はどうする」
「言わずとも分かっているだろう。……私は、私の愛する弟(カムイ)の道を切り開く」
ヒノカ姉さんが、頬を極限まで赤く染め、瞳に絶対的な愛憎の炎を燃やしながら薙刀を構えた。
「行くぞッ!」
リョウマ兄さんが、雷神刀にありったけの紫電を込め、スメラギの正面から特攻を仕掛けた。
「……来い、リョウマ!」
スメラギの右の妖刀が、リョウマ兄さんの剣を真っ向から迎え撃つ。凄まじい衝撃波が広間を揺るがし、二人の剣が完全に拮抗して動きを止めた。
「そこだッ!」
タクミの放った三本の光の矢が、スメラギの左半身の死角を正確に抉る。
スメラギが残った左の刀で矢を弾き落とそうとした、その僅かな隙。
ヒノカお姉様が、スメラギの懐へと滑り込み、白銀の薙刀でその異形の甲冑の胸部を大きく斬り裂いた。
「……ぐ、ぅッ……!」
スメラギの強固な防御陣が、実の子どもたちの血を吐くような連携によって、ついに完全に崩れ去った。
「……僕が、終わらせる!」
僕はその瞬間を逃さなかった。
竜の血を極限まで活性化させ、夜刀神・幻夜の刀身にすべての魔力と祈りを込める。
「はぁぁぁぁッ!!」
僕の小さな体から放たれた七色の光の軌跡が、ヒノカお姉様が斬り開いた甲冑の隙間を縫い、スメラギの胸の魔道核を深く、そして確実に貫いた。
「……ガ……ッ!」
スメラギの動きが、ピタリと止まった。
手から二振りの妖刀が滑り落ち、重い音を立てて冷たい石畳に転がる。
僕が息を切らせて剣を引くと、スメラギの体を覆っていた禍々しい紫色の瘴気が、霧散するように消え去っていった。
そして、その虚ろだった瞳に、かつての威厳と、深い慈愛の光が戻ってくる。
「……見事だ、カムイ……そして、我が子たちよ」
スメラギは膝をつき、ゆっくりと僕たちを見渡した。
「父上……っ」
リョウマ兄さんが駆け寄り、その体を支えようとするが、スメラギの体はすでに足元から光の粒子となって崩れ始めていた。
「……泣くことはない、リョウマ。お前は立派に、私という壁を越えてみせたのだ。……白夜の王として、誇らしく胸を張れ」
「……はい。父上の教え、決して無駄にはいたしません」
リョウマ兄さんが涙を堪え、深く頷く。
「……タクミ、ヒノカ。お前たちも、本当に強くなった。……私の自慢の子どもたちだ」
スメラギの言葉に、タクミは目を伏せ、ヒノカ姉さんは声もなく涙を流した。遠くで結界を維持していたサクラも、その場にへたり込んで泣き崩れている。
「……そして、カムイ」
スメラギの視線が、僕を真っ直ぐに捉えた。
「……お前には、ずっと謝りたかった。あの広場の日……お前を守り切れず、暗夜へ連れ去られる原因を作ってしまったことを」
「そんなことありません! 父上は、ご自分の命に代えて、僕と母様を守ろうとしてくれたじゃないですか……っ!」
僕は首を横に振った。幼い頃の記憶の中にある、大きくて温かい父の背中。それは、僕の心の中にずっと刻まれている。
「……そう言ってもらえると、救われる。……私はミコトを心の底から愛していた。そして、お前は……私と彼女の希望そのものだった」
スメラギの体が、いよいよ薄く透け始める。
「……私の役目は、これで終わりだ。だが、お前たちならば……この世界の狂気を終わらせることができると、私は信じている。……頼んだぞ、子どもたちよ……」
最期に、武人としての誇りと、親としての深い愛情に満ちた微笑みを残して。
スメラギの体は完全に光の粒となり、透魔王国の暗い空へと溶けていった。
「父上ェェェッ!!」
リョウマ兄さんの慟哭が、冷たい広間に響き渡る。
「……」
僕は、消え去った父の幻影の跡を見つめ、ポロポロと涙をこぼした。
母であるミコトに続き、父であるスメラギまでも、自らの手で討たねばならなかった悲壮感。その喪失の重さに、僕の小さな足は限界を迎え、その場に力なくへたり込んでしまった。
カミラ姉さんが、フローラが、それぞれに僕を慰めようと一歩を踏み出した、まさにその時だった。
「……カムイ。もう、お前は十分に泣いた。これ以上、その美しい瞳から涙を流す必要はない」
誰よりも早く、そして何者にも抗うことを許さない圧倒的な熱量で。
ヒノカ姉さんが、床に座り込む僕の背後から自らの体を密着させ、僕の小さな体を彼女の腕の中に完全に抱きしめ、幽閉した。
「……ッ、暗夜の魔女。そして他の者たちも、そこから一歩でも近づいてみろ。……私が、お前たちを斬り捨てる」
ヒノカお姉様の声は、低く、しかし明確な殺意を帯びていた。
彼女は、僕の肩越しにカミラ姉さんやアクアたちを射抜くように睨みつけ、僕という存在を自らの腕の中(絶対領域)に封じ込めたことを宣言したのだ。
「ひの、か、姉さん……」
「……悲しいのなら、私の鼓動を聞け。親を失った痛みも、その剣の重さも……全部、私が背負ってやる。だから今は……私だけのものになれ……」
ヒノカお姉様の戦装束越しに伝わる、激しく波打つ心音と、彼女の引き締まりつつも豊かな胸の弾力。
その熱っぽい吐息が僕の首筋にねっとりと絡みつき、微かな汗の匂いと、隠しきれない『女』としての濃厚な情念が、僕の理性をじわじわと侵食していく。
彼女は、父を討った直後で感情が限界に達している僕を、「悲しみを慰める」という大義名分の下で、他の女から完全に隔離し、自らの愛の底なし沼へと引きずり込んだのだ。
カミラ姉さんはギリッと奥歯を噛み締め、アクアは静かに目を伏せた。
しかし、親殺しの業を背負い、覚醒した白夜の第一王女の放つ狂気的な母性と威圧感の前に、今は誰も手出しをすることができなかった。
僕は、ヒノカお姉様の甘く重い拘束の中で、涙を流しながらも、来るべきハイドラとの最終決戦へと、心の奥底で決意の炎を燃やし続けるのだった。