ファイアーエムブレムifのIf   作:鰻天ぷら

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51話

透魔の王城の最深部。

冷たい石造りの巨大な扉を押し開くと、そこには果てしなく広がる虚無の空間と、禍々しいオーラを放つ玉座が鎮座していた。

 

「……ここが、見えざる世界の玉座の間」

 

僕が呟き、夜刀神・幻夜を構えて一歩踏み出した、その時。

 

「――っ! カムイ、危ないッ!」

 

後方で警戒していたリョウマ兄さんの、鋭く緊迫した叫び声が響いた。

その声より早く、僕の背後の完全な死角から、空気を切り裂くような『不可視の凶刃』が音もなく迫っていた。

 

「しまっ……!」

 

振り向く時間はない。直前まで過保護なプレッシャーに晒されていた僕の小さな体は、回避行動が致命的に遅れた。

 

しかし、その極大の魔力刃が僕の背骨を穿つ直前。

 

「……させないわよ、薄汚いネズミさん」

 

むせ返るような香水と共に、僕の背中に深くのしかかっていたカミラ姉さんが、その豊満な体を盾にするようにして僕に覆い被さり、愛斧を背後へと振り抜いた。

ギィンッ!!

凄まじい金属音と火花が散り、不可視の魔力が弾け飛ぶ。

 

「……きゃっ……!」

 

だが、完全に防ぎきることはできず、魔力の余波がカミラ姉さんの肩口を激しく打った。

彼女は僕に寄りかかるようにして体勢を崩し、膝をつく。

 

「カミラ姉さんッ!!」

「……大丈夫よ、可愛いカムイ。お姉ちゃんのお乳は、こんなことじゃ傷つかないわ……」

 

カミラ姉さんが艶然と微笑みながら僕の頭を撫でるが、その白く美しい肩の装甲は焼け焦げ、微かに血が滲んでいた。

 

「……許さんッ! 暗夜の魔女とはいえ、カムイを庇った者を傷つけるなどッ!」

 

ヒノカ姉さんが激怒し、薙刀を構えて周囲の空間を睨みつける。

 

「姿を見せろ、卑怯者! どこから狙った……!」

 

白夜と暗夜の仲間たちが一斉に武器を構え、広間の暗がりを警戒する。

だが、僕の心臓は、まるで氷の塊を飲み込んだように冷たく、激しく警鐘を鳴らしていた。

 

(……違う。外部からの攻撃じゃない)

 

僕は、カミラ姉さんを支えながら、ゆっくりと立ち上がった。

先程の魔力刃の軌道。僕の背後、ほんの数歩の距離からの、極めて正確な狙撃。

あの無限の渓谷で、僕とクリムゾンを狙って放たれた不可視の刃。

先程の迷宮の回廊で、アクアと二人きりになった瞬間に僕の背中を打った魔法。

そして今、玉座の間に足を踏み入れた瞬間の、最も無防備な死角からの凶刃。

 

そのすべての瞬間に。

僕の背後、誰よりも僕に近く、誰もが「そこにいて当然だ」と疑わない位置に、常に陣取っていた人物。

 

「……嘘だ」

僕の口から、震える声が漏れた。

見えざる敵の正体に気づいてしまった僕の視線は、ゆっくりと、集団の最後尾で静かに立ち尽くす一人の老騎士へと向けられた。

 

「……相変わらず、隙だらけですね、カムイ様」

 

静かな、そして氷のように冷たい声が、王の間に響き渡った。

 

「……ギュンター……?」

 

僕が信じられない思いでその名を呼ぶと、老騎士はいつも僕に向けていた温かい父親のような眼差しを完全に捨て去り、ドロドロに濁った、透魔の瘴気そのもののような悪意の瞳で僕を見下ろした。

 

「……まさか。ギュンター、お前が……裏切り者だったというのかッ!?」

 

マークス兄さんがジークフリートを構え、驚愕に目を見開く。

 

「フッ……ハハハハハッ!!」

 

ギュンターが、腹の底から湧き上がるような、おぞましい嘲笑を響かせた。

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、王族ども。……私は初めから、お前たちに忠誠など誓った覚えはないのだから!」

 

「ギュンター……どうして……っ」

 

僕は夜刀神を持つ手を震わせた。

暗夜の冷たい城の中で、唯一、僕を愛し、剣を教え、父親のように接してくれた彼が。すべては僕たちを殺すための演技だったというのか。

 

「……カムイ様。あなたのその『人を信じ抜く』という甘さ……。それが、私にとってどれほど滑稽で、反吐が出るほど利用しやすかったことか」

 

ギュンターが、冷酷な笑みを浮かべて僕を嘲る。

 

「無限の渓谷であなたを殺すはずが、他の者たちに邪魔をされた。……だから私は、あの迷宮であなたを襲い、一緒にいたアクア様にその罪をなすりつけようとした。あなたが最も信頼する『魂の片割れ』に裏切られたと思わせ、その甘い心を絶望のどん底へ突き落とすためにな……!」

 

「……残念だったわね、ギュンター」

 

僕の隣で、アクアが一切の感情を交えない、透き通るような声で口を開いた。

 

「あなたのその浅ましい策……私は初めから、すべて見抜いていたわ」

「なに……?」

 

ガンターの眉がピクリと動く。

 

「私がロンタオを殺害したように見せかけたのは……あなたの目を欺き、私たちの中に潜む『真の裏切り者』を油断させるための偽装。……ロンタオは今、星界で保護下にあるわ」

 

アクアは、冷徹な死神のような瞳でガンターを見据えた。

 

「彼が生きている以上、あなたの嘘を裏付ける証拠はどこにもない。……あなたはただの、ハイドラの哀れな操り人形よ」

 

「……小賢しい真似をッ!」

 

ガンターの顔が、怒りと憎悪で醜く歪む。

 

「だが、それがどうした! ここは透魔の王城……すでにこの空間は、透魔王の絶対的な支配下にある! あなたがたはここで、一人残らず私の手によって肉塊となるのだ!!」

 

ガンターの体が異常なまでに膨張し、その周囲から禍々しい紫色の瘴気が嵐のように吹き荒れ始めた。

 

「……僕は……僕は君を、家族だと……っ!」

 

僕の目から、どうしようもない絶望と悲しみの涙がこぼれ落ちた。

実の母を失い、父の魂を斬り伏せ、最後に残った「暗夜の父親」すらも、僕をずっと憎んでいた。僕の世界が、音を立てて崩れ去っていく。

 

その、僕の心が折れかけた、まさにその瞬間だった。

 

ゴァァァァッ……!!!

 

玉座の間の空気が、一瞬にして凍りつき、直後に爆発的な熱量を帯びて沸騰した。

 

「……む?」

 

ギュンターが、その異様な気配に思わず動きを止める。

そこには、今まで過去に何度も繰り返されてきたような「順番に決意を述べる仲間たち」の姿はなかった。

 

ただ、純粋で、理性を完全に焼き尽くした『殺意のバケモノ』たちが立っていた。

 

「……私の可愛いカムイを、泣かせたわね……?」

 

カミラ姉さんが、肩から血を流していることなど全く気にも留めず、紫色の瞳孔を極限まで開ききってガンターを睨み据えていた。

その顔から、いつもの妖艶な笑みは完全に消え失せている。あるのは、愛する僕(カムイ)の心を破壊した外道に対する、底なしの残酷な破壊衝動だけ。

 

「……貴様。……貴様ァァァッ!! 私のカムイに、これ以上絶望を背負わせるというのかッ!!」

 

ヒノカ姉さんが、白銀の薙刀を強く握りしめ、歯から血が滲むほどに奥歯を噛み締めていた。

誇り高き武人としての理性など、もはや微塵もない。弟の魂を弄んだガンターを、今すぐ八つ裂きにして臓物を引き摺り出さんばかりの、凄まじい鬼の形相。

 

「お兄様を……お兄様を傷つける奴は……私が、私が絶対に許しませんッ!!」

 

サクラが、涙をボロボロと流しながら、祓串を構えるのではなく、直接的な攻撃魔法の術式を狂ったように幾重にも展開し始める。

 

フローラは言葉すら発さず、周囲の空間の水分をすべて絶対零度の氷槍へと変質させてガンターへ向け、ルーナは無言で剣を抜き放ち、瞳に暗い殺火を灯している。

そしてアクアは、僕の前に静かに立ち塞がり、見えない絶対的な結界を構築して僕を外敵から完全に隔離していた。

 

「……チッ、小娘どもが……! 我は透魔王……! その程度の殺気で……!」

 

ガンターが瘴気を放ちながら大斧を構えるが、彼の声には明らかに怯えが混じっていた。

 

「……みんな、待って……ッ!」

 

僕は涙を拭い、夜刀神・幻夜を力強く握り直した。

彼女たちの狂気的な殺意に任せてしまえば、ギュンターは文字通り肉片一つ残さず消し飛ばされてしまうだろう。

だが、彼は。彼は、僕の恩人なのだ。

 

「……彼の悲しみも、憎しみも……僕が、この剣で受け止めるッ!!」

 

僕は、理性を失いかけた殺意の嵐を掻き分けるようにして前に飛び出し、絶望の化身と化した、かつての「父親」へと、自らの手で全力の刃を振り下ろしたのだった。

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