四人の兄たちが掲げた神器から放たれた極大の光の束を吸い込み、僕の手の中で、夜刀神は黄金の炎を纏う伝説の剣『ファイアーエムブレム』へとその姿を変貌させていた。
「……行くよ、みんな! この闘いを……終わらせるんだ!!」
僕の小さな体が、爆発的な推進力で玉座の間を蹴り出した。
黄金の光を引いて宙を舞う僕に対し、玉座に座すガロン王(ハイドラ)は、忌々しげに顔を歪めて巨大な斧を振り上げた。
『……小賢しい光だ! だが、我が透魔の闇を切り裂けるものかッ!!』
ガロンの巨体から、先程マークス兄さんたちを吹き飛ばしたのと同じ、いや、それ以上に濃密な絶望の闇のブレスが放たれる。
しかし。
「ハァァァァッ!!」
僕が振り下ろしたファイアーエムブレムの刃は、ハイドラの放つ絶対的な闇の壁を、まるで薄紙を裂くかのように容易く、そして美しく両断した。
『な、にィ……ッ!?』
驚愕に目を見開くガロンの懐へと、僕は一切の減速なしに肉薄した。
狙うのは、彼の命ではない。彼の肉体と魂を縛り付けている、ハイドラの呪いの根源だ。
「……父上を、返せッ!!」
黄金の斬撃が、ガロン王の巨体を真っ向から捉えた。
刃が肉を裂く音はしなかった。代わりに、ガロンの全身を覆っていた禍々しい紫の泥と瘴気が、ファイアーエムブレムの浄化の炎に焼かれ、悲鳴を上げるように蒸発していく。
『……グ、ガァァァァァァッ!!!』
ハイドラの思念が苦痛に喚き、ガロンの体から完全に弾け飛んだ。
そして、玉座の間に立ち込めていた重苦しい威圧感が、嘘のように霧散した。
「……はぁっ……はぁっ……」
煙が晴れた玉座の前に膝をついていたのは、もはや異形の怪物ではなく、白髪を振り乱し、力を失ってひどく老いさらばえた、ただの老人――暗夜王ガロンの本来の姿だった。
「……」
マークス兄さんが、ジークフリートを下げたまま、静かにその老人の前へと歩み寄る。
オボロが薙刀を構え、無言でマークス兄さんの斜め後ろ――背中の死角に立ち、その結末を見届ける姿勢をとった。
「……マ、マークスか……」
ガロンは、焦点の定まらない虚ろな目で、見下ろす長男を見上げた。
「……わしは……一体、何を……。ハイドラよ、なぜわしに力を……」
「……もう終わりです、父上」
マークス兄さんの声は、怒りでも悲しみでもなく、ただ冷徹で、威厳に満ちた次代の王の裁きだった。
「……私を、殺すか」
ガロンが力なく呟く。暗夜の法に照らし合わせれば、反逆や敗北の代償は死だ。彼もまた、それを覚悟しているかのように目を閉じた。
「……いいえ」
マークス兄さんの低い声が、玉座の間に響き渡る。
「あなたの狂気は、私たちが打ち砕いた。……白夜の平和を奪い、自らの家族すらも滅ぼそうとした大罪。……死という安易な形で、逃げることは許されません」
ガロンが、ハッと目を開く。
「……あなたは生きて、その目で、自分が壊した世界の惨状と、奪った命の重さを直視し続けなさい。……それが、あなたが受けるべき永遠の罰です」
ガロンは、震える手で顔を覆い、すべてを失った老人のようにその場に崩れ落ちた。
マークス兄さんは、それ以上彼を見ることはせず、静かに背を向けた。
「……ふん。あんたの親父さん、いいザマね」
オボロが、憎き仇であるガロンを一瞥し、鼻で笑う。
「……だが、あんたが暗夜の王としてそう決断したんなら、私も今は薙刀を収めておくわ。……背中は預かり続けるから、しっかりしなさいよ」
「……ああ。恩に着る、オボロ」
バタフライエフェクトによってもたらされた、ガロン生存と断罪という重い結着。
だが、僕たちがその余韻に浸る暇は、微塵も与えられなかった。
『……おのれ……。おのれ、人間風情がァァァァッ!!!』
玉座の奥。次元の歪みから、空間そのものをヒビ割れさせるような、ハイドラの激怒の咆哮が轟いた。
『……我の器を否定し、我が神たる力を愚弄するかッ! ならば、このようなちっぽけな器などもういらぬ!』
直後、玉座の奥に広がる異次元の空間が、凄まじい引力を伴ってブラックホールのように拡大し始めた。
「な、なんだあれッ!」
タクミが風神弓を構えながら後ずさる。
透魔王国の冷たい空が、石造りの城壁が、そして大地そのものが、巨大な闇の裂け目へと次々に吸い込まれ、砕かれていく。
『……我自らが世界を喰らい、貴様らに真の絶望を与えてやるッ!!』
ハイドラは、自身の体を構成する次元の欠片と、透魔の膨大な瘴気を、空間ごと強制的に取り込み始めた。
その姿は、もはや竜などという崇高なものではない。
無数の巨大な目玉と、引き裂かれた建物の残骸、そして淀んだ紫の肉塊がデタラメに融合し、世界の法則を完全に無視して膨張し続ける、冒涜的で絶望的な最終形態。
「……空間そのものを喰らって、バケモノになろうっていうのか……!」
レオンが、その理解を超えた巨大さに冷や汗を流す。
白夜と暗夜の仲間たちも、本能的な恐怖に武器を握る手を白くさせていた。
しかし。
圧倒的な世界崩壊の絶望を前にしてもなお。
僕の背後から立ち上る、「静かで揺るぎない狂気」は、ハイドラの放つ恐怖すらも完全に上書きしようとしていた。
誰も、わざとらしい決意の言葉など口にしなかった。
ただ、カミラ姉さんの底知れぬ妖艶な殺気が、ヒノカお姉様の命を燃やし尽くすような武人の闘気が、サクラの異常なまでに膨れ上がった依存の魔力が、そしてフローラとルーナの静かに研ぎ澄まされた熱情が、一つの巨大な奔流となって僕の周囲を取り囲んでいた。
彼女たちの視線は、ハイドラの巨大な姿など見ていない。
ただ一点、僕の小さな背中だけを見つめ、僕を傷つけようとする世界のすべてを、理性を捨てた純粋な暴力で徹底的に排除しようとする『防壁』へと変貌していたのだ。
「……カムイ」
その極限の愛憎の中心で、アクアが静かに僕の隣に立ち、僕の肩に冷たい手を置いた。
「……あの哀れな神を殺して。……私たちの世界を、取り戻しましょう」
それは、血と呪いを共有する彼女だけが口にすることを許された、静かで絶対的な共犯の誓い。
「……ああ。行こう、アクア……みんなッ!!」
僕は、ヒロインたちの重く狂気的な愛情を背中に背負い、黄金の炎を纏うファイアーエムブレムを構え、世界を喰らう絶望の肉塊へと、最後の一歩を力強く踏み出したのだった。