澄み渡るような青空が、白夜と暗夜の王族たちが集う丘の上を照らしていた。
長い戦いの傷跡はまだ完全に癒えてはいない。しかし、吹き抜ける風には、もはや血の匂いも、透魔の淀んだ瘴気も混じっていなかった。
「……神祖竜と、歴代の王の名において」
マークス兄さんが、暗夜王国の新たなる王として、漆黒のマントを翻して堂々と宣言する。
「……ここに、暗夜王国と」
「……白夜王国は、永久の平和と、互いの不可侵を誓う」
リョウマ兄さんが、白夜王国の新たな王として、真紅の陣羽織を揺らしながら言葉を継ぐ。
二人の若き王は歩み寄り、両国の家臣たちが見守る中、力強く、そして確かな信頼を込めて固い握手を交わした。
その瞬間、丘を囲む両軍の兵士たちから、地鳴りのような歓声が湧き上がった。
「……俺たちは誓う。民に、国に。……そして」
リョウマ兄さんが、僕の方を振り返った。
「二つの国を結びつけてくれた、最大の勇士であり……」
マークス兄さんもまた、僕を見て、深く優しく微笑んだ。
「白夜と暗夜、双方のかけがえのない兄弟……カムイ。私たちは、お前に誓おう」
「リョウマ兄さん……マークス兄さん……っ」
僕は、二人の兄の言葉に胸を熱くし、深くお辞儀をした。
***
同盟の誓約が結ばれた後、儀式の舞台は透魔王国の新たなる王城へと移った。
かつての禍々しい瘴気は完全に浄化され、星界の力によって神秘的で美しい白亜の城へと生まれ変わったその場所で、今日この日、僕は透魔王国の新たなる王として戴冠式を迎えることになっていた。
「……緊張しているわね、カムイ」
控え室の静寂を破り、透き通るような青いドレスに身を包んだアクアが入ってきた。
「あ、アクア……。うん、なんだか、夢みたいで……本当に僕が王様なんて器なのかなって」
「……また、そんなこと言って」
アクアは静かに歩み寄り、僕の頬を両手でそっと包み込んだ。
「世界を救った夜刀神の勇者。……あなた以外に、この国を統べる資格を持つ人なんていないわ」
彼女の冷たくて心地よい指先が、僕の体温を静かに奪い、同時に深い安らぎを与えてくれる。
「……ありがとう。でも、あの戦いに勝てたのは、君の歌があったからだ。……あの不思議な歌は、一体誰が……?」
僕の問いに、アクアは伏し目がちに、静かに首を振った。
「……作者は不明よ。私が母様から教わった、透魔に昔から伝わる歌。……でもね、カムイ。私は、あの歌は人間ではなく、狂気に飲まれる前の『透魔竜ハイドラ』自身が創ったものだと思っているの」
「ハイドラ自身が……?」
「ええ。……いつか自分が完全に狂ってしまった時、人間が滅ぼされずに済むように。……そして、自分に『死』という救済を与えてもらうために、未来の勇者へ遺した、悲しい祈りの歌」
(……静かに、眠って)
ハイドラが消えゆく直前、彼女が口にした密かな哀悼の意味を、僕は完全に理解した。
「……でも、その歌はこの一曲だけ。未来を示す歌詞はもうないの」
アクアの金色の瞳が、僕の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「……ここから先の未来の続きを創っていくのは、あなたよ。透魔王、カムイ」
「……うん。でも、僕一人じゃ無理だ。アクアにも、力を貸してほしい」
「……ええ。もちろんよ」
アクアは、僕の首に細い腕を回し、顔を近づけた。
「……でも、忘れないで。世界を手に入れたあなたを、最後に手に入れるのは、この私だということを……」
アクアの冷たい唇が、僕の唇を深く、そして濃密に塞いだ。
それは、共に神を葬った共犯者としての、誰にも立ち入ることの許されない、絶対的な支配の呪縛だった。
その、深い口づけの余韻が冷めやらぬ、直後。
「……あら? お話はもう終わったかしら」
控え室の扉が開き、むせ返るような大人の香水が、部屋の空気を一変させた。
「カミラ姉さん……ヒノカ姉さん……!?」
そこには、妖艶なドレスを着崩したカミラ姉さんと、純白のドレスを纏ったヒノカ姉さん、そしてサクラ、エリーゼ、フローラ、ルーナ、フェリシア、さらにユウギリが、息を呑むような美しさと、それ以上に恐ろしいほどの『重い情念』を漂わせて立っていた。
かつてのような、誰が一番に抱きつくかという騒がしい奪い合いはない。
彼女たちは、獲物を追い詰める美しい捕食者のように、音もなく僕の周囲を取り囲んだ。
「……新王の戴冠式。こんな乱れた身なりでは、民の前に立てないわ。……お姉ちゃんたちが、きっちりと着付けをしてあげる」
カミラ姉さんが、僕の背後へと回り込み、王の正装の背中に腕を通させた。
その瞬間、彼女の圧倒的に巨大で柔らかな双丘が、僕の小さな背中に完全に密着した。ドレス越しに伝わる恐ろしいほどの弾力と、彼女の甘い体温が、僕の背骨を直接溶かすように絡みつく。
「んっ……カミラ、姉さ……っ」
「……お姉ちゃんの匂い、あなたの服の奥の奥まで、しっかり染み込ませておくからね。……世界中の誰が見ても、あなたが私のものだと分かるように……」
「……暗夜の女だけに、好きにはさせん。カムイ、帯を締めるぞ」
ヒノカ姉さんが、正面から僕の腰に腕を回した。
彼女は帯を締めるという名目で、僕の顔を自身の引き締まった熱い胸の谷間へと強引に引き寄せた。戦装束とは違う、柔らかなドレス越しに伝わる、狂気的なまでに激しい心音。
「……あんな冷たい口づけよりも、私のこの肌の熱の方が、よほどお前の心に刻まれるだろう? ……カムイ、私を感じろ……っ」
汗ばむような女の熱情が、僕の呼吸を容赦なく奪っていく。
「あぁ……新たなる王の、初陣にも等しい晴れ姿……。そのおみ足の飾りは、私が……」
ユウギリが恍惚と頬を朱に染めながら僕の足元に跪き、袴の裾を整えるふりをして、僕のふくらはぎから太ももにかけて、艶かしく熱い指先をゆっくりと這わせる。彼女の吐息が、布地越しに僕の脚を焼け焦がすように撫でた。
「お、お袖のボタン……私が留めますっ!」
サクラが涙目で僕の右腕を自身の胸にきつく抱き込み、異常なほどに熱を帯びた治癒魔力を僕の血管へと直接流し込んでくる。
「カムイお兄ちゃん! あたしはこっちのお袖を手伝ってあげるねっ!」
エリーゼが満面の笑みで僕の左腕に強く抱きつき、自身の小ぶりだが柔らかな胸に僕の腕をきゅっと挟み込む。甘いお菓子の香りと共に、純粋ゆえに一切の逃げ道を許さない底知れぬ独占欲が、僕の左半身を容赦なく甘く溶かしていく。
「えへへ……お兄ちゃんのこと、ぜーったいに誰にも渡さないんだからっ!」
「……私の冷気で、首元を整えます。……この氷の感触、一生忘れないでくださいね」
フローラが絶対零度の指先で僕のうなじを撫で上げ、背筋にゾクゾクとするような快感と痺れを走らせる。
「襟の乱れ……アタシが直してあげるわよッ! ……べ、別にアンタの肌に触りたいわけじゃないんだからねッ!」
ルーナが顔を真っ赤にしながら、震える小さな手で僕の胸元を撫で回し、自身の明確な所有印を刻み込もうとする。
「背中の見栄えも、完璧にお整えしますっ! 一生、お任せくださいっ!」
フェリシアが背後からカミラ姉さんの腕の隙間を縫うようにしがみつき、僕の肩に自身の熱を押し付ける。
前からも後ろからも、足元からも逃げ場のない究極の密着。
極端な匂い、温度差、そして圧倒的な肉体の柔らかさが、僕という一人の小さな「雄」を完全に封じ込める。
それは着付けなどという生易しいものではない。妻たちによる、最も官能的で、息の詰まる『愛の圧死地獄(儀式)』だった。
***
「……なぁ、レオン」
控え室の重い扉の隙間から漏れ出る、そのあまりにも異常で艶かしい熱気に、玉座への回廊で待機していたタクミが、顔を引きつらせて頭を抱えた。
「……あいつ、この国を統治する前に、あの女どもの情念で押し潰されて死ぬんじゃないか?」
「……同感だね。いくらハイドラを倒した勇者とはいえ、あれだけの女の愛憎を一身に纏って生きていくなんて……僕なら三日で呪い殺されているよ。ある意味、世界で一番恐ろしい魔王かもしれないな、彼は」
レオンが皮肉げに笑いながら、自身の背後で静かに佇むニュクスと視線を交わして、やれやれと肩をすくめる。
タクミも、自身の袖を無表情のままきゅっと握るベルカの確かな存在に安堵の息を吐きながら、哀れな弟の生存を祈った。
やがて。
控え室の扉が開き、妻たちの愛と匂いを限界までその身に染み込ませた僕が、歩みを出した。
「……さあ、カムイ。あなたの玉座へ」
アクアが、静かに僕の手を引き、前へと導く。
その背後には、僕を絶対に逃がさないと無言で微笑む、美しくも恐ろしい女たちが付き従っていた。
僕は、両国の兄弟たちや、生涯を誓い合った妻たちが見守る中、この底なしに甘く、狂気的な愛の重さを生涯背負い続ける覚悟と共に、透魔王国の玉座へと、王としての確かな一歩を踏み出したのだった。