最強の英雄は壊れている   作:無能メンヘラ

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『東洋派遣』と書かれた雑居ビルの前には規制線が張られ、赤色灯が夜の路地を断続的に染めていた。

 

 サイレンの音、怒号、救急隊員が担架で運ぶ音。

 

 その喧騒の中で、ウエサワは無言のまま現場を見上げる。

 

「負傷者は23名、全員生存してますが、重軽傷です」

 

 隣に来た鑑識の1人がウエサワに伝える。

 

「ほとんどが殴打による骨折。顎、肋骨、頸部損傷……あと、何人かは一撃で意識を飛ばされてます」

 

「発報は? 」

 

「確認できた薬莢はゼロです」

 

 ウエサワは眉をひそめた。

 

 東洋派遣は以前から半グレや暴力団とのつながりがが噂されていた。

 現場からは刃物や違法改造されたスタンガンが押収されている。

 

 少なくとも武装していたのは間違いない。

 

 だが現場の空気は妙だった。

 

 壁に血痕も争った形跡もある。

 

 それなのに、乱戦の痕跡はほとんどない。

 

 まるで、一方的に制圧されていた。

 

「素手か……」

 

 思わず漏れた声に、鑑識が苦笑する。

 

「普通じゃあり得ませんよ」

 

 ウエサワは答えなかった。

 

 現場写真を見れば見るほど違和感が増していく。

 

 折れた腕。

 壁に叩きつけられたような血痕。

 ヤクザ崩れの連中のやり方じゃない。

 

 そして何より異常なのは、付近の防犯カメラだった。

 

 犯行時刻前後だけ、周辺のカメラのほとんどが停止している。

 

 破壊されたものもあれば、記録データそのものが消失しているものもあった。

 

「……用意が良すぎる」

 

 ウエサワはかろうじて残っていた防犯映像を再生する。

 

 ノイズ混じりの映像。

 

 そこにはフードを被った三人組が映っていた。

 

 次の瞬間、男が吹き飛ぶ。

 

 刃物を構える暇すらなかった。

 

 別の男が壁に叩きつけられる。

 

 画面が激しく揺れ、そこで映像は途切れた。

 

 ウエサワは息を呑む。

 

 これは間違いなく、警察が捜査する暴力じゃない

 

「おい、ウエサワ。撤収だ」

 

 ビルの中から出てきたマエダが、ウエサワに告げる。

 

「どうしてですか! 」

 

 マエダはため息をついて答えた。

 

「上からのお達しだ。本件は暴力団同士の抗争として片付けろと」

 

「こんなの暴力団でできるわけないでしょう! 」

 

 ウエサワの語気が強まる。

 

「数分で23人制圧ですよ。それも武器もなしで」

 

「……言わなくてもわかるだろ」

 

 マエダの声は相変わらず疲れ切っており、諦めが混じっていた。

 ウエサワは拳を握りしめる。

 自分の無力さを噛み殺すように。

 


 

 蛍光灯が薄暗闇をわずかに照らす閉鎖的な空間には、湿ったコンクリートの匂いがしている。

 その部屋には1人の男が椅子に縛り付けられていた。

 

「ムラカミ アツシ、34歳。防衛省情報管理局主任官僚」

 

 ムラカミの顔は水に濡れ、荒い呼吸を繰り返している。

 

「……だから私はなにも知らないと言ってるだろ! 」

 

 机を挟んで座っているマルレは淡々と、ムラカミを詰める。

 

「でもムラカミさん、この前日革連の党本部にお呼ばれしたんでしょ? 」

 

「それは! 政治上の──」

 

「NGO団体を経由して人民解放軍系の企業から口座に送金が確認されてるのに? 」

 

 マルレは書類を音を立ててめくった。

 

「それで偶然、中国軍のUAVの解析データを削除しようとしたって? 無理あるよ」

 

「……証拠はない! 」

 

 ムラカミは怒鳴る。

 

 マルレは少し首を傾げた。

 

「証拠なんているのかな? 」

 

 その言い方は妙に柔らかく、奥底を見透せない不気味さがあった。

 

 マルレは立ち上がると、部屋の隅に置かれてある水の入ったバケツに向かう。

 水面が揺れた。

 

「な、何を──」

 

「安心して、死なないから」

 

 次の瞬間、マルレはムラカミの髪を掴み、顔をバケツの中へ押し込んだ。

 

 激しく水が跳ねる。

 

 拘束された身体が暴れ、椅子が床を擦る。

 

 数秒。

 

 数十秒。

 

 限界寸前で引き上げられたムラカミは、肺を裂くように咳き込んだ。

 

「あ、ちょっと長かった。ごめんね? 」

 

「ゲホッ……! ガッ……! 」

 

「で、誰に頼まれたの? 」

 

「……違法だ……これは、これは……違法だ! 」

 

 震える声でムラカミは叫ぶ。

 

「私は国家公務員だぞ……! 法に反している……! 」

 

 マルレは一瞬だけ口を閉じる。

 

 それから、少しおかしく笑った。

 

「法? 法かぁ」

 

 彼女はしゃがみ込み、ムラカミの顔を覗く。

 

「法っていうのはね……」

 

 マルレは優しく言った。

 

維持局(私たち)のことだよ」

 

 その瞬間、ムラカミの顔から血の気が引く。

 

「さあ、バケツはたくさんあるよ、まだ水遊びしたいのかな? 」

 

 マルレが新しいバケツを取りに行こうとした時、ムラカミは泣き叫ぶように言った。

 

「私はただ……党側から頼まれただけだ! それ以上は……本当に何も知らないんだ! 」

 

 その言葉に、マルレは知っていたと言うかのように頷いた。

 ムラカミは必死に弁明する。

 

「中国をこれ以上刺激してみろ……戦争になるぞ! 」

 

 それは切実な声だった。しかし、そんなことマルレは気にしない。

 彼女は手を挙げると、顔の隠された男が2人入ってくる。

 

「もう用済みだから片していいよ」

 

 男はムラカミの顔を掴むと、バケツに突っ込む。

 必死にもがく声が水の中に溶けていく。マルレはその光景に目をやることもなく、書類をパラパラとめくっていた。




防衛省職員死亡 河川敷で遺体発見

警視庁、自殺・事件両面で捜査

【東京・江東区】

22日早朝、東京都江東区の河川敷で、防衛省職員の男性が死亡しているのが見つかった。

警視庁によると、死亡していたのは防衛省情報管理局主任官僚・村上敦さん(34)。午前5時半ごろ、散歩中の男性から「川辺で人が倒れている」と110番通報があった。

村上さんはスーツ姿で発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。司法解剖の結果、死因は溺死とみられている。

現場周辺に目立った争った形跡は確認されていないものの、顔面や腕部には軽度の打撲痕があったという。

警視庁は、自殺および第三者が関与した可能性の両面で捜査を進めている。


防衛省関係者「精神的負担を抱えていた」

村上さんは防衛省情報管理局に所属し、安全保障関連データの管理業務に従事していた。

防衛省関係者によると、ここ数週間は「精神的に不安定な様子が見られた」といい、周囲に対して業務上の悩みを漏らしていたという。

一方、別の関係者は「最近、外部との接触について内部調査が行われていた」と証言している。


SNS上では憶測も

事件を巡ってSNS上では、

* 「口封じではないか」
* 「国家機密絡みでは」
* 「最近の防衛政策と関係しているのでは」

など、さまざまな憶測が広がっている。

ただし警視庁は現時点で、事件性の有無について明言を避けている。

政府関係者「コメント差し控える」

村上さんの死亡について、防衛省は「職員が亡くなったことは事実だが、捜査中のため詳細は差し控える」とコメント。

また、国家安全維持局は本件への関与について回答していない。
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