風の吹く音すらしない、静かに薄暗闇が広がる夜。その中に溶け込むように黒いバンが走っていく。
バンの中にいる者はライフル、SMG、散弾銃、どれもこれも人を殺すための道具を持っていた。皆、顔は黒いバラクラバで覆われており、表情は見えない。
誰も、なにも話さない。話す必要が無かった。緊張を口にするものもいない。これから自分たちがなにを誰を殺すかを知っているからだ。
そして、それは国家のためという理由が、正当化していた。
ただ、バンのエンジン音、揺れる音だけが響いている。
その者たちの中で、異色を放つ存在は2人。
1人はバラクラバだが、顔の下半分が骸骨のフェイスガードで隠されている。
もう1人は、緑髪、緑眼の少女、マルレだ。
「似合ってるよ。ダイキくん」
マルレは骸骨のフェイスガードをつけたダイキに向かって微笑んだ。
「きっと、
バンが揺れるたびに、体が強張る。
荒くなる呼吸が心拍と重なる。
俺はひび割れた骸骨のフェイスガードに触れた。
任務前に渡されたときは冗談だと思っていた。
だが、これをつけた自分の姿を見ると、戦争という存在そのものが自分に取り憑いているように思えた。
顎を覆い隠すそれは、硬い。
バンの窓に反射して映る姿は化け物のようだ。息が詰まる。
俺は、俺は化け物じゃない。人間だ。
心の中で自分に言い聞かせるように呟く。
手に握られる銃が嫌に重く感じる。人を、殺す。
それも、本当に国家の敵かわからない。平和主義を謳う政治家。
その圧が自分という存在の罪そのものを重くしているように感じた。
「到着したよ」
マルレが合図を送る。窓からは、『平和主義を取り戻す』というスローガンが掲げられたビルが見えた。日革連、標的がいるビルだ。
バンのドアが開くと、隊員たちが降りていく。
ビルの前に立つ男2人が、こちらに向いて歩いてくる。
「維持局の内部調査の方達……ですね?」
声は上ずっていた。発音は、明らかに日本人のものではない。
視線は俺たちが持つ、銃に向けられている。
「ああ、そうだ」
先頭に立つ隊員が、返事をした。
男は肩をすくめ、安心した様子を見せる。
──よかった。
その男の、声が頭に響いた気がした。
「で、では中に案内し──」
誰も動かない。
誰も話さない。
無線から声が聞こえた。
俺は銃口を男に向けて引き金を引いた。
2発、たった2発だけ、サプレッサーで曇った銃声がする。
瞬きをする間もなく、男2人の額には銃痕が空き、倒れた。
「こちらアルファー1、標的を排除。突入する」
男の死体を跨ぎ、ビルの中に入っていく。
中が戦場へと変わることは、誰の目から見ても明白だった。
ぬるい風が、『平和主義を取り戻す』、その旗を揺らしていた。
その言葉を守るものは誰もいなかった。
ビル裏手。
別働隊は非常階段を使い、上階へ向かっていた。音は立てない、敵は音が耳に入る前にはこの世から消えているからだ。
先頭の隊員がドアノブへ手を掛ける。
静かに押し開く。
軋む音はない。
訓練通りだった。
「クリア」
短い報告。
隊員たちは次々と廊下へ流れ込む。
銃口は決して味方に向くことはなく、左右へ向けられ、死角を潰していく。それに逃げ場などはない。
無線から声が聞こえた。
『アルファ、突入開始』
ダイキたちアルファ部隊だ。
予定通りなら、今頃正面では戦闘が始まっている。敵はそちらに戦力を割かざる負えないだろう。
アルファ隊が敵の注意を引き、ブラヴォー隊が標的であるゲンダを殺害する。
単純だが、一番無駄のない理にかなった作戦だった。
「こちらブラヴォー。予定通り行動を継続する」
隊長が答えた。その声に緊張の色は見えない、いくつもの任務をこなして来た経験が、それらを感じさせなかった。
目標はゲンダ。
確保ではない。
殺害。
それだけだ。
隊員の一人が小さく疑問を呟く。
「警備が少なすぎるな」
それは誰もが感じていた。
「正面に回したんだろ」
別の隊員が答える。
それなら説明はつく。
だが、妙な違和感が残っていた。
廊下は静か。
むしろ静かすぎた。
戦闘が始まっているはずなのに、銃声も怒号も不自然なくらい聞こえない。最初から、敵など存在していなかったように思えるほどだった。
まるで建物そのものが息を潜めているとでも思わせるような不気味さ。
油断はしていない、いつどこから敵が現れても対応できる。慢心もない。
隊長が前方を指差す。
角だ。
その先に目的地がある。
隊員たちは壁へ張り付きながら接近する。
残り10メートル。
5メートル。
3メートル。
角を曲がった。
そして。
全員が動きを止めた。
そこに、一人の少女が立っていた。ただ、少女の中になにか怪物が潜んでいるような気配を誰もが感じた。
黒髪。
細い体。
戦場には到底似合わない姿。その要素を加味しても、到底説明できない何かが隊員たちを襲う。
その少女とマルレの姿が、隊員たちの頭の中でリンクした。
こいつは──やばい。
手から汗が滲み、背中から血液が抜けていく感覚。
少女は何も言わない。
ただこちらを見ている。その顔は無表情に見えるほど静かに微笑みながら、何かを唱えている。
「
はっきりとは聞こえない。
しかし、最悪の考えが頭を過ぎる。
もしかしたら、あの少女は──人間の理解の範疇を超えた──。
「おい」
先頭の隊員が震えた声で威圧する。
「
──間違いなく
「動くな! 手を──」
それは──
「──
先頭に立つ隊員が銃口を向ける。
「
引き金にかけられた指が震えながら、引かれた。
だが──
遅い、誰もがそう確信した瞬間だった。
銃弾は前進するという物理法則を無視して停止する、そして、少女の背後から暗闇が広がった。
何かが現れる。
誰も理解できなかった。
理解できたのは、それが人間ではないということだけだった。
風が吹いていないのに揺れる白い翼。
陽のような光の輪。
それによって生み落とされた巨大な影。
天使だった。
しかし、よく知る姿とは違う。目が縫い付けられ、なにも見えぬようにされた不気味な姿。
「──なんだ、あれ」
誰かが呟く。
少女は静かに口を開く。
「
世界がより、曖昧で懐疑的な姿へと変質していく。
人智の領域を遥かに超越した力──魔法。
誰かの怒号が散る。
「クソ! 魔法少女だ‼︎」
ゆっくり、そして静謐に、天使は見えもしないはずの目を向けて、1人の隊員を指差す。
そして、穏やかに、慈愛に満ちた声で呟いた。
『