小さい頃、よく特撮ヒーローの番組を見ていた。
テレビの中のヒーローは死という恐怖にも、理不尽な絶望に屈せず敵を倒す。
子供の時はわからなかった、ヒーローは常に答えのない選択肢を選び続けていることに──。
そして、俺はなりたかった。どんな選択肢にも負けない、強いヒーローに。
結局、俺は言われたビルの前まで来てしまった。
あの少女、マルレはどう考えても怪しい。でも、彼女が最後に言った『君はヒーローになれるよ』、その言葉が頭にこびり付いて離れない。
ビルは本当にただのビルで、『大東亜リサーチ』という看板だけが付けられてあった。検索エンジンで調べてみるとどうやら警備会社のビルようだった。
「入って……いいんだよな? 」
ドアの前に近づくと、違和感がある。監視カメラが俺の方をはっきりと向いている。
確実に誰かに見られている、その確信があった。
インターホンを押さないと入れないようであったが、俺がドアに近づくとなぜか開いた。
中に入れとでも言っているようだ。
ビルのエントランスは驚くほど殺風景で、誰も、なにもない。あるとするのならエレベーターが一つだけ。
俺は困惑する。
その時だった、エレベーターのドアが開く音がする。
「やあ、来てくれたんだね」
マルレがエレベーターの中から現れた。彼女は期待通りと言った表情で、俺がここに来ると最初からわかっているようだった。
異質なのは彼女の隣にいる男だ。どう見ても一般人ではない、世界から隔離されたような雰囲気を纏っている。
俺は男の腰元を見た、拳銃だ。
この国で拳銃を所持できる存在は限られている……。
「おーい、ダイキくん? あれ? 反応がない」
マルレはダイキに近づき、目の前で手を振った。
俺はハッとしてマルレに聞く。
「なんのために俺をここに? 」
マルレは質問されると、にっと笑みを浮かべ嬉々として話した。
「うーん、それはね。ダイキくんにテストを受けてもらいたくてー。とりあえずついてきてよ」
手が掴まれ、強引に引っ張られる。
逃す気はないという意志の現れにも感じた。
エレベーターは上にではなく下へ進む。
1分から2分が過ぎたとき、エレベーターは止まった。
外に出ると、灰色の剥き出しのコンクリの壁が広がる異様な光景の部屋に、机と椅子が二つ。
「座って」
言われるがまま椅子に座ると、マルレは肘をつき上目遣いでこちらを覗き込んでくる。
「テストは2つだけ、1つ目は今からもし人を殺してって頼んだら……殺してくれる? 」
そう言ってマルレが手を挙げると、麻袋を被せられた男が1人連れてこられた。
男は酷く怯えており、ところどころ殴られたような跡があった。
「君には彼が殺せる? ああ、もちろん殺したとしても罪には問われないから安心してね」
マルレは目の前でリボルバーのシリンダーに銃弾を装填し、それを差し出した。
俺はリボルバーを受け取る。
それはあの日の機関銃よりずっしりと重く、不気味に思えた。
だが、躊躇うことはない、引き金を引けばすべて終わる。
立ち上がってリボルバーの銃口を男に向け、引き金に指をかけた時だった。
「その男の名前はヤマナカ エイジ。46歳、英栄新聞の記者で妻と大学生の娘、それと寝たきりの父親がいる。君がここで彼を殺せば家族は路頭に迷う、それでも君は撃つ? 」
部屋の天井からスクリーンが降りてきて、おそらくヤマナカの家族であろう写真が映される。
それを見た瞬間、俺の指は引き金から離された。完全に無意識だった。
「君はデモを鎮圧する際、容赦なく機関銃で市民を撃ち殺したって聞いたよ? それとなにが違うのかな? ただ1人、無抵抗な市民を殺すだけじゃん」
マルレが合図を送ると、ヤマナカの口枷が外された。
ヤマナカ、泣き叫び、必死に許しを乞う。
「たの"む"! 助けてくれ!! 俺はなにも知らないんだ!! 」
手が震えた。だが、不思議と軽蔑が湧いてくる。
ヤマナカという男はおそらく何か悪さをしたからこうなったのだ、マルレは俺がヤマナカを殺しても罪に問わないと言った。それなら、さっさと撃てばいい。
俺はもう一度、引き金に指をかける。
「君があの日、殺した人間のことを考えたの? 彼らにも家族がいて、普通の生活を送っていたんだ。君はそれを終わらせただけ」
その言葉は、俺の胸を刺した気がした。
ヤマナカと目が合う、そのしわくちゃに歪んだ顔は俺が殺した人間の顔そのものだった。
思い返せば、あの日、俺は人を殺すことを躊躇わなかった。
「一つ聞いてもいいですか? 」
「いいよ? 」
横目で見たマルレの顔は笑っていた。
「この人を殺さなかったら、俺はどうなりますか? 」
マルレは笑みを崩さない、しかし、目の色が変わった。
「どうなるかな? 私にもわからないなぁ」
確信した、こいつを殺さなければ──俺は殺される。
マルレが白々しい態度をとった瞬間、俺は引き金に指をかけた。
その時、あのデモを鎮圧した光景が一瞬、目の前に広がる。
抗いようない暴力に蹂躙される人間の声、顔、痛み、すべてが思い出される。
だが──
俺は間違えていない──絶対に。
乾いた炸裂音が部屋に響いた。
その後、人だったものが床に転がる音がした。
リボルバーからは火薬の匂いと煙が出る。
キーンと頭を痛くする音が耳にこだます。
「これでいいんですよね? 」
俺はマルレに聞いた。
マルレは口を開け、戸惑っていた。
俺の体から緊張が抜け、急に疲労感が襲ってくる。思わず、椅子に座ってしまった。
「なんで殺したの? 」
マルレが質問する。
俺は反射的に答えていた。
「……自衛官の家族は学費免除を受けられます。俺がいなくなると妹が大学に通えなくなる。だから、殺しました」
俺はリボルバーを机に置いた。手には汗が滲み気分が悪い。
「君、イカれてるね」
俺の存在は俺のためにあるものじゃない。
そう心の中で呟く。
ヤマナカを撃ち殺したときについた返り血を拭う。
マルレは立ち上がると俺の耳元で呟く。
「さっき君が殺したやつ、国を裏切ったんだよね……ようは売国奴ってやつ。だから殺しても問題なーし……ってこと」
冗談らしくマルレは言った。
「でも、次のテストは難しいよ? 」
マルレはいやらしい笑みを浮かべた。
「カナギ ミオ、法治大学の2年生。君の妹だ」
スクリーンには法治大学の校内の映像が流れる。
「今から数分も経たないうちに、ここで銃撃事件が起きる。そしてたくさん死ぬ」
次の瞬間、スクリーンの中を軍用ライフルで武装した2人の青年たちが大学へ向かっていく。
「君にはこれを止めてほしい、できるかい? 」
マルレの顔は笑顔というには歪み過ぎていた。
「止めてみなよ、ヒーローなら」