冷房が少しだけきいた部屋、そこにひとつの机を2つの椅子が挟んでいた。
机の上には料理が並べられる。
惣菜として、パックの中に閉じ込められた状態だと、無機質に見えた。しかし、皿の上に乗せるそれは人間味を取り戻していた。
唐揚げ、とんかつ、コロッケ、チョレギサラダ、たこ焼き、それとインスタントの味噌汁。
それらの匂いに、強烈な拒否感を覚える。
「どれから食べる? 」
正面に座るマルレは、箸を差し出してくる。
どれから食べる、食べれる気がしない。
どれを口に入れても異物感で吐きそうだ。
箸を持つ手がわずかに震えている、体が拒絶しているのがわかる。
マルレは机に肘をつき、それにもたれながら俺の方を覗く。
「私が食べさせてあげようか? 」
そう言いながら、フォークを取り出すと、たこ焼きに突き刺した。
「はい、あーん」
目の前に差し出されたたこ焼きをじっと見る。
一口サイズだったが、俺には大きく見えた。
ソースの甘ったるい匂い、小麦粉の匂い、全てが混じり合う。
『食べないの? 』
そんなふうに言いたげな、マルレの表情。
恐怖が湧き出る、もし、これを食べなければ俺は彼女に失望されるのではないかという恐怖だ。
心拍が上がる。
指先の血管が脈打つのがわかる。
「ダイキくん、私の目を見て」
促されてマルレの目を見た瞬間、なにかが自分の思考を洗い流した感覚がした。
こわばっていた体がほどけていく。
「どう、楽になった? 」
少しだけ頷く。
すると、マルレはもう一度たこ焼きを出される。
少し、ほんの少し怖かったが、俺はそれを口に入れた。
「……おい、しい……」
味はほとんどしなかった、でも異物感はない。
食べれる。
マルレはふっと笑みを零す。
「まだ食べる? 」
「……うん、食べる」
「次は自分で食べてみなよ」
ゆっくりとだったが食事が進んでいく。
不自然なほど、異物感は消え失せ、飲み込めた。
「すごいね、ちゃんと食べれた」
マルレは拍手する。
小学校のときの先生に褒められたような気がして少し恥ずかしい。
でも、自分の口角が上がっているのがわかる。一歩だけ、人間に戻れたような気がした。
「それでさ、話変わるんだけど……」
マルレはこちらを試すような表情をして、話し始めた。
「君、3年前の
あれ、おそらくそれを指すのはそれはひとつだけだ。
「私が思うに、君はその日に取り残されてる」
2022年──イランの武装勢力が中距離弾道ミサイルを用いて米軍基地を攻撃した。
それを火蓋に、合衆国は多国籍軍を編成してイランへ攻撃を開始。
日本も積極的平和軍事行動のため多国籍軍に参加。
2023年8月23日、テヘランの日本人大使館が暴徒に包囲された。
日本政府は、この事態を受けて現地に展開していた自衛隊部隊から50名を選抜し、邦人保護のため派遣した。
そして、俺はその50人の1人だった。
暴徒は石を投げ、罵声を浴びせる。
だが、その中には敵が混ざっている。
1人の男が群衆の中から、飛び出る。
俺は咄嗟に小銃のアイアンサイトを男の頭に合わせる。
隣に立つ隊員が、俺を制止した。
交戦規定では武装が確認されるまで、射撃は禁止されていた。
「撃つな! 民間人の可能性が──」
男はこちらに向かって接近した次の瞬間。
コートの下に自爆ベスト、手に持つ装置のトリガーを引いた瞬間、爆発音が響く。
「神のご加護があらんことを!! 」
遅い。
隣にいた隊員が赤い霧になる。
『こちら第3部隊、攻撃を受けている、至急航空支援を──』
『識別不能! 武装確認ができない! 』
『クソッ! 誰が敵だ! 』
無線で報告は錯綜し、すべては崩壊していた。
混乱の中、空気が歪む。
少女が、いた。
神を連想させるような白い服。
なにかを唱える。
次の瞬間──
目の前で、味方の両足が風船のように破裂する。
「魔法少女だ! 」
「弾が……当たらない……!! 」
撃った弾は、確かに命中している……
しかし、少女の目の前で、止まって落ちていく。
地面に倒れる味方が、俺の足を掴んだ。
「助けてくれ……ダイキ……」
血で滑る手が、ズボンに跡を残す。
「死にたく……ねぇ……」
その揺れる瞳孔は、俺を見ていた。
まだ、生きている。
「ダイキ、行くぞ! 」
ユウキの手が俺の肩を掴む。
「でも、ここで見捨てたら──」
「お前まで死ぬぞ! 」
ユウキが俺の胸ぐらを掴んで怒号を散らす。
「今は……俺たちだけでも撤退するべきだ」
歯切れが悪そうにユウキは言った。
火の手が少しずつ迫ってきている。熱くなった空気を吸うたびに肺が痛い。
このまま俺たちが逃げれば、負傷者は全員焼け死ぬだろう。
「生きて帰るんだ、ダイキ。お前の命はお前だけのものじゃない」
掴まれている足、手が離れない。
視線が合う、助けを求める目。
ミオと母さんの顔がよぎる。
「見捨て……ないでくれ……頼む……」
まだかろうじて生きている味方の泣き叫ぶ声が聞こえる。
呼吸が荒くなる。
選べ。
助けるか。
生きるか。
「……すまない」
足を、引いた。手が滑り落ち、赤い跡が残る。
「……待って……く……れ」
声が遠ざかる。
振り返らなかった、振り返りたくなかった。
派遣された自衛官のうち、生きて帰ったのは俺とユウキだけ、助けるべき大使館職員も全員死んだ。
俺が、俺たちが見殺しにした。
「俺が……俺が弱いから、誰も助けられない」
俺のせいで、全員死んだ。
あのとき、交戦規定を無視して撃っていれば、撃つ勇気があれば。
引き金を引く覚悟があれば。
ミオも、仲間も──全部、俺のせいだ。
「俺が殺した……見殺しにしたんだ」
喉が焼けるように熱くなる。吐き気が込み上げる。
「ねぇ、ダイキくん」
静かな声だった。
問い詰める気も、俺を責めるわけでもなかった。
「
わからない、答えられなかった。
「
マルレがそっと、俺の手を取った。
逃げ場を塞ぐように。
「ダイキくんはもう諦めたの? 」
はっとさせられる。
強くいたいと思う人間はいても、弱くあろうとする人間は、いないはずだ。
いつかから、俺は強くあろうとすること諦めていた。
俺には強く生きる権利などないとすら思っていた。毎日、死んだように過ごすのが正しいと思っていた。
でも──
「……諦めたくない」
自然と口から出た、本心だった。
マルレは頷く。
「じゃあ、どんなふうに強くなりたい? 」
その言葉は救いのようで命令だった。
あの日、子どもの頃に見たヒーローは、どんな困難にも負けず、1人でも多く人を助けていた。
人生は選択肢の連続だ。
その選択肢に正解があるとは限らない、それでも、俺は正解を──見つけたい。
選択肢の先には、血、悲鳴、助けを求める目。
もう見たくない。
だから──
「絶対に間違えない」
そんなことは不可能だ。
それでも。
「ヒーローに……なりたい……」
マルレの手が強く握られる……
「うん」
その笑みは、確信していた。
「ダイキくんなら、きっと