魔法が使えないS級魔女の荷物持ち〜後ろで僕が最強魔法を放っていることに、まだ誰も気づかない〜 作:ナカザキ
地響きと共に、大地が爆ぜた。
アルマーク王国最強の騎士団が総がかりでも傷一つ負わせられなかった伝説の魔物――『ベヒモス』が、目の前で山のような巨体を揺らしている。
「ひ、ひるむな! 命を賭して民を守るのだ!」
騎士団長レオナードの悲痛な叫びが響く。だが、鉄の規律を誇る騎士たちの顔には恐怖が張り付いていた。彼らの剣は折れ、盾は砕け、もはや全滅は時間の問題。絶望が蔓延していく。
……けれど、僕の隣に立つ少女は違う。
「――道を開けなさい」
凛とした、冷徹な声。
魔女帽をかぶった銀髪を風になびかせた少女だった。身の丈ほどもある巨大な杖を構えた彼女――アナスタシア・シルバーブラストが、一歩前に出る。その銀色の瞳がベヒモスを射抜く。
「シ、シルバーブラスト様! やはり無理です! お逃げください、あのような化物は、もはや人の手に負えるものでは……!」
レオナードが必死に制止するが、彼女は不敵に微笑んでみせた。そして傍らに立つ僕に問う。
「……カルタ、
僕はコミュ障だ。大勢の騎士に見られているこの状況だけで、胃が捩れそうで、返事すらまともにできない。だから、無言で深く頷くだけが精一杯だった。
「よろしい」
ベヒモスが近づいてくる。牙の生えた大口を開けた。騎士団と僕らを丸呑みにするつもりなのだろう。騎士団から悲鳴が上がる。
しかし、アナスタシアは悠然と構えていた。杖を傾け、凛とした声で呪文を詠唱する。
「……消えなさい、大地の獣。……世界を揺るがす轟雷、我が命に従いて万物を塵へと還さん! 『ライトニング・デス・エクスキュージョン』!!」
空気が震える。世界が脈打つ。
そして、万物を灰燼と化す極大の雷撃魔法が顕現した。雷は一直線にベヒモスの口内に吸い込まれる。
ドォォォォォォォン!!
世界が白一色に染まった。
ベヒモスの巨体が、内側から弾けるように消滅していく。塵一つ残さない、完璧な『撃滅』。
……。
…………。
静寂。そして、爆発的な歓声が上がった。
「おおぉぉ……! 一撃だ! 伝説のベヒモスを、たった一撃で!」
「国を滅ぼすと言われるS級の魔物を!」
これがアナスタシア。
アナスタシア・シルバーブラスト。世界最強の魔法使い『天上の七賢人』が一人。人呼んで――。
「これが『撃滅のシルバーブラスト』!」
「さすがは『天上の七賢人』! 我らがアルマーク王国の救世主だ!」
熱狂する騎士たちの中、騎士団長レオナードは呆けた顔をしている。
その頬は赤い。これは……僕にだって分かる。アナスタシアに惚れたな。
彼は尊敬と……それ以上の熱い視線をアナスタシアに向けて歩み寄ってきた。
「見事……見事です、アナスタシア殿。あなたの美しさと強さに、私の魂は今、完全に射抜かれた。どうか私と二人で手を取り合って生きてほしい! 私と結婚してくれ!」
膝をつき、彼女の手を取ろうとするレオナード。しかし、アナスタアはそんなレオナードに杖を向ける。銀色の瞳が無感動にレオナードを眺めた。
「その申し出はお断りするわ」
「なぜ……私は大貴族ですよ!」
「貴族なんて括りで私は人を評価しない。それに残念だったわね。生憎、荷物持ちなら間に合っているわ」
と言って、アナスタシアは俺を見やる。
「……なっ!」
レオナードはきっと鋭い眼光で俺を睨みつけた。俺は思わず目を逸らした。他人と視線を合わせるなんてできる訳がない。
「なぜ、貴女のような気高き方が、そのような……薄汚れてパッとしない男を側に置いているのですか? 荷物持ちなら、私の方が……あるいは我が団の精鋭の方が、より貴女の力になれるはずだ……!」
突き刺さるような蔑みの視線。
僕はびくりと肩を震わせ、俯いた。何か言い返さなきゃいけない。でも、喉が張り付いて声が出ない。怖い。帰りたい。
「誰を荷物持ちにしようと、私の勝手よ」
アナスタシアが冷たく言い放った。
「私の隣に立つ価値があるのは、彼だけ。不快だわ、下がりなさい」
その言葉にレオナードは言葉を失う。アナスタシアはローブを翻し、彼女は踵を返した。その三歩後ろを僕は荷物をもって、歩く。
銀髪をたなびかせる彼女の背中は何処までも孤高で、絶対的だった。
◆
その日の夜。王都の宿屋の最高級スイートルーム。
扉に鍵をかけた途端、銀髪アナスタシアは崩れ落ちた。
「死ぬかと思ったーーーーーっ!! 死ぬ! 今度こそ死ぬ! あと2秒! あと2秒魔法が出るのが遅かったら、私、あの魔物の胃袋の中で消化されてましたよー! カルタのバカー!!」
床に転がり、バタバタと足を動かして絶叫するアナスタシア。
昼間の威厳は、微塵もない。
「……あの、タイミングが……ベスト、だった」
僕はボソボソと、荷物を整理しながら答えた。
もう少し早いとベヒモスの外殻に魔法が阻まれていた。あのタイミングで発射したからこそ、魔法はベヒモスの口の中に命中し、内側から奴を消し炭にすることができたのだ。
しかし、アナスタシアは納得できないらしい。ぶんぶんと頭を横に振り回す。
「ベストなわけないでしょ! 私、恐怖でちょっと漏らすかと思いましたよ!? そもそもあんな大きな声で『ライトニングなんちゃらー!』とか叫ぶの、もう限界です! 恥ずかしくて顔から火が出そう!」
「……サマになってきたよ」
「適当に言ってるだけですよ、あんなの! なんで誰も気づかないんですか! 私、本当は魔法を一切使えないのに!」
……そう。
アナスタシア・シルバーブラストは、魔法が一切使えない。
本当にベヒモスを倒したのは、この僕だ。
彼女がそれっぽいポーズをして、それっぽい詠唱を言うのに合わせて、魔法を発動する。ちゃんと彼女の杖から魔法が出るように、発動位置も調節して、だ。
アナスタシア・シルバーブラストの名が世間に知られるようになって1年が経つ。その間に彼女は様々な伝説を打ち立てたが、その全て実は僕の功績だ。
「なんで誰も気づかないんですか!!」
「……それは、僕が天才で、最強の魔法使いだからかな」
「人と目も合わせられないコミュ障のくせして、なんでそこは自信満々なんです? 腹立つぅー!」
僕が最強の魔法使いなのはただの事実だからね。
「あぁ! 怖いっ! いつか嘘がバレるのが怖い! みんなに幻滅される! 嘘つき呼ばわりされて、石礫を投げられて、表を歩けなくなるぅ!」
泣き叫ぶアナスタシア。
「……自業自得、だよ」
「そりゃ、私がドラゴンを倒したカルタの功績を自分のものにしなければ、こんなことにはなっていませんけどぉ!」」
1年前のことだ。
コミュ障を拗らせ、他人と関わるのが怖くなった僕は森に引きこもった。そんな時、近くにドラゴンを住み着いて近隣の村々を襲うようになる。小屋の近所を炎を吐きながら飛び回るドラゴンに辟易した僕は、ドラゴンを討伐した。
そこに居合わせたのが、アナスタシアだ。
「酒代の借金を返そうと冒険者になったはいいけど、全然うだつが上がりませんでした! そんな中ドラゴンの死体を見て、こう思ったんです!『これ、わたしが倒したことにすればいいんじゃね?』と。それが全ての間違いでした!」
「……あのドラゴン……ただのドラゴンじゃなくて、伝説のS級……ブラックドラゴンだったんだよね」
意気揚々とギルドに報告に言ったアナスタシア。しかし、ギルドは大騒ぎになる。なにせ、今日討伐したベヒモスと同じく、復活すれば国が亡ぶとすら言われるブラックドラゴンだ。それを討伐したアナスタシアは何者だ、となる。
「嘘に嘘を重ね続け、気付けば『天上の七賢人』なんて大仰な地位に……。嫌だ! 私は居酒屋の安酒で満足なのに!」
言いながら、アナスタシアは部屋に備え付けられていた高級ワインを勢いよく飲み、美味い!と叫んだ。
「……明日は湖に現れたクラーケンを倒す依頼だよ……」
「聞こえなーい!」
僕は現実逃避でワインを飲むアナスタシアに近づき、小さく笑った。
「……大丈夫。荷物持ちの僕がついてる……」
そんな蚊の鳴くような声に、彼女は呆けたような顔をして――。
「カルタぁぁ!! やっぱり貴方は最高です!!」
と満面の笑みで抱き着こうとしてきた。それを僕は紙一重で避ける。
「なんで避けるんですかぁ!!」
「コミュ障にハグはきつい……無理だ……」
「むむむむ」
アナスタシアは不満そうだ。そんな凄絶なまでに美しい彼女の外見と不釣り合いな姿を見て、僕は思わず笑ってしまった。拗ねたように彼女は言う。
「見捨てないで下さいよー! 頼みますよー!」
「大丈夫だよ」
………僕は本当は知っている。
彼女がブラックドラゴンを討伐したと嘘をついた本当の理由を。
酒屋の借金という言葉も嘘ではない。
だけど、それだけではない。
彼女は孤児院育ちだ。その孤児院は、ある悪徳な金貸しに騙されて、経営の危機にあった。そんな孤児院の借金を代わりに返済し、恩を返す。そのためだけに、彼女は一世一代の嘘を吐いた。嘘がバレて、自身が破滅するリスクを許容した。
誰かの為にその身を賭ける。アナスタシアはそんな人間だ。そんな人間だから、僕は彼女を助けようと思ったのだ。
『……僕が、君の嘘を本当にしてあげる。……荷物持ちとして』
これは最強の魔法使い、アナスタシア・シルバーブラストの物語だ。
後ろで僕が最強魔法を放っていることに、まだ誰も気づいていない。
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