魔法が使えないS級魔女の荷物持ち〜後ろで僕が最強魔法を放っていることに、まだ誰も気づかない〜 作:ナカザキ
アルマーク王国の王都、その中心にそびえ立つ魔導塔。魔法協会本部。
その最上階にある円卓の間に、僕たち……というか、アナスタシアは招かれていた。
ちなみに魔法協会とは魔法使いによる大陸にまたがる組織だ。
『魔法によって世界を理想的な方向にしていく』という理念によって創設された歴史ある組織で、その頂点に君臨する七人は『天上の七賢人』と呼ばれる。実質的な世界で最も強い魔法使いたちである。
名声、実力、功績。そのすべてを兼ね備えた天才たちが集う『天上の七賢人』。
表舞台に出てわずか一年、新参者のアナスタシアがそこに名を連ねるのは、魔法協会の長い歴史の中でも異例中の異例と言われていた。
クラーケン見事倒してきた僕たちは、今、その会場の扉の前に立っていた。
「……カルタ……帰りましょう! 今すぐ! お腹痛いです、仮病使いましょう……。なんであんなバケモノたちに会わなきゃいけないんですか!」
「……もう、遅いよ……扉、開くし」
アナスタシアが泣きついてくるが、巨大な石扉が音もなく左右に割れた。
その瞬間、彼女はスイッチを切り替える。
「あら。私が最後かしら? 待たせて悪かったわね」
凛とした声、尊大な歩調。
銀髪をなびかせ、不遜な笑みを浮かべて彼女は円卓の一席に腰を下ろした。僕はその背後に、あくまで彼女の背後に控える荷物持ちとして、静かに控える。
思うんだが、彼女のこの変わり身の早さは一つの才能だよな。
僕には決してできないことだから、素直に凄いと思う。
今回の出席者は、第1席『絶対なるハイデガルド』、第3席『炎帝ヴァリアン』第6席『疾風のガイル』、第7席『傀儡使いのマリア』、そして第5席の『撃滅のシルバーブラスト』。
場を満たしているのは、致死量に近い濃密な魔力だ。普通の人間なら立っているだけで気絶するだろう。
僕は魔力自体はどうってことないが、強面の人々と狭い空間にいることはかなりのストレスになる。
胃の痛みを感じながら、少し身を縮めた。
「ふん、新顔が随分と偉そうじゃねえか。一番遅れて来るなんてよ」
双剣を机に立てかけ、乱暴に鼻を鳴らしたのは第6席『疾風のガイル』だ。短く髪を刈りこんだ20代後半の男性である。
ちなみにこの第5席とか、第6席とかいう席次は、『天上の七賢人』内での実力を表しているとされる。が、僕は少々怪しいと思っている。多分、協会内での実績や名声、政治的実力も大いに考慮されていることだろう。
「クラーケンの討伐で忙しかったのよ。王都で弱い者いじめに精を出してるあなたには分からないことだわ」
ガイルは魔法使いの中では珍しく、対人戦闘を得意とする魔法使いだ。『決闘代理人』として貴族たちに雇われ荒稼ぎしているらしい。
「なんだと、てめぇ!」
「あら、ガイルは相変わらず血の気が多いわね」
そう言って、隣に座る第7席、マリアが微笑んだ。
ドレスを纏った黒髪の幼い少女のような外見だ。しかし、その瞳にはどろり濁っている。彼女は手元の瓶からグラスに琥珀色の酒を注ぎ、アナスタシアの前に差し出した。
「シルバーブラスト様。クラーケン討伐のお祝いよ。一杯、いかが?」
……あ。
マリアの手元から、わずかに不穏な魔力の揺らぎが見えた。
あれはただの酒じゃない。呪い、あるいは精神操作の類だ。
アナスタシアは、そんなこと微塵も気づいていない様子で、
「ふん、頂くわ」
と傲然にグラスを煽った。
……。
ちょ、アナスタシア、それ、思いっきり飲んじゃダメなやつ――。
……アナスタシアは酒に目がないからなぁ。
「ふう」
と、アナスタシアは一息。
「……素晴らしい飲みっぷりね」
マリアが、探るような声で尋ねる。
アナスタシアは口元の酒を拭い、退屈そうに言い放った。
「この程度の酒、水と変わりないわ。それよりハイデガルド。早く議題を済ませてちょうだい。私は忙しいのよ」
最上席に座る老魔法使い、ハイデガルドが深く頷く。ローブを纏った魔法使い然とした男だ。賢人会議の実質的なリーダーを務めている。
「よかろう。シルバーブラスト、お主の躍進、クラーケンやベヒモスの討伐……見事だ。その実力、疑う余地はない。新参ながら、お主の存在はこの『天上の七賢人』にとって希望である。では――賢人会議を始めよう」
会議が進行する中、僕はこっそりと指先を動かす。
アナスタシアが飲んだ酒が胃から広がる前に、毒を分解し、無害な水に書き換える。ついでに、彼女が酔っ払って余計なことを喋らないよう、肝機能も少しだけ魔法で強化しておいた。
よし。これで大丈夫だ。
会議はつつがなく進行していく。
「―――つまり、目下の懸念事項は各地の魔物の活発化ですか」
第3席『炎帝ヴァリアン』はハイデガルドに確認をとる。ヴァリアンは赤い髪の中年男性だ。顔が怖くて、僕は正面から彼の顔を見ることができない。
「うむ、アルマーク王国だけとってもベヒモスにクラーケンと、強大な魔物が次々と出現している。シルバーブラストの活躍によって事なきを得たが……」
「はっ! あんな奴ら俺だって倒せたぜ!」
と『疾風のガイル』が威勢よく吠える。以前からガイルはアナスタシアが気に入らない様子だ。
「貴方には無理よ、ガイル」
とアナスタシアが笑う。うーん、多分内心ではガイルに絡まれてガクガク震えてるだろうに、それをおくびにも出さないのは流石だ。
「何をぅ!」
「二人ともやめよ」
ハイデガルドが二人を止める。
「懸念事項はそれだけではない。魔族。人食いの化け物。100年前に異界から降り立った奴らの動きが活発になっている」
………魔族。
その言葉を聞いた瞬間、僕の身体はびくりと跳ねた。幸い誰にも気づかれなったけど。
「拠点している北方諸国だけではなく、最近はこのアルマーク王国でも被害が散見される。皆、魔族討伐は協会の優先事項でもある。皆、頼んだぞ」
魔族。魔族か……。
◆
会議はつつがなく進行していく。魔族の議題も終わり、内容は細々とした魔法協会の運営について。
そんな中――。
『傀儡使いのマリア』は、背筋を走る冷たい汗を必死に抑えていた。
(……おかしい。あり得ないわ)
見目こそ幼い少女だが、その実マリアは100年を生きる魔法使いだ。そのマリアに怖気が奔る。
他者を思うがままに操り、その尊厳を穢す。それがマリアの生きる目的だ。
七賢人の中でも特に仄暗い噂が絶えない魔法使い、それがマリアである。そしてその噂は概ね正しい。
これまで何百人もの人間を、意思のないマリアの操り人形に変えてきた。
そんな彼女が次に目をつけたのがアナスタシアだった。
凄絶なまでに美しい銀髪銀目の少女。他者を寄りつけぬ孤高の在りよう。そして僅か1年で『天上の七賢人』に上り詰めたその英知と力。全てがマリアの好みだった。
故に、マリアはアナスタシアを我が物に――傀儡にすると決めた。賢人会議の中でそんなことをする愚も危険性も理解していたが、心の底から滲みでる欲望を抑えきれなかった。
アナスタシアに飲ませたのは、マリアの秘蔵中の秘蔵――『千の糸の呪杯』。
飲めば最後、意識は混濁し、マリアの指先一つで操り人形と化す最悪の毒薬である。どんな高位の魔法使いであっても、魔力による抵抗が必要不可欠。
だが、目の前のアナスタシアはどうだ。
魔力による防御の気配すら見せなかった。まるで、最初から毒など存在しないかのように、堂々と喉を鳴らして飲み干したのだ。
(魔法で防御していない……? 違う。きっと魔法は使っている。余りにもレベルが違いすぎて、気付かないんだわ……)
「……マリア。さっきから私の顔を見てどうしたのかしら? おかわりでもくれるの?」
アナスタシアが銀色の瞳をマリアに向ける。
その視線には、一切の悪意も、警戒もない。ただただ、高みから羽虫を見下ろすような、圧倒的な王者の余裕だけがあった。
(この女、底が見えない……!)
マリアの指先が、恐怖でわずかに震えた。
自分が支配しようとした相手は、底なしの深淵だった。
「ひ、いえ……なんでもないわ。また後で、最高級のものを送らせてもらうわね」
マリアは力なく笑うのが精一杯だった。
賢人会議は進む。
誰も気づかない。アナスタシアが内心(喉が焼けるかと思ったー! でも格好つけて一気飲みしちゃったー!)と絶叫していることも。
そして、その後ろでパッとしない青年が、誰も気づかない超絶技巧で魔法を使用していたことも。