魔法が使えないS級魔女の荷物持ち〜後ろで僕が最強魔法を放っていることに、まだ誰も気づかない〜 作:ナカザキ
その夜、僕たちは王都の路地裏にあるお世辞にも綺麗とは言えない大衆居酒屋にいた。
銀髪を茶髪に、銀目を緑色に魔法で変え、眼鏡をかけた地味な町娘姿のアナスタシア。彼女はホテルで出される高級ワインではなく、安物のエールをジョッキで一気に煽る。
「ぷはぁぁぁー!! 生き返るぅ! やっぱりこれですよカルタ! ホテルの気取ったワインと料理も良いですけど、フライドポテトとエールの組合わせは最強です!」
「……声、大きいよ」
僕は隣の席で、ちびちびと果実水を飲みながら周囲を警戒する。
「カルタも飲みましょうよぅ!」
彼女はもう完全に出来上がっていた。レオナードから財産の半分を没収する目途がついたお陰で懐は温かい。アナスタシアは串焼きの盛り合わせを次々と注文していく。
「おやじさん、おかわり! あと、この一番高い串も全部持ってきて!」
「あいよ、お嬢ちゃん景気がいいねぇ!」
(……これが『撃滅のシルバーブラスト』の真の姿か)
「カルタぁ、そんなにジロジロ見ないでくださいよー。これは必要経費、メンタルケアですっ! 明日からはまた『撃滅のシルバーブラスト』にならなきゃいけないんですから、今だけは許してくださいよぉ……へへへ」
そう良いながら、エールを飲み串をかっ喰らうアナスシア。
この姿をあの騎士レオナードが見たら、その落差のあまり気絶するだろう。
「……というか、僕帰っていい……? 人の多い所苦手なんだけど……煩いし、人の視線が気になる」
アナスタシアが口を尖らせる。
「誰もカルタのことなんて気にしてませんよ」
「大事なのは僕の主観だから……うっぷ」
居酒屋の人気に当たられたのか、気分が悪くなってきた。
「だ、大丈夫ですかぁ? 相変わらず難儀な体質をしてますねぇ。あんなに強いのに」
「強いことと、人が苦手なことは別問題だよ」
「分かりました。私は1人で飲んでますので、カルタは帰って良いですよー」
「そうさせて貰うよ。正体がバレないように気をつけてね」
「魔法で髪の色を変えてるし、眼鏡もしてるから大丈ですよ!誰も私が『撃滅のシルバーブラスト』だなんて思いませんって」
アナスタシアは自信満々に笑う。悪いが僕はホテルに一足先に帰らせて貰おう。僕は頼らない足つきで、居酒屋を後にした。
◆
夜の王都を、茶髪の町娘姿のアナスタシアは千鳥足で歩いていた。良い店だった。元気のいい店主に陽気な客たち。美味い酒に料理。良い夜だ、と上機嫌にアナスタシアは鼻歌を歌う。
「うへへ、美味しかったぁ……。カルタの奴、あんなに美味しい煮込みを食べないなんて人生の半分は損してますよぉ」
その背後から音もなく黒い影が忍び寄っていることには、微塵も気づいていなかった。
「……おい、この女、上玉だぜ」
「酔ってやがるな。……よし、やれ」
背後から口を塞がれ、白い粉を吹きかけられた。
「ふぇ? ……ひゃあああああ?」
叫ぼうとしたが、意識は急速に遠のいていく。
アナスタシアとカルタが知らぬことではあったが、最近王都では人攫いが横行している。元締めは、人身売買組織『黒い牙』。彼らにとって、『ただの町娘』を攫うのは赤子の手をひねるより容易いことだった。
意識を失ったアナスタシアを人攫いたちは、アジトに運んでいく。
数時間後。鉄格子の嵌まった薄暗い牢屋の中で、アナスタシアは目を覚ました。かび臭い周りを見渡すと、自分と同じように攫われてきたらしい少女たちが、数人身を寄せ合って震えている。アナスタシアと同年代か、少し年下か。
「あ、あの……私たち、どうなっちゃうの……?」
「……ひっ! 怖い、パパ、ママ……」
「私たち売られちゃうの……?」
泣きじゃくる少女たちを見て、アナスタシアの酔いは一気に冷めた。
というか、恐怖で心臓が口から飛び出しそうだった。
(待て待て、どういう状況!?)
直前の記憶を思い出す――。
(攫われた! 私、よりによって人攫いに攫われたぁぁ! 助けてカルタぁぁ!!)
叫び出したい衝動を必死に抑える。だって、もっと不安そうな少女達が目の前にいたから。
それは虚勢でしかなかったが、
「だ、大丈夫ですよ。そんなに泣かないで。……必ず、助けは来ますから」
そう勇気づける。
「本当……? お姉ちゃん……」
「ええ、本当です。私にはね……とっても頼りになる『荷物持ち』が付いているんです。彼はね、世界で一番強いんですから」
恐怖はある。大いにある。
だが、必ず助けがくることをアナスタシアは信じていた。
◆
僕は、冷めてしまった朝食を前に、胃がキリキリと痛むのを感じていた。、瞼を擦る。目を開ける。そこに銀色の少女が座ることはない。
「……帰ってこない。……」
あのアナスタシアが、朝まで帰らないなんて。
泥酔して道端で寝ている可能性も考えたが、彼女はああ見えて危機管理(逃げ足)だけは中々高い。何か不可抗力があったと考えるのが妥当だろう。
僕は椅子から立ち上がり、指先に意識を集中させた。
「お客様……口に会いませんでしたか」
親切なホテルのスタッフが声をかけてくれるが、僕はそれに対してしどろもどろとした答えしか返せない。会話のキャッチボールで自分だけ、変化球を気分だ。他の人は皆ストレートなのに。
「だ、大丈夫です!」
無理やりそう会話を打ち切る。
「…サーチ。対象は……アナスタシア」
半径数キロに及ぶ範囲を、僕の魔力がスキャンしていく。
数秒後、王都の地下深く――石造りの強固な空間に、彼女の微弱な気配を見つけた。
「……見つけた」
ついでに周りの様子も確認してみるが、どうやら牢屋のような場所に囚われているらしい。他にも捕まっている人間がいるようだし、監視も近くの部屋に控えている。他の部屋には、大勢の堅気ではなさそうな人間がいた。
のっぴきならない状況のようだ。組織ぐるみの人攫いにでも捕まったか。
「急がないと」
僕は魔法で壁をすり抜け、最短距離でその場所へと向かった。
「かべがああああ!!」
ホテルのスタッフの悲鳴が聞こえた気がするが、気のせいとする。
◆
「なんだぁ。て――――――――」
言葉の続きは言えなかった。『闇の牙』の先鋒は呆けた顔のまま、頭から地面に崩れ落ちた。同様の光景がこのアジトの至るとことで繰り広げられている。
「侵入者は!」
「それが一人です!
「隊を組んで近づきましょう――――あれ?」
3人組の一人の身体がブレた。床に横たわる。死んでいない、脈はある。しかし、次々と――ー次々と――犠牲者は増え続けていた。
本拠地にきたカルタは正面から暴れまくっていた。
今の魔法は半径1キロの意識を強制的に消失させる『ブラックアウト』だ。
魔法の効果範囲にいる限り、問答無用で意識を刈り取る。近づくことすらままならない。今の手札の中では、穏便で、広範囲で、強力であるといっていい魔法。
それに意識を失う魔法であれば、目立覚めた時自分を倒したのは『撃滅のシルバーブラスト』だと勘違いするかもしれない。
間違えても、その横にいる荷物持ちが魔法を放ち、アジトを半壊させたなんて考えつかないだろう。
(この奉仕精神は我ながらどこからでているのかな)
所詮ロールプレイの一環でしかないはずだが。
(さて)
これでアジトの半分は掌握したも同然。
(どこにいる、お姫様)
散歩のような気軽さで、『黒い牙』のアジトを半壊させた最強の荷物持ちは、片割れを探していた。
或いは、彼と彼女の関係は鞘と刃に似ているのかもしれない。どちらが、どちらかは分からないが。