魔法が使えないS級魔女の荷物持ち〜後ろで僕が最強魔法を放っていることに、まだ誰も気づかない〜 作:ナカザキ
「――おい、茶髪の女。起きろ」
地下牢の劣悪な睡眠を中断させたのは、下卑た笑いを浮かべたマフィアの男だった。牢屋越しにアナスタシアに話しかけた。
「ふん。お前が一番景気よく寝てたな。肝の太い女だ」
牢屋のカギを開け中に入ってくる。アナスタシアは眠気眼で目をこすった。
「なんですぅ……?」
「見た目はお前が一番いい。折角だ、変態貴族に売る前に、まずは俺たちが『楽しませて』もらおうか?」
他の少女たちは怯えた様子で壁際まで下がっている。これから行われることに「察し」がついているのだろう。
では、件のアナスタシアはどうなのか。寝ぼけ眼で男を斜めから見上がる視線はまるで娼婦のようであり、しかし何もしらない子どもに見える。
何が正しいかのか、何が間違っているのか――それはこのアナスタシア・シルバーブラッドの命題だろう。―――何が嘘で、何が本当か。
何も知らない男がアナスタシアの腕を強引に掴もうとした、その時だった。
一晩経って変装の魔法が解ける。
茶色だった彼女の髪が、根本から一気に眩い銀色へと染まっていく。碧眼は、氷のような銀目へと変わった。牢屋に似つかわしくない、むしろ牢屋を染め上げようとする少女。
「なっ……!? 髪が、銀色に……?」
「……え?」
男は顔を真っ青にし、ガタガタと震えながら後ずさりした。
「そ、その銀髪……銀色の瞳……。まさか……『撃滅のシルバーブラスト』…………っ!?」
「え、あ、ええ。そうよ?(あっ、もしかして変装の魔法が解けてる?)」
「そ、そうか……! 道理で抵抗しないわけだ! 貴様、俺たちのアジトを根こそぎ見つけるために、わざと捕まったんだな!? 七賢人様が直々に潜入捜査かよぉ!!」
(えっ、いや、普通に捕まっただけですけど……!)
内心の動揺を隠し、アナスタシアは瞬時にスイッチを切り替えた。牢屋の中にあったボロボロの椅子に悠然と座る。足を組み、傲慢な瞳で男を見下ろす。
人は所詮、見たみたいものを、見せて欲しい。
ならば、見せてあげよう。傲慢・不遜にして最強の魔法使い『撃滅のシルバーブラスト』を。
「ふふ……今更気づいたの? 退屈だったわ。いつ気付くか楽しみだったのに」
「ひ、ひいいいっ!!」
「シルバーブラスト様……!」
「本物なの……!」
「なんて綺麗……」
少女たちが憧れの眼差しを向ける。アナスタシアに怯える牢屋番は少数派になった。
その時、牢屋の外からカツン、カツンと乾いた足音が聞こえてきた。アナスタシアは笑みを濃くした。
バゴン!と重厚な鉄扉が、まるで障子紙でも破るかのようにあっけなく吹き飛ぶ。
そこに立っていたのは、大きな荷物を背負った陰気な青年だった。黒髪は雑に切られ、背は猫背で、いまいちぱっとしない外見だ。
「ナイスタイミングよ、カルタ。待ちくたびれたわ」
「……遅れて、すみません。外の警備に手間取りまして」
彼は恭しく、持ってきた身の丈ほどもある巨大な杖をアナスタシアに差し出す。
「お待たせしました。……『掃除』の準備、できています」
「ええ。――散々待たせてくれたお礼よ。まとめて塵にしてあげるわ!」
アナスタアが杖を構える。その瞬間、 騒ぎを聞きつけたマフィアたちがなだれ込んできた。
「侵入者はここかァ! 俺のアジトで何をしやがる!」
上等な身なりをしたマフィア(『黒い牙』の頭目)が、牢屋部屋に入ってきた。背後には大勢の部下を引き連れている。
アナスタシアは視線をカルタに咎めるようによこす。
「随分と大きな騒ぎを起こした様ね」
「……すいません、急いでいたもので」
陰気な男――カルタはばつが悪そうにアナスタシアに再度謝る。
「別にいいわ。一か所に集まってくれた方が楽だもの」
そして詠唱を開始する。
「裂ぱく、裁断、断裂、物は必ず引き裂かさかれる。……ブラック・エクスブレイジョン」
アナスタシアが杖を一閃。
極大の衝撃波がアジトを真っ二つに叩き割った。
それは重力の奔流だ。束ね、圧縮し、固めた黒色の強大な重力を更に2つに破壊する。
破壊された重力は連鎖的に崩壊を起こし、極小の物質となって、周囲の『人間以外』の物質に付着し、効果を発揮する。
それは付着した物質の重量を倍加するという特性で、周囲のアジト全体がそんな状態になってしまった『黒い牙のアジト』はものの数分で、ぺしゃんこになり、地平線と変わらない状態になってしまった。
それでも人々は無事だ。『ブラック・エクスブレイジョン』はそういう魔法なのだから。故に彼らは己のアジトを破壊した相手――アナスタシアに怒りを募らせる。
誰かかが駆けた。誰かが続いた。蛮勇かもしれない。
それでも勇気は勇気。その戦いの結末は――初めから分かりきっていた。
『撃滅のシルバーブラスト』が舞うように杖を振るう。
その先にあったのは、ただの蹂躙だった。
こうして、王都を騒がせた人身売買組織『黒い牙』はアナスタシア・シルバーブラストによって滅ぼされた。
◆
数時間後、アルマーク王国の王都にそびえ立つ高級ホテルの一室。
そこには、つい先ほどマフィアのアジトを概念ごと叩き割ったはずの最強の魔女の姿はなかった。
「もう……もう無理! 心臓が口から出るかと思いましたよカルタぁぁ!」
「よく、泣かなかったねぇ……」
「泣いてましたよ、誰も気づかないだけで!」
「耐えたねぇ」
「耐えたどころじゃないですよ! 『今更気づいたの?』なんて、どの口が言ったんですか私! 怖くて喉の奥がカラカラだったんですからね!? もしカルタが来なかったら、私、今頃変態貴族のコレクション棚に並べられてましたよ!」
「そんなことはさせないさ」
「かるたぁぁ!!!」
アナスタシアがカルタに満面の笑みでダイブした。それをカルタは紙一重で避ける。
「うわっ!あぶない…!」
「信じてますよー。マジで!」
ベッドに埋められた顔を半分だけ出して、最強の魔女は最強の荷物持ちに問う。
「期待を裏切らないように、頑張るよ……」