魔法が使えないS級魔女の荷物持ち〜後ろで僕が最強魔法を放っていることに、まだ誰も気づかない〜   作:ナカザキ

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6話:カルタの秘密

 シャンデリアを見る度に思うが、あれ重さで落ちたりしないのだろうか。

 

 僕は首の確度を元に戻し、周囲を確認した。

 

 僕たちは今、王都の大聖堂に隣接する貴賓室にいる。

 僕の思考を掴んでは離さない豪奢なシャンデリアの下で、アルマーク王国の大臣は、感極まった様子でアナスタシアの手を取ろうとしていた。

 

「おお、シルバーブラスト殿! 王都を騒がせた人身売買組織『黒い牙』を、よもや一日にして壊滅させるとは。しかも、囚われていた少女たちを一人も傷つけず、アジトごと一網打尽……。まさに魔法協会の至宝、救世の聖女ですな!」

 

「ふふ、当然のことよ。私の視界で涙を流す乙女がいるなど、許容できるはずがないわ」

 

 本人は昨晩、人さらいに人身売買されかけた恐怖で大泣きしていたが。

 

「しかし、聖女殿。喜ばしい話ばかりではないのです。……実は、近隣のポカブ村から数日前より連絡が途絶えております」

 

「ポカブ村?」

 

「はい。調査のために騎士団の一隊を派遣したのですが、その彼らとも連絡がつかなくなりました。……あそこは、北の『魔族』の動向を探る要所。シルバーブラスト殿、どうか騎士団の増援とともに、村の調査をお願いしたい」

 

 アナスタシアは嫣然と微笑んだ。

 

「……ええ、いいわ。私たちの休息は後回しで構わない。行きましょう、カルタ」

 

 

 

 王都を出発し、ポカブ村へと続く街道を馬車が進む。今回は騎士団の分隊との共同任務だ。

 馬車の中、二人きりになった瞬間にアナスタシアは崩れ落ちるように座席へ沈み込んだ。

 

「……カルタ。また騎士団との任務ですって。嫌ですよ、絶対緊張しますよ! 彼ら、私のことを『戦女神』か何かだと思ってるんですよ!? 粗相があったら即・打ち首ですよぉ……」

「……僕もだよ。人が多いのは、疲れる……」

「分かってますけど! ああ、昨日の居酒屋のエールに戻りたい……」

「嫌なら断れば良かったのに……」

「大臣の頼みなんか断れるわけないでしょう! それに出来るだけ人の頼みは受けるって『約束』ですし」

「そうだね。それに魔族が絡んでいるなら、放っておけない」

 

 と言いながら、アナスタシアは目を丸くした。

 

「というか珍しいですね。カルタが特定の獲物の執着するの」

 

 僕は首を小さく振った。

 

「別に拘ってる訳じゃない。少し気になるってだけだ……。僕とあいつらの間には因縁がある……かもしれない」

「かもしれないってなんですか」

「それは僕にも分からない」

「私にも分かりませんよ」

 

 なんて緩い会話をしていると、馬車の窓がコンコンと叩かれた。

 

「カルタさん! 少しお話ししてもいいですか?」

 

 顔を出したのは、今回の遠征に同行している騎士見習いの少女、マーリだった。

 彼女はまだ十代半ばといった幼さで、騎士団の制服が少しぶかぶかに見える。

 

「……何かな、マーリさん」

 

「これ、さっきの休憩中に詰んできた野いちごです! カルタさん、さっき凄く重そうな荷物を持ってたから……あ、あの、荷物持ちのお仕事、大変じゃないですか?」

 

 

 マーリはキラキラとした瞳で僕を見上げている。僕のようなパッとしない男に、これほど無邪気に好意を向けてくる人間は珍しい。

 

「……ありがとう。……仕事は、慣れてるから」

 

「凄いなぁ! 私、カルタさんみたいに黙々と仕事をこなす人、尊敬しちゃうんです! 昨日のアジト破壊の時も、シルバーブラスト様の影で凄くテキパキ動いてたって聞きましたよ!」

 

 彼女は馬車に並走しながら、僕に楽しそうに話しかけてくる。

 

「あのっ、村に着いたら護衛のやり方とか教えてくれませんか? 『お兄ちゃん』みたいで、なんだか安心しちゃうんです!」

 

「……え、あ、うん。……僕に、できることなら」

 

 人見知りの僕としては、これほど直球で懐かれるとどう反応していいか分からず、少し頬が熱くなるのを感じた。

 

 

 その時。

 

 馬車の中の気温が、物理的に氷点下まで下がった気がした。

 

 ギギギ、と油の切れた人形のような音を立てて、アナスタシアがこちらを振り向く。その瞳には、かつてクラーケンを凍らせた時以上の冷徹な光が宿っていた。

 

「……へぇ。お兄ちゃん、ねぇ」

 

「あ、アナスタシア様……?」

 

「いいわねカルタ。旅先で可愛い妹分ができるなんて。荷物持ちの仕事が忙しいって聞いていたけれど、若い女の子とイチゴを食べる余裕はあったみたいね?」

 

「……いや、これは貰っただけで……」

 

「マーリさんだったかしら? 私のカルタ……じゃなくて、私の『荷物持ち』をあまり誘惑しないでくれる? 彼はこう見えて、主(あるじ)である私以外には指一本触れさせない誓いを立てているんだから!」

 

(※そんな誓い、一秒も立てた覚えはない)

 

 マーリは「ひえっ! 申し訳ありません、シルバーブラスト様!」と脱兎のごとく前方の馬列に逃げ帰っていった。

 

 嵐の去った後、アナスタシアはプイと窓の外を向き、頬を膨らませてブツブツと独り言を言っている。

 

「……何よ、お兄ちゃんって。あんな鼻の下伸ばしちゃって……。私の時は『重い』とか『帰りたい』とかしか言わないくせに……」

 

「……アナスタシア? もしかして、怒ってる?」

 

「怒ってません! 私はただ、主として、荷物持ちの風紀の乱れを懸念しているだけです! さあ、ポカブ村まで一歩も歩かせませんから、そこで反省していなさい!」

 

(……馬車に乗ってるんだから、元々歩かないんだけどな)

 

 嫉妬で銀髪を逆立てるアナスタシアを横目に、僕はこれから向かう村の方向に、不気味に渦巻く『白い霧』が見え始めていることに、深い懸念を抱いていた。

 

 村に近づくにつれ霧は濃くなってきた。

 村を丸ごと飲み込んでいるようだ。

 これをただの自然現象だと判断するのは、流石に楽観的すぎるだろう。

 

 騎士団たちは霧の中を探索するようだ。連絡のない仲間たちや村人もこの中にいるのは間違いないだろう。

 例え『どんな姿』になっていようとも、だ。少なくとも何があったかまでは、王都に情報を持ち帰らなければ騎士団の名が廃る。

 

 『撃滅のシルバーブラスト』を先頭にして、僕たちは村に入っていく。

 

「カルタ……」

「間違いなく魔法の類だね。だけど、厳密な効果はまだ分からないよ……」

 

「そうですか」

 神妙な顔のアナスタシア。

 

「……カルタ、離れないでくださいよ。もし逸れたら、私、その場で泣きますからね」

「……………分かってる。しっかり杖を握って」

 

 いい年した女性が泣く姿を見るのは嫌だ。僕たちは肩をくっつけるように、用心深く霧の中を探索していく。

 

 騎士団たちが武器を構え、慎重に進んでいたその時だった。

 霧の奥から、無数の半透明な『触手』が、音もなく這い出してきた。

 

「ひっ!?」

 

 悲鳴を上げたのはマーリだった。彼女の細い腰に霧の触手が巻き付き、凄まじい速度で奥へと引きずり込んでいく。

 

「助けて、カルタさん!」

「マーリさん! ……くっ、アナスタシア、騎士団と一緒にここを動かないで!」

「えっ、ちょっと、カルタ!? 一人にしないでぇぇ!」

 

 アナスタシアの絶叫を背に、僕は霧の中へと飛び込んだ。

 

 

 視界は数メートル先も見えない。

 だが、マーリの微かな気配を頼りに僕は走る。

 

 やがて。

 村の中央広場に近い場所で、腰を抜かしているマーリを見つけた。触手はすでに消えている。

 

「大丈夫……? マーリさん」

「……カルタさん! 助けに来てくれたんですか……? 怖かった、すごく怖かったです……っ」

 

 彼女は僕の腕にしがみつき、震えながら涙を流した。

 静まり返った村。民家はどれも扉が開け放たれ、食卓には食べかけの食事が残っている。まるで、人間だけが神隠しに遭ったかのようだ。

 

「……誰もいないね。村人、みんな……」

「そうですね……。でも、カルタさんがいてくれて良かったです。ねえ、カルタさんって、凄いんですねえ! 一人で私を助けにきて……どうしてシルバーブラスト様の荷物持ちなんてしてるんですか? あなた、本当はもっと……」

 

 マーリが僕の顔を覗き込む。

 その瞳には、先ほどまでの怯えとは違う、どこか観察するような鋭い光が混じっていた。その瞳から僕は逃げる。

 

「……僕は、彼女に救われたから。それだけだよ」

 

 僕と彼女の関係は複雑だ。一言ではとても言えない。だが、強いて言うなら、そうなるのだろう。

 

 その時、民家の軒先で震えている一人の少女を見つけた。

 

「あれ……おーい!」

 

 現在唯一の生存者だ。

 

「……あ、ああ……」

 

 少女は僕たちに気づくと、希望を見出したような顔をした。

 

 

 だが、その笑顔が曇る。表情が固まっていき……。

 僕の隣にいるマーリの姿を認めた瞬間――その表情は、この世の終わりを見たような絶望へと変わった。

 

「……いや……こ、来ないで……ッ!!」

「アリアちゃん? 大丈夫だよ、助けに来たんだ」

 

 マーリが優しく手を伸ばす。しかし、アリアはその手を拒絶するように叫び、逆方向に逃げてしまった。

 不自然だ。助けに来た騎士を見て、なぜこれほどまでに怯える?

 

 僕は、ある一つの違和感を突き付ける。

 

「……そういえば、マーリさん。……僕、気になることがあったんだ」

 

「……え?」

 

 

 

 

「今回の遠征メンバーのリスト、僕は全部覚えてる。……そこに、『マーリ』なんて名前の騎士見習いは、最初からいなかった」

 

 

 

 

 沈黙が流れる。

 マーリは俯いたまま、クスクスと肩を揺らし始めた。

 

「……あは。あはははは! さすがは『荷物持ち』さん。意外と鋭いんだねぇ」

 

 顔を上げた彼女の瞳は、どろりとした紫色に発光していた。

 その額には血のように染まった二本の角。これが魔族――人類の敵。

 

「バレたか。そうだよ! わたしが魔王軍軍団長マーリです! 人間のおままごとは飽きちゃった!」

 

 ドォォォォォン!!

 

 彼女が手を掲げた瞬間、空を覆っていた白い霧が真っ黒に反転した。

 直後、空から雨のように『魔物』が降ってくる。村のあちこちで騎士たちの悲鳴と、アナスタシアの「ひえええええ!」という絶叫が響き渡った。

 

 霧が晴れたことで見通しは大分よくなった。アナスタシアと騎士たちと合流する。

 

「カルタ、全くどこにいたのかしら。主をほっぽリ出して何処かに行くなんて(ふざけないで下さいよー!私を殺す気ですか!)

 

「すみません、アナスタシアさま(マリーが露骨に怪しかったもので――)」

 

 視線だけで会話した後、いつも通りアナスタシアは杖を掲げる。何処であっても、彼女は、俺たちは変わらない。立ちふさがるものを『撃滅』するだけだ―――。

 

 

 

 

 

「……………は?」

 

 

 思わず呆けた声を出した。

 

 

 周囲の景色が書き換わっていた。

 村の情景が消え、上下左右、すべてが真っ白。

 

「……空間隔離? ……いや、もっと強固な……」

 

「正解だ。ここは私が展開した特等席だよ」

 

 背後から響いたのは、低く、威圧感に満ちた男の声だった。

 そこに立っていたのは、純白の法衣を纏った魔族。マリーと同じく赤い角を2本生やしている。

 

 文献では魔族の外見は、人と殆ど変わらないものだと記されている。人と同じ顔、人と同じ身長、人と同じ性別。唯一異なったのは、その額に2対の角が生えていることだという。

 

 正真正銘の魔族は言う。

 

「魔王軍軍団長、トーリだ。妹マーリが世話になったな。……大人しく絶界の魔法に閉じ込められていろ。ここは、理の外。何者も干渉できず、何者も脱出できない檻だ」

 

 トーリは静かに僕へと歩み寄り、その冷徹な眼差しで僕の『本質』を射抜いた。

 

「……この空間ならば分かる。ここは私の世界だ。魔力の微妙な揺らぎも、同族の微かな気配も全てが見える」

 

「……何を」

 

「分かっているはずだ。私の言葉の意味が――」

 

 

 そうか。こいつにはすべてバレているのか。僕の『秘密』が。

 僕は自身にかけた偽装魔法を解いた。外見は大きく変わらない。黒髪黒目。ぱっとしない外見。

 

 ただ、一点を覗いて――。

 僕の額には雨を煮詰めたような藍色の角が生えていた。

 

「―――僕は、――」

 

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