魔法が使えないS級魔女の荷物持ち〜後ろで僕が最強魔法を放っていることに、まだ誰も気づかない〜 作:ナカザキ
神童とは僕のことだった。
天才、エリート、言い方は何でもいい。つまり、他と僕は隔絶していた。つまり、僕は神に愛されていたということだ
……産まれた時から、両親の顔は知らなかった。事故で亡くなった母の親戚の家で、孤独を友として育った。けれど母の親戚は針の先ほどの愛情も僕には恵んでくれなかった。
魔法だ。
魔法だけが僕を祝福してくれた。
僕は魔法の天才だった。物心ついた時から、僕は魔法の愛に包まれた。
やがて、魔法を使えば使うほど大人たちに愛されれるようになった。神童だと、王国の宝だと。
王国最大の学院に入学し、そこにおいても主席として君臨する。
そこが我が世の春。
――けれど、それは長くは続かなかった。
僕の魔力が強まるにつれ、隠しきれなくなった『角』が額に現れた。そんな人間誰もいない。伝承にある魔族の特徴にそっくりだ。
………死んだ両親に問うことはできない。僕は一体何者なのか。しかし母は普通の人間だったらしい。だから、きっと僕の父は魔族だったのだろう。
忌み児。呪いの子。混血児。愛されざる子供。それが僕。
賛辞は罵声に変わった。
「バケモノ」「異端」「魔族の種」
魔法学院に居場所なんてなかった。僕は逃げるように森の奥に引きこもり、誰とも関わらず、ただ朽ち果てるのを待っていた。
……心の底では誰かを求めていた。けれど、拒絶されるのが怖くて、心を閉ざしていたんだ。
怖く怖くて仕方ないんだ。
またあの手のひら返しをされるんじゃないかって。
あの僕を怪物だと突き付ける視線は、今も僕の背に突き刺さっている。
学院を出て、1年の時が流れた。
人の顔さえ見なければ、ぽつりと会話はできる程度には回復した頃合い。
そんな時に出会ったのが、――銀髪の少女、アナスタシアだった。
「ひえええええ! 助けて! ドラゴンが、ドラゴンが追ってきてますぅぅ!」
彼女は涙目で僕の背後に隠れた。
僕は溜め息をつき、指先一つでそのドラゴンを消し飛ばした。それが全ての始まり。
「……すごっ。そ、そうだっ! ねえ君、今の私がやったことにしてもいい!?」
「……別に、いいけど(全てがどうでもいい)」
「やったあ! これで借金はチャラだ!」
「……借金? 酒代とか……?」
「まぁ、そんなところです!」
呆れる僕を余所に、彼女は意気揚々と村へ戻っていった。
……が、数日後、彼女は顔を真っ青にして再び現れた。
「うわーんどうしよ! 私が倒したって大法螺ふいたドラゴン、実は『ブラックドラゴン』っていう超ヤバい奴だったみたい! 偽証がバレたら打ち首だよ! あはははは!」
「……笑いながら話すことじゃないよ」
「もう笑うしかなくって!」
僕は彼女を追い返した。もう人とは関わりたくなったからだ。彼女を助けたのは只の気まぐれに過ぎなかった。
ただ、妙に彼女のことが気がかりだった。どうでもよくは、なくなっていた。
僕は彼女を調べた。
酒代なんて嘘だった。
彼女は、生まれ育った孤児院が極悪な借金取りに潰されそうになっているのを知り、必死に嘘を塗り固めていたんだ。
その事実を知った時に、僕の心の底に小さな小さな灯が生まれた。
「やぁ」
アナスタシアは牢屋にいた。
縛り首は明日のようだ。警邏の過酷な尋問によって憔悴しきっているのだろう、その顔には数日前の朗らかさがなかった。
「…先日の魔法使いさん」
「捕まったみたいだね」
「本当はブラックドラゴンを倒せてないことがバレちゃいまして……。打ち首だそうです」
牢屋越しに僕は問いかける。
「……それが、君のしたかったことなの? 牢屋で朽ちることが」
「さあ……分かりませんよ。死にたくないですし、孤児院の皆には良い暮らしをさせてあげたかった。でも、それも全部、自分のためですよ。自分の目覚めがよくなって、寝る時にぐっすり寝付けるようにするためです」
「……君は、変な奴だね」
直後、地響きと共に巨大な影が街を覆った。彼女も緩慢な動作で鉄格子にはりつき、その渇いた眼を限界まで広げた。
ドラゴンが街の上空にいた。
数日前のブラックドラゴンを遥かに超える大きさだ。
「な、なんで……? ドラゴンならもう倒したでしょ…!」
「……ブラックドラゴン・マザー。先日倒した個体の母親だよ。僕を追ってきたのか……」
実のところ、国を滅ぼすとされるのはこの「ブラックドラゴン・マザー」である。ブラックドラゴンはあくまで呼び水。「黒龍が息絶えるとき、真なる竜が目覚め、黒の咢で国を飲み込まん」と歌にもある。そんな伝説の中の伝説の存在がここにいた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・僕はどうしたい)
僕は牢屋の中に入った。
鍵なんて僕には意味を為さない。
絶望に震える彼女の背後に、僕は立った。
「……こっちに。杖を持って、相手に向けて」
「相手って…」
「ブラックドラゴンマザー。町を覆うサイズだ。狙いやすいよね」
「ど、どうすれば……」
「詠唱をするんだ。……適当でいいよ。僕が合わせる。やれなければ町が死ぬ。耳の大切な人たちも」
「っ」
アナスタシアは震える手で、折れそうな枝のような杖を構え、ヤケクソ気味に叫んだ。
「闇は深淵、焔は血潮、汚泥はここに! わたしは。ここから飛び立つ、一番星! 銀よ! 答えよ! 星よ! 煌めけ! 魔法、シルバーブラスト!!!」
それは願い。一人の少女がこのままならない世界から這い出して、星の彼方に行きたいという純粋な夢。
彼女の支離滅裂な音節に合わせ、刹那の間に魔力術式を再構築する。銀の響きには銀の光を、一番星の願いには極大の収束を。
そして。銀の流れ星が地上から空へと放たれた。
全ての始まりになるであろう魔法「シルバーブラスト」が牢屋を壊し、ブラックドラゴン・マザーを塵一つ残さず消し去る。魔法の余波で空が銀色に染まった。
光の粒子の中、アナスタシアは笑う。
「すごい……私でも魔法が撃てた……」
「……まあ、僕が撃ってるんだけどね」
「そうだと思ってましたよ!」
「でも。これなら君の嘘を本当にできる。
「これからずっと?」
「これからずっとだよ。………君が詠唱し、魔法名を言う。その裏で僕が適当なそれっぽい魔法を発動させる」
「バレませんかねぇ?」
「誰にもバレない。僕は魔法の天才だ」
「あはははは! すごい自信! でも――それじゃあ私だけが貰いすぎですよね。この恩はどうかえせば?」
「それはっ……!」
僕は咄嗟に顔を伏せ、彼女を突き放した。流石にあのランクの魔物を一撃で吹き飛ばすのは無理をしすぎた。
まずい。
体内の魔力回路が乱れ顔にかけている隠蔽の魔法がはがれている。
「……………………見ないでくれ……」
きっと、自分の額には魔族の証である角が生えていることだろう。
まただ。また「バケモノ」と言われる。恐怖の目で見られる。
だが、返ってきたのは、拍子抜けするほど明るい声だった。
「ええ? なんでですか。……綺麗で、カッコいいのに」
「……え?」
「綺麗でカッコいいですよ。宝石を磨いたみたいで。……いいなぁ、私にも一本生えないかしら」
宝石――。
僕が呪いだと思っていたものを、彼女はそう呼んだ。
「なっ! これは魔族の証なんだぞ!」
「えっ、魔法使いさん魔族なんですか!?」
「違う、僕は人間だ!」
学院では何度もそう反論してきた。誰も信じなかったが。
「良かった……! だったらそれでいいじゃないですか。魔法使いさんは、とんでもない魔法使いで、綺麗な角のある人間で!」
僕は……人間か。
気づけば、視界が滲んでいた。止めていたはずの感情が、一気に溢れ出した。
「な、なんで泣くんですよぉぉ!? 私、何かデリカシーないこと言いましたぁ!? 謝りますから、ねえ、泣かないで!」
僕は泣き笑いのような顔で、彼女を見つめた。
このまま放っておけば、この嘘つきで優しい少女は、いつかその嘘の重さに潰されてしまう。
「君は、このままじゃ破滅する。嘘はもうすぐ君の首を絞め、断頭台に突き落とす」
だから。
「……僕が、君の嘘を本当にしてあげる。荷物持ちとして」
僕は彼女の手を取り、人生で初めての『約束』をした。
「その代わり……僕と旅をしてくれ」
そして。
「君は誰にも負けない。万人のために戦い、偏見や常識に囚われず、かといって権力者に遣い潰されるようなことはない。圧倒的なカリスマを放つ、その銀の瞳に人はひれ伏す。全てを撃滅する最強…そんな魔女に君はなるんだ」
「きゃ、キャラ盛りすぎではっ?」
「いいんだ」
それは現実には絶対にいない、骨董無形な存在。
僕が人生のどん底だった時に傍にいてほしかった最強の魔女。
どんなどん底にだって介入して、全てを無茶苦茶にしていく。
そんな魔女に横にいて欲しかった。
「そんな最高にカッコいい『アナスタシア・シルバーブラスト』を2人で作っていこう」
「はいっ。どうせあなたに救われた命です、この嘘に人生の全てを捧げますよ」
そして最強の魔女が生まれた。