トラックにはねられてあの世に旅立つ。使い回されたテンプレであり、現代日本で生きていた俺はこの展開を見るたびに思わず「い つ も の」と言っていた。そんな異世界転生の鑑のような死に方をまさか自分が体験するなんて夢にも思わなかったし、ましてや本当に異世界転生してしまうなんて考えたこともなかった。俺が転生したのは新エリー都と呼ばれる場所で、少し終末世界じみたところがあるが、科学技術は日本とそう変わらないおかげであまり困っていない。そうそう今世での俺の名前はクロウだ。といっても自分で勝手につけただけなんだけど。
「クロウ、食べる手が止まっているけどどうしたんだい?」
「…少し昔のことを思い出してた」
昔っていうか、前世だけど。
「そうかい……でも何か体が変だと思ったらすぐに言うんだよ?」
「そうそう、隠したりなんか絶対しちゃだめなんだからね!」
そう言って俺の方を見つめてくる
対して妹のリンは可愛らしい大きな瞳に短めの青い髪など、アキラと違って活発な印象を受ける。その見た目に違わず、とても明るい性格で、見てるだけで元気が湧いてくる。もちろんこちらも超がつくほどの美少女だ。
現在俺はこの二人と朝食を共にしている。
「分かってる。だけど本当に今は大丈夫だ」
「それなら構わないのだけれど…」
それでもなお心配そうに見てくる二人。これ以上心配されてもアレなので止まっていた食事を再開させる。俺の過去と体質を話してから二人とも、ものすごい過保護になってる気がする。別にそんな深刻な事じゃないんだけどな……まぁいいや、普通に生活してれば徐々に心配も薄れるでしょ。
そう考えながら俺はアキラが作ってくれた料理に舌鼓を打った。ものすごい美味かった。
朝食を食べたあと、俺は二人が営んでいる「ランダムプレイ」というビデオ屋で開店準備をリンと一緒にしていた。
「リン、悪いが午後から用事があるから午前中しか働けない」
「えー?また用事?この前も帰りすごい遅かったじゃん」
「あぁ、今回も遅くなると思う。俺の分の夜食は気にしなくていい。それと……心配しなくて大丈夫だ」
「……そう言って前回怪我して帰ってきたよね」
頬を膨らませ少し不満気にするリン。
「あー……あれは少し転んだだけで──」
「へー?転んでお腹を切ることなんてあるんだ?」
「………」
まずい、完全に怒ってる!よみがえるあの時の記憶……見たことがないほど取り乱すアキラ、半泣きになって手当てをするリン……うっ!頭が!
あのあと冷静になった二人から鬼のような質問攻めを受け、なんとか「転んだ」で押し通したがこの様子を見る限り全然誤魔化せてないですねこれは。だが俺には伝家の宝刀がある!
「リン、とても大事な用事なんだ。分かってくれるか?」
俺より頭一つ分くらい小さいリンの目線に合わせながらそう言う。
「っ!?分かったよ、でも怪我したらダメなんだからね?」
よっしゃ!許された!この通称「至近距離で見つめる作戦」は俺がアキラとリンと暮らす中で編み出した最終奥義。この技を使うと二人がお願いを聞いてくれる可能性が上がるのだ。ちなみに何故か二人の顔が赤くなる。まぁ多分顔を近づけることで体温が上がるとかそんなところだろう。
「うぅ、ほんとに心臓に悪い…」
「?どうした」
「私とお姉ちゃん以外にそういうことするの禁止ね!」
ビシッという擬音が聞こえてくるような勢いでこちらを指差すリン。
やっぱり顔が赤くなってる、不思議だな。
「そ、そろそろ店開くよ」
そう言って少し早足で扉へと向かうリン。しかしその途中で何か思いついたのかこちらを振り返った。うわ、すごい悪い顔してる。
「そういえば、今お姉ちゃんがビデオの買い出しに行ってるから店番する人がいないんだよね〜」
わざとらしくこちらを見るリン、これが小悪魔ってやつか(白目)
いかん、現実逃避してる場合じゃない。俺は前世でも今世でも陰キャなので、知らない人と話すことになる接客業をするのは無理なのだ。だからこそ今まで裏方しかやってこなかったというのに!そこまで考えて二人以外にも店番をしていた可愛らしい生物?を思い出す。
「イアス達がいるだろ。俺が店番なんかする必要は──」
「あー、イアス達にはバックヤードにあるビデオの整理を手伝ってもらおうかな〜って」
はい、退路が塞がれました。詰みです。これ絶対、さっきの「お願い」の意地返しだろ。
「頼むリン。俺に接客業なんて無理だ。考え直してくれ」
「大丈夫、あんたならできるって私信じてるから!ほらいったいった!」
店の看板を「開店中」にしたあと「がんばってね〜」と言いながらバックヤードに引っ込んでしまうリン。
「……終わったな、これ」
あとには一人「陰に生きるもの」だけが取り残されたのであった……
「そろそろ行く。アキラが帰ってきたら彼女にも伝えといてくれ」
「うん、分かった。伝えとく」
あの地獄の労働をなんとかこなし、店番の引き継ぎなどをし終えた後、俺は自分の用事を済ませに行こうとしていた。
「じゃあ、行ってきます」
「待って!」
何だ、と思って振り返った瞬間リンが勢いよく抱きついてくる。
「……危険なこと、しないでね」
上目遣いで見つめてくるリン。
「善処する」
思わず目を逸らすと抱きしめる力が強くなった。多分俺が何をしているのか薄々勘づいているのだろう。でもその上で俺が打ち明けるのを待ってくれている。そんなリンを安心させるために頭をゆっくり撫でてやる。
「安心しろ、必ずここに戻ってくる。約束だ」
「……約束だからね」
その後もまだ不安そうにしているリンの頭をしばらく撫で続けた。
あの後ビデオ屋を出た俺は近くの
……二人がかの有名な「パエトーン」だと知ったのは少し先のことであった。
裂け目を通ってホロウに侵入する。今回の俺の用事は──
「誰か助けてくれ!」
声のした方に目を向けるとエーテリアスに追われているホロウレイダーが目に入った。……あれはデュラハンか。
「わざわざ用事が自分から来てくれるなんてな」
着てきたロングコートのフードを目深にかぶり、懐から、隠して持ってきた刃渡り五十センチほどの直剣を取り出す。
「さて、仕事の時間だ」
異形の怪物、一般的にデュラハンと呼ばれるエーテリアスは目の前でうずくまる獲物を満足気に見下ろしていた。デュラハンに目の前の獲物が何なのか知る知能はないが、唯一「自分は捕食者である」ということは理解できた。事実目の前の獲物と似た生物に過去に何度も遭遇してきたが、そのどれもが自分を見るやいなや逃げ惑い、恐怖の表情を浮かべた。中には立ち向かってきたものもいたが、それらもこのデュラハンは自身のブレードと盾で無惨なひき肉に変えてきた。
やがて目の前の存在に興味を失ったのかブレードを振り上げ、無造作に振り下ろす。数秒後に哀れな犠牲者がまた一人増える、はずだった。
金属同士が勢いよくぶつかったような音が辺りに響く。
「以外と軽いな」
「え?」
目の前でさっきまで勝てる気がしなかった相手の攻撃を直剣で易々と片手で受け止めている、フードをかぶった謎の存在にホロウレイダーの思考が一瞬止まる。
「うん?何惚けてんだ、早く逃げろ。死ぬぞ?」
そう言われたことでやっと止まっていた思考が動く。
「こ、この恩は忘れねぇ!」
そう言って脱兎の如くホロウレイダーは逃げ出したのであった……
「さて仕切り直し、だなッ!」
デュラハンはそのまま押し潰そうとしていたブレードを一気に上に押し上げられ、それによってできた一瞬の隙で腹に蹴りを入れられる。想定していたよりも強い衝撃にたまらず後退する。
そのような状況でデュラハンの思考は疑問で埋め尽くされていた。姿形は自分が獲物とみなしたものと何ら変わらない、なのにも関わらず自慢のブレードを受け止め、さらに隙をついて反撃までしてきた。
……獲物が捕食者に歯向かうなど許してはならない。
瞬間不気味な雄叫びを上げるデュラハン。そしてその身に宿る「怒り」を発散するかのように目の前の存在に襲いかかった。
横一文字にブレードを薙ぎ、相手がそれから逃れるように後ろに下がるのを見ると今度は盾を前に構えて勢いよく押し出す。しかし相手の直剣に軌道がずらされ、体勢が崩れかけたのを補うために苦し紛れに出したブレードでの突きも半身になることで避けられてしまう。不完全な姿勢で突きをくり出したことによって今度こそ崩れた体勢に相手の回し蹴りが直撃することによってまたもや距離が空く。
自分が軽くあしらわれている、そのことに気づくと同時にデュラハンは激しい怒りに襲われた。しかし怒りで震えながらも、戦闘面における思考は冷静で目の前の存在の弱点を看破していた。
ブレードを押し上げられた時と突きをかわされた時、二回も明確な隙があったのにも関わらず相手は手に持っている直剣で反撃せずにどちらも蹴りで対応した。
そこから導き出されることは一つ、目の前の存在は自分の装甲を破れない。所詮ただ避けるのが上手いだけの獲物だ、と内心でデュラハンはほくそ笑む。そして再度雄叫びを上げ、相手に突進を開始した。相手に自分の行動の意図を考えさせるために、あえて無鉄砲に突っ込む。少しでも動きが止まってくれれば良い。自分のスピードを考えるとそれだけでも致命的な隙となるだろう。もし避けられても相手は一つのミスが命取りになる。ただ自分はその瞬間を待てば良いだけだ。デュラハンは勝ちを確信する。
……確かに通常の相手ならこれが最適な戦い方だろう。しかし相手が悪かった。このデュラハンの敗因はただ一つ。
この後に及んでまだ目の前の存在を「獲物」だと勘違いしていたことだ。
突如圧倒的な質量を持って潰そうとしていた獲物の姿が掻き消える。
どこに消えたのか疑問に思い辺りを見渡すと、ちょうど自分の真後ろの位置に直剣を振り抜いた後のような姿勢で固まっていた。何故固まってるのかは分からないが今がチャンスだとブレードを振り上げ──
ふと足元に自分のブレードが落ちているのが目に入る。そこでやっと自身の腕が斬り落とされていることに気づき、明らかに混乱が混ざった声色で叫ぶデュラハン。
「やっと気づいたか。ま、お前はどうせ俺に決定打がないと踏んで無策で突っ込んできたんだろうが、あまりにも浅慮だな」
またもや消える目の前の獲物。その瞬間片足を斬り飛ばされ、たまらず体勢を崩す。
「冥土の土産だ、教えてやるよ。普通の人は多かれ少なかれ体の中にエーテルを持ってる。その量が多ければ多いほどホロウ空間との親和性が高まり、より多くの時間ホロウで活動できる」
攻撃を防ごうとしていた盾を腕ごと斬られる。
「エーテルはどれだけ少ない人でも一は持ってる。だが、これがもしゼロになったとしたら?普通に考えればホロウ空間との親和性が完全にないということだから、ホロウを出入りできず、日常生活にも支障をきたすだろう。」
こちらに向かって獲物──いや狩人が歩いてくる。
「でもそうじゃなかった。エーテルがゼロっていうのはこの世界では矛盾した存在らしい。本来あるべきはずのものがないということだからな。世界は平等を望んでいる、だから失われているものの代わりを与えようとする」
「少し喋りすぎた。じゃあな」
狩人が直剣を構える、それが捕食者から獲物となったデュラハンが見た最後の光景だった。
クロウが家を出てしばらくした後、アキラはビデオ屋に帰ってきていた。
「リン、クロウ、ただいま……ってクロウは?居ないのかい?」
「お姉ちゃん、おかえり!そのクロウのことなんだけど、用事があってまた帰りが遅くなるってさ!」
上機嫌な妹を見ながら姉であるアキラは苦笑をこぼす。
「またかい?あまり遅くなると困るんだけどね。それとリン、やけに機嫌がいいね。僕の記憶だとキミはクロウがいない日はいつもむすっとした顔をしていたと思うんだけど……」
「ふふーん!行く前にクロウとハグしたからね!今日一日ぐらいはギリギリ耐えられるよ!あ、でもやっぱり家に居てくれるのが一番良いから今度お姉ちゃんからもガツンと言ってやってね!」
見たことがないほど機嫌がいい妹にそういうことかと納得しながらも「ハグをした」という部分に
「まぁ、夫の帰りを信じて待つのも良妻賢母の務めだからね」
言外に自分は彼を信じてるけどそっちはどうなの?というマウントを滲ませていた。その言葉を皮切りに室内の空気がどこか澱んだ、それでいて重いものに変わる。
「まーた言ってるよ、まだ付き合ってすらないのに」
リンが呆れたように言う。
「おや、一つ屋根の下で共に暮らしているのだから、もう結婚していると言っても差し支えないんじゃないのかな?」
それに対してどこか狂気を孕んだ瞳でアキラは反論する。
「言っとくけどその本性絶対クロウに見せないでよ。バレて逃げられでもしたらお姉ちゃんのせいだからね」
「心配しなくとも、十分気をつけているさ。……まぁもう逃す気はないけどね」
それきり部屋に沈黙が落ちる。純粋と呼ぶには少し語弊があるものを抱えている二人。もちろん考えている事──正確には人だが──は同じ。
そして当の本人はというと、
「今めっちゃ悪寒がしたな」
風邪かな?と呑気なことを考えている青年はその歪みにまだ気づかない。
補足すると、クロウはエーテルがない代わりに身体能力と五感が超強化されています。それとそもそもエーテルが体の中に存在しないので、どれだけホロウの中にいてもエーテリアス化はしません。要は完全にエーテルから「いないもの」として扱われています。あと持ち前の超感覚でキャロットがなくとも裂け目の位置やホロウから出る方法が分かります。とりあえずクロウは世界のバグみたいな感じです。呪術廻戦の天与呪縛の設定をゼンゼロ世界に合わせて、それを強化したみたいな感じです。
最後らへんのエーテルの親和性うんぬんは全て作者による都合の良い解釈もといオリジナル設定です。