フィジギフオリ主in新エリー都   作:しじみを食べるクジラ

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閑話:兵器は人と成り得るか

敵を殺す。

仲間が死ぬ。

命令される。

敵を殺す。

仲間が死ぬ。

命令される。

敵を殺す。

仲間が死ぬ。

その、繰り返し。

 

それが私——複製体0号『シルバー小隊隊長アンビー』の全てだった。

 

 

 

生まれた瞬間から都合良く使われる駒であり、実験体でもあった。命令には忠実であらねばならない、それがどれだけ納得できないものであったとしても。死ねと言われたら死ななければならない、それが命令とあらば。

そんな環境でも——いやそんな環境だからこそ、同じ境遇の妹達だけは守らなければならないと強く思うようになった。そのために、あえて問題行動を起こした、わざと手を抜いた。あくまでも気づかれない範囲で、命令に背かない範囲で、自分に見所がないと思わせるために。そうでもしないと妹達が処分されてしまうから。

しかしそれにも限界が来る。

 

 

 

 

目の前にいる二人の男女を瞳に映す。

 

「我々の予想通り、今回の作戦で生き残ったのは君だけだ」

 

妹達の苦痛に泣き叫ぶ声、倒れ伏す姿が次々と浮かんでは消えていく。

精一杯守ろうとしてきた。その結果がこれだ。

妹達は一人を除いて全員——

 

「さあ、作戦に出なかった『11号』の処分を」

 

その最後に残った妹さえも処分されようとしている、他ならぬ私の手によって。

……そんなことを、

 

「アンビー、これは命令よ」

 

「0号、命令に背く気か?」

 

そんなことを、するくらいなら。

 

「アンビー!?」

 

自分の得物を首に押し当て、勢いよく滑らせる。

途端に力が抜け、崩れ落ちる体。自分の体のはずなのに私はそれをどこか他人事のように感じていた。

 

「くだらん……従順ではない機械に存在価値はない」

 

「11号が未処分で良かった」

 

「彼女を残す……この欠陥品はどこか適当に捨てておけ」

 

あぁ、良かった。妹は——ハリンは助かるのね。

 

それを最後に私の意識は闇へと飲み込まれた。

 

 

 

 

「……目が覚めたか」

 

知らない男の声でまどろんでいた意識が急速に浮上していく。

 

「ここは……?」

 

所々剥げている、粗末なソファから身を起こす。

辺りを見渡すと生気を失ったようなビルが建ち並んでいるのが見えた。どこからか不気味な唸り声のようなものも聞こえてくる。気づけば私は見知らぬ場所にいた。……いや周りの環境を見るに……

 

「ホロウの、中……?」

 

「正解だ、と言ってもここはエーテルの流れが安定しているから安全だがな」

 

そう答える男に疑問に思っていた事を質問する。

 

「あなたは、誰?」

 

「俺か?俺は絶影だ」

 

それが私の運命の相手——絶影との出会いだった。

 

 

 

「つまりホロウ内で倒れていた私をあなたがここまで運んできた、そういうことね?」

 

「そうだ。ついでに首の傷の応急処置もしておいた」

 

「……感謝するわ」

 

首に巻かれている包帯に手をやりながら対面のソファに座る絶影を、あらためて観察する。座っていても分かる身長の高さ、多分私よりも頭一つ分は大きい。顔はフードに隠れていてよく見えないが、血のように赤い瞳が爛爛と輝いているのだけは見える。体型も着ているロングコートによって隠されているが、筋肉質なつくりをしている事は容易に分かった。何よりもその圧倒的な存在感。今だって殺気を向けられているわけでもないのに肌が総毛立つのを感じて——

 

「あまり見られると困るんだが」

 

「……ごめんなさい」

 

一応、バレないように見ていたはずなのだけれど……どうやら感覚が鋭いらしい。考えを巡らせていると絶影が質問をしてきた。

 

「それでどうしてホロウ内で倒れていたんだ?」

 

「それは……」

 

言葉に詰まる。当たり前に説明できると思っていたことが、できない。何故か、自分の過去の記憶だけが抜け落ちてしまっている。

ただ一つ、「守る」

その言葉だけが頭に残っている。この言葉に何の意味があるのか今はまだ分からない。

 

「別に無理に話せとは言わない……そういえば名前を聞いていなかったな。名前は覚えているか」

 

      ——アンビー隊長!——

 

突然、どこか懐かしい声が頭に響く。だけど、声の主が誰なのかは思い出せない。

 

「私は、アンビーよ」

 

「アンビー。いい名前だな。それで?アンビー、お前はこれからどうしたい」

 

「どうしたいって……」

 

淡々と語る絶影を見つめる。

 

「外に出たいのなら連れて行ってやる。やるべき事があるのなら手伝ってやる。どうせ乗りかかった船だしな」

 

今のところ覚えているのは自分の名前だけだ。だから外に行ってもどうしようもないし、ましてや、やるべき事なんてない。

だから——

 

「あなたに着いていきたい」

 

気づけばそう口にしていた。

 

「……おいおい、まだ話して数分だぞ?信用するには早いんじゃないか?」

 

「でもあなたは倒れていた私を見捨てなかった。それに傷の手当てまで。信用するには十分だと思うけど」

 

「あー……この際だから言うが、俺はホロウレイダーだ。依頼を受けてエーテリアスを狩ることもあるから、常に危険が付きまとう。そしてこれが一番大事なんだが、現在俺は宿無しだ。だからこんな所で寝泊まりしている。これらのことからアンビー。お前は俺に着いてくるより外に出た方が絶対マシだと思うぞ」

 

何ならあのおっさんに相談してみるか……と、何やら一人で考え込む絶影。

 

「ふふっ」

 

「うん?何か面白いことでもあったか?」

 

私はというと自信満々に「自分に着いてくるな」と言う絶影が何だかおかしくて、少し笑ってしまった。こんなことは初めてだった。ただ行きがかりで助けただけの私をこんなに心配し、尊重しようとしてくれるなんて。()()()では私達が尊重されることなんて無くて……あれ?私は今何を——

 

「おい、大丈夫か」

 

声に反応してそちらの方向を向けば絶影が至近距離で私の顔を覗き込んでいた。紅く濁った、しかし何故か綺麗と感じる瞳に絡め取られていくような。そんな、錯覚を覚える。

 

「っ!……ごめんなさい。大丈夫よ」

 

「そうか、いきなり反応がなくなって心配したが大丈夫ならいい」

 

そう言って元々座っていたソファに戻る絶影。

 

「話を戻すが、アンビー。お前はどうしたい?」

 

「私の意見は変わらない。あなたに着いていきたい、ただそれだけよ」

 

「……何度も言うが、必ず危険が伴うぞ。俺の知り合いに頼りになるおっさんがいてな。その人に言えば仕事の一つぐらいは用意してくれると思う。俺としてはそういう真っ当な道を選んでくれた方が嬉しいんだが」

 

「心配してくれてありがとう。それでも私はあなたに着いていくと決めたから……それでこれは?」

 

そこで側に置いてある双刀に目を向ける。

 

「あぁ、それは近くに捨てられていてな。お前のかと思って、ついでに拾っておいた」

 

何かに誘われるように二振りの内の一つを握る。その瞬間形を持たない()()が私の中を駆け巡る、そんな感覚がした。しかし、その輪郭を確かめようとしても既に消えてしまっていた。

 

「……それはいいのだけれど、何で私の近くに置いたの?」

 

「何でって……目が覚めて知らない奴が目の前に居たら警戒するだろ?だから武器が手に届く範囲にあったら、少しは安心できると思っただけだ」

 

「……自分が逆に襲われる可能性もあるのに?」

 

「まぁ、その時はその時だ」

 

事もなげに言う絶影を見て、この人は少し抜けているんじゃないかと心配になる。

 

「やっぱり私はあなたに着いていく。今、その決意がより強固なものとなったわ」

 

「わかったわかった。そこまで決意が固いならもう何も言わない。ただし……」

 

「足、引っ張るなよ?」

 

その瞬間、果てしない闇が自分を包み込んだような気がした。何故絶影が襲われる危険があるのにも関わらず私の近くに武器を置いたのか。答えは単純、私一人が何かしたところで彼にとっては何の障害にもならないからだ。

 

「当然よ」

 

「ならいい」

 

そうして、私と絶影の不思議な共同生活が始まった。

 

 

 

 

 

大小、様々なエーテリアスに囲まれる絶影。その中には要警戒エーテリアスであるタナトスの姿もあった。()()のホロウレイダーなら絶望的な状況。

やがて痺れを切らしたのかその中の一体が絶影に襲いかかる。

右腕がない代わりに左腕がブレードとなっているエーテリアス、通称ティルヴィングの横薙ぎの一閃。それが触れる寸前で絶影の輪郭がブレる。

そして次の瞬間にはティルヴィングの背後を取っていた。突然目の前にいた相手が消えて困惑するティルヴィング、どこに行ったのか探すために体を動かした所で——その体が真っ二つに割れた。さながら薪割りの薪のように。

数秒後、何事かと固まっていたエーテリアス達はようやく仲間を斬られた事に気づき、仇を取らんと全員で一斉に攻撃を開始する。しかし絶影は並外れた速さでもって、その全てを避け、時にはカウンターも混ぜながら一体ずつ処理していく。あっという間に周りのエーテリアスは片付いていき、残るはタナトスだけとなった。タナトスは次々と仲間を斬っていった絶影に少しの恐怖を抱きながらも、自分の必殺の一撃を叩き込むべく、マントを翻す。その瞬間消えるタナトスの体。そして絶影の背後に移動し、最初にやられた仲間と同じように一刀両断してやろうとブレードを振り上げる。しかしいくら力を込めても、ブレードを振り下ろせない。それどころか徐々に視界がずれていく。

最後までタナトスは自身が斬られた事に気が付かなかった。

 

 

 

 

 

私はタナトスの首が落ち、体ごと塵に変わるのを確認すると絶影の元へ行く。

 

「おつかれさま」

 

「あぁ」

 

奇妙な共同生活が始まってはや二週間。絶影は私が何か思い出すかもしれないから戦闘を見学させて欲しいと無理を言った所、『絶対に安全な場所にいる』という約束を守るなら見学してもいいと言ってくれた。なのでこうして絶影の戦いを見て何か閃く事がないか探しているのだ。

 

「この後はどうするの?」

 

「そうだな……まずは依頼の達成を報告しに行く。それが終わったら、飯でも調達してくるかな」

 

「ハンバーガー?」

 

思わずそう聞いてしまう。

 

「この前食べたばかりだろ?食べ過ぎは健康に悪いぞ」

 

「いや、そんな事ないわ。だってハンバーガーは完成された食べ物なんだから」

 

「そのハンバーガーに対する謎の信頼は何なんだ……まぁいい、今日も留守番頼むぞ」

 

言い終わると同時に絶影はあっという間に消えてしまう。毎度の事ながら、その身体能力の高さには驚かされる。その残像すらも目で追えたためしがない。本人曰く「少し特殊な体質なだけ」らしいのだが、それにしたって常軌を逸している。戦闘中、相手のエーテリアスが可哀想に思えてくるほどだ。

しかし……何と言うか、その反面と言うべきか、絶影には少し抜けている所がある。この短期間でもそれが分かる出来事を多く経験した。具体的には、腐りかけの生肉を平然と食べようとしたり、私の分のハンバーガーを買ってきたと思ったら、自分の分の食事を買い忘れていたり、などなど。何気ない会話の中で、ズレていると感じる事もある。

けれど私はあまり気にならなかった。何故かというと彼には確かな『暖かさ』があるからだ。普段の生活の中では私に足りない物や何か不満に思っている事がないかをよく聞いてくれるし、私の好物がハンバーガーだと分かってからは定期的に買ってきてくれるようになった。そんな少し不器用な気遣いを受ける度に心が暖かくなって、幸せな気持ちになる。まるでどこまでも沈むベットに身を委ねているかのような、そんな気持ちに。

一度与えられるばかりでは申し訳ないと、何かして欲しい事はないかと聞いたが、それも断られてしまった。だけどいつかは返さなくてはならないと思っている。

この予想よりも穏やかな絶影との生活を私は気に入っていた。彼と話していると心が安らぐし、このままずっと一緒にいたいとさえ思っていた。

しかしその生活も唐突に終わりを告げる。

 

 

 

その日は私はいつも通り絶影が戦う姿を見ていた。

といっても今日は苦戦するような敵は現れなかったらしく、ものの数分で決着がついていた。

私は全ての敵を倒した絶影の元へ向かおうと身を潜めていた物陰から出る。

……この時の私は絶影という絶対的な強者が普段から近くにいた事で忘れてしまっていた。ここが生と死の狭間であるホロウ、その中でもとりわけ危険な零号ホロウだという事を。一瞬の油断でも常人にとっては命取りになるという事を。

頭に鈍い衝撃が走る、途端に朦朧とする意識。倒れそうになるのを何とか堪えて後ろを振り返れば、鉄の棒のような物を持ったエーテリアスの姿が霞む視界に映る。それがもう一度得物を振り上げ、こちらの頭目掛けて勢い良く振り落とそうとして——次の瞬間、振り上げていた得物ごと腕が消える。否、斬られる。エーテリアスは混乱する暇もなく、背後から胸を刺し貫かれ、その生に幕を閉じた。

 

「大丈夫か!?」

 

たった今私を助けてくれた絶影が大声で聞いてくる。

彼がこんなに取り乱している姿なんて初めてみた。

 

「大丈夫、よ…少し頭が…痛い……だ、け」

 

その言葉を最後に私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

目が覚めると私はまたあのソファに寝かせられていた。掛けられていた毛布を横にやりながら身を起こす。

すると、

 

「起きたか!調子はどうだ?」

 

ソファのすぐ側にいた絶影が質問してきた。

 

「まだ頭が少し痛むけど、他は何ともないわ」

 

「それなら良かった……いや、違うな。すまないアンビー、お前を危険に晒してしまった。完全に俺の落ち度だ、本当にすまなかった」

 

そう言って、頭を下げてくる絶影。

 

「あなたは何も悪くない。むしろ周囲の警戒を怠った私の責任よ。それにあなたは最初に言った、常に危険が付きまとう、と。元より覚悟はしていたわ」

 

「だから、謝らないで。罪悪感を感じないで」

 

「……分かった」

 

渋々ながらも、絶影は納得してくれたようだ。

 

「それでいい——っ!」

 

突如頭に割れるような痛みが走り、その耐え難い痛みと共に頭の中に()()が流れ込んでくる。

シルバー小隊……妹達……命令……兵士としての戦い方……そして自害。

まさしくそれは私が今まで忘れていた過去の記憶であった。時間にして数十秒、体感としては何時間も私は記憶の奔流に飲まれまいと抵抗していた。

 

「アンビー?」

 

固まっている私を疑問に思ったのか絶影が呼びかけてくる。

 

「……少しボーッとしてただけよ。何も問題ないわ」

 

「そうか……」

 

全て思い出した。そして分かった、私がすべき事も。

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜、ホロウ内も闇に包まれている時間。私は寝ている絶影を起こさないように、静かに起き上がった。そしてここに来て以来、ずっと放置されていた双刀を手に取る。最初は分からなかったが今なら分かる、これが私の得物だと。そして私は夜のホロウへと歩み出した。

 

 

 

私のすべき事、それは端的に言うと『兵器としての役目を全うする事』だ。過去の私は命令に従う事しか出来ない人形。守りたかった妹達すら一人を除いて死なせてしまった、どうしようもない存在だ。

そんな存在がのうのうと生きるなんてあってはならない、ましてや幸福を感じるなど言語道断。散っていった妹達と同じように少しでもエーテリアスを殺して死ぬべきだ。

 

 

策もなく突進してきたエーテリアスを双刀を巧みに使い、細切れにする。

息をつく暇もなく襲いかかってきた次のエーテリアスも、同じ末路を辿らせた。久しぶりに戦闘をしているはずなのに勘は冴え渡り、動きにもキレがあると感じる。しかし絶影には遠く及ばない。彼なら一呼吸の間に五体は敵を斬っているだろうから。

 

「まだ、足りない」

 

無意識のうちに言葉が漏れる。

もっと速く、もっと深く、ひたすら思考し、動きを近づける。気づけば周りに敵は居なくなり、どこにいるのかさえも分からなくなっていた。

こうなればもう後戻りは出来ない。私は絶影と違ってキャロットが無ければホロウ内の空間を移動できないし、当然ながらここにプロキシなどの導いてくれる存在もいない。そう考えている間にもどこからともなく湧いた、エーテリアスが襲いかかってきていた。それを認識すると同時に私は駆け出す。

 

 

 

 

しばらくエーテリアスと戦っていると不意に空気が重くなるのを感じる。

それに怯えたのか、次々に逃げていく周りのエーテリアス達。そうして辺りが静寂に包まれた後に()()は現れた。

それは数多の小型エーテリアス、ホーネットを従え、ゆっくりとこちらに近づいてくる。どこか女性らしさを感じさせる体つきに開花した花を思わせる頭。

相利共生型エーテリアス群・コード:ニネヴェ——

零号ホロウの厄災とも言うべきエーテリアスがそこに居た。

 

「でも、ここは零号ホロウの中でも浅瀬のはず……」

 

その存在を前にして、半ば現実逃避気味に呟く。

自分でも知らない間に深層に来てしまったのだろうか、確かに何度か裂け目を通ったからその可能性はあるが……いやそんな事はどうでもいい。目の前には超級エーテリアス。討伐は不可能、足止めにすらならず、一瞬の内に殺されるだろう。こんな、ろくに価値のない自分にぴったりな最後だ。

 

「シルバー小隊隊長、アンビー」

 

双刀を構える。

 

「最後の任務を、開始する!」

 

その言葉が皮切りになったのかは分からないが、ニネヴェの周りに居たホーネットが一斉に飛びかかってくる。それらを迎え撃つべく、私は最高速度をもって、群れの中に突っ込んだ。

 

 

 

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。斬り捨てたホーネットの数が四十を超えた辺りから数えるのをやめた。腕がもう上がらないと悲鳴をあげている。脚がもう動きたくないと痙攣している。それでも戦う事をやめない。その程度で動けなくなるような甘い経験は積んでいない。しかしどれだけ覚悟を決めていても、肉体の方は無慈悲にも動きが鈍くなりつつある。徐々に受ける傷が増えていく、避けきれず体勢を崩しかける事が増えていく。遂には右腿にホーネットの鋭い突きが直撃し、膝をついてしまった。

 

「ッ!」

 

頭の中でキーンと鳴り響いている音と、自分の荒い息遣いだけが聞こえる。それでも視線は遭遇した時から何をするでもなくただこちらを観察しているニネヴェから外さなかった。

やがてニネヴェは観察に飽きたのかこちらに向かってゆっくり近づいてくる。ご丁寧に周りのホーネットに手出しさせないようにまでさせて。自分で引導を渡す気なのだろう。ニネヴェとの距離が縮まる度に濃くなるエーテルの瘴気と死の匂い。

……けれど私はこの瞬間を待っていた。

ニネヴェが油断する、その瞬間を。

私に向かって腕が伸ばされる。その手が触れる寸前に痛みを堪えて立ち上がり、バックステップで距離を取る。そして双刀を二つ重ね合わせ、上段に構えた。突然の事に一瞬固まるニネヴェ。

しかし、その一瞬で十分だ。想像するのは絶影がエーテリアスとの戦いで一度だけ放った斬撃。それは刃の軌跡すら見えなかった。次の瞬間には周りのエーテリアスが全て斬られていた。それを模倣する。

 

「ハァァァァァァ!」

 

自分でも上げた事のないくらいの雄叫びを上げる。

自分一人でこの災害を追い払う事なんて不可能だ。

それでも、かすり傷の一つくらいは負わせてみせる!

上段に構えていた双刀を全身全霊で振り下ろす。

——瞬間光が瞬く。間違いなく過去最高の一撃がニネヴェに直撃し、すぐ近くにいたホーネットも数体消し飛んだ。

 

しかし、斬撃の余波で舞った砂埃が晴れると——

そこには傷一つ付いていないニネヴェの姿があった。取るに足らない矮小な存在に抵抗された事が気に食わなかったのであろうか、エーテリアス特有の不気味な叫び声を上げるニネヴェ。それと同時にこちらを囲むように飛んでいたホーネットが一斉に襲いかかってくる。

……避けなければならないのに体が上手く動かない。それに加え、意識も朦朧としてきた。

やっぱり私は

 

「絶影……あなたのようにはなれない」

 

「いや、上出来だったさ」

 

ここにいるはずのない人の声に思わず顔を上げる。それと同時に襲いかかってきたホーネットが全て真っ二つに両断された。

 

「どう、して」

 

「話しは後だ。まずはあのデカブツを片付ける……

後は任せろ」

 

絶影に頭を、優しく撫でられる。視界が滲み、頬を何かが伝う。そこでやっと自分が泣いている事に気づいた。

彼がゆっくりとニネヴェに近づいていく。ニネヴェは本能的に危険を察知したのか半ば衝動的に、その人一人程度なら簡単に潰せるであろう手を絶影に叩きつけた。地面に亀裂が入り、衝撃波が巻き起こる。

 

「おいおい、その程度か?」

 

辺りに舞った砂埃を払うような一閃。それは私がかすり傷一つ負わせられなかったニネヴェの腕を、容易く両断した。

そこからは一方的だった。ニネヴェの攻撃全てを避け、的確にカウンターを入れていく絶影。自分の体をエーテルで補強したのか体を両断される事はなかったが、それでも徐々に傷が増えていくニネヴェ。最終的にニネヴェは絶影に勝てないと判断したのか、自分の体で生産される高濃度なエーテルを使って小規模な爆発のようなものを起こし、その煙幕に隠れるようにして逃げて行った。その一連の流れを私はまるで映画でも見るかのようにぼんやりと眺めていた。

 

「チッ…まぁ無理に追わなくてもいいか…それより」

 

絶影がこちらに向かって歩いて来る。私はというと、下を向くことしかできない。当然だ、彼にはこれ以上ないほどに迷惑をかけてしまったのだから。そんな私を彼は——

 

「無事で本当に良かった」

 

「へっ?」

 

優しく抱きしめた。数秒後、止まっていた思考がやっと動き始める。

 

「……どうして」

 

「うん?」

 

「どうして私なんかを助けてくれたの!?私には何の価値もないのに!」

 

そのまま堰を切ったように自分の過去を叫ぶ。自分は戦いのための兵器であること、命令に従うことしか出来ないこと、そして自分の命に変えても守るべきだった妹達の事。それら全てを嗚咽混じりに絶影にぶつける。

 

「……そうか、分かった」

 

「なら——」

 

「それでもお前はお前だ」

 

「命令に従う事しかできない?いや違う。俺の知っているアンビーは、ハンバーガー好きで少し変わった所があるだけの、ただの少女だ。決して戦うための兵器なんかじゃない」

 

「お前は妹達を守れなかった事ばかり気にしているが、大事なのはそこじゃない。守るのではなく、守ろうとしたかどうかが大切なんだ。お前は最後に残った妹を守るために自害までした。それだけで十分だ」

 

いつの間にか夜が明けてきている。

 

「生きろ、アンビー。好きな物食って、やりたい事をやれ。誰が何と言おうとお前は人だ。人なら人らしく最後まで生き足掻け」

 

「……あなたは、私が人だと思ってくれているの?」

 

そこで一度絶影は抱きしめていた腕の力を緩め、私の顔を真正面から見る。いつの間にか彼がいつも被っているフードは外れていた。

 

「当たり前だ、お前は俺の」

 

   ———大切な人だからな———

 

私はその時の彼のはにかんだような笑顔を生涯忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「感じるわ……この辺にお宝が……」

 

「えっと……まさか、この子が……?」

 

意識が急速に浮上していく。薄目を開けるとそこには知らない女性がいた。

どうして私はこんな所に……

そこまで考えて、勢い良く飛び起きる。そうだ、私は絶影に気づかれないようにホロウで自死しようとして……ふと痛みを感じて右腿を見ると、真新しい包帯が巻かれており、少し血が滲んでいた。

 

「えっと……大丈夫かしら?」

 

女性が問いかけてくる。

 

「……ええ、大丈夫よ。質問したいのだけれど、あなたは何者?それにどうしてここにいるの?」

 

肌がひりつき、少し体に圧迫感も感じる。ここはまだホロウの中だ。エーテリアスが湧いていない事からエーテルの流れは安定しているようだが。

 

「あーコホン!あたしは何でも屋、邪兎屋の社長ニコ・デマラ!インターノット上でここら辺に『お宝』があるって言う噂が出回っていたから、遥々ここまでやって来たというわけよ」

 

「……そう。また質問なのだけれど、ここにくる途中黒いロングコートを着て、フードを目深に被っている人を見なかったかしら」

 

「あー!いたわよ!ここら辺を歩いていたら、そいつが目に入ってね。それで『こいつもお宝を狙っているかも』と思って、あわよくば横取りするために——

コホン!と、とにかく、そいつを追っていたらあなたを見つけたってわけ」

 

やっぱりここに私を置いて行ったのは絶影で間違いない。何でそんな事をしたのか。私が嫌いだから?たくさん迷惑をかけたから?それとも飽きたから?それとも——

あぁ、考えるのはもうやめよう。

 

「ニコ。私も邪兎屋で働きたい」

 

「本当!?よーし、それじゃ早速帰って面接をするわよ!」

 

日の当たる道を歩く。

あなたが何で私と離れる道を選んだのか、それは今でも分からない。

それでもあなたが「生きろ」と言ってくれたから、私の事を大切な()だと言ってくれたから、私は歩き続けられる。

 

いつかあなたに全てを捧げたい。私の体も心も全て。それだけのものをあなたは私に与えてくれた。あなたに一生をかけても返しきれないくらいの幸せを貰った。だから次会った時は、

 

「もう絶対に離さない」

 

「うん?何か言った?」

 

「いえ、何でもないわ」

 

私は人として初めて、ホロウを出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに主人公君がアンビーをホロウに放置した理由何ですが、単純です。


俺が遅れたせいでまたアンビーが傷ついてしまった……
     ↓
もう俺から離れた方が絶対幸せだな。
     ↓
うん?なになにインターノット上でお宝の噂が!?
     ↓
とりあえずお宝があると言われている所に来たンゴ。アンビーは安全な場所に置いといて……
     ↓
後はお宝を探しに来た人にアンビーを上手い具合に引き取って貰えれば……おっ、あのピンク髪の女性とか良いんじゃないか?「お宝……お宝……」って言ってるし、俺の勘があの人は大丈夫だと言っている!よっしゃ後は誘導するだけやで!


 
みたいな極めて短絡的な思考によるものです。
お前ニネヴェと戦ってる時らへんはかっこよかったのに……それと前話にも書いた通り、主人公君はこの事を全く覚えていません。正直ドン引きです。ていうか書いてる途中に殺意が湧いてきました。
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