CHERNOLOGUE   作:あるぺす

5 / 5
大好き!


#5 BEYOND STRENGTH

 

 

《……ワタシ()の娘を、止めてくれ》

 

 

姿形こそ3頭身のキャラクターだが、その声には確かに人としての、

父親としての切実な感情が込められていた。M.O.N.O.の嘆願を聞いた真名巳は

肩に垂れた髪を払いつつ、その神妙な声とは不釣り合いなラフな表情と口調で、

 

 

 

「……だってよ。どう思う? 火零」

 

 

 

と、右隣に立つ火零にそう水を向けた。

彼は眼鏡の位置を直しながらM.O.N.O.をしばらく見つめてから視線を外し、

 

 

 

「少なくとも、嘘はついていないかと。まぁそもそも……

わざわざお父上直々の依頼を受けずとも、私たちの第一目標は彼女を止めることです。

ここは……」

 

 

 

顔を上げて真名巳に向き直り、短く告げた。

 

「……手を取るべきでしょう。もし彼の話が嘘だったとしても、その時はその時だ。

私たちのやるべきことは変わらない」

 

「だよな」という風に真名巳が頷き、他の皆を振り返る。

正直なところ異論も疑心もないわけではないが、

それを今この場で口にすることが得策でないことは皆、内心で心得ていた。

 

 

 

《——ありがとう》

 

 

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

量子AI、アルターエゴ、世界規模の被害が出るというメイルの企て。

今の真名巳たちに、この短時間で開陳された情報群の仔細をM.O.N.O.に

問いただしている暇はない。それらは全てメイルの凶行を止め、

本人の口から直接聞き出せば済む話だ。不確かな情報に頭を悩ませることも、

謎を解き明かすために奔走する必要もない。8人は手始めに——

 

 

「これでいいのか?」

 

《あぁ。これで、視聴者連中は君達に干渉する手立てを失ったわけだ》

 

床に突き立てたマチェーテに体重を預けながら問うフラウに、

彼が小脇に抱えるタブレット端末に移動したM.O.N.O.が答える。

2人が落とす視線の先には、バラバラに破壊されたスマートフォンの残骸。

事をスムーズに進めるにあたり、先ほどのような“特典(ノイズ)”の乱入は避けたい。

SIMカードだけは各々で取り出した上で、

フラウが全員分のスマートフォンをマチェーテによる殴打と斬撃によって破壊し、

懸念事項はまずひとつ、解消された。

 

「こんな簡単な抜け道放置してるあたり、メイルって意外と抜けてるとこあるのかもな……」

 

自身で大枚をはたいて買った最新型のスマートフォンの亡骸を

手の中で転がしつつ呟いた煤波羅に、双子が反応する。

 

「あー……昔から割とそいうとこあるかも。ね、フラウ」

 

「……えぇ。ご自身の中で優先順位が高くない物事に対しては特に——」

 

わずかに持ち上げられた口角が次第に下がり、フラウの視線が床へと落ちる。

ややあって、瞬きと共に顔を上げた。

 

 

 

「——メイル様にとって“視聴者”の存在は、そこまで大きなものではない……?」

 

 

 

視線はそのまま、天井に備え付けられた監視カメラへ。

無機質なレンズのその先を、あるいはそこに映る自分自身を見据えるように目を細め、

 

「いや……今はいいか」

 

瞼を閉じて思考を中断する。

場外からの声を遮断することで、盤面は整えられた。あとは——

 

………………

 

…………

 

……

 

 

23時38分

 

 

約20分の話し合いを経て、8人それぞれの行動方針と大枠での作戦内容は確定した。

照明の落とされた4階ゲームセンターを仮の拠点とし、

ずらりと並ぶアーケードゲームの筐体を中心に、真名巳たちが思い思いの位置に陣取る。

 

 

 

「M.O.N.O.。出してくれ」

 

 

 

スロットマシンの前に設られた回転椅子に腰掛けた真名巳の声に応えるように、

彼女たちの視線の先に並ぶアーケードゲームの筐体が起動する。

その大きな画面の中に現れたのは、

 

「…………やはり、拮抗状態」

 

監視カメラを通して映し出された、1階フロアで交戦中のメイルと夏生の姿。

雨頭目が漏らした声の通り、2人は未だ大きな負傷も出血もないまま、

広い空間をフルに使った大立ち回りを演じていた。

画面越しに見るその横顔に疲弊の色はなく——

 

 

同刻-Shinjuku Peaks 1階フロア

 

 

「そろそろバテてきたんじゃねぇの? メイル」

 

「心配すんな星介。お前ほどスタミナ管理は下手じゃないさ」

 

台風にでも巻き込まれたかのように荒れ果てた雑貨店の店内中央、

冬の新作である大きなダイニングテーブルを挟む形で、両者の睨み合いが続く。

二人の耳に入るのは、ここまでの交戦の余波を受けダメージが蓄積していた

華奢なペンダントライトがキィキィと軋む音。

 

 

やがてライトは支持力を失い天井から離れ、床に落下し砕け散った。

その耳障りな音を上書きするほどの衝撃音と共に——

メイルと夏生、両名の足が同じタイミングで離床する。

1階フロアでの先峰戦は、ようやく折り返しといったところ。

30分以上の継戦を続けてもなお上昇し続けるボルテージと共に2人は雑貨店を飛び出し、

 

「…………」

 

「———」

 

戦闘状況は、第二陣へと移行する。

 

 

23時47分

 

 

「…………」

 

モニターの向こうで繰り広げられる、

文字通り“次元の違う”戦いの光景に、その正面に陣取ったフラウは前のめりの姿勢で

口元を手で覆いつつ、眉間にしわを寄せていた。

 

「夏生がバケモンなのは知ってたけど、

メイルはなんであいつとまともにやり合えてるんだよ……」

 

隣に座る煤波羅のやや引き気味の声に、

 

「……確かメイルちゃん、ちっさい頃から本格的な訓練受けてたとか言ってなかったっけ」

 

その後ろに立つ般若間が返す。そこにアイルが「あー……」と重ね、

 

「なんせ、兵器の開発と製造が十八番の会社やってる家の生まれだからね。

“武器を正しく知って扱うためにはまず身体から”って……

本当に小さい頃から、軍のお兄さんたちから直接叩きこまれてたらしいよ」

 

そう語る寂しげな横顔から視線をモニターに戻し、雨頭目が話を戻す。

 

「しかしいくら経験豊富とはいえ、あれだけの対格差があれば普通は——」

 

「いや」と、彼の膝の上で撫切。

 

「前にメイル……ちゃんが話してた。夏生くんは確かに強いけど、

あれは“格闘家としての”強さであって、

彼女みたいな、本気で殺そうとしてくるような相手とは、相性が悪い……って」

 

撫切の記憶の中のメイルが語るには、

夏生は頭の中で戦術を組み立てながら戦う、その粗暴さの裏に確かなロジックがあるタイプ。

対してメイルは常に相手の急所を狙い、

場当たり的なアドリブも交えてまっすぐに命を狙いに来る、

双子曰く“一番相手にしたくないタイプ”。

 

「……なるほど。あくまで彼女を“止めようとしている”星介と、

そもそも彼を……いや、私たち全員を“殺そうとしている”メイルさんとでは、

力の入り方がまるで違う、と」

 

火零の分析に、般若間が焦りの色を見せる。

 

「え、じゃあしょうくんは、無意識で自分にリミッターくっ付けながら戦ってるってこと!?」

 

真名巳が頷き、モニターを見つめる目を細める。

 

「あぁ。本気を出して戦えば、マジにメイルを殺しかねない。

そうなれば、本人から話を聞けなくなっちまうだろってのを、

きっとあいつは分かってるんだ」

 

そのせいで決定打を撃ち込めずもつれ込んだ結果が、この長期戦。

本人は余裕ぶっていたが、おそらく先にスタミナが尽きるのは——

 

「…………」

 

一同が息を呑んで見守る中、夏生の挙動はその懸念に反してさらに機動力を増し、

 

「あいつ、何を——」

 

思わず口調の砕けた火零が、フラウの座る椅子の背もたれを揺らして前に出た。

 

 

23時48分

 

 

ドドウ——ッと、夏生の右拳と左の掌底、

通常よりも数段重い二連撃が、わずかに隙を見せたメイルの横腹を捉える。

 

「つッ——」

 

形勢が自身に傾きつつあることを確信し始めた中でギアを上げてきた彼に対し、

メイルの顔から一瞬、余裕の色が失せた。思わず閉じた瞼を開けた時には既に夏生の姿は

眼前から消えており、その気配を察知するより先に、鋭い痛みが到来する。

 

「ッ!!」

 

殴り抜いた掌底の推進力に乗りメイルの背後に回った彼はキュキュ——と

小さな半径で踵を返し、振り上げた左脚を鎌のようにもたげ、

その踵をがら空きになった背中——第八胸椎の位置を正確に捉えて突き立てていた。

鈍い音と共に彼女の体幹がぐらりと揺れ、

 

「……ッあぁ!!」

 

その背を支点に離床した右足で追撃を入れ、

雑貨店の対面にあるクッキングスタジオの壁面へと蹴り飛ばした。

 

 

「——ッ……ハァ、あぁ……」

 

頑強な壁は猛スピードで衝突してきたメイルの頭蓋を大きく揺らし、

曖昧になった平衡感覚は彼女の思考をも鈍らせる。“作戦”が上手くいったことを確認した

夏生は肺の中の空気をすべて吐き出すかのような勢いで咳き込むと、

 

「……ケッホ! ぐ、あぁ……ッハァ……」

 

足元に転がっていた350mlのペットボトルに入った水を飲み干し、

親指で口元を拭いつつ、ようやく立ち上がったメイルに向け言い放った。

 

「誰がスタミナ管理下手くそだってぇ? 絶好調だよこの野郎」

 

「……ハッ。やせ我慢が」

 

夏生の攻撃に発生した、瞬間的な威力の上昇。恐らく種は——

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

『……ハッ。やせ我慢が』

 

 

画面の向こうでそう口角を上げるメイル同様、彼もまた気付いていた。

 

「——バルサルバ法、か?」

 

雨頭目が怪訝な顔でそう呟く。「ばる……なに?」と首を傾げる般若間。

彼は手振りを交え、今夏生が何をしていたのか、他の皆にも向け考察を交えて説明し始めた。

 

 

「バルサルバ法は本来、ウェイトリフティングなどの競技で、

大きく息を吸い込んでから呼吸を止めることで、

腹腔内圧を高めて体幹を安定させるために使われる技術です。

彼がやっているのは、その応用でしょう」

 

推し量るに、夏生は拳打や蹴りのミートの瞬間にタイミングを合わせて

一瞬息を止めることで拳や脚の筋力を瞬間的に底上げし、

“量より質”の攻撃に転じることでスタミナのロスを抑える腹積もりなのだろう。

しかし当然ながら、本来は静的な状況下で用いられることの多いバルサルバ法を

今回のような熾烈極まる交戦の中で濫用することは、

突発的な高血圧やそれによる失神のリスクを常に抱えることになる、綱渡り的な戦術。

夏生はそれを織り込み済みで、いち早くメイルを止めるためにこの策を採用したのだろうが、

 

 

 

「——大丈夫なのか? 続けて……」

 

 

 

小さく呟く雨頭目の視線の先では、

 

 

『…………』

 

壁に叩き付けられたことによるこの戦い初めての出血が、

メイルの左目を伝い頬へと流れていた。

 

 

「メイルちゃん……」

 

その姿に不安げな眼差しを向けそうこぼすアイルの表情は、

メイルが確かに敵であることを理解しながらも、

しかし割り切ることのできない、錯雑した色に染まっていた。

画面上に映る彼女の血の赤を吸った影が、その大きな瞳に落ちる。

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

23時55分

 

 

そんな彼女の感傷をよそに、状況はさらに苛烈さを増していく。

 

 

白く磨かれた広いクッキングスタジオに舞台を移し、2人の睨み合いは続いていた。

腰を落として右手を伸ばし、一定の間合いを保ったまま出方を窺う夏生に対し、

メイルは後ろ手を組んで余裕綽々、

軽い足取りで髪を揺らしながら彼との距離を少しづつ詰めていく。

 

やがて彼女もまた姿勢を低くして両者の視線の高さが揃い、

夏生の右手中指の先に、メイルの吐息が微かに熱を与えるほどの距離まで接近。

壁掛け時計の長針が“11”の文字盤に重なると同時に、

ピンと張りつめた空気を内から突き破り、2人の“規格外”が動き出す。

 

 

初撃は夏生の右ストレート。上手く合わせたメイルの回し蹴りとの

クロスカウンターの形になるが、頬をかすめた脚を空いていた夏生の左手がホールドし、

メイルの体勢が大きく崩れる。しかしすぐに床を蹴って立て直し、

 

「ん」

 

彼女は長い両脚で夏生の胸郭を締め上げるように取り付くと、

反応の遅れた彼の脳天に肘鉄を——

 

「……っぶね!!」

 

叩き込むことは叶わず、夏生はメイルの両脚を抱えるようにして身体を大きく回旋。

講師がデモンストレーションを行う、スタジオ前方のアイランドキッチンに向けて

投げ飛ばそうとするが、投げ出されかけた彼女は手近な所にあった生徒用の

キッチンの角を引き掴んだ。急な回転の停止に即応できなかった夏生の足が宙に浮き、

この機を逃さず、メイルはキッチンの角を掴んだ手を支点として腰を大きく捻り

遠心力に乗せ、両脚を放して夏生の巨躯を逆に投げ飛ばして見せた。

 

巴投げに近い形で吹き飛んだ夏生は天井に背中を強打し、パラパラと落ちる破片と共に、

メイルが支えに使ったアイランドキッチンの上へと落下。

低く唸りながら身を起こそうとする彼の耳に、

 

 

 

“カチチチチチッ——”

 

 

 

と、聞き覚えのある音が入る。ほどなくして、

投げ出された彼の右手に焼けるような痛みと熱が走る。

 

「……あっつ!! ッあぁ……クソッ——」

 

たまらず転げ落ちた彼の右腕、ジャケットの裾は数センチほどが黒く焦げ落ちていた。

突然の熱に平静を失ったその視線の先には、青い炎を揺らめかせるガス台と、

その点火スイッチから手を離し、ひと呼吸おいて口角を上げるメイルの姿。

彼女はこれだけの大立ち回りを演じながらもなお頭を回し続け、

夏生が落下した時点でその右手がガス台の上に投げ出されたことを確認、

自身も体勢を立て直すと同時に、隙を晒した彼の手を封じるために躊躇なく

点火スイッチに手を伸ばしていたのだった。

未だ赤熱する袖に息を吹きかけ、こちらも呼吸を整える。

 

 

「…………」

 

メイルの強みは、周囲の環境やオブジェクトを最大限に活用した、

場当たり的な戦術の展開と、それを実行するにあたっての迷いのなさだ。

そんな彼女にとってこのクッキングスタジオというロケーションは、

まさに選り取り見取りの武器庫。そこまで思考が回らずメイルに優位性を

与えてしまったことに対する後悔と、話には聞いていたものの、

ついぞ体験することはなかったそのファイトスタイルを目の当たりにしたことへの高揚が、

夏生の身を震わせる。

 

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「……オレも行く」

 

彼が窮地に立たされつつあることは、その息遣いを聞けば明らかだった。

フラウはモニターの前で立ち上がり、

脇に置いていたマチェーテを手にゲームセンターから出ようと踵を返す。

しかしその肩を、

 

「まだだ」と真名巳がモニターから視線を外さないまま掴んで止めた。

 

「なぜ止める」

 

「はぁ……さっきも言ったろ。私たちが周りにいても、

夏生の足手纏いにしかなんねぇ。それに今の見たろ?

この状況、アドバンテージはメイルにある。

ゲームで言ったら地形効果……フィールドによるバフがかかってるみたいな状態だ」

 

ここまでの展開に正直なところついていけていなかった般若間と煤波羅が、

聞き慣れた単語の登場に「「なるほど……」」と合点のいった声を漏らす。

 

「そんな状況に雁首揃えて突っ込んでみろ……返り討ちされて全滅すんのがオチだ。

夏生には悪いが今は、全力のあいつをぶつけて可能な限りメイルを削る。

私たちの出番は……その後だ」

 

それが先の話し合いで決まった彼らの行動方針。

その時はフラウも納得していたが、刻一刻と変わる状況に加え、

実際目の前でピンチに晒されている夏生の姿を前に、

マチェーテを握る手に必要以上の力が入る。

 

「…………ッ」

 

 

23時57分

 

 

「星介お前、さっきさぁ……」

 

メイルは彼の顔から視線を逸らさないままフラフラとキッチンから離れると、

スタジオ備え付けの冷蔵庫の扉を開け、

 

「真名巳たちに“走れ”っつって、カッコよく逃がしてたろ。

出てこないってことは、上の階に避難してんのか、あるいは何か策を練ってるのか……

まぁどうでもいいが、ありゃどういう了見だ?

自分と対等かそれ以上の“強い奴”にしか興味ないはずのお前が……」

 

ストックされていたコンデンスミルクのボトルを傾け、

その加糖凝縮された甘さに「おぉ……」と軽くのけ反りつつ、

 

「……あいつらのことを守ろうとするなんてさ。なんか悪いモンでも食ったか?」

 

言いながらボトルを閉め、夏生に飲みかけのそれを投げてよこす。

 

「…………」

 

片手で受け取り、夏生もまたひと口——

どころか残っていた200ミリリットル余りを全て飲み干し、

 

「ハハッ……甘いの好きか?」

 

思わずそう破顔したメイルの前に空の容器を投げ捨てつつ応える。

 

「あー……本人たちの前ではこれ言ったことなかったし、言うつもりもないけどな」

 

 

 

 

「——あいつらは弱くねぇよ。

八咫莱も、般若間も、雨頭目、撫切、火零も、それから煤波羅、アイルもフラウも……」

 

 

 

眼前のメイル、そして監視カメラの向こうの仲間たちが固唾を吞む中、

血に塗れた夏生の口角が上がる。

 

 

 

「全員、大好きなオレの仲間たちだ。お前には手出しさせねぇよ、メイル」

 

 

 

 

「…………」

 

特務生徒会の発足から三ヶ月強。

真名巳たちは仲間として夏生と作戦行動を共にすることはあっても、

個人として彼に深く取り入るようなことはしてこなかった。

それはある種の“畏れ”のような感情による線引きが、

彼らと夏生との間にあったためだ。凡百の人間とは一線を画す、生物としての格の違い。

 

圧倒的な力を持つ暴力の化身としての側面があまりにも強く、

その威光の向こう側にあるひとりの少年としての姿を垣間見ようという気すら、

ついぞ彼らの中に湧き出でることはなかった。

 

しかし今、その夏生がはっきりと、自分たちのことを“大好きだ”と、“仲間”だと、

確かにそう口にした。殺し合いの開始宣言からここまで予想外、想定外の連続ではあったが、

ここにきて更に思考の埒外から飛び出してきたその言葉に、

モニター前の真名巳たちが目を見開く。

 

どこか自分たちとは違うステージの存在だと思っていた彼が、

自分たちを対等な視線で見ていたという事実に、

表情を緩ませる者、膝の上の拳を握り込む者、頬に涙を伝わせる者。

そして彼の幼馴染である火零もまた、長い付き合いの中で初めて目にした夏生の表情に、

眼鏡の奥の瞳を震わせる。

 

「——ッ」

 

もはや彼らの間に、言葉による意思伝達の必要はない。

あの最強が自分たちのことを、大好きな仲間たちだとそう言ったのだ。

作戦の決行時刻は、否応なしに繰り上がる。真名巳たちが動き出し、

各々の役割を果たすべく、モニター前から一人、また一人と姿を消していく。

 

 

……………

 

…………

 

……

 

 

夏生の啖呵を聞いたメイルは一瞬驚いた顔を見せつつすぐに調子を戻し、

 

「頼れる生徒会長のことは仲間外れか? 寂しいなぁ……」

 

両手の人差し指と親指、

それぞれの先端を触れ合わせて作ったハートマークを自身の左目に寄せ、

 

 

 

「……私はお前のことも含めて、特務生徒会の皆のことが大好きだったぞ? 星介」

 

 

 

そこから覗き込むように夏生の姿を捉えつつ、柔和な声色でそう告げた。

その言葉が真意からのものかどうかは計り知れないが、

夏生は仕草にも声にも惑わされずに毅然として返す。

 

「だったら改めて聞くけどさ、そんな大好きな仲間たち相手に、

どうして殺し合いなんかさせんだよ」

 

ハートマークを解き、両手はそのままコートのポケットへ。

やや前傾になりつつ、メイルが答える。

 

 

 

「……同じだよ。お前らのことが大好きだからだ」

 

「あ? 答えになって「悪いが」

 

 

 

夏生の反論を一蹴し、

メイルはポケットから出した右手を壁面のラックに差し並べられていた、

刃渡り20センチ強の包丁へ。

 

「……時間がない。そろそろ終わらせるが、準備いいか?」

 

鋭い音と共に抜き取ったそれの切っ先を突き付け、

先ほどまでの柔らかさはどこへやら、凍えるような視線と声で、静かにそう告げた。

 

 

11月27日-00時02分

 

 

1階へと向かった真名巳、アイル、フラウ、

彼らの後衛としてその後に続いた般若間、雨頭目とテツ、ギンを見送った煤波羅はひとり、

フラウの座っていた椅子に腰掛け、さらに激化するメイルと夏生の交戦を、

モニターこそ目の前にあるものの、どこか遠い目で追っていた。

 

 

『あいつらは弱くねぇよ』——先刻夏生が口にした嘘偽りのないその言葉が、

彼の脳内で反響する。確かに真名巳や双子、般若間あたりは実力的にも

“弱くはない”と言えるだろうが、自分がその言葉に、

彼の信頼に応えられるほどの人間かと問われれば、自信を持って頷くことはできない。

夏生のあれは、強者故の長大なスケールでの評価が口を突いて出たものだ。

一人一人を分析してのものではなく、もっと雑な——

などと考えてしまう自分に嫌気を感じていると、

 

《……行かないのか》

 

モニター脇に置かれていたタブレット端末にM.O.N.O.が現れ、煤波羅に語りかけてきた。

 

「行かないっていうか、最初から数に入ってない。さっきの話し合い聞いてたろ?

俺と火零と撫切は待機……って、2人は?」

 

《5階だよ。ドラッグストアで、応急処置のための道具を揃えているそうだ。

戻ってきた夏生星介を、いち早く治療するためにね》

 

先ほどの真名巳たちの出発と同じタイミングで席を立っていたらしい。

緊張からか、夏生の言葉に対し感じている勝手なプレッシャーからか。

自身の武器である空間認識能力が鈍っていることを実感し、

彼の表情が輪をかけて卑屈になっていく。夏生が削った後の総力戦において、

話し合いの場で「俺は戦力にはなれないぞ」と自ら身を引いたのは

命が惜しかったからに他ならないが、同じく待機組の2人もまた自分の役割を

見つけて動いているという事実の前に、思わず深いため息が肺から漏れ出る。

 

「……そっか」

 

《自身の無力さを嘆きたいのなら、好きにすればいい。

ただ先ほどもメイル(あの子)が言っていた通り、時間はないぞ》

 

諭すようなM.O.N.O.の声。その中でわずかに感じた違和感に、煤波羅の眉が動く。

 

「……時間って? 時間が来たら、何が起きるんだ?」

 

《それは……ワタシにも分からない。ただし、

この世界に「“大きな仇をなすものだ”……ってさっきも聞いたよ。

お前が詳しいことを把握してないってのも聞いた。

じゃあなんで“時間がない”なんて言い切れる?」

 

M.O.N.O.の答えを遮ったまま続ける煤波羅は立ち上がり、

タブレット端末を手に取って詰め寄る。

その声には先ほどまでとは別の意味での焦りと、

今の今まで押し隠してきた疑心が込められていた。

 

《さっきも言っただろう。ワタシにメイル(あの子)の企てについての

詳しい情報は共有されて……いや、一度は聞いたよ。聞き出した。

しかしその後すぐに、記録した音声データは彼女によって削除された。

だから、詳細は分からない》

 

「じゃあどうして、世界に大きな仇をなすだの、時間がないだのの話が出てくる?」

 

あくまで平静を保ちながら詰問する煤波羅に、M.O.N.O.がため息交じりに答える。

 

《……それは、データの復元に成功したのがその2つの事項についてだけだったからだ。

全ての記録を復元したかったが、所詮はアルターエゴの脳だからな。

そこまでの処理はできなかった。

下手を打てば、ワタシの人格自体が消える可能性もある。それだけは避けたかった》

 

 

 

「——待て。復元? できるのか?」

 

 

 

煤波羅の足が止まる。なぜM.O.N.O.が言い渋っていたのかは判断しかねるが、

それができるのならば話は変わってくる。

 

《あぁ。切れ端とはいえ量子AIだ。表面的に削除したからといって、

データが抹消されるわけではない。

確かに存在はしているが……光の当たらない場所に隠れてしまっている。

そしてワタシにはもう、そこを照らし出す手立てがない》

 

「…………」

 

そう言い切ったM.O.N.O.から視線を外した煤波羅が思案投げ首、長考の姿勢に入る。

 

《……煤波羅鋳銃?》

 

彼はその呼びかけに応えるよう顔を上げ、

 

 

 

「手立ては……ないでもない」

 

《?》

 

 

 

タブレット端末を椅子の上に置き、M.O.N.O.に向けて自信ありげに告げた。

 

 

 

 

「……理系専攻しといてよかったよ」

 

 

 

 

……………

 

…………

 

……

 

 

00時09分

 

 

真名巳たちの作戦は当初、先の彼女の言及にもあった通り、

夏生との一騎打ちによってメイルを可能な限り削り、

最終的に真名巳、アイル、フラウを主戦力とする追加人員を投入し、

彼女を戦闘不能に追い込む、というものだった。

投入するのは、メイルの集中力が切れ、決定的な隙が生まれるタイミング。

彼女が自身の“勝ち”を確信し、動きが緩んだその瞬間。つまり——

 

 

 

 

「…………ぐ」

 

 

 

夏生が致命傷を負い、メイルが動きを止めている、最悪と最高が混在しているこの状況。

あれから10分弱の交戦を経て赤く染まったクッキングスタジオの中心で、

彼女と組み合う夏生の背中——正確には右肩甲骨下角、

ちょうど肝臓のある位置からは、赤黒い血を滴らせた包丁の切っ先が飛び出ていた。

決行時刻の前倒しにより最悪の事態は免れるだろうと踏んでいたが、

状況の進行は想定よりも早く——

 

 

 

「夏生!!」

 

 

 

エスカレーター中腹から飛び降り現着した真名巳、アイル、フラウが、

メイルに向かい一直線に駆けていく。彼女が包丁を抜き夏生から離れた瞬間、

今度は視界の外から般若間が現れる。

血に塗れることを躊躇う暇もなく夏生の身体を重そうに抱き留めると、

そのままトップスピードで現場から離脱。

テツとギンが援護し、総合案内所の脇で待つ雨頭目の元へと運んだ。

 

 

 

 

「……お前らか」

 

 

 

視線を3人に戻し、般若間が巻き上げた風に吹かれ顔に張り付いた血染めの髪を払う。

形勢は1vs3となるが、彼らに言葉を交わしている余裕はない。

 

「…………ッ」

 

夏生との長期戦で消耗し、彼を屠ったことで油断が生じている今、

この時にしか勝機はないだろう。3人は脳裏に溢れる全ての雑念を捨て、

眼前のメイルを、仲間(主人)“だった者”を止めるため——

 

その拳を、得物を強く握り込んだ。

 

 

 

 

「——少しは休ませろよな」

 

 

 

 

#6へ続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告