When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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01 Biginning

前バレンティア(B.B.)746年 7月28日

ベルべニア郊外

 

 その日が、イゴール・ヴォイテクの苦難の始まりだった。

 自治都市国家ベルべニアでは唯一の多国籍企業「ウェスト・イヴァリース・ケミカル」。市郊外の同社化学プラント安全主任を務めるヴォイテクに緊急の内線がかかってきたのが5分前の1325時。顔を真っ赤にして報告元の現場にたどりついた彼の目に飛び込んできたのは、無残にひっくり返った液体化学薬品の大型タンク、その側面には「有毒」を示す標識。

 ヴォイテクは、駆け寄ってきた作業指揮官に問いただした。

「なんだこれは!どうなっている!」

 防毒マスクをとった作業指揮官の顔は半泣きだった。

「タンクの支柱がいきなり地面に陥没したんです!何でかはわかりませんが、支柱の基礎に何かあったのか・・・」

「原因はあとだ!タンクの中身は?漏れてるのか!?」

「・・・はい、倒壊したタンクには亀裂が・・・とりあえず、供給バルブは閉止しましたが・・・」

 ヴォイテクは薬品の漏えい状況を確認しようと現場の方を見るが、よく見通せない。

「マスクと長靴をよこせ、早く!」

 作業指揮官が持ってきた防毒装備をひったくるように取り上げ、ヴォイテクは走り出す。しかし行く先は倒壊したタンクの方向ではなかった。彼にはひとつの懸念があった。そして、その懸念は不幸にも的中していた。

 ヴォイテクの足元はすでに漏れだした薬液に浸っていた。そして、彼の視線の先では、コンクリートで固められた側溝に薬液が勢いよく流れ込んでいた。側溝は雨水排出用で、敷地外の川につながっている。当然、毒物用のフィルターなど設置はされていない。

「クソったれ・・・」

 様子を見るに、既に相当量が川に流出しているとみてよかった。しかもタチの悪いことにこの川はベルべニア全域の水源だ。とにかく今は、これ以上の流出を防止しなければならない。

 現場指揮官が後を追ってやってくると、ヴォイテクはすぐさま指示を飛ばした。

「最優先で側溝を全て閉鎖しろ!雨水用のは閉止バルブも水門も無いから、土嚢でも何でもいい!すぐにだ!タンクの始末はその後でいい。俺は社長に報告する!」

 

 

 

同日1350時 社長室

 

「・・・以上が現況です。作業員に怪我等がないのが不幸中の幸いですが・・・」

 社長室でヴォイテクの初動報告を受けたワデム・ポポフは、しばし考えるようなそぶりを見せた後、口を開いた。

「雨水の排水路をふさげば、敷地外への流出は止まるんだな?」

「はい、この工場は、門と取水路、排水路を除けば全てコンクリート塀におおわれてますし、雨水用以外の水路は直接川にはつながってませんから・・・ただ、私の見立てでは、すでに相当量が川に流れ込んだはずです。あの川は生活用水の水源ですから、すぐにでも、市への通報と、あと広報課に、プレス・リリースの準備をさせたほうがいいかと思います。」

「言われなくても分かっている。そちらのほうは私が直接指揮を執るから、君は気にしなくていい。とにかく現状は分かった。君の初動対処は適切だ。引き続き現場で指揮をとってくれ、これ以上の薬品流出防止が最優先だ。あと、分かっているとは思うが、広報が正式なプレス・リリースを出すまでは、事故に関するすべては社外秘だからな。そのあたりは他の社員にも徹底しておくように。下がってよし。」

「わかりました。」

 ヴォイテクは小さく頭を下げ、社長室から退出する。

(幸い、漏れ出した毒物は揮発性ではない。排水溝からの薬液の流出さえ止めれば、除染と復旧は何とかなる。社外対応は自分の担当ではないから、そこまでしょい込むことはない・・・)

 事態の収束に光を見出したヴォイテクは、少しばかり、心の平静を取り戻しつつ、事故現場へと戻っていった。

 

 

 ヴォイテクが退出した後、ポポフは、速やかに受話器を取った。電話の先は、ベルべニアの市長室。数度のコールの後、陽気な声が聞こえてきた。

「市長ですか?こちらは、ウェスト・イヴァリース・ケミカルのポポフですが・・・」

「ああ、君か!秘書を通さずに直通でかけてくるから、誰かと思ったが、君なら納得だ!」

 

(陽気で尊大な声だ、選挙で会社の組織票をねだりに来た時のしおらしさはどこへ行ったのか。政治家というやつは皆、こうなのかな?)

ちら、と考えつつ、ポポフは続けた。

「突然で済まないのですが、市の水道を郊外も含めて今すぐ・・・1週間ほど止めていただけませんか?」

「おいおい、いきなりなんの冗談だ?確かに公用水道運用の権限は私にあるが・・・おい、まさか何かあったのか?」

 市長の声から陽気さが消えたが、構わず続ける。

「現時点で理由はお答えできません。ただ、お願いした通り、水道を止めていただければ、そのあとは、今まで通りです。理由は・・・浄水場のトラブルとでもしておいてください。」

「ちょっと待て!お答えできませんじゃ話にならんよ。こっちは市民と水道局に説明しなきゃならんのだぞ!事故か?ならせめて私には事情を話してくれ!」

 

(一丁前に市民の代表気取りか・・・)

ポポフは皮肉に満ちた笑いをうかべながら続ける。

「それは賢明ではないです。あなたとわたしの「友情」に傷をつけたくなければね・・・」

 市長の声が止まった。当然だ。工場を設置する際、誘致に一番熱心だったのは当の市長だ。何のことはない、雇用対策の実績が欲しかったのだ。あとは会社の組織票、前の選挙の際には「金のまんじゅう」を抱えて詣でてくる始末だった。脛に傷だらけのこの男が、我々を敵に回せるわけがない。

「よろしいですな。なに、1週間です。まあ、ひょっとしたら、もう少し長くなるかも知れませんが、再開できるようになったら、またこちらから連絡しますよ。」

「・・・わかった。水道は何とかするよ、ただ、できるだけ早く始末をつけてくれ。」

しばしの沈黙の後、力のない返事をのこして電話は切れた。

 時を置かずして内線がかかってきた。ヴォイテクからだ。

「排水溝はすべて土嚢で埋めました。後はセメントを流し込んで、漏えい対策は終わりです。」

「よくやった。こちらは市に掛け合って、水道は止めたよ。とりあえず1週間だが、大丈夫かな?」

「そうですね・・・漏れた薬品の比重は幸い水より軽いですから、沈殿の心配はないかと。ですから、まあ、1週間あれば、ほとんどの汚染水は市内を通り抜けると思います。漏出量はそれなりですが、一時的なものなので、海にでてしまえば撹拌されて何とかなると思います。ところで、敷地内の薬品除去ですが、確か、この前、ユードラの会社から除染車を購入しましたよね。あれを使えませんか?」

 

(あの除染車か・・・)

 ポポフは眉間にシワを寄せた。

 

 3か月ほど前、社内会議でユードラ製の最新型の化学除染車を購入しようと言い出したのはほかならぬ自分だった。安全部の人間は賛成したが、案の定、財務部は難色を示した。除染車のパンフを見ながら財務部長が言った。

「確かにこいつは高性能ですよ。車両、除染システムともにディーゼル・エレクトリック駆動で自動式、人海戦術とチョコボ車で対処マニュアルを作っている安全部にしてみれば垂涎ものでしょうな。パンフレットの額面通りなら、耐久性、維持コストも優秀だ。ただそれは『ユードラ帝国内』での話です。この除染車はほとんどが金属性じゃないですか!帝国と国境地帯をはさんだ『こちら側』で、こんなものを運用したらどうなるか、シークの小学生にだってわかりますよ。」

 対面に座っていた営業部長が顔をしかめる。彼はシークだ。彼の表情に気付いた財務部長は少し気まずい顔をしながらも続けた。

「失礼。ですがね、大枚はたいてこんなもの購入したところで、『こちら側』で梱包を解いた瞬間に、ミミック菌で金属腐食が始まりますよ。当社の化学プラントをあの忌々しい細菌から守るためにどれだけの経費がかかっているか知らないわけではないでしょう。このうえ緊急時にしか使わない除染車をまさか1年ごとに買い換えるわけじゃないでしょうね?そうだとしたら、とても財務部としては同意できません!」

 厳しく言い放った財務部長だったが、その目に敵意は無かった。たとえ反対意見であっても自分たち社員の話を常に最後まで真摯に聞いてくれるポポフを彼は尊敬していた。

 財務部長が一通り話し終えたと悟ったポポフが口を開いた。

「当然、わかっている。安全部には悪いが、除染車は、購入しても、原則、運用するつもりはない。」

 会議参加者のほとんどが「わからない」という顔をしていたが、広報部長だけは違った。

「この案は、私とタチアナで練ったものなんだ。タチアナ、説明してくれ。」

タチアナと呼ばれたヴィエラの広報部長がうなずいた後、説明を始めた。

「皆さんもご存じの通り、当社のプラントはベルべニア市街地の外、川の中流部にあります。これは、化学プラントの運用に大量の水が必要なことと、川の下流部が都市街として開発され尽くしており、土地が確保できなかったことに起因します。しかし、当社がベルべニアの重要な雇用創出元だとわかっていても、都市圏水源地に、化学プラントが存在することを憂慮する近隣住民の声が多数寄せられております。」

「住民への説明会なら、あんたがたの依頼で我が安全部がイヤというほどしているだろう。半年に一度の緊急時対処訓練も、全て一般公開している。」

「でも、その訓練はチョコボ車と人海戦術でしょう?」

「う・・・」

安全部長がバツの悪そうな顔をした。タチアナが続ける。

「100年以上前から一向に代わり映えのしない時代劇のような対処訓練を見せられても、住民の不安は増すばかりです。株主にも心配をかける。その旨、社長に報告しましたところ、社長は、次回の住民懇談会で、この除染車を披露して、当社プラントの安全性をアピールするという案を出されたのです。財務部長が言われた通り、技術上、コスト上の理由から、ユードラ帝国企業以外のすべての化学企業は、汚染事故発生時の除染を人海戦術に頼っています。ここで当社が一歩先んじて除染車の導入をアピールすれば、同業他社へのアドバンテージは大きなものとなるでしょう。」

「コンテナに封印したまま住民に見せるのか?」

「真空のアクリル・ケース内に展示します。」

「コスト度外視で安全確保に取り組む姿勢を示すわけか・・・」

「だが実際には運用しない。見せ金のようなものだな。」

 

ポポフが口を開いた。

「ゴーグに行けばユードラ製の機械だけは購入できるが、肝心のミミック菌の除染技術はあの国の最重要機密だから、この点は一企業の我々にはどうしようもない。もちろん除染車自体は本物だから、本当にイザというときには使用するつもりだ。だが基本的には広報対策ととらえてくれ。買い換えるつもりもない。どうかな?」

「そういうことであればわかりました。とはいえ、この価格では2両が限度ですな。」

と、財務部長。

「車両が来たときのうちの部員の顔が目に浮かびますよ。目の前におもちゃをちらつかされて、すぐ取り上げられるようなものですからね。守秘義務を守らせるのも大変そうだ。」

安全部長が口をへの字にまげてみせた。

 

 あの時の会議を脳裏に浮かべながら、ポポフは思案した。これは、虎の子の除染車を出すべき事案かどうか・・・

「ヴォイテク主任、敷地内の薬液はそのまま閉じ込めておけるんだろう?」

「プラント敷地の設計図も見ましたが、排水溝さえふさげば問題ないはずです。」

「すまんが、現行の対処マニュアルで何とかならんか?その、人間とチョコボだけで。」

電話口の向こうから、ヴォイテクの溜め息が聞こえる。

「わかりました。時間はかかりますが、それでいきます。あと、これから数日間、雨が続くらしいので、封鎖した排水溝に交代で見張りを付けたいと思います。」

「わかった。見張り員と除染作業員には特別手当を出すと伝えてくれ。雨で川が増水すれば、汚染水もその分早く流れ去るだろう。あと済まないが、君は安全主任だろ?めどがついたところで、タンク倒壊の理由のほうも調べて、報告を上げてくれ。2週間前の設置完了時には私もチェックに立ち会ったから大丈夫だったはずなのだが・・・あれは煉瓦と強化プラスチック製だから、ミミック菌も関係ないはずだしなあ。」

「わかりました。では作業監督に戻ります。」

 受話器を置いたヴォイテクは眉間をつまみながら短く溜め息を吐く。除染車の件は期待はしていなかったから、まあしょうがない。時間は掛かるが、作業の目処自体は立っている。問題は、設置して間もないタンクの倒壊理由が見当もつかないことだ。

 この先、多忙を極めるであろう自身の運命を呪いながら、再び現場へと戻る。夏の西日が彼の汗ばんだ顔をきつく照らしていた。

 

 

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