When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

10 / 52
10 The First Apostle

B.B 758 10月25日 ベルべニア

ウェスト・イヴァリース・ケミカル社長 ワデム・ポポフ邸

 

 アジョラ・グレバドスは、通された客間に誰も居ないのを確認すると、豪奢なキングサイズのベッドに靴も脱がずに身を投げた。一級のダウンを詰め込んだ掛け布団の感触が心地いい。思わずうめき声が出た。このまま大の字で眠ってしまいたかったが、それは許されない贅沢だった。もし、こんなだらしない恰好を他人に見られたら、コツコツと積み上げてきた聖者としての威厳が吹っ飛びかねない。たった今、こうしているのだって、ゼルテニアの「教官」に言わせれば、れっきとしたアウトだろう。

「招かれた場所でそんなスキを見せる馬鹿があるか!」

とでも言われて、竹刀で尻の一つでも引っ叩かれるかもしれない。

 寝っ転がったまま部屋を見渡すと、隅の方に置かれた堅そうなソファが目に付いた。

(「聖者」が眠るなら、今日はあそこが正解かな・・・)

 やわらかな羽毛布団に別れを告げようとしたその時、部屋をノックする音と、聞きなれた声が聞こえた。

「先生、入ります。」

アジョラは渋々ベッドから身を起こして立ちあがると、落ち着いた声で答えた。

「入りなさい。」

 ドアが開き、バンガの男が入室する。男はドアを閉めると、胸元からクリスタルが埋め込まれた機器を取り出し、無言で部屋の中を歩いて回った。アジョラも無言でその動きを見守る。

 部屋を一周し終わった男は機器をしまうと初めて口を開いた。

「オール・クリア、盗聴器は無しだ。」

それを聞いたアジョラも小さくため息を吐く。

「了解、団長!」

「なあ、もう俺をそう呼ぶのはオマエだけだぞ。今の俺は「第一使徒」サドル・バリアスで公私共に通ってるんだからな。」

「いいじゃあないのさ。べつに。」

「まあ、クランの下っ端だったお前さんに弟子呼ばわりされるのも違和感を感じるんだがな、未だに・・・。」

「こうやって、ベルべニアに戻ってくると、あの頃のこと、よく思い出す。」

「そうか?」

「アタシは、団長とは違って、あの「井戸の事件」から先、友達も居なくなったし、学校にも行けなかったからね。私の子供らしい思い出は、あのクランにいた頃だけだから・・・。」

「・・・そうだな、すまなかった。」

サドルはそう言って目を伏せた。罪悪感がサドルの胸を締め付けた。

 自分が、彼女が「神の御子」に仕立てられる原因を作ってしまった事。そして、「奇跡」の誤解を解こうとした彼女の兄を襲った惨劇に恐れをなして、真実を語ることなく、彼女が祀り上げられるのを黙って見ていたこと。そして「生き神」になった彼女から、クランともども距離をとった事・・・。

 アジョラを「除名」したまま月日は流れ、子供クラン「マフディ団」は自然消滅したが、それでも教会の集会に出て、生き神として祭壇に立つ彼女の姿を見るたびにサドルの胸は少なからず痛んだ。しかしそれもずっとは続かなかった。自分が19歳の頃に、「麦の雨の奇跡」を起こした彼女が忽然とベルべニアから姿を消したからだ。信心深い人々は口々に

「あのお方は伝承に記された、神々との対話に出向かれたに違いない。」

と述べたてた。

 仕事の合間に図書館で地元のキルティア教の文献を調べると、そこには確かに、「神々との対話に向かう救いの御子」の記述があった。衆生の前から姿を消した神の御子は、真の救済者となるために、2年間に渡って神々と対話するという。

(ひょっとして、本当にあいつは『神様』になったのだろうか?)

 そう思い始めたサドルに転機が訪れたのは、彼女が姿を消してから1年が過ぎた頃だった。

 週末、いつものように仕事を終えて自宅近くのバーで一杯ひっかけていると、一人の男が話しかけてきた。良い感じに酒の回っていたサドルはこの男と意気投合すると、すすめられるままに男が差し出した酒を飲んだ。そして5分もしないうちに猛烈な眠気に襲われてぶっ倒れた。

 次に目を覚ました所は、窓も何もない部屋で、先ほどとは別の男が立っていた。自分はというと、安楽椅子に腰掛けさせられているようだが、その体は何かの魔法にかかったかのように、半ば麻痺していた。

 男は、「我々に協力してほしい」と言葉少なに語りかけてきた。わけがわからなかったが、犯罪の片棒担ぎだけはごめんだと言うと、その点については安心していいと言ってきた。そして、「子供時代に「マフディ団」というクランにいたのは間違いないか。」と聞いてきた。ますます混乱した。「ガキの頃のお遊びだ、それがどうした!?」そう答えるのが精一杯だった。とりあえず何をすればいいのかを訪ねると、「承諾してくれれば教える。」と言われた。麻痺で目の焦点が合わない。それが一層恐怖を煽った。その男に、断ったらどうなる、殺されるのか?と恐る恐る質問すると、「我々はそんな野蛮なことはしない。」と答えながら、一枚の写真目の前にかざしてきた。果たしてそこに写っているのは、男のバンガの尻に剛直を突き立てて愉悦に浸る自身の姿だった。「こんなの、身に覚えが無い!」と思わず叫ぶと、男は、「それはそうだ。これは合成だからな。」とあっさり偽造を認めたうえで、「ただ、もし残念なことに君が協力を拒否した場合、この写真が君の職場に出回ることになる。」とのたまったのだ。まったくもって状況はつかめないままであったが、自分の命運が目の前の男に掴まれていることだけは確からしかった。

「わかった、いや、よくわからないが、とにかくアンタに協力するよ!だから、その写真をばらまくのはナシだ!あんたベルベニア人か?ならわかるだろ、この街じゃあホモに人権はない!教会にチクられてすぐさま破門、その後はお決まりの村八分だ!勘弁してくれ!」

 半泣きで懇願し、男の顔を見上げる。それまで半ばぼやけていた目の焦点がその顔に合った。男は笑みを浮かべていたが、意外にも想像していたような悪人面ではなかった。

「では、商談成立だ。感謝する。」

男はそう言うと、おもむろに魔法を詠唱し始めた。

「な、なんなんだ?なんなんだ!?」

殺しはしない、とは言っても、目の前で魔法の詠唱を始められて平静を保てる人間などいない。次の瞬間、火だるまか氷漬けになっている自分の姿が脳裏に浮かんだ。男は詠唱を終えると、

「少しばかり旅行に行こうか、アシは豪華寝台特急だ。」

そういって手をかざしてきた。体のしびれが取れ、その代わりに凄まじい睡魔が襲ってきた。

 自分が、同盟諸国のエージェントとして「スカウト」されたと認識したのは、それからしばらくしてからのことだった。寝ているあいだに運び込まれたらしい「招待所」と呼ばれる施設で2日ほどは何をさせられるわけでもなく、ぶらついていた。三食昼寝付きの生活で退屈ながらもなんとか平静を取り戻してきたころ、「面接」を行う、と言われ、招待所のホールに案内された。招待所付きのボーイにすすめられるままにソファに腰かけ一寸待っていると、現れたのは自分を脅迫し拉致してのけた男であった。今度はいったい何を要求されるのかと、立ち上がり身構えたサドルであったが、男はサドルの対面のソファに腰掛けることなく彼の面前に立つと、膝をつき深々と頭を下げた。そして頭だけを上げると、

「改めて自己紹介する。私は、同盟諸国情報軍のオニクス・ヒサーリ、この度の君に対する極めて無礼なふるまい、誠に申し訳なかった。どうしても君に来て頂く必要があったのだ。」

そう言って、再び深々と頭を下げた。

「軍?同盟諸国って、東の国の?・・・ほんとかよ、何で?」

ヒサーリの精一杯へりくだった対応も甲斐なく、サドルは取り乱し始めた。

「いや、だって、おかしいだろ・・・そうだ、人違いじゃあないのか?いいか、俺は、サドル・バリアス。しがない配管工だ。あんたら外国人とかかわったことなんざ人生で一度もない。な?同姓同名の誰かと間違えたんだ。なんだって?情報・・・?」

「情報軍だ。簡単に言うと、国外の情報収集とかをやる部署だ。まあ、スパイだな。」

「それじゃあ、やっぱり。あれだろ?あんたら、漫画かクランごっこみたいなコトをクソ真面目にやってて、誰だか知らんが名前だか格好だかが俺にそっくりなヤツが、あんたらの欲しい情報とやらを持ってて、みたいな感じだろ?やっぱり人違いだよ。ほら!」

サドルは自らに言い聞かせるようにまくしたてた。ヒサーリはサドルが一息つくのを待って、冷静に答えた。

「いや、人違いじゃあないんだ。私が会いたかったのは間違いなく君、バンガのサドル・バリアス。年齢は20歳、ご家族を11年前に全て病で亡くされ、16歳まで施設で育った後、ウェスト・イヴァリース・ケミカルの子会社に就職、配管施工部門に配属された。半年前に現場作業班長に昇進。勤務態度は極めて良好。面倒見がよく責任感もあり、部下、上司からの評価も高い。酒は好きだが、ギャンブルはやらないんだろう?」

 サドルが愕然とした表情でソファに腰を落とす。

「そして、我々が重要視しているのは、君の頭ではない。まあ、良いに越したことはないが・・・。君の言うとおり、我々に有益な情報なんて君は持っていない。貴重なのは、君のバック・グラウンドだ。」

「バック・・・何?」

「バック・グラウンド。君の歩んできた、人生だ。」

「・・・わからない。」

「これから、教えてあげよう。こんな乱暴な方法で連れてきたのだから、我々には丁寧に説明する義務がある。だが、君がもっと落ち着くことができてからだ。とりあえず、今は、これだけ約束しよう。我々が君に危害を加えることは、絶対にない。君の生活も保障する。そして、この先、君が誰かを傷つけることもない。助けることはあってもね。」

「・・・助ける?」

 サドルは微動だにすることなく、目だけがヒサーリを追いかけている。ヒサーリは優しくサドルの膝に手を掛け、

「また、今度話そう。それまでゆっくりしてくれ。必要なものがあったら、言ってほしい。」

そう言うと立ち上がり、サドルに一礼して背を向けた。

「なあ・・・」

ヒサーリの背中をサドルが呼び止めた。ヒサーリが振り返ると、サドルの目には、少しばかり光が戻っていた。

「俺、そんなに会社の連中から、買われてたのかい?」

「ああ、皆、君のことをよく褒めていた。学はなかったが面倒見は良い、努力して技術を学んで、皆をまとめていた、良いリーダーだとね。突然、君がいなくなって騒いでいることだろう・・・申し訳ないことをした。」

ヒサーリはそう答えると、一寸黙って、迷ったような顔をしたが、続けた。

「子供の頃から、そうだったんだろう?君が率いたクラン「マフディ団」は、小さくても種族平等、男女平等、分け前も平等。喧嘩はリーダーがしっかり仲裁・・・素晴らしいじゃないか。」

サドルの目が一気に丸くなった。

「なんで、そんなことまで・・・」

「彼女が、教えてくれたんだ。」

「・・・彼女?」

「・・・アジョラ・グレバドス」

サドルの目がさらに丸くなり、口が半開きになった。

「今日は、疲れたろう。そこのフロントで頼めば、スパとマッサージを予約してくれる。今、ここを使っているのは君だけだから、好きな時間にどうぞ。」

そう言い残すと、ヒサーリはホールから姿を消した。

 サドルの頭の中は相変わらず混乱していたが、その目には完全に生気が戻っていた。

そして、おおよそ酒と肴以外の娯楽を知らなかった労働者・サドルが人生で初めて体験したスパでのマッサージ(いかがわしいサービスは無し)は、果たして激動の数日間を全て吹き飛ばしてしまうくらいの極楽であった。

 

 それから2日後、少なくとも物質的には満たされた生活を送っていたサドルは、再びホールに呼び出された。前回よりは幾分落ち着き、だが、頭の中にはヒサーリに聞くべきことが、言葉にならないままに渦巻いていた。

小奇麗な廊下を抜けると、ホールの一角にはヒサーリ、そしてくすんだ白髪の少女が立っていた。少女がヒサーリに顔を向け何かをつぶやくと彼はうなずいた。彼女はサドルに向かって歩を進め、目を丸くすると少しばかりの笑みを浮かべた。

「・・・団長?」

 彼女が自分達の前から姿を消して1年ばかり。ゴテゴテの飾り衣装こそ着てはいなかったが、顔を見れば誰かはすぐにわかる。コイツは有名人だから・・・。だが、向こうはどうだろう?彼女から見れば自分は群がる群衆の一人、いや、そもそも集会があっても最低限の付き合いを除けば、ロクに参加などしなかった。それにバンガの顔なんぞ、ヒュムから見れば、なかなか見分けも付きづらいだろうに。

「・・・おまえ、まだ、俺のこと『団長』とか言うのかよ?」

子供クラン「マフディ団」はサドルの小学校卒業と共に解散。だが、彼女の中ではきっとまだ健在なのだ。偶然と誤解のせいで生き神にされてから何年もの間、きっと彼女の時は止まったままだったの

 だ。自分が、「井戸の秘密」をちゃんと大人たちに説明していれば、こんなことにはならなかった。サドルの胸は罪悪感で押しつぶされそうになった。

サドルは近づいて恐る恐る彼女の目を見た。クランで遊んでいた頃と同じ目だ。生き神をやっていた時に、偶然近くを通り過ぎたときは、死んだ魚のような目をしていた。その目が自分を責めているような気がして、ずっと避けていた。だが、今は、その目ではなかった。

「なあ、俺のこと、恨んでないのか?恨んでるだろう?だって・・・」

少女はマフディ団最下級戦士だった頃と同じ、屈託のない笑顔を浮かべると、サドルの言葉を遮るように言った。

「オニクス叔父さんに聞いたよ!団長、随分と手荒なご招待を受けたらしいじゃあないの!合成写真、見たよ・・・アレは・・・ヒドイ・・・」

 そして、小学生のようにケラケラと笑い出した。

「お前、人がまじめに・・・!」

 サドルの肩から一気に力が抜けていった。同時に、涙と笑いがこみあげてくるのを止められなかった。一寸してから深呼吸すると、視線を少女からヒサーリに向けた。

「なあ、ヒサーリ・・・さん、とやら。聞きたいことは山ほどあって・・・でも、できたら、彼女から聞かせてもらうことって出来るのかな?」

 ヒサーリは、我が意を得たり、といった風に笑顔を見せた。

「ああ、どうぞ。積る話もあるだろう。私は外してようか?」

「いや、あんたもここにいてくれ。コイツが真っ当に俺が満足できる説明をできるとは思ってないんでね。」

「うーわ、ヒドイね!」

少女が鼻にしわを寄せて舌をだす。

サドルは驚いた。コイツはこんな顔ができるのか。一体、この一年で何があったのか。そして、ヒサーリをチラと見た。彼女のことをコイツ呼ばわりしても、咎める気配もない。やはり、ここでは彼女は生き神ではないのか・・・じゃあ、一体ここで何をしてるんだ。

3人はガランとしたホールの一角に腰掛けると、少女はこの一年で起きたことを一気にまくしたてた。ついでに、生き神だった頃のつらい思い出も、そしてマフディ団の皆に、今は何も思うところはない、ということも。あの頃と同じ、屈託のない笑顔で。

「もう、細かいことはあんまり覚えてないけど、あの時はそりゃあ「何でみんな、何も言ってくれないの?」って思ったよ。でも・・・」

「でも?」

「「ただの勘違いだ」って言ってくれた兄さんが、あんな目にあって、おかげでアタシの前からいなくなって・・・」

サドルの脳裏に当時の暗い記憶がよみがえった。

少女は続ける。

「だから、しょうがないって思うようにした。誰だって、あんな目にはあいたくないもの・・・でも、まあ、辛かったのは辛かったんだけどね!」

サドルは思わず頭を下げて叫んだ。

「すまない!本当にすまなかった!俺たちがもっとしっかりしてれば、お前の人生狂わせずに済んだかもしれないのに・・・」

少女は少しばかり悪戯っぽい目でサドルを見つめて言った。

「じゃあ、今回、団長が汚い手でココに連れてこられたコトで、帳消しにしよう!団長がここに連れてこられたのは、半分はアタシのせいだからね。」

「どういうことだ?」

サドルが頭を上げた。

「これから、私と一緒に働いてくれるチームが必要になったの。これから私が叔父さん達とやろうとしていること、一人じゃあ絶対にできない。だって、ほら、団長は知っているでしょ。アタシは神様でもなんでもない。ここに来るまで、どれだけ皆にお願いされてお祈りしてたって、神様の声なんて一度も聞こえたことない。」

いつしか少女の顔からは笑みが消えていた。サドルは黙って聞き続けた。

「ご神託が~、とか言って、皆が喜びそうなこと考えるのも大変だったよ。まあ、それらしい動きとかは、しばらくやったら慣れたよ。頼みもしないのに、父さんが教えてくれたしね。でもね・・・本当に困っている人が来たときは、キツかったよ。あの人たちは、アタシに特別な力があって、何とかしてくれると思って来るんだ。本当に、涙を流しながら、病気の赤ちゃんとか連れてくるんだ。・・・「病院でも見放されました。この子をお助け下さい」って。病院で治せない子をアタシがどうにかできるわけないじゃん!なのに「できません」なんて言えない。お祈りの真似事して、神様の声が聞こえた振りして、「天の父はこの子に祝福を約束された」とか、父さん仕込みの、どうにでも取れるような事言って誤魔化して・・・なのに、赤ちゃんのお母さんは、ホントに喜んで、「ありがとうございます!ありがとうございます!」ってね。・・・それが、一番つらかった。」

「・・・・大変、だったんだな。」

サドルは、月並みな言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。

「それでも、8年頑張ったんだ。でも、去年の大凶作。皆食べ物がなくなって、外国の援助も来なくて、皆が一斉にアタシのところに押しかけてきて・・・「もう駄目だ、もう耐えられない・・・」って壊れそうになったときにね、父さんの主治医やってた先生が来て「ずっと、君のことを見ていた。「私たち」なら、君を助けられる。」って言うんだ。そしてね、アタシが特別なんかじゃないってことも、悩んでいることも、全部言い当てちゃったの。アタシ、びっくりして聞いたよ。「もしかして、先生、神様かなんかですか?」って。そしたら、「君と同じ、ただの人間だ」って。で、先生、言ったんだ。「神様なんかに頼らなくても、人間が力を合わせれば、これくらいのことはできる。もっともっとすごいことだって。今から私が言うようにすれば、「私たち」の力を見せてあげよう。」ってね。」

「私たちの・・・力?」

「覚えてる?・・・小麦の雨」

サドルの脳裏にあの光景が鮮明に浮かび上がった。こればかりは何の反証もできない、アジョラ・グレバドス一番の大奇跡!あの時ばかりは、本当に彼女が神懸かったと信じた。

「この人達がやったんだ。全部のシナリオを描いて、軍隊を訓練させて、皆の前ではアタシに演じさせた。」

サドルは開いた目と口がふさがらなかった。あの大奇跡が、茶番だったなんて!?

「おまえは、全部知ってたのか?」

「いいえ、何も。ただ、先生の言うとおり、皆を広場に集めて、丘の上に立って、時間どおりに手を空にかざしてただけ・・・どうなることかと思ったわよ。これで何も起こらなかったら、いや、起こるわけないし、そしたら、私は兄さんみたいに皆から袋叩きにあって殺されるな、って。でも、それでもいいやって思った。もう、こんな神様ごっこ限界だから。先生は全部終わりにしてくれるためにアタシにこんなことさせるんだ、ってね。」

「でも、そうはならなかった。」

「ならなかったねえ。」いつしか、彼女の顔に笑顔が戻っていた。

「笑える話だけどさ、あの時、小麦の雨が降って一番ビビってたのはアタシだと思うよ。だって、皆はアタシが何かしてくれる、って信じてるわけでしょ?何にも起こらねーよ、って思ってたのはアタシだけなワケで・・・手を空にかざしたまま、腰が抜けないようにするのが精いっぱいでさ。オシッコもらしちゃって・・・ハハハっ。それでね、全部終わった後に、先生が来て、言うんだ。「これが私たちの力だ。何百人もの人間が力を合わせてやってのけた。もちろん、主役は君だ。君はもう無力じゃない。助けたい人を本当に助けることができる!」ってね。」

「そして、その先生とやらに連れられて、この国に来た・・・」

「正確にはちょっと違うんだけど、まあ、そんなところかな。」

ベルべニアと近隣の外国との特殊な関係については、小、中学校の授業で必ず誰もが学ぶ。今、彼女が話していることは、法律だか条約だかではやってはいけないことで、いうなれば、この国の秘密。それくらいのことは中卒のサドルにも理解できた。一般人が絶対に聞いてはいけないような話をコイツはあっけらかんと言う。そしてヒサーリもそれを止めようともしない。自分は、彼らが何をしようとしているかも知らないままに、いつしか共犯者のような扱いになっている。サドルは背筋が寒くなった。

「ちょっとまってくれ。」サドルが少女を遮った。

「いろいろ聞きたいことは山ほどあるんだが、まずは「俺」だよ。なんで「俺」がこんなことに関わるんだ?最初、お前と一緒のチームが、とか何とか言ってたよな?何?それが俺なの?」

すると、さっきまで饒舌だった彼女が肩をすぼめてシュンとなった。

「そう、そうだよ。これから私がやろうとしてること、一人じゃ絶対できない。」

「俺なんかじゃなくたって、この人たちがいるだろ?プロの軍人だろ?言ってたじゃないか、何百人もの人がお前をサポートしてるって!なんだかわからないけど、条約とかを破ってでも、外国の力を借りてでも、人助けがしたいんだろ?すごいことだよ。反対なんかしないよ。でも、何で俺なんだよ?中卒の配管工だぞ!?」

「君が、そんな普通のベルべニア人だからだよ。」

オニクスが割って入った。

「私も含め、彼女を支える多くのスタッフは、同盟諸国の人間だ。君も知ってのとおり、この国の人間は、尋常の手段ではベルべニア、正確には「国境地帯」と言われる地域には入れない。正当な手続きで入れたとしても、厳密な審査を受けて、極めて限られた期間しか滞在できない。イリーガルな手段で入れば、本人の安全を含め、様々なリスクが生まれる。彼女は、あと一年もしたら、目的を成し遂げるためにベルべニアに戻る。その時、現地で彼女を常にサポートしてくれる仲間が必要なんだ。それは、君のような現地の人でなければできない。じゃあ、現地人ならだれでもいいのか?そんなことはない。一番大事な理由は、何より君が、彼女、アジョラ・グレバドス自身が信頼できる、数少ない、本当に数少ない人間の一人だからだ。」

サドルの視線が少女アジョラに戻った。オニクスが続ける。

「現地人のチームによるサポートが必要だというのは、我々の総意だ。だが、誰に協力を求めるか、という話になった時、一番に君の名前が挙がった・・・彼女からだ。」

「おまえ・・・本当に、「マフディ団」で時間が止まってるんだな。・・・買いかぶりすぎだよ、俺を・・・」

サドルは困惑の表情で首を振った。

「ごめんなさい・・・でも・・・アタシには、本当に・・・」

アジョラが頭をうなだれた。さっきまでの茶目っ気は消え失せていた。本当に自分を頼りにしていたのか。サドルの胸が締め付けられた。彼女の時間を止めた責任は自分にもある。この思いは変わらなかった。そしてそのせいで彼女が生き神になり、隣国の注目を浴びて、よくわからない陰謀に引き込まれる羽目になってしまった。そう考えると、ますます彼の胸は重くなった。

しばしの沈黙の後、サドルは口を開いた。

「なあ、ヒサーリさん、2つ、確認したいことがあるんだ。」

「うん?」

「コイツが、いや、あんたたちがやろうとしてることは、人助けなんだよな?誰かを傷つけるとか、殺すとかじゃなくて、皆のためになることを、やるんだよな?」

「無論だ。」

「あんたたちは、言ってみればスパイだ。国のため、とか言って、俺にやったみたいなえげつないことを他にもいっぱいやってるんだろ。スパイの言うことなんて信じるな、なんて、子供でもクランごっこをやってりゃ知ってる常識だ。」

「・・・・・・」

「否定せず、か・・・怖いね。でも、それでも約束してくれよ。他ではどうか知らないけど、コイツのやることで、人を傷つけさせないでくれ。」

「約束しよう。」

「それともう一つ、俺の例の合成写真だが・・・」

「すぐにでも廃棄しよう。君の協力の可否を問わず、使うつもりなどなかった。」

「じゃあ何で作ったんだよ?俺は薬やら魔法でロクに動けなかったんだぞ。あんなもの作らなくったって、こっちに連れてこれたろ?」

「保険みたいなもんだよ。ああいう薬とか魔法は人によって効きが違うから。あの時はどうしてもおとなしくしていて欲しかったんだ。人目につかないといっても、街中の一角だし、騒がれると面倒だから・・・。だが、約束しよう。すぐに捨てる。第一、もしあんなものをばらまいて君の名誉を傷つけることがあれば、彼女が我々を許さないよ。これは、初めから彼女と約束していたことでもある。」

「そうなのかい?」

サドルの問いにアジョラは首を縦に振った。サドルはため息をついて続けた。

「あの写真は、捨てないで持っておいてくれ。」

「???」

ヒサーリとアジョラが、わからない、という顔で目を丸くした。

「保険みたいなもんだよ。俺みたいなド素人の小心者が途中で怖くなって逃げだすかもしれないだろ。あんた、なんの確信があってか知らんが、国家機密みたいなことをべらべら俺にしゃべったんだ。ヒサーリさん、あんたのチームが彼女のために約束を守ってくれても、他の連中はわからない、あんたの上司を含めてね。俺も会社の人間だからわかる。上司の命令は絶対だ。軍隊ならなおさらだろ?あの写真があんたの手の内にある限り、俺はケツをまくれない。それなら、俺も腹をくくれるし、あんたの上司やらも、安心するんじゃあないか?」

ヒサーリは驚嘆した。

「たまげたな・・・君は自分が小心者だというが、大したタマだ。」

「たかが配管工でも、この歳で現場班長ってのは、うちの会社の最年少記録なんだ。」

ここにきて、初めてサドルが胸を張って見せた。

「ああ、あと一つ・・・」

「何かな?」

「もし、俺に家族がいたら、どうしてた?やっぱり、コイツが来てくれ、っていったら、さらってでも連れてきたかい?」

「それはない。」

アジョラが答えようとする前に、ヒサーリが即答した。

「これは彼女からもきつく言われていたことだ。もし、君に誰かしら健在な親族がいれば、この話はなかったことにしてくれ、とね。」

「・・・・・」

「彼女からは言いづらいだろうから私が言うが、「疫病」のせいで君が親族を失い、かつ独身であったことは、我々にとっては好都合だった。」

「そうかい?家族がいたほうが、強要もしやすいだろうに。」

「サドル君、今、ここですべてを説明するのは難しい。そのうち、君にも理解できるだろうが、この作戦は、軍がやっている他の作戦とは大分、趣が違う。関わる全ての人間に、一片でも疑念や不信があれば、簡単に崩れ去る「積み木細工」なのだ。我々、君たち、そしてやがてはユードラ、作戦を推進する全ての者が、信念と展望を共有し、互いを信頼しなければ完成させることはできない、デリケートな計画なのだ。ギャンブルに近いといってもいい。身内に不信を生むわけにはいかないのだよ。それは敵よりも怖いからな。」

藪から棒に西の大国の名前までが出てきた。サドルはいよいよ泣きそうな顔でアジョラに訴えた。

「なあ、お前たち、ホントに何をやるつもりなんだよ・・・」

 

 

 それから一時間ほど、ヒサーリが作戦の大まかな概要を説明し、「続きはまた今度」と切り上げ、それぞれが部屋に戻っていった。サドルがマッサージを受けて温泉につかっていると、ヒサーリが入ってきた。

「私も少し疲れた。汗くらい流させてくれよ。」

そういうと、豪快にシャワーで股ぐらを流し始めた。

(なんて、デリカシーのない!)

昼間の紳士的な態度からは想像のつかない所業にサドルはあっけにとられたが、この男の壁のなさに、少しばかりの安堵を覚えもした。職場でもそうだが、プライベートな場面で格好をつけないタイプの人間は大体信頼できる。

「なあ、ヒサーリさん。」

「うん?」

「さっきの説明で、だいたい、あんたたちのやりたいことは分かったよ。なんだか、凄い話で圧倒された。あんたが俺を連れてきたやり口から考えても、正直、人助けってのは、アジョラを納得させるための方便で、実際にはもっと後ろ暗いことを考えていると思ったんだ。だってそうだろう?あんたらの国の中でさえ、メンバーを厳選してコソコソ、って言っちゃ悪いけど・・・」

「いや、実際、コソコソだな。元首の後押しがなければ、とても進められるような計画ではない。だが、こう考えてみたまえ。後ろ暗いのは、むしろこの世界の表の現状だとね。本来、陸続きの地上にお互いの国がまともな交流もなく、100年以上にらみ合ったまま、という状況こそが、後ろ暗い現実なのだ。我々はそれに挑戦状をたたきつける。」

「そんなに素晴らしいことなら、堂々と推進すればいいのに、って普通は思うぜ?」

「君の言うとおりだ。本来ならな。だが、この計画はまだスタートラインに立ってすらいないのが現状だ。敵にかぎつけられたら、いくら元首のサポートがあるといっても、すぐ潰されてしまうだろう。」

「敵って?」

「この腐った現状を「良し」とする連中さ。健全じゃないし、金もかかる。でも、少なくとも安定はしている。この安定に胡坐をかいて、変化を恐れている連中だ。具体的には同盟諸国の主要な意思決定者の7割以上、そしてユードラの、特に法王府の連中かな。」

「中卒にはまだまだ理解できないな。あと1年で、素晴らしい講師陣とやらが、俺に学をつけてくれるんだろう?」

「そうだ。アジョラちゃんも、よく勉強している。生き神をやっている間、学校には行けなくても、父親が最低限の学は付けてくれていたようだから、そこは助かった。」

「ちゃん付けだなんて・・・やたらと、馴れ馴れしいんだな。」

そういわれたヒサーリは一瞬体を洗う手を止めた。

「そうか、君にはまだ言ってなかったな。私はね、彼女の叔父なんだ。君もよく知っている、ベルべニアはミロドス区のキルティア教会の神父。彼女の父親。あれが私の義兄だ。」

サドルはあまりの驚きに湯舟で足を滑らせた。

「ゴホ!ゲホッ!・・・ええ!?」

初めて会った時から2人が妙に親し気な雰囲気だとは思っていたが、まさか親戚だとは予想だにしなかった。

「じゃあ、あんたがここにいるのは・・・」

「うーん、もちろん、この作戦を進める上司に共感しているってのはあるんだけど、それ以上に、まあ、彼女の保護者、って感じかなあ。」

「ファミリーで・・・信じられない。どんなアホな小説家だって、そんなスパイ小説書かないですよ。」

いつの間にか、友人の親に話すときのように、サドルは敬語になっていた。

「その、怖くないんですか?姪っ子を軍隊の作戦に関わらせるなんて・・・しかも、敵だっているんでしょう?」

「怖いよ。」

ヒサーリは即答した。

「でもね、君だって見てきただろう。あの事があってからの彼女の生きざまをさ。」

サドルの脳裏に、死んだ魚の目をしたアジョラが浮かんだ。

「あれを「生きてる」とは僕には思えなかった。この作戦を構想した上司が偶然にも彼女を見出したとき、僕は「これはチャンスだ!」と思ったんだ。彼女を地獄から救い出す絶好の機会だとね。君が言うとおり、ここは怖い世界だ。僕が君に味合わせたよりももっと汚いやり口だってあるし、目を覆いたくなることだって起こりうる。ここは人間の業が渦巻く「煉獄」の世界だ。」

「・・・煉獄」

「そう、煉獄・・・ということは、だ、地獄よりはマシってことさ。」

「!!」

「本当は、もっと良い世界に連れて行ってあげたいんだけどね。町でクレープ食べてバカ話してるような女子学生とかさ。」

「それはそれで、想像がつきません。」

「まあ、しょうがない。これが僕にできる限界だ。そして何より、彼女自身が乗り気だ。君も聞いたろうが、生き神時代に、散々、無力感に苛まれてきた。これは、彼女にとってのリベンジなんだ。彼女は「神様に復讐してやる。」って言ってたよ。」

「神に・・・復讐?」

「そんなに怖い意味じゃないさ。自分も含めて、神様に放っぽらかされて不幸になってしまった人たちを、自分たち人間の力で幸せにしてみせる。これが彼女の言う「復讐」だ。」

サドルは思わず目頭が熱くなった。人々に理不尽に祀り上げられ、あんな生き地獄に落とされながら、なぜそんなことを考えられるのか。

「なんで、そんな風に考えられるんですかね?俺なんて、偽写真一枚でっち上げられただけで、こんな様なのに・・・。ほんとに神懸って、聖人にでもなっちまったんですかね?」

サドルの問いかけに、ヒサーリは首を横に振った。

「そんなことはないと思うよ。8年間の生き神様は彼女にとってそりゃあヒドい経験だったけれど、その間、彼女は多くの人の悲しみや、幸せへの願いに触れてきた。本物の神様なんかよりも、ずっと近くでね。神懸りなんかじゃなくて、生きた人間の「切なる想い」って奴と触れ合う中で、彼女なりの慈愛を育んだんじゃあないかな。大分歪んだ触れ合いではあったけど・・・。」

「結局、あれはアイツにとって、いい経験だった、ってことですか?」

「それは、これから我々と彼女が何を成し遂げるか次第だ。皆を幸せにできる未来を作り上げることが出来れば、そういう総括もできるだろう。全ては無駄ではなかった、ってね。」

「皆を幸せに・・・」

口ずさんだサドルの脳裏に、突如、一人の姿が浮かんだ。

「先輩!そうだ、アイツの兄さん、ええと・・・サディア!」

「!」

 今度は髭を剃っていたヒサーリの動きが止まった。

「思い出しました!サディアさん、あの事件の後、親戚のおじさんに引取られた、って・・・それって、あなたじゃ!」

「ああ、僕だよ。」

「ひょっとして、あの人もここにいるんですか?アイツと再会して、一緒にやってる、とか・・・」

ヒサーリは髭剃りを下ろして、やや遠い目をしながら答えた。

「いいや、彼はここにはいない。」

「・・・そうなんですか?」

「考えてもみたまえ、彼があの事件のせいでどんな目にあったか。あれは、酷いトラウマを彼に植え付けた。この作戦にはかかわるべきじゃあない。そもそも、アイツは軍人になんかならなかったしな。僕はね、彼には自分の幸せを追いかけてほしい。そう思って、ロザリアの知己に婿養子に出したんだ。すごく良い人がいてね。彼も一目で気に入った。」

「・・・はあ。」

確かに、子供の頃にあれだけの仕打ちを受ければ、アイツの姿を見ただけでも、全部思い出して発狂するかもしれない。むしろ、こんな作戦からは、肉親はこうやって遠ざけるのが普通だろう。ヒサーリとアジョラの関係の方が、異常なのだ。しかし、いずれにせよ、このヒサーリという男は、当初思っていたよりもずっと人間臭い、家族思いのようだ。ヒサーリといるときのアジョラの目が、全てを物語っていた。

「ヒサーリさん・・・他人の俺が、こんなこと言うのは変ですけど、アイツのこと、ありがとうございます。」

「うん?」

「たとえ子供クランでも、俺はリーダーである以上、アイツのことをしっかり守ってやらなくちゃいけなかった。でも、できなかった。だからアイツは、ずっと、死んだ魚みたいな目で・・・俺は、自分が情けなくて、申し訳なくて、ロクにその目を見れなかった。でも、あなたが、アイツの、あの時の目を取り戻してくれたんだ。」

「事件の前、彼女は、それはお転婆で明るい子だった。僕は数えるほどしか会ってないから、もう良くは覚えていないけどね。その時も、そんな目だったかい?」

「ええ、たしかに。」

それを聞いたヒサーリは心底うれしそうな笑みを浮かべた。そして、自らに言い含めるようにつぶやいた。

「そうか、じゃあ、やはり我々は間違っていないんだよな。」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。