When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

11 / 52
11 Lionel

B.B.759 1月21日 ライオネル

 

「あの、クソ坊主共め!」

 かつてユードラ帝国がその名を名乗る前のライオネル王の居城にして、今では帝国の議事堂となっているライオネル城の城門から速足で出てきたミヒャイル・コールは、眉間にしわを寄せながら吐き捨てた。

 城門の前に止められたリムジンの後部座席に乱暴に腰掛けると、運転手に向かって、これまた乱暴に顎をしゃくる。

車が出ようとしたその時、駆けつけたもう一人の男が、ドアマンを制止し、車内に踊りこむと、コールの対面に腰掛けた。

ドアが閉まり、リムジンはV12の厳かなバリトンを奏でながら動き出す。

「置いていくとは、酷いじゃないか!」

「すまんな、アデナウア。頭に血が昇ってたもんで。まあ、今でも収まっちゃあいないんだが。」

 髪を短く刈り込んだコールの額には、くっきりと血管が浮かんでいる。堀りの深いその顔はまるで鬼のような形相だ。ハンス・アデナウアは、その迫力に気おされたが、おもむろに口を開いた。

「君の怒りはもっともだ。私だって同じだ。だが、法王府の枢機卿にあの言い方はマズイぞ。」

「『大好きな経典でマスでもかいてろ』って言ったことか?事実をそのまま言っただけじゃあないか。」

アデナウアは顔をしかめて首を横に振る。

「君と一緒に会議に出る度に寿命が縮む。宗教警察に睨まれたら、島流しだぞ。」

「あいつらが、あまりにも傲慢だからだ。いったい法王府の人間は、皇帝陛下を何だと思っているんだ!」

コールがまくしたて、しばらくの間沈黙が続いた。

「だが、現在のライオネルとミュロンドの力関係では・・・」

アデナウアが喉から絞り出すように言う。一方、コールの怒りは収まる気配がない。

「その結果が、この不景気と財政難、連日のデモ行進じゃないか!このまま放っておけば法王府の連中は、帝国を鎖国にするつもりだぞ?そうなったら帝国の経済は破滅だ。ハンス、君は2億人の帝国臣民に、空っぽの財布とファラ教の経典を握りしめて路頭に迷えと言えるか?」

「言えるわけがない!だからこうやって彼らを会議に引きずり出しては現状を伝えているんじゃないか。だが、君があんな喧嘩腰では、聞いてもらえるものも、もらえなくなる。ただでさえ、プライドの高い連中なんだから・・・」

アデナウアは目を覆ってうなだれる。悲壮感丸出しのその姿に、コールもさすがに気まずくなったのか、

「・・・済まなかった。会議中に暴言を吐いたことは謝るよ。」

と言って姿勢を正した。幾分落ち着きを取り戻したのか、頭の血管はすでに引っこんでいる。

コールが視線を落とした先には、本日付の夕刊が備え付けられていた。おもむろにそれを手に取ると、記事をめくっていく。

「なにか、良いニュースはあるかね?」

紙面とにらめっこするコールを見ていたアデナウアが訪ねた。

コールは黙って紙面に顔をうずめていたが、やがて視線を対面の相棒に移した。その顔は怒りが消えた代わりに諦観しきったような仏頂面になっている。

「悪いニュースと、ものすごく悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」

アデナウアは背もたれに寄りかかって目を閉じた。

「まずは『悪いニュース』で耐性をつけよう。」

「じゃあ読むぞ。『帝国通商団、アルケイディアから帰国、成果無し』。」

「・・・ファック!」

「21日午前10時、アルケイディアとの通商協定締結交渉のために、アルケイディスを訪れていた帝国通商団が帰国した。通商団は空港に設置された会場で記者会見を実施、団長のタンク通産大臣は、亜国との交渉の結果について、次のように述べた。

『我々は、誓って誠心誠意、通商協定の締結に向け交渉に尽力したが、皇帝ラーサー・ソリドールの態度は一貫して硬直したものであった。亜国との平和的、建設的通商を望む我々への皇帝の返答は以下の通りだ。「貴国の経済、財政難はまず貴国自身の莫大な軍事及び治安維持支出の転換をもって解決に臨むべきである。また、帝国国民は、貴国の宗教的抑圧体制を憂慮しており、両国が真のパートナーとして共に歩むには、越えなければならない壁が依然として存在している・・・。」皇帝のこの言葉に対し、我々は「我が国の防衛支出は国家の安寧を保証するための最小限のものであり、また、我が国の文化的政策に対する干渉は、主権侵害以外の何物でもない」と返答した。』

今回の交渉挫折が、通商条約締結による輸出に望みをかけていた多くの国内企業に失望を与えたことは言うまでもなく・・・

要するに、アンタのボスが行ってもダメでしたってことだ。」

「我が国の市場は供給過多でとうにパンクしている。かと言って輸出しようにも、東は鉄壁の国境地帯、西の海の向こうのアルケイディアは、いっこうに財布の紐を緩める気配が無いときた。」

「イヴァリース一の工業技術と生産能力を持っていたところで、売る先が無ければどうしようもない。この年末でまたいくつの企業が倒産することやら・・・」

コールはそう言いながら、両手で首をくくるまねをする。

「しかし、ソリドールのジジイもとんだ偽善者だ。これで東方では『アルケイディアの良心』で通っているのだから、とんだ茶番だよ。」

アデナウアが吐き捨てる。

「確かにな。聖職者ばりの、いかにもな御高説を垂れてはいるが、あいつらの真意はそんな良いもんじゃあない。自国の都合だけさ。ロザリアとの冷戦を避けたいだけなんだ。」

「同盟諸国とロザリアは、隣国には珍しい緊密な友好国、そこでもし我が国にアルケイディアが肩入れしたら、自動的にロザリアとアルケイディアの関係も悪くなる。」

「ダルマスカ戦役を終結させ、ロザリアとの大戦を回避した『英雄』が、今度は冷戦の立役者になったのでは格好がつかないからな。所詮は実利と名誉欲、若いころはどうか知らんが、今の奴は、凡百の政治屋さ。それを偉そうに・・・」

「だが、『宗教的抑圧体制を憂慮』ってところだけは評価するよ。たとえレトリックだとしてもね。」

「全くだ。ファラ教の坊主共の増長ぶりは目に余る。この間、十何年ぶりでミュロンドに足を運んだんだが、どうなっていたと思う?」

「総本山の教会に金箔でも張り付けたのかい?」

「そんなかわいいもんじゃあない。ありゃ最早、僧兵どもの要塞都市だ。財政難もなんのそので何棟もの摩天楼みたいな聖堂ビルと高層飛行場をぶっ建てた挙句、城壁ビルで都市を囲ってやがった。なんでも、経典に予言された、『不滅の神の城』とやらを建設するんだと。悔しいが、アレをみたら、首都ライオネルがド田舎に見えるぜ。だが、内地の、それもたかが門前町に何だって城壁が必要なんだ?」

「あいつらにとっちゃあ、ミュロンドが首都なんだろ。それに経典には『不滅の神の城には天を貫く塔と聖なる法を守る城壁が立ち並び、法王がこれを護る。』と書いてあるからな。必要性なんざ関係ない、経典通りにやらないと、奴らは気が済まないんだ。原理主義者共め・・・」

「立法審査権と司法権をカサにきて威張り散らしてやがる。だが、どうあっても、ユードラ帝国の元首は皇帝陛下だ。断じて法王じゃあない!」

その後もひとしきり法王府の悪口に花がさいたが、やがて思い出したかのように、アデナウアが口を開いた。

「ところで、さっき言ってた、『もっと悪いニュース』てのは何なんだ?」

「そうだ、すっかり忘れてた。とはいえ、これも坊主がらみさ。ほら、この記事だ。」

そういって、コールは新聞紙にペンで丸をつけると、投げてよこした。アデナウアが記事を広げる。

「辺境各地でデモ激化、法王府は各地の少数民族自治区への僧兵軍常駐を検討・・・なんてバカなことを!このままじゃ内戦になるぞ!」

「そのバカをやってのけるのが、今の法王府だ。辺境で続発する少数派民族のデモの原因は、ファラ教の経典法の押し付けと、そして何よりも不景気に起因する失業と貧困だ。貧困を解決するか、彼らの自治権を保証しない限り、この騒ぎは収まらん。それを法王府は全く逆の方法で対処しようとしている。少数民族をファラ教の教義で同化させるつもりだろうが、うまくいくものか!」

「ファラ教の厳格さは戦時には有益だったかも知れないが、今では過剰に人々を押さえつける重しにしかならない。我々ですら教義の制約に嫌気がさすことがあるのに、少数民族の連中は、たまったもんじゃないな。」

 

 

 ユードラ帝国は典型的な多民族国家である。数百年前、ランベリーを主体とした同盟諸国の西進に悩まされた、ライオネル発祥の南方民族と、ミュロンドに本拠を置くガリオンヌ系の西方民族が、それぞれ傘下の少数民族を引きつれて連合したのが、そもそもの帝国の始まりである。

 皇帝は代々ライオネルの皇室から輩出され、宗教は当初は緩やかなキルティア教が主流であったが、戦時という状況が、ミュロンド系の厳格かつ全体主義的なファラ教の浸透を促した。

それぞれの宗教や文化を持ちながらも帝国の一端を構成する少数諸民族は、隣国の侵略と戦うために、渋々ながらもファラ教の支配を受け入れた。やがて、戦線が膠着し、国境地帯が形成されると、軍事衝突のリスクは減り、表向きは平穏な日々が訪れるようになった。平和が訪れ、隣国からの圧迫が無くなると、やがて各民族は、徐々に自らの文化と信仰の回復を叫びだした。

 これに困惑したのが、戦時中、経典に基づく司法によって帝国を実質的に一つの国家にまとめ上げたファラ教法王府だった。法王府にとって、経典法による支配の終焉は、国家の解体に等しかった。法王府は当初、各民族への経済的な優遇措置によってこれを懐柔しようとした。これはうまくいったかのように思われたが、経済状況の変化がそれを許さなかった。元々、断続的とはいえ、数百年に及ぶ隣国との戦争という『資源の大量消費』に後押しされたユードラの経済は、その成立から常に巨大な生産力を要求し続け、それが雇用と景気を生み出すという、ある種の戦争経済によって成り立っていた。しかし、100年前の休戦と共に設定された国境地帯がバッファ・ゾーンとして機能し、『熱い戦争』が『冷たい戦争』へと変貌を遂げると共に表向きの平和が訪れると、軍事関連やインフラ復旧消費を当てにして成長した大小数万社に及ぶ企業が生み出す巨大な供給力は数十年を待たずして帝国国民2億人の需要を超え、帝国経済は供給過多に陥った。帝国の財界人達は輸出によってこれを乗り切ろうとしたが、すでに世界最大の軍事大国となっていた帝国のこれ以上の成長を望まない各国は、揃ってその門戸を閉じた。平時には過剰な生産力をダブつかせた企業群は一気にリストラへと走り、失業率は急上昇。同時にそれまでのような企業からの税収を見込めなくなった帝国国庫に、少数民族各派に補助金や税制優遇をばらまく余裕は無くなった。さらに、多数民族をバックボーンとする大企業群があからさまな就業差別に踏み切ったために、うまみを失うどころか、真っ先に貧困層に転落した各少数民族は、再び自主独立を叫ぶようになったのだ。

懐柔する術をなくした帝国法王府は隷下の僧兵軍から宗教警察を組織すると、一転、各民族への検閲、思想統制を強化しだした。その統制は、従来の帝国構成民族のみならず、戦争によって取り込んだ、東方・北方の旧同盟諸国領に住む民族にまで及ぶ。しかし、住民の抵抗はデモとなり、いっこうに収まる気配がなかった。国民への強硬な弾圧を目の当たりにした諸外国はますますその態度を硬化させ、いよいよ帝国の孤立化は決定的なものとなった。

この流れに危機感を覚え、法王府のやり方に異を唱えたのが、行政権と国軍の統帥権をもつライオネルの皇帝派であった。帝国の2大民族の一角を占めながら、ファラ教を元来の信仰として持たない彼らは、経典法の強制なしでも帝国の維持は可能であり、孤立化の解消による経済の復興こそが帝国の再建につながるとして、法王府と対立した。

 

 

 リムジンに揺られるミヒャイル・コールとハンス・アデナウア。彼らは、それぞれが皇帝派の一角を占める行政府国防省と通産省の実務トップだ。

 先ほど、彼ら2人がライオネル城で開いた会議は、先がない帝国の経済状況という『現実』を法王府の枢機卿達に説明することで、何とか法王府の認識を変えさせようと開いたものだった。しかし結果は、進展なし。国内において圧倒的な警察力と、あらゆる法案を反故にしうる立法審査権を持つ法王府の枢機卿は、皇帝の命を受けた2人の官僚の必死の説得を右から左へと聞き流し、あまつさえ、皇帝をはじめとするライオネルの官僚達が、少数民族の蜂起をけしかけているとまで言ってのけた。仮にも帝国の元首である皇帝に対するあまりにも増長した「言い草」に、国防省政務次官ミヒャイル・コールは「キレた」のであった。

 

「経典じゃあ、腹はふくれない。とにかく経済を復興させないと、本当に帝国は瓦解するぞ。」

そう言いながら、アデナウアは紙面を経済欄から文化欄にめくり替える。

「・・・『国境地帯リポート、記者カレル・ドールマン』・・・あの馬鹿ブン屋、また国境地帯に行ったのか!?」

記者の名を聞いたコールが小さくため息をつく。

「・・・行くな、と言われれば行きたくなる。ブン屋の性だろ。」

「『あいつのせいで何か起こったら、尻ぬぐいは俺たちだ』って、外務省の連中がボヤいてたぜ。」

「だが、何だかんだで、国境地帯に関するあいつの記事は、俺達行政府の人間にとって、貴重な情報源だ。法王府の対外情報局は、いろいろと国境地帯で嗅ぎまわってはいるようだが、手に入れた情報を絶対こちらにはリリースしないからな。」

「皇帝陛下にもか?」

「表向きは定期的に「奏上」することにはなってるが、実態はどうだか。以前、法王府の連中が陛下へのブリーフィング用に作った資料を見たんだが、内容はスカスカ。同じ時期に出された、ドールマンの記事の方がよほど充実しているという有様だった。重要な情報は全部自分たちで抱え込んでやがるんだ。」

そう答えながら、コールの頭にまた薄く血管が浮かび上がった。

「しかし、同盟諸国の連中は、何でドールマンの取材活動に何もケチをつけてこないんだろう?あいつらだって、よほどの馬鹿じゃなければ、こちらの新聞やら週刊誌はチェックしているだろう?」

「それは分からんな。だが、実際、ドールマンのスタンスは反権力で、あいつはどこの機関ともつるんではいないし、あいつの国境地帯に関する記事自体も、現地人の生活習慣や文化の紹介といった、ごく当たり障りのないものだ。同盟諸国の連中も、大目に見て泳がしている、って所じゃないか?若しくは、あいつらもヤツの記事を当てにしてる、とか。」

「そんなもんかね。」

「・・・で、記事のネタはなんなんだい?」

「まあ、待て・・・ええと、表題は『不肖ドールマンの国境地帯レポート。ベルべニア生まれの聖女が神の国の到来を説く』だとさ。」

「なんだ、そりゃ?」

「読んでやろうか?・・・『筆者が国境地帯の現地取材をはじめてからちょうど1年が経過した。今回は、国境地帯に起こりつつある新たな潮流を紹介するで。おそらくほとんどの帝国国民は、国境地帯っちゅうたら、混沌と無法が支配する荒涼とした未開の地をイメージしとるんではないかと思う。筆者自身、実際にこの地に取材に来るまでは、そんなおっかないイメージを持っとった。当局の制止を振り切り、初めて取材に繰り出した時、飯盒にテント、ライフルまで携え、護身用にいくつかの魔法まで習得した上で乗り込んだ筆者の心境は、まさしく未開の地を行く探検家のそれやった。国境地帯が実際にはそんなジャングルの類やないっちゅうことは、今までの筆者の記事をちゃんと金払ろて読んでくれた諸兄なら存じているとおりである。ユードラと同盟諸国という2大国を隔てる広大な『壁』の中には、確かに種族を問わず、人々の文明的な暮らしが存在し、域内唯一の都市国家ベルべニアに至っては、60万人の人口が、帝国の小都市をはるかに上回るにぎわいを見せとる。しかしながら、外界との交流を断たれたこの地域を貧困と迷信が支配しとることもまた事実、ベルべニアを除けば、国境地帯に暮らす人々のコミュニティは概して小さく分断され、まとまりが無いこともまた、諸兄の知るところである。しかし、この1年で、その状況にある『変化』が起きつつあるのを筆者は体験した。その『変化』はベルべニア出身の一人の女性宗教家によってもたらされている。女性宗教家いうても、諸兄らが想像するようなインチキ・ババアやないぞ。まだ十代のネエちゃんや。名はアジョラ・グレバドス。宗教に詳しい人間ならピンとくるやろが、グレバドスと言えば、東方キルティア教の重鎮の家系、彼女もまた、その系譜に連なる一員っちゅうこっちゃ。そやけどキルティア教ベースの宗教家や新興宗教の教祖というだけやったら、国境地帯内には、種族を問わず掃いて捨てるほどおる。国境地帯自体が、帝国のファラ教になじめんと離脱したキルティア教徒達の逃亡先になったという成因があるからな。筆者自身、これまで様々なコミュニティを渡り歩いちゃあ、そこの宗教指導者達にインタビューしてきたりもしてきたが、さっきも書いたとおり、彼らの活動は概して小規模で、各コミュニティ内に限定されたもんやった。しかし、少女アジョラの興した宗教(特定の名称は無いようなので、ここでは単に「教団」と呼ぶ)と彼女自身の活動は、今までに筆者が触れてきた宗教家のそれとは明らかに一線を画しとった。取材を続ける筆者がまず驚いたのは、その現実的な運営力である。よう『信仰で腹は膨れない』と言われるが、彼女の教団に限ってそれは当てはまらん。なんでも幼少時代に、ベルべニアで神の啓示を受け、3年前の飢饉の際にも奇跡を起こした(なんでも小麦の雨を降らせたとか)とされる彼女の名は当初から広くこの地に知れ渡っとるようで、彼女が集会を開くっちゅう話が出回ると、そこには必ずと言っていいほど群衆が大挙して集まる。彼女達は、説法と共に、人々に寄付を募る。勿論、大半が貧乏人や。一人ひとりの持ち寄る額なんぞたかが知れとる。そもそも現金ですらない場合も多い。筆者が取材で訪れた際にも寄付集めはやっとったが、現金に限って言えば目にしたのはほとんどが硬貨で、1000ギル以上の紙幣にはついぞお目にかからんかった。そやけど、彼女の動員力と相まって、最終的に集まる額は結構なものになるらしい。こうやって集めた金を彼女達はどうするか?もしその金で豪奢な会堂や祭壇なんぞ作るようやったら、筆者は貴重な紙面を使って彼女を記事にしようなどとは思わん。そんな事例なんぞ、わざわざこんな所で取材せんでも帝国の中になんぼでも転がっとるやんけ。彼女達はそんなチンケなことはやらん。彼女達の教団は、集めた金で荒れ地を農地に変え、学校や病院を組織しとるんや。その利潤はすべからく国境地帯の人々に還元される。聖者と言うよりは、起業家といった方がしっくりくるかもしれん。筆者は国境地帯で、来世の幸福やら天国らやを説くだけの自称宗教家は腐るほど見てきた。彼らはいずれも清貧で無欲やったで。そやけど同時に無力やった。彼女達の教団は、人々の来世を保証なんぞせん。ただ、彼らが生きとる今をなんとかしようとしとるのである。齢18歳足らずという教祖アジョラ・グレバドスはその説法でこう言うとった。

「天の父ファーラムは私に言われた。この地に住む人々を救えと。飢える者の腹を満たし、病に苦しむ者を癒し、貧しきものに富をもたらせ、と。地上で苦しむ者たちを神の国に導くのではなく、地上に神の国を到来させよ、と。」

筆者が取材した信徒の一人はこうも言っとった。

「私が、食べるものにも困って、さびれた街角に立つようになった時、街の神父は、神の道に反することはやめろ、と言っただけで、何もしてはくれなかった。あのお方は、何も言わずに土地と鍬と仲間を与えて下さった。どちらが聖なる方か、言うまでもない。」

さらに別の信徒に聞くと、彼女は実務的なだけやのうて、時にはしっかりと『奇跡』も起こして見せるそうや(筆者はお目にかかれんかったが)。『奇跡』の噂はさらに人を呼び、集まる寄付もまた増えていく。まるで隆盛期の企業やな。ネズミ講とか言うなよ。

筆者は今、この国境地帯の歴史の転換点におるのかもしらん。周囲の大国から見捨てられ、出入りを禁じられた混沌の地にいつの日か、いや、遠からず、新たな秩序が生まれるかも知れんのや。その時、イヴァリース一の技術力と軍事力を持ちながらにして斜陽化していく我が帝国は、この隣人たちとどう付き合っていくべきなのか、考えなならん時が来とるんやないか?おい、生臭坊主ども、聞いとるか? ええ年こいてアホが仰ぎ見る以外に使い道のない聖堂ビルなんぞおっ立てとる暇があったら、このネエちゃんのツメの垢でも煎じて飲んだ方がええんと違うか?』

以上だ、ああ・・・アゴが疲れた。」

紙面を読み下したアデナウアはそう言いながら手元の炭酸水のビンに手をのばす。

「18歳で教祖にして経営者か、本当だとしたら凄い話だな。冗談抜きに我が国の坊主どもに爪の垢を煎じて飲ませたいよ。」

コールは目を丸くした。

「国境地帯は、広大な土地に実質200万以上の人間が住んでいる割には、市場も資源もほとんど未開拓だからな。センスと運があれば、不可能な話じゃあない。」

アデナウアが淡々と答えた。

「だが、条約のせいで、我々はその宝の山に手をつけることが出来ない。まあこれは同盟諸国側も同じだが。」

「ここまできたら、同盟諸国がどうかなんて関係ないよ。これ以上この状況を放っておいたら、奴らが侵略して来なくたって帝国は破算だ。」

「こりゃあ、本当に、ドールマンが言うように、考えないといけないかもな。国境地帯との付き合い方を・・・」

「その女教祖と取引でもしてみるか?確かに経済的センスはありそうだし、案外、良い商談になったりして。」

「だが、条約のせいでそれは夢のまた夢。ああ、本当に邪魔な『壁』だなぁ。」

コールのボヤキに、アデナウアが意外だという反応をする。

「へえ、国防省の人間でもそう考えるようになってきたか!俺はてっきり、国防族の連中は、国境地帯を保持するのに汲々としているものだと思っていたが。」

「たしかに、国防上、国境地帯というバッファ・ゾーンは貴重だ。だが、経済力の低下は必然的に軍事力の低下につながる。除染装置のおかげでハイテク機器や装甲が腐らないと言ったところで、結局、整備や更新の予算がつかなければ、装備は維持できない。今は、人件費を削って何とかやりくりしているが、いつまでもは持たん。そうなったら、国境地帯もへったくれもないだろう。」

「結局、金か・・・」

悩める2人の官僚を乗せたリムジンは、やがて夕暮れの地平線の向こうへと消えていった。

 

 

 

数日後、ライオネル、皇帝邸宅公室。

 

「そうか、ダメだったか・・・」

 コールからの報告を聞き終えた、神聖ユードラ帝国皇帝ルドルフ・ルテールは、深いため息をつきながら背もたれに体を預けると、周囲の列席者を見渡す。円卓に列席するのは行政府各省の重鎮と国軍のトップ達、いわゆる皇帝派の面々である。

「法王府の連中の頭は、経典よろしく凝り固まっている。彼らにとって重要なのは、財政の健全化でもなければ、景気や雇用の回復でもない。経典法による秩序の維持だけだ。」

財務大臣のホルヒが諦観したように言った。通産大臣のタンクが続いてまくしたてる。

「我々が何とかして国外とパイプを作ろうとするたびに、法王府の連中が足を引っ張る。この間のアルケイディアとの交渉がいい例だ。よりによって、私がソリドールに謁見する前日に、ドーターのデモ隊に僧兵軍の装甲車を突っ込ませおった。それも各国のマスコミの目の前で、だ!ソリドールに開口一番言われたよ。“貴国の国民統治を見ていると、あなたの言葉も信じられなくなる”とな。」

「アルケイディアだけじゃない。雇用や自治を求める各地のデモに対する法王府の強硬なやり方に、ダルマスカやブルオミシェイスも公式に遺憾の意を表明している。我が帝国の国際的なイメージはガタガタだ。外国人にとっては、行政府も法王府も同じ『帝国』でひとくくりだからな。これではどこの国の政府も、我々と商売をしようなどとは思うまいよ。事実上の経済制裁だ。」

と、外務大臣のシュミット。

「現状に対する認識がこうまで違うと、もはや同じ国の統治機関とは思えん。こうなったら、国防軍の実力行使で、奴らから司法権を奪取出来ないものかね?」

タンクがそう言いながら国防3軍統合総監部のリピッシュ元帥に視線を向けたが、リピッシュは

「それこそ、法王府の思うつぼです。そんな気配を見せた途端、彼らは、一気に国防軍の粛清を始めるでしょうな。大隊レベル以上の全ての部隊には、法王府の宗教士官が張り付いていることをお忘れなきよう。よしんば国防軍の一部を蜂起させたとして、待っているのは僧兵軍との内戦です。そうなったら、同盟諸国の連中は待ってましたと言わんばかりに国境地帯を越えてくるでしょう。」

と、首を横に振った。

「だが、このままでも帝国はジリ貧だ。法王ディ・ヴォウスは口では陛下にへつらいながら、実際はやりたい放題だ。彼は、外国の勧告を受け入れて少数民族への経典法での統制を止めるくらいなら、鎖国に走るだろう。そうなったらゲーム・オーバーだ。そうなる前に、何とかして海外市場に橋をかけねばならん。」

「帝国の技術は世界一だ。除染装置がダメでも外国に売れるモノは腐るほどある!貿易が振興すれば、経済も復興する。雇用も生まれる。そうすれば国内の不満だって収まるだろう。それに今ほど厳格な経典法での統制など、戦時でもなければ必要ない。なぜ奴らにはそれが分からんのだ・・・」

大臣たちは口を開くたびに不満と悪口をまくしたてたが、事態の解決につながるような提言が出ることは全くない。その惨状を見かねたコールは思わず右手を上げた。皇帝ルテールがそれに気付き、重鎮連中を鎮める。

「コール次官、なにか名案でも?」

ルテールの質問に、コールは「おそれながら・・・」と前置きしながら続けた。

「現状、軍縮、そして、法王府の少数民族弾圧をやめさせない限り、諸外国が市場を開くとは考えられません。しかし一方で、我々の力では法王府を止めることはできません。ただ、ひとつだけ、国外市場への販路を開く方策があります。」

「ほう?」

「諸外国が我々に市場を開かない原因の一つが、我が国の民族問題であることは今述べたとおりです。ただし、ひとつの例外を除いて・・・」

「例外だと?」

「同盟諸国です。」

 旧敵国連合の名を聞いたとたん、あきれたような笑い声が円卓からあがった。

「なにを言いだすかと思えば!奴らのせいでこしらえた国境地帯こそが、帝国の孤立化の大元凶ではないか!それに同盟諸国とはこの400年以上、通商どころか、正式な国交すら成り立っていないんだぞ。法王府云々以前の問題だ。」

シュミットが噛みつくが、皇帝がそれを鎮め、コールに続きを促した。

「同盟諸国が我々を国境地帯で封じ込めているのは、我々と同じく純粋に国防上の理由からです。他の主要国が、我々の軍事的脅威に加えて、法王府による強権弾圧という道義的な理由で、帝国との交渉に二の足を踏んでいるのとは事情が違います。現に、主要国の中で彼らだけは、先日のデモ隊に対する法王府の弾圧に対して、なんらメッセージを発していません。我々は、法王府の動向に関係なく、彼らと交渉することが出来ます。」

「同盟諸国と交渉とは・・・どこからそんな楽観的なビジョンが出てくるのかね?」

「我々ほどではなくても、彼らの財政も逼迫しています。その一番の理由が、彼らの軍事支出です。ミミック菌を克服した我々の最先端の軍事力とバランスをとるために、彼らは空軍と海軍潜水隊に巨額の国富を投入しています。技術に数で対抗する必要上、陸軍への人件費もまた莫大です。あまりにもカネのかかる平和・・・彼らにしても国境地帯をはさんだ現状は、理想的なものとは言えないはずです。」

「仮に、奴らが、その支出を重荷に感じていたとしよう。そうまでして恐れている我々が何か話を持ちかけたところで、まともに取り合うと思うかね?」

「確かに保証は有りません。しかし、彼らと話しあえるのは、国境地帯というバッファ・ゾーンをはさんで軍事力で勝ち、経済力で何とか拮抗している、このタイミングを置いて他にはありません。法王府がこれ以上帝国の内政を引っかき回せば、遠からず帝国の斜陽化は覆い隠すことのできないレベルで顕在化するでしょう。そうなってからでは、彼らに足元を見られる恐れがある。私は、そうなる前に、彼らとの話し合いのチャンネルを構築すべきだと思います。現状、彼らとの外交チャンネルはゼロです。終戦から100年以上がたつというのに、大使館どころか、公使館すら無い。旧敵国とはいえ、これは明らかに異常です。」

コールの表情は必死であった。先ほどまで彼を揶揄していた大臣達も今は黙って視線を向けている。タンクが問いかけた。

「それで、具体的に何を話し合おうというのかね?」

「経済的に、国境地帯を開くのです。」

「言うは易し、だな。それが出来たら苦労はしない。今や主権があやふやとなったあの地に、両国の経済活動を持ち込めば、遠からず資源や市場を巡った争いが再燃するだろう。そうならないために、あえてあの地を不毛地帯にしているのを忘れたわけではあるまい?」

「では仮に、国境地帯に、確固とした『主権』が確立されたとしたら?もう一つの中立的な『国家』が、あの地に生まれたとしたら?もしそれが存在すれば、我々はその国家を中継して、同盟諸国との鉄の壁を開くことが出来る。」

「フィクションとしては面白いが、あの地に国家を作るだと?条約を忘れたのか?我々は、いかなる形でも、あの地に影響を及ぼす行為は出来ない。奴等は黙っていないぞ。」

「勿論、一方的に動くことはできません。だからこそ、彼らとの話し合いが必要なのです。我々の真意を伝え、彼らとの信頼関係を作り、共同して国境地帯を『開く』のです。」

「・・・・・」

「考えてみてください。今は、同盟諸国と延々戦っていた100年以上前ではありません。我々にとっての敵は、彼らの軍事力や野心ではありません。市場の閉塞と法王府の暴挙によって醸成された国内不安こそが、最大の脅威なのです!」

「君の言いたいことは分かった。」

皇帝ルテールが口を開いた。

「正直、君の考えるビジョンの実現性には疑問がある。」

「・・・・・」

「だが、アルケイディアへの門が閉ざされた今、君の言うように、同盟諸国とのパイプを構築するのは、ひとつの保険にはなるだろう。それに、彼らとの話し合いで妥協するなら、戦いになっても勝てる今のうちだ。頭というものは、勝っているときにこそ下げるべきものだからな。」

「では、100年ぶりに、外務大臣直々にゼルテニアに乗り込みましょうか?」

シュミットが身を乗り出すが、ルテールは首を横に振った。

「いや、我々の動きを法王府に知られたくは無い。鎖国志向の法王に知れたら、またぞろ妨害されかねんからな。接触は、裏でやろう・・・とはいえ、問題はその方法だな。コールの言った通り、現状、帝国と同盟諸国との外交チャンネルは皆無だ。交渉するにしても、向こうの誰と話せばいいのやら・・・」

参列者たちも一様に黙り込む。重苦しい沈黙がしばらく続いた。

「おそれながら・・・」

リピッシュ元帥が姿勢を正しながら沈黙を破る。

「ごく私的なものではあるのですが、私には、向こうの人間に知己がありまして・・・」

議場の目が一様にリピッシュに注がれる。

「それはどういうものだね?」

ルテールが問いただした。

「いや、けしてやましいものではありません。陛下や大臣はご存じでしょうが、数年に一度、同盟諸国との間で、互いが検挙した諜報員の交換が非公式に行われます。私は毎回これに立ち会っていたのですが、向こうにも、毎回交換に立ち会っていた情報軍の将校がおりまして・・・交換の度に、私的に話したことがあります。まあ、他愛もない世間話程度ではありますが・・・」

「それは知らなかった・・・他愛もない世間話だけであることを信じてますよ。」

リピッシュの向かいに座っている憲兵長官が少しばかり苦笑しながら言った。

「その人物は今、どうしている?向こうの政局に携われるような人間なのかね?」

「いえ、確かに向こうの情報軍内では、それなりの地位にいたようですが、今はもう退役しているようで・・・ただ、皆さま方に、他にコネが無いというのであれば。」

リピッシュはそう言うと議場を見渡したが、誰も発言するものはいない。

「では、決まりだな。」

ルテールが口を開いた。

「元帥、なんでもいいから、向こうの信頼できて、出来るだけ中枢に近い人間と、継続的に対話が出来る環境を作ってくれ。ただし、法王府に掴まれないように、だ。」

「分かりました!」

リピッシュは再度姿勢を正した。

「では、今日は解散としよう。コール次官は残ってくれ。」

皇帝ルテールがそう言うと大臣達は一様に席を立って礼をし、コールを残して退出した。

 

 それまでと打って変わって静かになった公室で、ルテールは、一人残って立っているコールの横に立つ。

「国境地帯を開く、か・・・君ほどの現実家が突然そんなことを言い出すとは、何か具体的な案でもあるのかね?」

「いえ、特に具体性は無いのですが・・・」

コールはそう言って、ポケットの中の新聞の切り抜きを取り出して皇帝に見せる。それは先日付けのドールマンの記事であった。ルテールはしばし記事を眺める。

「国境地帯の記事かい?掟破りな記者も居たものだな。で、これがどうかしたのか?」

「国境地帯のことについて同盟諸国と話すのであれば、何らかの『共通の話題』が必要です。」

「君は、この記事の『少女と教団』がその話題になると?」

「保証はありません。ただ、彼らの情報軍が怠け者で無ければ、国境地帯のことについて、ある程度はリサーチしているでしょう。この記事の信頼性については、私なりにリサーチしました。記事を書いたドールマン本人にも話を聞きました。結論を言うならば、記事の内容は『本物』です。混沌の象徴と言われて久しいあの地で、これだけ大それたことをやっている。条約で国境地帯が設定されて以降、我々の知る限り初めてのケースでしょう。彼女の教団については、彼らも認識はしていると考えるのが自然です。」

「なるほどな・・・わかった。では君は、リピッシュの所に行って、彼をサポートしてやってくれ。実際に話をするのは彼だからな。」

「わかりました。」

「まあいずれにせよ、強健に見えて、その実、藁をもつかまねばならないのが帝国の現状だ。傍目には堂々たる大樹でも、その幹の中はシロアリに蝕まれている。こうなったら使えるモノはなんでも使おうじゃないか、なあ?」

 黄昏の夕日を半身に受けながら、神聖ユードラ帝国皇帝ルドルフ・ルテールは自嘲するような笑顔を浮かべた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。