When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B.759 9月13日 ゼルテニア
チェスター・シュワルナゼは目抜き通りのオープン・カフェの一席に腰をかけると煙草に火をつけ、周囲を見渡した。通称、ショッピング・ストリートともいわれるこの通りには、両手にあふれんばかりの買い物袋を掲げた家族連れやカップルがひっきりなしに往来している。収穫祭のお祭り気分も手伝ってか、その密度は一段と高い。通りに軒を連ねた百貨店も、競って店を飾り付け、客の呼び込みに余念がない。
「男やもめには中々つらい光景なんじゃあないか。」
シュワルナゼが振り返った先には何もない。もしやと思って視線を落とすと、そこには初老のモーグリの姿があった。とはいっても、やや毛並みがパサついているのを除けば、ぬいぐるみのような外見には変わらない。10メートル離れたモーグリの年齢を他種族が当てるのは万馬券を引くより難しい、といわれるゆえんだ。
「カイラ准将。」
「遅くなって済まない。あと、私はもう准将ではないぞ。」
「ああ、失礼しました。」
「まあ、いいさ。」
そう言いながらカイラはシュワルナゼの対面に腰掛けた。給仕を呼び、コーヒーを頼む。
「それにしてもゼルテニアはもう寒いな!バーフォンハイムから直接来たものだから、余計にだ。」
「バーフォンハイムへ?それはまた結構ですな。しかし何でまた?」
「まあ、それも含めて今から話すよ。」
給仕がコーヒーを運んでくる。卓上にコーヒーがしつらえられる間は二人とも無言だ。
給仕が去って一寸すると、カイラはコーヒーをブラックのまま一口すすった。
「先日、ユードラの『知り合い』から連絡があってな。それでバーフォンハイムへ行ってた。」
「『知り合い』ですか?それは私の知っているコネで?」
「いや、このコネについては私独自のものだ。君も含めて、誰にも申し継いではいない。相手方が「会いたい」というものだから、私費でイヴァリースの裏側にまで行く羽目になってしまった。年金暮らしの財布にはきつい出費だ。まともな国交がないというのは全く不便だな。」
「ええ、まったくですね。」
(准将は、退官する前に、ほとんどのコネクションを自分に申し継いでくれた。誰にも申し継がずに墓場まで持っていくようなコネとなると、相手はかなりの大物か・・・)
シュワルナゼは、勘繰りながら答えた。
「それで、相手方の要件は一体何だったんです?准将が私を呼び出されたのと関係が?」
「まあ、そう急くな。ひとつずつ、だ。」
「すいません。」
「まず、相手方の要件だが、平たく言えば、『同盟諸国の政府と話し合いたい』、とのことだ。捕虜交換と罵り合いを除けば、現時点で公式、非公式を問わず、同盟諸国とユードラの交渉チャンネルはほぼゼロだからな。私にその橋渡しになってほしいということだった。」
「それで、准将に?」
「納得いかない、という顔だな。」
「そりゃ、そうですよ!いくら国交が無いとはいえ、そんな案件を退官した一私人に持ってくるというのは・・・通常なら、官僚達の事務レベルからスタートすべき話だ。まともな話の持って来かたじゃあない。」
「まあ、そうだろうな。では、ひとつ、君に課題を出そう。私が退官してから十数年になるが、その間、君がちゃんと仕事をしていたか、チェックしてやる。」
「・・・・?」
「まず、私をわざわざバーフォンハイムくんだりに呼びつけて、この話を持って来たのは、ユードラ国防統合三軍トップのカール・リピッシュ元帥だ。現役時代に彼とは面識があってね。まあ、それはどうでもいい。そして、君の指摘通り、彼は直々に、とんでもない案件を一私人に過ぎない私に持ってきた。この事情には、ユードラの国内情勢が絡んでいる。」
「・・・・・」
「さて、今、君に話したキーワードをもとに、彼が何故、今、こんな方法で、私にコンタクトをとってきたかストーリーを組み立ててみろ。時間は・・・そうだな、5分だ。私は、ちょっと用をたしてくるよ。やはり歳を重ねると『近く』なるな・・・」
そう言うと、カイラは椅子から飛び降り、カフェの中へと姿を消した。
「相変わらず、厳しいな・・・」
小さく首を横に振ったシュワルナゼは、コーヒーをすすると、頭を回転させ始めた。
― リピッシュといえば、国防軍のトップを長年務める、皇帝派の重鎮だ。ウチの分析では、派閥内での序列は、通産大臣のタンクに次ぐナンバー・ツー。その超大物が、同盟諸国との対話の再開という、これまた大それた提言を抱えてきたまでは良いが、何故かコソコソと地球の裏側のバーフォンハイムくんだりに足を運んで、たまたま旧知の間柄であったカイラ准将、いや、今ではリタイアした私人に過ぎないカイラに、あまりにも重いバトンを渡した。つまり、やましい、もしくは公には出来ない事情がある。同盟諸国と話し合いたい、というのは、彼の個人的なインテンションなのか?・・・いや、それは無い。我々のアセスメントでは、リピッシュは、一人でそんなことを始めるような野心家ではない。アナリストの分析では、彼はとことん権威に従順な男だ。となると、やはりこれは、ユードラ皇帝、ルドルフ・ルテールのメッセージととらえて良いだろう。リピッシュは、准将と話すためのメッセンジャーに過ぎない。しかし、だとすると余計に疑問なのが、何故、帝国の最高権威が、こんなせせこましい方法でアプローチしてくるのか、ということだ。
そう言えば、准将は、国内事情がからんでいると言っていた。皇帝ルテールが、国内において顔色を見なければならない人間、それは一人しかいない。ユードラ・ファラ教法王バース・ディ・ヴォウスだけだ。戦時そのままに、帝国内の法治を取り仕切る法王府、そのトップである法王バース・ディ・ヴォウスの政策は、頑迷なまでに原理主義的な経典法による国内統治・・・そういえば、先日も、失業者のデモ隊に、隷下僧兵軍の装甲車を突っ込ませていた。確か担当アナリストが、あの件に関して報告書を出していたな。あの報告書によれば、このデモ隊へのあからさまな弾圧が起きたのは、皇帝派トップのタンクが、通商協定を結ぶためにアルケイディアへ飛び、ソリドールに謁見する前日だった。そして、弾圧は、あえて各国のマスメディアが陣取る目の前で行われた。もともとアルケイディアは、ユードラの通商協定の申し出に対して、『軍縮』と『人道的な国内統治の実現』という条件を提示していたが、それを踏まえたうえで、法王府は装甲車でデモ隊を引き殺し、その結果、当然のごとくタンクの使節団は面子を潰され、交渉は頓挫した。つまりこれは、『貿易による国富の充実よりも、法王府による国内の統治を優先させる』という、ディ・ヴォウスのメッセージに他ならない。一見、メッセージは、ラーサー・ソリドールに向けられているようにみえるが、ロザリアとの関係悪化を恐れたソリドールには、そもそも協定を結ぶつもりが無かったという情報もある。であれば、ディ・ヴォウスのメッセージの真の宛先は、タンクをアルケイディアに送り込んだ皇帝ルテールに他ならない・・・西への門を閉ざされた皇帝派は、必然的に東、つまり同盟諸国に目を向けざるを得なくなった ―
そこまで考えたときに、シュワルナゼの中で、カイラの課題への答えは出来あがった。
小さくため息をつき、コーヒーをすする。
カフェの奥からカイラが戻ってきた。
「人通りの多い割に、モーグリ用の便器は一つしかないときた。ここのトイレは要改善だな。」
そう言いながらカイラは席に着いた。
「では、答えを聞かせてもらおうか?」
「まず、リピッシュが携えてきたメッセージは、皇帝ルテールからのものです。『同盟諸国の政府と話し合いたい』というのは、短期的には、外交チャンネルの確立、最終的には同盟諸国との通商の確立を目指しているのだと思われます。ただ一方で、ルテールは、そこに至るまでの交渉を、一切の公的な手段を使わない、アンダーな形でやり遂げたいと考えている。つまり、法王府に感づかれるわけにはいかない、と。おおかたリピッシュ元帥は、バーフォンハイムには、私的なバカンス名目で、ご家族とでも来られたのではないですか?」
シュワルナゼの『答え』を聞いたカイラは、給仕を呼びつけると、今度はヴォトカのボトルをオーダーした。間もなく、卓上に、ビンとグラスが置かれた。
カイラはヴォトカの蓋をあけると、二つのグラスに注ぐ。
「優秀なる生徒に乾杯。」
そう言うと、グラスを一気にあけた。
「ひょっとして、君は国境地帯の方にばかり御執心なんじゃあないかと危惧していたんだが、しっかり情報士官としての本分を全うしているようだな。安心したよ。」
「さすがに、そちらにばかり、というわけにもいきませんよ。それに、彼女は本当にうまいことやっています。私が四六時中サポートしなくても安心して見ていられるくらいに。」
「私の退官日に君が見つけたと報告してきた娘っ子が、どうなったか、軍籍を離れた私には知る由もなかったが・・・」
カイラはグラスに2杯目を注ぎこむ。
「ともかく、リピッシュが私を頼ってきた経緯は、まさに君が予想したとおりだ。さて、今度は、私が君を呼び出した理由だが・・・」
カイラは、一冊のノートを取り出して開いて見せた。そこには、国境地帯をテーマとした、ユードラのフリー・ライター、カレル・ドールマンの一連の記事の切り抜きが張り付けられている。
「条約では、国境地帯における情報収集活動は厳しく禁止されている。官民問わずな。自国のジャーナリストが国境地帯に入ろうとした場合、両国の政府にはこれを阻止する義務がある。だが、この記者は、おそらく自国政府の制止を振り切って幾度にわたり国境地帯に入り込み、取材し、記事にした。りっぱな情報収集活動、条約違反だ。ここからは私の勝手な想像だが・・・」
ヴォトカを今度はチロと舐める。
「おそらく、この記事が出た後、我が情報軍のOSINT(公開情報)担当者は声を上げたはずだ。『ユードラのジャーナリストが、違法な取材活動を行い、ユードラ政府はこれを放置しているようだ』とね。また『この件について、ユードラ政府を糾弾すべきだ』と上申しようとしたかもしれない。しかし、この記者、ドールマンの活動に対して、同盟諸国政府は何のコメントも出さなかった。条約違反であるにも関わらずだ。なぜか・・・」
「・・・・・」
「ある情報士官が、その担当者に言った。『この記者の活動なら問題ない。泳がしておけ。上に報告する必要もなければ、君の責任で糾弾の上申をする必要もない。俺にまかせておけ』とね。そして、ドールマンの違法取材は見過ごされた。なぜなら、この士官にとって、ドールマンの活動は『願ったり』だったからだ。で、その情報士官は今、カップルと家族連れでにぎわうショッピング・ストリートのカフェの隅っこで、老いぼれモーグリとヴォトカを舐めている。」
黙って聞いていたシュワルナゼは、自分のグラスを持ち上げると、
「退役して十数年、なおボケとは無縁の師匠に乾杯。」
と言って、今度は自分のグラスを一気にあけた。
カイラの顔がほころぶ。
「リピッシュは私にこう言ってきた。『君達の政府と水面下で話し合うチャンネルを構築したい、話し合うには『テーマ』が必要だ。さしあたりは、国境地帯の取り扱いをテーマにしたい。』とね。私は言った。『あのカオスな不毛地帯の何を話し合おうというんだ?』。すると彼は『退役した君は知らんだろうが、今現在の国境地帯は、君が思うほど無秩序ではない。すでに、現地の人間達による新たな秩序が形成されつつある。』そういいながら、このドールマンの記事を出してきたんだ。そして記事を読み終えた私にこう言った。『もし彼女達が国境地帯をまとめうる存在になるのであれば、我が帝国と同盟諸国は、条約について再考しなければならない。これは私見だが、両国が連携して、この『教団』とやらに関与することで、国境地帯を理想的な形・・・例えば、軍事的なバッファを維持したまま、経済的な道を開くような・・・そんな形で再構築出来るかもしれない。』まあ、これはおそらくリピッシュの私見なんかじゃあなくて、皇帝派の官僚かシンクタンクだかの入れ知恵だろうな。そして、その官僚だかは、おそらく、ドールマンが特集した娘っ子の記事にインスパイアされた可能性がある。どうだね、できれば、デカイ獲物を釣り上げた、偉大な釣り師の感想を聞かせてもらえんかな?」
「まさか、こういう経路で話が来るとは思っていませんでしたが・・・」
シュワルナゼは頭を掻く。
「現地のコントラクターを経由して、国境地帯に潜入していたドールマンに、彼女達を取材させたんです。ドールマンは、私が期待した通りの記事を書いてくれた。そして、これまた期待通りに、ユードラ皇帝派の人間がこれに食いついた。いや、こうもトントンで進むとは考えていなかったから、期待以上です。ただ、また准将を関わらせることになるとはさすがに考えていませんでした。ユードラに何らかのコネがあると見ていた官僚達をマークしていたんですが、まさか、准将に話が来るとは・・・」
「全く、とんだお騒がせだったよ。だが、君の「ウォール・ブレイカー」・・・もう既に、壁の芯材にまでヒビが入りつつあるんじゃないか?・・・ユードラを関わらせる決断を君がするほどに。」
「ええ・・・それほど、あの子はよくやっている。私はとんでもない才能を掘り出したのかも知れません。」
「だが、グランド・デザインを引いたのは君だ。いまさら怖気づくなよ?」
「わかってますよ。怖いとしたら、あまりにもうまくいきすぎていて怖い、といったところですね。」
「そりゃ、良かった。じゃあ、改めて、リピッシュからのメッセージを伝えるとしよう。1カ月後、ゴーグで機工博覧会が開かれるのは知っているな?」
「ええ。」
「何とかして自国の技術を輸出に転嫁したいユードラの皇帝派は、さぞかし力を入れるだろうな。まあ、それはいい。リピッシュは、ある提案をしてきた。『自分のような人間が動きまわれば、何かと目立ってしょうがない。これからは、お互い、現場に実務者を置いて、メッセージのやり取りをしよう』とね。リピッシュは、博覧会に信頼できる部下を送るということだ。ついては我が方からも、実務者を一人送って、会場で顔合わせをしてほしい、と言ってきた。法王府の対外情報部に顔の割れていない若い人間が良いだろう、とも言っていた。まあ、これには私も同意見だ。さて、どうする?」
「どうするも何も、そこまで話が出来あがっているなら、出すしかないでしょう。しかし、同盟諸国の人間は、ゴーグには入れませんよ?比較的開かれているとはいっても、立派な帝国領ですからね。」
「そこを何とかするのが情報軍だろう、といいたいところだが、今回はその心配はしなくていい。リピッシュからの贈り物だ。」
そう言って、カイラは封筒をよこした。中には、リピッシュの部下と思わしき人物の履歴と、パスケースが入っている。
「こいつが、ユードラ側の実務者ですか?へえ、エージェントではなく、現役の士官を出してくるとは・・・。で、こちらはプレスの身分証。こりゃいい。偽造する手間が省けました。」
「あとは、君とリピッシュ達がうまいこと交渉してくれ。私の役目はここまでだ。リタイアした老人をこれ以上働かせるなよ?」
そう言ってカイラは、紙幣を卓上に置き、椅子から降りる。
「ええ、もうここまできたら、後戻りはできません。准将が生きてるうちに、終わらせて見せますよ。」
シュワルナゼの強気な言葉を背に受けながら、カイラは片手を上げると、人込みの中に消えていった。
(ユードラが乗ってきた。いよいよ正念場だ。気を引き締めてかからねば・・・)
シュワルナゼは決意を新たに、ヴォトカを喉に流し込んだ。
会計を済ませ、ボトルを紙袋に入れると席を立った。
ちょうど日没を迎えた通りには、街路沿いに浮かぶクリスタルが色とりどりの光を放ち始め、それらに触れようと家族連れの子供達が飛び跳ねる。よけながら歩くのは一苦労だ。
(今の自分には関係のない光景だな・・・)
そう考えながら、歩を進める。元首直々に、歴史を左右するほどの作戦を任されるシュワルナゼだったが、私生活はからきしだった。結婚も一度はしたが、あちこち飛び回ってめったに家に帰らない自分に妻はすぐに愛想を尽かし、やっと一人で歩けるようになった娘を連れて出て行った。妻は慰謝料こそ請求しなかったが、遠くダルマスカにまで移住してしまったために、もう娘に会うことも事実上不可能といえた。だがそれももう8年前の話だった。シュワルナゼは通りの賑やかさに特段嫉妬を覚えることもなく、歩き続ける。
ふと、一段とカラフルに飾り付けられた商店の看板に目が止まる。『モロトフ』。高級菓子の老舗だ。シュワルナゼは立ち止まって、しばし考えると、店内に進んだ。ショーケースの中を物色すると、店員を呼び、旬の栗をふんだんに使ったモンブランをオーダーする。
「贈答用で頼むよ。1週間ほど保たせたいのだが」
「かしこまりました。現在、チョコ板にメッセージを添えるサービスを実施しておりますが、いかがなさいますか?」
「では、『19歳おめでとう』と入れてくれ。」
とオーダーした。
「かしこまりました。」
店員はそう言うと、巧みにチョコレート・ソースのメッセージを書き込んでいく。
「お子様ですか?このお年でまだ親からの誕生日ケーキを喜んでくれるなんてうらやましいですわ!」
店員が笑いながら愛想を言う。
「ありがとう。」
シュワルナゼも、愛想笑いで返す。
店員は、メッセージを入れ終わると、これまた巧みにケーキをラッピングしていく。最後は店付の時魔道士が「スロウ」を掛けてケーキの足を遅くする。ここまで僅か2分。老舗の看板は伊達ではない。
「1週間分の保存魔法料込みで1200ギルになります。」
値段の方も伊達ではなかった。
店を出るころには、あたりは暗くなりはじめていた。右手に抱えたケーキに目をやる。アジョラの秋分の定期報告に合わせて、同じく処女宮の月が誕生日の彼女に誕生日ケーキを贈るようになったのは2年前からだった。昔、一度だけ、離乳食で作った誕生日ケーキを娘にあげた時のことがふと頭に浮かぶ。
(俺はひょってして、自分の孤独をあの子で埋めようとしているんじゃないか?)
ふと、そんな思いが心によぎった。
(だとすれば、やはりとんだ公私混同だ。自戒せねばな・・・)
さりとて処分する気にもなれない。ネフスカヤから送られた「18歳の誕生日ケーキ」の写真に飛空艇のクルーと共に写っていた彼女の笑顔は余りに眩しかった。
「まあ、いいか。」
そう呟くと、足を家路へと進めた。