When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 759 11月2日 ミュロンド
ファラ教法王府外事部人事課教育班長ミラン・リシュリューは自身のデスク端末上で、新規にリリースされた人事管理ソフトウェアと格闘していた。事前にひと通りのレクチャーを受け、これまで紙で管理していた資料の電子化による効率化の意義も頭では理解したつもりだったが、実際に使いだしてみるといくつもの行き止まりにぶち当たった。ガイダンスを片手に端末内の「魔物」と闘うリシュリューに内線電話のコールが待ったをかけた。電話の先は直属の上司、人事課長アレン・フォッシュ。フォッシュの快活で野太い声が電話先で鳴り響く。
「ミラン!新しい人事ソフトの使い心地はどうだ!オレはもう10回は端末を投げつけようかと思ったぞ。」
「ソフトの外注先と発注元の総務部がマトモに連携を取ってなかったんでしょう。仕様書作って業者に丸投げ、後は知らんのいつものパターンですよ。まあ、受注から完了検査までロクにコンタクトしてこない業者もアレですが・・・」
リシュリューは諦観の念を込めて淡白に返す。引き続き、電話口からはリシュリューとは対照的なフォッシュの大音声
「今日一日ずっとコレでは息が詰まるだろう!そんな君に朗報だ。ジャン・ルイが急な呼び出しで『生徒』の迎えに行けなくなった。お前さんの方で代行してくれないか?コッチは慣れた業務だし、外の風を浴びれば気分転換にもなる。」
リシュリューの執務室には窓が無かった。オマケに昨夜はオフィスに泊まり込んだので今日一日、まだ陽の光も浴びれていなかった。
「ソレは有り難いですね。行きますよ。『生徒』は何処の誰兵衛でしたっけ?」
「例の天才児だよ!国家名誉演劇団に部外課程の修行に出してた、今日が修業日なんだ。」
「ああ、『リュビ』ですか。アレは50年に一度の逸材ですね。でも1人じゃ帰ってこれない?」
「ハッハッ!経典法第12条5―3、教育班の人間が忘れたとは言わさんよ。」
「『神の国の宝たる子供は外界において常に思慮深き大人の庇護を受けるべし。なお、同法解釈および細部運用が定める子供の定義は15歳未満、外界は入校登録された学校への通学経路を除く自宅敷地外とする』。リュビは13と少し、でしたか。」
「委託教育先から府庁舎までの経路を『通学経路』と解釈できるかは法務でも意見の分かれるところだが、まあ、ソレは置いといても、彼はコレで全教育課程修了、早速やってもらいたいミッションがあるんだ。万が一ケガでもされたらコトなんでな!」
「分かりました。今から行ってきます。」
リシュリューは受話器を置くと部下の一人に出張簿の作成と車両使用申請手続きを命じ、椅子にかけた略法衣を羽織った。
「日帰り出張に飛空艇が使えなくなってどのくらいたつかなあ?」
リシュリューの問いに定年間際の老部下が答える。
「15年はたったんじゃないですか?あの頃まではまだ羽振りも良かったですからね。大概の宴会も『集会』で経費が下りましたから。ケチ臭くなったもんです。まあ、それでも法王府(ウチ)は別格ですよ。他の役所はVIP以外、もう公用車もほぼ使えませんからね。」
「そうなのかい?いつだったか、国防と通産の官僚達がライオネルに我々を呼びつけた時はヤツら高級車を使ってたぞ。あの響きはV10か12だな。」
「ウチが飛空艇で来てるのに、軽自動車で来たのではアチラもメンツが立たんでしょう。お、車両申請通りましたよ。直4の大衆モデルですがご容赦を。」
「班長クラスならそんなものだよ。ありがとう。」
― 出世すれば、高層マンションのペントハウス宿舎から操縦士付きの飛空艇で出勤できるようになるからしっかり励め! ―
入山当初はそう発破をかけられたものだが・・・
リシュリュー自身はそんな生活に特に魅力は感じなかったが、更新予算が下りずに司祭位用の公用飛空艇を召し上がられた時は、国の斜陽を見せつけられたようで良い気分はしなかった。
少しばかりの寂しさを覚えながら、車庫に向かい指定ナンバーの公用車のシートに身を沈める。ハンドルには車両整備班が張り付けたと思わしき「市外出張者はAM(アンチ・ミミック)モジュール・スイッチON!絶対!!」の警告シール。都市区画用AMジェネレーターの圏外でAMモジュールを使わずに内燃機関車両を運転すれば結果は火を見るより明らかだ。過去、スイッチを入れ忘れたまま市外に出張した同僚は戒告処分を受けた上に、車両の除染とエンジンのオーバーホール費用を自腹で支払う羽目になった。同じ轍を踏まぬよう、まず最初にバッテリーとモジュールのスイッチを入れてからエンジンをかける。重厚とはいかないが軽快なエンジン音が車庫に響く。このひと手間と速度差を惜しまなければ、内燃機関車両は飛空艇よりもずっと経済的だ。法王府から摩天楼群を貫く都市高速を20分ほど飛ばし、市街区画のぐるりを囲う高さ300mの城壁ビルを抜けると、それまでとは打って変わった田園風景が地平線いっぱいに広がる。この極端なコントラストがファラ教総本山たるミュロンドの威容を一層際立たせていた。AMジェネレーターの効力圏外に到達すると同時に鉄筋コンクリート製の高架道路は地上に高度を下ろし、ミミック菌の勢力圏内に移行したことを伝える。リュビが教育を受けている国家名誉演劇団はミュロンドの城門から車で2時間ほど離れた閑静な郊外に練習場を構えていた。劇団員達に都会の喧騒から離れて鍛錬に専念させるための配慮である。リシュリューは練習場敷地内の一画に入り、AMモジュールとバッテリーの電源を入れたまま車を降りる。入り口にかけられた古式然とした呼び鈴を叩くと、劇団の支配人が出迎えた。
「ああ司祭同志。言ってくだされば迎えを行かせましたのに!」
「今日は学生達の修業式でしょう。そちらのスタッフの皆さんもお忙しいはずだ。」
「有り難いお言葉、神に感謝致します。」
ひと通りの世辞と気遣いのセリフで挨拶を済ませる。
「今、丁度リュビ君のクラスが修業演技を披露しているところですが、ご覧になられますか?」
水を向けられたが、特に演劇に興味のないリシュリューは丁重に断り、支配人室に案内させた。
支配人が上目遣いに問いかける。
「最後にダメもとでお伺いするのをお許しください。以前から幾度かお願いさせて頂いている、リュビ君を正式な劇団員として迎えさせて頂きたい件については、やはりご無理でしょうか?」
「貴方が余りにも熱心に言われるので司教位の上司にもはかりましたよ。まあ、残念ながらご期待に添える回答は得られませんでしたが。」
「やはりダメですか。あと5年、いや、2年あれば彼の演技はユードラの演劇史を塗り替えられる、そんな逸材なのですがねえ・・・」
リシュリューの回答に支配人は口惜しそうに応えた。
「分かりました。司教同志のご意思とあればもはや法王猊下のご意思。卑しき私めの浅慮など及びもしますまい。保証しますよ。彼ならどのような状況下に置かれても立派に役を演じきるでしょう。」
「劇団の支援・尽力があってこそ、ですよ。彼一人でできるものではないし、我々、坊主にもどうやったって教えられませんからね。できるとしたら、「敬虔な坊主」の役か、でなけりゃ「腐敗した坊主」の役くらいです。」
話し込んでいるところで支配人室の扉がノックされる。
「修業式、全て終了です。リュビ学生を連れてまいりました。」
扉越しに団員の申告。
「了解、お疲れ様!リュビ君だけ部屋に入れてくれ!」
支配人が命じると扉が開き、少しカールの付いた亜麻色の髪の少年が入ってきた。つい先程まで演目をこなしていたのだろう。額が薄っすらと汗ばんでいる。小柄で線も細いが、引き締まった体。鳶色の瞳のその目は柔和で、何人もの大人達に囲まれているとは思えないほどに落ち着いている。少年は支配人に正対すると「リュビ学生、特別演技課程修了しました!ご指導感謝致します!」と快活な声で申告し、続いて略法衣を着たリシュリューに向かって姿勢を正すと、同じく透き通った声で「リュビ候補生、本日付け、特別演技課程修了ならびに、中級特別用務員課程の修了を報告します!」と申告した。リシュリューは少しはにかみながら
「了解、ご苦労さま。正確には課程修了を宣言するのは君ではなく人事課長同志なのだが、まあいい。辞令も出ているしね。」
と返した。
「担当のルイ君が来れなくなって、私が迎えの代行だ。慣れたメンバーでなくて済まなかったね。」
「いえ!リシュリュー教育班長司祭同志にお迎え頂き、光栄であります!」
堅苦しい台詞だが、にこやかに自然体で返してくるので嫌味もない。それよりも驚きなのは、彼が1年ほど前に一度会ったことがあるだけの自分の顔と職責を記憶していることだった。コチラは幾度となく資料で彼を確認しているが、彼にはそんな機会もなければ、今日、自分が迎えに行くということ自体伝えてもいない。何年かに一度は、分厚い経典法を大して苦も無く暗記してしまうような、いわゆる「天才」が入山してくるのは知っていたが、彼は格別だった。本来であれば入山後、適性検査を経て「特別用務員候補生」となり、初級課程と見習い(もしくは小間使い程度の仕事)を経て、最低でも2つ程度の実任務を成功させた上で1年間かけて中級特別用務員課程を終えるまでには最低でも5、6年はかかるところ、素養を見込まれた彼は初級課程をすっ飛ばし、実任務も経ずに中級課程に入り、7か月で修了してしまったのだ。13歳での修了は新記録であり、おそらくはコレが上級課程であったとしても、突破するであろう素養を備えていることを予感させる成績を残している。今回、彼が「中級」に留まったのは、上級課程の履修条件に在籍年数制限があったために過ぎない。
(年にそぐわない人生を歩む彼に、苦悩は無いのだろうか?)
僧侶の性分のせいか、そんなことを考えながらリシュリューはリュビを連れて訓練所を後にした。
「演技課程はどうだったかい?」
ミュロンドに向かう車中でリシュリューは後ろに座るリュビに問うた。
「はい、それまでに学んだ理論を実際に演技を通して表現できたことはいい学びになりました。演技を通して実際に感情をコントロールする技法は座学では分かりませんから。例えば自分が虜囚の身となった想定で教官が尋問官を演じられた時はやはり少しばかり恐怖も感じましたし・・・」
(少しばかり、か・・・)
リシュリューは前をむいたまま少しばかり呆れたような笑みを浮かべた。
国家名誉演劇団は、ユードラが同盟諸国との戦争中に設立した国立の演劇団であった。国威発揚を主旨として、主に前線の英雄譚や宗教劇、時には鬱屈とした戦時を忘れさせるために喜劇なども演じながら全国を巡業する。停戦後も活動内容を大きく変えることはなく、350年の歴史と伝統を誇る世界有数の劇団の一つでもあった。そして設立と時を同じくして、現在まで続く劇団のもう一つの任務が、法王府に属する「特別用務員」達の養成を支援することであった。特別用務員は元々、戦時中に新たにファラ教圏内となった旧キルティア教圏における経典法の浸透・遵守状況や、レジスタンス活動に対する情報収集のために立ち上げられた特技であったが、用務員達に浸透先に応じたカバーストーリーや、尋問への対処術を教育するにあたり、必要な演技力・ノウハウの伝授が劇団に課されたのである。劇団は国家の名を冠しつつも法王府内務部の直轄組織だったことから、そこを巣立った用務員達も当初は国内のみで活動していたが、その能力の高さから国軍が管轄していた対外諜報部局の要員養成をも請け負うようになり、法王府はなし崩し的に国軍の諜報部局を吸収してしまった。吸収した対外部門は法王府の外事部内に再編され、現在に至っている(そのため、現在では皇帝が所管する国軍の情報機能は兵器の諸元や大部隊の移動等の軍事情報収集に限られ、特に人的情報機能については完全に法王皇府に依存するようになってしまっていた)。主な任務は国境地帯を含む国外での情報収集及び各種工作活動。管理職以上は全て僧籍だが、現場で活動する用務員は様々な出自・年齢層から集められていた。
リュビもまた、そのような中の一人であり、特に彼の場合、そのキャリアは赤ん坊時代から始まっていた。教会に設置された「赤子箱」に捨てられ、教会が運営する児童福祉院に引き取られたリュビは、特別用務員が浸透先での警戒心を下げさせるために「子連れ」のカバーを演じる際に必要な「乳幼児タレント」として法王府にスカウトされたのだ。年相応の子供らしく振舞ってくれればよい「乳幼児タレント」には特別な訓練は必要なかった。国内外で幾度かの「タレント業務」をこなした後、数年は児童福祉院で過ごしていたが、持ち前の利発さが目に留まり12歳で特別用務員候補生として改めてスカウトされた。預かりが外事部となったのは、同時期に用務員候補生の質よりも数を求めた内務部との取引によるものだった。ともあれ今日の課程修了をもって、リュビは正式に法王府外事部付の特別用務員となる。身寄りのない児童福祉院の出身者が特別用務員としてスカウトされること自体は決して珍しいことではなかったが、彼の場合はその若さと素養のアンバランスが際立っていた。
(フォッシュ課長がやらせたいと言っていた任務は、おそらくそんな彼の特性を考慮したものなのだろうが、あの言いぶりでは見習いや小間使いの類ではないだろう。いくら優秀とはいえいきなり何の任務をやらせるつもりなのか・・・)
リシュリューはバックミラー越しにリュビを見る。柔和であどけなさを残した顔つき。年相応の少年として振る舞うだけでも、警戒するものはいまい。
「私の配属先は決まっているのでしょうか?」
リシュリューの視線に気付いたリュビが見透かしたように問う。
「課長同志にはお考えがあるようだがね。帰ったら挨拶することになっているから、詳しくは直接聞くと良い。」
「わかりました。」
リュビは淡々と答えると、視線を窓の外に移す。その態度は年相応の愛嬌じみたものを一切感じさせない。
(もし彼に親がいれば、「自慢の息子」にはなるだろうが「愛しい息子」としてはどうだろうな・・・)
リシュリューは視線を前方、地平線の上に小山のように盛り上がったミュロンドの市街に戻した。
― 国境地帯に入り、絶叫サーカス団・フライトナーズ」にチェックインせよ。事後の指示は団長を通じ後令する ―
それがリュビに出された辞令であった。
3日後、法王府外事部人事課長室
毎朝の人事課定例ミーティング、課内各班長からの大した内容もない報告と人事課長フォッシュからの簡単な業務指示が終わり会議解散、各班長退出となったところでリシュリューがフォッシュに伺いを立てた。
「課長、少しお時間いただいても?」
フォッシュは快諾し、課長執務室には彼ら2人のみが残った。リシュリューは執務室の扉を閉めるとフォッシュの面前ににじり寄る。
「課長、先般のリュビへの辞令の件ですが・・・」
フォッシュが促すように首を縦に振るのを確認し、続ける。
「彼が優秀なのは異論のないところですが、やはり異例に過ぎます。実任務未経験者をいきなり国境地帯に配属するなんて聞いたこともありません。あそこでは在外公館の庇護も受けられない・・・」
「フライトナーズは国境地帯では信頼できるコントラクターだよ。3代に渡って、同盟諸国に尻尾を掴ませていない実績持ちだ。Frightner(ビビらせ屋)の名の通り、プレハブのお化け屋敷が売りの珍しいサーカス団でな。本業の評判も高いんだぜ?」
「それは知ってます。ですがあそこは用務員を送り出すための中継に使ってるに過ぎません。その後をどうするのかは存じませんが、あそこは一旦送り出した用務員には何のフォローもしませんよ?何の任務をやらせるにしても、ルーキーにはリスクが高すぎます。せめてダルマスカかブルオミシェイスあたりの穏当な国で、2、3年は経験を積ませるとかはできないんですか?」
「君がそんなに彼を気にかけるとは思わなかったな。もっとドライな人間だと思っていた。彼は君の趣味かね?」
フォッシュが意外という感じでおどけてみせた。
リシュリューは溜め息をつきながら
「そういうのではないです!国境地帯内でポカをやらかせば、奴等(同盟諸国)に即座に付け込まれます。せっかく捕らえた奴等の工作員と交換のネタにされたり、国内からは皇帝派の連中に難癖を付けられたり・・・とにかく良いことがない。」
ぼやくリシュリューを上目遣いに見ながらフォッシュはボソリと
「納得出来る理由が欲しいか?」
と問うた。
「無論!」
とリシュリュー。
「いいだろう。ここまでノンポリで通してきたお前さんには教えてやる。どのみち辞令は取り消せないし、計画も走り出したからな。」
「計画?」
「まあ、座れ。」
フォッシュは執務室の応接スペースを顎で指すとリシュリューをソファに座らせ、対面に腰掛けた。
「リュビにはな、今、アソコでブイブイいわせてるグレバトス家の娘っ子のところに潜ってもらう。」
「!!」
「お、その顔だと、アソコの近況はちゃんと把握しているようだな。教育畑に浸かっている割にはアンテナが高い。」
「茶化さないでください。外事部にいれば一般教養レベルです。私が驚いたのはそこじゃない。あの娘の調査はもう・・・」
「もう、終わっている。ヒルデブラントが『シロ』にして幕引きした・・・だろ?そっちもよく知ってたな。もう何年も前の話だ。さて、そのヒルデブラント様は今、何してる?」
「何って、今年の春に体調不良で退任されて還俗を・・・まさか!」
フォッシュは不敵な笑みを浮かべる。
「もしヤツがまだココ(法王府)にいたら、こんな計画はまず通らんだろな。ヤツの顔に泥どころか糞溜めのクソを塗りたくるようなもんだ。」
フォッシュはさらに嬉しそうに踏ん反り返る。
「俺の前では皆、気を遣って言わんが知ってるだろう?なぜ俺が人事課長なんてツマラン所に座らされているのか。」
リシュリューは一瞬たじろいだが、観念したように答える。
「ご同期のヒルデブラント同志との方針不一致、もっと有り体に言えば『ソリが合わなかった』というところですかね。ついでに申し上げるなら、外事部長と対外情報局長は兼務配置。ヒルデブラント同志が先にソコに就かれた時点で、当時の対外情報局次長だったあなたの昇任の目はなくなった。ヒルデブラント同志と上下の関係になった後もご両者の溝は埋まらず、次長席を解任されたあなたは主要作戦や高級人事の権限を持たない人事課長職に左遷・・・あと、コレは不確定情報ですが、ヒルデブラント同志は退任に際して決してあなたを外事部長に就けないよう言いおいた、とか。」
リシュリューがそこまで言ったところでフォッシュは上体を起こし小さく拍手した。
「良くできました。100点満点です。不確定情報のところも、まあ、そうだろう。あの後、何度定期人事があっても私はここから一向に動けない。」
「事実上のツートップが不和で当時の外事部は地獄のような雰囲気で有名でしたからね。当時私は国軍の宗教士官に出向中でしたが、あのタイミングで外事部に居なかったことを心底感謝したものです。」
「手厳しいね。まあ、下の者たちには迷惑を掛けたと思っているよ。だが、私も信ずるところを曲げれんタイプでな。さて、そんな私が左遷される事になった決定打が、例の娘っ子の件だ。」
話が本題に戻った。リシュリューは黙って聞く。
「あのグレバドスの娘が世に出てきた時点で、当時外事部に居た大体の者は疑念を抱いた。家が家だけに少なくともブルオミシェイスとの、あるいはその後ろにある第三国との関係をな。ソコまでは当時、対外情報局の中堅に過ぎなかったヒルデブラントも私も変わらなかった。ヒルデブラントは調査の主任を任され、私はヤツのサポートを命じられた。不本意だったが、私は職務には忠実だ。しっかりとヤツをサポートしたさ。ヤツはお得意の理詰めで綿密な調査をねちっこく続けた。異例なことに後任者に引き継ぐこともなく、あの仕事を抱えたまま昇任していった。私も金魚のフンのように付いて行ったよ。そして8年でヤツはケリを付けた。まあ、実際、何のウラも取れなかったしな。だがなあ、私はどうしてもあの件が『クサい』という感覚を拭い去ることができなかった。で、ヤツに調査の継続、又は私への引き継ぎを申し出たが、けんもほろろさ。「他にもやるべきことは腐るほどある。続けたいと言うなら然るべき根拠を出せ。」とな。根拠なんてないさ。俺のカンだ!と言ったところで、まあ通じんわな。いよいよヤツは堪忍袋の緒が切れて、私はあえなく都落ち、で、ココに至る。というわけだ。」
ヒルデブラントとフォッシュが水と油と言われる所以は、まさにその仕事の仕方にあった。万事につけ理詰めで、根拠と計画を重視するヒルデブラントに対し、フォッシュは多分に直感や思い付きで仕事を進めるタイプであり、食い合わせとしてはまさに「最悪」だった。
「だがな、どうしても納得がいかなかった私は一計を案じた。」
そこまで言うと、フォッシュは顔をリシュリューに近づけ、囁いた。
「例の件の調査結果の文書のコピーを、泳がせてた何カ国かのエージェントにばら撒いてやったのさ。ま、表紙と結果が書いてある最後のページだけだがな。」
そして、再度、ソファにどっかりと腰掛けた。
目を丸くしたリシュリューにフォッシュは続ける。
「そうしたらどうなったと思う?何処の誰が手を引いたかは分からんが、そこから先、状況が一気に動く動く!例の娘っ子は妙な『奇跡』を起こしたと思えばベルベニアから姿を消し、2年後には「我こそは救世主で御座い〜」と鳴り物入りで戻ってきた。確信したね。やはり私のカンは正しかった。だが・・・」
「だが・・・?」
「手が出せない!ヒルデブラントのヤツが私の上にドカッと腰掛けてる間、私はあの娘の裏で糸を引いてるであろう奴等について想像を逞しくするだけで何もできなかった。その間に、あの娘の「教団」とやらはどんどん大きくなる。ヒルデブラントは年度の始めで「退任」したが、どうやら後釜に私が座ることのないよう、しっかり手を尽くしていった。リシュリュー、ヤツの後任者の名前を言ってみろ。」
「ジャック・フォルバン同志です。ヒルデブラント同志が外事部に来る前、僧兵軍にいた頃には幕僚や副官を何度も務め、その信頼も厚いとか。ついでに言えば、あなたとは業務上、関わることはほぼ無いキャリアでココまで来ている。ヒルデブラント同志の後任人事としては「順当」なところでしょう。」
リシュリューの回答に、フォッシュは満足げな笑みを浮かべる
「ふむ。ノンポリの割にはフォルバンのバイオグラフィーもよく把握してるじゃないか。だが80点、いや、ヒルデブラントと私の確執の中で、という評価基準では0点、むしろマイナスだな。ヤツも同じミスを犯した。具体的には致命的に重要な経歴を見逃していた。」
リシュリューには見当が付かない。
「・・・勿体ぶらずに教えてくださいよ。」
「正式な僧としての任官からのキャリアで言えば、君が持っている認識で間違いない。恐らくヒルデブラントの認識もそうだろう。だが、その前の事にヤツは気付かなかった。フォルバンは中学を卒業してすぐ西大教区の僧候補生に入校した採用区分だ。正式な僧ではないから、アソコの経歴は法王府本庁の人事記録には反映されない。そして、ココが決定的なんだが、私も、西の僧候補生出身なんだな。期別はフォルバンの2つ上だ。」
「あ・・・」
ユードラ帝国を宗教面で統べるファラ教団は多民族国家故に、全国を統括する法王府本庁の下、構成民族集団をベースに教区を東西2つに分けていた。元来、ファラ教を奉じていた民族集団をベースとする西大教区と、比較的新しく併合した東方旧キルティア教圏を主に担当する東大教区、東西の大教区の運営はミュロンドの本庁統制下ほぼ縦割りであり、本庁勤務か本庁直轄の僧兵軍配属にならない限り相互の交流も無きに等しい。人事制度も各教区の裁量が大きく、就業年齢に達していない若年者をリクルートする僧候補生は西大教区の独自制度であった。よほど念入りに確認しない限り、教区外の人間がそんなキャリアまで把握するのは難しい。そして、これは西大教区の出身者の中では半ば公然と知られた事であるが、僧候補生学校の期別の上下は「死ぬまでひっくり返らない序列」であった。リシュリューも話には聞いたことがある。ある大都市圏を管轄する枢機卿がどこぞの田舎の教会の公式行事に参列した際、礼式上、教会の司祭に出迎えをさせた。教会の一室で枢機卿一同と教会の司祭・助祭との懇談が滞りなく執り行われた後、枢機卿は少しの間、司祭と2人で話がしたいと、それぞれの随行者を外させた。一寸おいて気を利かせた小間使いが湯茶を持って部屋の扉を開けたところ、そこには上座にふんぞり返った司祭に向かってコメツキバッタの様に頭を下げながら「押忍!先輩同志!先程は大変失礼しました!押忍!」と繰り返す枢機卿の姿があったという。双方が僧候補生学校の出身であり、早々に出世コースから外れた田舎司祭の方がエリート枢機卿よりも期別が数期ばかり上だったのがその理由であった。
「その顔だと、察しは付いたようだな。やはり西大教区の人間だけある。まあ、それが今の私と、現外事部長兼対外情報局長フォルバンとの関係だ。東のエリート大学出身のヒルデブラント様にはちと思いが至らなかったかな?まあ、フォルバンは僧兵軍で相当ヒルデブラントに尽くしたみたいだから、さしもの閻魔大王も目が曇った、てところか。とにもかくにも、私個人としては愉快な人事となったわけで、おかげで私はこの席に座ったまま、外事部の人事と運営に口を出せる様になったわけだ。」
「フォルバン同志を傀儡になさるおつもりですか?」
「私も弁えてはいるし鬼じゃないからな。基本的にはフォルバン同志閣下のお好きなようにしていただきますさ。ただ、私の関心事項について少しばかり融通してくれれば良い。グレバドスの娘っ子の化けの皮を剥ぐ件についても、な。」
「ならばなおのこと、リュビには経験を積ませてから行かせるべきでは?」
「私の勘が「今が良い」と言っている。」
フォッシュの十八番だ。こうなると一部下に過ぎないリシュリューには如何ともしがたい。
リシュリューは諦めたように溜め息をつくとソファから腰を上げた。
「しかしエラく御執心なんですね。人事への介入も倫理規定上極めてクロに近い。一体なぜそこまでして?昔、中途半端に終わらせられた仕事を済ませないことには尻がむず痒くて叶わない。とかですか?それともヒルデブラント同志の顔に糞溜めのクソを塗りたくりたくなった、とか?」
問われたフォッシュの口元は変わらず笑っていたが、その目からは笑みが消えた。急に鋭くなった眼光にリシュリューは一瞬たじろぐ。
「私はね、世の中はシンプルな方が良いと思っている。」
フォッシュの唐突な切り出しにリシュリューは混乱した。
「人々が迷うこと無く教えを奉じ、無用な争いなく日々をつつがなく暮らす。昨日、今日、明日・・・余計なことに心煩わせることなく、毎日の小さな幸せに感謝しながら生き、死ぬ。これ以上の幸せはない。・・・私はね、そんなシンプルな幸福を壊そうとするものが許せない。内からだろうが外からだろうがね。謀略、干渉、変革・・・面倒な匂いのするものは一切拒否する。アソコ(国境地帯)で起きている事が、私には無性に気に障るんだ。万が一、あの「うねり」が、国境地帯を越えてコチラに来たらと思うとゾッとする・・・役人根性だけでやっていたヒルデブラントとは違うのだよ。」
静かにささやくと、一寸置いてフォッシュは高らかに一笑した。リシュリューは驚いて後ずさる。
「まあ、最後のは忘れてくれ!面倒くさがりで保守的なロートルの愚痴だ。リュビが行っても何も見つからなければそれでいいさ。老いて私の勘が鈍った、というだけのことだからな。」
いつもの快活な声色でそう言うと、フォッシュはリシュリューの肩を軽く叩き、部屋から出ていった。
(そうは言っても、な・・・)
部屋に残されたリシュリューの脳裏には、お調子者の万年課長で通している上司が一瞬が見せた「冷え切った目」が焼き付いていた。
B.B. 759 11月5日 ルザリア郊外
僕はもうすぐ「リュビ」ではなくなる。正確には「リュビ」である、という自我を限界まで圧縮して、意識の一番底に押し込める。そうやってポッカリ空いた隙間の部分に演じるべきキャラクターを押し込める。座学で理論を学び、劇団で演練した。コツをつかんでしまえばそう難しいことではなかった。周りには随分苦労している人達も居たけれど、何にそこまで苦労するのかはよく分からない。きっと皆、自我が強すぎるんじゃないか?自分の、元々のキャラクターに愛着があり過ぎるんだ。だから出来ない。思えば僕は・・・「リュビ」であることに大してこだわりも無い。親からもらった名前でも無ければ、誰かしらから「愛情」とやらを込めてその名を呼ばれたこともない。ただ、どうやら人の何倍かは物覚えの良いこの頭のおかげで「リュビ」は大人達(といってもほとんどは坊さん達だけれど)から大層もてはやされ、悪い気はしなかった。ココにいて「リュビ」で居るのは、少なくとも「快適」ではある。まあそれも、今日までかも知れない。どんなに人より出来るといっても、生命と権利が保証された温室の中での話だ。これからは、そうじゃない。それが分からないほど自惚れちゃあいない。
ミラン・リシュリューという、僕を劇団まで迎えに来た司祭が見送りを買って出てくれた。これからのことに不安がない、といえば嘘になるから、特段嬉しいわけでは無いけれど、少しばかりの感謝の意味を込めて、特段嬉しい体(てい)でお礼の言葉をかけた。司祭は大して顔色を変えるでも無く、小さく頷くと「気張りすぎるなよ。調子に乗ってポカをやらかした奴等を何度も見てきた。」と優等生に対するありがちな戒めの言葉を寄越した。(僕は大丈夫さ)なんて自惚れるつもりはない。初めての仕事なのだから、慎重に油断なくやってみせるつもりだ。大して感慨深くもない別れの挨拶の後、リシュリュー司祭からカバンを受け取り、軽くお辞儀をしてチョコボ車を降りる。国境地帯からごく近いこの辺境では、飛空艇や自動車は目立ってしまうから、らしい。
3日間ほど、徒歩で荒野を東へ進む。荒涼とした国境地帯(といっても、まだ西の端っこだが)を進みながら、自分がユードラの人間だという自覚と匂いをそぎ落としていく。このあたりの一般的な魔物からの護身に必要な魔法は習得させられていた(アシが付く銃は使えず、この身体では剣や弓は使えるわけもなく教わってすらいない)が、使わずに済んだのは幸運だった。山脈の西のふもと、指示された通りの場所に廃城を見つけた。ここからは完全に身一つだ。カバンからボロを引っ張り出してまとい、手持ちの革袋に最低限の水と食料を入れ、他の携行物は全て埋めた。廃城の一画で座り込み、浮浪児のようにしながら「迎え」を待つ。2日待っても迎えが来ない場合、この段階で身体に不調を覚えた場合又は、事前のブリーフィングと違う人間から接触された場合は帰投しても良いことになっていた。裏を返せば、迎えが来ればもう引き返すことは出来ない。少しばかり心拍が上がるのを学校で習った呼吸術で抑える。廃城に入ったその日の深夜には「迎え」が来た。国境地帯を根城にする人買い集団「ジード団」。事前のブリーフィングのとおり構成員全員がモヒカン頭かスキンヘッドで刺々しい肩パッドを着けているので、深夜でも月があれば容易に識別出来た。計画では僕はここでジード団に「さらわれる」ことになっている。構成員の一人が僕の方に近づき目の前で止まると「ここにはお前さんだけかい?」と聞いてきた。ブリーフィングどおりの符丁。僕も符丁で返す。「昨日まで3人のモーグリと一緒にいたんだ。」月明かりに構成員が笑うのがわかった。「ようし、来な。金は別に受け取ってるから、丁重にもてなすぜ。」
彼らは国境地帯内を放浪しながら、適当に見繕った人間を拾ったりさらったり買い取ったり、あるいは売りつけたりするのを生業にする「流しの人身売買行者」だ。特別用務員を敵地に潜入させるプロセスの一つに「足跡を消す」手順がある。金次第で何でも請け負う、こういったアングラ業者を渡り歩かせることで身元をロンダリングしていくのだ。
彼らは僕をチョコボの荷車に放り込む。放り込む、と言っても巷で思われているようにぞんざいには扱われなかった。手に入れた人間は大事な「商品」だからだ。暗い荷車を見渡すと、2人の先客がいた。彼らが「不幸な商品」なのか、僕のような「用務員」なのかは分からない。当然、言葉を交わすこともない。ジード団の一人から配られた毛布にくるまり、睡眠を取ることにする。任務では睡眠の確保が大事だ。寝れる時は寝ろ、睡眠不足は病気・判断ミスに繋がる。学校での教えを思い返しながら目を閉じる。
「ヒャッハー!」
御者の掛け声で荷車はゆっくりと動き出す。一刻もしないうちに荷車は山脈の峰に向かって上り坂に差し掛かる。山越えのスキルを持ったジード団は、山脈の向こう側、国境地帯の同盟諸国側に人を送り込むにはうってつけのコントラクターというわけだ。
4日ほどで山を越え、「向こう側」のちょっとした集落に入る。ちょっとした、といっても電気も水道も通ってなさそうな、まるで中世のおとぎ話のような街だ。荷車の「先客」2人は広場で競売に掛けられ、引き渡されていった。帝国ではとうに廃れた奴隷売買が悪びれもなく行われる。法治の枷を外された人間の行き着く先。学校で習ったとおりだ。荷車に残された僕にジード団の一人が(安心しろ)といったふうに笑いかける。「お前さんはココじゃ売らないよ。予約済みだからな。」
集落を離れてしばらくすると、10台ちょっとの幌馬車隊と遭遇した。どれもがケバケバしい装飾に、先頭車両には「FRIGHTENERS」の看板。どうやらアソコが僕のチェックイン先らしい。互いの荷馬車が歩みを止め、それぞれの頭領らしい人間がいくばくかの言葉を交わす。ジード団の頭領?が荷車の扉を開けた。
「乗り換えだ。降りな。」
僕はカバンを持って席を立ったが、荷車を降りる前に、一人のシークが乗り込んできた。荷車と同じく全身にケバケバしい装飾。一般的なヒュムの感覚ではそれは「悪趣味」といったところだが、シークにとってはコレが礼装のようなモノで、帝国だと「シュペル・タマデ」や「デー・アー・デー」なんていう御用達のブランドもあるそうだ。
「一応、確認するぞ。お前さんが「リュビ」だな?」
顔を近づけて首実検をするように聞いてきたので、僕は無言で首を縦に振った。
「これから暫く俺らのクルーと一緒になってもらうが、お前さん、ココでの立ち位置は理解してるよな?」
わかっている。僕は「人買いからこのサーカス団に売られた哀れな子供」だ。もう一度、首を縦に振る。
「よし、お前さんほど若いのは初めてだから一応教えておいてやる。今のところウチのクルーで「ヒモ付き」なのはお前さんだけだ。あとはれっきとしたウチのクルーだから、そのつもりでな。「お上」からこのあとお前さんをどうするのかはまだ聞いてないが、それまではウチのチビどもと一緒に雑用全般やってもらう。今みたく小綺麗なままじゃあ浮いちまうから、それなりの扱いにさせてもらうが、ケガしないくらいには気遣ってやる。それだけの金は貰ってるからな。以上だ。質問は?」
その粗野な見た目からは意外なほど、丁寧に説明してくれる。まあ、そうでもなけりゃ興行主なんて務まらないか。今度は首を横に振る。
「じゃあ行くぞ。ここからは、それらしく振る舞えよ。」
そう言うと彼は腰紐を僕の腰に結わえ付ける。
「ああ、そうそう。「お上」から、お前さんの「名前」を預かってる。アドルフだ。アドルフ・ゲルモニーク。ここでの「お仕事」中は、その名前で通しな、とさ。」
アドルフ・・・ライオネルから国境地帯南部辺りの一般的な名前だ。どうやら僕のカバーストーリーは、その辺りが出自の貧困家庭から売りに出されたサーカスの子、ということらしい。国家名誉演劇団で身につけたように、目を閉じて息を吐き「リュビ」を心の底に押し込める。空いた空洞に、おおよそ想像のつく「アドルフ」の生い立ち、生きざまを押し込んでいく。空腹、恐怖、諦観、それでも消えない生への執着・・・ろくでもないイメージしかわかない。まあ、良いさ。次の指示が来るまで、しっかりアドルフ・ゲルモニークとして生きる。病気とケガをしないように。それが僕の最初の「仕事」だ。