When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B.759 10月12日 ゴーグ
「御乗船、有難うございました。ロイヤル・ダルマスカン・エアラインは、皆さまとのまたの再会を楽しみにしております。」
艇内に澄み切った声のアナウンスが流れると、サディア・ヒサーリ上級中尉は席を立ち、群衆に押されるようにターミナルに出た。入国管理で身体検査を受け、パスポートを提示する。
「ジョヴィ・オーメル様、ラナバスタからですね?」
入管の女性係員が笑顔で出迎える。が、その目だけは笑っていない。まあ、入管はどこもこんな感じだ。
「ええ。」
「観光ですか?」
「ええ、まあ。機工博覧会の取材に・・・」
「そうですか。では、良い御滞在を。」
サディアのパスポートに乾いたスタンプの音が響く。
高台に築かれたターミナルビルを出たサディアの眼下に、ゴーグの街並みが姿を現した。元来ミミック菌が住みついていない離れ島という点では、同盟諸国のネルベスカと同じだが、ユードラの玄関口にして、テクノロジー発祥の地でもあるこの街は、その技術を誇示するかのように徹底的に開かれていた。すべてがモダンで先進的な雰囲気に包まれている。すぐ後ろのターミナルビル一つをとっても、総ガラス張りでしつらえられた曲線ベースのスタイルは、同じ高層建築でも石積み・煉瓦作りの外観を残す、故郷やアルケイディスのビルの武骨さとは一線を博していた。空港の警備にしても、他国では、屈強なバンガやシークの警備員が八角棒を持って立っているところが、ここユードラはゴーグでは、3メートルはあろうかというマスター・スレイブ式のアーマーに身を包んだモーグリ達がライオット・ガン片手に練り歩いているのだ。
(自分達は、こんな連中と冷戦を戦っているのか!)
聞くと見るとでは大違い、という言葉がサディアの頭に浮かんだ。
交通案内のモーグリを捕まえ、モグシーの手配を頼む。果たしてやってきたのは、ガソリン・エンジンを搭載した黒塗りのハイヤーであった。本当ならば、魔法でとっとと目的地にテレポートさせた方が早いに決まっているのだが、わざわざこうやって、技術の結晶をひけらかすあたりは多少嫌味でもある。
ハイヤーに乗り組み、展示場へ行くよう指示する。動き出したハイヤーのエンジン音はなめらかで、振動はほとんどない。自動車用のガソリン・エンジンと言えば、バタバタとやかましい音を立てる空冷式のそれしか知らないサディアは、ここでもショックを受けた。まして同盟諸国では、そのバタバタ・エンジンですら、1年も保たずに腐って使い物にならなくなるのだ。車道のすぐ横を飛空艇から下ろした貨物を満載した鉄道が走り抜けていく。
「ユードラは始めてクポ?」
運転手のモーグリが訪ねてきた。
「ああ、しかしこの街は凄いな。『地上』がこんなに賑やかな街は初めてだ。」
サディアは素直に答えた。
「言っとくけど、こいつはゴーグだけのものじゃあないクポ。帝国内なら、どこでだって、自動車や鉄道が、ミミック菌で腐ることもなく、走り回っているんだクポ!これも、この国のモーグリ達が組み上げた特別な技術のおかげなんだクポ!他の国にはまねできないクポよ!」
(おそらく、ここのモーグリの運ちゃん達は、こうやって外国人の客を捕まえては、自慢話を繰り返しているんだろうな・・・)
サディアはそう勘繰ったが、実際、凄いものは凄い。この『任務』の後、帰国して、故郷で昔ながらのチョコボ車が行きかうのを見たら、きっと自分は、大層な劣等感にさいなまれるに違いない。
「お客さんは、どこから?」
「ダルマスカからだよ。」
「へえ、ひょっとして、企業さんクポ?」
「いや、ジャーナリストだ。」
サディアは、カバー通りの身分を名乗ると、首から下げたプレス・カードを垂らして見せる。氏名欄にはジョヴィ・オーメルの偽名。
「そうですかぁ・・・」
モーグリの運転手はいかにも残念そうにつぶやいた。
「どうしたんだい?何か不満でも?」
サディアが訪ねる。
「いや、不満ではないクポよ。先端技術は帝国の誇り。それを外国の記者さん達が紹介してくれるのはとてもうれしいクポ。でも・・・」
「でも?」
「技術も製品も、肝心の買い手がつかないんだクポ。ミミック菌の除染技術だけは国家機密だけれども、他にも自信を持って売れる技術や製品はたくさんあるクポ!でも、外国の政府は、帝国に金子を渡して、ますます帝国の軍事力が強くなるのが怖いんだクポ。あと、大きな声じゃ言えないけど、教会の国民統制がキツくて、それも外国は気にいらないみたいクポ!だから、どこの国の企業さんも、ボクらの製品を買ってくれないんだクポ。」
「それは、大変だなあ・・・しかし、なんだか運転手さん、凄く精通してるね。」
「当たり前クポ。ボクはこれでも1級エンジニアで工場も持ってるクポ!でも、景気が悪くて、モノが売れないから、休みの日には、こうやって運転手で稼いでるんだクポ。最近じゃ、工場にいる時間よりも、ハンドルを握っている時間の方が多いんだクポ!」
そう言ってモーグリは肩を落とした。
(義父さんに聞いた通りの情勢だな・・・)
義父であり、師でもあるオニクス・ヒサーリの顔が、一瞬、サディアの脳裏に浮かんだ。
しかし、実際に目の前でしょげかえる技術者の姿を見ると、仮想敵国人とはいえ、気の毒になってくる。
「いつか、あなたの製品がバンバン売れる日が来るといいね。」
思いがけず、そんな言葉が口をついて出た。
モーグリの運転手は、何も答えずに小さくうなずくと、ウィンカーを出し、ハンドルを切った。目の前に、巨大なパビリオンが姿を現す。
「ついたクポ。あれが展覧会場だクポ。ボクの会社の製品も出展してるクポよ!」
そう言うモーグリの顔には少しばかりの陽気さが戻っていた。
車を止め、清算を済ます。車外へ出ようとすると、モーグリが呼びとめた。
「記者さんにお願いクポ!どうかこの国の良いトコロをいっぱい紹介してほしいクポ!偏見が無くなれば、ボクらの製品を買ってくれる国が増えるかも。仕事が増えれば、帝国の治安も良くなって、イメージも上がるクポ!よろしくだクポ!」
サディアは、片手をあげて、笑顔でそれに応えた。
ユードラ帝国の臣民とはいえ、目の前にいるのは侵略者などでは無い、仕事に誇りを持ち、切実な願いを持った、一人の善人に違いなかった。それを感じることが出来ただけでも、実際に帝国の地に足を踏み入れた価値があると、サディアは感じた。
会場内に足を踏み入れたサディアは、再度圧倒された。小さなものは家庭用の浄水器や美容家電から、大きなものは鉱山開発用の巨大建機まで、出展されている全てが、ハイテクの塊と言っても過言ではなかった。
サディアは手元の時計を見る。待ち合わせの時間まではまだ余裕があった。プレスの腕章を巻き、メモ帳を取り出すと、行きかう人々へのインタビューに向かった。これも立派な情報収集だ。数十分にわたってインタビューを続け、会場を見て回ったところ、案の定、この博覧会には、ユードラの抱える問題が顕著に表れていることが分かった。
まず出展されている製品や技術は、そのすべてが、単に見せる、というよりは、販売につなげることが主眼に置かれていた。出展企業の社員達は、コンパニオン・ガールに至るまで知識豊富で、訪れる客達に事細かに説明を施し、業界関係者とみるや、積極的に営業をしかけていた。特に外国人への接客はすさまじい。サディアが(形式上は)ダルマスカから来たとわかると、ブースの営業マンやコンパニオンは、こぞって自社の技術をアピールしてきた。中には、ミミック菌の影響を受けず、ユードラ国外での連続使用に耐えうるよう工夫された製品もあった。そして、誰もがその最後に
「どうか、弊社の製品をお国で紹介してください。」
と付け加えるのを忘れなかった。
しかし、インタビューしてまわると、一見賑やかな客達のほとんどは自国の観光客か、外国のジャーナリスト達で、出展企業が当て込んでいるであろう、外国企業関係者はごく少数であった。帝国外ではミミック菌の影響をもろに受け、高性能でもコストパフォーマンスの悪い金属製品が多いというのもあるだろうが、それ以上に、主要国の政府が、自国の企業がユードラからモノを買うことを自粛させているのが理由であることは一目瞭然だった。
笑顔を振りまく営業マンや、コンパニオン達の胸の内を思うと、サディアはいよいよいたたまれない気持ちになった。
(これだけの技術が外に出ることなくくすぶっている。ここの技術者たちはどこよりもすばらしい技を持っているのに、この国が、いや、西部イヴァリース諸国が構造的に抱える問題のせいでそれを売れずにいる・・・)
シュワルナゼのチームに入って間もないサディアであったが、彼の目指すところはしっかりと頭に入っている。この作戦が完遂した暁には、世界中のだれもがこの技術に触れ、ここの技術者たちの努力が相応に報われるようになるのだ。
(中佐の、そして義父の目指す『平和』の形は、きっと間違ってはいない。)
ゴーグのターミナルを降りてから、博覧会場を見て回るまでの間で、サディアはその思いを新たにした。ただ一つの気がかりを残して。
再度、時計を見る。いい時間になっていた。サディアは指定された待ち合わせ場所である、時計塔の前に立つと、目印となる緑のハンカチを胸ポケットに差した。
3分ほど過ぎたころ、サングラスをかけた男が目の前に立ち、口を開いた。
「お久しぶりです。イグーロスの奥様はお元気で?」
規定通りの合言葉だ。
「ええ、毎週、劇場通いで出費が大変です。」
こちらも合言葉で返す。相手の口元がほほ笑んだ。
「帝国統合軍少佐、アロイス・オークスです。」
「同盟諸国情報軍上級中尉、サディア・ヒサーリです。お会いできて光栄です。」
「では、もう少し落ち着ける場所に行きましょうか。」
二人は時計塔を離れ、フードコートに向かった。
サディアは、訓練で教わったようにそれとなく目くばせする。2人、いや3人。遠巻きに自分達に目をつけているのが分かった。
「気になるかい?」
オークスが再びほほ笑みながら訪ねてきた。精悍な顔つきと、相反する柔和な態度が独特な雰囲気を醸し出している。
「ええ、まあ・・・」
目くばせを瞬時に見抜かれ、ややバツが悪そうにサディアは答えた。
「申し訳ない。だが、彼らが見張っているのは君ではないから安心してくれ。」
「??」
「おそらく無いだろうが、法王府の連中が紛れ込んでいる可能性も否定できないからな。我々が気にしているのはそちらの方だ。」
「よほど、法王府とはうまくいってないようですね?」
「その辺の所は、君達もよくリサーチしているんじゃないかな。事細かに説明する必要は無いと思うが?」
「高く買われたものですね。」
訓練はしてきても、実際にユードラの軍人と面と向かって話すのは初めてのサディアは、なるたけ緊張を悟られないように警戒しながら受け応えする。
フードコートでビールを頼み、席に着く。一寸の沈黙の後、先に口を開いたのはオークスだった。
「さて、ではまず自己紹介だ。私は、統合軍トップのエーリヒ・リピッシュ元帥の直々の命で来た。私の言葉は、元帥のそれだと思ってもらって構わない。あと、敬語はいらないぞ。階級は違うが、この話し合いについて我々は対等だ。」
「・・・分かった。」
「では、君の番だ。君は誰の命で来た?」
「情報軍外事部調査分析課長、チェスター・シュワルナゼ中佐だ。」
「聞かない名前だな?」
「あなたの上司のようなVIPではないからな。だが、この件について中佐は、同盟諸国元首から、特別に全権を与えられている。不満かい?」
「いや、そういうことなら結構。では、次に話し合いのルールだが、お互い、答えたくないことは答えなくていい。だが、しゃべることについて嘘は無しだ。これで良いかな?」
「結構だ。」
オークスは口元に笑みを浮かべるとビールを手に持ち、サディアにも促した。サディアがグラスを手に取ると、オークスは小声で
「小さな国交樹立に乾杯。」
と言って、グラスを合わせた。
互いにビールを喉に流し込む。オークスが訪ねた。
「ゴーグはどうだい?ここ100年、同盟諸国の人間でここに来たのは君が初めてだ。もっとも、招待された人間では、という意味でだが。」
「率直に言わせてもらえば、『アメイジング』といったところだ。ゼルテニアでもこうはいかない。少なからずプライドが傷ついたよ・・・」
サディアは素直に思った所を述べた。
「それは、何よりだ。だが、最盛期はこんなものではなかった。」
「最盛期?」
「一番ゴーグが栄えていたのは、約50年前、戦争が終わった後、帝国は傷ついたインフラを復興させるために、それまで軍事動員していた生産力を、国内に注ぎこんだ。荒れ果てて乾ききった、帝国の国内市場は、スポンジのようにその生産力を飲み込んだ。そのピークが50年前。私も生まれてはいないが、その頃が帝国経済のピークだったらしい。ゴーグだけでなく、国内全ての工場がフル稼働し、帝国国民の生活を一気に底上げした。国民の需要も旺盛だった。潤沢な企業の資金は、新たな投資の源泉となり、さらなる技術革新を生んだ。がむしゃらに働いて気がつけば、帝国は、アルケイディアを超えるイヴァリース最強の国家になっていた・・・この国の老人達がいつも繰り返す自慢話だ。だが、それも昔の話だ。」
「・・・・・」
「戦争が終わって、70年もすると、国内のインフラはほぼ開発され尽くした。国民もほとんどが中流化して久しく、内需は横ばいになり始めた。国内市場だけで利益を上げられなくなった企業は、あわてて国外に目を向けたが、その時始めて気がついたんだ。自分達は牢獄の中にいるんだ、とね。」
「国境地帯のことか・・・」
オークスがうなずく。
「それだけじゃない。戦後、我々の祖父や父親の世代が国内に閉じこもって満足している間に、君達の国は、順当に東方諸国との関係を構築してきた。認めたくは無いが、今ではほとんどの主要国が、同盟諸国に好意的な態度をとっている。我々はヒールというワケだ。どの国も我々を恐れて、市場を閉じてしまった。先日のアルケイディアとの交渉も徒労に終わったのはご存知のとおりだ。」
「まるで、全て我々に責任があるかのような言い方だな。この街を見ればわかるが、あなた達の過剰な技術や軍事力は、自身が思っている以上に、恐怖を与えているんだ。」
サディアのその苦言を聞いたオークスは、身を乗り出して言った。
「そう!まさに君の言うとおりだ。君達は、『我々が思ってもいないこと』に対して恐怖を感じている。確かに我が国の軍事力は、技術に関して言えば、他国より不必要なまでに図抜けているかもしれない。だが、国防に、持てる最大の技術を注ぎ込むのは、どの国だって同じことだろう?わが国だけがその権利を認められないいわれは無い。」
「国際法上はね。とはいっても、貴国の機甲師団や鋼鉄の戦艦を見せつけられた上で『恐れることは無い』と言われたところで、『はい、そうですか』とはいかないよ。」
「それも、我々は分かっている。他国との交易の道を開くためには『恐怖』を上回る『信頼』を勝ち取らねばならない。そして、賢明なる我が皇帝は、その答えを貴国と国境地帯に見出した。」
「・・・・・」
「400年以上にわたって、延々殺し合いを続け、戦後も国境地帯を挟んで冷戦中の我が国と貴国とが、限定的にでも握手をすることが出来れば、それは東方諸国への大きなアピールになる。」
「簡単なことじゃあない・・・」
「だが現に、私と君はこうやって会っている。5年前なら考えられないことだ。今回ばかりは、国境地帯の存在がプラスに働いた。」
「あなた達は、国境地帯の取り扱いを話し合いの俎上に乗せるつもりだと、上司から聞いている。今日、私に与えられた任務は二つ。まずは、貴方を通じて、帝国とのパイプを構築すること。そして、もうひとつは、貴方から、国境地帯の『何を』話し合うつもりなのか、具体的な提案を引き出すことだ。」
そこまで言うと、サディアはビールをすすり、テーブルに両肘をついて手を組んだ。やや上目づかいに、オークスを睨む。
オークスには、その仕草がひどく緊張しているように見えたが、それは、この若い士官が、およそ分相応とは言い難い大役を仰せつかっているためなのだろうと認識した。
「君は、外事部の対外調査課の課員、で間違いないね?」
「・・・そうだ。」
「その守備範囲は、我々ユードラは勿論、友好国を含む、イヴァリース中の全国家を対象とした情報収集と分析、もちろん、国境地帯も例外ではないだろう?」
「私には、その質問に応える権限は無い。」
サディアは慎重に言葉を選びながら回答した。オークスは小さくほほ笑む。
「オーケイ。では答えなくてもいいよ。ただ、これだけは正直に教えてほしいのだが・・・」
「・・・どうぞ。」
「アジョラ・グレバドスというベルべニア人を知っているかい?」
その名前を聞いた瞬間、サディアの両手に力が入る。予期していた通りの質問だ。シュワルナゼのブリーフィングでも、『相手が誰であれ、必ずコレを聞いてくるだろう』と言われてここにきた。なんとか表向きの平静を保つ。
「この質問にも答えられないかね?」
サディアの様子を見たオークスが、首をかしげながら訪ねる。
「いや・・・」
サディアは目を開けると、シュワルナゼからブリーフィングされた通りに答えた。
「その人物については、ある程度は知っている。彼女の活動は、国境地帯の歴史においては始めてのケースだからな・・・注目していないと言えば嘘になる。」
サディアの答えを聞いたオークスの顔に笑みが戻った。
「それは良かった。我々は、混沌が支配するあの地を語る上で、共通の話題を得たワケだ。」
オークスは満足げに続けた。
「これで、私の今日の任務は達成されたと言ってもいい。君の方はどうだね?」
「確かに、あなた方が、『何を』話し合いたいかは概ねはっきりしました。」
サディアもそう答えたが、表情はオークスとは対照的に堅いままだった。
「では、我々の・・・」
そこまで言ったところでオークスの口が止まった。その視線はサディアのはるか向こうを見ている。不審に思ったサディアが振り返ろうとすると
「振り返るな!」
というオークスの小声が耳に刺さった。
「どうやらお邪魔虫が来たようだよ。」
「お邪魔虫?」
「法王府の宗教警察だ。」
「何でこんなところに?」
サディアは思わず身構えるが、オークスはそれを制した。
「いや、我々目当てでは無いよ。あの法衣は取締官ではなくて、検閲官だ。おそらく、博覧会の出展物のパンフレットの内容でも抜き打ちで検査しに来たんだろう。」
「なにを検査するんだい?」
「決まってるだろ。ファラ教の教義に反する事項が書かれていないか、一言一句見て回るのさ。ファラ教の戒律のキビしさはイヴァリースいちだ。しかしまあ、タイミングの悪い!」
「場所を変えようか?」
サディアが提案したが、オークスは首を横に振った。
「いや、お互い最低限確認しなければいけないことは確認したし、今日はここまでにしよう。なに、あせらずとも、またお互い、いつでも会えるさ。ここだけの話、ゴーグの入管は、一度パスさせた人間へのチェックは甘めなんだ。まあ、本土ではそうはいかんがね。」
「了解した。あなたとのやり取りは確実に上司に伝えるよ。」
そういうと、サディアは右手を差し出した。せめて握手くらいは先手を取りたいと思ったからだ。
オークスは少し驚いたそぶりを見せたが、心底嬉しそうな笑みを浮かべながら、その手を握り返した。
「今は、私達下っ端同士の握手だが、いずれ・・・」
そう言うと、背を向けて、人込みの中に消えていった。
サディアは胸元に手を突っ込むと、ボイス・レコーダ・クリスタルのスイッチを切った。外に出ると、タクシーに乗り込み、空港へと向かわせる。
道すがら、タクシーの運転手が急にラジオの音量を上げた。陽気な女性ボーカルのラブ・ソングが車内に響き渡り、サディアは目を丸くする。
「いや、スイマセンね!これ、歌ってるの、実は私の妹なんですよ!こないだ、メジャーデビューしたもんで。どうです?」
ヒュムの運転手が思い切りにやけながら訪ねてきた。
「・・・ああ、かわいい歌声じゃないか。」
サディアが愛想笑いで返すと、運転手はますます上機嫌に笑った。
「いやぁ、家族から有名人が出るって、なんか浮かれちゃいますよね!中々想像つかないでしょうが!」
「はは・・・」
有頂天の運転手の姿を見ながら、半分席からずり落ちたサディアは力なく笑った。
(あいつも、せめて歌手くらいなら、俺もこのくらいに気楽でいれたんだがな・・・)
だが、サディアがどんなに想像力をたくましくしても、ミニスカートを履いてラブ・ソングを歌う自身の妹の姿を思い浮かべることは出来なかった。