When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 760 2月27日 ドグーラ〜ベスラ・ライン
山脈東部 某集落郊外
一群のキャラバンが夜陰の草原の中、休息をとっている。20両ほどの荷車の1両、その中ではランプの灯りを頼りに幾人かの少年、少女がサーカスに用いる資材の補修や骨材のサビ落としに精を出していた。やおら荷車の扉が開くと、荒っぽい声が響く。
「アドルフ!居るか!」
テントの鉄杭に付いた赤錆と格闘していたアドルフは「はい!団長!」と元気の良い返事をすると顔を扉の方に向ける。
「来い、お前一人だ。」
アドルフは鉄杭と真鍮ブラシを床に置き荷車の外に出ると大柄なシーク「ゲイヴン団長」の前に整体した。
ゲイヴンは前方の団長車の方に向かって顎をしゃくり、踵を返すと歩き出した。アドルフはその後を無言で付いていく。草原とはいっても湿地に近い泥土のぬかるみが半分は凍りつき半分は泥のままで時々足元をおぼつかなくさせる。天気は良いが三日月程度では足元が良く見えない。
よろけるアドルフにゲイヴンが声をかける。
「足を挫くんじゃねえぞ。お前さんの「お仕事」が入ったんだからな。」
足元を見ていたアドルフの顔がスッと上がる。
「しかし、いつ来てもヒデえ所だ。」
そう言いながら、ゲイヴンは冬でも湧くのをやめずに纏わりつく蚊達を払う。「堪らんな。とっとと行くぞ。」
50mほど歩き、大仰な装飾の付いた団長車の扉を開け、中に上がる。外観に比して狭隘だが他の荷車よりは一段明るい部屋には蚊除けの香の匂いが立ち込め、興行のスケジュールや食料品の納入計画等、書類群が一見、無造作に散らばっている。
「触るなよ。どこに何があるか分からんくなる。」
どうやらゲイヴンにはこれで物の配置が頭に入っているらしかった。
「座んな。」
ゲイヴンは椅子の一脚を顎で差す。アドルフが言われたまま座るとゲイヴンも小さな机を挟んで対面の椅子に腰掛けた。部屋を出る前に吸っていたのであろう葉巻に再び火を付けるとひと吸いし、大きく煙を吐き出す。一息つくと、手元の葉巻箱から青いセルロイド製の小さな筒を出し、アドルフに差し出した。
「お前さんとは来週でサイナラだ。別れたら、コイツを開けて中を確認しな。」
「任務ですか?内容は?」
「分からん。青い筒の中身はオレは見られん事になってる。ちなみに俺宛はこっち。」そう言うとゲイヴンは赤い筒を出した。
「中身には、「3月4日付、アドルフ・ゲルモニークを集落EB-14Dにてリリースせよ。」コレだけだ。」
アドルフはゲイヴンの頭上に目をやる。小ぶりな鳥籠の中には眠る1羽の鳩。
(伝書鳩か・・・)
「気づいたか?」
ゲイヴンがアドルフの視線に気付く。「コイツは特別製さ。俺達が移動していても帰ってこれる。俺のじゃあない。「お上」の鳩だ。一体何処をどう弄ったんだろな?」
「さあ、僕にも良くは・・・」
言葉とは裏腹に、アドルフには概ね予想は付いていた。恐らく、本国がこの男に鳩を渡す際、特殊な磁気発生装置を渡しているはずだ。鳥籠の中にでも入っているのかも知れない。鳩の側にも「処置」をした上で、予め特定の磁気に対応するよう訓練してある。一見ローテクだが、帝国の自然科学の知見が詰まった高度な「通信機器」だ。特に国境地帯のような電波の使用が制約される場所ではなおのこと有用な通信手段。特別用務員の訓練の際に座学で学んだだけで「実物」を見たのは初めてだった。いずれにせよ、それをわざわざここでこの男に教えてやる義理は、アドルフには見当たらなかった。
「・・・ブフッ、ブフフッッ!」突然、ゲイヴンが小さく吹き出すように笑い出す。
「なあアドルフ、いや、リュビよ。お前さん、明日から俺達が丸盆を出す集落の名前を知ってるか?」
「いや、知らないです。」
突如、本名で呼ばれたことに若干戸惑いつつ「アドルフ」は答えた。
「ああ、俺も知らねえ。というか、名前なんかねえんだよ。500人位は住んでるのにな・・・だから、EB-14Dなんて座標で呼ばれる。この辺の集落はみんなそうだ。」吐き捨てる様に言うゲイヴンの目はヒュムのアドルフから見ても寂しげだ。
「一つ聞いても?」
ゲイヴンの目だけが反応する。
「たかだか500人の限界集落で興行を打っても割に合いません。僕がここに来てから2カ月はこんな興行ばかりです。「魔獣」達の餌代も稼げませんよ。一体なんで・・・」
アドルフの問いにゲイヴンはまず葉巻の煙で回答した。アドルフがむせる。
「一丁前に経営の心配かい?心配かけて申し訳ないねえ。」
ゲイヴンは続ける。
「ベルベニアみたいなデカい街でもモチロン丸盆は出す。そんな街は少ねえが、稼ぎはそこらで十分出るのさ。お前さんみたいなのを受け入れる度に「お上」からも、結構な額は頂いてる。お前さんの言う通り、名前もねえようなチンケな集落じゃあ稼ぎなんてあってないようなもんだ。むしろタダ働きってったほうがいい。だがな、そんなやつらには、他に楽しみなんかねえんだよ。「WC-8V」育ちの俺が言うんだ。間違いねえ。」そう言うとゲイヴンはアドルフから目を逸らし、背もたれに大きく寄りかかった。
「フン、手前の生まれ故郷の「名前」なんて、「お上」の雇われになって初めて聞いたぜ。」
(そんな感傷的な理由で孤立集落を回っていたのか・・・)
アドルフにとっては意外な回答だった。
「まあ、実利的な理由もあるさ。こういうシケた街で興行やるとな、5回に1度は丸盆をたたむ時にガキを置いていく奴らがいるのさ。みなし子か口減らしか・・・おかげでわざわざ人買いから買わなくても、アーティスト候補生が手に入るってワケだ。モノにならなきゃ雑用だがな。」
つくづくシークというのは損な種族だ。お世辞にも他の種族より「見目麗しくない」容貌に加えて、派手好き・直情傾向の性質も加わって、たまに善人や人情家がいても、まずそうは見られない。
「言うこと聞かない子はサーカスに売り飛ばす・・・イヴァリース共通の脅し文句です。ここもそういう所だと思っていましたが・・・」
「他の所はそうかもな。あと、ウチも外向きには「そういう事」になってる。」
「?」
「そうじゃねえと、丸盆をたたむ時にガキを押しつけて行く奴らが何倍にもなっちまうからな!流石に面倒見きれん!ブヒヒ!」
そう言うとゲイヴンはニタリと笑った。一般的な美的基準で言えば間違いなく醜悪の部類に属するその笑顔に、アドルフは何故だか一瞬、心が温まるような感触を覚えた。思い起こせば、これが「リュビ」が物心付いてから初めて見る、人情味のある笑顔だったのだ。
「それと・・・」
ゲイヴンは気だるそうに椅子から立ち上がると、後ろの壁に立てかけられた竹刀を手に取り、振り向いた。その顔はもう笑ってはいない。
「ウチで受け入れた特別用務員を「送り出す」際には大体「ヒデェ扱いに耐えかねて逃げ出した」っていう体にしててな。逃げ出した奴に折檻の跡のいくつかもなけりゃ説得力ないだろ。」
アドルフはコレから先の展開を読んで息を飲んだ。頭では理解しているし、一応、筋の通った話でもある。特に不平もないが・・・やはり痛いのは困る。
「あの、分かるんですが、ケガは任務に支障が出るので問題では?」
アドルフの坦々とした嘆願にゲイヴンが吹き出した。
「お前はホントに変わったやつだな。13で特別用務員だったり、コレからシバかれるってのに何だ、その落ち着きは?去年預かった奴なんて20も越えてたが脂汗流してハァハァ言ってたぜ。」
「はあ・・・」
「まあ、心配するな。先代、先々代の団長の頃はまあ、お前さんらが想像する通りの暴力サーカス団でな。オレもガキの頃はボコボコにやられたし、教育係にされた時には、オレがガキ共をボコボコにする側になった。手抜きをすりゃあ、オレがボコボコだ。とはいえガチのケガなんぞさせちゃあ、興行に障る。てなわけで、オレの腕にはドコをどうシバけば一見痛々しく、かつヤバいケガは避けられるか、しっかりノウハウが詰まってんのさ。」
「・・・じゃあ、よろしくお願いします。信じてますよ?」
アドルフは坦々と言うと席を立つ。
ゲイヴンは再度噴き出した。
「相変わらずだな。気に入ったぜ!」
そして一寸、考える素振りをみせ、アドルフに問うた。
「なあ、お前さんの一仕事とやらが終わったら、ウチに来んか?物覚えは良いし、度胸もある。媚びねえが気は利く。良いアーティストか経営者になれると思うぜ?ま、お上がOKすりゃの話だが・・・」
予想外の提案にアドルフの眉が動いた。任務付与までの2か月、つつがなく過ごす為に気に入られる様、努めてきたわけではあるが、それにしても不可思議だった。
「突然の提案なので即答は出来ませんね。ただ、この2か月、思ったより悪くはなかったですよ。」
そして続けた。
「用務員を養成していた劇団でも勧誘されたんです。物覚えが良いのは自分でも分かっていますが・・・そういうものなんですか?」
「フム、ひょっとしたら、お前さんには人の心に滑り込むような才能があるのかもな。学のないオレには判らんが。今だってそうさ。お前さんのその小憎たらしい態度のおかげで、これからオレは心を痛めずにお前さんをシバける。」
「ありがとうございます。じゃあ、表に出ましょうか。」
「うん?」
「書類が散っては困るんでしょう?」
アドルフの今日一番の「気遣い」にゲイヴンは特大の鼻息を漏らした。
「フハッ!・・・そういうところだよ!」
3月4日の早朝、霧の中、フライトナーズのキャラバンが集落を後にする。そこにアドルフの姿はない。気付いた団員がゲイヴンに報告したが、「足抜けだろ、放っておけ。」とにべもなかった。霧の中に消えて行く荷馬車を廃屋の物陰からアドルフが見送る。全てが霧の向こう側に消えた後、アドルフは体のあちこちに残された痣と傷痕を眺めた。ゲイヴン団長による「折檻」の跡はアドルフの生白い肌に痛々しい青紫色とかさぶたをなしている。しかし、苦痛を伴ったのは殴られた時とその翌日くらいなもので、今では見た目程の痛みは感じなかった。傷も擦過傷程度、これはミュロンドで破傷風ワクチンを打ってあるので問題ない。裂傷や、骨、内臓へのダメージも自覚する限りなかった。ゲイヴンの「腕前」は本物だった。
(たいしたものだな・・・)
アドルフはあらためて感嘆すると、辺りが静かなのを確認し、手に持った青い筒を開けた。中には折りたたまれた白い紙と映像データが取り込まれた魔石が一つ。紙を広げて床に置き、魔石の映像を映し出す。命令コード、任務の背景、任務の内容、報告要領等々一式が書かれている。テキストと画像からなるデータを最下段までスクロールすると紙面上に「了解」「再確認」の選択欄が映し出された。優秀なるアドルフは読み返すことなく「了解」に触れる。同時に魔石はクリスタルの輝きを失い黒炭のように変貌した。石を捨て、紙は丸めて口に入れる。唾液で直ぐに溶けてなくなった。アドルフは与えられた任務を次のように理解した。
1 今後、数日間の間にEB-14Dに現れると見積もられる対象、アジョラ・グレバドスに接触せよ。
2 対象組織に浸透し、対象及び対象が率いる組織、その活動と他国または国家に準ずる勢力との関連の有無を確認、報告せよ。
3 関連が認められた場合、速やかに報告の上、その詳細を調査せよ。
4 1週間以内に対象が現れない場合、3日間を限度に自力にて捜索せよ。接触出来なかった場合、XX時、集落南東端の劇場跡にて特別用務員「オルトロス」と会同せよ。合言葉は・・・
報告と接触不可時を除けば要領に関する指示はない。全ては自身の判断に任されていた。
(さて、やるか。失敗したら、殴られ損だしな。)
アドルフは両手で軽く頬を叩き、そのまま顔を擦ると深呼吸し、廃屋を跡にした。