When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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16-2(1) Settlement EB-14D (Arrival of the saint)

B.B. 760 3月9日 集落EB-14D

 

 チョコボに騎乗した「教祖」アジョラ、「使徒」のバンガとヴィエラが集落の郊外で足を止める。

「着いたねー。洪水で河の堰が切れた後みたい。いつもこうなの?」とアジョラ。チョコボが足踏みする度にぬかるみがグジュグジュと音を立てる。

「さすが先生、的確な例えです。」

そう答えたのはヴィエラのフレア

「戦前、この地帯は巨大なダムの下流域でそれは豊かな穀倉地帯だったそうです。戦中、どちらがやったかは分かりませんがダムが破壊され、この一帯は水浸しの湿原になってしまいました。以来、そのまま。農地は破壊されましたが、住民達は散り散りに孤立した状態で取り残されました。これから向かう集落もその一つです。」

「ふうん。さすが、「シルバニア組(ファミリー)」の使徒さんは物知りだねえ。」

アジョラがチラとバンガの方を見る。

「ケッ!悪かったな。中卒で!」

バンガのサドル・バリアスが悪態をつく。

「いいじゃないのさ、中卒。アタシなんか、小学校も出てないんだよ?そもそも入れてすらいないか。」

そう言ってアジョラは眉を上げる。

「名前は?集落の。」

「EB-14D」

アジョラの問いにフレアが坦々と答える。

「は?」

「EB-14D。史料にも名前が残っていないような小規模集落群はそれぞれが地図上の座標で名称化されました。1世紀前の停戦時に一通り地勢調査され、我が方、ユードラ共にこの名称で呼ばれています。あくまで管理上の都合で役所が付けただけの名称ですから、地元の人間はその名称すら知り得ません。」

「人が住んでるのに、名前も無いなんて・・・」

「これから活動していくことになる孤立集落群は概ねこんな感じです。自然環境やら、ミストの影響で総じてアクセスが困難。それだけに貧困度もこれまでの地域より一段上がります。」

「お金も手間もかかりそうね・・・」

「ですが、山脈西部に向かう前には、この山脈東部山麓の孤立地域の支持確立は避けて通れません。」

「でも、それだけやりがいはあるってことだろ?」

とサドル。

「やる事は今までと同じさ。現地の情報の収集、「救い主御一行が来る」って情報の拡散は先発隊のヨシフ達がやってくれてる。期待して待ってる病人やらも結構居るらしい。貰ったリストじゃあ、どうにもならなさそうな症状は無さそうだから、掴みはアジョラの「奇跡」で行く。取り敢えずそれで信用をゲットしたら、拠点を確保して後発隊の食料搬入、連中の腹が膨れたところで、今後の方針を「説法」、元が農地だってんなら農地復元と集団農場化、併せて集落指導者の下部組織化・・・と。中佐の「ドクトリン」に従っていけば、大丈夫だろ!楽勝、楽勝!」

サドルは高笑いしてみせる。

アジョラも首を小さく縦に振る。

「そうだね。もちろんケースバイケースで対応しなくちゃなこともあるんだろうけど、今までも基本はそれでやって、ここまで来たんだから!」

そう言うとチョコボの腹を蹴り、一足先に歩を進めた。

「サドルさん、ありがとうございます。」

とフレア。

「うん?」

「先生を励ますことにかけてはやはりサドルさんが一番ですね。」

「よせやい、照れるぜ。」

「我々、「シルバニア組」は専門知識と幕僚要務で先生をサポートは出来ますが、やはり、精神的なところは「マフディ団」の皆様にかないません。特に貴方は使徒や下部組織の皆さんを気遣い、まとめる力にも優れています。失礼を承知で言えば、バンガらしくない。」

「へっ、ド近眼の眼鏡ヴィエラさんに言われたくはないね。さ、「先生」に続くぞ。」

サドルは満更でもないといった顔で鼻を擦るとチョコボの歩を進めた。

 

 三人は集落の中に入る。周囲の湿地より少しばかり高台になったその街は、遠目にはそこそこ建物も多く発展しているように見えたが、近づくにつれて「実情」が露わになっていった。集落外側の建物群はほぼ打ち捨てられた廃屋、廃ビル。戦前は恐らく広大な農地を耕す万を超える住民が住んでいたであろう住宅群、日々の疲れを癒したのであろう公衆浴場や劇場は何とかかつての用途を判別できる程度に崩れ、上下水道には乾いた土塊が詰まり、ヤクトでの生活に欠かせない発電機やガスボンベだったのであろう朽ちた鉄と樹脂の混ざりものが路傍に転がっている。よく見ると廃ビルのレンガには無数の弾痕や砲弾の破片の跡。弾自体は腐食して消え去った跡も、この街がかつて同盟諸国とユードラが何度も押しつ押されつしながら陣地を取り合った再前線であったことを物語っていた。国境地帯の集落群は多かれ少なかれ戦禍の跡を残していたが双方からの中間線に近い山麓部にあたるこの地の惨状はこれまでアジョラ達が活動してきた東部のそれとは一段違っていた。戦火に破壊され、風雨に朽ち果てた遺構は復旧されるでも撤去されるでもなく、ただ打ち捨てられていた。残された住民たちにはそれをやる体力も気力も残っていなかったのだ。三人が更に奥に進むと、果たしてかつての富農の哀れな末裔達は、市街中心部付近の遺構に何とか天露を凌げるだけの補修を施し、寄生するように生きていた。ジメジメと、しかし乾ききった廃墟群の中でその一角だけが、まだ街が死に絶えてはいないことを主張するかのように汗と糞尿とゴミと獣臭にスパイスの香りが混じった臭気に包まれていた。マトモなライフラインのない狭隘な場所に人と動物が密集すれば必ずこの「臭い」になる。しかし嗅覚が麻痺するまでの一時、この不快極まりない臭いこそが、まるで瞑想に勤しむ僧院に立ち込める香のようにアジョラに己の成すべき事を思い起こさせるのであった。歩を進める程に増える蝿がその頬に纏わりついても最早一顧だにしなかった。

 数日前までドサ回りのサーカス団が丸盆を出していたという集落中央の広場には、「救い主」の噂を聞きつけた群衆が既に集まっていた。ざっと見て300人程。人口は500人程度と聞いていたから、2人に1人以上が出てきている。女、老人、子供が多く、男は少ない。マトモな農業もできず、近くに働きに出れるような街があるわけでもない。男衆は「出稼ぎ」という名の盗賊稼業に出ているのだ。

「集落の状況、人口構成、「彼ら」の言ったとおり、ですね。」

フレアがアジョラに耳打ちする。

「ええ、皆、不安そう。「彼ら」の帰りを待ってるのよ・・・」

 

 3週間程前、西ランベリーで農地復元の指揮に当たっていたアジョラに一報の知らせが入った。滞在地から20km程離れた集落に盗賊団が現れたという。盗賊団は集落の自警団が捕らえた、とも。実態としては組織したばかりの自警団では集落内への侵入を防ぐのが精一杯だったのだが、集落には灌漑用地の造成支援に当たっていた召喚士の「使徒」セレーナがいた。1世紀以上、国境地帯のさらに孤立集落にあって召喚術など見たことも聞いたこともない盗賊団一行は、加勢したセレーナの召喚獣にパニックに陥り、結果、全員その場で生け捕る事ができたのだ。尋問の結果、盗賊団の出自が判明、地理的にも窮状的にも「次の活動地域」として理想的な条件を備えていると判断したアジョラは、そこから2週間で進出計画を立て、情報拡散の為の先発隊を送り込み、そして今、自ら盗賊団の集落「EB-14D」に到着したのだった。

 

 アジョラは不安とも期待とも言えない住民達の上目遣いの視線を浴びながら、広場の中央に立った。チョコボの歩みを止め、大きく息を吸う。

「私が、いかなる方の命を受けた何者であるか、業をもって示そう!病める者達を連れて来るがよい!」

一瞬の静寂の後、アジョラを取り囲む群衆の一角がもぞもぞと動き、20人ばかりの人の群れが出てきた。先頭には先発隊のヨシフ、それに続いて、あるものは床板に乗せられ、またある者は足を引きずりながら彼女の前に進み、跪いた。アジョラはチョコボから降り立つと一人目の病人の前に同じく跪いた。

「この者は足を・・・」

ヨシフが耳元で囁く。

見ればその右足には20cm程の裂傷。蛆が湧き、傷口がチーズのような悪臭を放っている。息も浅く目も虚ろ、敗血症の様相を呈している。もう少し早い段階で「エスナ」と「ケアル」でも使っていればこうはならなかったはずだが、それを出来る術者すらここにはいないのだろう。

(治癒魔法のセットでイケるな。「ネム・クリスタル」を使おう・・・)

アジョラは懐に隠したクリスタルの一つに念を送る。クリスタルが振動、その起動を感じたところでクリスタルに向かって無言で「エスナ」続いて「ケアルラ」を念じる。ここまで時間にして3秒程度。右手を患者の頬に添え、優しく語りかける。

「神の名の下に。立ちなさい。」

次の瞬間、患者の目に生気が戻る。驚いた彼が自身の足を見ると、既に傷口は塞がっていた。悪寒も無い。立ち上がり、足踏みし、そして嗚咽のような歓声をあげた。群衆からもどよめきが起きる。何よりも彼らを驚かせたのは「ただ手を触れただけで、魔法の予兆すらなく」傷と病が癒えたということだった。「魔法は詠唱により発動され、その効果に加えて空間に光や音を発する」のがこの世界の常識だ。例えば白魔法であればだいたい神々しい光と、清涼感のある鈴のような音が響く。それくらいのことは術者もいない孤立集落の人間でも知っている。もし何の詠唱も、何の光も音もなく魔法と同じ事が行われたとすれば、それは「奇跡」だった。単に「哀れな貧乏集落に名のある魔導師様がおいで下さった」のとはワケが違うのだ。

(よしよし、いい反応・・・)

アジョラは腹巻に仕込んだ「ネム・クリスタル」に手を添える。

 

 魔法の発動に必要な詠唱、そして発動に際して術範囲周辺のミストが振動して魔法の効用自体とは関係なく発生する光や音、いわゆる「エミッション(放射)」は、特殊部隊の潜入のような隠密を要する任務に当たっては極めて有害だった。透明化や浮遊といった、本来暴露を防ぐための魔法ですら、発動時には閃光や音が出てしまう。任務中に負傷しても治癒魔法一つ迂闊には使えない。暗夜の隠密任務にはタバコの火ですら致命的なのだ。永きにわたり魔法による支援を得られず肉体一つで危険な隠密工作に当たってきた特殊部隊員の生存率を上げる為に同盟諸国統合陸軍がネルベスカの研究所で開発したのが、魔法の無声詠唱(正確には無声詠唱は訓練での習得が可能だが、かなりの練度を要求した)とエミッション除去を可能にする「Non Emission Magic (NEM)クリスタル」だった。そのような性質上、使用者も使用機会も限られた「存在秘」の装備。だが、ネルベスカの「ヌシ」バルビエが横流ししたこのクリスタルのおかげで、アジョラはあたかも「魔法」ではなく神通力や神の権威といった類の「奇跡」の力で傷病人を癒しているかのように演出することができた。

 

(・・・さてと)

引き続いて「奇跡」を待つのは、白内障性の失明者に、重度の疥癬患者、謎の熱発・・・アジョラは時には自らの魔法で、時には「横流し品」のクリスタルの力を借りながら病人達を捌いていく。ただし、故郷はベルベニア市民病院の休日診療当番医がやるようなぞんざいな捌き方は許されない。一人ひとり、膝をつき、目線を合わせ、手を取り、思いつく限りの許しの言葉、祝福の言葉をかける。最後に残ったのは、赤子を抱えた母親。「・・・この子、この子・・・」と、蚊のなくようなか細い声。差し出された赤子を見てアジョラは息を飲んだ。すでに息を引き取り、その身体は浅黒くむくみ始めていた。

「・・・いつから?」

アジョラの問いに母親は答えない。

「2日前に・・・」

脇に控えるヨシフが答える。傷病リストをアジョラに送った時点では何の問題もなく生きていたのだ。

 アジョラの脳裏にかつての記憶が蘇る。ベルベニアの「生き神」時代、医者にも見放された赤子を同じように差し出された。あの時は、ただ父に教わった祝詞を捧げる事しかできなかった。その後、赤子が助かったという話は聞かなかった。そして母親からの非難も無かった。彼女は言いたかったはずだ。「神も仏もない!コイツはインチキだ!」と。だが、恐らくは周囲の空気がそれを許さなかったのだろう。称賛も非難もないまま、生き神から解放されることは無い。それが何より苦しかった。

(今度は・・・違う!)

右手を赤子の亡骸に添え、左手を服の上から、胸の谷間に隠したバルビエのクリスタルに添える。

「この子の名前は?」

「・・・ユーリ」

赤子の名を念じながらクリスタルに意識を集中する。バルビエが「聖天使の玉子」と名付けたそのクリスタルが意識だけをその中に吸い込む。オイルの海の中に飛び込むような感覚。夢うつつに目を開けるとそこには無数の光の粒が木の根のように巡り、よく見るとその一つ一つが流れている。流れの先に行くにつれて徐々に光の粒は集まり、加速し、太く明るく輝く大河のようになる。「玉子」を使うのは二度目だが、初めてこの光景を見たときは自分が死んだのかと驚いた。光の粒の一つ一つが「肉体から離れた魂」だという。この無数の粒子の中から「ユーリ」の魂を探し出さなければならない。右手が触れるユーリの身体の感覚を確かめながら、名を強く念じる。死亡から概ね72時間の間、魂は僅かに肉体に未練を残すかのようにゆっくりと「根」の辺りを漂うという。だが、それを過ぎると「未練」は断ち切られ、魂の粒子は一気に加速し、光の大河の中に飲み込まれていく。そうなると一つばかりの魂の粒を見つけ出すことは到底出来ない。果たしてユーリの「魂」は、まだ粒子の形を保ちながら漂っていた。右手に触れた亡骸の感触を意識する度に、数多に浮かぶ魂の粒子の中で、ユーリのものだけが僅かに色を変えて瞬く。粘度の高いオイルのような「海」を掻き分け、左手でその粒子に触れる。言葉ならざる言葉が問いかける。「どこに行けば良いの?」と。優しく答える。「こっちよ。戻りなさい。」

次の瞬間、粒子が身体を電流のように突き抜ける。意識が飛ぶようなショック!目を開けるとそこは既に「海」の中ではなく集落の広場。景色がぐるぐると回っているが、酔っぱらっている暇はない。意識を胸元の「玉子」から腰のクリスタルに切り替え「アレイズ」を解放する。魂が戻った肉体を速やかに蘇生・修復しなければ、戻った魂は定着できずにまた離れてしまうか、最悪アンデッドになる可能性もあるからだ。

暫くの静寂の後、「ユーリ」の2度目の「産声」が、そして歓喜と驚嘆の声が両耳に響き渡る。生き返ったユーリを見ようと視線を向けるが、あいも変わらず景色はぐるぐると回り、視線が定まらない。だが、先程まで「ユーリだったモノ」に添えた右手の感触は温かい。

倒れないよう、目を閉じ、息を大きく吸う。

「聞け!天の父はこの幼子に言われた!」

叫びから一寸して、周囲の歓声が静まる。

「父はかくもあなた方を愛しておられる!悲しみと諦めのうちに死んではならない。そこに神の国はない。愛と希望の内に生きよ。そこが神の国となる!」

そこまで叫んだところで、凄まじい睡魔が襲う。太く鱗で覆われた腕が倒れ込む身体を支える感触。

 

 アジョラが目を覚ますと、そこは屋内の一室だった。ベッドから身体を起こし、辺りを見渡す。粗末だが、できうる限りの整頓、掃除がなされているのが見て取れた。深呼吸し、腰のクリスタルに念を送る。一寸して、サドルが部屋に入ってきた。

「へいへい、お気付きなさったか。しかしこの呼び出しクリスタル、もう少し振動は抑えれんもんかね。」

文句をたれながら尻をさするサドルの姿にアジョラは小さく笑う。

「・・・今度はどのくらい?」

「概ね5時間、かな。前は半日だったから・・・慣れてる、のか?そういうもんなのか?」

「よく分かんない。終わった後の酔いと眠気は変わらなかったわ。この間は初めて尽くしだったからビックリしどおしで・・・精神的なものかしらね。・・・ここは?」

「集落の長の部屋だそうだ。コレでもここじゃ一番良い部屋なんだとさ。とっ散らかってたが、皆、コマネズミみたいに駆けずり回って掃除してくれてな・・・ま、要するに「掴み」は上々ってわけだ。因みに長は例の盗賊団の頭目、な。」

アジョラは右手に残った温もりの感触を思い出す。

「今度は、助けれた。・・・赤ちゃん!ああ!」

そう言ってその右手を胸元に握り込み、肩を震わせる。

「ああ、良かった。」

サドルも頷く。「こないだは、ムラ長とはいえ結構いい年した婆さんだったからなあ。孫は喜んでたけど・・・。やっぱり子供は、格別だよな。」

「うん・・・赤ちゃんはね、個人的にも思い入れがね・・・」

「生き神様だった頃?」

「うん。」

「・・・そうか。」

サドルは小さく頷くと背筋を伸ばして深呼吸した。

「どうだい?神様への「復讐」は、進んだかい?」

突然の質問にアジョラは一瞬、目を丸くしたが、すぐに問いの意図を察した。

「そうだね。まずは、デカいのを一つ。」

そう言ってまた小さく笑みを浮かべる。

「さて、落ち着いたら表に出てやってくれ。結構経つけど、ほぼほぼまだ家の前で待ってるんだよ、皆。」

「ん。」

アジョラは小さく答えるとベッドから足を降ろした。

「後発隊は明日だっけ?」

「ああ。「あいつら」も連れてな。」

「わかった。」

深呼吸し、部屋を出て入り口のドアを開ける。群衆の目線が一気に集まるのを感じた。来た時と違い、その目に不安の色は感じられない。

群衆の中から、一人の老人が進み出た。アジョラの前に跪く。

「噂には聞いておりましたが、いと高き神の国からこの汚れたる地に光臨頂けましたこと、誠に勿体なく・・・」

そこまで言うと頭を上げ、続けた。

「本来であれば、長以下、ムラを挙げてお迎えするところですが、男衆はムラを空けておりまして・・・あと、とても申し上げづらいのでありますが、ここは卑しき所なのです・・・その、生業が・・・」

「よい。」

アジョラはわざとやや居丈高に言い放つ。ここは威厳が求められる場面だ。

「老人、貴方は神の国を何と心得る?」

いかなり問われた老人は目を白黒させたが、しどろもどろに「その・・・神々の膝下、苦しみの無い、安らかな時を過ごしてる、みたいな?」

老人の答えを一通り聞いた後、アジョラは目線を群衆に向けて背筋を張り、叫んだ。

「聞け!貴方達に父なる神の言葉を伝えよう!一つ、「神の国」は貴方達の手の届かぬ高きところになど無い。ここだ。生きる苦しみと業にまみれたこの不浄の地が、これより「神の国」となる。二つ、苦しみの無い地など無い・・・しかし、苦しみが報われる地ならばある。この地がそうなるのだ。私はそのために遣わされた。父が命じ、私が伝え、貴方達が成すのだ!」

群衆は目を丸くし、歓声を発することもなくポカンと口を開けている。

(そりゃ、そうだよね。こんなの大上段からいきなり言われたって実感もへったくれもないもの。でも、後から効いてくるんだから!)

アジョラは一息、間を置くと今度は穏やかに続ける。

「今はわかるまい。各々、帰って休むがよい。この日が歓びの始まりの日なのだと知ることになるだろう。明日の日の出と共に、また集まるとよい。」

そう言って、建物の中に戻り、ドアを閉めた。

一寸して、件の老人が群衆を家路に追い返す声がドア越しに聞こえた。

「お疲れさん。」

サドルが竹筒の水筒を寄越す。

「どんどん、サマになってくるな。ホントに神様が降りてきたみたいだ。」

アジョラは水筒を受け取り、一口、水を含んだ。軽く口の中を転がし、飲み込む。

「うん・・・ランベリーの西を耕し始めた位までは、がむしゃらだった。どうすれば中佐が立てた目標をクリアできるか。どうすれば、オニクス叔父さんに、上出来だって言ってもらえるか。セリフは間違えてないか、振る舞いはおかしくないか・・・正直、目の前の人達のことはあんまり見えてなかったかも知れない。気持ちだけはあるんだけどね・・・。でも今は、なんか、自分の言葉で話せるようになって来た。何をすれば良いのか、何を話せば良いのか、「思い出してやる」んじゃなくて、「思ったように出来る」様になってきた気がする。」

「あー分かるぜ。きっと、他の仕事でも同じだよ。」

「そうなの?」

「ああ、オレは配管工だったろ?最初はただひたすら班長に言われた通りやるだけでさ、考えることなんて、マニュアルと間違ってないか、とか、班長にぶん殴られないか、とかばっかりで、自分の手元以外のことなんか見えちゃいねえ。でも、ずっと続けてると、パーツの役割とかマニュアルの意味が分かってきて、細々指示がなくても、自分や周りのやるべき事が分かるようになってくるんだ。予想外のことが起きても、いちいちガイダンスを引っ張り出さなくても、自分の頭で判断出来るようになる。指示も出せる。なんだろう、「仕事が自分のモノになった!」て感覚?そうしたら、自然と認めてもらえて班長にさせてもらえた。」

アジョラはサドルの話を興味深そうに聞く。

「きっと、お前もそうだよ。どう転がっても軍の任務には違いないんだけれど、「中佐の仕事」なだけじゃなくて、「お前さん自身の仕事」になってきたんだ。」

「だから、自分で判断できる?」

「ああ。きっと、もしこの先、仮に中佐の指示が来なくなったって、やっていけるんじゃないか?少なくとも、ここに来れない中佐より、ずっとここにいるお前の方が、状況は解ってるんだ。」

「何だか想像つかないなあ。」

今ひとつ実感出来ないアジョラにサドルは一寸考え、問う。

「じゃあさ、仮にだぞ?もし何かトラブルが起きて、中佐が「作戦中止」って言ったら、お前、辞めれるか?」

サドルの仮定にアジョラは目を丸くする。

「そんな事・・・考えたこともない。でも・・・」

「もし、今やってることが、単に中佐にやらされてる「作業」で、お前がただの「いちエージェント」だってんなら、簡単にミッション・アボート出来るハズだ・・・どうだ?」

アジョラはサドルに言われた仮定をイメージしてみる。もし、明日、いきなり呼び出されて「全部ご破産だ」と言われたら・・・。その瞬間、胸の奥に、どす赤い炎が沸き立つのがわかった。今までの思い、苦労の数々、これまで自分を頼ってくれた人たち、助けてくれた人達の目という目!答えは一瞬で出た。

「ヤダ!」

拳を握りしめ、言い切る。

「な。つまり、コイツはもう「お前さんの仕事」なんだよ。まあ、現実として、言い出しっぺの中佐がそんな事言うわけないんだけどな。」

「まあ、ねえ・・・」

アジョラは一瞬熱くなった頭を冷やすように、水をもう一口含む。

「それくらいの方が、中佐も心強いだろさ!俺だって、やる気のない指示待ちの奴に大事な作業は任せられなかったからな!」

サドルはそう言ってアジョラの背中を叩く。

口に含んだ水がショックで喉と鼻腔に入り、盛大に噴き出した。

「あー、スマン・・・まあ、アレだ。お前も休めよ。まだ体力回復してないだろ?」

サドルが誤魔化す。

「ゲホ・・・わかってるわよ!」

アジョラは薄ら涙をたたえた三白眼をサドルに向けた。

 

 翌日、広場には日の出前から群衆が集まっていた。

ムラ長の家からアジョラとサドルが出る。それまで何が始まるのかとざわついていた群衆達がシンと静まり返った。

アジョラは目抜き通りの向こう、東に昇り始めた太陽の方を指差す。そして群衆に語りかけた。

「天の父は情け深く、人の弱さを憐れみ、お赦しくださる。」

群衆は最初、アジョラが何を言っているのか見当が付かなかったが、やがて陽の光に紛れて一群の荷馬車が見え、近づくにつれて人影の判別が付くと徐々にどよめきが広まりだした。集落の男衆、100人の元・盗賊団の面々がチョコボに乗って帰ってきたのだ。その両脇を、後発隊の「使徒」達が固めている。一団は広場に着くと、各々下馬して家族の元へと駆け寄っていった。「盗賊の頭目」でもあるムラ長は、アジョラの下に跪いた。

「お帰りなさい。」

アジョラはその肩に触れ、穏やかな声で労う。

男は立ち上がると群衆に向かって声を張り上げた。

「俺達は、知らずとはいえ、畏れ多くも神の御子、救い主様の村を襲った!だが、神の威光の前に何もできず、捕らえられた。死を覚悟したが、御子様はお赦し下さった。そして問われた。「お前達は奪う為に奪うのか?」。俺は答えた。「生きる為だ」。御子様は言われた。「ならば帰って生きよ。」と。そして「私も行って、生き方を教えよう。」と言ってくださった!今、ここにいらっしゃるのが御子様だ!」

「大黒柱」達の帰還に安堵する住民たちの前に、更に10台ばかりのチョコボ荷車が列をなして止まった。ムラ長が続ける。

「これは、御子様の村から賜った!当面の食料、農具、種籾に種芋。チョコボも使って良いと言われた。御子様は我々の罪を諌めはしたが我ら自身は責めずに憐れんで下さった!東の村々が羽振りが良くなったというのは噂通りだった!奪えはしなかったが与えられた!神の慈悲と御子様のお力だ!」

そして、アジョラの前に再び跪いた。

「名もなき卑しきムラではありますが、一同、帰依いたします。お導き下さい!」

アジョラは答える。

「もとより、そのために遣わされたのだ。全ては父なる神の御心のままに。」

そして荷馬車の脇を固めていたセレーナ達、使徒に目配せした。

使徒達が数台の荷車の梱包を解く。水と食料が満載されていた。

「まずは、腹を満たしなさい。これからが貴方がたの本当の戦いだ。」

アジョラが促すと、ムラ長の指揮で、男達が荷車に登り、分配の算段をつけ始めた。流石に盗賊団をやっていただけあって、テキパキと動く。列に並んだ女、子供達に次々と食料を渡していった。

 刹那、一角から怒号が響き渡り辺りの人の群れが激しく動いた。

「どうしたのか?」

アジョラ達が向かうと、果たして小脇に食料を抱えた一人の少年が数人の初老の男達に組み伏せられ、地面に押さえつけられていた。

「なぜ、その子をそのようにするのか?」

割り込みでもしたのかと勘ぐったが、男達の答えは意外なものだった。

「コイツは余所者でさぁ!御子様には分からんかもですがね!」

「御子様はこのムラの為に来てくだすったんだ。なら食料だってムラのもんだ。どこの馬の骨か判らんが、盗みたぁふてえ野郎だ!」

(いや、盗賊団のアンタたちがソレを言うんかい!)

アジョラは眉一つ動かすことなく、脳内で全力で突っ込んだ。こういうド田舎の孤立集落ほど、仲間意識と余所者への敵愾心がムダに強い。改めて押さえつけられた少年を見る。粗末な服の間から見える生白い肌には幾つもの青痣と擦り傷の跡。今付いたものではなかった。こんな孤立集落に一人子供が外から来ることなんてあるのか?皆目見当が付かなかったが、一人のムラ娘が答えを与えてくれた。

「この子、アレだ!サーカスの時、居た!魔獣の餌とか運んでた雑用の子だよ。」

その一言でアジョラ達にも、ムラ人達にも大体の想像が付いた。サーカス団に売られた子供が奴隷並みの扱いに耐えかねて逃げ出すなどというのはよく聞く話だ。ただ、そもそもサーカスなど数年に1度しか来ないこのムラで実際にそれが起きたのは初めてのことだった。

アジョラは、少年の前に跪き、問うた。

「そうなの?」

少年は必死に食料を抱え込みながら、すがるような目で訴える。

「助けて下さい!たすけて・・・」

こうなったら、もうやる事は一つしかなかった。アジョラは立ち上がり、少年を押さえつける男達に語りかける。

「離しなさい。貴方がたには余所者だろうが、神の前には等しく愛すべき吾子である。」

今度はムラ人達の目が少年から男達に注がれた。(頼むから、御子様のご機嫌を損ねるようなコトはしないでくれ・・・!)全ての目が沈黙の内にそう訴えかけていた。

周りからの視線を感じてか、男達はバツが悪そうに少年を放す。

「行きなさい」とアジョラが声を掛けようとしたその時、少年が彼女が口を開くより前に子犬のように彼女の足元に飛び込んできた。そのまま彼女の後ろに回り込み、裾を掴むと無言でそこから離れようともしない。

 予想外の動きにアジョラは面食らった。どうにも調子が狂うが、離れろなどと言うわけにもいかない。「使徒」に命じて連れて行かせることも考えたが、それも良くないと自身の直感が告げている。

 見た目には11、2才といったところだろうか。縮こまり、痣にまみれた少年の姿は線の細さと肌の生白さも加わっていよいよか弱い。仮にも彼を「神の愛する吾子だ」などとのたまったのだ。それを聞いて「御子」の前に飛び込み、震えているこの少年を衆目の前で「さ、お姉さん忙しいから・・・」と、引きはがすのはどうにも印象が悪い。少年にしてみれば、「御子」のとりなしが入ったとはいえ、自分を余所者扱いする集団の中に戻れと言われるのは酷だろう。さりとて一抱えの食料をもってこの集落を出たところで、どこに行く先があるわけでもない。そう考えると、やはり「行きなさい」は適当ではない・・・。

 アジョラは一旦は喉元まででかかった言葉を飲み込む。代わりに、撫でる様に少年の頭に手を置いた。

(いったん、この子のことは置いといて仕事にもどらなきゃ・・・)

「ここに、いなさい。」

とだけ告げると、心の中で一息つき、意識を群衆に戻した。そこからは、今まで何度もやってきた手慣れた作業だ。食料を配りながら、即席の竈を作り、大鍋と別に取ってある食材で炊出しの準備をする。炊出しとはいっても、アジョラ達「教団」一行は指示を出すだけで作業や仕込みは住民達にやらせた。空腹がムラ人達の何よりのモチベーションだ。加えて閉鎖的な小規模集落では集団での共同作業に「参加しない」という選択肢はほぼあり得なかった。事前に拡散した噂話と呼び込みの「奇跡」で集めた住民を散らせず、訪れて間もない余所者の教団と住民が一体となって作業し、同じ釜の飯を食わせることで短期間で心理的な壁を取り払い、集落の中に食い込む。シュワルナゼが考案し、「芋煮会」と名付けた宣撫策だ。通常なら浸透が困難な閉鎖的小集落ほど「芋煮会」の効果は高かった。果たして今回も、最初の「芋煮会」を終える頃には、アジョラ達の「価値」を疑う住民は完全にいなくなった。最初にアジョラ達を出迎えた老人が上機嫌に語りはじめる。今週はまさに天佑のような1週間だったと。4、5年に一度のサーカス巡業。たったの3日間だったが、タダ同然で皆を楽しませてくれた。好んでやるわけでもない盗賊稼業に出る度に、一人二人は返り討ちにあって殺される男達が、今度は一人も欠ける事なく帰ってきた。しかも「救いの御子」をお連れして!

 サドル以下、「使徒」達も、威厳を失わないギリギリのラインで胸襟を開き、笑顔で鍋を囲む。国境地帯の一住民に過ぎなかった自分達がいかにして「神の御子」アジョラに見いだされたか、各々の「カバーストーリー」を大仰に語って聞かせる。これまで未来の事など話題に上がったこともないこの集落で、酒屋の息子だったヨシフが上機嫌で「今日は酒抜きだ。だがこの先、農地を作って芋を植えれば芋焼酎が、麦を植えれば麦焼酎が、トウモロコシを植えればバーボンが、米を植えればサケが呑めるぞ!」と景気の良い弁を振るう。多かれ少なかれ誰もが胸襟を開いて鍋を楽しむ中、アジョラの脇に控えた少年アドルフただ一人が、偽りの笑顔を張り付け、久々の温食に胃袋を満たしながら、全神経を集中させて見聞きするもの全てを、真に天からの賜り物たるその明晰な頭脳に刷り込んでいた。

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