When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
同日午後 ベルべニア郊外 ミロドス地区
「クラン・マフディ団、集合!」
夕暮れ時の草原に快活な少年の声が響いた。
すかさず、6人の子供たちが、声を発した少年の周りに集まり整列する。
「番号!」
「1,2,3,4,5,6ッ!」
「右へ、ならえ!・・・なおれッ!」
「サドル隊長!マフディ団、揃いました!」
一番右に立つ少年が声を張り上げて報告する。
「ヨシフ、「隊長」じゃない。『マフディ団』なんだから「団長」だよ。」
サドルと呼ばれたバンガの少年が、同じくバンガのヨシフをたしなめる。
「でも、団長、いい基地を見つけましたね!」
「うむ、あれこそ、我がマフディ団の秘密基地にふさわしい!」
サドルが満足げに腕を組んだ。
ベルベニア郊外に住む子供たちは、学校が終わると、だいたい、町はずれの草原や林の中で遊ぶ。ベルべニアは、この規模の都市にしては珍しく治安もよく、日が暮れるまでに帰ってくれば、大人たちも何も言わなかった。子供たちの遊びは、今も昔も「クランごっこ」が定番。だいたい、5人から10人のなかよしグループが、それぞれクランを名乗って、街の郊外を探検したり、戦闘ごっこに興ずるのが常だ。10歳のサドルが率いる「マフディ団」も、そんな「子供クラン」のひとつだった。
その日、サドル達が「探検」で見つけたのは、市郊外の造成地跡の林の中に打ち捨てられた、古い井戸だった。かつては、近所の住人の水源だったが、ベルべニア全域に水道がいきわたってからは、その役目を終え、以後数十年間、埋められることもなく、遺棄された状態だった。深さは4メートルほどで、崩れた外壁が階段状に積み重なり、子供でも上り下りに支障はなかった。サドル達が中に降りてみると、まだある程度、水が湧いていた。とはいえその深さは、子供の膝程度だった。子供なりに安全を確認してからもう少し進むと、大人でも10人は腰掛けられそうな水のない空洞があった。冒険心のくすぐられる子供たちにとっては、これ以上ない隠れ場。サドルは歓喜し、すぐさまこの井戸を「マフディ団」の秘密基地に決定した。秘密基地にはクランの「宝物」がすぐさま運び込まれた。宝物とはいっても、それは、ビー玉に、ダルマスカやアルケイディアといった遠方の国のごく安価なコイン、それに空賊の肖像が描かれたトレーディング・カードといった他愛のないものではあったが、子供たちには重要極まりない、クランの「戦果」だった。
「マフディ団」の子供たちは、たった今、それらの宝物の移送作業を終えて、集合したところであった。
「さてと・・・じゃあ、どうやってこの基地を守るかだが・・・」
サドルは思案した。秘密基地というからには、この基地のことは絶対に秘密にしないといけない、見張り番でも置きたいところだが、昼過ぎまでは、ほとんどのメンバーが学校だ。誰もいない間に、学校をサボって抜け出すような他の不良クランが、基地を見つけてしまうかもしれない。
「さすがに学校サボったらまずいもんな・・・」
ヨシフがボヤいた矢先に、列の一番左端にならんでいた5、6歳程度のヒュムの女の子が手を挙げた。
「アタシ、みはりできるよ!」
「おまえはこの任務にはまだ小さすぎるよ。」
ヨシフがたしなめるが、彼女は聞かない。
「でも、お昼までみんな学校だよ。アタシ学校来年からだもん。だからずっとみはれるよ!」
「でもなあ、ヒュムの女の子に・・・」
「ヨシフ!」
サドルが声を荒げた。
「我が「マフディ団」は種族平等がモットーだぞ!それに確かにメンバーで午前中フリーなのは彼女だけだ。」
サドルは、彼女の方を見ると、いかめしく問いただした。
「見張り番の任務は、学校が終わるまでの間、あの基地の秘密を他のクランや大人たちから死守することだ。まあ、俺たちが見つけるまで、ずっとほっぽらかしみたいだったから、そう滅多に人は来ないだろうけど、もし近づくものがいたら、撃退・・・は無理だろうから、騒ぐなりなんなりして、基地から気をそらすんだ。できるな?」
「できます!」
「よし、じゃあ、任命式をやるぞ。こっちに来て、ひざまずくんだ。」
女の子は、言われた通り、サドルの前に出ると、昔の騎士が王の前でやるようにひざまずいた。それが、マフディ団がメンバーに任務を与える時の「作法」だからだ。サドルは、ひざまずいた彼女の肩に、腰に差していた竹光を当てる。
「アジョラ・グレバドス、貴官に、秘密基地防衛のミッションを与える。与えられたミッションは、マフディ団の名誉にかけて完遂すること!神様に誓え!」
「ファーラム!」
「あと、『チョコ係』も今まで通り、お前の任務だからな。」
「はいっ!」
「よし、では任命式を終了する。アジョラは列に戻って良し。」
「はい!団長!」
女の子はたちあがって敬礼すると、列の端っこに戻った。
サドルは空を見る。夕暮れの太陽は、すでに半分ほどが地平線に隠れていた。残り半分が全て沈んだ時、「子供たちの時間」は終わりを告げる。
「よし、じゃあ今日は解散!明日はまた学校が終わったら、ここに集合だ。」
サドルが命ずると、「マフディ団」の面々は、今日のうれしい「成果」を胸に秘めつつ、それぞれの家路についた。
「でも、あいつも変わってるよなぁ」
街へと歩を進めながら、ヨシフがサドルに話しかける。2人の家は途中まで同じ方向だ。
「あいつって?」
「アジョラのことさ。あの年のヒュムの女子がさ・・・」
「おまえ、まだ言ってるのか!?」
「いや、違うって!そういう意味じゃなくってだ。だって、普通、あれぐらいのヒュムの女子は、クランごっこなんてしないぜ?みんな公園でおままごとか、でなけりゃ家でお姫様ごっこだ。」
「確かにな・・・」
「いや、別に嫌だって言ってるわけじゃないぜ?ただ、それで他のクランの奴らに「マフディ団は弱っちい」とか「おままごと」とか言われたらな・・・って」
「そんな奴はオレがシメてやるよ。それに、もし今さらあいつを仲間外れなんかにして、あいつが親御さんにチクったら、俺たちゃ、親父おふくろにぶっ殺されるぜ?まあ、そんなことしないけどさ。」
「あれでグレバドス神父様ん家の子だもんな。おれ、この前の集会で居眠りしたら、後でおふくろに物干し竿でぶったたかれたよ。「このバチあたり!」ってさ!」
「ここの大人はみんな信心深いからね。だから、お前も仲良くしてくれよ?」
「わかってるよ。まあ、少なくとも、「チョコ係」としては優秀だしな。」
話しこんでいる間に、道がT字路になった。ここからは2人とも別方向だ。
「じゃあ、また、学校でな!」
「おう、また!」
少年2人は、その日の別れを告げると、それぞれの家へと帰って行った。
同時刻、サドル達2人が別れたT字路から数ブロック離れた道では、少年達が話題にしていたヒュムの女の子が、軽快に歩道を走っていた。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
― アタシも、「にんむ」がもらえた! ―
小さなアジョラは、先ほどの「任命式」を思い返しつつ、スキップした。
ヨシフの言うとおり、一般的に「クランごっこ」は、イヴァリース中の子供たちの遊びの「王道」には違いなかったが、ヒュムの女の子に限っては違った。子供でも強健なバンガやシーク、生まれて数年で大人と同じくらいの身体に育つモーグリ達と一緒に泥まみれになって「クランごっこ」で遊ぶのは、ヒュムの男の子にとっても一苦労だ。いきおい、この遊びは、ヒュムの女の子たちには縁の遠いものとなった。仲間内で集まって、おままごとをしたり、花輪を作ってお姫様ごっこに興じたり・・・それが、ヒュムの女の子の一般的な遊びだ。とはいえ「例外」もある。アジョラは、こういった、いかにも「女の子」な遊びには興味を持てなかった。親が買い与えたぬいぐるみには目もくれず、兄の部屋にある飛空艇の模型や空賊のフィギュアに手をつけたがために、兄に泣かされたことは1度や2度ではない。外を出歩くようになった彼女が、クランごっこに興味を抱いたのは必然だった。それが自分のようなヒュムの女の子の遊びではないことは理解していたが、それでも彼女はダメもとで、サドルが率いる「マフディ団」に入団を希望した。はたして、クランのリーダーを務めるバンガの少年は、本心から自分を歓迎してくれたのか、それとも、自分が地元のキルティア教会の神父の娘だからなのかはわからないが、予想外に快く入団を認めてくれた。
しかし、やはりクランにいる他の子供たちとの体力差は決定的だった。彼女は、何をするにも、どこへ行くにも最後になってしまった。子供心にも、自分がクランの足を引っ張っているのではないかと自責の念に駆られる彼女に、サドルはある「仕事」を与えた。
そのころ、イヴァリース中の子供たちの間で、あるモノが流行していた。「大空賊チョコ」と銘打たれたその菓子には、ウエハース・チョコに実在の空賊や海賊、彼らが駆る飛空艇や艦艇の肖像が印刷されたトレーディング・カードが一枚付属していたが、このカードが、当時の子供たちのハートをがっちりとつかんだのだ。少しばかり経済力に余裕のある子供は何十個ものチョコを買い込み、「ヘッド」と呼ばれる希少カードをそろえるために、クラン間での抗争が発生する等、社会現象と化したこのチョコだが、ある問題が発生した。大量に「チョコ本体」が余ったのである。土地によっては、子供たちがカードを抜きとったチョコを廃棄して問題になったりしたが、ベルべニアでは、それは発生しなかった。土地がやせており、昔からたびたび食糧難に襲われてきたこの地方では、食べ物を粗末にすることは殺人を犯す次に悪いこととされ、これは子供たちにも徹底的に叩き込まれていた。しかし現実に、カード目当てで大量にチョコを買う誰もが、このウエハース・チョコの味を無限に愉しめるわけでもなく、目の前には余ったチョコが際限なく積み重なっていった。そこで、ベルべニアの子供たちが編み出した解決策が「チョコ係」であった。「解決策」などと言うと大それて聞こえるが、その中身はといえば、単にクランのメンバーの中でチョコ本体の味が好きな人間を見つくろって、そのメンバーに余ったチョコを全て食わせるというものだった。他のクランと同じくカード集めに奔走していた「マフディ団」のリーダー・サドルは、この「チョコ係」にアジョラを指名した。この仕事ならば、体力がなくても食い意地さえ張っていればこなすことができる。アジョラはサドルの期待にばっちりと応え、白い髪がそのうちチョコレート色のブルネットになるのではと思わせるほどに、余ったチョコを嬉々として食べまくった。
サドルの機転のおかげもあり、クランにとって必要不可欠の「ハマリ役」を確保したことで、クラン内でのメンツを保ったアジョラであったが、それだけで満足はできなかった。そもそも自分はチョコが食べたくて、クランに入ったのではない。もっと、「冒険」だとか「秘密の○○」といった、クランらしいことがしたくてここにいるのだ。そんな忸怩たる思いを抱いていた彼女に、ついに「秘密基地防衛」という、いかにもな任務が与えられた。彼女が有頂天になるには十分すぎる理由であった。すでに彼女の頭の中は「防衛のシミュレーション」でいっぱいだった。
(あやしいやつが来たらどうしてやろう? 石を投げようか、おびき寄せて落とし穴に落としてやろうか、いや、それならいっそ肥だめにおとしてからパチンコで・・・)
おおよそ、5、6歳の女児が考えつきそうもないような「防衛策」を考えつつ、いつしか自宅を兼ねるキルティア教会にたどりついた彼女は、いつものように重厚な門扉の横の勝手口から、屋内へとはいっていった。
ほの暗いチャペルの中に小さな足音が響く。誰もいない、夜の教会は、一般人にはあまり想像がつかないが、生まれた時からここに住むアジョラには日常の光景だった。
グレバドス家は、代々キルティア教会の「聖遺物」を管理する「聖遺物管理官」の任を受けている。キルティア教会の上級神職は、ほとんどがン・モウや、他の長命種の少数民族によって占められており、短命種のヒュムでありながら、上級神職の一席を占めるグレバドス家の存在感はそれなりに大きなものだった。公開、非公開を問わず、キルティア教会の伝説に登場するほぼ全ての「聖遺物」の管理には、長年グレバドス家の人間が当たってきたため、一部の非公開の聖遺物などは、教会の所管であるにも関わらず「グレバドスの秘宝」などというニックネームがつけられることもあった。
しかし、父親からそんな話を聞かされても、アジョラはいま一つピンとこなかった。というのも、そのような華々しい伝説がついてまわるのは、あくまでもはるか東方、ブルオミシェイスに籍を置く本家やその近縁の話であって、ここベルべニアのグレバドス家は、同じ家門ではあっても、掃いて捨てるほどある、末端の分家のひとつでしかなかったからだ。その証拠に、アジョラが神父である父親に、じゃあ自分の家で管理している「聖遺物」を見せてくれとせがんでも、父親は「いまは無い」と言い、彼女の兄が「どうせ嘘っぱちなんだろ」と詰め寄ると、「伝説では、この地における「聖なるもの」は、そのうち天の父から与えられることになっているのだ」と言を左右にするばかりで、宝物の「た」の字も出てきはしなかった。
(ほんとになにかすごいものがあったら、クランでも、じまんできるのになぁ)
少しばかり口惜しく思いながら、チャペルの中を突っ切り、内壁と一体になったドアを開ける。ここから先は、「祈りの家」ではなく、グレバドス家の家庭だ。
昼過ぎには夕食の仕込みまでを終え、裁縫にいそしんでいた神父夫人は、泥にまみれた自分の娘を一瞥したが、もはや驚くこともなかった。彼女の帰宅が日没より少しばかり遅いことを二言三言注意すると、いつものように
「とにかく、手と顔をあらっていらっしゃい」
と娘に言い聞かせた。
アジョラは、これまたいつものように元気よく答えると、向い側の土間に下りて、水道の蛇口をひねった。
「かぁちゃん!」
呼ばれた母親が振り返ると、我が娘はまだ汚らしいままだった。
「はやく洗いなさいって言ったでしょう?もうすぐご飯よ!」
「でも、おみずでないんだもの」
アジョラは蛇口をカラカラとひねってみせるが、確かに水は出てこない。
不審に思った母は、席を立って今度はキッチンの蛇口をひねるが、こちらも水が出ない。浴室も洗面所も同様であった。
(夕方前までは普通に出てたのに・・・)
グレバドス家の女手二人は、頭を傾けた。
そして、時を同じくして、他の全ベルべニア市民もまた、出すべきものを一向に出さない水道の蛇口を前に、頭をひねっていたのである。