When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 760 8月15日 バーフォンハイム
アレン・フォッシュは、目抜き通りの一角、大衆居酒屋チェーン「チョコ貴族」の暖簾を潜る。まだ日は落ちていないが、安価に手早く酔いたいハッピーアワー目当ての酔客で店内は既にごった返していた。配膳を一段落させた店員を捕まえて尋ねる。
「「BONSAI同好会」で予約、入っとりますかね?」
店員は愛想よく返事すると、フォッシュを奥の個室へと通した。部屋には老モーグリが一人、通しの枝豆を齧っている。フォッシュが入ったところで、店員がコースの案内を始め、最初の注文を取る。老モーグリは「とりあえず、生1つ。あとワインをグラスで」とフォッシュの分まで注文を入れた。店員がお辞儀をして下がる。
「ファラ教、教典法第1集第32項の8条、同条の解釈ならびに細部実践要領第5項の12。「僧籍にある者は酒類の飲用を禁ずる。ただし、外国において招かれた席上で振舞われたものについては例外とする。なお、アルコール度数は30度を超えてはならず、醸造酒に限るものとする。」なんともというか、ご苦労の多い宗教ですな。」
老モーグリがそう言っておしぼりで顔を拭く。
「お気遣い、感謝致します。そんな細かい条文をよくご存じで。」
フォッシュはそう答えると、掘りごたつ式の席に身を沈めた。
「しかし、よりによって、本物の大貴族様が、「チョコ貴」なんぞにお出ましとは・・・私はてっきり、星付きの料亭にでも呼んでいただけるものと楽しみにしておったのですが・・・」
「ご期待に添えず申し訳ない。ですが、世情を憂うジジイ共がくだを巻きながら政治談義に花を咲かせるにはココはもってこいの場所ですぞ。」
確かに店内は喧騒に包まれており、聞き耳を立てようが誰が何を言っているのか判別出来るような状況ではない。更に、周りにはすでに何組もの「世を憂うジジイ共」が酩酊しながら天下国家論をぶっている。そんな中で本物の政策決定者達が議論をしたところで、ジジイ共が大声で口から垂れるクソの中に埋もれるのは自明の理だった。木を隠すなら森の中、というわけだ。
(こういうやり方もあるのか)
フォッシュは素直に感心した。
店員が酒と焼き鳥(チョコボ)を卓上に手早く並べ、お辞儀をして扉を閉める。足音が遠のくのを待って、フォッシュが切り出した。
「神聖ユードラ帝国法皇府外事部人事課長アレン・フォッシュです。このような形で大公閣下にお目通り叶いましたこと、光栄に存じます。」
老モーグリがうなずき、口を開く。
「ランベリー大公国大公、アルピナ・M・ルーフです。遠路はるばる、ご苦労様です。」
そう言って小さな手を差し出す。フォッシュは両手でそっと握り返すと、頭を下げた。
「まずは大公閣下に御礼、申し上げなければなりませんな。先般、釈放頂いた「ボルゲ」はウチではかなりデキる方の特別用務員でしたから。貴国に検挙されてしまったのも、彼のミスだとは思っていません。貴国のカウンター・インテリジェンスが有能過ぎただけだと理解しています。」
そして座ったまま姿勢を正すともう一度頭を下げた。
「そのようですね。彼がしっかりと貴方にメッセージを伝えてくれたので、安心しました。もし、今日、貴方が来られなかったらどうしようかと・・・もう、ただの物見遊山で海外旅行をするようなトシでもありませんから。」
そう言って、ルーフはビールを一口すするとアメミヤから預かった「文書」の複製を差し出した。
「お見せ頂けるものというのはコレのことで?」
フォッシュは「文書」を手繰り寄せると、まずは流し見つつ、めくっていく。その目が一回り大きくなった。
「これは・・・非常に興味深い。失礼ですが、正直、このようなものをお見せ頂けるとは、にわかには信じ難いというか・・・」
訝るフォッシュに、ルーフは小さくうなずく。
「まあ、そう思われるのも無理はありませんな。こんな形で呼びつけて、いきなり情報を「はい、どうぞ」とされても、疑ってかかるのが普通でしょう。」
そして続けた。
「だからこそ、私、自らが来たのです。」
確かに、そうだ。たかだか一機関の管理職に過ぎない男が一国の君主と一対一で相対している異常性。こんな条件でなければ、フォッシュとて自ら足を運ぶことはなかった。メッセージを持って帰ってきた「ボルゲ」に何度、間違いないかを問い質したことか。
ルーフが続ける。
「まあ、私は元々あまり人に任せるのが好きではないタチでしてな。貴方と直接話がしたくて、わざわざお呼び立てした次第です。」
「そこです!」
フォッシュが叫んだ。
「非公式とはいえ、ユードラと同盟諸国の政府当局者が枠組み外の場で会談を持つなど、一大事件と言っても過言ではありません。閣下が直々に、しかも何故、私如きをご指名頂いたのか、というのがそもそも分かりませんでした。しかも、こんな形で内密に・・・」
実際、フォッシュは混乱していた。いくら頭脳をフル回転させても、なぜこんな呼び出しを受けたのか、説明を受けないことにはさっぱり分からなかった。ただ一つ、その特異な第六感が「今日、この場でとても大きな事が決まる。」と警告を発していた。
ルーフがゆっくりと答える。
「私にはあまり時間がありませんから、簡潔にお話しましょう。まあ、大部分は私の推論ベースなのですがね。もし外れていたら、耄碌爺いの戯言だと笑ってお帰り頂いて差し支えありません。それでもその文書はお持ち帰り頂いて構わない。ただ、もしこの爺ィの読みが当たっていれば、西イヴァリースの2大国が抱える懸案を円満に解決できる策を、貴方にお授け出来ると考えております。」
「帝国と、同盟諸国の?」
フォッシュの反応に、ルーフは首を横に振る。
「この場合は、ランベリーの、ですな。」
フォッシュは再び目を丸くした。なんてことだ、目の前のランベリー大公は、同盟諸国の名代としてではなく、ランベリー大公国の元首としてここに来た、というのか?同盟諸国に何があった?報道も、特別用務員達からの報告にも特異なものは何もなかったが・・・。
「それでは、これからは「閣下」ではなく、「陛下」とお呼びしなければなりませんな。」
フォッシュにはその程度の回答しかできなかった。
ルーフは微笑むと口を開いた。
「ランベリーとユードラはそれぞれ問題を抱えています。まず、ランベリーは、国が小さすぎる、ということ。まあ、コレは説明するまでもないでしょう。我々が国境地帯と呼んでいる緩衝地帯の大部分、そして、現在のユードラ帝国の東部の何州かは、かつてのランベリー領でした。勿論、貴国は認めますまい。まあ、あくまで我々ランベリー人の認識、ということでお聞きいただければ。」
フォッシュはあえて異論を挟むことはしなかった。ここは、カビの生えた愛国論を振りかざすシーンではない。
ルーフが続ける。
「そして、ユードラの問題は逆に、国が大きすぎる、ということ・・・少なくとも、貴方はそう考えておられる。」
そう言って、手元から黄ばんだ薄い本を取り出し、机の上に置いた。フォッシュは表紙を見て驚いた。20年程前の法王府発行の神学機関誌。それも、フォッシュがただ一度、寄稿をした号だった。ご丁寧に、そのページからは付箋が飛び出している。
「秘密文書ではありませんから、我々でも手に入れることは難しくありません。ほぼリアルタイムで毎号。まあ、卓上のこの号だけは、入手にやや手間取りましたが・・・。」
フォッシュの脳裏にあの時の記憶が蘇る。当時の上司に勧められ、思うがままにペンを走らせ寄稿した論文は上層部から問題視され、その号の機関誌だけは発行後しばらくして、回収されたのだった。フォッシュ自身は「分をわきまえず、本庁の見解と相容れない主張を軽々に書くものではない。」と叱責された。
ルーフが続ける。
「寄稿された論文の題名は「小さき家と一つの祈り」。永きに渡る戦争の帰結として数多の民族と広大な領土を飲み込んだ帝国を一つの規範で纏め上げ続ける事の困難性を説き、信仰を基準とした国土の再整理を説いた。価値と信仰を同じくする清教徒のみによって構成される共同体を理想とし、現実的にそれを維持し得る地理的範囲・民族のみを維持すべきだ、と。刺激的なのは、その範囲を超える国土や民族は「支配から放棄すべき」とまで主張した事ですな。」
フォッシュが自嘲するような笑みを浮かべ、頭を掻いた。
「まさか、仇敵の元首がこんなモノを読んで下さっていたとは、驚きです・・・。ええ、コレのおかげで随分と絞られました。若気の至りというヤツですよ。血で贖った領土を放棄しろだなんて、気がふれても国の機関誌に書くものじゃあ無いですね。」
「だが、コレを書いたお方は、まだこの理想を捨ててはいないようだ。」
そう言うとルーフは身を乗り出し、フォッシュを睨め上げる。フォッシュははにかみながら目を逸らした。
「おやめください。とうに枯れた中年の中間管理職に過ぎません。」
だが、ルーフは逃さない。
「そうですか。では何故、何年もかけてコツコツと本庁や僧兵軍の要所々々に貴方のシンパや「後輩達」を植え付けているのです?内輪で「イージスの会」などという組織など立ち上げて、貴方自身は目立つことなく・・・」
フォッシュは三度、目を丸くした。この老モーグリは一体、どこまで掴んでいるのか。細心の注意を払って進めてきた、秘中の秘だというのに!「ランベリーの独自情報網はヤバい」というのは聞いたことがある。何世紀もの間、帝国と支配地域を行ったり来たりさせた為に、現在の帝国の領土内には地縁や血縁まで含めた複雑な関係がランベリーとの間に遺された。国境地帯が出来て1世紀が経った今でも、それがランベリーの情報収集力の源泉として生き続けているという。だが、まさか「イージスの会」のことまで掴まれているとは!ヒルデブラントめ!何が「閻魔大王」か。穴まみれもいいところじゃあないか!
ルーフは身を乗り出すと全てを見透かしたかのように呟く。
「イージスの会、貴公お一人の力で、育てられたとお思いかな?」
フォッシュの背筋に冷や汗が流れる。
「どういうことでしょう?」
苦し紛れにとぼけるフォッシュに、ルーフは口角を上げて迫る。
「20年前、祖国を思う心意気を否定され失意に沈む貴方を励まし、同志を募ろうと提案した男がいたでしょう?貴方が「イージスの会」を立ち上げるキッカケを与えた男がね。」
フォッシュの脳裏にその男の顔が浮かぶ。自らを鼓舞し、祖国を有るべき姿にしようと誓った友の姿。二人三脚で仲間を増やし、「イージスの会」が順調に育ち始めた矢先、赴任先でモンスターに襲われ、行方不明になった。もう10年以上前の話だ。
「私はね、この論文が出されたその時からずっと、貴方に期待していたのですよ。貴方が諦めず、思いを成就出来るよう、「彼」に動いて貰いました。大丈夫。今も死んではいませんよ。他に代え難い、優秀な人材ですから・・・」
ルーフの暴露に、フォッシュは愕然とする。
(まさか、自分は、この男の掌で踊っていただけだというのか?)と。
「何が、お望みか?」
観念したように尋ねる。
ルーフは顔を上げてニッコリと笑った。
「とても、とても単純なことです。捨てる神あれば、拾う神あり・・・貴方が捨てたいと思っているものが、私は欲しい。」
ビールを一口飲んで続ける。
「なに、全てとは申しません。そこまで業突張りではない。我等が父祖の血が染み込んだ地が還ってくれば申し分ありません。残りは・・・新たな「国境地帯」にでもすれば、貴方も安心出来るでしょう。お手伝いしますよ。無節操に増築された「醜い屋敷」を解体して、「一つの祈り」で平和に暮らせる「小さき家」をお造りになるのを・・・」
フォッシュは身震いした。オレの直感は当たる。やはり今日は「ビッグ・ディール」の日だった!グレバドスの娘っ子だって、思ったとおり真っ黒だった!リュビの報告を待つまでもなかった。向こうから「答え」が舞い込んで来るとは!
「なるほど。確かに、陛下直々のお申し出でなければ、とても信じられないご提案です。「イージスの会」の事も・・・。ですが、不躾ながら、私が陛下のご提案を信じられる「担保」はないのでしょうか?恐れながら、陛下はまだ、我が国の仇敵の元首であらせられる。それに、先程のはあくまで陛下のお考え。同盟諸国の総意ではありますまい・・・」
ルーフは我が意を得たりという風にうなずくと、掌でフォッシュの手元にある「定期報告」を指した。
「「彼女達」をどうぞ。私にも、貴方にも邪魔な存在です。ランベリーにとっては言わずもがな。父祖の土地を我が物顔で荒らし回る害虫です。貴方にとっては?もし彼女達があの地に国を作り、国境を開けば、東から続々と人や文化が貴国に流れ込むでしょう。下手をすれば、あの地で「彼女」が作った宗教までも・・・そうなったら、貴方が望む「小さき祈りの家」は更に遠のくことになる。まあ、コチラも仕込みが必要ですので、あと数カ月もお待ちいただいてから、彼女達をお召し捕り頂ければよろしい。僧兵軍が国境地帯に入っても、同盟諸国統合軍に邪魔はさせません。約束しますよ。差し当たりは、それが私からの「担保」ということで、どうでしょう?」
フォッシュは感嘆した。「担保」の事ではない。今日、初めて会うこの老モーグリは、これまで接してきた誰よりも、自身の苦悩と理想を理解している。だからこそ、利用したのだろう。何とも情けない話には違いないが、それこそが、ルーフを信じるに足ると思える理由だった。
フォッシュは「定期報告」を手にとって眺める。
「どうやら、私はこの娘を憎むと同時に、感謝しなければならんようです。陛下とお会いできるキッカケを作ってくれたのですから・・・」
ルーフはフォッシュの「回答」に満足げな笑みを浮かべた。
「同じく。では、追加の焼き鳥を頼むとしよう。コレから私がお授けする「策」をしっかりと腹にしまって帰って頂かねばなりませんからな。ワインの追加は要りますか?」
フォッシュははにかみながら手を前にかざした。
「鳥だけ頂きましょう。慣れない酒のせいで、折角、腹に入れた「策」をもどしてしまってはコトですから。」