When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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22 Annual summit

B.B. 760 10月5日 シルバニア大公公邸

 

 同盟諸国元首主催による年度諸国代表会同が定例どおり開催され、初日の会議が時程どおり1500時をもって閉じられた。大公公邸”レッドルーフ・ヒュージ・ハウス”の玄関から同盟諸国構成国の代表達が吐き出され、アテンドの案内で記念写真の位置につく。国の政体によって代表の肩書は様々。ある者は王国の国王、別のものは大公国の大公、民主主義国家の代表は大統領や首相の肩書を名乗る。共有する第一の価値は「神聖ユードラ帝国からの集団防衛」、それに経済協力や文化交流が連なる。種族も様々で、晩餐会や雛壇写真の時などは、種族まで考慮した椅子やお立ち台の用意に粗相が無いように細心の注意が払われる。ミスがあれば主催国の代表の顔に泥を塗ることになってしまうので、この手のイベントでは毎度、接遇を担当する役所が神経をすり減らすことになる。ランベリー大公ルーフにはモーグリ用の特別高いお立ち台が用意され、シルバニア大公フレイジャーには、頭上から伸びた大きな耳が後ろの国の代表者の顔を隠さないよう、主催国代表の定位置である最前列中央に背の低い椅子が用意された。即位・就任からの経過期間や貴族においては爵位等、各代表者の序列を乱すことなく、また、各代表者の顔の位置をデコボコにすることもなく、国家代表者達をおさめるに相応しい雛壇写真が撮影された。

 これから晩餐会までの間は、各国の代表者達が思いおもいに懇談する自由時間だ。自由時間とはいってもお気楽なモノでは全くない。アイスブレイクの挨拶こそ陽気に交わされるが、そこから先はそれぞれの思惑と利益を抱えた真剣勝負だ。ユードラとほどではなくても、隣国との間に安全保障上の問題を抱えた国もあれば、国をまたぐ水源や鉱床の利益をどう配分するといったセンシティブな問題を抱えた国もある。国のトップ同士が顔を突き合わせて話せる希少な機会だけに、どこの国の代表も口元は笑えど目は真剣そのものである。旧宗主国ぜルテニアの国王との談笑が一区切りついたシルバニア大公フレイジャーの肩を、浮遊式の椅子に腰掛けたランベリー大公ルーフが軽く叩いた。

「元首陛下におかれてはご機嫌麗しゅう」

振り向いたフレイジャーにまずはルーフが挨拶する。

「ああ!「先生」!お久しぶりです。2年振りですね!」

ルーフを「先生」と呼んだフレイジャーにルーフは軽く頭を下げながら

「前回は丁度痛風の発作が重なりまして。陛下に見苦しい姿を見せる訳にもいきませんでしたから・・・」

と返した。

「こんな機械に乗りながらでなんですが、少し歩きませんか?」

「ええ、是非。」

フレイジャーはゼルテニア国王に軽く会釈をすると、ルーフと肩を並べて歩き出した。

「折角です。無礼講でいきましょう。」

フレイジャーの勧めにルーフは笑顔で返す。主要国輪番制度に基づいて同盟諸国元首の椅子に座り、最高の権威を有するフレイジャーだが、産まれてから食べたパンの枚数と一国家の代表者としてのキャリアではルーフがふた周りは上だった。同盟諸国にとって久方ぶりの非ヒュム元首としてのフレイジャーの即位を誰よりも喜び、事実上の後見人として若きフレイジャーをサポートしたのがルーフだった。

「私ももうじき五十路が見えてきました。」

そう言うフレイジャーにルーフは笑って返す。

「ヴィエラの50など、儂らやヒュムにしてみたらせいぜいハタチといったところだろう。儂が死んだあとも、お主はまだまだ人生、男の修行だぞ。」

「腹が立とうが、泣きたかろうが、じっとこらえて・・・ですか。」

かつてユードラ海軍の侵攻を土壇場で返り討ちにし、海路からのランベリー上陸作戦を頓挫させた伝説のランベリー海軍提督の格言を諳んじるフレイジャーにルーフは軽く笑いながら頷く。

「さて、と、今日は年に一度の貴重な日だ。アッチでもコッチでも各国のトップ達が笑顔で腹を探り合い、幾多の「偉大なる妥協と決断」がなされる。官僚や幕僚達が何十人集まって幾度となく話し合っても1mmも進まなかった事が、この場での10分、20分で劇的に伸展することも少なくない。逆に、各国が威信をかけて連綿と進めてきた事業が一転してご破算になってしまうことも・・・。ここはそういう場だ。」

「存じています。」

フレイジャーが神妙な面持ちで首を縦に振る。

「ああ、理屈の上ではな。だが、お主自身が実際に矢面に立ったことはまだなかろう?今のシルバニアはそういう幸運な時代を生きている。」

気づかぬ内に、ルーフの顔からは笑顔が消えていた。

「はい。私は幸運者です。私が生まれた頃、先代がぜルテニアから独立した際には過酷な交渉が何年も続いたといつも聞かされました。ヴィエラが100歳にも満たずに過労で召される程に・・・」

「先代は紛うことなき名君だったよ。アルケイディアかぶれの先々代ゼルテニア王が進めたヒュム至上主義の荒波から「亜人」達を見事に救い出し、シルバニアという避難地(ヘイヴン)を作り上げた。類稀なる外交力でイヴァリース中を味方に付け、流血もなく、しかも同盟諸国元首の被選出権を持つ主要国の一つとしてだ。彼女こそ、真(まこと)の政治家だった。」

「誇るべき母です。崩御の際には、全国民が心から喪に服してくれました。」

 ルーフは浮遊機をフレイジャーの前に進めると、立ち塞がるかのように振り向いた。フレイジャーが足を止め、目を丸くする。

「だが、彼女とてなんの試練も経ずにあの境地に達したわけではない。幾つもの挫折・不名誉・妥協・清廉でありたいと願いながら時に手を汚さざるを得ない屈辱。それらが彼女を真の君主たらしめた。」

「試練・・・」

フレイジャーがその言葉を発したところで、ルーフが一束の文書を浮遊機の懐から取り出しフレイジャーに手渡した。受け取った文書を眺めるフレイジャーの明るい褐色の顔色がみるみる土気色に変わっていく。

「・・・どこで、コレを・・・?」

フレイジャーの問いにルーフはただ首を横に振る。

「それは問題ではない。重要なのは私が既にこれを読んだということだ。それがどういう意味かは、分かっているな?」

フレイジャーは何も返せない。

「儂はお主の師であり、友であり、今は忠実なる配下だ。この文書を見たからといって、ソレは変わらん。だが一方で、儂はこのヒュムの赤子並みの両肩にランベリーを背負っておる。今を生きる5千万の民草だけではないぞ。過去数百年に渡り、今は国境地帯などと呼ばれている西ランベリーの地に眠る英霊達の想いも等しく、だ。」

「・・・・・・」

「何も言えんか?では聞こう。偶然この文書を見つけた儂の愚かなる親族の見立てでは、コレは本来、儂らが見るべき文書ではなかった、ということだが、そうなのか?」

「・・・はい。」

フレイジャーは観念したかのように答える。

「何故だ?先程の愚かなる我が親族は、将来、西ランベリーからの収益をシルバニアで独占するつもりだからだ、などという見立てをしおったが・・・」

「違います!!」

フレイジャーは目を見開いて一歩前に進んだ。

「作戦従事者をシルバニアの者で固めたのは、単に私の手が届きやすい範囲で人材を集めたからに過ぎません!情報を限定したのは、純粋に、作戦保全に万全を期すためでした。「彼女達」とその活動に我々が関与していると、ユードラ側に絶対に気取られてはならなかった。」

「だが、今や儂よりもユードラの方がこの作戦に通じている。どう説明するのだ?」

ルーフの追求にフレイジャーは頭を下げる。

「・・・それは、ご想像のとおり、先生方の反発を恐れたためです。」

「素直に認めるのだな。」

「本格的に計画が進みだしてから気付いたのです。彼女達が事業を進める過程で、荒廃した「西ランベリー」の復興と分断されたコミュニティの再統合を進めていった。彼女の名の下に・・・。そして、それはランベリーにとってただならぬ意味を持つものだと・・・」

「だが、一度勢いのついたものを止めることも出来なかった。計画を大っぴらにする事も・・・そうだな?」

「・・・はい。」

フレイジャーは耳をうなだれる。

「なるほど。今なお、儂には全てを話せんか?」

ルーフは終始、落ち着いた声色で問いかける。フレイジャーは完全に観念していた。

「いえ、後で全てをお話します。ことここに及んで、先生に隠し立てするものでもありません。」

それを聞いてルーフは数度小さくうなずいた。

「潔いな。それと一つ、褒めるべきことがある。」

「?」

「今まで、一度も臣下の名は出さなかったな。コイツは恐らく、このシュワルナゼという士官が絵を描いたのだろう?今、儂に詰められても、お主は其奴のせいにはしなかった。君主としてあるべき姿だ。」

フレイジャーは無言のまま、小さく頭を下げる。

「儂が持っているのはこの「定期報告、第13期」というものだけなのだが、他のモノはココでは見れないのか?」

「いえ、ヒュージ・ハウス内の私の執務室の端末からであれば・・・」

ルーフは手元の腕時計を見る。

「まだ、晩餐会までは時間がある。お邪魔しても良いかな?」

フレイジャーはその問いに「はい」と答えると、ルーフを先導する様に、ハウスへと歩を進めた。

 

 

 

 

レッドルーフ・ヒュージハウス 大公執務室

 

 若きシュワルナゼが上奏した「政策コンペ」の資料から、最新の「定期報告」まで、データベース上に保管された全ての文書を確認したルーフが目頭を押さえながら応接椅子に背を預ける。

「年寄りにはいささか苦行だった。が、二つ分かったことがある。」

「なんでしょうか?」

「このシュワルナゼという男、中々に優秀だな。そしてロマンチストでもある。それを見出したお主の目利きも、悪くない。」

「・・・ありがとうございます。して、もう一つは?」

「シュワルナゼ、そしてお主がシルバニア人としてではなく、同盟諸国代表者としての立場でこの事業を進めようとしていたことが、信じるに足る、ということだ。」

それを聞いたフレイジャーは、意を決したように口を開いた。

「先ほども申し上げましたが、スタッフをシルバニア人で固めたのは、単に私と、シュワルナゼの目と手が届きやすい範囲で計画を作り上げたからに過ぎません。それが先生のお気に召さないのなら、彼の上にランベリーの人間を置いても差し支えありません!計画成就の暁に得られるであろう経済的利益の、ランベリーへの特別の配慮もあって然るべきと考えます。」

「随分と、入れ込んでるな。まあ、報告を読む限り、全てが怖いくらいに順調に進んでいるしな。これまでインフラから金融政策、軍備に至るまで様々な事業を見てきたが、ここまで清々しく計画どおりに進む事業を儂は他に知らん。」

そう言われたフレイジャーは胸を張った。

「関わっている者全てが極めて優秀なのです。時勢も、運も全てが彼女等に味方しているといっても過言ではありません。・・・捨てるにはあまりに惜しい!」

そして続けた。

「なんでしたら、人材含め、計画そのものを先生にお譲りしても良いのです。初めこそ同盟諸国元首として便宜をはかることも少なからず有りましたが、今ではそれも必要ない。私がトップでなくても目標は達成できます。先生なら尚更だ。」

 正直、予想していなかった提案を受けたルーフは、大きく唸ると椅子に背を預け直して黙り込んだ。しばしの沈黙が部屋を支配する。ルーフが重々しく口を開いた。

「・・・その提案を、1年半前に聞けていれば、あるいはそのようになったのかもな。」

「どういうことです?」

「お主は先ほど「時勢も、運もが味方している」と言ったが、「運」についてはそうではなかった、ということだ。」

そう言うとルーフは懐からポータブルのホログラム装置を出し、フレイジャーに手渡した。

「今度は、儂が明かす番だ。」

フレイジャーが怪訝な顔をしつつ装置のスイッチを入れると、1機の飛空艇の3D写真が表示された。表面はサビや植物による侵食が激しく、一見しただけでは機種も国籍も判別が付かない。

「流石に分からんか。次に進めてみたまえ。」

ルーフが促し、フレイジャーが装置を操作すると、今度は工場内で洗浄されたと見られる同じ機体の写真が映された。

「これは・・・あ!」

しばし眺めていたフレイジャーがハッと気付く。

「お主らの世代の男子なら、王侯貴族も庶民も等しく、この機体を知らぬイヴァリースの者はおるまい。」

「アルケイディア帝国YPA-GB47試作戦闘機、シュトラール・・・」

「型番までスラスラ出てくるか。流石だな。そう、あの時代の、いや、今でもそうか?全ての男子の憧れだ。たった1機しか作られなかった世界最速の戦闘機と、それを駆る最速の空賊バルフレア、そして相棒のフランの冒険譚。誇大なホラ話にしか聞こえないような伝説の数々。いくつかは実話だからさらに始末が悪い。だが最も良かったのは、彼らの親友、ラーサー・ソリドールのように老いさらばえた姿を見せることなく、伝説と全盛期の姿のままに乗機もろとも姿を消したことだ。まあ、そこにあるとおり、乗機は見つけさせて貰ったがな。」

「・・・・!!」

フレイジャーが驚愕の目で視線をシュトラールの写真からルーフに移す。

「まさか、飛空石もそこに?」

「ああ、あったさ。期待半分だったがな。流石は空賊の中の空賊バルフレア。愛機の「心臓」をもいでうち捨てるようなマネはしなかった。いつの日か、相応しい者がその翼を見つけ出し、受け継ぐ事を願ったのだろうな。それはそれは綿密に整備され、周到に隠されていたよ。数多のトラップ付きでな。彼には申し訳ないが、「翼」を手に入れたのは自由を愛する若者ではなく、国家権力の椅子に座る爺いだった。その意味するところが分かるか?」

「・・・ランベリーはヤクトで稼働するグロセア・エンジン技術を手に入れた・・・」

「そうだ。ソリドールとの交渉、自主開発、あらゆる国が挑戦し、挫折した。最後に残された手段が「ヤクト対応飛空石を積んだ最後の飛空艇、シュトラールの入手」。歴史の裏で何十年もの間、密かに続けられた国家対抗レースだったが、勝利の女神はランベリーに微笑んだ。詳しいことは儂には分からんが、原理が分かってしまえば再現は容易だった。」

「では、既に・・・」

フレイジャーの問いにルーフがうなずく。

「現時点で1万ユニットが完成し、同盟諸国統合軍兵器への搭載を待っておる。搭載を命じるのは儂ではない。他ならぬ同盟諸国元首ムスタファ・フレイジャー、お主だ。」

 ルーフの口調はどこまでも穏やかだ。だが、その目からはいつもの温和さは消え、射抜くような眼光がフレイジャーを刺した。

「私に一体何をさせる気ですか!先生!!」

フレイジャーは立ち上がり、ほとんど泣きそうな顔で問うた。

ルーフの落ち着きは変わらない。

「お主は儂の教え子、鏡の表と裏だ。あの国境地帯がこの先50年、100年、このままで良いと考えるのは政治的怠慢だ。お主もそう考えたからこそのあの事業だろう。儂も同じだ。そして今までこれを元首たるお主に伝えなかった理由もまた、お主のそれと同じだ。準備段階で元首たるお主の反発を買い、この好機を失うリスクを恐れた・・・違ったのは解決策だけだ。その顔なら、分かっているのだろう?」

フレイジャーが、無言のまま、顔で答える。(分かっていても、聞きたくはない!)と。ルーフは構わず続けた。

「お主は進めた。一見、平和的で、成し遂げたならば千年先まで名君と讃えられるような希望に満ちた作戦を。お主は良い部下を持った。このシュワルナゼという男、良いセンスの持ち主だ。ユードラの分裂を嗅ぎ取り、皇帝ルテールの一派を仲間に引き込んでまでみせた。だが、儂は儂で進めた。こちらは歴史上、幾度となく繰り返され、もはや誰もが歩み飽きたであろう、修羅の道だ。お主がこのアジョラという娘を見つけた時にお主の道を決めたように、儂はシュトラールを見つけた時、この道を行くと決めた。」

「嫌だ!」

フレイジャーは初めて、ルーフを否定する言葉を吐いた。まるで駄々をこねる子供のように。

「私は、貴方とは違う!私は戦争など望まない!ヤクトを飛べたところでなんだというのです!?せいぜい条件が互角になる程度だ。始めた戦をどうやって収めるつもりなのですか?戦を始めるのは簡単、難しいのは終わらせ方だと・・・他ならぬ貴方の教えだ!」

「ならばもう一つ教えよう。お主はこのグレバドス家の娘をエラく買っているようだが、お主自身が会うて話したことはあるのか?」

「ない!だが信頼する部下が良いと言っているのだ。私にはそれでそれでよい!」

「模範的な君主の回答だな!では、今は純真にして従順なこの娘が20年後、30年後、変わらずそうだという保証はどこにある?歴史を振り返ってみろ・・・かつて「解放者」、「自由の戦士」と讃えられた英傑達がやがて権力という病に取り憑かれ、血塗られた独裁者と化した例など、掃いて捨てるほどある!それを知らぬわけではなかろう。」

「・・・っ!」

ルーフの指摘にフレイジャーが詰まった。

「戦を終わらせる方法なら考えてある・・・言ったろう、儂とお主は鏡の表と裏。儂もまた、ユードラと通じておる。ただし、法王府の方とだがな。」

「!!」

フレイジャーはヘナヘナと力無くソファにへたり込んだ。何と老獪な師なのか!いや、自分が自惚れていただけなのか・・・

「たかだか数年後には何を考えているか分かりもしない小娘よりも、確実に手元にあって制御可能な武力を頼る。交渉相手は、種族も信仰も違えど、所詮儂らと同じ人種「政治家」だ。大体、何を考えているか予想はつく。どうだ?儂が間違っているというなら言ってみろ。聞いてやる。」

「・・・流血が・・・人が死にます。何千、いや、何万もの兵士や、下手をすれば非戦闘員も・・・」

フレイジャーにはそれしか言えなかった。

「清廉でありたいか?血塗られた暗君と呼ばれるのが恐ろしいか?それならば元首の地位を儂に譲れ。理由は体調不良でも何でもいい。どうせ輪番ではお主の次はランベリーなのだ。」

「!!」

「なに、どうせ老い先短い身だ。せいぜいあと5年がいいところだろう。それまでに血なまぐさいステージは終わらせてやる。そしたら、またお主がやれば良い。過去にも元首の「一時交代」の先例はある・・・。心配するな。儂は今もなお、真に元首の器が務まるのはお主しかおらんと思っておる。残念ながらランベリーの我が親族達は自己の栄達と利益にしか興味の無い暗愚ばかりだ。泥を被るのは棺桶に片足を突っ込んだ爺モーグリ一匹で十分、悪名は儂が地獄に背負っていってやる。」

「それと引き換えに、何を得るのです?」

「失われた西ランベリーの地だ。ユードラの法王府は疲弊し、統治が複雑化した帝国の解体と「名誉ある孤立」を望んでいる。それが叶うならば、西ランベリーの緩衝地帯を失っても構わない、との認識だ。生贄はライオネルの皇帝派と・・・あとは言わなくても判るな?」

「・・・もし、もし私が元首権限で拒否したら?いかに貴方が私より「政治的」に正しかろうと、私には貴方を止める権限がある。」

あくまで元首は自分なのだ。だが、フレイジャーにはルーフの答えはとうに分かっていた。だからこそルーフはこの場で仕掛けてきたのだ。

 果たしてルーフは小さく鼻で息を吐くと手元の「定期報告」を手に取った。

「そうなると、この文書を活かすことになる。平和のためにランベリーが差し出した祖国の土地を、シルバニア大公が誰に相談することもなく私物化しようとした。各国の代表達にそう訴える。事実がどうかは関係ない。お主にそれを否定し、代表達を納得させるだけの手札は無い。お主の元首としての信任は地に落ちることになる・・・儂も、見たくはない光景だ。」

 完全にフレイジャーの負けだった。どうやってもルーフを止められないのであれば、わざわざ同盟にキズまで付ける選択肢などあり得ない。ここで信任を失ってしまったら、「戦後処理」すら主導出来なくなってしまう。

「・・・しかし、こんな急に全てを変えてしまうなんて・・・」

フレイジャーは虚脱状態だった。

「未練があるか?お主の素晴らしき計画に。まあ、分かる。今の時点では、何の障害もなく進んでいるのだからな。だから、お主が迷わなくて済むよう、手を打っておいた。」

「・・・どういう事です?」

フレイジャーが問うた時、執務室の外がにわかに騒がしくなった。扉越しに人が右往左往する足音と怒号が響く。やがて扉が乱暴に開けられると、アーマーを着込んだシークレット・サービス達が群れをなして入ってきた。一糸乱れぬ挙動でフレイジャーとルーフに背を向けてとり囲む。

「元首陛下ならびにランベリー公閣下、執務室にて確保!異常なし!」

シークレット・サービスの1人が無線で伝える。

「どうした?何があった!」

フレイジャーがサービスの隊員に問うた。

「ハウスから5kmの地点で公用飛空艇が墜落しました。状況からテロの可能性があります。」

隊員はそう言うと、部屋にテレビがあるのを見定め、スイッチを点けた。ブレイキング・ニュースの映像がレッドルーフ・ヒュージ・ハウスを遠くに映し出し、手前側の市街地から黒い筋煙が立っている。

 やがてランベリー公の警備員達が到着し、フレイジャーのシークレット・サービスから状況を引き継いだ。ルーフは浮遊機に乗り込むとフレイジャーに近寄り、耳打ちした。

「おそらく、晩餐会はキャンセルだろう。儂は失礼する。近々また会おう。」

そして続けた。

「大丈夫。今日は「これ以上、何も起きん」よ。」

そう言い残すとルーフの一行はフレイジャーの目の前から去っていった。

 

 暫く放心状態のフレイジャーだったが、ふと思い出したかのように、隊員の1人に問うた。

「飛空艇には誰か乗っていたのか!?無事なのか?」

隊員は耳元の無線機越しに照会する。一寸して、回答が返ってきた。

「搭乗者が判明しました。統合情報軍のチェスター・シュワルナゼ上級大佐です・・・残念ながら、パイロットもろとも・・・」

「!!!」

「目撃者によると、飛行中に突然爆発し、そのまま墜落したとの事です。これ以上はまだ、確認、調査中とのことです。」

(・・・チェスター!)

フレイジャーは目を見開いたまま、天を仰いだ。

やがて、補佐官と典礼担当の官僚が執務室に訪れた。今後の予定と各国代表の警護について裁可を得るためだ。

「各国代表は安全を確保しており、現在はそれぞれの警備チーム帯同で待機頂いております。ただ、ランベリー公はすぐお帰りになる、と。晩餐会は、一応、用意はさせておりますがいかが致しますか?」

 悲嘆に暮れる暇もない。フレイジャーは歯を食いしばり、強引に意識を目の前の事象に集中させる。

「晩餐会は中止だ。各国代表には即刻、帰国頂く。国の大小、格を問わず統合陸軍、空路にあっては統合空軍の警備をつけよ。警備計画は統合軍司令官に任せるから、事後報告でよい。他には?」

「いえ、取り急ぎ、そのようにかかります!」

官僚は踵を返して執務室から去っていった。

「市中の警備状況と、今後のテロのリスクについて報告を受けたい。落ち着いたところでかまわん。」

「わかりました。」

補佐官の1人が続いて部屋から退出する。

 

 フレイジャーは残った秘書官とシークレット・サービスを隣の控室に下がらせた。

手元の便箋とペンを手に取り、深呼吸すると、筆を走らせた。10分程で書き終えると封に入れシーリングワックスで封印する。秘書官を呼び、封を渡すと命じた。

「コレを統合情報軍のオニクス・ヒサーリ少佐に渡せ。キミが直接、手交するのだ。速やかにな。」

「情報軍、オニクス・ヒサーリ少佐、ですね。了解しました。」

秘書官が退出すると、フレイジャーは椅子の背もたれに身を預けた。起こった事を嘆く時間はなかった。ルーフを止められなくとも、まだ彼の傀儡になったわけではない。出来ることはまだある。しなければならないことも。まずはシュワルナゼの部下達、そしてアジョラ・グレバドスのとその使徒達の安全確保だ。彼らが「生贄」にされる前に、何としても救い出さねばならない。たとえ直属の部下でなくとも、それが彼らを信頼し、使ってきた者の最低限の責務なのだ。

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