When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 760 10月5日 1900 同盟諸国政府合同庁舎
統合情報軍シルバニア分庁舎
特別調査課執務室
「少佐!テレビ!テレビ!」
執務室に転がり込んできたシークの事務官が、執務室に1人残ってデスク上で端末と向かい合っていたオニクスに向かって叫ぶ。
オニクスは背筋を伸ばし壁面上部に掲げられたテレビに目をやる。画面上では何の変哲もない通販番組が進行中だ。
「テレビなら点いてるぞ、何も・・・あ!7チャンネルじゃないか。誰だ、勝手に・・・」
情報軍では報道情報収集のため、執務室のテレビは24時間起動が定められている。特段の事情がなければ、チャンネルは国営放送にしておくことがしつけ事項とされていたが、スポーツ中継や映画の地上波放送目当てでチャンネルを変えてそのままにしてしまう職員がいるのはどこの部署でも同じだった。特に悪名高きシルバニア第7チャンネルは、財政事情的な理由からなのか地震が起きようが竜巻が発生しようが放送内容を変えないことで知られ、先代の同盟諸国元首(ゼルテニア国王)が崩御した際にもアニメ番組を流し続けてゼルテニア外務省から直々に苦情を申し立てられる「罪状」まで有する札付き局だった。これではテレビを点けている意味がない。
オニクスは事務官に言われるまでもなく、チャンネルを国営放送に設定し直した。ブレイキング・ニュースの帯がでかでかと流れそこには「爆発。レッドルーフ・ヒュージ・ハウス周辺。同盟諸国代表会同期間中」の表示。画面上は夜間のためよく判別は付かなかったが、望遠レンズ越しに映された市街地の一角からはチロチロと炎が見え煙が上がっているのが判った。大事には違いないが、今や「元首が特別に関心を有する事項に関する情報収集ならびに付随事項」の専従部署となった自分達が速やかに対処すべき事態ではない。
「わお、こりゃ警備部の連中は暫く家に帰れんな・・・」
当初は他人事モードだったオニクスだったが、すぐにその意識はレッドルーフ・ハウスに呼ばれたまま帰ってこないシュワルナゼの事に移った。空域閉鎖に掛かってしまったために帰りが遅れるという連絡は受けていたが、それにしても続報が全くない。こんな事故だかまで起きては、さらに足止めを食らうのではないか・・・
「大佐から何か連絡あった?」
オニクスは注進に来たシークの事務官に聞いたが、事務官は首を横に振る。
「・・・はあ」
オニクスが溜め息をつき、背もたれに大きく身を預けたところで、卓上の内線電話が鳴る。
「はい、外事部特別調査課、ヒサーリ少佐です。」
受話器を取ったオニクスの耳に、やや上ずった声が響く。
「あ!ヒサーリ少佐、でよろしいですか?」
「はい、ヒサーリです。」
「あ、あの、こちら庁舎飛空艇ポートなんですが、今、統合空軍の特別艇が来てまして・・・で、元首秘書官が少佐に至急お会いしたいと・・・何か聞いてます?」
ただならぬ来客にオニクスの背が伸びる。
「え?いや、何も・・・飛空艇ポートですか?取りあえず今すぐ、行きますんで!お伝えしておいて貰っていいですか!?」
オニクスは受話器を置くと背もたれに掛けた制服を引っ掴み、慌てて羽織る。
「エミール君!済まないけどテレビ、チェックしといて!」
件の事務官に一声かけ、制服のボタンをかけながら速足で執務室を出た。
オニクスが部屋を出て1分も経った頃、テレビのテロップが切り替わる。
「爆発。軍所属飛空艇墜落の可能性。機内に2名の遺体。」
庁舎最上階の飛空艇ポートに着いたオニクスに、明らかに異質な品格を漂わせた「元首秘書官」が速足で歩み寄る。
「統合情報軍、オニクス・ヒサーリ少佐で間違いないですか?」
「は、はい。間違いありません。」
過去数十年のキャリアで相対した中でダントツに高位の相手に緊張しつつ、首元のIDを掲げて正対する。
「これを。元首フレイジャーから貴官への親書です。必ず貴官だけで、速やかにご確認のほどを。」
「私に・・・親書?」
半ば放心状態で、差し出された純白の封書を受け取る。
「では。」
それだけ言うと秘書官は踵を返して特別艇に戻る。それから20秒もせずに特別艇は飛び上がり、視界の彼方へと消えていった。
昔ながらの封印が上品な封書を抱え、オニクスは執務室に戻る。扉を開けるとエミールの他にもう一人、トレーニング・ウェアに身を包んだサディアもテレビに見入っていた。
「義父さん、コレ・・・」
サディアの視線の先の画面のテロップは「墜落機は統合情報軍所属(独自)。死者2名」に
なっていた。オニクスは飛空艇ポートに電話する。
「はい、飛空艇ポート・・・」
「さっきのヒサーリです。確認ですが、2024号機から連絡は入っていますか?」
「それが・・・先ほど伝え忘れたのですが、ないんです。フライトプランには1825着予定で入ってるんです。1812にレッドルーフ・ハウスを離陸したところまでは入ってきてるんですが・・・間もなく、規則に従って通信捜索に入る予定です。」
オニクスの背中に悪寒が走る。視線を落とした所に、左手に持った「親書」が視界に入った。秘書官の言葉が脳裏に再生される。
「ちょ・・・閲覧室借りるぞ。暫く入るなよ!テレビ見といてくれ!」
オニクスはサディアとエミールに伝えると足早に執務室の廊下を挟んで対面、「特別取扱区分情報保管・閲覧室」と表札が掛かった部屋のセキュリティ端末にIDをかざし、パスコードを入れ、カメラに瞳をかざした。軽い金属音がして扉が開くと、速やかに入室し、電灯をつけ、扉を閉めた。封印を破った中には、元首親書などといういかめしい名称とは裏腹に、便箋数枚に今時、手書きで殴り書きされたメモ。しかし、最後のページに記された元首の花押がこのメモの権威を頑然と示していた。オニクスはメモを読み、驚愕し、よろめきながら天井を仰ぎ、そして壁に背中を預けた。
親愛なるオニクス・ヒサーリ殿
緊急の事態につき、以下、乱筆となること、容赦されたい。
オペレーション・ウォールブレイカーについて
・本作戦はランベリー大公に露見した。
・同国大公の介入により、同盟諸国としての国境地帯に対する方針は、武力による領土回復に移行せざるを得なくなった。
・詳細は不明だが、ランベリーは独自にユードラ法王府と連携している。
・ランベリー大公は私に「ウォール・ブレイカー」を断念させるために、チェスターを殺した。
チェスターは貴官に全てを引き継いだと私に伝えた。それを踏まえて、以下を貴官に命ずる。
・上の情報は、貴官が真に必要と認める者にのみ、必要な範囲で共有せよ。
・その上で、次の選択肢から取るべきオプションを決断し、実行せよ。
1:「ウォール・ブレイカー」の作戦放棄
その場合、ベルベニア人を含む作戦関係者の撤収並びにその後の生命その他一切について、同盟諸国元首・シルバニア大公の名において私が責任を持って保護し、必要な便宜を与える。
2:自主作戦としての事業継続
私個人としては、この作戦が目標とするところの成就を願う。武力の行使は望まない。しかし、作戦の成就が同盟諸国の総意ではなくなった今、この事業を軍の作戦として継続出来る状況ではなくなった。
だが、「作戦」としてではなく、そこから切り離された「アジョラ・グレバドス個人の事業」が自主的に継続される事を私は否定しない。
以上を踏まえ、
・「ゾディアック・ブレイブ計画」を承認する。
・「アジョラ・グレバドスとその使徒に対する「聖石」の譲渡」までを、作戦として許可する。それ以降の軍の関与は認めない。貴官含め、同盟諸国の関係者は聖石の譲渡をもって撤収せよ。
・シルバニア軍から派出した「使徒」については各人の判断を尊重した上で貴官が決定せよ。帰国を望む場合は、作戦の一環として撤収させる事を許可する。
・「聖石」は使い道によっては相当な「武力」となると報告を受けている。私個人の目論見としては、ゾディアック・ブレイブのネームバリューに加えて、その「力」がランベリーの暴挙を抑える「抑止力」となることを期待しているが、私自身は「教祖アジョラ」と話したことすらない。聖石の譲渡に際し、彼女が真に信頼に足る人物か、今一度よく見定めて欲しい。
・この選択肢をとるのであれば、ネルベスカのドクター・アンドレイ・バルビエにチェック・インせよ。事後も含め私への報告の要は無い。
本紙は用済み後速やかに破棄せよ。
なお、いかなる場合においても、ユードラ側に同盟諸国の武力解决方針への移行に係る情報を伝える事を厳に禁ずる。私個人が望まないこととはいえ、利敵行為により同盟諸国の将兵をリスクに晒すことは許容できない。
以上を速やかに実行されたい。
貴官の献身に敬意を表す。
中央イヴァリース独立国家同盟元首
ムスタファ・フレイジャー
なぜ、こんな事になったのか。オニクスには全く見当も付かなかった。予兆など何もなかった。大佐は何か知っていて元首の下へ行ったのか?ランベリー?武力進攻?何を言ってるんだ?
これだけでは憶測すらしようもなかった。オニクスは深呼吸をする。答えの出ないことを考えても仕方が無い。やるべき事は元首が示してくれている。メモの体裁、そして事態の流れから考えて、全てを「速やかに」進めなければならない。ならばそのようにするだけだ。それが軍人だ。
手元の内線電話をかけ、サディア一人を呼ぶ。ものの10秒で入ってきた。その目は異様な眼光を放っている。
「義父さん、あの事故・・・」
「大佐だったか?」
サディアは無言のままうなずく。
「あんな事故が・・・」
「事故じゃない。」
言下に否定したオニクスにサディアは言葉を失う。
「テロだ・・・」
「いや、まだ調査中だってテレビで・・・」
「ランベリーだ。」
ワケが分からないという顔のサディアに元首のメモを渡す。3分程の沈黙の後、サディアがメモから顔を上げる。
「義父さん、コレは一体・・・」
ついさっきまでの自分も全く同じような顔をしていたのだろう。オニクスは両手でサディアの頬を強かに挟む。
「っ痛!」
「いいか!アレコレ考えても分からんだろう。オレもだ!だが分かっている事もある。元首がここに示した選択肢から選び、速やかに実行するんだ!」
「今、すぐ?」
「ゆっくりひと休みしてからどうぞ。と書いてあるように見えるか?」
「ウチの課、ほとんど帰っちゃったよ。皆を呼ばなきゃ」
サディアの目は泳いでいる。オニクスはサディアの顔を揺すぶって自分の目を見させる。
「いや、俺達で決める!」
「そんな!あ、アジョラは?アイツはどうするんだ!?」
「あの子も頭数だ!だから、会って、話して、それで決めよう。」
サディアは小刻みに頭を縦に振る。
「でも、どうやって?秋分の定期報告はこの間やったばっかりだ。」
「コッチから行く。非常用の直通回線はある。だが、会話が出来るような代物じゃあない。短波信号の一方送信、向こうは着信したら令なく「聖別の森」に向かう事になってる。」
サディアはもう一度、今度はハッキリと首を縦に振った。オニクスが頬にかけた手を離す。
「フィナスの空軍基地から迎えを依頼する。」
「ネフスカヤ少佐ですか?」
「俺が調整しておくから、お前は最低限の準備だけして来い。さすがにトレーニング・ウェアで行かせるわけにはいかん。」
サディアは了解し、すぐさま部屋を出る。
「・・・さて、と。」
オニクスは先程、サディアにやったように、今度は自分の頬を両手で強かに叩く。不思議とシュワルナゼを失った事に対する喪失感や悲しみはなかった。彼が死んだという現実感がなかったこともあるが、それ以上に、彼の霊(そんなものがいればの話だが)が自分のすぐ側で「俺の事なんぞ考えてるヒマがあったらとっとと動け!」とハッパをかけているような気がしたからだ。
2時間後
合同庁舎の飛空艇ポートに、1機のセイレーン輸送艇がアプローチ態勢に入る。国境地帯西部の民族衣装に身を包んだサディアが、背のうを背負ってオニクスを待つ。数分して現れたオニクスは情報軍の制服のままだった。
「義父さん、着替えないのか?まあ、多分、飛空艇から降りることは無いかもだけど、一応は・・・」
サディアの問いかけにオニクスは少しばかりの笑顔で返す。
「俺は行かん。」
サディアは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
「え?いや、さっき、皆で話して決めるって。」
「俺の答えは決まってる。お前等、兄妹で話して決めろ。俺はそれに従う。」
「そんな!アイツにとって義父さんは叔父さんだけど、俺は赤の他人だ!俺だけ行ってもこんな話マトモに・・・」
「おい!!」
ここにきて一番の怒声でオニクスがサディアの胸ぐらを掴む。その目は怒気に満ちていた。サディアは驚愕する。オニクスの下に来て15年、こんな風にされた事は一度も無かった。
「お前があの子の報告を受けるようになってどれだけ経つ!あァ!?名前と顔が他人なのはしょうがねぇ!だがなァ、まさか心根まで他人のつもりでやってたんじゃねえよな!!」
「・・・っ!」
サディアの感情に一気に火が点く。胸ぐらを掴んだオニクスの手を力任せに引き剥がした。
「そんなコトあるものか!人の気も知らないで!オレがどんな気持ちでアイツと・・・義父さんやサドルみたいにやれたら、どんなにか楽だろう、って・・・アイツに言いたいことなんか、腐る程あらァ!」
「だったら、全部言ってやれよ!体裁してるのはお前の方だろうが!このままじゃあ、あの子はまた・・・!」
オニクスは頭を抱える。その実、一番混乱しているのはオニクス自身かもしれなかった。シュワルナゼにとって、この作戦は「中央・西部イヴァリースの未来」のためのプロジェクトだった。しかし、オニクスにとっては「姪っ子アジョラの人生を取り戻す」ためのものだったのだ。それが今、瓦解しようとしている。撤収させれば、命は助かるだろうが、彼女がやってきた一切合切をドブに捨てさせる事になる。進めさせれば、命が危ない。バックボーンだった同盟諸国が敵に回りかねないのだ。ゾディアック・ブレイブなどという大仰なハッタリと海のものとも山のものとも知れぬクリスタルを抱えて、味方だったはずの百万の軍勢と睨み合う・・・どちらの状況もオニクスには耐え難かった。
「・・・すまない。」
オニクスは何度か大きく胸で息をすると、力無く言った。
「本当の事を言えば、オレには決められない・・・。これが2年前だったら、俺が二つ返事で撤収させてた・・・問答無用でな。だが、今やこの作戦は彼女の人生そのものだ!俺達がそう仕向けた!それを今になって・・・ここまで来て、どうやって!」
「義父さん・・・」
サディアにはオニクスの気持ちが嫌と言うほど分かった。サディア自身が自分の事だけにかまけていた14年前からずっと、彼女の事を気にかけていたのだ。アイツに背を向け続けた自分が今更、素顔を晒せないのと同じくらい、ずっと親身になって助け、おだてて登らせたハシゴをその手で外すのは義父にとって耐え難い事なのだ・・・。
「分かった!俺が行く。」
サディアは胸を張ってハッキリと言った。
「義父さんの想いも背負って、アイツと話す。そして決める。後悔のない選択を!」
サディアの姿を見て、オニクスも落ち着きを取り戻すと姿勢を正した。
「すまん!頼む!」
サディアは踵を返すと、ちょうど着陸し、ラッタルを下ろしたセイレーンの中に姿を消した。一寸して、セイレーンが上昇していく。オニクスは風防越しにチラと見えたネフスカヤらしい人影を認めると、不動の姿勢をとり敬礼した。