When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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25 Thanksgiving

同日2300時 聖別の森(西部第1LZ)

 

「バニシュ」を稼働させたセイレーン輸送艇が、小さな森の中央にポッカリと空いた草地に脚を降ろす。アジョラ達の山脈以西への進出に合わせて、新たに設定したLZ(ランディング・ゾーン)。主にヴィエラの集落跡を流用する地形だが、そうそう都合よく見つかるものでもない。それが西部に進出後、大した手間もなく見つかった時には「本当にツイている。」と思った。

 

―  運も、何もかも全てが自分達に味方している  ―

 

そう確信したものだったが・・・

 

 着地を確認して、サディアはシートベルトを外す。果たしてアジョラは来ているだろうか?「緊急回線」は一方送信なので、向こうが受信・了解したかを確認することは出来なかった。しかも送るのは音声ではなく、意味のないモールス信号の符丁だ。

(あのバカが聞き漏らしていたら、全てが台無しだ・・・)

 定期報告に係るオニクスの役目を引き継いだサディアだったが、アジョラとのやり取りの中で分かったのは、”意外に”というか”やはり”というべきか、やることなすことに小さな穴やアラがあることだった。サディアが記憶を思い起こす限り、彼女は昔からそうだった。おおよそ女の子らしい?繊細さやマメさとは無縁で、全てがざっくばらん。「お兄ちゃんがアンタくらいの時には、もっとちゃんとやってたわよ!?」というのがかつての母の口癖だったのを覚えている。反面、やりたいと決めた時のノリと勢いは凄まじく、男ばかりの子供クランに殴り込み、(サドルの配慮があったにせよ)馴染んでしまった意地と行動力は、今の「教祖 兼 開拓者」稼業に通じているとも言えた。まだ顔を合わす前から、そんな彼女の「答え」に予想は付いていた。だが、簡単に「はい、そうですか」という訳にはいかない。義父がどれだけその身を案じているか、しっかり伝えなければならない。何だかんだ言ったところで、死んだら元も子もないのだ。

 そんな事を考えながら、クルーのギュネイ2曹がキャビン・ドアを開け、ラッタルを下げるのを脇で待つ。ドアの外を見下ろしたギュネイ2曹が笑顔で手を振る。

(ああ、ちゃんと来てたか・・・)

まずは一安心だ。ラッタルが下がりきったところで、機内交話用のインカムを手に取り、ネフスカヤ少佐を呼ぶ。

「じゃあ、行ってきます。もしかしたら、少しばかり時間がかかるかもしれません。」

「2時間後、0100までには帰ってきてね。「バニシュ」のバッテリーが保たないから!」

「分かりました。」

そう答えたところで、セイレーンのAPU(補助動力装置)が切られる。甲高いエンジン音が消え、代わりに機外から、風に擦れる木の葉と虫の音が聞こえてきた。

インカムを壁に掛け、キャビン・ドアから短いラッタルを降りる。

「ハァイ、ハリさん。」

降りきったところでアジョラが小さく手をヒラヒラと振った。

「どぉしたの?何か私に聞き忘れた・・・とか、何か便利アイテムでも渡し忘れた・・・とか?」

少しばかり怪訝な、だが、深刻さの欠片も感じさせない表情でこちらを見あげてくる。これから話を聞いて、その顔がどうなるのかを考えると心が痛んだ。

「ちょっとコッチへ・・・」

「バニシュ」の圏内、かつ、セイレーンのクルーに聞かれないよう、機体から離れる。

アジョラの腰に手を掛け促すと、フワリとアルコールの匂いが漂った。

「おま・・飲んでるのか!?」

思わず、「素の口調」になる。

「へえ、ハリさんも、そんな喋り方するんだ」

そう言うとアジョラはサディアの頭をポンポンと撫でる。

(ナニをいい感じで出来上がってるんだ・・・よりによってこんな時に!)

サディアの呆れもよそに、アジョラは続ける。

「小さな感謝祭をやったの。今、私がいる所ね、昔は10月の最初の満月の日、つまり今日にね、収穫の感謝祭をやってたんだって。」

「・・・・」

「戦時中に村を占領して物資の集積地にした軍がね、撤退する時に化学兵器だの何だのを全部農地に埋めてったんだって。そこら中に地雷も遺していって・・・それから100年位、農地が使えなくて・・・」

「ああ、こないだの定期報告で聞いたよ。感謝祭の話は初耳だけど。もうすぐ地雷処理と除染が終わるんだろ?」

言い終わらないうちに、アジョラがサディアの前を塞ぎ、顔を突き出す。少し酒くさい息が鼻に抜ける。どうもあまり良い酒では無さそうだ。

「終わったの!お・わ・つ・た・の・よー!」

そう叫びながらぐるぐると回り出す。

「そ、そうか。そりゃ、良かった・・・」

「教祖モード」の峻厳な雰囲気と、そうでない時の、このギャップには未だについていけない。

「まあ、正直、地雷の方は完璧かはわかんないんだけどね。」

ひとしきり回るのをやめると、アジョラは続けた。

「でね、ちょうどその時に、感謝祭の話が出てね、じゃあ、お祝いも兼ねてやろう、てなったの。まだ収穫なんて無いから食べ物もお酒も東からの持ち込みなんだけどね・・・100年ぶりだよ!100年ぶり!誰もやり方なんか覚えてなくてさ。しょうがないから、始めはアタシが仕切ってそれらしくやってたんだけど、お酒が入りだしてね。アタシ、こんなの初めてで・・・だんだんよくわかんなくなって・・・気がついたら、ただの飲み会になっちゃった。」

そう言うと、誰かの宴会芸でも思い出したのか、クスクスと笑い出す。いよいよ話を切り出し辛くなってきた。

「ねえ、ハリさん?」

「なんだ?」

もう敬語を使う気も失せた。

「おいでよ!アタシ、チョコボで来たんだ。村までここから10分ちょっとだよ?まだ呑んでる人達、いるし!」

あまりに予想外の提案にサディアは目を丸くする。

「いや!俺は行けないよ。こっちの人間じゃないんだから!」

だが、アジョラは聞かない。

「大丈夫よ。もう皆、大概ベロンベロンで誰が誰かなんて分かりゃしないって。女子供はもう寝てるし。それに折角、その服で着てるんだからさ?」

そう言うと、サディアの裾を掴んで引っ張りだす。

(ええい、もうどうにでもなれ!)

どうせ作戦はとうにレールから脱線してしまったのだ。半ば捨て鉢な気持ちで引っ張られるままに森を出ると、アジョラの駆るチョコボの後ろに乗っかった。

 

 

「いいんですか?2人とも、出ていっちゃいましたよ?」

アジョラに引っ張られながら森の中に消えていったサディアをセイレーンのコックピットから眺めていたアキュラが、隣に座るネフスカヤに問うた。

「いいんじゃないですか〜。まあ、あまり良くはないけど・・・」

ネフスカヤが缶コーヒーをすすりながら、グレアシールドの上に両足を乗っけて、リクライニングの体勢に入る。

「あの2人には、本当に大事な時間だもの。」

誰に聞こえるでもなく、呟いた。

 サディアはネフスカヤにだけは、この1日で起きた全てを話していた。移動中、機内交話装置をアイソレート・モードにして話したのだ。シュワルナゼの死はネフスカヤにとっても衝撃だった。そして、アジョラが「政治的な正しさ」とやらの為に今にも切り捨てられようとしていることも。ネフスカヤ自身がやられたわけではないが、今まで信じ、自らを捧げてきたものに裏切られたような感覚を覚えた。自分の、そして皆の、家族との他愛のない平和な暮らし、その集まりである「国家」の安全と独立・・・自分はそんな、単純で崇高なものを護るために戦ってきたはずだった。自分達がここで職分を全うする限り、それが抑止力となって平和が保たれる。それこそが同盟諸国統合軍の誇りだったはずだ。それが、自らの預かり知らぬ所で勝手に決められた「何か」によって勝手に書き換えられ、知らぬ間にこちらが「牙を剥く側」になろうとしている。シュワルナゼの理想とそれを体現するアジョラの事業は、牙を剥こうとする連中にとって邪魔になったのだ。

(自分はこれから先、これまでと同じように誇りを持って操縦感を駆ることができるだろうか・・・)

ネフスカヤは心にモヤがかかるのを覚えつつ、表向きの平静を保つ。

「2時間じゃ、帰ってこないかもね。バッテリー残量はよく見といて。あと、皆に休憩も取らせてね。」アキュラにそう命じると、ヘッドレストを倒して目を閉じた。

 

 

 アジョラとサディアを乗せたチョコボが村の広場に着く。どうやら宴もたけなわを過ぎ、さながらグダグダの二次会の様相を呈していた。酔いつぶれて地べたな突っ伏している者、数人で車座になって思い思いに盃を取っている者、それらを広場の中央で焚かれた特大のかがり火が照らしている。いくつかの小さな車座の中の一人が、アジョラの帰還に気付いた。

 

「御子様だ!御子様がお帰りになられたぞぉ〜。」

呂律の回らない口調で周りに呼びかけると、チョコボを降りた二人を自分の車座に招き入れた。初老の男達が数人。確かに、ぱっと見る限り素面の人間はいない。「余所者」サディアの顔を見ても指摘する者はいなかった。どの顔も垢にまみれ、歯の欠けた顔が篝火に照らされると、顔に刻まれた皺が影をなしてより深く見えた。サディアが初めて直に見る「国境地帯の住人」。男はサディアが盃を持っていないのを見咎めると、胡座をかいたまま寝落ちしている”隣人”の手から盃を奪い取り、突き出した。この流れでは受け取らないわけにもいかない。サディアが受け取った盃に濁った酒を注ぎ込む。米で作った、かなりキツめのドブロクだったが、飲んでみると甘みがあり、口当たりは悪くない。これなら成人したばかりのアジョラでも苦もなく呑めそうだった。そして、それは即ち「呑み過ぎて悪酔いしやすい」の同義でもあった。

「若いの!おまえらはな、自分らがどれだけ幸せもんかわかっとらん!」

サディアが一杯目の盃を乾かす前から、男の「説教」が始まる。呂律が回らない程に酩酊しているので脈絡もなく延々と続くのだが、要約すると

・儂らが若い頃は生きるのに精一杯で、こんな祭りができるなど考えも付かなかった。

・若いお前等は、子供の頃は大人達に守られ、大人になったと思ったら御子様に守られで、このままでは碌なもんにならん。

・御子様と使徒様の言う事をよく聞かねば、また生き地獄に逆戻りなのだから、これまで苦労知らずな分、馬車馬のように御子様とその教えに尽くせ。

というものだった。

「それにしても嬉しいのは、儂らが御子様と盃を交わした初めての村人だということよ。山の東の奴等が先々に羽振り良くなっていくのを噂に聞いては恨めしく思っていたが、御子様がこの村でハタチをお迎えになられるとは・・・待った甲斐があるというもの・・・」

そう言って男は肩を震わせる。それを見た対面の男が突っ込んだ。

「バカ、御子様を子供扱いすんない。御子様は天の国から来なすったんぞ?ハタチなんてのはそら、「世を忍ぶ仮の姿」よ。ホントは何年、生きておられるのやら。」

横を見れば、そのやり取りをアジョラは顔はニコニコ、酒は手酌でチビチビしながら眺めている。

篝火の方から黄色い声が聞こえる。そちらに目をやると、幾人かの子供達がまだ起きてはしゃいでいた。

「手に持ってるのは・・・綿飴?」

「そ。子供はお酒飲めないでしょ?まあ、私もついこないだまでそうだったけど・・・で、お菓子でもあれば喜ぶんだろけどこんな場所でお菓子なんてね・・・で、使徒のモリタさんに相談したら、「ザラメ糖だけ準備できれば出来る」って言って、あり合わせの廃材で「綿飴機」なんて作ってくれてさー。ホント、モーグリって器用だよね・・・で、子供達の喜びようったらもう!」

そう言ってアジョラは天を仰ぎ見る。

「生まれてから今まで、甘い物なんか食べたことなかったんだってさ。」

 その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。子供達のこれまでを憐れんでのものか、それとも子供達に初めての甘味を与えることが出来たことの歓びか・・・慣れない酒の勢いもあるのだろうが、定期報告の半ば事務的なやり取りでは見ることのなかった、妹の素の姿にサディアは胸を締め付けられた。オニクスですら彼女のこんな姿は見たことなかっただろう。もはや問うのも野暮だった。これを「今日限りで辞めろ」と言うのか?今日、自分が目にしたのはたった一つの集落の、たった数十分のシーンだ。コイツは、これまで4年近くコレを続けてきたのだ。一体、どれだけの人々が彼女に希望の眼差しを向けていることか・・・それを全てご破算にして、シルバニアのどこぞの別荘地に引きこもって、元首の有り難い警備の下で余生を過ごす?一体、何を思いながら過ごせというのか!?

 いくつかの車座を回った後、アジョラが酒と篝火で体が火照ったと言うので、宴の広場を離れて風通しの良い丘の上に連れて行く。打って変わって静かに、草の擦れる音と虫の声だけが耳に入ってくる。

「・・・用があるんでしょう?」

アジョラが唐突に聞いてくる。そうだ、伝えなければならない。サディアは意を決する。

「大佐が、死んだ・・・正確には、殺された。」

アジョラの反応は全くの予想外だった。

「・・・そうか。やっぱりそうだったんだ。」

サディアは目を丸くする。アジョラは胸元から透明なクリスタルを取り出した。

―  聖天使の「玉子」 ―

「アタシが寝てるとね、たまにコレがアタシの意識を「アッチの世界」に連れて行くの。いつもは光の粒が漂ってたり、それが光の河に向ってゆっくりと流れるのを見てるだけなんだけどね・・・」

小さなため息をついて、アジョラは続けた。

「今日、ハリさんが来る前、少し酔っぱらって寝ちゃったの。そしたらまたクリスタルに「アッチ」に連れて行かれてさ、私の近くで他より凄い光ってる粒があったから触ってみたの。そしたら、大佐がファッ!て出てきて」

「・・・なんか言ってた?」

サディアの問いにアジョラは首を横に振る。

「言葉は分からないの。いつもそうなんだけどね。大佐は、最初、凄く戸惑った感じで、でも、アタシの方を見たら、なんか納得したような顔になってね・・・で、頭撫でてくれた。そしたら、多分、大佐の記憶、それとも感情・・・なのかな?流れ込んで来たの。暖かい、けど寂しい感じ。目を閉じたら、大佐が離れていく感じがして、次に目を開いたら、もう「コッチ」に戻ってた・・・。事故とか病気、とかじゃなかったんだ。」

「ああ、俺も信じられないけど、テロだって。やったのはランベリーの大公だってさ。」

「なんで?」

「教えてはもらえなかった。でも考えてみたら想像はついた。国境地帯の半分くらいは、元はランベリーの領地か、ランベリーが占領したことがある土地なんだ。彼らはまだここがランベリーの物だと思ってる。それを俺達が我が物顔で開拓してるのが気に食わなかったんだ。」

「・・・ここの人達は、自分達がランベリー人だなんて思ってないよ。ユードラ人だともね。皆、自分達は捨てられたんだって言ってる。でなけりゃ、捨ててきた、か。山脈の東も、西も。」

アジョラは静かに呟くが、そこには確かに怒りがこもっていた。

「分かってる。でも、現実にランベリーは動き出した。元首はまだ味方だけど、作戦の支援はもう打切りだ、って。そりゃそうだ。同盟諸国の予算と統合軍への派出の半分近くはランベリーから出てるんだ。」

アジョラは黙って聞いていたが、やがて口を開いた。

「それで?ハリさんはそれを私に伝えに来たの?「もう、おしまいだ」って?」

その声は微かに震えている。

「順番に話す!まずは聞いてくれ。」

そして、サディアは事の顛末と、元首が示した「選択肢」を話して聞かせた。アジョラはそれを黙って聞いた。

「ヒサーリ少佐は・・・迷ってる。分かってるだろ?少佐は、ずっとキミの事を気にかけていた。何よりいち親族として・・・まずは、何よりもキミの命だ。」

「分かってる。だからこそ叔父さんは、私にまず「逃げる術(すべ)」を叩き込んだ。」

「でも、ベルベニアにいた頃のキミの事を見て、こうも思ってる。「命があるってことだけが、「生きてる」ってことじゃあない」ってね。」

アジョラは黙ってうなずく。そして暫しの沈黙の後、口を開いた。

「ハリさんは・・・どう思ってるの?」

サディアは少し驚いた。「ハリ・レイレナード」がここで意見を求められるとは思っていなかったからだ。「レイレナード大尉」は彼女の中でそれなりの位置を占めている、ということか。少し考えて、答えた。「ハリ・レイレナード」としてではなく、「サディア・グレバドス」として。

「俺は・・・キミに傷ついてほしくない。・・・どうやっても傷つくなら、せめて浅い方に。」

アジョラが、クスクスと笑い出す。

「なんだよ!人が真剣に・・・」

「いや、ゴメンナサイ!あんまりにも、おセンチな答えで・・・・もしかして、惚れた?」

「何いってんだ!バカタレが・・・」

アジョラが今度は高笑いした。

「ハァ〜。にしてもハリさん、どんどん口が悪くなるね。最初会った時、あんなに堅苦しい物言いで「性格だ」とか言ってたけど、ウソでしょ。何であんなウソついたの?」

「・・・フン」

サディアはただ鼻を鳴らして誤魔化す。

「まあ、いいわ。アタシにそんな口の利き方するのは。ハリさん以外にはこの世で3人だけ。」

「3人?」

「サドル団長、ぜルテニアの「教官」・・・」

「あと一人は?」

「・・・兄さん」

サディアは思わず、握った両の拳に力を込める。そのまま少しばかりの時が流れる。

「どんな人だった?キミのお兄さん。」

サディアは意を決して聞いてみた。

「きっとよくある、「ちょっと年の離れた兄貴」って感じ。ほぼほぼ、イジメられた記憶しかないわ。・・・でもね、一番助けて欲しい時に、側にいてくれた。ベルベニアで「生き神様」にされて、友達が友達じゃなくなって、母さんまで母さんじゃなくなって・・・でも、兄さんだけは、兄さんのままでいてくれた。何もできなくて、寂しくて泣いてるしかできなかったアタシを護ろうとして、大人達から酷い目にあって・・・ベルベニアにいたら危ないからって、叔父さんに引き取られて、それっきり。」

アジョラは小さく溜め息をついた。

「・・・会ってみたいと、思ったことは?」

「分かんない。でも、もし会えたら、言いたいコトはいくつかあるのよ?」

「なんて?」

サディアの問いに、アジョラは急に素面に返ったかのように首を横に振った。

「え、イヤイヤ、恥ずかしいわよ!なーんで、ハリさんにそんなコト!?イヤイヤイヤイヤ」

 聞き出せなかった事を残念に思いながらも、「何か言いたいことがある。」と分かっただけで、サディアは心が少し暖かくなるのを感じた。それが叱責だろうと不満だろうと構いはしない。

「それに、こんなところでこんなコトしてるって兄さんに知れたら、何て言われるか・・・もしここに兄さんがいたら、きっと信者の皆の前でアタシの頭をはたいて、「またガラでもないことしやがって!とっとと帰るぞ!」とか言って、アタシは演台から引きずり降ろされるわ・・・うん、兄さんならやる。」

「そしたら、彼はまた皆に袋叩きにされるな。今度は、半殺しじゃあ済まない。」

「そうね。だから神様は兄さんをアタシから離したのかもね。」

「しかし、キミの中でお兄さんは大層、暴力的なんだな。今なら、もう少しレディには紳士的に振る舞えるんじゃないか?」

サディアの「自己弁護」をアジョラは一笑に付した。

「アハハッ!ダメ。紳士的な兄さんなんて想像つかないわ!顔だけは優しそうなんだけどね。」

そして続けた。

「でも、それでいいの。それがアタシにとっての兄さん・・・アタシがテンパったり、調子に乗って舞い上がってたりしてたら、頭をはたいて言ってくれるの。「何やってんだ、バカ!」ってね。」

「随分、歪んだ愛情表現だ。」

「そうね。別れた時期が悪かったわ。2人とももう少し大きくなってたらアタシも「優しい兄さん」を見れたのかもしれないけれど。」

サディアはチラと懐中時計を覗き込む。着陸から2時間が過ぎようとしていた。随分と話し込んでしまったようだ。深呼吸を一つして、アジョラに呼びかける。

「さあ、もう行くか。」

「うん?」

「行くんだろ?ネルベスカ。」

アジョラは少しばかり目を丸くする。

「話しの流れ的にさ、ここは「どうする?」って聞くところなんじゃないの?」

「もう聞いたようなもんだろう。それとも何か?お兄さんが来て、キミの頭を引っばたいて家に連れ帰ってくれるのを待つか?」

アジョラは鼻で笑うと首を横に振った。

「いいえ。悪いけど、たとえ兄さんでも今のアタシは止められないわ。「神の御子」も「聖石の勇者」も似たような看板じゃないのさ。もうとっくに、引き返すなんて出来ないのよ!」

満月に照らされたその目は充血し、顔は月明かり越しでも火照っているのが分かった。

「まだ酒が抜けてないな?だが結構!一丁、やってやるか。」

サディアはハッパをかけると、二人は踵を返して丘を降りていった。

 

 

0105時 聖別の森 LZ

「あ、帰ってきた!帰ってきましたよ!機長!」

アキュラの甲高い声でネフスカヤが目を覚ます。

身体を起こして目を擦り、伸びをしたところで、キャビンからコックピットに2人が顔を出した。

「お帰りなさい。5分オーバー。でも、思ったよりは早かったわね。」

「スイマセン」

サディアが頭を下げる。

「ハァイ、おばさん!」

その後ろからアジョラが顔を出した。

同時に、酒の匂いがコックピットに充満する。

「あらァー、この子ったら、呑んできちゃったの?もーカワイイんだから!はい、おばさんにキスして!」

ネフスカヤがパイロット席から仰け反って頬を差し出すと、アジョラが軽くキスをする。

「うん!結っ構、呑んでるわね!はい、呑ん兵衛さんは大人しくキャビンに下がってて頂戴!」

アジョラはフセインに支えられてコックピットから退場した。

「ねえ、どういうこと?ちゃんと話、したんだよね?なんであんなテンションなの?」

ネフスカヤが怪訝な顔でサディアに問うた。

「ええ、まあ・・・アイツが、思ってたよりタフだった、ってことで・・・。」

「・・・そう。あの様子じゃあ、行くのね?ネルベスカ。貴方はいいの?」

ネフスカヤは念を押すように聞く。

「はい。お願いします。」

サディアのはっきりした答えにネフスカヤはうなずき、もう一度その顔を見る。その眼差しに、ここを出る前の悲壮さは無かった。

「OK! じゃあ、行くわよ。貴方もちょっと呑んでるでしょ?ここは酒気帯び厳禁!キャビンであの子を見ててあげて頂戴!」

ネフスカヤがシートベルトを締めながら言い放つ。サディアは無言で会釈をすると、キャビンに引っ込んでいった。

 入れ替わりで、アジョラをキャビンのシートに座らせたフセインが戻ってくると、すぐさまAPUのスイッチを入れた。甲高いエンジン音が機内に響き出す。メインエンジンを起動し、ラインマンを機内に入れ、離陸。

 キャビンの簡易座席ではサディアとアジョラが隣り合って座っていた。といっても、アジョラは離陸してものの1分で寝落ちし、頭を完全にサディアに預けた格好で小さくいびきをかいていた。少し離れた見張り席に座るギュネイ2曹が冷やかすような目線をサディアに送る。サディアは小さく首を横に振った。

サディアの服の上に、アジョラのだらしなく半開きになった口から垂れた涎が小さな水たまりを形成する。サディアは溜め息をつくと、もたれかかる妹の頭を優しく撫でる。そして小さな声で語りかけた。

「オマエはバカだなぁ・・・ホントに、大バカだ。」

妹の頭が少し動いた。

「バカっていったほうがバカなんだよ・・・兄ちゃん・・・」

サディアは一瞬、ドキリとしたが、すぐにそれが寝言だとわかると、肩を撫で下ろした。妹の夢の中の自分は、一体どんなやりとりをしているのだろう。

「そうだな。オレも大バカだ・・・」

サディアは小さくつぶやき、目を閉じた。

 コックピットでは、コントロールをアキュラに渡したネフスカヤが空を見上げる。6年前、ベルベニアでアジョラをピックアップした時と同じ満月が、セイレーンを照らしていた。

 

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