When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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03 Commence Operation

B.B. 742 8月15日 同盟諸国統合空軍特別便内

 

「どうした、やっぱり緊張するか?」

 軍服を身にまとった初老の男が口元に笑みを浮かべながら、対面でぼうっと外を見つめていた青年に声をかける。青年は、眼下を流れる雲海から、初老の男に視線を移すと、はにかみながら答えた。

「まあ、緊張してないといえばウソになります。」

 青年も男と同じ、純白の軍服に身を包んでいたが、襟に彩られた星と線の数は男よりも少ない。

「まあ、無理もない。オレが大尉だったころは、式典の儀仗隊指揮官以外で元首の前に立つなんてことはまずあり得なかったからな。それが今や、元首に自前の作戦を直々に報告するハメになるとは・・・ご愁傷さま。」

「政策コンペ書類作成の際にはお世話になりました。」

「なに、俺がやったことと言えば、提出文書の誤字、脱字のチェックと、言い回しの修正くらいなものだ。」

「でも、課長の命令がなければ、そもそも私はコンペに応募なんかしていませんでしたよ。」

「だが、その割には、気合をいれて起案していたじゃあないか。それに、こういうことは若い奴にやらせるに限る。そして、見事お前のプランは元首のハートを射抜いたわけだ。」

「私はとても通るとは思ってませんでしたがね。自分で起案しておいてなんですが、あまりにも遠大で、不確定要素の多いプランですよ。」

「正直おれもそう思ったがな。まあ、その辺の愚痴は、プランを採用した元首にでも言ってくれ。」

「そこまで強心臓じゃあないですよ。」

青年は軽く肩をすぼめた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 前年度、中央イヴァリース独立国家同盟(通称:同盟諸国)の代表元首を務めていたぜルテニア王が崩御し、35年ぶりの元首交代となった。

 新たに元首に就任したのは、ムスタファ・フレイジャー、同盟諸国の中でも元首被選出資格を持つ中核国家のひとつである、シルバニア大公国の大公で、30台に入ったばかりの若者だった。同盟諸国の元首は、構成国の中核国家が自国の代表を交代で即位させ、その地位は、元首の死亡または即位60年の経過によって交代するというものであった。この国がゼルテニアから独立して初めての元首選出、それもここ数代は「爺様・婆様」元首が続いた中、久方ぶりの若き君主への交代とあって、シルバニアのみならず、全同盟国民が熱狂した。若きフレイジャーもまた、国民に熱く語りかけた。

「先代元首は、その慈悲深さと堅実さで、同盟諸国の基盤を確固たるものとされ、なによりもその維持に努められた。私もまた、先代を鏡とし、同盟諸国の融和に努めたく思う。しかし、若輩たる私にこの重責がまかせられたことにもまた、神のおぼしめしがあると私は考える。私は、確固たる同盟を基盤としながらも、新しい国家の未来を追求したい。新たな発想、創造性に満ちた国家を建設し、同盟諸国のみならず、全イヴァリースの平和に資する国家をともに作り上げよう。我らに天の父の加護あらんことを ファーラム。」

 

 元首フレイジャーが先代元首と最も違っていたのは、彼が大いに変革へのエネルギーに満ち溢れていたということだった。彼は、新元首として統治を開始するにあたって、国籍、民族、職業を問わず、広く国民から意見を吸い上げようと試みた。そのための手段として、彼は、それまで同盟諸国官公庁の高級官僚のみに許されていた政策提言の機会を広く国民に開放したのだ。「政策コンペ」はそのための目玉施策であった。コンペの分野は、政治、経済のみならず、安全保障、文化、福祉等、広範囲にわたり、応募の権利は、犯罪者を除くすべての同盟国民に開放された。当然、既得権益の牙城を崩されるばかりか、彼らにしてみればド素人の民間人や軍人が考え出した、海のものとも山のものとも知れぬ「政策」を元首の匙加減一つで実行させられるハメになる官公庁は難色を示したが、国民の圧倒的支持を受ける新元首に正面切って挑むことはできなかった。

 

 

「政策コンペ」の募集が始まって間もないころ、同盟国情報軍外事部調査分析課の課長を務めるアバルト・カイラ大佐に、軍幹部学校時代の同期会開催の話が降ってきた。

 数年ぶりに開かれた同期会は、前回と同じく、学校時代の思い出や、自分たちの配置部署への愚痴から始まり、中年を過ぎるとついて回る「定期健康診断で引っ掛かった項目の増え具合」へと移っていったが、やがて話題は、「政策コンペ」の話へと収斂していった。

「なあ、お前さん、せっかくだから、「政策コンペ」に何かだせよ。」

 チョコボのスペアリブにかぶりついていたカイラが呼びかけに気付いて振り返ると、統合国境軍に籍を置く同期のユスフの姿があった。肩章には大金星が二つ。

「へえ、お前みたいのが少将様かい?国境軍はよほど人材不足か暇かのどっちかだな。」

「へいへい、どうせ西部国境軍の主力は「ヤクトの長城」と山脈ですよ。人間様の業務は、レーダーで国境地帯の鳥の数を数えるだけの簡単なお仕事です。」

「まあ冗談だ。ユードラの機甲師団が山脈の地雷原を越えてくる可能性も「小数点以下の確率」でなら無いわけではないからな。それに、「国境地帯」はならず者の巣窟だ。あの地域から這い出てくる盗賊の摘発もお前さんがたの仕事なんだから!」

 カイラ大佐は笑いながら同期の国境軍少将を慰めつつ続けた。

「しかし、ユスフ、お前さんもかい?何かみんな「政策コンペ」の話で盛り上がっているようだが?」

「おいおい、同盟諸国統合軍の軍人にとって、これがどれだけデカイ話かわからんわけじゃあないだろう?」

 ユスフはおどけてみせた。

「たしかに、俺達には革命的な話だよな。」

カイラもうなずいた。

 

 現在に至るまで、同盟諸国の安全保障にかかわる政策は、同盟国防総局が取り仕切っている。「国防」とはいっても局内はシビリアン・コントロールの名によってほぼすべてが官僚によって固められ、ごく少数の連絡官を除けば、現役軍人はほぼ完全にシャットアウトされていた。現場で働く軍人たちは、大将クラスの人間でさえ、防衛政策決定に携わることはできず、まして、軍が政策を上申するなど論外であった。かつてのユードラ帝国との戦争中、僅かな戦術的勝利や寸土の奪還に拘る軍が戦略的妥協のチャンスを幾度となく妨害してきたことへの反省が発端だった。軍人は政策に関与させるべからず・・・「軍国主義への警鐘」というわけだが、それは安全保障戦略の空洞化・形骸化を招いた。

(なにが軍国主義なものか、我々軍人こそ、一番戦争をしたくないのだ。戦争になれば自分たちは休暇もなくなり、家にも帰れずに戦場に出づっぱり。へたをすれば死んでしまうし、好き好んで敵を殺すわけでもない。もちろん、有事とあらば、国に命をささげる覚悟はできているが、我々は、断じて、自称平和運動家や、国防総局の一部官僚が言う「血に飢えた狼」などではない・・・)

 

 安全保障の現状を回想したカイラ大佐の眉間にシワがよるのを見たユスフがたずねる。

「どうしたカイラ、考え込むような顔して?ひょっとして、何かいい政策案でもあるのか?」

「いやいや、今までの現状を憂いていただけさ。そうだな、確かに新元首が我々にも政策提言の機会を与えてくれたというのは大きい。」

「だろう?皆、どんな防衛政策を応募するかの話題で持ちきりだ。まあ、一通り聞いて回った感じでは、もっともだと思うものから、やたらと勇ましくてキナ臭いものまで玉石混交といったところだな。でもおれは、お前が一番提言をすべきだと思うよ。」

「なんで俺なんだい?」

首をかしげるカイラにユスフが答える。

「お前は情報軍でしかも外事部調査分析課だろう?つまり、俺たちの中で、一番、国際情勢を冷静に分析できる立場にあるわけだ。例えば、さっき、陸軍騎兵団のヤツと話したが、そいつは『わが陸軍は、現行のチョコボ騎兵隊から脱皮し、最新の複合装甲ををそなえたユードラ並みの戦車機甲師団の創設を陛下に提言する。ミミック菌で1年で使い物にならなくなるというが、その時は買いかえればいい。国防に採算云々などというのは邪道だ』と言っていた。君はこれをどう思う?」

 

(同期にそんなバカはいたかな?)

そう思い返しながらカイラは質問に答える。

「そいつの気持だけは理解するが、完全なバカとしかいいようがないな。ユードラと同等の機甲師団を1年ごとに買い換えだって?5年も待たずに国防費どころか国庫が底を突くぜ。残念だが、そいつが「政策コンペ」に応募するのは、是が非でもやめさせた方がいいな。そんな提言書が元首の目に触れたら、きっと残りの軍からの提言書は、見てすらもらえなくなる。」

 カイラの回答をきいたユスフは、満足げな笑みをうかべた。

「お前さんの、その、冷静な視点がいいんだよ。周辺国と我が同盟国の状況を現実的に分析し、我が方にとってもっとも有益な戦略を総合的な視点で編み出す。こいつは、情報軍にしかできないことだ。陸海空軍の専門バカは、軍団や艦隊を動かすことには長けているが、話が国際政治や国家経済レベルに膨らむと、へたすりゃその辺のチンピラ右翼と同等の見識しか持ち合わせていない。おれがお前さんの立場にいたら、間違いなくスタッフ総動員で、政策コンペに応募する案のひとつやふたつは練り上げるね。」

「いやに熱心なんだな。でもまあ自分で言うのも何だが、たしかにお前さんの言うとおり、それが情報軍の強みであり、誇りでもある。飛空艇のパイロットが、正確に飛ぶことを誇りにするように、おれたちは、誰よりも正確に情報を扱うことを誇りにする。そうだな。ひとつやってみるか。」

「おっ、やる気になってきたな!」

「とはいえ、俺はそういうことをするには年をとりすぎた。演説でも言っていたが、元首は「創造的」な政策案をお望みのようだ。ここはひとつ、若い幹部にでもやらせてみるよ・・・」

 カイラは一通りしゃべり終えると、持っていたスペアリブに再度かぶりついた。スペアリブの肉は、すでに冷え切って、岩のようになっていた。

 

 翌日、カイラは出勤すると、部屋の隅っこで書類と格闘している三十路手前の若年士官を呼びつけた。

 「新配置での調子はどうかな、チェスター・シュワルナゼ大尉?」

 シュワルナゼ大尉と呼ばれた青年士官は「そうですね・・・」と前置きしつつ答えた。

「恥ずかしながら、まだ前任者の残した資料とにらめっこしている状態です。前任のドアン少佐は噂どおりの資料収集の鬼ですね。引き継いだはいいものの資料の量が半端じゃないです。とりあえず一通り見ましたが、賞味期限切れの資料も多いので、この一週間は書類整理に追われそうですよ。」

 

(随分と正直にモノを言うな・・・オレが若いころは、ひたすら直立不動で「ハイ!全力で任務にあたっております!」とバカのひとつ覚えのように繰り返していたものだが・・・元首よろしく、やはり軍も世代交代したほうがいいな。)

カイラはちょっとばかり感慨にふけりつつ続けた。

「大尉は確かゼルテニア大学の出身だったな。専攻は何だ?」

「はい、学位は国際政治で取りました。あとは宗教学と心理学も少しばかり・・・」

 

(こいつはなかなか期待できそうだな・・・)

 カイラは思った。ひと口に若い幹部といっても、国防大学出の若年幹部には、老人並みに頭の固いのが多い。それに軍幹部はほとんどが理系だ。こういう変わり種のほうが、面白い案を出してくるかもしれない。

「ドアンの後任につけたばかりで悪いんだが、ひとつ、少し変わった仕事をしてみる気はないか?」

「変わった、仕事・・・ですか?」

シュワルナゼ大尉は首をかしげたが、その目は興味津津といった感じだ。

「新しく即位された、フレイジャー元首陛下が、「政策コンペ」と題して、広く意見を募っているのは知ってるな?」

「はい、しかしすごいですね。その気になれば、我々軍籍でも、政策提言できるんですから!」

「実は、君に「その気になって」ほしいんだ。」

「・・・?」

「なに、難しい話ではない。せっかく元首が与えてくれた機会を無駄にするのももったいないと思ってね。若き元首閣下に、我らが情報軍としてもひとつ、存在感のある政策をリコメンドしてみたいと考えたわけだ。」

「それを私、にですか?一大尉に任せるには偉く責任重大な気がしますが・・・」

「そこまで重大にとらえることはない。ボツになったところで、減るものがあるわけでもないしな。とはいえまあ少なからず情報軍のメンツはかかるから、時間とスタッフは与えよう。前任者の書類の始末は俺の方でやっておくよ。」

「それは恐れ入ります。で、応募する政策のテーマはどうしますか?」

「自由だ。君に任せる。防衛政策に関わることならでも何でもいいぞ。幸いここは情報軍だ。何をやるにも資料には困らんだろう。君の場合は、大学時代の見識も役に立ちそうだ。土台さえしっかりしてれば、多少ぶっ飛んだプランでもいいぞ。ひとつ、楽しんでやってみないか?」

「たしかに面白そうですね。ではひとつやってみます。さっそくかかりますよ。」

シュワルナゼは軽くお辞儀をすると、回れ右をして、資料室へと向かっていった。

 

(もう少し面倒臭がられると思ったが、予想外の快諾だったな!)

カイラは若い部下の積極性に頼もしさを覚えた。

 

 情報軍はその隷下に多くの工作機関を持ち、正規なものから、アンダーグラウンドなものに至るまで、様々な「オペレーション」を展開している。しかし、他軍種と同じく、それらの「オペレーション」は全て、防衛官僚の牙城たる国防総局によって取り仕切られており、情報軍は専ら、「上から一方的に降ってきた」作戦命令をこなすだけであった。

形式上、国防総局は、情報軍の収集・分析した資料をもとに、オペレーション・プランを組み上げることになっているが、実際に降ってくる作戦命令を見てみると、総局の官僚が、自分たち情報軍の分析資料をまともに吟味しているかどうかは甚だ疑わしかった。軍の分析資料には一言も書いてないような、総局の的外れな見通しに基づくオペレーションや、国防というよりは総局に出入りする企業の都合が絡んでいるとしか思えないような工作命令も少なくなかったが、さりとて自分たち軍の方から意見具申をしたり、まして自前でオペレーション・プランを組み上げるなどということはご法度であった。

 

 ― 自分たちは膨大な資料と見識、人材を持っているのに、やっていることと言えば、官僚のルーチン・ワークの下請けと、防衛企業の使いっ走りに過ぎない ―

 

 これが、情報軍の幹部ならだれもが抱く、忸怩たる思いであった。

 しかし、今、状況は大きく変わった。元首が政策立案の権利を全ての国民に開放したということは、情報軍が自前でオペレーション・プランを作成、上申してもよいということだ。ゼルテニアの「象牙の塔」の中に引きこもって、独りよがりなオペレーション・プランを連発する総局高級官僚の鼻をあかしてやるには絶好の機会だ。

 

(うちの若きホープはどんなプランを考え出すかな ?)

カイラは、その心に、久しく感じたことのない高揚感を覚えていた。

 

 1か月後、シュワルナゼ大尉が提出したオペレーション・プランを読んだカイラは、やや複雑な心境にあった。彼の心のうちの半分は喜びが占めていた。

(予想した通り、いや、予想以上に独創的で面白いプランだ!)

しかし、残りの半分は不安であった。

(本当にこんなものを提出していいものか このプランが筋書き通りに成功する確率は、あまりにも未知数だ・・・)

 カイラはもう一度、提出された文書の要旨を読みかえした。

シュワルナゼ大尉の「プラン」が、綿密なリサーチを土台に組み上げられていることは確かだった。ユードラ帝国の政治、経済、宗教の現状と展望、数百マイルの幅を持ち、大陸を縦断するようにユードラと同盟諸国の間を分断する「国境地帯」と、そこに住む人々の文化に関する分析、全てが的確であり、論理の飛躍は見られなかった。問題といえば、書類の誤字、脱字が多いことくらいだ。彼がうなったのは、それらのリサーチを土台に組み上げられたシュワルナゼの「プラン」の内容とその「成果予測」であった。

 彼のレポートには「プラン」の成功時に得られるであろう成果の予測が示されていた。この紙面通りに事が進めば、どんなにか痛快だろう。数百年来の厳然たる敵国であるユードラが、友好的な経済的パートナーへと変貌し、同じく百年以上の間、条約によって両国によるあらゆる開発が禁じられた「国境地帯」は国富の源泉となり、さらには世界が、あの忌々しいミミック菌の呪縛から解き放たれる。だが、情報軍士官として数十年の間、冷酷な現実と戦い続けてきたカイラにとって、この「成果予測」は、あまりにもお伽話然としていて、浮世離れしていた。

 

(こいつは却下しようか・・・)

一瞬考えたカイラであったが、すぐに思い直した。

(ここでオレが握りつぶしたら、若手に任せた意味がない。きっと、老いて凝り固まった自分の心が、必要以上にビビっているのだろう・・・)

カイラは机の前で起立しているシュワルナゼに問いただした。

「チェスター、この通りにいくとおもうか?」

シュワルナゼは答える。

「確かにプランの成果が紙面通りにいくかどうかについては、私の希望的観測も含まれています。ですが、個人的には、「国境地帯」の独立と、それに伴うユードラの友好国化までは自信があります。まあ、確かに突飛な案ではありますが、そこはあの、「楽しんでやれ」といわれたもので・・・」

カイラの顔に笑みが戻った。

「そうだな、確かに「楽しい」プランだ。いつもの殺伐とした「オペレーション」と違って、死人も逮捕者も出ないし、何より「創造的」だ。ただ、誤字脱字が目に余るな。このまま元首に見せたら、打ち首ものだ。まあこいつはサービスで私が訂正したうえで提出しておいてやろう。軍人として正直にいえば、こいつがコンペに通るかどうかは微妙だが、上司としては、お前がこんなに創造力に富んでいるとわかっただけでも収穫だよ。とりあえず審査結果が出るまでは、通常業務に戻ってくれ。」

「各軍からのコンペへの応募はすでに数百件を超えているらしいですね。私も期待しないで待っていますよ。」

 

 一か月後、カイラとシュワルナゼがまったく予想していない知らせが届いた。

 シュワルナゼの「プラン」が政策コンペの審査を通過したというだけでも驚きだったが、さらに驚いたのは、元首フレイジャーが、「プラン」について直接話を聞きたいと打診してきたことだった。知らせを受けたこの二人の情報士官は、「認められた喜び」というよりは「これはエライことになった」と形容した方が近い、ひきつった笑みを浮かべた。

 

 その4日後、統合空軍の特別便が二人を迎えに来た。シュワルナゼ大尉が元首に謁見し、「プラン」について、詳細に報告するためだ。

 

 

 

「そこまで強心臓じゃあないですよ。」

肩をすぼめたシュワルナゼは、再度視線を窓の外に移した。視線の先では特別便のグロセア・リングがゆったりと回っている。

「まもなく到着しますので、ベルトをお願いします。」

 特別便の案内係の女性士官がアナウンスした。国賓クラスが使うのが常の特別便だが、空軍在籍には変わりなく、その運用は、キャビン・アテンダントも含めて全て空軍軍人が担当している。とはいえ、さすがにVIP用の飛空艇だけあって、キャビン・アテンダントはとびきりの美人があてがわれていた。

「我が軍にも、あんなのが居るところには居るんですね。帰りが同じ便だったら、声でもかけてみましょうか」

シュワルナゼが口惜しそうに言うと、カイラが噴きだした。

「まあ、あのクラスは、情報軍のオフィサーでは天然記念物だな。工作で使うエージェントには綺麗どころをそろえてあるが・・・。しかしチェスター、君もまだ修行が足らんな。彼女の薬指を見てみろ。」

 指摘されたシュワルナゼが件のキャビン・アテンダントの薬指を見てみると、そこには確かに銀色に輝く指輪が光っていた。

「あぁ、ソルド・アウト(売り切れ)か・・・」

シュワルナゼががっくりと首をうなだれる。

「現実はどこまでも冷酷さ、だが負けるなよ、チェスター・シュワルナゼ大尉。」

満面の笑みを浮かべながら、カイラは、三十路手前の未婚の青年士官を励ました。

  

 2人の情報軍士官を乗せた特別便は、やや甲高いグロセア・エンジンの響きとともに、ゲルミナス山中腹にしつらえられた、元首私邸のプライベート・エアポートに着陸した。この標高であれば、ミミック菌の心配はない。ユードラ帝国領を除けば、低地では地表から200メートル以上、山地では標高1000メートル以上が、イヴァリースの文明の真骨頂であった。ほとんどの金属を腐食させる「文明の敵」ミミック菌は、空中や高地では生きられないからだ。逆をいえば、地表近くでは、数百年前と大して変わらぬ人々の生活が繰り広げられていた。空では無線通信で連携をとる飛空艇が金切り声をあげながら砲弾をまき散らす一方で、地上では、鎧兜に身を包んだ騎士が、伝令とラッパを頼りに槍とマスケット銃を手にぶつかり合う。それがイヴァリースの「戦争」であった。イヴァリースがその技術を誇示できる、ギリギリの標高に、同盟諸国元首フレイジャーの私邸は建っていた。2人は秘書官を名乗る女性官僚に案内されつつ、別邸の廊下を進んだ。

 彼女の足が、大振りなドアの前で止まった。

「元首執務室」

いかめしい字体の真新しい表札がドアの脇にかかっている。そのわきには小さなライトがあり、緑の光を放っている。そのライトは軍の高級将校の部屋で使っているものと同じだった。光が緑色なら「入室支障なし」だ。

「元首陛下がお待ちです。」

 女性秘書官が軽くお辞儀をしてドアのわきに立つ。仕事でやっているのだから当たり前といえば当たり前だが、それにしてもあまりにも機械的で殺伐としたその立ち振る舞いに少しばかりの不快感を覚えつつ、カイラはドアの前で不動の姿勢をとり、こればかりは古手の軍人らしく、大音声で申告した。

「中央イヴァリース独立国家同盟統合情報軍外事部調査分析課長、大佐、アバルト・カイラおよび、同分析課員、大尉、チェスター・シュワルナゼ!元首陛下の召喚により、ただいま、まいりましたっ!!」

 

(元首相手となると、申告ひとつでこの手間か・・・大佐はきっと「かまない」ように何度も練習したんだろうな。)

カイラの横で同じく不動の姿勢をとりながら、民間大学出身のシュワルナゼは礼式の堅苦しさにあきれるとともに、上司の苦労を察した。

「はいりなさい」

 カイラの大音声とは対照的に落ち着いた声が響くと同時に、ドアが自動で空いた。

 起立した2人の士官の視線の先には、ムスタファ・フレイジャーの姿。スラリとした長身と、そこからさらに威勢よく天に向かってピンと張った両耳、他方で精悍というにはまだ幼さの残る顔立ちがややアンバランスな、同盟諸国1億6000万を統べる新元首。

(東イヴァリース諸国では、40年近くも前、戦時の混乱で若い皇帝や女王が相次いで誕生したが、西では、これほど若い元首はここ百年は出ていないんじゃないかな・・・)

 年齢的にはほぼ同世代の元首を見ながら、シュワルナゼはちらりと考えつつ、カイラとともに部屋の中に歩を進めた。

「あの政策、まあ君たち流に言うなら「作戦(オペレーション)」か、あれは君たち二人で考えたのかい?」

 あいさつも抜きに本題に入ったフレイジャーに驚きつつもカイラは答えた。

「まだ決裁を受けておりませんので、我々は単に「プラン」と呼んでおります。それと、私は起案には関わっておりません。当プランについては、全てこのシュワルナゼ大尉が作成しました。」

名前を出されたシュワルナゼは元首に軽く頭を下げた。

「そうか、シュワルナゼ君、キミ、年齢は?」

「29、今年で30になります。」

「では、ほぼ同輩みたいなモノだな。実に結構!」

 目の前の軍人が自分と同世代だと知った元首は、嬉しそうな顔をした。

「二人ともまあ、かけてくれ、さっそく話を聞きたい。そうだ、お茶と菓子はいるかな?こないだ、ザーギドスでうまい茶菓子屋を見つけたんだ。」

 圧倒的な国民の支持を集めるこの元首のあまりにフランクで形式ばらない振る舞いにカイラは少しばかり混乱したが、これもやはり自分が老いたせいなのだと自分に言い聞かせ、しつらえられたソファに腰掛けた。シュワルナゼもそれに続いた。

「では本題に入ろうか」

 3人がそれぞれ腰掛けたソファの前に置かれた卓上には、すでにシュワルナゼが提出した文書のコピーが置かれていた。

「まずは、私の「政策コンペ」に貴重な意見を寄せてくれたことに感謝する。すでに分野を問わず、百件を超える新政策が、審査を通って実現の方向で動きだしている。応募は10000件以上来てるようだから倍率は100倍といったところかな。とにかく内定おめでとう。」

「内定、ですか?」

「そう、内定だ。書類は私が直々に吟味したが、この「プラン」はこの地域の今後の歴史を左右する大きな可能性を秘めている。我が同盟諸国の中だけで終わる話ではないからね。作成者の真意をしっかり聞いたうえで正式に始動させるかどうか決める必要があると判断した。だから今はまだ「内定」だ。」

 

(この元首は思っていたよりは「まともに考える」男だな・・・)

 シュワルナゼは安心した。このプランにはある特性があった。計画を実際に進める中で、数度ではあるが、丁半バクチのような過程を経るのだ。うまくいくかどうかは五分五分、成功すれば次のステージに進めるが、失敗すれば、それまでの手間と投資は水の泡と消える。まともな指揮官なら、何の吟味もなしに、こんなプランにGOサインは出さない。

「私が見るに、君のプランの中で、もっとも重要なファクターは、この『国境地帯の救世主』というやつだな。ほら、ここ、4ページ目に最初の記載があるコレ・・・」

「そのとおりであります。」

 

(やはり元首は本質が見えている。)

シュワルナゼは、満足気に答えた。

「それはよかった、作成者たる君の認識と、私のそれとが一致していることが証明されたわけだ。」

フレイジャーは続けた。

「すまないが、このページの第2段落から先を読んでみてくれないか?」

シュワルナゼはうなずいた後、自分の手元のコピーを声に出して読みだした。

「我が同盟諸国と神聖ユードラ帝国とは、500年の昔から一貫して、西イヴァリースの覇権をかけて闘争を繰り返してきた。長い間、戦線はフォボハム~ゼイレキレ~ウォージリスをつないだラインでこう着していたが、150年前にひとつの転機が訪れた。ユードラが、ミミック菌の除染技術を実用化したことである。それから間もなくして、両国の戦闘は、ワンサイド・ゲームの様相を呈し始めた。空の戦いでは両国の戦力は拮抗していた。しかし、地上および海上の戦況は、当時のわが陣営にとって、あまりにも悲劇的なものであった。ミミック菌による金属腐食の呪縛から解き放たれたユードラの陸海軍は、早急に戦車機甲師団と、鋼鉄製の戦艦群を整備し、それらを戦線に投入した。その結果は劇的であり、魔道士こそ互角であったものの、旧態依然とした、騎兵隊と弓兵、マスケット銃隊で武装した我が陸軍は、30トンを超える鋼鉄で防御を固めた装甲車両と搭載された砲、機銃によって完全に駆逐され、海では、同じく、我が帆走式の戦列艦は、ユードラの鋼鉄蒸気タービン艦から放たれる16インチ砲の餌食となった。200年近く拮抗していた戦線は、ユードラの「産業革命」以降、数年を待たずして、ドグーラ〜ベスラ・ラインまで後退し、制海権に至っては、ほぽ完全にユードラに掌握された。しかし、ここで、もうひとつの転機が訪れた。自然が我々に味方したのである。中央イヴァリースへの進撃を試みたユードラには2つの障害が立ちはだかった。一つ目は過酷なドグーラ〜ベスラ・ラインの山脈である。西イヴァリースと中央イヴァリースの陸地を縦断するように続くこの峻険な山脈は、広範な山麓の泥濘地帯と、極端な気候変化によって、ほぼ完全に、西イヴァリースと中央イヴァリースを分断し、ユードラの重機甲師団の進行を阻んだ。ドグーラ山麓のように、交易のためにわずかに切り開かれていた山道には、我が軍によって、陶性、木製の地雷が隙間なく埋められ、これもまた、敵の進行を防いだ。もうひとつの障害が、我々が「ヤクトの長城」と呼ぶ不可視の障壁であった。ヤクトでは、飛空艇には必須のグロセア機関の運用が制限されるが、我々の住むこの地域においては、数千年前より、今に至るまで、このヤクトが壁のように西イヴァリースの大陸上空を分断している。そして奇しくも、その「壁」の位置は、ドグーラ〜ベスラ・ラインの山脈帯とほぼ完全に一致している。ユードラ帝国空軍の空中艦隊は地上軍と同じく、山脈を超えることを許されなかった。帝国の「産業革命」のたまものである、内燃機関を搭載した「航空機」は、山脈をこえてなお侵攻してきたが、ヤクト以外ではその性能で圧倒的に内燃機関を上回るグロセア・エンジンを搭載した我が空軍の敵ではなかった。バグロス海と北海を越えて侵入するユードラの鋼鉄戦艦に対しては、我が海軍で開発され、水中にあってミミック菌の影響を受けづらい潜水艦群が効果を発揮した。 今から約110年前、戦線はドグーラとベスラを結ぶ山脈で完全に膠着した。本格的な侵攻計画を立てられず、山脈をはさんだ小競り合いに疲れた両国は、やがてひとつの妥協点に到達した。すなわち、戦前からすでに都市国家として整備されていたベルべニア市を例外とし、大陸を分断する山脈を中心として東西にそれぞれ約100〜200マイルの幅を持つ「国境地帯」を設定し、両国の当該区域内における一切の軍事活動、経済活動、資源開発等を禁止する条約を100年前、ユードラ首都ライオネルにおいて締結、以後、現在にいたるまで、国境地帯は広大な面積を有する緩衝地帯にして「不毛地帯」として存続している・・・」

 シュワルナゼがここまで読んだところでフレイジャーが口をはさんだ。

「ついでに言うなら「無法地帯」だね。あそこは、同盟諸国、ユードラ、それぞれの国から目をつけられた犯罪者やアナーキストのたまり場になっている。条約の足かせで、両国の軍や治安機関は、あの地帯には入れないからね。善良な市民はベルべニアの都市区画に閉じこもって暮らしている。あの街が大都市の割に治安がいいのはそういうわけだ。っと悪かったね、大尉、続けてくれ、ここからが重要なんだ。」

 シュワルナゼは軽く会釈をして続ける。

「「国境地帯」の設定は、両国による戦闘勃発のリスクを大きく減らしたが、同時に両国の分断をより決定的なものにした。両国国民の交流はほぼ完全に断たれ、そのためにユードラ、同盟諸国国民の互いに対する不信感は、戦時よりもむしろ増大しつつ、今に至っている。ユードラは、国境地帯によって、東方諸国との交流を断たれて孤立し、優勢な軍事力を持ちながらも、経済的には斜陽化の兆候を見せている。ユードラ国内では、国家機密であるミミック菌の除染技術を全イヴァリースに公開することで、経済的な孤立を打開する政策が一時期論じられたが、それによって同盟諸国に対する軍事的優位を失うことになる軍部や一般国民の不安はより大きく、議論は膠着している。一方で、我が同盟諸国においても、有望な資源が眠るとされながらも、条約のために国境地帯の開発を禁じられた企業連合や、国境地帯に元々の地縁を有する諸国民の不満は大きく、それらの利益団体を抱え込む通産総局と国防総局はしばしば衝突を起こしている。また、唯一、ユードラ帝国軍に対し同等以上に対抗できる空軍と、海軍潜水艦群、そして彼の質に対して量で対抗するための我が陸軍の巨大な戦力の維持にかかる莫大なコストは長い間、同盟諸国にとって頭痛の種であり続けている・・・」

「まずは、ここだ。」

フレイジャーが割り込んだ。

「つまり、決して多数派ではないものの、現状の打開を望む勢力が両陣営に存在するわけだ。おそらくはこの情勢分析が、プラン作成の際の土台の一つになっているのだろうが、この分析の正確性は、どの程度のものなのかな?」

この質問には、カイラが答えた。

「これらの情勢リサーチは、我が情報軍の長年の調査分析によって裏付けられており、正確なものであると評価します。情報源や詳細な分析資料等につきましては、元首陛下のご要請があれば、すぐにでも開示できます。」

「つまりは自信があるということだな、わかった。では大尉、続けてくれ。」

シュワルナゼは頷いて、音読を続けた。

「以上のことから、チェスター・シュワルナゼ大尉(以下、起案者)は、この「国境地帯」が、今までのような不毛地帯のまま、人、モノ、カネ、情報の流れをせき止め、相互不信を増長させる「鉄のカーテン」のように両国間に横たわり続ける限り、中央・西部イヴァリース文明の硬直した現状は変わらず、元首が唱える「同盟諸国の創造的な発展」はおろか、ダルマスカ戦役以降、堅調な発展を続ける東部イヴァリース諸国に対する競争力の低下すらが危ぶまれる状況にあると考える。」

「なかなか手厳しいな。元首としては耳が痛い。だが、的を得ている。」

「これらの情勢を踏まえたうえで、以下に述べるプランは、不毛地帯と化して久しいこの国境地帯を中立性の高い「新国家」として再編し、当該国家を緩衝とすることで軍事的なリスクを抑制しつつ、当該国家を中継して、ユードラ、同盟諸国両国間の人的、経済的交流を活性化させることをその目的とするものである。人と情報が行きかうことによって、一般国民レベルでの相互不信が緩和されるとともに、両国が経済的なWIN/WINの関係を築き上げることができれば、おのずと軍事的なリスクは軽減され、両国の財政を圧迫する膨大な軍事費はその縮減が可能となる。さらに、ユードラがミミック菌の除染技術の公開を渋っている理由もまた、わが同盟諸国に対する軍事的な不信によるものであり、この要因が排除されることによって、当該技術が全イヴァリースに解放されることも期待できる・・・」

「OK、とりあえずそこまででいいぞ、大尉」

フレイジャーが音読をやめさせ、シュワルナゼは視線を紙面からあげた。若き元首が大きく背伸びをし、腕を頭の後ろに組む。その顔は感慨深げだ。

「「新国家」か・・・まさに「打ち出の小槌」だな。中央・西部イヴァリースの抱える癌のほとんどが、この一手で解消されてしまう。我々は過去の呪縛から解き放たれ、新たなステージへと進むことができるというワケだ。」

「筋書き通りにいけば、イヴァリース中に陛下の銅像が立ちますよ。アルケイディア皇帝、ラーサー・ソリドールの善政が霞んで見えるくらいの偉業になります。」

「かもな。だが私は、生きてる間に自分の銅像をぶっ立てるほど悪趣味じゃあないぞ。それに「うまくいけば」の話だろう?プランの詳細も読んだが、またすごいな。率直な感想を述べるなら「ホントにうまくいくのか?」といったところだ。」

元首の顔が再度引き締まった。

「国境地帯の『救世主』ですか?」

シュワルナゼの問いに元首は大きくうなずく。

「この「新国家」をどう編成するかだが、文書を読む限りでは、君はえらく『宗教的なカリスマによる統一』という形式にこだわっているようだね?」

「国境地帯の文化的背景を考慮した結果です。こちらの資料を見てください。」

 シュワルナゼは手持ちの資料から一枚の紙面を抜き出すと、卓上に置いた。紙面には「国境地帯在住者の現状」とタイトルがあり、その下にはグラフが描かれている。

「このグラフは?」

「国境地帯は、一部の例外を除けば国家や企業による、あらゆる経済活動が禁じられた不毛地帯ですが、実際には200万人超の住人が定住しています。閉鎖的で、生活様式上、大した経済活動を必要としないヴィエラやン・モウの居住者も多い。これは、それらの人間の「出自」を表したものです。」

 シュワルナゼはまず、グラフの4割弱ほどを占める青い部分を指さす。

「この部分は、我が同盟諸国を出自とするものです。彼らのごく一部には、先ほど陛下が憂慮された通り、当局の目を逃れるために逃げ込んだ犯罪者やアナーキスト、コミュニスト達がおります。しかし大多数は、故郷への愛着から離れられなかった者や、戦禍の最中に集落ごと孤立し身動きの取れなくなった者、あるいは氏族間の問題から本国では生活できなくなった者達の子孫なのです。」

 フレイジャーは神妙な面持ちで聞く。

「彼等は自らの境遇を半ば諦めつつも、救いを求めています。「こちら側」に比べて圧倒的に貧弱なインフラと生産力、劣悪な衛生環境に高い乳幼児死亡率。パイが少ない分、集落間の諍いもあって相互に信用もならない。あの地方の住人は基本的に非常に迷信深いのですが、それは物質的のみならず精神的にも「救済」を強く求めるが故です。」

 次にシュワルナゼは、グラフの残り6割強の部分を指し示した。その中の1割程度は黄色く、残りの部分は赤一色となっていた。

「黄色い部分は、戦前から国境地帯に居住するヴィエラやン・モウ達です。」

「この赤い部分は?」

「ユードラ帝国からの離脱者です。比率でいえば、ユードラからの脱走者が半数以上を占めるのが国境地帯の現状です。そして、彼らの事情は我々側よりも、更に宗教的側面が強い。陛下はユードラの宗教事情についてはご存知ですか?」

 シュワルナゼの質問に、フレイジャーはうなずいて答える。

「戦前は、イヴァリースの他の地帯と同じく、キルティア教と土着宗教が絡まった宗教が支配的だったようだが、戦時の中頃からは西部発祥のファラ教が急激に勢力を伸ばしたようだな。本拠は確かミュロンドだったか?やたらと戒律だらけで堅苦しい宗教のようだが、そのおかげもあってか、ユードラは法治国家としてはなかなか成功していると聞いている。これで合ってるかな?」

「陛下の御認識の通りであります。ユードラの法治は、ファラ教の厳格な経典法(ロウ)によって確立されています。しかし、帝国に住む全ての人間が、その秩序に順応できたわけではありません。もともとあの地域は、宗教的な「縛り」が薄い文化が続いていましたが、戦時という状況も手伝って、万事厳格な宗教的制約を求め、他教の神を認めないファラ教が権力と結びつき、半ば当時の国策として広まりました。この状況に耐えられなかった、少なくない数の人間が、ユードラから国境地帯に逃げ込んだのです。」

「なるほど。国境地帯の住人イコール犯罪者というのは相当に穿った見方だったワケだ・・・私も、偏見を改めねばな。」

「帝国からの逃亡者は、ファラ教の厳格な戒律からは逃れられましたが、逃げ込んだ先は、ご存じの通り、ほとんどの経済活動が認められない国境地帯です。当然のように彼らを貧困が襲い、その状況はいまでも変わっておりません。彼らは常に現状に対する不満に満ち、救いをもとめています。その点は我々側の住人と変わりません。そして、彼ら逃亡者と、もともと国境地帯に住んでいたヴィエラやン・モウの多くには共通点がありました。それは、いずれの出自の人間も、非常に土着のキルティア教に対する宗教的な帰属心が強いということです。これについては、国境地帯に孤立する形で存在するベルべニアについても同様です。彼らの経済的・宗教的な要求に応えることができる『救世主』が存在すれば、一見無秩序に見える国境地帯が国家といえるほどにまとまるのに、長い時間はかからないと思います。」

「なるほど、歴史的な背景あってこその『救世主』という選択肢なわけだな。だが、わかっているとは思うが、これには問題があるぞ。条約での禁止事項には、両国の軍事・経済活動のほかに宗教活動も含まれている。つまり、我々の国内の教会から、お眼鏡にかなった人物を『救世主』として送り込むことはできないわけだ。いちばん肝心の『救世主』がどうにもならなければ、このプランは絵に描いた餅だぞ。今日、君に一番確認したかったのはこの点だ。まさか、国境地帯にそんな人物が偶然現れて、我々に都合のいい革命を起こすのを何百年も気長に待つわけじゃあないだろうね?」

「その問いに対する答えは、『半分正解で半分間違い』です。確かに我々の国内から、宗教指導者を『救世主』として派遣することはできません。ですが、条約の裏をかけば、それが可能になるのです。」

「どういうことだ?」

「条約の当該条項の条文は、同盟諸国及び、ユードラ帝国両国による、国境地帯及び自治都市国家ベルべニアへの宗教的介入はいかなる形を持ってもこれを禁じるものとする』となっています。そして、それはすなわち、国境地帯及びその中に離れ小島のように存在するベルべニア領内で「自然発生」した宗教活動に対しても両国は介入ができないということを表しています。」

「つまり、国境地帯かベルべニアの人間が自発的に始めた宗教活動であれば、問題はないわけだな。しかし、そう都合よく・・・」

「いなければ、作り出せばいいのです。」

「・・・?」

「確かに、『救世主』になる人間は、国境地帯かベルべニアの出身者である必要があります。それだけの資質を持った人間が都合よく表れるか、これはバクチを打つしかありません。しかし、いったん適当な人間が出てくれば、後はその人間をこちらで「ピックアップ」し、我々の工作に都合のよい『救世主』に仕立て上げればいいわけです。」

「我々の「ヒモ付き」にするということか?介入はできないはずだが・・・」

「はい。ですので、そこは「コソコソと」やることになります。この『救世主』をどうやって仕立てるか、我々がどこまで介入するかについてはいろいろ考えました。最初は、ブルオミシェイスの聖職者に協力を得て人材を提供してもらうか、あるいはもっと手っ取り早く、我々のエージェントを訓練して、国境地帯に植えこもうと考えたのですがやはりこれはリスクが高い。」

「なぜだ?出現するかどうかもわからない現地人の適格者を待つよりよほど確実だと思うが?」

「我々情報軍は、国境地帯にイリーガルにエージェントを植え込んで、情報収集しています。これらの国境地帯に関わる資料もすべて、そういったエージェントの調査結果に基づくものです。我々がやっているのであれば、おそらく、ユードラ側も、国境地帯での違法な情報収集活動を実施しているとみて間違いないでしょう。そこに、どこからやってきたかもわからないような「余所者」がいきなり『救世主』だなどと言って出てくれば、敵に対して、警戒してくれと言っているようなものです。おそらく、我々のエージェントだとバレる可能性が高い。それに、そもそも、いくら訓練を施したところで、降って湧いた「余所者」が地元の信用を得られるとは思えません。先ほども申しましたが、あの地域の事情は特殊なのです。ですから、適格者の「出現」についてだけは、我々が干渉することは得策ではないのです。」

「現地で『救世主』になりうる人間の卵がかえるのをじっと待つわけか」

「もし、そのような人間が出てくれば、ユードラの情報機関はいったんはその人間を調査するでしょう。そして、その人物が、我々の「ヒモ付き」ではないと分かれば、マークを下げるはずです。」

「そのタイミングを見計らって、我々が「ピックアップ」するわけだな。しかし、仮にそんな人物が出てきたとして、そう都合よく我々に協力してくれるかな?」

「それが2つ目のバクチです。適格者が、我々の申し出に「YES」と言ってくれるのを期待するしかない。まさか拉致して洗脳するわけにもいきませんからね。」

「恐ろしい事をさらりと言うんだな。」

「ウェット・ワーク(汚れ仕事)では、そういうケースもあります。これはもう国家の安全のためと割り切ってやるものです。ただ、これはそういう類のオペレーションではありません。いくら我々の言うことを聞いたところで、ヤク漬けでモノも考えられなくなった人間に『救世主』は務まりませんからね。」

「『救世主』の適格者が見つかるかどうかがバクチ、そして、適格者が我々のオファーを受けるかどうかがまたバクチ、というわけか。」

 フレイジャーは背もたれに寄りかかると腕を組み、難しい顔をした。シュワルナゼが元首の不安を察して言う。

「ですが、この2つをクリアできれば、プランの進行は一気に進みます。我々が尻尾さえ出さなければ、『救世主』が我々の支援のもと、国境地帯を「国」としてまとめあげ、ユードラは条約からそれに干渉することはできない。それに、我々との緩衝となる中立的な国家が誕生することは、彼らにとっても悪い話ではない。プランが筋書き通りに進めば、そのうちユードラ側の協力も得られるかもしれません。」

「同盟諸国とユードラが手を組んでの「国造り」か・・・まるで夢物語だな。大佐、我々の人生の先輩として、このプランをどう考える?やはり荒唐無稽なお伽話と映るかね?」

長らく2人の若者のやり取りを黙って聞いていたカイラに元首がお鉢を回す。

 カイラは、2、3度頭をかいた後、背筋を伸ばして答えた。

「私のように、何十年もの間、地下でユードラと泥仕合を繰り広げてきた者からすると、確かに浮世離れしたような感覚になるプランではあります。しかし、改めて、客観的に評価すれば、十分に実現性はある、少なくともやってみる価値はあると思います。それに、このプランがどこかでつまずいても、現状より事態が悪くなるとは思えません。最悪でも現状そのまま、ということであれば、投資をしてみる価値はあると思います。うまくいけば、潜水艦1、2隻を作るくらいの金で、世界平和が実現するんですから。」

 カイラが話し終えると、フレイジャーは席を立ち、大きく背伸びをして深呼吸した。そして少しばかり外を眺めたのち、振り向いて答えた。

「わかった。貴重な年長者の意見をありがとう。大尉、君の考えはよくわかった。少なくとも官僚たちの定例報告よりはよほど有意義だったよ。このプランについては、個人的にもう少し考えてみたいと思う。大佐、後日、いくつか関係資料の開示請求をさせてもらうかもしれない。」

「元首陛下のご命令とあらばいつでも」

「よし、では今日のところはここまでとしよう。二人とも御苦労だったね。下がっていいよ。」

「了解しました。」

 2人は席を立つと、ドアの前に立つ。カイラが礼式通りの退出申告のために大きく息を吸い込んだところで、フレイジャーが2人に向けて箱を放り投げた。カイラは息を吸ったまま固まり、シュワルナゼがあわてて箱をキャッチする。

「茶菓子だよ、話に夢中ですっかり出すのを忘れてた。帰りの便の中ででも食べてくれ。」

 緊張の糸が切れたのか、カイラが姿勢を崩して、せいぜい軍の先輩にするように小さくお辞儀をして言った。

「ありがたくいただきます。では、失礼します。」

 二人は敬礼して元首の部屋を出る。先ほどの秘書官が出迎えるが、こちらの格式ばった対応は相変わらずだ。

「助け船を出していただいたようで、ありがとうございます。」

シュワルナゼがカイラに礼を言う。

「なに、予想外にお前が熱く語るものだからな。やはりこういうことは若者にやらせるに限るな。」

 カイラは、会見中切っていた携帯端末のスイッチを入れなおす。着信が10件近くたまっていた。発信元は、故郷の実家からだ。不思議に思ったカイラはすぐにコールした。

しばらく電話の主の話を聞く。

「うん・・・うん・・・わかったクポ、いまは出張中だクポ、明日には間に合うクポ。」

それだけ話すと通話を切った。

「何かあったのですか?」

「うん、母方の祖母が亡くなったようだ。明後日には葬式に出なけりゃならん。」

「・・・それは、ご愁傷さまです。」

「そうでもないよ。病気もなく、親類縁者何十人にも看取られて、110歳での大往生だ。うらやましい限りだよ。」

 カイラの態度を見て、安心したシュワルナゼはその顔に笑みを戻して、上司をからかった。

「しかし、課長といえど、「訛る」ことがあるんですねぇ。」

「家族としゃべる時くらいは勘弁してくれよ。まあ、軍じゃあ新兵時代に散々しつけられたから「出ない」がな。」

カイラは、はにかむと歩調を速めた。シュワルナゼは上司の小さな背中を追いかけた。

 

 

 面談の後、元首からの数度の資料請求があり、その後間もなく、シュワルナゼのプランに正式なGOサインが出た。元首直轄という異例の作戦形式、指揮者はプラン起案者であるチェスター・シュワルナゼだが、作戦規模に合わせて、彼の階級は少佐に昇格された。『救世主』の適格者を選定するために認められた調査期間は15年間。それで適格者が見つからなければ作戦はご破算だが、見つかれば、次の段階へと進められる。

 作戦名は敵対する両国を分断する壁を取り払うことを期待して「オペレーション・ウォール・ブレイカー」と名付けられた。

元首命令による作戦発令日時は、同年の9月22日1600時であった。

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