When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 761 1月20日 0730 同盟諸国政府合同庁舎
統合情報軍シルバニア分庁舎
特別調査課 課長執務室
オニクス・ヒサーリは端末を立ち上げ、昨晩のうちにメールで届けられた「国境地帯定期レポート」を開く。オペレーション・ウォール・ブレイカーは終結させられたが、情報軍が連綿と続けている国境地帯の情報収集は変わることなく続けられていた。かつての「定期報告」のような密度には程遠いが、それでも山脈の西で活動するアジョラの近況を知ることが出来る貴重な資料に違いなかった。ユードラ国内で発行される新聞や週刊誌にも、彼女の活動が載る頻度が上がった。活動地域がユードラ側に近づいたこともさることながら、ライオネルの行政府が、国境地帯に入るジャーナリスト達の活動を「見て見ぬ振り」で事実上、黙認したことが大きかった。「書籍」「出版物」「映像作品」の検閲権限を持つ法王府だったが、「報道」(新聞・週刊までの情報誌・ニュース)の管制は行政府、総務省の管轄だったため、手出しが出来なかったのだ(帝国創設期に設定されたこの「区割り」をミュロンドは幾度となく排除しようとしたが、ライオネルは意地でも手放さなかった)。
「国境地帯内の取材活動に関する制約は総務省の行政指導を根拠とするものであり、経典法にその定めは無い。」
常日頃、法規を笠にマウントをとってくる法王府本庁の官僚司祭達を言い込め、彼らが歯軋りしながら引き下がるを見たユードラ行政府は総務省の官僚達は「ザマァみろ!」と喜び勇んだという。
あれから4か月、シュワルナゼの死から始まった狂騒が嘘かのように国境地帯も、シルバニアも、ユードラも、全てが静かだった。ただアジョラ達だけが、同盟諸国の支援が切れた後も黙々と働き続け、これまでと変わらぬペースで支持を広げていた。
「なんだ、もう、お前達だけで十分、やるんじゃないか・・・」
少しばかりの寂しさを感じながらも、オニクスは満ち足りていた。増加した報道の効果もあって、ユードラ内で彼女達の活動を好意的に見る世論も増えてきたという。
(このまま、このままいけば、あるいは・・・)
記事を読みながら、オニクスは胸にもう一度、希望の光が灯るのを感じていた。
「課長代理補佐、総員、出勤しました。」
シュワルナゼが昇任してから配属され、副官を務めていた士官が呼びかける。
「わかった。総員集まるのは久々だな。」
「解散式を認められるとは思いませんでしたからね。実質、あんな幕切れでしたから・・・」
サディアが国境地帯から帰ってきて程なく、特別調査課は「追って指示あるまで自宅待機」となった。元々が、「教団」の支援のためだけに新設された部署だっただけに、作戦が終了となっては何をすることも出来なかったのだ。オニクスら一部の幹部職員だけが、課員達の新たな配属先を調整する為にちょくちょくと出勤していた。そのままうやむやで部署ごと消滅するかと思われた矢先、「総員集合の上、解散式を実施せよ。」との命が下されたのだった。(何もないまま終わるよりは、けじめがあった方がいい。皆が散り散りになっても、いや、逆に各部署に散り散りになることが、彼女の活動をより広範から間接的に支援するための「種蒔き」になるかもしれない。)
オニクスはそう考えて、皆に今後の「心構え」を説くための訓示も考えた。彼女達を影に日に支援してきた情報軍のスタッフが皆、一堂に会する最後の日なのだ・・・「皆」が一堂に・・・
刹那、オニクスの胸に一寸の疑念の影が差す。テレビ越しに見た、シュワルナゼの乗機が上げる炎と煙がフラッシュバックする。
(いや、まさか。ここはシルバニアの首都官庁街、元首のお膝元の一番地だ。)
「オペレーション・ウォール・ブレイカー」が終結させられてもなお、特別調査課のオフィスは最も元首官邸に近いこの合同庁舎に留め置かれていた。元首フレイジャーが彼等の身の安全を保証するために、最新の警備・防災システムが導入され、かつ自らの手がすぐ届くこのビルが有効と考えたからだった。更には、課員の自宅は、元首直轄の首都警察のパトロール経路に組み込まれていた。
オニクスは突如湧いて出た疑念を振り払うかのように頭を小さく横に振るが、どうにも胸騒ぎが収まらない。
課員事務室に電話をかけ、サディアを呼び付ける。
程なくして、サディアが入室してきた。
「義父さん、皆、もうすぐ整列し終わるよ。」
そう言うサディアを引き寄せ、小声で伝える。
「いいか、今から俺が言う事を、直ぐに、そのままやるんだ。」
サディアが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、しかし首を縦に振る。
「私服に着替えろ。そしたらトイレの清掃用具を台車に積んで、清掃業者の振りをしながら庁舎外に出るんだ。2ブロックも離れたら、業者の振りはもういいからフィナスの空軍基地に向かえ。公共交通機関でな。着いたら報道をチェックしろ。何も変わった報道がなければ、そのまま帰ってこい。」
「もし、報道があったら?」
「ネフスカヤ少佐にチェックインするんだ。あとは少佐に従え。」
わけがわからない、という顔をするサディアにオニクスは指を室外に向けながら重ねて言う。
「直ぐに、やるんだ。」
サディアは無言のまま小さく頷くと部屋を出た。
0800時
時刻に合わせてオニクスは課員事務室に入る。サディアを除く全員が整列していた。
(解散式は手短に・・・終わったら、早々に皆を掃けさせるか・・・)
窓がない特別調査課の事務室から外の様子は見えないが、騒がしい気配はない。庁舎の入り口には警備も立っている。
(取り越し苦労だ。大佐の件のせいで過敏になってるだけだ)
そう言い聞かせながら、壁際に設えられた小さなお立ち台に立つ。
「おはよう!」
息を吸って、威勢よく挨拶したその瞬間、けたたましいベル音がフロア中に鳴り響いた。火災発生時の警報だ。電子音声のアナウンスが流れる。
「火災検知、B2-C5区画」
(どういう事だ?このフロアの区画じゃないか)
オニクスはフロアを見渡し、空気の匂いを嗅ぐが火災の気配などない。事務室の外を見るよう、指示を出す。課員の数人がドアを開けようとするが開く気配がない。
「ドアが開きません!電子ロックがかかってます!」
電子音声アナウンスが流れる。
「延焼防止ノタメ、ドア・通風孔閉鎖中」
(馬鹿な!自動閉鎖はセンサーが火気と高温を検知した場合しか掛からないはずだ。監視カメラで室内に人間を検知した場合にも掛からない。誤検知だとしたら・・・)
オニクスは一番近いデスクの電話を取り、庁舎ビルの中央管制室を呼び出す。ビル内の監視から防災まで、設備の一切は中央管制室で集中制御されている。誤検知だと伝えなければならない。だが、いくら呼べど管制室の電話を取る者はいない。その瞬間、オニクスの全身から血の気が引いた。
(やられた・・・)
電子音声アナウンスが流れる。
「消火用CO2ガス、緊急放出シマス。」
電路や精密機器、重要機密文書類がひしめくこの階では、スプリンクラーの水消火ではなく、高濃度二酸化炭素ガスによる酸素遮断消火が採用されている。当然、室内に人間がいれば窒息と二酸化炭素中毒で無事には済まないため、ガス放出時は避難のための事前警報と時間的猶予が設定されている。それらを無視できるとすれば、中央管制室からのマニュアル操作による緊急放出だけだった。
部屋の隅では課員達が監視カメラに向かって手を振っている。だがオニクスはそれらの努力が無駄である事を悟っていた。
(完全に不覚をとった。やはり「彼ら」が我々を野放しになどしておくハズがなかったのだ。解散式の命令も恐らく偽物に違いない。)
だが、まだ生きている以上、足掻くのを諦めてはならない。
「とにかくドアを破れ!」
課員にハッパをかけ、自身は手近な重量物でドアの電子錠を叩く。
別のドアでは体格の良いシークやバンガの課員が助走を付けてドアに体当たりを仕掛ける。外の通路にまだ人がいるかも知れないと、大声で助けを呼ぶ課員も。だが、竣工して間もない庁舎ビルの最新式の保全設備はそれら全てを無情にも吸収していく。
大音量と共にガスが放出される。一気に呼吸が苦しくなり、悪寒と頭痛が襲ってくる。ドアはびくともしない。判断を誤ったこと、課員を守れなかった悔恨で、オニクスの目に涙が溜まる。血中の二酸化炭素濃度が許容を超えるのと同時に生存に必要な最低限の酸素は途絶え、床に倒れ込む。サディアを逃がせた事だけが唯一の慰めだった。
意識を失い、死を覚悟した脳が、今際の際の恐怖を和らげようと、最期の夢をみせる。
夕日の美しい海辺、自身が後半生の全てをかけて護ってきた愛すべき兄妹が、子供の姿に戻ってじゃれ合っている。遠目からなのと逆光、そして波の音のために、それが仲良く遊んでいるのか、取っ組み合いのケンカなのかがよく分からない。そのどちらにも見える。自身の足の感覚は無く、近づく事はできない。
(まあ、いい。あとは二人に任せよう。ケンカだったら、とっととやめて仲直りするんだな)
オニクスはそう思いながら、やがて訪れた睡魔に身を任せて目を閉じた。
同日0755 ネルベスカ
地下研究室区画
主任研究員アンドレイ・バルビエは端末の前でしばし固まり、そして頭を抱えた。
「あれじゃあ、ダメだったんだ・・・」
誰に向けるわけでもなく、呟く。
ラボで行われたアジョラと「聖天使」の融合プロセスが残したデータは、バルビエの研究を新たなステージへと進めた。解析の末に解ったこと・・・「魂の「器」に入れられる魂は、一つのみ」
そして、「異なる魂は、一つの身体に入れても一つに「融合」することは無く、「繋がりながら同居」するだけ」ということ。
そこから導き出された結論は「アジョラと「聖天使」の融合は不完全なものだった。」というものだった。
「慣れとか、そういう問題じゃない。「今のまま」じゃあ、あの子は、どうやっても「聖天使」の力は使えないぞ・・・」
理屈の上では、「聖天使」の完全な「力」を使うためには、アジョラの「魂の器」に収まっている魂を、彼女自身のものから、身体の中に同居している「聖天使」のそれに入れ替える必要がある。だが、それが意味するところは・・・
刹那、バルビエの目の前が真っ赤になる。身体が激しく揺さぶられ、方向感覚がなくなる。
頬に冷たい床の感覚・・・
赤から黒になった視界が徐々に戻る。部屋は赤く照らされ、光が揺らめいている。端末や資材が散らばり、天井板が崩落している。身体を起こそうとするが動かない。
このフロアには火薬も、爆発性のガスも、薬品も置いていないはずだった。バルビエはすぐに結論に辿り着いた。
(ああ・・・そういうやり方で、きたのか)
想定していたのは正面からの強行突入だった。武装もしていない孤島の研究所にガサを入れるなら、普通はそうだ。地上でパトロールに当たっているワークマン「7号・改」と、「7号・改」の戦闘(ジェノサイド)モード移行に連動して解き放たれるよう設定した実験用のモンスターが突入部隊を足留めしている間に、自身は部下とともにシェルターに避難し、そこから潜水艇に乗り込んで島外に脱出・・・それがプランだった(「キャンサー」の動力を使った「転送装置」などという代物も作ってはみたが、島外脱出どころか時空を飛び越えて別の星系にまで飛びかねない制御不能の「失敗作」となったため、そちらは解体の上、廃材一式として売却。「キャンサー」も7号・改に戻った)。
だが、どうやら相手が一枚上手だった。恐らくは何日も、いやひょっとしたら何週間も前から出入りの業者にでも化けるか不届きな協力者の手引きで潜入して、爆弾でも設置していったのだろう。自分のルーティンを把握しているフシがあることを踏まえれば、確率は後者の方が高かった。
(やっぱり、餅は餅屋。オレにこういう戦は向いてなかったか・・・)
視界の端に気配を感じる。人間のそれではない。ほのかに光る影のような・・・
無理やり、顔を上げる。バルビエは目を丸くした。思わず笑いが込み上げる。
「なんてこった・・・アンタを知ってるぞ。会うのは初めてだがな・・・わざわざギルヴェガンから、何しに来なすった?」
影はその問いに答えるでもなく、呟く。
「見つけたぞ。貴様が・・・この、愚か者め・・・」
「あぁ、やっぱり怒らせたか・・・だが、ちょうど良いところに来た!聞きたいことがある・・・」
こんなところで這いつくばっている場合ではない。起きようとするが、腰から下の感覚がない。バルビエは治癒魔法を詰めたクリスタルを発動させようと、腰に手をやる。だが、その手は空を切った。
違和感を感じ、初めて自身の下半身に目をやる。
腰から下が、ない。
恐らくは、爆発の時に千切れ飛んだのだろう。だが、痛みの感覚もなかった。つまりはもう、手遅れということだ。途端に意識が遠くなる。
「クソぅ・・・アンタに聞きたいことが、腐る程・・・あるんだ。答え合わせも・・・」
影が答える。
「貴様に教える事など、ない。聞きたいことはあったが、間に合わなんだ・・・。まあいい、「魂」に聞く。精度は落ちるが、やむを得ん。」
バルビエの視界がまた黒くなる。
「ソレは、残念だったな・・・」
ひと息ついて、続けた。
「あと、「貴様」じゃあ、ない・・・バルビエ、だ。アンドレイ・・・バルビエ。覚えておけ・・・偉大な・・・」
そこまで言うと、動かなくなった。
「・・・愚か者、だ。」
影はそう付け足すと、姿を消した。
同日0825 ランベリー大公私邸
「うん・・・うん。他に巻き添えは?・・・うん、良くやった。・・・分かった。それはいい、市内で手を出すな、こちらでやる。・・・分かった。わざわざ有難う。」
ランベリー大公ルーフはそう言って受話器を置く。
対面には統合軍憲兵隊に配置換えとなったアメミヤ大佐が座る。
「まずは、第一報クポか?」
アメミヤが葉巻をくゆらせ、煙で輪っかを作りながら尋ねる。ルーフが頷いた。
「流石は「カミュジャ」、実に良いやり方で処理してくれたクポ。シルバニアの首都城下で爆弾騒ぎや銃器テロなどやられては、フレイジャーの体面に傷がつくクポ。「ビルの火災検知器と消火装置の誤作動」、これでバルサン宜しく、ゴキブリ共は一網打尽だクポ・・・」
「ビルの管制室員は?殺ったのクポ?」
「いや、眠らせただけ、とのことクポ。余計な殺生をしないのも好感が持てるクポ。」
アメミヤの通信端末が震える。画面を確認したアメミヤが鼻を鳴らす。
「こっちも来たクポよ。コチラは派手クポ。「ネルベスカでE(Explosion)事案発生」・・・さすが憲兵、軍属しかいないあんな僻地でも情報が早いクポ!さてはコレ狙いでオレを転属させたクポね?」
アメミヤの問いには答える事なく、ルーフは背もたれに身を沈め、面白くなさそうな顔をしながら、人差し指でアームレストを叩く。
「一人、逃げたらしいクポ。シルバニアの方・・・種族、外見から、恐らく・・・」
そして手元の杖で、机に置いた特別調査課の職員名簿の顔写真の一人を指差す。それを見たアメミヤが笑った。
「へえ、よりによってコイツかい!悪運の強い「兄貴」だクポ!」
ルーフは杖を名簿からアメミヤに差しかえる、
「お主の出番クポ。憲兵の本分どおり、しっかりやるクポよ?何処に行ったか、予想はつくクポね?」
「了解、任せろクポ!」
アメミヤはそう言って椅子から飛び降りると端末を通話モードに切り替えた。
「もしもし、オレだ!シルバニアの合同庁舎ビルな、テロかも知れん。被疑者1名、ヒュム、男。逃げた可能性がある。・・・顔は割れてる。送ってやるよ・・・・多分フィナスだ・・・河じゃない、上だ。空軍基地だよ・・・いいから俺の言う通りにしろ!・・・すぐ出せるのは?・・・それでいい、スピード重視だ。直ぐかかれ!」
通話装置を切ったアメミヤにルーフはゆっくり頷いた。アメミヤは満足げに鼻を鳴らす。
「で、オレは、ランベリーの近衛戦闘飛行隊を仕切ればいいクポね?叔父貴も人使いが荒いクポ!」
「フィナスの統合空軍はシルバニアの色が濃い部隊だクポ。フレイジャー個人への忠誠心も高いクポ。憲兵が煙に巻かれる可能性もあるクポ。」
アメミヤが統合軍憲兵の制服を脱ぎ捨てる。その下はランベリー空軍のフライトスーツだった。
「任せろクポ!しっかりゴールキーパーしてやるクポよ。」
そう言って回れ右をすると部屋を出ようとしたが、一寸、動きを止め、ルーフに尋ねる。
「ヤツがオレの指示に従わなけりゃ、空軍のクルーごと殺ってもイイのクポ?」
ルーフは溜め息を一つついて答える。
「余計な殺生はするな。そして・・・」
「必要な殺生はためらうな。クポね!」
アメミヤが続きを先回りして答えた。
「分かっているなら、早く行けクポ。」
ルーフは杖で追い払うように促した。
同日0745 ズミェルシュフ村西方2km地点
やや遠目に村を視界に捉える小さな森の中、入念に偽装された数両のチョコボ車の脇に、モヒカン頭とスキンヘッドの男達の一団が円陣を組んで警戒している。円陣のやや外側の景色が揺らぎ、一人のモヒカンが姿を現した。光学迷彩のマントを羽織っていたのだ。
モヒカンはやや細身のスキンヘッドの男の前に出ると小声で報告する。
「情報小隊、偵察任務完了、人員・器材共に異常なし。」
報告を受けたスキンヘッドはうなずき、尋ねる。
「「玉(ギョク)」は居たか?」
「はい。「取り巻き」は3名足りませんが。」
モヒカンはそう答えると、スキンヘッドの前に即席で設えられた砂盤の横にしゃがみ込む。砂盤上には木の枝や砂礫で村の見取り図が再現されていた。モヒカンはその上に艶がかったドングリを置いていく。村の各所に9個を並べ、最後に帽子を被った一際大きなドングリを村の一角の「建物」の前に置いた。
スキンヘッドが尋ねる。
「「リュビ」はどうした?居なかったのか?」
「は。それなのですが・・・」
モヒカンが目線を森の外側に向ける。
「後退中に都合よく、村の外側で単独行動しているのを第2分隊が発見しましたので、そのまま保護しました。」
モヒカンの目線の先では、頭に袋を被せられ拘束された少年が身悶えしながら2人の男に抱えられ、やがてチョコボ車の1両に消えていった。
スキンヘッドが問う。
「暴れてたぞ?大丈夫か?」
モヒカンが自分の頭を指差しながら答える。
「まあ、我々もこんなナリですからね。そりゃ、「保護」されたとは思わんでしょう。事情を説明すれば落ち着くと思いますよ。いずれにせよ、ツイてました。」
「・・・そうだな。これで主作戦の方に集中できる。」
スキンヘッドはそう言うと、砂盤の前で腕を組み、押し黙って思考を巡らせる。1分ほど経って、スキンヘッドは口を開いた。
「各小隊長、集合。」
4人の男達が砂盤の周りに集まる。
スキンヘッドが指示を出す。
「命令!僧兵軍第66特務中隊は0800時をもって集落WC-15Rに前進、コードネーム「玉(ギョク)」を生存状態にて確保せよ。ターゲットは玉のみ。それ以外の取り巻き及び集落住民については抵抗を受けた場合のみこれを排除する。武器は非致死性弾及び補助魔法のみ許可。ただし緊急避難時のみ、実弾並びに黒魔法・召喚獣の使用を許可する・・・まあ、ないだろうがな。次、各小隊の動きについて・・・」
スキンヘッドは部下の動きを逐一、令していく。
「・・・「玉」を確保したならば、発煙弾「赤」を発射。各小隊は、赤弾を確認後速やかに撤収、各個にLZまで後退。味方飛空艇によるピックアップを受ける。質問は?」
「なし!」
4人の小隊長が威勢よく答える。その後で、1人の小隊長が手を挙げた。
「あ、スイマセン、やはり一件。なぜ日中に?夜間であればもっと容易にやれると思うのですが・・・」
スキンヘッドはうなずきながら答える。
「第2小隊長の意見はもっともだが、発動時刻は厳命されている。まあ、我々が「玉」を押さえるのを住民共に「見せつける」っていうのがあるのかもな。致死兵器を使わせないのも、そのせいだろう。正確なところは分からんがな。とにかく、上の命令は時間厳守と生け捕りだ。確かに「玉」の取り巻き共や住民の動きが読めんところがクセモノだが、まあ、しょうがない。臨機に対応するしかないな。以上だ。他には?」
「なし!」
再度、各小隊長が答えた。
スキンヘッドが銃床で地面を叩き、ハッパをかける。
「よし!とっとと終わらせて、この下品な人買いの変装ともおさらばだ!いくぞ!」
同日0720 ズミェルシュフ村から西方1km地点
「やれやれ、こんな事になるなら、あんな議論に首を突っ込むんじゃなかった。」
アドルフ・ゲルモニークはそう愚痴りながらカゴを片手に郊外の森へと歩を進める。
昨晩、アジョラとアドルフ含めた使徒達が車座を作って話し合った議題は「ドングリの一番美味い食べ方」。アドルフはドングリを食べたことなど無かったが、アジョラ含めベルベニア組と、シルバニア組のヴィエラ二人(セレーナとフレア)は経験があった。ヴィエラは元々森林での狩猟採集生活が基本なのでドングリは基本食材。対してベルベニア組は、食料不足の際の非常食として食べていたという。その「ドングリ食べたことある勢」の中で、一番美味い食べ方の意見が見事に割れてしまったのだ。元々は、まだ農地復元が進んでいない地域でドングリを補助食材として使えないかというところから始まった議論だったのだが、話が調理方法に及んだ時に、「乾煎り派」「クッキー派」「パン派」に派閥が分かれてしまった。議論は平行線の末、「だったら未経験者に食べて決めてもらおう」ということになり、アドルフは急なドングリ採集を仰せつかってしまったのだ。
時期はドングリの季節を過ぎていたが、森に行けばそれぞれの試作品を作る位には採れるだろうと、普段は時々薪を採りに行く以外誰も足を踏み入れない郊外の森に足を向けていたのだ。
ズミェルシュフ村の西側は視界の広い一面の平野地帯だ。白い息を吐きながら歩を進める。刹那、自分以外の幾つもの足音が聞こえる。アドルフは振り向くが誰も居ない。不可思議に思った次の瞬間、その細身の身体が締め付けられるように抑え込まれ、視界が袋に塞がれた。一瞬見えたモヒカン頭の凶相。
「ジード団!?」
こんなところで人攫いにあうなどシャレにならない。アドルフは全力でもがくが、すぐに縄で手足を拘束される。ここが無法の国境地帯だということをすっかり忘れていた。アジョラ達と一緒になってからの生活の中ですっかり警戒心が解かれてしまっていた。自らの不明を恥じる。まさか、あのアウトロー共が1年近くも前に「クライアント」として自分と会った時のことなど覚えているはずも無い。こうなったら、助けが来るのを待つしか無かった。
「ねえさん」がまだ聖石の力を使いこなせない今、一番怒らせてはいけないのは召喚士のセレーナさんだ。精霊系の召喚術をひと通り極めているから、数十人程度の無法者相手なら一網打尽にしてしまうだろう。モリタさんも本業は技師だが、狩りやモンスター退治の際に見せた狙撃術は神がかっていた。副業でやっていたカモ猟で鍛えたのだという。平原の多いこの地方なら、1km先からでも敵は丸見えだ。向かってこようが逃げようが、数十人が屍を晒すことになるだろう。
アドルフは思う。ここに来る前、僕は全てを自分一人でやり抜く頭しかなかった。それが今はどうだろう。ヘマをした矢先から、「家族」に助けて貰うことを考えて、当てにしている。僕はすっかり変わってしまった。僕個人は前よりも弱くなってしまったかもしれないのに、何故か心細い感じはしない。人攫いにあおうが、奴隷にされようが、生き抜くだけならまだ自信はある。国境地帯にいる限り、その内「ねえさん」達が助けに来るだろう。その確信が何よりも心を強く保たせる・・・
身体が板の間に横倒しにされる感覚。顔の袋を取られる。薄暗い荷車、チョコボの匂い。袋を取った男が、とんでもない言葉を吐いた。
「安心しなさい、「リュビ」君。我々は敵ではない。君を保護しに来た。」
ついさっき、体を不意に拘束された時よりも何倍も目が丸くなる。その驚く顔を全く見当違いに解釈した男はしゃべり続ける。
「これまで、よく頑張った!あとは我々、僧兵軍に任せて。さあ、帰ろう。」
何を言ってるんだ?
なんであんた達がここに居るんだ?
僕は、何も報告してない!なのになんで!
何をする気だ!?
やめろ、やめてくれ!
僕は帰らない!
僕の「家族」に手を出すな!
ねえさん!助け・・・いや、違う!逃げて!
全ての言葉が喉で止まる。「心」はこんなに叫んでいるのに、何一つ口から出てこない。
小賢しい僕の「頭」は分かっている。そんな事をここで言うべきじゃない。僕が「リュビ」である限り、彼らが僕を傷つける事はない。任務に送り出した特別用務員を保護する。僕が任務を放棄したにも関わらず、なぜ彼らがここにいるのか見当もつかなかったが、彼ら自身は当然のことをしているだけだ。僕の心に起きた変化の事など言わなければ知る由もない。だったら、面倒が起きないために余計な事は言うべきじゃない。
生存本能から来る、保身のための抗えない「力」。
荷車の小さな窓から外を見る。数十人のモヒカン頭やスキンヘッドの男達がバラバラと動き回っている。女性のシルエットもチラホラ・・・見た目は「ジード団」だが、動きはアウトローのそれではない。一糸乱れぬ統制のもと、各小集団が迅速に動く。一部の集団は一瞬の内に姿を消す。光学迷彩のマントを被ったのだ。
僕もアレでやられたのか・・・
彼らの戦闘能力は、人攫いや野盗団なんかとは比べ物にはならない。国境地帯内でのイリーガルな作戦のために特別に訓練された精鋭部隊だ。個人の戦闘技能が多少高くて、どうにかなる連中じゃあない。初撃でダメージを与えても、きっとすぐに立て直して対処してくる。
これから起こることが容易に予想できる。
こんな洞察力、欲しくもない。こんな事なら、いっそ人より何倍も馬鹿な方が良かった。
僕を乗せたチョコボ車が西へと走り出す。
情けなさに涙ばかりが出てくる。嗚咽も漏れる。
声を上げられないならせめて、泣くぐらいさせてくれ。
せいぜい、「安心して泣いているのだ」とでも勘違いしてくれればいい。
荷車がしばらく進んだその時、窓から閃光が飛び込んできた。10秒近く経って、遠雷のような音・・・外を見る。村のすぐ上空には閃光の余韻。僕はコレを知っている。SS-NR-1暴徒鎮圧用弾道ミサイル、通称「レイジー・スーザン」。帝国各地で頻発するデモや暴動に都度兵力を送り込んでは負傷兵を出す事に辟易した僧兵軍が開発した広域制圧用の非致死性兵器。「怠け者のスーザン」でも、ミュロンドの本庁でボタンを押すだけで各地に点在する地下ミサイル・サイロから帝国全域、そして国境地帯の一部にまで「鉄槌」を下すことが出来る・・・殺すのが目的ならこんなものは使わない。僧兵軍は本気だ。本気で、ねえさんを生け捕りにする気なんだ。
同日0800 ズミェルシュフ村
朝起きて、歯を磨き、用を足す。
昨日、深夜まで謎に盛り上がってしまった「ドングリ会議」のせいでいつもより遅い起床になった他は、いつもどおりの朝だ。
バルビエ博士は「アイドルは穴からファンタジーしか出さない。」なんて言ってたけれど、そんなのは無茶なハナシだ。「神の御子」だって、霞を食べてるわけじゃないんだから、出るものは出る。特に朝のお通じは健康のバロメーターだ。こればかりは他の誰が見てくれるわけでもないから、自分でしっかり見ないといけない。今日?極めて快腸!天気も快晴!それだけに朝の冷え込みも格別だけれど、お腹と足先を冷やさなければ問題ない。薄暗い部屋の中、下着一丁でルーティーンの護身銃術の形稽古。10分も動けば、身体は芯から温まる。最後の残心の後、身体が冷える前に下着の上に各種の「業務支援」クリスタルを仕込んだベルトを巻き、その上にこればかりは最高級品の毛編みの腹巻きを巻く。博士が「ワークマン・8号」にクリスタルへのミスト再充填機能を付けてくれていたお陰で、国のサポートが無くなってからも、「御子様稼業」に必要な各種の高位魔法や未公開魔法、NEMクリスタルを支障なく使うことができるのはとても助かってる。正直、コレが無かったら結構ヤバかった。
毛糸のセーターと靴下、綿入りの木綿のズボン、その上からまた厚手の白いエプロンワンピースを被って布ベルトでウエストを絞る。これで地面が凍りつくこの地方の冬も問題ない。クリスタルの一つを起動する。手足の指先の血行を良くして、末端冷え性に効く魔法。博士が聖石の袋に混ぜて最後に持たせてくれた「平時なら黒魔法の100万倍役に立つシリーズ」の一つ。最後に会った時、博士に「女性にモテない」って言ったけれど、これは訂正しないといけないかもしれない。
目下の悩みは主にユードラからの「取材」が増えてきたこと。同盟諸国との縁が切れてしまったのと時を同じくして、ユードラはライオネルの行政府が協力的になってきた。同盟諸国みたいに直接、支援してくれるわけじゃあないけど、ジャーナリストを送り込んでは、アタシ達のことを好意的に書いてくれる事が多くなった。ユードラ側でアタシ達の印象を良くしてくれるための「認知戦」というわけだ。報道した時の新聞紙面や週刊誌をお土産に置いていってくれることもある。読んでみると大体どの記事もベタ褒めに褒めてくれているのでむず痒くなるくらいなんだけど、問題は一緒に載る写真だった。こんな立場だから、当然のことながら全部スッピン!眉も整えて無けりゃあ髪もなんとか櫛が入るレベルでバサついてるから、正直、あんまり近くで撮って欲しくはない。博士から「民衆がお前さんに求めているのは、そこじゃあない」と言われたのは、そりゃそのとおりなんだろうけれど、写真週刊誌でグラビアアイドルの特集ページの直後に自分の写真入り記事を載せられた時は流石に少しショックを受けた。ツヤツヤのブロンドヘアと艷やかなルージュ、サファイアのような碧い瞳が印象的な「彼女」はプロフィール欄によると20歳。それが「こんなのあるもんか」というくらいに切れ込んだハイレグの真紅のレオタード?をこれまたグラマーなボディに張り付けて艶めかしいポーズをとっている。その隣のページに写った自分はといえば、今着ているのと同じような実用一点張りの服装で、ボディラインもへったくれもない。それが大鍋の前で炊き出しをやっているシーンはさながら「食堂のお母さん」で、コレが同い年かと悲しくなった。「この雑誌は出禁にしてやる」と息巻いたけれど、「ユードラでもよく売れてる雑誌だし、そんな理由じゃとても説明できない。」と、使徒の皆に却下された。セレーナさんに至ってはケラケラ笑いながら「彼女と同じ衣装を仕立ててあげるから着てみてよ。」なんて言い出す始末。冗談じゃない!誰が人前であんな恥ずかしいカッコするもんか。ケツなんか丸出しじゃん!
(もう、軍の静養ホテルで極上トリートメントしてもらえることもないんだな・・・)
そう思うと少し切ない気分になるけど、アレコレ考えてる間に無意識に動かしていた手足は「在野の聖者」としての身支度を終えてしまった。鏡台に映った姿を見る。「綺麗」や「カワイイ」とは無縁だけれど、自分で選んだ道だ。選択肢がそうあったわけじゃあないけれど、程度の差はあれ、きっと誰だってそうだろう。よほど意識して外れようとしない限り、人は目の前に、手の届くところに置かれた選択肢から選ぶ。それはだいたい二択か多くても三択で、その実、一本道の事も多い。一本道を進んでる間は、苦しかろうが腹が立とうがじっとこらえていくしかない。今のアタシは「道を選んだ後」の一本道だけれど、正直、大層恵まれている方だと思う。こんなに沢山の人達に支えられて、これ以上文句をいったらバチが当たるだろう。
回れ右してドアを向く。このドアを出れば、アタシは「神の御子」だ。見た目がどうのなんて言うことも、考えることもない。いつものように深呼吸を一つ。雑念を吐き出して、新しい空気を身体に行き渡らせる・・・ネフスカヤのおばさんに教えてもらったルーティン。さあ、今日もいこう。
ドアを開けようとした矢先、見張り台の鉄板が打ち鳴らされる音が聞こえる。拍子から「野盗の類の襲撃」だと判る。キャビネットを開けて拳銃を手に取り、懐にしまう。今まで、何度か野盗やモンスター相手の襲撃対処はやったけれど、自分で銃を撃つことは結局なかった。お守りみたいなものだ。暴発がコワいから、薬室装填もしない。家を出て少し走り、見張りの櫓を上ると、鉄板を叩く住民の横で既にモリタさんが双眼鏡とライフルを持って射撃態勢に入ってた。
「西の繁みに15人程・・・固まって動いてるクポ。ジード団系列っぽいナリで・・・あんまり練度は高くなさそうクポね。」
ジード団といえば、この辺りでは悪名高い人身売買集団だ。百歩譲って、ちゃんと買うだけならまだしも、原価節約のためなのか、隊商や小規模集落を襲撃して人攫いまでやるからタチが悪い。ただ、戦闘のプロというわけじゃないから、対処は難しくは無かった。こういう手合いを相手にする時は、集落の内堀と馬防柵の中に住民を避難させてから、とにかく投石やら弓矢やらを使って集落の中に入れさせない。コチラの隙を伺おうとする相手の動きを観察してると仕切っているヤツが分かるので、モリタさんが狙撃で仕留める。統制を失った相手はだいたい腹いせに堀の外の畑をメチャクチャにしようとするので、そこをセレーナさんが召喚獣で引っ掻き回す。相手は戦意喪失して犠牲を出しながら逃げる。仕留めた頭目や負傷者は回収して身ぐるみ剥いでから、アタシが治癒するか、死んでいれば「聖天使」の力で生き返らせる。特に後者の場合、効果はテキメンで、だいたい一発で改心して帰依してくれる。博士に「聖天使の玉子」を貰ってからは、コレが「防御戦闘時の必勝パターン」だった。今、「玉子」は「聖石ヴァルゴ」にグレードアップしてる。相変わらず、蘇生以外の「力」は使えないけれど、蘇生にかかる負担が格段に少ないのは、ハリさんで証明済みだ。これからは手っ取り早く全員殺してから生き返らせたほうが効率が良いかも知れない・・・我ながら恐ろしい考え方だ。
念の為、櫓の四方に防御魔法をかけてから見下ろすと、今回もだいたい同じような状況になってきた。特に問題はないはずだけれど、何かを見落としてるような気がする・・・
気がつくと、柵の向こう側でうごめいていたモヒカンの一団が見えなくなっている。柵の向こうにある空堀にでも身を隠したのかな?
その瞬間・・・ほんとに一瞬だった。
頭上から閃光と爆音が衝撃波と共に襲いかかってきた。何が起きたのかわけがわからないまま、櫓の板の間に叩きつけられる。目は開いているけれど、真っ白で何も見えない。鼓膜がやられたのか、耳鳴り以外、ほとんど何も聞こえない。
辛うじて近くの視界が戻ってくる。手に毛皮の感覚・・・目を凝らして見ると、体の小さなモリタさんは失神してしまっていた。見張りの住人は櫓の上には居ない。見下ろすと、地上に落ちて身悶えしている。
助けないと!
櫓から降りて手を添えようとしたその時、村を囲う馬防柵の一画が吹き飛んだ!土煙と、さっきまで柵を形作ってた杭がバラバラになって舞い上がる。一体、アタシは今、何を見ているの?食い詰めた国境地帯の人攫い集団の襲撃じゃあなかったの?これじゃあ、まるで戦争映画じゃない!柵が吹き飛んで出来た隙間を見ると、土煙の中、幾つかの揺らめく陽炎のようなものが入り込んでくるのが見えた。陽炎は直ぐにまた景色と同化して見えなくなる。
光学迷彩・・・ゼルテニアの「学校」で、少しだけ実物を触らせてもらった記憶が蘇る。あんなモノを人攫いのアウトロー風情が?いや、違う。これは絶対に違う!あの格好は偽装だ!アタシ達を油断させるために?または、国境地帯の「外」から入ってきたのを隠すために?どこ?ランベリー?それとも・・・
考える間もなく、柵の外から煙幕弾が撃ち込まれる。煙で視界を防がれて誰が何処にいるのか分からなくなる。ただ、パニックに陥った住民達の叫び声だけが四方八方から聞こえてくる。煙の中から赤い鱗の手が突き出て腕を掴んだ。
「ああ!やっと見つけた!」
サドル団長の声!
「態勢が悪い!いったん、「家」に集まろう!」
煙が薄くなったところに団長とセレーナさんの姿が見えた。おそらくは「使徒」の中でも荒事・アングラ含めて一番人生経験が豊富な彼女の、こんな切羽詰まった顔は今まで見たことも無かった。
「一回、私らの家まで引くよ!そしたらアナタは「8号」を起動させて柵の中の敵を排除させて!あのロボが暴れてくれてる間に集まれたメンバーで村の外に出る。私が召喚獣を押し出して行くから、アナタは防御魔法で皆を固めて強行突破。一回、村を離れてから立て直しましょう!」
ここは傭兵稼業の経験もある彼女に素直に従うのがいい。アタシの戦闘術はあくまで個人の護身用に過ぎない。組織戦は専門外!緊急事態の際には一旦、アタシの「家」に集まることになってるから、きっと何人かは居るはず・・・ヨシフも、フレアさんも、メリーさんも、そして・・・
その瞬間、「見落としてたもの」を思い出した。
「アディ!!」
あの子は?今日一度も姿を見ていない。
「ねえ団長!アディは?見てない!?」
団長に聞くが、首を横に振られた。
「見てない。お前が昨日、明日朝イチで西の森にドングリ採りに行ってこい、って言ってたろ。アイツ律儀だから、ひょっとしたら・・・」
ああ、マズい・・・敵は西から来たんだ!
ひょっとしたらアディはアタシ達よりも先に襲われてるかもしれない・・・
あの子は、違うんだ。アタシやマフディ団・シルバニア組の皆みたく、使命を自覚して、覚悟して来たわけじゃない。ただ、アタシが、あの子に付いてきて欲しかったから、お願いして・・・それで付いてきてくれた。
誰にも言ってない、アタシの身勝手な「実験」のために・・・
あの子を「家族」みたいに思ってるのは嘘じゃない。他の使徒の皆と同じくらいに、アディの事は近くに感じてる。あの子が近くにいて、弟が出来たみたいで嬉しかったのも本当だ。・・・でも、その時、ふと思ったんだ。
「あの子の「姉さん」になってみたら・・・兄さんがアタシをどんなふうに思ってたか、判るんじゃないか」
アタシが覚えてる兄さんは、だいたい不機嫌そうな顔。物心つく前は、とっても優しかったらしいけど・・・どっかでアタシのこと、嫌いになったのかな?でも、じゃあ、あの時・・・アタシが生き神様にされた時、なんであんなに構ってくれたんだろう?嫌いなら放っておけば良かったのに・・・
分からなかった。でも、無性に知りたくなった。あの時、ハリさんに言おうとしてやめた言葉・・・
「もし、兄さんがここにいたら、何だかハリさんと同じようなこと言ってる気がする。」
そんなの言われたって、ハリさんにしてみたら「知らんわ」って感じだよね・・・だから、言わなかった。でも、他人行儀に飾ることをやめたあの人と話していると、一度は頭の片隅からも消えかけてた兄さんの影が何故だかどんどん大きくなって来た。顔は全然違うのに、子供の頃に戻って兄さんと言い合いをしてるような錯覚に陥った。たったの1日の間だったのに。
そんな中で、ふと閃いた。あの子の「姉」になれば、完全ではないにせよ、兄さんの気持ちが分かるかもしれない、と。
アタシは、そんな実験めいたコトに、あの子を付き合わせていたんだ。
あの子は言った。
「責任とってよ、ねえさん」って!
今、「責任」を取らないで、いったいいつ取るというの!?
「セレーナさん!アタシ、アディを探してくる!セレーナさんは皆と村の外に出て!」
セレーナさんの顔は険しい。
「馬鹿いってんじゃないよ!アイツらの狙いはきっとアンタだ。私らが死んでも守らなきゃならないのも、アンタだ!」
そんなことは分かってる。どんなバカなことを言ってるかも、分かってる。でも、それでも、アタシはあの子のところに行ってやらなきゃいけない!
アタシ達は気付いていなかった。さっきからしばらく、敵の気配が消えていることに。
セレーナさんが上を見る。つられて見ると、小さな影が真上から、目に追えないくらいの速さで落ちてくる・・・刹那、また閃光と轟音、そして爆圧!2発目だ!今度は身体が吹き飛ばされる。起き上がって視界が戻った時、さっきまで目の前にいた2人の姿は見えなかった。更に発煙弾が撃ち込まれる。ここに留まっている訳にはいかない。自身を防御魔法(マバリア)で固めて、日の光が指す方と逆、西に向かって足を進める。
もう少しで村の西の境界というところで、首筋から身体に衝撃が走る。自由が利かない・・・地面に倒れ込む。
防御魔法は効いてないの?
疼痛。首筋から伸びた2本の電線・・・テーザー銃だ。これじゃあマバリアも意味がない。視線の先で、銃把を握った手だけが浮き上がって見える。迷彩マントだ。
こんなやり方をしてくるってことは、殺しに来たんじゃない。生け捕りにするつもりなんだ・・・
テーザー銃を持ったマントの主が立ち上がって見下ろしてくる。ここまで近づけば、マントの輪郭くらいは見分けられた。
次の瞬間、一条の光の柱が後ろから迷彩マントを貫いた。マントの主が倒れる。顔が見えた。モヒカンでもスキンヘッドでもない。ブルネットの髪をショートカットに刈り込んだ、同い年くらいの女性兵士・・・その後ろから、発煙弾の煙越しに無骨な金属の足音。やがて煙の中に、鉄巨人のシルエットが浮かび上がった。電子音声が鳴り響く。
「ゴ主人様ヘノ、侵害行為を確認。ジェノサイド・モードニ移行、敵1、「処理」完了。」
アタシは声の限り叫ぶ。
「8号!・・・助けて!!」
「ワークマン・8号」が片手でアタシの痺れた体を抱え上げる。首筋に食い込んだテーザーの端子が抜け落ちる。
「脅威ヲ、排除シマス」
また、見えない所から今度は雷撃が放たれる。サンダガ!8号に直撃する。8号は効いた素振りも見せずに、また胸から光の柱を撃ち返す。魔法は効かないんだ・・・
(ありがとう博士!アタシ、今、メッチャ心強い!)
でも、密着してるアタシまで感電してしまった。
マバリアのお陰でダメージはそこまで大きくない。腰のクリスタルからケアルラを起動する。痺れが取れた。8号に命じる。
「このまま西へ進んで!」
「東側ニ、味方反応、複数。東側ヘノ退避ヲ、リコメンドシマス。」
「いいから!西へ!!」
重ねて、厳命する。
こんなにも切羽詰まっているのに、アタシの中の「聖天使」が戦う力を貸してくれる気配はない。なんなの!?アタシあれから勉強したよ?すっごいビームとか出すんでしょ?羽根も生えて宇宙まで飛べるんでしょ?「蘇生」も有り難いんだけどさ、今は戦う力が欲しいんですけど!
腰の銃を取り出す。訓練以外で初めて、薬室に弾を装填する。さっき、8号に撃ち抜かれた女の子の顔が思い浮かぶ。アタシが撃てば、相手は、ああなる。そう思うと、引き金を引く自信がなくなる。今まで、訓練以外で人を殴ったこともないのに・・・
いや、違う。アタシは何度も殴ってる。殺してる。アタシの代わりにモリタさんやセレーナさん、自警団の皆がやってくれてたんだ。さっきは8号が・・・。
これが、アタシが目指した道なんだ。はじめから終わりまで皆、ニコニコで・・・そんな美味しい話なんてない。そんなんじゃあ、国なんて作れないし、守れないんだ。ランベリーの王様だか、ユードラの坊さん達だか分からないけれど、今、アタシ達を亡きものにしようとしてる人達の気持ちが少しだけ分かる気がする。周りから見れば醜い泥仕合だけれど、やってる本人は皆、大真面目なんだ。必死で、それぞれが目指す「幸せのかたち」を押し付け合ってる。お互いがどうしても譲れない時、こんな事になる。でも、今、アタシが譲れないのは、アディのこと。絶対に、助けないといけない。それがアタシの「責任」!
8号が村の西端の柵を破壊する。飛び散る木片を見ながら思う。もし、このピンチを切り抜けて、この先、アタシ達が成し遂げて、ゾディアック・ブレイブなんてのになって、千年も何千年も経って、今のキルティアの神様達みたく神格化されたとして、その時代の人達が、今のアタシ達を見たらどう思うだろう。ガッカリするかな?それとも、分かってくれるかな?
右側から発砲煙!ロケット弾!8号が射線に背を向けてアタシを庇う。硬い装甲に当たった弾が弾ける音・・・爆発はしない。不発弾?
次の瞬間、アタシを抱えてた8号の腕の力が不意に抜ける。柵の外側の空堀に転がり落ちて、強かに腰を打つ。痛い!ワケが分からずに8号を見上げる。目に光がない・・・エネルギー切れ?永久機関なんじゃないの?
耳元でライフルの撃鉄を引く音がする。視線を向けると、また、透明マントの輪郭。その内側から声がする。
「EMP(電磁パルス)弾だ。そのアーマーは無力化した。投降しろ。」
声は落ち着いている。アタシは今、不利なの?その疑問は直ぐに解けた。周りの透明マント達が一斉に姿を現す。10人以上に囲まれてる。空堀の上から見下ろされる形で・・・
テレポは?だめだ。ここは見通しが良すぎる。少しばかり瞬間移動したところで意味がない。
ダメ元で胸の聖石に意識を集中する・・・やっぱりダメだ。「力」が来る気配はない。
もう一度、声の主の方を向こうとした時、体の動きが異様に重い事に気付く。やられた。「影縫い」だ。そこからは一瞬の流れだった。2人がかりにタックルされ、地面に叩きつけられる。銃を奪われ、「サイレス」をかけられる。手足を縛られ、サドル団長よりも一回りは大柄なバンガの兵士に担がれる。アタシに声をかけた主は、空に向かって信号弾を打つ。赤い煙が空に伸びた。
全員が迷彩マントを被る。アタシを担いだバンガはアタシごと。
知らない間に「スリプル」もかけられたんだろう。一気に、意識が朦朧としてくる。
微かに声が聞こえる。
「あのアーマー、どうします?」
「可能なら後で回収。まあ、ゴーグにでも持ってけ、ってなるだろうな・・・」
ああ、もう目が開けられない・・・
目が覚める。
横倒しにされた体が揺れる。薄暗い室内で、アタシを挟むように兵士達が座っている。もうジード団の格好はしていない。ここは・・・飛空艇の中だ。セイレーンと同じ、ターボプロップの音がする。まだヤクトの中なんだ。
横を見るとボディバッグが一つ。もしかしたら・・・
アタシが起きたのに気付いた兵士の一人が、頭に袋を被せようと近づいてくる。
「待って!」
叫ぶと、袋を持った手が一瞬止まる。
「この人を治せる!」
「無理だよ。もう亡くなってる。」
と袋の主。別の兵士が口を開く。
「噂で聞いた。コイツ、死人でも生き返らせるらしい。馬鹿げたホラ話だと思ってたが・・・ホントに、やるのか?」
その目はこちらを見ている。アタシは無言で首を縦に振る。
兵士たちは一様に指揮官とみられる男のほうを向いた。指揮官は少しばかり押し黙った後、尋ねてくる。
「拘束は解かない。妙な真似をすれば撃つ。それでいいか?」
もう一度、頷く。
指揮官が指示を出す。一人がライフルの薬室に弾を込め、何時でも撃てるよう、アタシの方に向ける。もう一人がボディバッグのファスナーを開ける。ブルネットの刈り上げショートカット・・・やっぱり、あの子だ。8号のビームにやられて胸が激しく損傷してる。でも、殴り飛ばされたハリさん程、酷くはない。
後ろ手に縛られた手の代わりに、額を彼女の額に合わせる。やるのはハリさん以来だけれど・・・
目を閉じて集中、ああ、すぐに「入れた」。名前を聞かなくても、魂の場所も直ぐに分かる。この「力」だけは、ホントにスムーズに使えるようになった。身体に治癒魔法を使わなくても、勝手に戻るようにまでなった。魂を戻し、「オマケ」で彼女の人生を垣間見る。過去にやったのだろう別の任務、泥まみれの男達に混ざってやる訓練、学校の・・・式典?、友達とのショッピング、この人は・・・彼氏かな?、家族らしい人々の笑顔・・・軍隊に入りたいとは思わないけれど、アタシが送り損ねた、普通の女の子の人生・・・ちょっと、イイなと思ってしまう。
目を開けると、ちょうど、「刈り上げちゃん」も目を開けるところだった。至近距離で目が合う。おそらくは1回死んで生き返ったショックと目の前の至近距離に顔があるダブルショックで、彼女は素っ頓狂な声を上げながら上体を起こそうとしたらしい。額と額が強かにぶつかる。しばしの間、飛空艇の床で二人して身悶えするハメになった。周りでは兵隊達がざわついている。どうだ、見たか!こればっかりは他の誰にも真似できまい!
縛られて床に転がったままにも関わらず、少しだけ鼻が高い気分になる。
刈り上げちゃんがもう一度身体を起こした。辺りを見渡し、自分の胸に手をやる。
「ちちう・・・小隊長!」見定めた指揮官に何かを問おうとするが止められ、逆に問われた。
「待て!・・・氏名、階級、認識番号を申告しろ。」
アタシが死体を魔術かなんかで操ってるとでも思ってるのかしら?まあ、疑ってかかるのが普通よね。
刈り上げちゃんは息を飲んで深呼吸してから答える。
「メリッサ・ティンジェル上等僧兵、DE52-156992L」
「先月末、小隊で決起集会やった店は?」
ついでとばかりに別の兵士が尋ねた。
「・・・チョコ貴族、ドーター店・・・」
刈り上げちゃんもご丁寧に答える。
「スゲエ!ホントに生き返った!」
広くもないキャビンにすし詰めになった十数人が叫んで色めき立つ。刈り上げちゃん・・・もとい、ティンジェル上等僧兵の背中を叩いたり、乱暴に頭を撫でたりして祝福する。転がされたままのアタシの上を跨いでいく不届き者も・・・。指揮官がなだめて全員を着席させる。
「いいか、このことは他言無用だ。ティンジェル上等僧兵は機内での決死での救命作業により、奇跡的に生還した。それだけだ!」
全員が無言で首を縦に振る。指揮官は座ったまま、身体をアタシの方に整体した。そして頭を軽く下げる。
「部下を救って頂き、感謝する・・・何が出来るわけでもないが。」
転がされたまま、頭だけを指揮官の方に向ける。
「イイのよ。出来ることをしただけ。彼女が生き返って、何か減るわけでもないし」
そこまで答えたところで閃いた。
「ねえ、隊長さん。お礼といっちゃなんだけど、一つだけ、一つだけ教えて?」
指揮官は眉間にシワを寄せて一寸黙った後、口を開いた。
「・・・ものによる。言ってみろ。」
「亜麻色の髪のヒュムの少年を知らない?12歳くらいの、線の細い・・・知ってるかどうか、知ってたら、無事かどうか・・・それだけ教えて!」
指揮官が隣の兵士に何かを確認するような素振りをみせる。2、3度頷く。そして答えた。
「名前は言えんが、そのような特徴の少年を保護している。怪我はない。」
一気に体の力が抜ける。良かった!いや、良くないけど、取りあえず無事で良かった・・・
もう、こうなったら、やる事は一つしかない。「お姉さんごっこ」は終わりだ。
「隊長さん、もう一個だけ!貴方の上司に伝えて。あの子は私の、私達のやってたことに何の関係もない。ただの小間使いの子。サーカスから逃げ出して行き倒れてたのを保護して、連れて回ってただけ。あの子が知ってるくらいのことなら、私が全部答えてあげるから、何も危害は加えないで・・・。それだけ、伝えて・・・下さい。」
寝っ転がったまま、頭を下げる。
「分かった。伝えよう。」
落ち着いた声で、指揮官は了承してくれた。
終わった。
これで全部。
マフディ団のみんな、シルバニア組のみんな、集落のみんな、大佐、オニクス叔父さん、ネフスカヤのおばさん、クルーの皆、バルビエ博士、そして、ハリさん・・・ごめんなさい。アタシは、ダメでした。何年も何年も、あんなにあんなに助けてくれたのに、ごめんなさい。
「ねえ、隊長さん、もう一つだけ」
軽い溜め息をついて指揮官が答える。
「なんだ。」
「袋、被せてちょうだい。泣きたい気分なの・・・レディの泣き顔は見世物じゃないわ。」