When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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30 Intercept

同日0915時 フィナス空軍基地

 

 サディアは定期便を降り、空に浮かぶ基地の営門にIDを提示する。フラッパー式のゲートが開き、敷地内に入ると、一直線に戦術輸送飛行隊の庁舎に向かう。定期便の中で流れたブレイキング・ニュースの字幕が頭から離れない。

「首都、軍庁舎ビルで事故?犠牲者多数との情報も」

(義父さんは、これを予測したんだ。だから、俺にあんな命令を出した。)

犠牲者が誰かは報じられてはいなかったが、サディアは既に予感・・・というよりは、覚悟していた。

 こんな状況下でネフスカヤ少佐に会えという。その意味するところも分かっていた。

(たとえ義父が生きていたとしても、二度と会うことはない・・・)

 サディアは少し前、一度だけオニクスに誘われてサシで呑んだ時のことを思い出した。少し恥ずかしかったが、まだ、自分達が子供だった頃からの義父、いや、オニクス・ヒサーリの思いを知ることが出来た。こちらからは、改めて感謝を伝える事が出来た。こうなる前に義父とそんな時間を持てたことは、意味のある事だったのだと感じる。

もし義父がここにいたら言うだろう。

「振り返ってる場合じゃない。大佐がやられた時も同じだった。それが俺になっただけだ。あの時、元首が俺達に道を示したように、今度は俺が道を敷いておいた。あとは、お前とアジョラで決めるんだ。」と。

飛行隊員の執務室に入る。面々には知った顔も多い。テレビをみたのだろう。何人かが駆け寄って無事を尋ねてくる。

「ネフスカヤ少佐は?」

「多分、司令室に・・・」

部屋を出て司令室に向かいノックをする。許可を得て入室、そこにはテレビに向かう基地司令のジェルジンスキー准将とネフスカヤ少佐がいた。

ネフスカヤはサディアに駆け寄ると抱きついて無事を喜び、そしてどうやってここに来たのかを問うた。サディアは、ほんの数時間前に起きた事とオニクスに指示されたことをそのまま伝える。ネフスカヤとジェルジンスキーは息を飲んだ。

「神様なんて信じちゃあいないけど、ホントに思し召しなのかもね。」

ネフスカヤはそう言って両手をサディアの肩に添えた。

「それにしても、コレが身内のテロだとしたら、とんでもない話だぞ・・・同盟の根幹にも関わりかねん。私は未だに信じたくないよ。」

ニコニコ昼行燈で通しているジェルジンスキーが眉間にシワを寄せる。

その時、基地司令卓の内線電話が鳴った。ジェルジンスキーがスピーカーモードで繋ぐ。

電話の先は基地の門衛だった。

「あの、今、憲兵隊がコチラに来てまして、司令にお会いしたいと言っているのですが・・・」

ジェルジンスキーがサディアの方を向く。サディアは無言で首を横に振った。

「司令は所用で席を外している。そう言って待ってて貰え。」

ジェルジンスキーはそう言って電話を切った。

ネフスカヤが口を開く。

「人事通知で見たわ。こないだ急に交代したシルバニア・ゼルテニア両管区の憲兵隊指揮官、アメミヤ大佐・・・ランベリー大公の親族よ。」

ジェルジンスキーが頭を抱える。

「やっぱりランベリー大公家が黒幕か・・・チェスターに続いてヒサーリ親子、となると、少佐のチームも危ないな。」

一つ、大きな溜め息をつくと、緩んだネクタイを締め上げた。

「そういうやり方でくるなら、我々も黙ってはいないぞ。少佐、出れるか?」

「即応待機のを使わせて貰えるなら。」

「無論だ。大尉を連れてすぐに出たまえ。君とクルーの家族の事は、私達に任せろ。必ず「向こう」に送り届けてやる。」

そう言うとジェルジンスキーは受話器を手に取る。

「・・・司令だ。コチラに直で「救難任務」が入った。・・・ああ、そうそう、そのやつだ。直ぐに出すぞ。」

受話器を置いて一寸もせずに、基地内に当直士官のマイクが鳴り響く。

「救難任務!救難任務!即応待機23号機・D(デルタ)チーム、準備出来次第、発進!繰り返す。即応待機23号機・Dチーム、準備出来次第、発進!」

ジェルジンスキーは席を立つと、ネフスカヤに整体した。

「元気でな。貴官のこれまでの献身に感謝する。あ、あと、向こうに行っても軍には入るなよ?君と撃ち合いなんて御免だからな。」

ネフスカヤも姿勢を正し、敬礼した。

「はい!・・・司令、今までお世話になりました!」

そしてサディアの方を向く。

「さ、いくわよ!」

走って駐機区画に向かい、即応機用のゲートに向かう。機内に入ると、既に「専属クルー」は準備万端だった。

ネフスカヤがコックピットのシートに座るのと同時に、コ・パイロットのシートに座ったアキュラ中尉が申告する。

「プリ・エンジンスタートチェックリストまで完了!ウェイ・ポイント設定完了。第1点、WC-15R。第2点、ユードラ帝国、ザランダ航空基地。機長!」

「機長、了解!」

そう言うとネフスカヤ、アキュラ、フセインの3人はシンセサイザー奏者のようなスピードで手指を動かしながらチェックリストを流し、グロセア・エンジンを起動させ、管制塔に離陸許可を取り付ける。

「フィナス・タワー、アージル(緊急)23、レディ!」

「アージル23、離陸を許可します。幸運を!」

事情を知っているのか、タワーの管制官が粋な一言を付け加える。

「アット・ホームな職場ってのも一概に・・・捨てたもんじゃないわよね!」

ネフスカヤはそう叫ぶとパワー・レバーを一気に押し込む。10秒も経たない内にセイレーンは一気に加速し、基地の境界を後にした。

 庁舎越しに飛び去るセイレーンを見て慌てたのが、門衛で待たされたままの憲兵隊だった。特に指揮官はアメミヤの部下だけあって勘はそこそこ鋭い。その機体がただ者ではないと直感で察した。

「クソ!やはり基地ごとグルか!1分隊だけ残して後は奴を追うぞ!セイレーンならヤクトに入られる前にウチの警備艇で追いつける。」

踵を返して営門外の外来用駐機ゲートに停めた警備艇に乗り込む。すぐに離陸するよう指示したが、パイロットは首を横に振った。

「つい今しがた、基地管制塔から、当面の基地管制区内の全ての飛行を禁ずる、との通知が・・・」

指揮官は額に青筋をたてる。

「そんなもん、方便に決まってるだろう!ますます怪しいわ!無視しろ!」

「それが、基地自動防空システムのトラブルが原因とのことで・・・飛行した場合、意図せず迎撃される恐れがある、と・・・」

 十中八九ブラフなのだろうが、本気で撃ってくる可能性も否定はできない。それに基地周辺空域の管制圏はどうあっても基地司令のものなのだ。指揮官は歯軋りをして悔しがった。

そこに門衛の兵士が近づいてくる。

「あのう・・・」

「何だ!今頃!」

「司令が戻られまして、「お待たせして申し訳ない。こちらでコーヒーを用意してますので、是非、庁舎にお越し下さい。」と。」

(クソ・・・タヌキめ!)

指揮官は肩をうなだれた。

 

 

 

 

 

セイレーン23号機 機内

 

「ストラウス、こちらアージル23。ユードラからWC-15R方面にかけて、探知はありますか?」

「アージル23、こちらストラウス。探知はありません。」

「アージル23、了解。本機、これよりWC-15Rへの救難ミッションです。「バニシュ」未搭載につき、支援お願いします。」

「ストラウス、命令は確認済です。了解。」

アキュラ中尉が今夏に導入されたばかりの秘話航空無線機の送話スイッチを切る。

「今のところ、早期警戒管制艇(ストラウス)の方でもユードラからWC-15R方面への探知はないようです。機長。」

「了解。今回は「バニシュ」も「EARE」もないから、全速強行突破よ。WC-15Rに降りたら、速やかにアジョラのチームをピックアップ。そのままユードラのザランダ航空基地に向かう。」

「ユードラからの迎撃は?向こうからも丸見えなんでしょう?」

サディアが問う。

「ええ。でも、そこはヒサーリ少佐が向こうのオークス特佐と話して都合を付けて貰ってる、と聞いてるわ。少佐達を信じるしかないわね。」

「義父さんが・・・アロイスと会ってたんだ。」

ネフスカヤが機体識別に使う自動応答機(トランスポンダー)のコードをヒサーリから教わった数値にセットする。エンジンをターボ・プロップに切り替え、ヤクトに入る。これで内燃機関を持たない憲兵隊の飛空艇に追撃されることはない。ユードラ側の防空サイトに話が伝わっていれば、向こうから撃墜されることもない。

ヤクトと境界を同一にする国境地帯空域に入るが、ユードラ側のレーダーサイトが呼び出してくることは無かった。アルタイ1曹が対空レーダーの信号捕捉を報告するが、セイレーンを追尾してくることはない。どうやら、「話は通じていた」ようだ。ネフスカヤは胸を撫で下ろす。

ヤクトに入って15分もした頃、機内交話機越しにアルタイ1曹の報告が入る。

「センサー、ESMコンタクト。ベアリング125°「ガルーダ」捜索レーダー・・・追尾モードに入ってます!」

「識別コードは?」

「統合空軍ではありません・・・ランベリー空軍!」

F-40ガルーダ・・・セイレーンと同じシルバニア・ドネム社製の、ヤクト内戦闘に特化した純ターボ・プロップ戦闘機。いつもなら何ら気にすることのない友軍機だ。だが、今回は事情が違う。放たれるレーダーから殺気をビンビン感じる。

 ネフスカヤは秘話装置でストラウスを呼び出す。

「ストラウス、こちらアージル23。本機から125°方向の友軍機の情報を下さい。」

「アージル23、スタンバイ・・・ランベリー空軍所属ガルーダ5機、ヘディング290°、貴機から40マイル、高度16000フィート、スピード400ノット。ミッションコード・アンノウン」

「アージル23、了解。ありがとう。」

アルタイ1曹が戦術ディスプレイ上にガルーダ戦闘機の位置をプロットする。電算機が弾き出した会敵時刻まで10分もない。ヤクトでのセイレーンの最大速度280ノットで、WC-15Rへの到着予想は15分後、そこからピックアップに最低5分・・・間に合わない。

 ネフスカヤが唇を噛み締める。その時、オープンチャンネルで「ストラウス」の管制官が警告し始めた。国籍不明機に宛てて、緯度と経度をコールし、速やかに西に進路を取るよう、警告する。アルタイ1曹がその機位をプロットすると、WC-15Rから僅か10マイル程西側のヤクト内だった。

(なんで、今の今まで探知出来なかったの?)

ネフスカヤが頭を捻る。

ストラウスが警告し続ける国籍不明機の位置を戦術ディスプレイ上で繋ぐと、一直線にWC-15Rに向かっている。ネフスカヤには嫌な予感しかしなかった。国籍不明機が警告を聞かないのを察したストラウスは、セイレーンに向かって飛ぶランベリー空軍のガルーダを呼び出した。統合空軍の指揮下にあるストラウスとは指揮関係には無かったが、現場から一番近くにいる友軍戦闘機だったからだ。協力を要請する形で、ガルーダに国籍不明機に対応するようリクエストした。しかし、ガルーダは返答しない。アルタイ1曹がモニターするESMセンサーは、ガルーダが引き続き一直線に自機に向かい続けていることを示していた。まるで最初からこうなる事を見越していたかのように、迷いなく突っ込んでくる。

(ああ、そうでしょうよ、クソったれ!)

ネフスカヤは心の中で悪態をつく。操縦桿が動かせない。本来ならば、すぐさま進路を変えるべきだ。あの子がいるWC-15Rに着くまでにランベリーのガルーダがインターセプトしてくると分かった時点で、速やかに進路をザランダに変えるべきだ。なのに手が言う事を聞きたがらない。ここで進路を変えることは、あの子を見捨てるということだ。横では、アキュラとフセインが不安そうな目で自分を見ている。決めなければならない。でも・・・

その時、同じくオープンチャンネルで、モーグリ特有の甲高い声が響いてきた。

「アージル23、こちらはランベリー空軍、近衛戦闘飛行隊、アメミヤ侯爵だ。貴機の目論見は露見している。警告は一度きりだ・・・速やかに、進路を東に取り、我々の指示に従え。」

(ああ・・・畜生!)

ネフスカヤは操縦桿を切る。ただし、東へではなく、南西のザランダの方角へ。これでもユードラの領空にはとても間に合わない。無線機のオープンチャンネルにはアメミヤの声が響く。「貴機のインテンションを確認した。これより貴機を撃墜する。ストラウス、こちらはランベリー空軍近衛戦闘飛行隊、モンブラン小隊。アージル23はユードラ帝国への亡命を企図している。当飛行隊によりこれに対処する。以後のアージル23への一切の支援は無用である。」

「モンブラン小隊、こちらストラウス。統合空軍ではそのような情報を持っていない。アージル23はフィナス空軍基地司令から真正の救難任務を付与されている。情報の照会を行う。エスコートのみ実施、撃墜は待たれたい。」

ストラウスの回答にアメミヤが逆上する。

「ウスノロが!テメエらがもしもしお電話してる間に、ヤツラはお空の向こうへオサラバだ!黙ってそこで見物してろ!」

「モンブラン小隊、航空無線交話における暴言は統合軍、各国軍の例外なく規則違反である。貴機に抗議するとともに、本件を統合空軍司令部に報告する!」

モンブラン小隊1番機、複座戦闘機ガルーダの機上では、額に青筋を浮かべた(といっても、毛皮に隠れて見えないのだが)アメミヤが後ろからパイロット席を蹴飛ばす。

「もういい!オープンチャンネルの無線を切れ!」

パイロットは目を丸くしてアメミヤを諌める。

「お待ち下さい閣下!我々は統合空軍の秘話コードも通信周波数表も持ってないんです!オープンチャンネルをカットしたら、ストラウスの支援を受けられません。この空域では早期警戒管制艇の支援は必須です!いつユードラのインターセプト機が来るか・・・」

だがアメミヤは聞かない。

「あと3分もすれば「お仕事」は完了だ。ノロマな輸送機を編隊の一航過で撃墜。すぐさま東へサヨウナラ。支援なんぞいらん・・・ほれ、見えたぞ。ワン・オクロック!高度は・・・7000くらいか?」

アメミヤに言われてパイロットが目を向けると、確かに輸送機らしき、ややグレーがかった白い点が見えた。

「あ、はい!ターゲット、インサイト!」

侯爵の言動はメチャクチャだが、下手なパイロットよりも目はいいから始末が悪い・・・

パイロットはそう思いながらも速やかに列機にハンドシグナルを送る。列機は編隊をV字から縦隊に組み替えた。各機が一航過しながら順に射撃を浴びせ、一撃離脱で相手を撃墜するためだ。アメミヤが座る長機がセイレーンの後方を取り、降下しながら加速する。

 

 セイレーンの方では見張りのギュネイとアジズが両機側から突き出たバブル・ウィンドウに顔を張り付けながら必死の形相でガルーダの動きを報告していた。対空戦闘ではなく、衝突防止や雨雲の探知を前提に装備されたセイレーンのレーダーは前方の限られた範囲しかカバーできないため、側方や後方は見張りの目測に頼るしかないのだ。

「敵機、6時方向に占位!距離、2000フィート!」

「機長、了解!そのまま報告続けて!」

ネフスカヤがハッパをかける。どこまでやれるか分からないが、諦める訳にはいかない。

(昔、戦記モノで読みかじっただけの技だけれど・・・)

アジズが概ね目測で300フィート近づく毎に報告してくる。方位は変わらない。1700・・・1400・・・1100・・・800・・・

(今だ!)

機体のバンクを水平に保ったまま、ラダーを左に踏み込む。右側風防のすぐ右を、曳光弾が駆け抜けていくのが見えた。

 モンブラン小隊の方は、長機と全く同じ態勢で攻撃に入った列機全ての射撃が右に逸れた形になってしまった。

(なぜだ!敵機の姿勢は変わらなかったのに!?)

加速したモンブラン小隊は降下しながらセイレーンを追い抜く形になった。撃墜するにはもう一度旋回して後方に占位し直さなければならない。下方からズーム上昇して再攻撃するには高度が足りなかった。気付かない間にセイレーンが高度を下ろしていたのだ。

(クソ!ヤクトなんぞでなけりゃ、一瞬なのに!)

空気を掴みながら飛ぶ「航空機」ならではの繊細でもったりとした機動に長機のパイロットはイラつきを隠せない。後ろからは初撃を外したことに怒り狂うアメミヤが座席を蹴っ飛ばしてくるのでさらにストレスが上昇する。ヒュムのパイロットが対G呼吸をしながら機体をぶん回している最中も、モーグリの体の小ささ故にGの影響を受けづらいためか、延々と悪態をつき続けるのにだけは感心した。

(次はギリギリまで張り付いてから撃ってやる!)長機のパイロットはそう心に決めて再攻撃に向かう。

 

 

セイレーンでは、引き続き必死の見張り報告。絶妙なタイミングの横滑り機動で初撃を回避し数分、時間を稼いだものの、絶体絶命なのには変わりがない。相手も余程のバカでなければ、次は顔が見える程までにべったり張り付いて撃ってくるだろう。

「第二撃、来ます!距離2000!・・・1700・・・1400・・・」

(今度はコレでどうだ!?)

ネフスカヤはパワーレバーを引くと機速を一気に落とす。失速直前、速度がヘリ・モードの上限速度を下回ったところで、ティルト・ローターのモードを変える。教則にも載ってない無謀な操作だ。機体が安定性を失って失速しそうになるのを全神経を集中して抑え込み、ヘリ・モードのまま降下する。たかだか1000フィート足らずの距離で機速差が数百ノットに膨れ上がり、セイレーンが一気に降下したため、ガルーダの視界からはセイレーンが一瞬で消えたような形になり、モンブラン小隊は一時的に、完全にセイレーンの機位を喪失してしまった。

(コレで、また数分・・・!)

流石のネフスカヤも集中力が限界に近づきつつあった。それでも諦めるわけにはいかない。機体を固定翼モードに戻し、ザランダに向けて飛び続ける。空は恨めしいほどの快晴で、逃げ込めそうな雲ひとつ見当たらない。

(さすがに、次はないか・・・)

ネフスカヤがそう思った次の瞬間、アルタイ1曹からの報告

「前方、レーダー・コンタクト!30マイル!速力・・・500ノット!」

280ノットで飛ぶセイレーンとの相対速度は780ノット。みるみる距離が縮まる。ユードラからヤクトへの入域を探知したストラウスがまたオープン・チャンネルで、この国籍不明機に進路を西にとるよう、警告を発する。

 セイレーンの後方では、態勢を立て直したモンブラン小隊が再度セイレーンを発見し、攻撃態勢を取ろうとしていた。今度は二手に分かれて、片方は離れてサポートに徹する態勢だ。もう意表を突くような機動は効果がない。ネフスカヤが不時着出来そうな地形を探し始めたその時、数機の戦闘機が凄まじい速度でセイレーンの機側をかすめて反航し、ズーム上昇していった。そのままセイレーンへの攻撃態勢に入っていたモンブラン小隊の後方上空に占位し、優位を取る。モンブラン小隊は完全に出遅れていた。オープン・チャンネルの無線を切っていたため、ストラウスの警告を聞き逃していたのだ。長機のパイロットが慌ててオンにした無線機に不明機からの通信が入る。

「ランベリー大公国所属機に告ぐ、貴機は条約に違反し、国境地帯空域を飛行している。速やかに進路を東にとり、離脱せよ。こちらは神聖ユードラ帝国統合軍、第1機動戦術群、マイセン戦闘飛行中隊である。」

セイレーンのコックピットにサディアが踊り入ってくる。

「アロイスだ!オークス特佐の声だ!」

 戦闘機動のため、いつものようにコックピットの電子機器ラックの上に腰掛けるのではなく、キャビンで大人しくしていたサディアだったが、手元の乗員用交話機を耳に当てて通信をずっと聞いていたのだ。

「少佐!助かるかも知れません!」

サディアの顔は明るい。

(そこまで信頼しているのなら・・・)

と、ネフスカヤも視線を地上から前方に戻した。

 モンブラン小隊側は戦慄していた。不意を突かれたこともさることながら、相手がわざわざ言う必要のない「第1機動戦術群」と「マイセン中隊」の名前を出してきたからだ。おおよそこの業界に生きる者であれば知らない者はいない、イヴァリース上で最強と言われる戦術部隊の、これまたイヴァリース上で最も高い練度を持つと言われる戦闘飛行隊。その部隊に後方優位を取られた状態から勝てるイメージは小隊の誰にも湧かなかった。しかもランベリーから国境地帯西部への全速での進出と戦闘機動のためにかなりの燃料を消費している。空戦に使える燃料はもう幾らも残っていなかった。

「閣下、あまりに分が悪過ぎます!ここは・・・」

長機のパイロットは懇願するように後席に座るアメミヤに撤退を促す。さすがのアメミヤも、ここで蛮勇を振るって戦いを挑む程、馬鹿ではない。そもそもユードラ機と空戦などやってどちらかに犠牲でも出れば、外交上の一大事件だ。だがアメミヤの口元にはまだ笑みがあった。アメミヤは無線機の送話スイッチを押し込み、口を開く。

「こちらはランベリー大公国侯爵、リィ・アメミヤである。本機に貴国領空を侵害する意図はない。本機の任務はあくまで前方のセイレーン、アージル23の確保である。数分頂ければ、その後は速やかに撤退することを我が家名に賭けて約束する。」

 貴族が家名を賭ける事の意味を知らないアロイスではなかったが、アロイス達の目的もセイレーン、正確にはそれに乗っているであろうサディア達の保護だった。譲れる条件ではない。前席に座るパイロットに警戒態勢の維持を命じ、返答する。

「アメミヤ侯爵閣下、こちらはユードラ帝国軍第1機動戦術群、第1旅団長アロイス・オークス特佐です。貴機等の事情については察しかねますが、国境地帯空域における、自衛を除くあらゆる武力の行使は禁じられています。当方も、閣下はじめ、ランベリー機への攻撃は意図しておりません。どうか、速やかにお引き取り願います。」

 

(コイツが・・・報告書にあったユードラの連絡員か!)

オークスの名を聞いたアメミヤは小さく鼻で笑うと再びアロイスに語りかけた。

「貴官らの腹づもりは分かっている。ここ数年、国境地帯で続けられていた新興宗教勢力による開拓事業を同盟諸国の某国から引き継ぐつもりなのだろうが、止めたほうが良い。これは「助言」だ。」

(助言・・・?)

無線用のヘッドセットを付けたサディアが眉を潜める。

「どういう事でしょうか?」

オークスもその言葉が引っ掛かったのか、意味を問い質す。

アロイスの反応に手応えを感じたアメミヤは畳み掛ける。

「そこのセイレーン輸送艇に恐らく乗っている統合情報軍の士官、サディア・ヒサーリ大尉。その名が偽りだと貴官はご存じか?」

(!!)

サディアの目が丸くなる。

「どういう事だ?」

オークスの質問。アメミヤが答える。

「よく聞き給え・・・。「サディア・グレバドス」。それがその男の真の名だ。「教祖」アジョラ・グレバドスの実兄なのだよ、彼は。」

セイレーンの中では、無線通信を聞いていたアキュラとフセインが目を丸くしてサディアの方を見た。その顔は色を失っている。

「ついでにもう一つ。この計画のナンバー2として永らくシュワルナゼ大佐の元で働いていたサディアの養父、オニクス・ヒサーリ少佐。彼もまた、グレバドス家の人間だ。真の名は「ラシャーヌ・グレバドス」。コレが意味するところが判るかね?」

アロイスからの反応はない。アメミヤは構わず話し続ける。

「結論から言えば、この一大事業は、グレバドス家による陰謀だ。最初は、純粋に、不毛地帯化して久しい国境地帯を再開発して利益を上げるためにシルバニア大公とシュワルナゼが考え出した計画だった。20年近く前のことだ。だが、計画が宗教的側面を帯びだしたことに目をつけたシュワルナゼの部下、オニクス・ヒサーリ・・・いや、ラシャーヌ・グレバドスがベルベニアの教会神父の娘だった自らの姪を計画の中心人物として売り込んだ。最終的な目的は、イヴァリース近現代史では初となる、キルティア教会直轄領の獲得。同盟諸国と貴国との停戦後、緩衝地帯として設定された国境地帯の主権が曖昧になったことに付け込んで、シュワルナゼの開発計画を隠れ蓑に、グレバドス家を中心とした国家を作り上げようとした。それを仕切ったのが悲願の領土再獲得を目指したブルオミシェイスのキルティア教会総本山なのか、それとも、領土獲得を手土産に教会内での権力を増そうとしたグレバドス家なのかは分からない。我がランベリーは計画を察知はしたが、証拠を得るために内密での捜査を続けた。だが、いよいよラシャーヌが計画を乗っ取る段階で、シュワルナゼを事故に見せかけて殺害した時点で、我々は事態を看過し得なくなった。彼が元首フレイジャーをそそのかし、貴国皇帝までをも甘言で釣ろうとしたことは誠に遺憾だ。我々としては、あくまでも穏便にこの陰謀を阻止するため、貴国法王府と連携し、此度、掃討作戦の実施に至ったのだ。「教祖」アジョラは法王府が抑え、計画の首謀者ラシャーヌは我々が排除した。後は、そこにいるサディア・グレバドスだけなのだ。彼自身はキー・プレイヤーでもない、ただの手駒に過ぎないが、生かしておけばまた、ブルオミシェイスのグレバドス本家辺りに利用される恐れがある。東方の野心のために、西イヴァリースの平和が脅かされるのは、たとえ旧敵ユードラといえども見るに忍びない・・・この様な形での情報共有となった事をお詫びする。ご理解頂けたろうか?」

 

 ネフスカヤは斜め後ろに立つサディアを見る。その顔は怒りと涙で歪みに歪んでいた。サディアはひくつきながら深呼吸をすると、コ・パイロット席のアキュラに無線を使いたいと請うた。副操縦席の操縦桿に据え付けられた無線機の交話スイッチを押し込む。

「ああ、俺はグレバドス。サディア・グレバドスだよ。義父(ちち)もな。だがそれだけだ。黙って聞いてりゃあ、ベラベラベラベラと嘘八百並べ立てやがって・・・全部テメエらの差し金じゃねえか!よくも義父を愚弄したな!アイツのこともだ!お前が・・・お前等がメチャクチャにしたのか!畜生め!面ァ、出しやがれ!ぶん殴ってやるッ!」

理屈も何もなく、ただ感情の全てをぶちまける。無線機の向こうのアメミヤは意に介する事もなく、勝ち誇ったように言葉を返す。

「やはり、そこに居たか。目論見が破綻して大層お怒りのようだな。会った事はないが、随分と粗野な物言いじゃないか。個人的には嫌いじゃないぞ。」

そしてアロイスに語りかけた。

「お聞きの通りだ。彼は貴官に出自を偽り、目論見を暴露した私にマトモな反論をするでもなく、腹いせに暴言を吐くことしか出来ん。今後の禍根を断つためにも、今、ここで、処断すべき人間なのだ。・・・我々が動くのが気に入らん、ということであれば、貴官らで撃墜してもらっても構わない。」

果たして、アメミヤが話し終えて一寸ほどの間を置いて、アメミヤ機の斜め後方をとっていたオークス機が動き、アメミヤ機の前方下位に出た。そのまま前下方に出て、セイレーンの後方に進み出る。アメミヤは勝利を確信した。

 だが、オークス機はそのままセイレーンの右正横に占位するとそこで機を安定させ、横並びの態勢をとった。サディアとネフスカヤが右を見ると、ユードラ製の最新鋭ハイブリッド型戦闘機F/A-37の後席に座り、マスクを外したアロイスの顔が見えた。アロイスはセイレーンに向けて手信号を送る。

「ハンド・シグナルだ。」

パイロットではないサディアには分からない。同じくアロイスに視線を送るネフスカヤが判読した信号を読み上げる。

 

『今さら疑うものか。私は君を信じる。』

 

サディアがアロイスを見る。アロイスは白い歯を見せて笑ってみせると、マスクを付けた。そして後ろを向くと、後方上空の僚機に向けて発光信号を送る。次の瞬間、アロイスの列機、5機のF/A-37がモンブラン小隊に猛然と襲いかかった。

勝負は一瞬だった。アメミヤの列機達はまともな回避行動も取らせてもらえずに火だるまと化す。最後に残ったアメミヤ機の後ろを取ったのは、セイレーンから離れて戦闘機動に入ったオークス機だった。

アメミヤが歯ぎしりする。

(・・・クソ!こんなことなら、「ヤクト対応機」で来るべきだった!)

 アロイスは前方のアメミヤ機を睨みつける。毅然としつつも礼節をもって臨むべき交渉相手は、今や友を愚弄し、盃を酌み交わしたその義父を亡きものにした憎き敵に変わっていた。

「口は災いの元、だな。我が友の代わりに「ぶん殴って」やらねば・・・ニコラ、やってくれ。」

アロイスの指示を受けたパイロットがトリガーを引き、30mm弾の嵐を受けたアメミヤ機はその場で四散した。

 

 

 

 

 アロイスが指揮するマイセン中隊がモンブラン小隊を撃墜する少し前のこと。

 ストラウスの管制官は混乱していた。国境地帯西部のザランダ近傍、レーダー探知距離ギリギリの狭隘な空域に10機以上の飛空艇が密集している。遠距離ではレーダーの精度も落ちるため、どの機が何処にいるのか、位置関係も判別がつかない。出力が小さな戦闘機達の無線交話も遠すぎて切れ切れのため、何を言っているのかよく分からなかった。ユードラ側にも早期警戒管制艇がいるし、地上レーダーからもその空域は丸見えのはずだが、それらは沈黙したままなのも不気味だった。まあ、無線が賑やかでないに越したことはない。そう思いながら管制官はディスプレイ上の視線をザランダ方面から北北東に移した。今日、最初に警告を発した国籍不明機はWC-15R辺りでレーダーから消失していたのだが、着陸していたのが上昇を始めたのか、再度探知したのだ。毛玉の様に絡まってまともな管制もできないザランダ方面は一旦放置して、WC-15Rの国籍不明機に対処することにする。

(警告はしてやったんだ。セイレーンのことはちょっと気になるが、ランベリーのクソどもは向こうから助けでも呼んでこない限り知ったことか!)

WC-15Rから山脈を東に越えたところでは、最初に国籍不明機を探知した際に押っ取り刀で離陸した統合空軍所属のガルーダのスクランブル編隊がヤクトに入ったところだった。

(この距離なら、なんとかインターセプト出来そうだ。)

そこへ統合空軍ガルーダの編隊長が秘話コールをかけてきた。

「ストラウス、こちら統合国境空軍西部中央哨区即応飛行隊、ハーディ小隊。WC-15R方面の不明機対処のためオン・ステーションしました。誘導願います。」

こちらはランベリーのクソに比べて随分と礼儀正しい。しっかりとサポートしてやらねば!

 管制官はハーディ小隊の長機に不明機の相対位置とインターセプト経路を通報する。だが、ハーディ小隊が進路をとった瞬間、信じられないことが起きた。ランベリーの空域管制官がハーディ小隊のランベリー管制区への進入を拒否したのだ。

 国境地帯は無主地扱いだったが、空域管制を行う必要性から、国境地帯と境界を接する同盟諸国各国が協定の上で山脈東方の国境地帯空域上に航空管制区を割り振っていた。救難ミッションや、「バニシュ」を搭載しての味方にすら探知不能な隠密任務を除けば、それぞれの管制区を担当する国の許可を得て飛行する必要がある。とはいえ、前述の例外を除いて国境地帯上を飛行する要件といえば、国籍不明機への対処のための飛行くらいなもので、許可が得られない、などということはまず無かった。ハーディ小隊の位置からWC-15Rの不明機までの最短経路はランベリーの管制区を跨ぐ形になっていたが、なんとランベリーの管制官は「フライト・プランを受け取っていない」という理由で管制区内の飛行を拒否したのだ。確かにフライト・プランの提出は必要事項だったが、このようなスクランブル対応については任務の特性上、事後処理で許されるのが長年の慣例だった。

(今さら、何を言い出すんだ!?)

ストラウスの管制官はたまらず割って入り、最短経路でなければインターセプトが間に合わない旨を説明するが、ランベリー側は頑として聞き入れなかった。

(モンブラン小隊の件といい、今日のランベリー空軍はどうかしてる!)

だが、現状では警戒監視と統合空軍在空機の管制誘導が任務のストラウスにはこれ以上、できることはなかった。ハーディ小隊は健気にも北側のゼルテニア管制区に沿って、反時計回りに遠回りするようにWC-15Rに向かっている。これではとても不明機に追いつくことは出来ない。果たしてそこから10分も経たずに不明機はユードラの領空へと去っていった。

ストラウスの管制官は憮然としながら無線機のスイッチを入れる。

「ハーディ小隊、こちらストラウス。不明機は国境地帯から離脱。ユードラ領空に去りました。インターセプトを中止し、帰投して下さい。」

 

 

 

 その様子をユードラ法王府僧兵軍の総司令部指揮所で満足げに確認する男が一人・・・本庁外事部人事課長アレン・フォッシュその人だった。国土の防空と国境地帯の警戒は国軍の任務だったが、国軍防空サイトや早期警戒管制艇の探知情報、無線通信は僧兵軍の指揮所からでもモニターすることができた。当然、同盟諸国軍の秘話通信の内容は分からないが、国軍の地上レーダーと早期警戒管制艇のレーダーが探知し、ディスプレイに映し出す飛空艇達のシンボルの動きをみていれば、大体、何が起きているかは把握できた。

 

(なるほど、そういうことか。ランベリー大公、信ずるに値するようだな。)

ザランダ方面の状況は混沌としてよく分からなかったが、最重要方面であるWC-15Rについては、見る限り順調に推移しているようだった。

 「玉(ギョク)」さえ押さえてしまえば、残されたメンバーで出来ることなど何もない。それでも彼女にかかわる全てを破壊する。対処する間も与えぬよう、双方向から同時かつ迅速に・・・。それがランベリー大公ルーフがフォッシュに授け、2人で練り上げた「策」だった。

 同盟諸国統合軍とユードラ帝国国軍による探知と介入をギリギリまで遅らせるために、アジョラの拘束に当たる僧兵軍兵力は空路ではなく陸路で、最小限の人員を現地勢力に偽装させた上で隠密進出、不足する制圧力は本土からの非致死型弾道ミサイルによる支援でカバー。撤収を迅速に行うための飛空艇も、車載可能な小型艇を複数機、WC-15R近傍まで陸路で進出させる念の入れよう。それでも対応してくる統合空軍のスクランブル機に対しては、国境地帯内のランベリー管制空域への入域を拒否することで時間を稼がせた。カミュジャによる統合情報軍メンバーの排除も、逃走を許した場合に備えて憲兵隊による追跡、更には統合空軍機による救出・亡命阻止のためにランベリー空軍まで動員する徹底ぶりだった。ネルベスカ研究所への爆弾テロは必須ではなかったが、アジョラへの協力に対する懲罰、そして元首フレイジャーへの警告として行った。

 首謀者達の人格をそのまま反映したかのような、念入りで執念深い攻撃。サディアと、彼を乗せたセイレーンがその毒牙を躱し切ったことだけでも奇跡だったのだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 空戦を終えたマイセン中隊機がセイレーンをエスコートするように占位する。アロイスは機体を再度、セイレーンの右側に付けると、再度、手信号で不時着と降機を指示した。

「不時着?ザランダ基地じゃなくて?」

サディアが問う。

「何か考えがあるんでしょう。今は、従うまでよ。それにしても・・・凄い人達・・・」

ネフスカヤは指示された地点に着陸、総員が機を降りると、そこには既に迎えのトラックが到着していた。

「ユードラ帝国へようこそ!まあ、正確にはもうちょっと先ですが。」

若い士官がネフスカヤに敬礼しながら笑顔で出迎える。

総員がトラックに乗り込み、出発。フセインはシルバニア製とは比べ物にならない程に滑らかなエンジンの音と振動に年甲斐もなくはしゃぐ。

葉の落ちた広葉樹の林が視界を塞ぎ、トラックの後部からセイレーンが見えなくなった頃、ネフスカヤが上空を見ると、マイセン中隊の1機らしきF/A-37が、セイレーンの不時着ポイント付近に向かって急降下していく。降下から一転、上昇に移ったその時、林の向こう、セイレーンが居た場所から爆煙が盛り上がった。一寸遅れて、轟音。状況から、セイレーンが破壊されたのだと察する。ネフスカヤは感謝と、少しばかりの謝罪の念を愛機に送った。

 翌日にはこの行動の意味を総員が理解した。ユードラの公営新聞の1面にはセイレーンと、アメミヤのガルーダの残骸の写真が掲載され、「同盟諸国軍機複数、国境地帯空域を侵害」の見出しと共に記事にはこのように書かれていた。

 

― 帝国統合軍発表。1月23日昼頃、同盟諸国統合軍所属セイレーン型輸送艇1機と、ランベリー国空軍所属ガルーダ戦闘機5機が国境地帯空域を西航し侵害した。スクランブル対応に従事した第1機動戦術群第1旅団、マイセン飛行中隊によれば、セイレーン輸送艇はランベリー戦闘機の追従を受けており、うち1機と衝突、それぞれザランダ西方約5マイルの地点に墜落した。マイセン中隊機は残るランベリー機に対し、条約に基づき退去勧告を実施したが、攻撃を受けたため自衛措置を発動、4機を撃墜した。帝国軍の損害はなし。同盟諸国各軍の生存者は発見出来ず、総員が死亡と推定される。帝国統合軍情報部は本事態を同盟諸国シルバニア軍とランベリー軍の一部勢力の内紛によるものと評価、それぞれが国境地帯の帝国領空まで侵入した理由については現時点で不明であり、分析中とのことであった。帝国国防省は本件を「極めて遺憾」として同盟諸国国防総局に即時抗議したものの、本格的な武力行使に至るものではないとして、事態の深刻化は望まない旨を併せて伝達した模様である ―

 

 

「・・・なるほど。オレ達全員を死亡扱いにするために、ザランダには降ろさなかったのか。よく考えるねえ・・・」

フセインが紙面を眺めながら感嘆の声を漏らす。

「よく考えると言えば、管制交話もですよ。」

アキュラが合いの手をいれる。

「我々が国境地帯に入った後、モンブラン小隊が追ってきた時、ユードラ側の防空サイトは何も言ってこなかったでしょ?我々はまあ、事前の打ち合わせ通りのトランスポンダ・コードを設定してましたからOKだったんでしょうけど、モンブラン小隊は何で?って。警告の一つくらいしてくれよ・・・って思いましたけど、よくよく考えたら、モンブラン小隊にだけ警告してたら我々が亡命機だってバラすようなもんですからね。しっかり考えてたんだな!って。」

「しかし、我々は何時までここにいればいいんでしょうか。まあ、弁当まで差し入れてもらって、不満はないんですけどね。」

ギュネイがソファに腰掛けつつ、天井を仰ぎ見る。 ここはザランダ第1航空基地の外来者用宿泊施設。ネフスカヤ達は既に丸2日、この施設に留め置かれていた。帝国軍によるもてなしは、胸がむず痒くなる程までに行き届いており、いつかその分、情報から何から搾り取られるのではないかと逆にクルー達を不安にさせるほどだった。窓はあるが、周りの目もあるのでカーテンを開けないようにと言われている。せめて気分転換に運動でもできないかと皆が考え出した頃、部屋の扉を帝国軍の士官が開けた。皆の目がその制服に注がれ、ゴロゴロと寝っ転がっていた下士官クルー達は姿勢を正す。

「アロイス!」

サディアが声を上げる。アロイス・オークスは少しはにかみながら、片手を上げて応えた。

「サディア君、君に話がある。」

そう言うと、上げた手をそのまま手招きした。アロイスがサディアを連れ出すと、続いて一人の士官が入室し、クルー達に一礼する。

「第1旅団長付のコックスと申します。皆様はこちらへ・・・」

そう言うと、セイレーンのクルーを、サディアとは別方向に誘導した。移動先は会議室と思わしき広い部屋。そこに居たのは、ネフスカヤ達、クルー一同の家族だった。それぞれが歓喜の声を上げながら抱き合う。ネフスカヤも、夫と3人の娘達との再会を喜んだ。一度は死線を潜っただけに、再会できたありがたさに涙が滲み出す。どうやってここに来たのかと問うと、フィナス基地の手引きだという。

 フィナス河中流の上空に浮かぶ空軍基地は、浮かんでいるのと周りが一面大自然なこともあって、勤務する軍人、軍属の家族達もほぼ全てが基地内の居住区に住んでいた。お陰で何かあった時の連絡も速い。あの日、ネフスカヤ達を送り出してすぐに、基地司令ジェルジンスキーは部隊の連絡網を使ってネフスカヤとクルーの家族に連絡を取った。連絡がつかない者には隊員を使いに出した。おおよそ軍隊というものは、家族含めてこのあたりの連携はピカイチだ。直ぐに全員に連絡が繋がり、基地に呼びつけられた。対応したのはジェルジンスキーの副官だったが、彼の言うには、部隊の福利厚生企画で、サプライズの海外旅行をするコトになった、と。そしてネフスカヤ少佐のDチームが当選したので、直ぐに出発するという。

 余りに唐突なので渋る家族も少なくなかったが、副官は「サプライズなので!」「職場や学校には話を付けておくので!」と譲らない。そのまま取るものもとりあえず部隊保有の旅客艇に乗せられて、まずはビュエルバに向かった。浮かぶ航空基地から浮かぶ街への旅行なんて芸がない・・・とボヤキながらも異文化を楽しんでいたところに、シルバニア、ビュエルバ、そしてユードラの当局者が来て、皆に事情を説明したという。全てが余りに唐突で、ただ流れに逆らうこともできずにユードラはザランダまで連れてこられて皆、心細いことこの上無かった、と。ただ、ユードラの軍人達が、祖国で言われている様な冷血漢ではなく、紳士的な対応をしてもらえたのには助かった、とも。

 ネフスカヤとクルー達は、自分達の仕事の都合でこんな事になってしまった、と家族に詫びた。家族達が責めたのは彼女達ではなく、非情にも同胞に手を掛けようとした憲兵とランベリー軍だった。

 ネフスカヤはもう一度、娘達を抱きしめながら思う。サディアが自分達とは別に呼ばれていった理由を。あの子はきっと、ダメだったんだ。だから、オークスはサディアをこの場には連れてこなかった。義父を失い、妹とも引き剥がされた彼が、この場を見なくて済むように・・・。

 ネフスカヤは、また涙を流す。何も知らない娘達は、その涙を自分達の為のものだと思ってか、気丈に振る舞って母を励まそうとする。セイレーンを降りた彼女が今出来ることは、娘達に笑いかけてキスをする事だけだった。

 

 

 

 

「すまない!」

応接室に連れてこられたサディアに、アロイスがいきなり頭を下げた。サディアは驚いたが、すぐに頭を上げてくれるよう、頼み込む。

「あれから、随分WC-15R付近を確認したんだ。ジャーナリスト達にも協力してもらった・・・でも、駄目だった。君の「妹君」も、彼女の「使徒」達も見つけられなかった。私は君のお義父上から、彼女のことも頼まれていたんだ。それなのに・・・」

 

 アロイスによれば、現地に残っていたのは、住民達だけだったという。ジャーナリストが当時の状況を住民に確認したところ、曰く、その日は人攫いの無法者達の襲撃があり、「御子様」と「使徒様」、そして自警団の面々が対処したという。当初は無法者達に集落への侵入を許さなかったが、突如、天が光り、轟音と風圧、そして煙で全く状況が掴めなくなった。「使徒様」に言われて、住民は皆家の中に逃げ込み、外が落ち着いて出てきた時には、無法者達も、御子様も使徒様も居なくなっていた、と。ただ、集落には柵の一部が破壊された以外、大した被害もなく住民も無事だった・・・ということだった。

 

「恐らく、彼らが言う「無法者達」というのは僧兵軍だ。空の光は、最近になって彼らが暴徒鎮圧に使い出した弾道ミサイルだろう。撹乱して、アジョラさん達だけを拉致した可能性がある。集落から十数km離れた地点に軍用牽引トラックの轍が多数、残されていた。小型輸送艇くらいなら載せられるタイプのな。・・・奴等、ギリギリまで陸路で進出したんだ。我々国軍が空路での奇襲を警戒していたのを見越して・・・完全に、裏をかかれた。すまない。」

そしてまた、頭を下げる。アジョラを保護できなかったことに加えて、イヴァリース最強を自負する部隊が、敵ではないといえ僧兵軍の兆候察知に失敗したという事実がアロイスのプライドを酷く傷付けていた。

サディアは励ます。

「やめてくれ。あなたが謝ることじゃない。俺達皆、あなたが来てくれなかったら死んでた。それに1機戦群の強みはガチンコの正規戦じゃないか。こんな非正規戦は専門外だろう?ランベリーの妨害もあった。それに、アイツだって、まだ捕まったと決まったわけじゃない。上手く逃げおおせた可能性だって・・・」

そこまで言ったところで、いったん口を止めた。

(そうだ。俺はまだこの人に言うべきことを言ってない。)

姿勢を正して今度はサディアが頭を下げる。

「こちらこそ、済まなかった。俺の出自を隠してたことだよ。あのランベリーの侯爵が言ってたとおり、俺の前の姓はグレバドスで、あと・・・アイツの兄だってのも、ホントだ。あとは嘘八百だけれど・・・そうだ・・・あの時、あなたが「信じる」って言ってくれたことにも、感謝しなくちゃ。」

そう言われて、アロイスは頭を上げた。その顔には少し、笑みが戻っている。

「前にも言ったろ?私は、酒を飲んだら相手がどういうヤツか分かる、って。今まで君と何度飲んだ?両手でも足りんよな。」

「ランベリー侯爵とはまだ飲んでないみたいだけれど、ヤツを信じなかった理由は?」

「ありゃ、飲むまでもない。自分を支援してくれる早期警戒管制艇の管制官をオープン・チャンネルで罵倒するようなヤツだ。それに私は君のお義父上とも盃を交わしている。聞いてなかったか?」

「ああ、聞いてない。この亡命計画のことも、ネフスカヤ小佐には話してたみたいだけれど、俺には・・・」

「ふむ・・・それはきっと、アレだな。彼は、本当は亡命シナリオなんか望んでなかったんだ。同盟諸国の支援がなくなった後でも、アジョラさんが独力で事業を成し遂げることを期待してたんだろう。それにしても・・・」

そう言ってオークスはサディアの顔をまじまじと見る。

「君たち兄妹は全然似てないな!まあ、私は妹君のことは週刊誌でしか見てないが。」

サディアは苦笑する。

「ああ・・・変えてるんだ。顔・・・事情があって。まあ、変える前から似てはいなかったんだけれど。」

そう言ってサディアは懐から1枚の写真を出して見せた。まだ2人とも「普通の」子供だった頃にベルベニアを訪れた義父が撮ったものだった。オークスが写真を手にとって見る。

「なるほど・・・髪の色からして違う。君は金髪だったんだな。ハハッ、このハネ毛がチャーミングだ。目つきも優しい。こう言っては何だが、女の子みたいだ。」

「よく言われたよ。それがイヤで強がってたら、どんどん口調も態度も荒くなっていって・・・妹にもすっかり「コワい兄貴だ」って思われてしまったみたいで・・・」

サディアは全てを話した。ベルベニア時代、アジョラと自分に起きたこと、先に家名と国を捨ててシルバニアに行ったオニクスに引き取られてからのこと、オペレーション・ウォール・ブレイカーの一員となって、アジョラと再会してからのこと・・・聞かれるでもなく、話した。無性に話したかったのだ。全てを知る理解者だったオニクスを失って、無意識のうちにアロイスにその代わりを求めていたのかもしれなかった。そして、最後に伝えた。アジョラと「聖天使」との融合のことを。

アロイスは黙って全てを聞き、大きく唸りながら腕を組む。

「そうか・・・そういう話なら・・・酒を飲みながら聞きたかった!」

惜しむように言うと首を横に振った。

2人して笑う。じゃあ、後で基地内のバーに飲みに行こう、と約束する。

オークスが思い立ったように言った。

「・・・なるほどな。ウチの召喚士達が首をひねってた理由がようやく分かった。あの日を最後に、誰も「異形者」を喚び出せなくなったんだ。国軍じゃあ、結構な大問題になったんだぜ?同盟諸国軍や、あるいはアルケイディア軍辺りが何かやったんじゃあないか、って仮説も立ってな。で、各国の駐在武官なんかを使って調べさせたら、なんと、どこの軍でも同じ問題が起きて大わらわになってたんだ。異形者系の召喚士は大層な地上戦力だからな。まあ、ウチはとりあえず精霊系の召喚術に切り替えてお茶を濁してるんだが・・・そうか、彼女達が独り占めして持ってっちゃったか!」

そう言ってカラカラと笑った。それならどこの国の軍も使えないから国防上はイーブンだ、と言って。

「ま、我が1機戦群はそれでも大丈夫だ。異形者が喚べなくったって、各旅団にAC大隊もあるし、「ヤズマット・キラーズ」大隊も居る。イヴァリース最高の戦術部隊の暖簾に傷が付くことはない。」

 この部屋に入ってすぐ、サディアに頭を下げた時とは打って変わって自信に満ちた表情。「やはり、あなたはそうでなくちゃあ!」とサディアは年の離れた友の肩を叩いた。

 

 法王府がアジョラの拘束を大々的に報じたのは、それから2日後の事だった。

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