When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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32 Execution

B.B. 761 1月30日 ライオネル 

 

「あの、クソ坊主共め!」

ライオネル城の城門から速足で出てきたゲオルグ・エアハルトは、眉間にしわを寄せながら吐き捨てた。

城門の前に止められたリムジンの後部座席に腰掛けると、運転手に向かって、目線で発車の合図を送る。

車が出ようとしたその時、駆けつけたもう一人の男が、ドアマンを制止し、車内に踊りこむと、エアハルトの対面に腰掛けた。

ドアが閉まり、リムジンはV12の厳かなバリトンを奏でながら動き出す。

「置いていくとは、酷いじゃないか!」

「すみませんね、コールさん。頭に血が昇っていたもので。まあ、今でも収まってはいませんが。」

目尻に笑い皺が刻み込まれた、温厚な紳士を絵に描いたようなエアハルトの一件すました顔、だがその禿げ上がった額には、くっきりと血管が浮かんでいる。ミヒャエル・コールは、その静かな迫力に気おされたが、おもむろに口を開いた。

「全く、ひどい話だ。ああ!ホントにひどい話だよ。でもまさか、あの君があそこまでブチ切れるとは思ってなかった。ああいうのは私の役目だったんだがな・・・普段温厚な人間ほど怒らせるとなんとやら、の典型だな。」

「アレは完全に我々への当て付けですからね。しかも、皇帝陛下をお試しになるような不遜なマネを・・・」

 ライオネル城で開かれた行政府と法王府の閣僚級臨時会同、その席上はひたすら法王府による叱責と難癖で埋め尽くされた。曰く「同盟諸国の走狗たるアジョラ・グレバドスを山脈西部までのさばらせたのは行政府の責任だ。」、「特に、総務省の報道規制に対するスタンスは目に余るものだった。」、「僧兵軍が介入していなければ国境地帯は防壁としての意味を喪失していた。これは国防省の怠慢だ。」「本件についてブルオミシェイスを追及し、無関係との言質を得たのも法王府だ。外務省は何のために給料を貰っているのか。」等々・・・陰にアジョラを支援していた行政府の面々は、彼女の拘束によって逆転した形勢故、それら全てを耐えて聞くしかなかった。しかし最後の議題であった「アジョラ・グレバドスの処遇」として、法王府本庁外事部長フォルバンが提示したものは、彼等、特に一番の支援者であった総務大臣エアハルトの堪忍袋の緒を切れさせるに十分なものだった。

「アジョラ・グレバドスへの極刑を行政府所管により、ゴルゴラルダ刑場にて行うこと。法王府はこれを指導するものとする。」

これを聞いたエアハルトは激昂して叫んだ。何故、ミュロンドではなくわざわざライオネル管区のゴルゴラルダでやらねばならないのか。何故、法執行を所管しない行政府がやらなければならないのか、そして、そもそもいかなる根拠を持って、彼女に極刑を科すのか。全てにおいて行政府に対する法王府の当て付けや恣意的な法運用が露骨に表れていたが、恥ずかしげもなくそれを大上段から投げて寄越した傲慢さにエアハルトはブチ切れたのだった。

「彼等にとって、理屈云々はもはやどうでもよいのです。ただでさえ行き詰まった少数民族問題に加えて、彼女の宗教までが帝国内に持ち込まれるリスクを彼女ごと排除するのは決定事項。ライオネルでやれというのは、皇帝陛下を試そうとしているのと、あとは単に我々行政府への嫌がらせです。」

「あいつら、あの子への極刑の根拠、何て言ってた?」

「国家安全法における外患誘致罪です。WC-15Rを含む山脈西側については停戦時に施政権を放棄しただけで領有そのものを否定したわけではないから、帝国の国内法は適用可能。そこに同盟諸国の影響力を持ち込むのは外患誘致が適用される」んですと。そんな法解釈、初めて聞きました。結論ありきですよ。単に適用刑が極刑のみの外患誘致罪に仕立て上げたかっただけでしょう。」

「彼女はベルベニア国民だ。ベルベニアは何も言ってこないのか?」

「当然、外務省にすぐありましたよ。ベルベニア市長からシュミット君に直電で「何かの間違いだから彼女を帰国させて欲しい。」とね。外務省も法王府に伝えました。ですが、彼等が耳など貸すと思いますか?軍隊もない、地政学上の理由だけで独立国家扱いされている街の言う事など・・・」

「皇帝陛下は・・・お受けになるだろうか?ここで首を横に振れば帝国は分裂するかもだが、もう実質、分裂しきっているようなものだ。正直、もう奴等と一緒にやっていく自信も気力もないよ。」

大きなため息をついて刈りこんだ頭をうなだれるコール。エアハルトは暫し考え込んだ後、首をゆっくり横に振った。

「拒否は・・・難しいでしょう。確かに我々、行政府の人間から見れば、もはや法王府の重鎮達は理解不能なエイリアンです。一部の同盟諸国の軍人達やグレバドス女史の方が余程マシなくらいです。ですが、幸か不幸か、我々現場が幾ら罵りあっても、皇帝陛下と法王ご自身は決定的な対立は避けてこられた。対外的に帝国の弱みを見せないために、です。ですから、トップと、下々の国民レベルで言えば、まだ帝国はひとつなのです。ここで国を割っても、悲劇しか起こらないでしょう。それに、リピッシュ元帥からの報告の件もあります。」

「ランベリーか・・・」

「昨年以降、彼らが軍事演習の内容をガラリと変えた。それまで何十年、受動的な防勢訓練を繰り返していたのが突如、大規模な揚陸演習や防空網制圧訓練、空挺降下訓練をやり始めた。いくつかの軍需系列企業の株価も急騰中・・・不穏です。

元帥の見立てでは、同盟諸国は何らかの政争の結果、国境地帯に対するスタンスを180度転換させた可能性がある、グレバドス女史はその余波を受けて「切られた」のではないか、と。何より、彼女が拘束されたというのに、同盟諸国からは何のコンタクトもない。表からも、裏からもです・・・そのような状況下で、皇帝陛下が法王府と袂を分かつようなご決断をされるとは思えない。万が一の時、さすがににライオネルだけで同盟諸国の侵攻を抑えきることは出来ませんから。」

「まるで法王府と同盟諸国が示し合わせて我々を締め上げてるみたいだ。やっぱり噂通り、アイツらグルなのかな?」

そう言ってコールは頭を掻きむしる。エアハルトは怪訝な顔で尋ねた。

「噂、とは?すいませんが、私は存じていなくて・・・」

コールは意外という顔で目を開く。

「そうなのかい?じゃあまあ、話すが・・・先々週の国境地帯への飛空艇侵入事案のことは知ってるよな?」

「ええ、それはさすがに。」

「これは機密事項だが、実は輸送機の方は亡命機でな。国防省(ウチ)も一枚噛んで、アジョラと使徒達、そして同盟諸国内の支援チームがこちらに来る手筈だったんだ。」

「・・・!!」

「現状を見れば分かるとおり、亡命は失敗。輸送機はアジョラをピックアップする前に、狙い済ましたかのように飛んできたランベリー空軍の戦闘機部隊に追撃された。1機戦群のスクランブル機を差し向けて輸送機だけでも保護しようとしたが、あとは報道にあるとおり・・・皆、墜ちて死んじまった。で、ここからが「噂」なんだが、追撃してきた戦闘機の1機にランベリーの侯爵が乗ってたんだと。で、その侯爵様が、航空無線のオープン・チャンネルを占有して、あることないこと、ぶち撒けたもんだから、ザランダ近傍で飛んでた民航機のパイロットや航空管制官に全部丸聞こえだったらしい。その中でランベリー侯爵が「法王府とランベリーが手を組んでアジョラの拘束と、彼女を動かしてた同盟諸国情報軍の粛清をやった」って暴露したんだ。一般には出していないが、1機戦群機の交話記録にもバッチリ残っていてウラは取れている。まあ、確認しようにも侯爵様本人は空のカケラになっちまったからどうしょうもないんだがな・・・」

「そんな話があったんですね。あり得ない話ではないでしょう。そもそも我々が法王府に内密で同盟諸国統合軍とやりとりしていたのです。我々の知らない間に彼等が連絡を取り合っていたとしても・・・」

エアハルトが今度は苦笑する。

「・・・滑稽な話です。国境地帯を開き、冷戦を終わらせるために同盟諸国元首がグレバドス女史を送り込み、皇帝陛下がその手をとったかと思えば、今度はそれを妨害するために、法王府とランベリーが手を組む。数百年続いた帝国と同盟諸国の熱戦とその後100年の冷戦という構図に終わりが見えてきたと思ったら、代わりに奇妙な対立軸が出来上がってしまった。」

コールは頷きながら、ため息をついた。

 

 皇帝居城に向かった閣僚達は、全てを皇帝ルテールに報告する。エアハルトの予想どおり、アジョラの処遇に関する法王府の「提案」をルテールが拒否することは無かった。さらには、「今日、そういう話があるだろう」ということは、既に法王ディ・ヴォウスから聞かされていた、と言う。

ルテールは視線を議場の窓の外に向けながら口を開く。

「同盟諸国元首フレイジャーにこの件を話したんだ・・・電話でだがね。」

議場の閣僚達がざわめく。いつの間に、そのようなチャンネルを構築していたというのか。

ルテールは続ける。

「彼は私に謝罪した。己の不甲斐なさ故に、この様な結末になった、と。そして、彼女を、せめて苦しませずに送ってやって欲しい、と。法王府が、我々でやれというのなら、渡りに舟だろう。」

 列席していたエアハルトが人目も憚らずにすすり泣く。もともと涙脆い性格なのに加えて、総務大臣として国境地帯の報道を監督する中で、他のどの閣僚よりもアジョラの事をよく知る立場となったためだった。ルテールは視線をエアハルトに向ける。

「ゲオルグ、今まで本当に良くやってくれた。そして誠に済まないことだが、彼女を送る役目を、君にやってもらいたい。この中で、一番彼女を知っているのは君だから・・・」

エアハルトは袖で涙を拭くと座ったままルテールに整体した。

「末の娘が、先月、結婚式を挙げたのです・・・20歳です。彼女と、同い年です・・・。娘を嫁に出すつもりで、送らせて頂きます・・・!」

そう答えて頭を下げた。エアハルトの末娘も白金の様な白髪の持ち主で、それがまた彼の心を一層深く抉っていた。結婚式の日、幸せ満開で抱きついてきた娘の笑顔が脳裏に浮かび、どうにもダブる。二人とも、人生を懸命に生きてきただけだというのに、この差は何なのだろう。一人は愛する男の下へと向かい、もう一人は刑場へと向かう。この不条理を許す神とは一体、何なのか?娘とあの子がもし逆だったら、自分は耐えられない。エアハルトの思いを察するかのように、ルテールは静かに語った。

「我々は、原罪をひとつ、背負う事になる。彼女がしてきた事を考えてみたまえ。我々が不毛にした国境地帯を耕し、我々が捨てた民達を救い、数百年来の敵であった帝国と同盟諸国の軍人や為政者達を繋いだ。言うなれば法王府とランベリーの繋がりとて、彼女あってのものだ。では罪は?老人達が汲々と守り続けてきた現状とやらに挑戦したことか?実につまらん。功ありて罪なきこの娘を、我々は生贄宜しく処刑台へと送る。私はね、フレイジャーと話したんだ。せめて毎日、祈ろう、と。キルティアの神々にではない。勿論、ファラ教の神にでもない。ただ、彼女のために祈ろう、と。」

 

 翌日、法王府から、極刑執行の日取りが伝えられる。2月10日、丁(てい)字架による晒し刑の上での極刑たる死刑執行。刑の執行に際しては経典法に定める要領を厳格に遵守することが求められていた。

 

 その日から、エアハルト以下、総務省の官僚達は経典法とにらめっこを始めた。目的は一つ。あらゆる条文の隙間を突いて彼女を「楽に」、「尊厳をもって」送ること。

 

2月6日

 ライオネル近傍の陸軍駐屯地にアジョラが護送されてきた。刑の準備と執行を指導する司祭達が車両の外を見てギョッとする。出迎えたのは行政府各省の大臣達だった。儀仗隊を先頭に、それぞれの大臣旗と、旗を守護する国軍の中隊を従えている。司祭の下車に合わせて一同が捧げ銃の敬礼。司祭達は気おされながらも満足げな笑みを作って答礼する。だが、兵達の誰一人として、その敬意を司祭達に向ける者は居なかった。司祭達が儀仗隊と中隊の列を通り過ぎても、兵達は捧げ銃の姿勢のまま。一寸して、腰縄と手錠を掛けられながら護送車を降りたアジョラが列の前を過ぎて、初めて「立て銃」の号令が掛かった。

総務大臣エアハルトが指導官の司祭の前に立つ。公職上の格でいえば、象とアリ程の差があった。2メートル以上あるエアハルトの長身が、司祭達を見下ろす。

「それでは、これより受刑者を当方にて引き継ぎます。行政府は牢を持たぬ故、国軍の営倉にて彼女を引き受けますが、差し支えないですか?」

凄むように尋ねる。司祭達は精一杯の虚勢を張りながら、問題ない旨を伝えた。

「なお、営倉区画には駐屯地司令が指定する軍人及び軍属意外、立ち入れませんので、悪しからず。」

エアハルトが言い放つ。司祭達は、それでは指導が出来ないとゴネるが、一顧だにしない。

「駐屯地における立ち入り禁止区画の指定及び立ち入りの許可は駐屯地司令の専決事項である旨、法王猊下のご承認も頂いた陸軍訓令に定められている。」として突っぱねた。今回はペンタゴン・ノワール収容者への対応故、特別に警戒していると述べ、司祭達を司令部区画のVIP用宿舎に押し込み

隔離する。

 拘束を解かれ、駐屯地の営倉内に設けられた部屋に案内されたアジョラは目を疑った。徹底して清掃、整頓され空調の効いた部屋には、柔らかな灯りの洒落た照明と観葉植物が持ち込まれ、部屋には穏やかなアロマの香りが立ち込めていた。真ん中には一見しただけで最高級と分かるクイーンサイズのベッドが設えられている。何かの嫌味なのかと訝りながら、ベッドに置かれたメッセージ・カードを手に取る。そこには帝国皇帝ルテールと、同盟諸国元首フレイジャーの連名で一文が添えられていた。

「親愛なるアジョラ・グレバドス女史。貴女の貢献に対し、力及ばすこの様な仕打ちとなったことを神聖ユードラ帝国皇帝並びに同盟諸国元首の名において謝罪する。せめて少しでも安らぎの中で旅立たれんことを。」

彼女が関わってきた二つの大国の最高権力者からの手紙。特別なものには違いないのだろうが、現実感がなく、特に感情が揺さぶられることは無い。彼女自身、フレイジャーにもルテールにも面識すら無かった。

 枕元には稲藁で編まれた、穴の開いた籠、その中を見て、彼女は少し驚き、アドルフと最後に会って以来、初めての笑みを浮かべた。

「あ・・・猫ちゃん!」

籠の穴から、茶トラの猫が出てきてアジョラに擦り寄る。「傷付いた人を癒すならコレが最強!」と、部屋の調度を担当した女性士官が、飼っていた中で一番人懐っこい猫を連れてきたのだった。首輪には名前が刻まれたプレートが揺れている。

「あなたのお名前は・・・ジョーンズ?ヨロシクね。」

ベッドに座ると待っていたかのようにジョーンズが膝に飛び乗る。温かなその背中を撫でていると、少しだけ心がほぐれるのが分かった。

部屋の戸が空き、アジョラよりも一回りは長身の女性士官が入ってくる。ジョーンズがアジョラの膝を離れ、その士官の脛にまとわりついた。

「アナタの猫(コ)?」

問われた女性士官は、はにかみながら聞き返す。

「はい!・・・ご迷惑、でしたか?」

「ううん!全然!すごく、安心した。」

「良かったです!その・・・ここにいる間、一緒に過ごしてあげて下さい。」

そう言うと、女性士官は改めて敬礼をした。

「お世話を担当させて頂きます、帝国陸軍近衛師団、第1施設大隊所属、リプリー中尉です。」

アジョラも立って答礼する。

「この部屋も、貴方が?」

「ええ!まあ、私はデザインと調度の担当で、勿論設営は大隊の皆でやったんですけどね。元は営倉区画だったんですけど、独房10部屋ぶち抜いて出来る限りリゾートホテルっぽくしてみました。」

「スゴイわね。ココだけ軍隊の基地じゃないみたい!壁紙まで貼ってある。」

「コンクリート壁じゃあ、雰囲気出ませんからね。」

落ち着いたアイボリーの壁紙に描かれた花柄をなぞりながらアジョラは尋ねる。

「ねえ、どうして、こんなふうにしてくれるの?」

リプリーは、ハキハキと答える。

「ハイ!まあ、上司からの命令、と言ってしまうとそれまでなのですが、上司からは「今度、ここに来られる方は政争の犠牲者であって悪い方ではない。ついては皇帝陛下からも特別、厚くもてなすよう命ぜられているので、粗相の無いように。」と言われました。」

 

 アジョラは考える。どうやら、嫌味や嘲りではなく、本当に自分を気遣ってくれてのことらしい。そう言えば、ズミェルシュフ村にいた時に会ったユードラのジャーナリスト達が言っていた。今、帝国の為政者達はミュロンドとライオネルの派閥に分かれて激しく争っているのだ、と。ミュロンドでは散々、嘲られた。ベッドもトイレもない独房に押し込められて、司祭達の自分に対する嫌悪をハッキリと感じた。「アタシを消したがってるのはこの人達なんだ。」と直ぐに判った。でも、ここの人達はどうも違う。自分を持ち上げてくれたジャーナリスト達と同じ空気を感じる。護送車を降りてから、敵意の類は感じなかった。この女(ひと)からも・・・。

 

「ねえ、確認なんだけどさ。アタシって、その・・・死刑でいいんだよね?実はこの後、解放されます、とかじゃなくて・・・」

 問われたリプリーは狼狽したが、やがて申し訳なさそうに頭を下げて答えた。

「・・・はい。その、そう聞いています・・・申し訳ありません。」

「貴女が謝ることじゃないわ。」

 アジョラはリプリーに微笑みかける。つまりは、このメッセージ・カードのとおりだということだ。アタシはライオネルの皇帝とミュロンドの法王との権力争いのネタになっていて、ミュロンドが勝った。なぜわざわざライオネルに運ばれたのかは分からないけれど、皇帝は嫌々ながらもアタシを手にかけないといけなくなった。この待遇は言わば、罪滅ぼし、ということか。カードには同盟諸国元首の名前もある。やる気満々でやってたからたまに自分でも勘違いしそうになるが、本当の意味で「オペレーション・ウォール・ブレイカー」を進めていたのはこの人だ。アタシはこの人の「手駒」だった。この人が「やれ」と言わなければ、アタシは大佐とも、オニクス叔父さんやネフスカヤのおばさん、ハリさんやバルビエ博士と会うことも無かった。今でも無力な「生き神様」としてベルベニアで無意味な祝詞を上げていただろう。顔も知らないけれど、アタシの人生にとって大きな人だったんだ。そして、この人もランベリーとの争いに負けた。大佐が殺されて、叔父さん達も皆、居なくなってしまった。叔父さんは、「何があっても生きて帰れ」と何度も言って、アタシに色んな技術を叩き込んだけれど、ここで脱走すれば、ミュロンドやランベリーは残されたマフディ団やシルバニア組(ファミリー)の皆を手に掛けるだろう。それは耐えられない。

 

「あ、あの・・・」

目を伏せて考え込んでいたアジョラをリプリーが遠慮がちに呼ぶ。

「あ、ごめんなさい!」

アジョラはそう言ってリプリーの方を向いた。

「私、あなたのこと、週刊誌で読みました!新聞も!その、私より年下なのに、凄いことをされてるんだなー、って思いました。ホントに!」

そこまで言うとリプリーはうなだれる様に頭を下げる。

「ですから・・・こんなのではなくて、もっと違う形でお会いしたかったです・・・。」

「そうね・・・アタシも、もっと違う形でこの国に来たかったわ。」

アジョラはベッドから立ちあがってリプリーの前に立ち、握手を求める。リプリーは笑顔で握手に応じたが、一寸、眉をひそめる。そして大声で叫んだ。

「風呂です!まずは、お風呂に入りましょう!」

「え、何?ヤダ!アタシ、そんなに臭う!?」

アジョラは目を丸くして頬を赤らめる。もともとインフラも整っていない、衛生環境劣悪な国境地帯で活動していただけあって、並の女性なら一晩で音を上げるペンタゴン・ノワールの独房生活もそこまで苦にはならなかったが、流石に1週間以上、3畳間の独房で身体も洗えずに便壺と同居していれば、どんな状況になるかはお察しだった。

 部屋を出て、隣接するテントに向かう。入り口には「ライオネルの湯」の暖簾が掛けられ、中に入ると野戦用の入浴キットが湯船付きで設営されていた。湯船に張られた湯からは心地の良い温かな湯気が立っている。ホテル風に設えられた部屋とは違い、こちらは無骨な風体だったが、何もないところに風呂を作るなど、これまで思いつきもしなかった。

「わあ、スゴイ・・・」

アジョラは素直に感動する。もしコレを国境地帯でやっていれば、支持獲得のスピードが3割増位にはなったのではないかと今更ながらに考える。

「施設大隊ですから、朝飯前です!あなた専用ですから、どうぞごゆっくり!」

リプリーが胸を張った。

 

 アジョラは入念に髪と身体を洗い、湯船に浸かる。身体と心にしみついた錆が落ちていくのがハッキリとわかった。湯船なんて、どれだけぶりだろう・・・そんなことを考えながら、頭を湯の中に沈める。

 皆、混乱の中で思いもかけずに死んでいったのに、自分だけこんな「死に方用意」で良いのだろうか。と申し訳ない気分になる。使徒の皆だって心配しているだろう。サドル団長が子供達にあげた漫画にあった「盗賊団に捕まった女騎士」とか「魔物に負けたくノ一」みたいな目に遭ってると思われてるかも知れない。まさかこんな所でぬくぬくと湯に浸かっているとは夢にも思わないだろう。だが、自分を切り捨てざるを得なくなった為政者達の、せめてもの心尽くしを素直に受け取らないのもまた、礼に反するとも考えた。彼等は対抗勢力に負けこそしたが、自分を裏切ったわけではない。自分も、隠し騙してナンボのこの業界に身を置く一人だ。身も心もリフレッシュした今、そこまで腹は立たなかった。風呂上がりにはフワフワのバスローブはじめ、身だしなみと体のケアに必要な全てが揃っていた。皇帝の権威の名代たる近衛師団の要人対応要領に準じた接遇だった。

 

2月7日

 翌日、独房生活から一気に気が抜けたためか、遅めの起床となる。胸の上にジョーンズが乗っかって寝るのはやや息苦しかったが、それも悪くない時間だった。身体を整え、用意された服を着る。「定期報告」で軍の静養ホテルにいた時の事を思い出す。あの時はスパとリラクゼーション、トリートメントの贅沢コースとラウンジのケーキセットでリフレッシュしていた。まさかここではそこまでは望めないか、と考えるが、ダメ元で頼んでみる価値はあるかもしれない。リプリーに会ったら尋ねてみようかと考える。

 外から無骨な金属の歩行音が聞こえる。まさかと思って外に出ると、作業用のツナギを着たリプリーが4m程の二足歩行アーマーに乗り込んでコンテナを運んでいた。声をかけるとリプリーの顔が笑顔に変わる。

「何をしているの?」

リプリーに尋ねる。

「野外調理キットを運んでるんです!昨日は疲れてたでしょうから軽食だけご用意しましたけど、今日のランチからは給養員が腕を振るいます。近衛師団付の給養員はレベルが違いますよ!ただ、駐屯地の食堂で食べる訳にはいきませんから、ここで調理キットを使うわけです。」

 本当に至れり尽くせりだと感心する。だが、アジョラの興味はすぐにリプリーが乗り込んだアーマーに移った。スズメバチの様なカラーリングの、搭乗者の身体がほとんど暴露した無骨な風体。

「スゴイわね!あなた、ACに乗れるんだ!」

そう言って褒めるとリプリーは目を丸くした。

「AC?ああ、コレ?イヤイヤイヤ、コレはそんな良いもんじゃ無いです!ACなんて揃ってるのは、まだ、統合軍の機動戦術群くらいじゃないですかね?予算も厳しいですし。コイツは作業用のMT(Man-shaped Telehandler)です。施設科にはコレで十分ですよ。」

アジョラの心に少しばかりの茶目っ気と、物心ついて以来の「少年の心」が戻ってくる。

「ねえ、アタシもちょっと乗ってみて良い?以前、ACの操縦シミュレーターをやったことがあるんだけど、実際に動かしたことはなくて・・・ダメ?」

リプリーは少しばかり戸惑った顔をする。

「ええと・・・一応、戦闘に使えなくもない重機なんで、ちょっと確認させて下さい。」

そう言うと携帯端末を取り出し、司令部らしき所にに問い合わせる。

「・・・ええ、はい・・・あー、なるほど。それなら、ということですね。・・・はい、私が監督します・・・ありがとうございます!」

端末を切り、サムアップ。ただし、イザとなったら教官席で操作をオーバーライド出来る教習機ならば、という条件付きだった。野戦調理キットの移動を終えたリプリーが教習機に乗り換えて戻ってくる。複座式になった分、背が1メートルほど高い。アジョラは前席に座り、ベルトで胴を固定すると四肢コントローラを自らの身体に固縛する。ぱっと見のインターフェイスはネルベスカのシミュレーターとほぼ同じ。流石はユードラ、作業用のMTも戦闘用のACも規格・操法を統一して効率化している。これなら機種転換も容易だと想像できた。

 リプリーが解説する。

「距離のある移動や大まかな作業に便利な「パイロット・モード」と、身体の動きをトレースして制御したい時の「マスタースレーブ・モード」があります。マスタースレーブ・モードにすると、シートが自動で座位から立位に変わりますから、ビックリしないで下さいね・・・あの、ACのシミュレーター経験って、どこでやったんですか?」

「・・・ナイショ。」

アジョラはそう言ってはぐらかすと、操法を記憶の彼方から掘り起こしつつ、パイロット・モードから試していく。やはりシュミレーターと実機では動きやフィールドバックが大分違う。めげずに動かし、リプリーが用意したコンテナを持ち上げて動かしていく。少しずつ慣れてきた。頭の中で考える動きと、実際の挙動がマッチし始める。単純に楽しい。余計な事を考えずに操縦に没頭できるのは、今のアジョラには救いだった。

「スゴイじゃないですか!私、教えることほとんど無いですよ!」

後席のリプリーが手放しで褒める。それならと、モードをマスタースレーブに切り替える。前・後席ともシートが動いて「立ち乗り」の状態になり、ジョイスティックが格納されると同時に四肢コントローラがアクティブになる。さて、どんな動きを試そうか。ダンスは踊れない。思いついたのは、捕まる日まで型稽古だけは繰り返していた護身銃術の動きだった。動いてみると、無骨な外観からは想像できないほどスムーズに付いてくる。とはいえそこは作業用、あまり早く動こうとするとアラート音が鳴るのと同時に四肢コントローラが抵抗を上げて強制的に動きにブレーキが掛かる。

「あ、あまり激しく動かすと、モーターとかアブソーバーがダメになっちゃうんで、気を付けて下さいね!」

リプリーがやや焦るように声をかける。刹那、アジョラの脳裏にハリ・レイレナードの怒り顔が現れる。ネルベスカで調子に乗って彼を「殺害」し、「調子に乗るといつもやらかす!」と何度も頭を叩かれた。確かに今も、調子に乗ってやらかしかねないシーンだ。自戒するようにMTをニュートラルの姿勢に戻す。それと同時に思った。

(いつも、って何よ。アタシ、あの日以外にハリさんの前でやらかしたっけ?)

だが、それを聞く機会ももう無い。自分が死ぬ頃には、きっとハリさんはあの「光の大河」の中か、あるいはとっくにマグロにでも生まれ変わっているかもしれないだろう。

少しばかり沈んだ気持ちを落ち着かせて視線を落とすと、周りにはツナギ姿の兵とエプロン姿の兵達の人だかりが出来ていた。調理キットの設営を終えた施設科員と食事を仕込みに来た給養員達が物珍しさに寄ってきたのだ。

「何ですか?今の動き!」

「あれ、中尉じゃなくて、彼女が動かしてたんですか!?」

施設科の一兵士が出し抜けに「競技会」をやろう、と言い出す。MT操縦者の技能向上と士気高揚を目的として、物資運搬や障害排除を正確度とタイムで採点する競技だ。それをレクリエーション形式にしてアジョラも入れてやろうというのだ。

「まずは昼メシを食ってからだ!」

 給養員が声を張り上げる。野外調理キットを使って調理されたのは「牛肉と根菜のスパイス煮込みのライスがけ」だった。大味そうな調理だが、仕込んでいる最中から食欲をそそる香りが立ち込める。結局、そこに集まった兵達皆が、その場で食べることになった。青空の下、いくつもの車座が出来上がっての賑やかな昼食。アジョラの周りには若い兵隊達が集まる。年寄りのベテラン達が彼女の立場を慮って、あまりグイグイいくな、とたしなめるが、今や帝国内でも知る人の多い「国境地帯のアイドル」への好奇心は止められない。兵の一人が、国境地帯でやっていた説法をここで聞かせてほしいと請う。途中から状況を観察していた大隊付の宗教士官が、さすがにそれはやめてくれと止めに入ったが、説法形式はダメでも、車座の中での雑談形式ならばと妥協する。この東大教区出身の若い宗教士官は、まだミュロンド本庁の「毒気」に染まっていないリベラルな思考の持ち主だった。彼自身、アジョラの思想に興味があった。彼女の罪状にあるように、仮にその「教え」が同盟諸国の思惑によって作られた「紛い物」だったとしても、教化不能と言われた国境地帯をものの数年で席巻したその言葉の数々に何の価値もないとは思えなかったのだ。

 アジョラは、イヤでも国境地帯の人々や使徒の皆を思い出さざるを得ないこの申し出に気の進まないところもあったが、首を縦に振った。目の前にいる同い年くらいの兵達の中には本気で話を聞きたがっている者も少なからずいるのが目つきでわかったからだ。アジョラは話した。ただし、いつも演じていたように神の名を唱えることはせず、正直に、自分が「拾われて」から費やしてきた6年間の事を。「国境地帯の救世主」がどうやって生み出されたか、シュワルナゼが求めた理想と、それを成すために自分がやってきたこと、いつしかそれが自分自身の目標へと変わっていったこと。出会った人々、試練の数々、喜怒哀楽・・・目の前の軍人達が求めているものとは違うかもしれない。だが、そうしたいと思った。死ぬのは仕方がない。道半ばなのもしょうがない。自分は「川を上りきれなかった鮭」なんだ。悔しいけれども、それを飲み込むことは出来る。ただ、自分がやってきたことがこのまま埋もれて忘れ去られてしまうのは悲しかった。せめて、聞いて欲しかった。自分は決して無力なんかではなくて、成し遂げることは出来なくても、出来るだけの全てをやり切ったのだと伝えたかった。兵達は黙って話を聞き、そして問い返した。国境地帯の事を。彼等の中には、親類や遠い血縁が国境地帯で暮らす者が少なからずいたのだ。アジョラは答えた。おそらくは誰よりもあの地を知る者として、彼等が何に悲しみ、何に喜んだかを。

 基地の一画のただならぬ雰囲気に気付いた指導官の司祭達が駆け寄る。何をしているのかと問い質し、車座の中にアジョラの姿を認めると青ざめて兵達を解散させようとした。しかし従うものは居ない。大隊付の宗教士官が司祭達の前に進み出て言う。

「彼女は異教の説法を垂れているのではなく、単に自らの半生を述べているのです。死刑囚の告解を聞くことは信徒として奨励される行為だと経典法にも記述があります。何なら、司祭殿もお聞きになりますか?」

司祭達は声にもならない声を吐き捨てて下がる。宿舎に戻り、ミュロンドはフォッシュのオフィスに電話を掛けると、「我慢ならない現状」を申し立てる。だが、フォッシュの答えは「しっかり殺してくれればどうでもいい。好きにさせておけ。お前等の仕事は、あの女狐の息の根が確実に止まったのを確認する事だ。」というものだった。

 

 

 

 受話器を置いたフォッシュは考える。あの女が活動を始めて僅か4年、山脈の西側に出てきてからなら僅か数か月、その短期間で国境地帯の半分以上を平らげ、行政府のトップ達まで籠絡した。ファラ教の経典法が200年以上掛かっても成し遂げられなかった事を、あの娘はこの短期間でやってしまった。近衛の駐屯地に至ってはたったの2日だ。たったの2日間でそこにいる兵達を取り込んでしまったということだ。恐るべき影響力!拘束できたことは天祐だと言ってもいい。ここで些末な指導などして死刑執行を遅らせている場合ではない。一刻でも早く、この世からご退場願わなければならんのだ、と。

 デスクの電話器がまた鳴る。今度は何だ、と荒い仕草で受話器をとる。先ほどとは違う声。国境地帯とライオネル管区の境界に配置した特別用務員からの報告だった。

「・・・そうか、入ってきたか・・・1人?随分と薄情なんだな・・・追え、捕まえたらその場で処分しろ・・・約束違いじゃないさ。あれは、こちらから国境地帯まで追いかける事はしない。という意味だ。向こうからコチラに入ってくるのなら、適切に対処しないとだからな・・・いや、陽動かもしれんから撤収はまだだ。処刑後、「不浄の海」への遺体搬出が終わるまでは引き続き網を張れ。こういう手合いは、遺体でも厄介な影響力があるからな。奪取などされてはたまらん・・・うん。頼んだぞ。」

 受話器を置く。アジョラをわざわざミュロンドから東のライオネルに移送した幾つかの理由の一つ、それは少人数での奇襲によるアジョラ個人の拘束を最優先にした捕縛作戦時に放置した「使徒」達の始末をつけること。わざと国境地帯から手の届きやすいライオネル方面に身柄を移し、そこで処刑すると大々的に公布すれば、「使徒」達が奪還目当てに潜入してくる可能性がある。そういう「気概」のある奴なら、是非とも「処分」しなければならないし、そうでないなら放置しておいても構わない。国境地帯との境界に網を張り、今、1名の潜入を確認した。巷では「第一使徒」と呼ばれる最側近のバンガ、サドル・バリアス。他は蜘蛛の子を散らすように逃げたまま、ということか。あるいはバリアスは陽動で、別方面からの潜入を計画しているのか。何れにせよ、国境を越えてくるなら、タダで帰すようなマネはしない。フォッシュは昂ぶった気持ちを落ち着かせるように、手元のコーヒーを啜った。

 

 

 

ライオネルの近衛師団駐屯地。

 結局、アジョラと兵達との話は夕刻近くまで続き、「競技会」は翌日に持ち越しとなった。アジョラが立ち上がり、腕まくりをする。

「夕食は、アタシが御馳走するよ!」

兵達は目を丸くする。このネエちゃんは何でも出来るのか、と。

 調理キットと昼食の具材をひと目見た時から、「これなら「芋煮会」が出来る!」と考えてはいた。給養員に尋ねて具材を取り寄せる。昼食に使った根菜に加えてゴボウとサツマイモ、チョコボに味噌まで手に入った。いつもやっていたように、村人の代わりに兵達を仕切り、具材をどんどんキットの鍋に放り込む。国境地帯で覚えたという歌をうまいのか下手なのかよく分からない旋律で、ただ楽しそうに歌いながら鍋をかき混ぜる。優秀なるユードラ製野戦調理キットは200人前のチョコ汁と銀シャリをものの1時間で完成させた。同じ釜の飯を食う。種族も信仰も立場も超える最も単純で確実な手段。兵達は身を持って知る。「この人はこうやって仲間を増やしてきたのか。」と。彼女はここに来て一つの奇跡も見せてはいない。神のかの字も口に出していない。それでもここまでやってしまうのだ、と。そして同時に戦慄した。この人はあと3日で絶対に死ぬのだ。この人はそれを分かっている。それでいてこんなに陽気に笑うことが出来るのか、と。兵達はそこに武人の姿をも重ね合わせた。

 片付けまでやろうとしたアジョラを給養員達が押し留める。これ以上やられてはコチラのプライドにかかわる、と言って。

 アジョラは女性兵士達と「ライオネルの湯」に入り、彼女達の雑談に笑う。下の毛を剃っている事にギョッとした兵士に何故かと問われたが、不衛生な場所が多い国境地帯でのシラミ対策だと答えると納得された。

 風呂から上がり、女同士で髪を乾かし、梳かし合う。ほんの少し前まで、セレーナやフレアとやっていたのが懐かしく感じられる。

 リプリーに今日一日のお礼を言い、ジョーンズと遊んで、寝床に入る。一日身体を動かしたのと、ジョーンズのお陰で、眠りに落ちることが出来た。

 

2月8日

 施設科の兵達が「競技会」の準備を整える。MTによるコンテナ移動、隘路通行、障害除去に簡易掩体構築を含めた1kmのコース。結論から言えば、競技は大いに盛り上がった。競技の最中にもアジョラの操縦技量が目に見えて上がっていくのが観衆達の盛況を買った。もしユードラに生まれていれば大層なACドライバーになったろうにと惜しまれる。

「来世で役に立てるわよ。」

と、アジョラは軽口で流した。

 駐屯地に丁字架が届けられる。経典法の定めに従い、分厚い樫の一枚板で作られた90kg近い代物。受刑者はコレを処刑台までの数百m背負っていかなければならない。大の男でも膝を折る苦行。施設大隊は総務官僚の指示を得て直ちに対策を取る。大型旋盤に丁字架を据え付けると、強度を保てるギリギリの薄さにまで中抜きした。経典法に定められたのは部材の材質のみで、中抜きしてはならないとは書かれていなかった。重量は一気に半分近くになった。

 芋煮会の礼にと、給養員がフルコースのディナーをデザート付きで供する。陸軍では、賓客対応の多い近衛師団の給養員だけの特技だった。アジョラは特に気に入った野菜?のソテーの正体がモルボルだと聞いて戦慄する。そのままではとても食えないが、いくつもの行程を加えて毒抜き、アク抜き、熟成させることで美味になるのだという。アレを何とかして食ってやろうと考えた人間の情熱と執念を想像してしまう。

 前日ほどではないが、仕事明けの兵達が顔を出しに来る。他の兵科にも話が伝わったらしく、歩兵科や砲兵科の兵達も混ざっていた。いちいち演説をぶつようなことはしなかったが、聞かれた分、答えてやる。中にはアジョラ自身の事というよりも、ベルベニアや同盟諸国の事情を興味津々で聞いてくる者もいた。対外戦争に備える国軍兵士達だが、そもそも外国がどういうものなのか知らない者が大多数なのだ。こっそり酒を差し入れに来た兵がいた。リプリーと小さな晩酌をする。アジョラの脳裏に、またハリの怒り顔が浮かんだ。

(分かってるわよ!飲み過ぎたりしませんって!)

頭の中でハリにそう突っ込み、幻影を払う。

 

2月9日

 アジョラは、リプリーから、いつもより早めに入浴を済ませるよう言われる。その時は理由が分からなかったが、野戦風呂から出てくると、数人の女性が待ち構えていた。リプリーが事情を説明する。

「総務大臣からの直々のご指示で、「送る際には、いっとう綺麗にしてやるように」とのことで・・・あの、ご存じないでしょうけど、この人達、凄いんです。まず予約なんか取れない人達です!」

喚ばれたのはヘア・アーティストやハンドケア、フェイシャルエステの達人達だった。

 ヘア・アーティストが傷んだ毛先を整えるようにハサミを入れ、野戦風呂のコンディショナーでは何とか櫛が滑る程度だった髪を魔法のように梳かしていく。さながら古物商で掘り出した銀食器を錆落としに掛けたかのように、髪が輝きを取り戻していった。手・顔の肌も見違えるように艶を取り戻し、爪も新車のボンネットのように磨き上げられる。

鏡を見せられて、アジョラはコレが自分の髪かと一瞬、疑った。ゼルテニアの軍用ホテルのトリートメントで十分凄いと思っていたのが霞むほどの技量なのがすぐに分かる。

「明日、出る前にもう一度手入れします。メイクもしますから、もっと見違えますよ。」

アーティストの一人がそう言うと目尻をハンカチで拭う。彼女達はアジョラの明日の運命の事を聞かされていた。

 

 夜、いつもと同じように部屋でジョーンズと遊んでいた所に、ただでさえ丸い目をさらに丸くしたリプリーが慌てて入ってきた。ドアの内側で不動の姿勢をとり、大声ではないものの威勢よく号令を掛ける。

「こっ・・・ここ、皇帝陛下!入られます!」

質素なローブを被った男が一人、部屋に入りフードを取る。オールバックにした白銀の髪と口髭がダンディな初老のヒュム。ベッドに腰掛けるアジョラの前に立つと、頭を下げた。

「神聖ユードラ帝国皇帝、ルドルフ・ルテールです。」

「はい?」

一瞬、頭の回路が繋がらずにアジョラは間の抜けた返答をする。目の前の紳士は微笑むと、貴婦人に対してするように、もう一度ゆっくりと会釈した。

その横ではリプリーが不動の姿勢のまま、石像のように固まっている。

「夜分突然の訪問、御容赦願いたい。どうしても、貴女に一度、お会いしたかったのです。」

「皇帝・・・あ、あのカードの・・・」

相変わらずの呆けた回答。

そこまで返した所で、アジョラはリプリーがチラチラと目線を送ってくるのに気付いた。少なくとも、座ったまま応対して良いような人物ではないのだと、必死で訴えているのを察する。慌てて立ち上がると、リプリーのマネをして直立不動の姿勢をとった。やっと、目の前にいるのがユードラ帝国の最高権威なのだと理解するが、こういう人間に対する礼式の類を彼女は身に付けてはいなかった。

「読んでいただけましたか。そのご様子では、特に感じられるところは無かったようですね・・・無理もありません。」

そう言ってルテールは頭を下げる。

「あ、いえ、そんなことないです!国家元首からのお手紙ですもの!スゴイものなんだって、理解してますよ?」

アジョラは慌てて取り繕う。

「だが、気持ちは伝わっていない。まあ、そうでしょう。顔も見たことのない男がカード一枚寄越して伝わるようであれば、色恋に苦労する者などこの世には居ないでしょうから。」

上流階級のユーモアというやつだろうか。それならば自分もユーモアとやらで返すべきなのだろうか?アジョラは頭をひねって答えを返す。

「へえ、それで、直々にアタシに愛の告白をしにいらっしゃった?」

 ルテールは少し驚いたような顔をした後、クスクスと笑い出す。その向こうではリプリーが白目を剥いて失神しそうな顔をしている。これでは回答が適切なのか不適切なのかよく分からない。

「ええ、そう受け取って頂いて差し支えありません。貴女はとても、魅力的な人ですから。」

落ち着いた笑顔で返すルテール。アジョラは出し抜けに笑い出す。

「アハハハッ・・・!・・・ごめんなさい、フフッ・・・いや、初めてなもんで・・・」

「初めて?」

「男の人から、そういう風に言われるのがね。それがよりによってユードラの皇帝陛下だなんて!・・・じゃあ、もしアタシがユードラの貴族の家に生まれていたら、皇女様になれていたかしら?あるいは側室とか・・・」

ルテールは笑顔のまま、首を横に振る。

「失礼だが、この国は貴女にはお似合いにならない。あの地にこそ必要で、あの地でこそ輝けるお人ですから。」

「そう、田舎のお姫様、というワケね。でも、アタシをその田舎に帰してはくれないのでしょう?」

ルテールの顔から笑顔が消え、今度は深々と頭を下げる。

「申し訳ありません・・・私の、力不足のせいです。」

頭を上げ、続ける。

「私は今、試されています。私が貴女を返せば、遠からず私は失脚し、国は割れるでしょう。最悪のシナリオでは内戦が始まります。その先は・・・考えたくもありません。既に大きな亀裂の入った帝国ですが、国民のためにも、私がその亀裂を広げる訳にはいかない。誤解を恐れずに言えば、貴女は生贄です。ライオネルがこの先もミュロンドと共にある事を証明するためのね・・・貴女は、巻き込まれたのです。私が貴女を見初めてしまったばかりに・・・本来ならば、もっと機が熟すのを・・・あなたが国境地帯での影響力を確立するのを待たなければならなかった。だが、その前に計画が露見し、先手を打たれてしまった。私には、選択肢がないのです。皇帝が、聞いて呆れますね。」

ルテールと対照的にアジョラの顔にはまだ笑みが浮かんでいる。少し困ったような笑み・・・。

「政治家さんね。分かるけれど、なりたくは無いわ。」

そして続ける。

「あなたがアタシを見初めちゃったことは気にしないで!それがアタシの仕事だったんだから。あなたの目に留まる位には、いい仕事が出来てたってこと。名誉だわ・・・結末は、アレだけど。」

少し間をおいて、ルテールが口を開いた。

「私は今、同盟諸国元首フレイジャーと話ができるようになりました。それも、罵り合いや責任の押し付け合いではなく、笑いながら、将来の事を話せるようになったのです。500年近く無かったことです・・・貴女のお陰だ。貴女があの地で成し遂げてくれたことがきっかけとなったのです。」

「その作戦を考えたのは、アタシじゃないわ。」

「存じています。だが、貴女でなければ出来なかった。」

アジョラが少し黙った後、ルテールに問うた。

「アタシは・・・無力じゃなかった?」

「とんでもない!」

ルテールは即座に否定する。

「貴女が無力?悪い冗談だ。フレイジャーと私が期待し、法王府とランベリーが恐れたのは、まさに貴女のその「力」なんですよ。」

ルテールの答えに満足したのか、アジョラは微笑みながら伸びをする。

「そう・・・じゃあ、良かった。アタシね、「無力」なのはイヤなの。子供の頃、嫌というほど苛まれて、それからかな。だから、あなたがそうやってアタシのやってきたことを褒めてくれて、素直に嬉しいわ。」

ルテールの顔に少しばかりの微笑みが戻る。

「今度は、私から聞いても良いでしょうか?」

「どうぞ?」

「単刀直入にお伺いします。貴女が目指す「世界」を教えていただきたい。」

質問と同時に、ルテールの目が一回り大きく開く。

「いや、だからそれを考えたのはアタシじゃあなくて・・・」

アジョラは困惑したように答えるが、ルテールは首を横に振った。

「そうではないのです。いや、確かに始めはそうだったのかも知れません。ですが、貴女自身のお考えがあるのではないですか?貴女は、同盟諸国からのサポートが無くなった後も、お一人で活動を続けてこられた。単に「国境地帯を開く」という目的の他に、貴女の思いがあれば、それを聞かせてほしいのです。貴女自身の言葉で。」

それを聞くことこそが、ルテールが夜中、隠密でアジョラに会いに来た理由だった。

アジョラは少しの間、目を閉じて腕を組んで考える。やがて目を開くと、ボソリとつぶやいた。

「神様に祈らない世界・・・神様も、天国もない世界。アタシが作りたかったもの・・・」

「神のいない世界?」

アジョラが頷く。

「アタシは、ずっと周りから「神の声が聞こえる人」を期待されて演じてきた。子供の頃は半ば無理やり。作戦が始まってからは、自分から進んで。本当に声が聞こえたら、どんなにか楽だろうと何度も思ったわ・・・でも、聞こえなかった。断言しても良い。今、この世界に、神の声を聞いた人なんていない。もし居たら、アタシはグレるわよ?あんなに、あんなに呼んだのに、あんなに「助けて」って叫び続けた、いたいけな少女をシカトする神様なんて!」

「・・・・」

「それでも、皆、神様を求め続ける。呼んでも応えてなんかくれないのに、「必要な啓示は伝承に残した」とか「みだりに神を呼ぶな」とか言い訳ばっかり遺して!国境地帯の中でも貧しい人達は、ひどい暮らしをしながら神様に祈ってるの。百年近く前、最初の頃は、「幸せに生きられるよう、お救いください。」「日々の苦しみからお救い下さい。」って祈ってたらしいわ。でも、答えが来ることはない。いくらすがっても応えてくれないから、あの人達は祈りを変えた。なんて変えたか分かる?」

ルテールは首を横に振る。

「「天国に連れて行ってください。」って祈るようになったの。この世は苦しいだけ。生きてる間の事をお願いしても、聞いてもらえることはない。だから、「たとえ応えてくれなくても祈り続けて、我慢していれば、死んだ後で天国に行って楽になれる。」っていう事にしたの。天国に行って帰ってきた人なんて誰もいないのに、天国がどんなに素晴らしいかって話だけは掃いて捨てるほど遺ってる。でも、あの人達が手を伸ばすべきは、上じゃなかった!横なのよ。あるかどうかも分かんない天国なんかよりずっと近くで、同じように足掻いてる人達がいる。互いに手を伸ばして携えれば、出来ることがずっと増える。呼びかけるべきは、聞く耳のない神様なんかじゃない。この地上で同じように暮らす人達なんだ・・・アタシは、国境地帯を行ったり来たりしながら、そんな人達を繋いできた。この計画を考えた人、シュワルナゼ大佐は教えてくれたわ。「繋がる」ことが出来れば、この地帯は豊かになる。人々は自分の力で自分を救えるって。ただ、小娘が1人行ったところで、話なんて聞いてもらえないから、奇跡を演出して「神の御子」なんていう箔をつけられただけ。

 大佐が理屈で考えた解決策と、アタシが実際にやって、心で感じたことは同じだった。実際、神様の声なんて聞こえなくたって、アタシ達はここまで来れた。ほとんど借り物のアタシの「力」、神様に授かったものなんて一つもない。全部、人から授かったもの。それでも何人もの人達を救えたんだ。だから、大佐が殺された後も、本国の支援が無くなった後も、アタシはやり方を変えなかった。皆が生きたいと望む「神の国」は手の届かない天国なんかには無い。あるとすれば皆の頭の中で、それを見たければ、この地上で実現するしかないのよ!アタシみたいな、悪運だけのただの女でもここまでやれるんだから!皆で力を合わせればもっともっとやれるハズなんだから!」

そう叫ぶ目には、明日死ぬ人間とは思えない程の炎が灯っていた。少なくともルテールにはそう見えた。

「貴女が説く「神の国の到来」・・・神の国に「行く」のではなく、神の国を「ここで成す」・・・そういう意味だったのですね。」

そう言ってルテールは頷く。

「やはり、今日、貴女と話せて良かった・・・私とフレイジャーがこの先やるべき事が分かった気がします。貴女は村人達への説法でこう言われる。「天の父が命じ、私が伝え、あなた達が成すのだ」と。だが、天の父なんてものはいない。つまりは「貴女が感じて、伝えたものを、私達が成す。」ということです。私は今、貴女に伝えられました。次は、私が成す番です。」

アジョラは深呼吸をすると、肩に入りきった力を抜く。そしてルテールに尋ねた。

「それは、アタシのやってきたことを、あなたが受け継ぐってこと?」

「その価値があるお考えだと、確信しました。」

「今は無理でも?」

「・・・手厳しいですね。ですが、私が皇帝、いや、いち政治家である限りは、諦めません。」

「そう・・・さっきは、政治家になりたくない、なんて言ってごめんなさいね。」

そう言ってアジョラは、はにかむ。

「いえ、間違いありません。因果な商売ですから・・・」

ルテールも笑いながら小さく首を横に振る。

アジョラは踵を返すと、後ろの冷蔵庫に向かう。

(ああ!皇帝陛下にお尻を向けないで・・・!)

リプリーの声にならない声が虚空に響く。

「ねえ、皇帝さん。折角だし、飲んでいかない?」

アジョラは部屋に設えられた冷蔵庫から一升瓶を取り出した。昨日、兵から差し入れられた焼酎がまだ半分近く残っていた。

「女二人じゃ、今日一日で飲みきれないわ。「最期の晩酌」・・・どう?」

ルテールはローブを脱ぐと椅子に腰掛けた。

「レディーのお誘いを断るほど、無粋な男ではありませんよ。」

リプリーが慌ててルテールに持たせるグラスを探す。未使用のものは、差し入れの焼酎にオマケで付いていたグラスしか無かった。

「申し訳ありません・・・!申し訳ありません・・・!」

小声で囁きながらうやうやしく、安物「ですらない」焼酎メーカーのロゴ付きのグラスを皇帝ルテールに渡す。

アジョラがそのグラスに湯と焼酎を割り入れた。

その慣れた手つきにルテールが意外という顔をする。

「国境地帯の人達って、結構呑兵衛が多いの。お付き合いもあるから、ね。」

アジョラはそう言うとルテールからの返杯を受けた。リプリーのグラスにもルテールから焼酎のお湯割りが注がれる。

つい先程までのシリアスな空気と共に、グラスの中身を飲み下す。悪酔いしないよう、2杯目はチビチビと。

ルテールが問う。

「貴女は、「神の御子」ではない。神には祈らないと言うから、宗教家でもない。そして、政治家にはなりたくないという。一体、貴女は、何者なのでしょうか。」と。

アジョラは少し考えた後、自嘲するような笑みを浮かべて答えた。

「・・・ただの、寂しがり屋よ。ひとりぼっちがイヤなの。それで、最期の日までこんなことしてる。」

そう言ってリプリーを見た。

「だから、ここに来てから、彼女達のお陰で、とても充実してるわ。皇帝さん、しっかり評価してあげてね!」

ルテールは「無論」と答えてリプリーを見る。緊張しきっているためか、手に抱えたグラスの焼酎も全く減っていない。ルテールは

「この部屋は君達が?素晴らしいな!・・・有り難う。」

と褒めてグラスを掲げる。

リプリーの瞳に初めて光が入る。

「こ、光栄です!ありがとうございます!」

 皇帝から直々に賛辞を得ることなど、帝国軍人にとってもそうそうあることではない。リプリーの胸中は感激と誇らしさで満たされた。

結局、三杯のお湯割りを空けて、ルテールは帰路へとついた。飲んでいたグラスを「貴女と過ごした時間の記念に」と手に持ち、去り際に特別肩肘張った言葉を掛けるでもなく、まるで直ぐに再会できるかのように「では」と手をあげて去っていった。

ルテールの姿が見えなくなるのと同時に、緊張から解放されたリプリーが息を吐きながら椅子に崩れ落ちる。アジョラはリプリーの両肩を揉みながら、

「ごめんなさいね。アタシ、ああいう場合の礼法とかはよく分からなくて・・・」

と謝った。

「・・・いえ、いいんです・・・結果オーライ、ですよ。」

リプリーの口元に笑みが戻った。

 

 これが後世、グレバドス教の宗教画家達が好んで用いる事になる題材「ユードラ皇帝の改悛と聖杯下賜」の実際のシーンだった。これより数百年の後に聖人認定されることになるリプリー中尉が当時苦労話の一つとして吹聴したこのエピソードはやがて改変に次ぐ改変を経て、後の世では「アジョラの死と同時にミュロンドが沈み、恐れおののいたユードラ皇帝が改悛の祈りを捧げると、天使達を従えたアジョラが後光と共に天から降臨し、皇帝に聖杯と赦しの聖酒を下賜する。」という逸話になって、幾つもの名画が生まれることになった。ルテールが持ち帰った「オマケのグラス」は、後に「聖杯」として聖遺物認定されるが、余りにもみすぼらしい風体のために、やがてグレバドス教会の変質を象徴するかのように、宝石が散りばめられた純金製の盃に取って代わられた。

 

 

 

2月10日

0600時

 前日の晩酌のせいか、今日の運命を意識してか、少し眠りが浅い。午前6時に鳴る軍の起床ラッパとともに起きる義務は無いけれど、その時間で起床する。空調は有り難いけど、暖房が効きすぎて喉が渇く。晩酌のお湯割りに使った残りの白湯をグラスに入れて飲む。東の空がほのかに明るい。空調の音以外何も聞こえない部屋に1人。孤独と静寂はイヤだ。子供の頃、人目を引かないために自宅兼教会の子供部屋に押し込められていた頃を思い出す。兄さんがいた頃はまだ良かった。イタズラ半分のちょっかいでムカつくこともあったけれど、孤独を感じることは無かった。兄さんといる間だけは「普通の子供」でいられた。昼、学校から帰ってきてから寝るまで、アタシのために教師達に半殺しにされた後、病院から帰ってきてからはずっと、一緒に居てくれた。正直、このままずっと包帯まみれで寝ててくれれば良いのに、と思ったのを覚えてる。でも、兄さんはオニクス叔父さんに連れられて、いなくなってしまった。それからは、本当に一人。父さんが勉強や祝詞の要領を教えたり、少しばかり気を遣って時間を割いてくれる以外は、基本、ひとりぼっちだった。時間が過ぎるのが異様に遅くて、外から聞こえる、同じくらいの子供達が遊ぶ声が余計に悲しい気分にさせてくれた。

 

 兄さんは今、何をしているだろう。家族思いのオニクス叔父さんのことだ。アタシのコトなんか一切、気にしなくていいように、手を尽くしてくれたんだろう。あの日から連絡の「れ」の字もなかったけれど、こんな事になっちゃった今となっては、それで良かったと本当に思う。アタシがハタチだから、もう25か26歳だ。結婚はしたって叔父さんから聞いたから、もう子供の一人くらいはいるのかな?いたら会ってみたいな。髪は何色だろう。父さん・アタシみたいな白かな?母さん・兄さんみたいな金色かな?どっちにしても可愛いんだろうな。

 

「兄さん・・・アタシ、もうすぐ死んじゃうよ。」

 

聞こえるはずもないけれど、伝えるように声に出してみる。とうに覚悟はしてるはずなのに、声に出すとやっぱり悲しくて涙が出てくる。いけない。アタシが泣いたり苦しんだりしなくて済むよう、この基地の人達はこれだけのことをしてくれたんだ。凍りつきそうな水で顔を洗って歯を磨く。寝間着を脱いで、下着のまま、護身銃術の型稽古をする。

 

0700時

 リプリー中尉がメイクアップ・アーティストたちを連れてやってくる。

「昨日、寝不足しましたね?化粧の乗りに響きますよ?」

アーティストはそう言いながらアタシの肌を整えると、化粧を乗せていく。こんなに丁寧にメイクをされたことなんて生まれてこの方なかった。髪ももう一度整えて貰う。全てを終えて、鏡を見る。

(なんだ、アタシって、実は本気出せば結構イケるんじゃない?)

そんな気分になるほど、見違えた。世界最高の技術力を持つ帝国は、どうやら美容技術も最高峰らしい。

「何だか、自分の顔じゃないみたい・・・」

アーティストに正直な感想を伝えるが、間違いなく貴女の顔だとたしなめられた。

 

0830時

 メイクアップ・アーティストと入れ替わるように、スーツ姿の女性が長さ2メートル程のコンテナを押しながら、部屋に入ってきた。

聞けば総務省の若手官僚で、今日の手順を教えてくれるという。

アタシは外国人だから、「丁字架での晒し刑の上での死刑」と言われても何をされるのかさっぱり分からない。ベルベニアでの死刑は手っ取り早い縛り首一択だった。「生き神様」として、縛られる直前の死刑囚の告解を聞いたことがある。あの時は、まさかアタシが死刑にされる側になるなんて夢にも思わなかった。

 少し年上くらいに見える彼女が、アタシを怖がらせないように言葉を選びながら、説明してくれる。

「昔はホントに酷い刑だったんです。手足を釘で打ち込まれて、介錯もしてもらえずに死ぬ迄、放置されるんです。でも、時代も変わって外国からの指摘も増えたので、今では随分とマイルドになりました・・・スイマセン、マイルドとか言ってしまって・・・」

頭を下げられる。「イイのよ。気にしないで」と答える。他に掛けられる言葉なんて無いじゃない。

 彼女の説明によれば、今では釘打ちでの磔も無くなって、足には踏み台、手首は手錠で吊られるだけになったのだという。ただ、それだといつまでたっても死ねないので、当日の日没前まで晒した後は、予め仕込まれた薬物の時限注射で苦しむ事なくあの世行きになる手順とのこと。痛くないのは実に結構だ。

「それで、付随してる「晒し系」の方なんですが、実は、服装が経典法で決められてまして・・・」

総務省の子が、磔刑の説明よりも申し訳なさそうな顔でもったいぶったように説明する。彼女から差し出されたケースを空けてその理由が判ると同時に戦慄した。

「え?・・・うそ・・・なんで・・・この服・・・って・・・」

思わず声が出る。忘れもしない、あの「屈辱の」写真週刊誌でアタシの横でグラビア・アイドルが着てた真紅の「アレ」だ。何?コレを着て磔になるの?意味分かんない。何かのプレイ?

リプリーと総務省の子が気まずそうな顔をする。

「ええと、言いたいことは分かります。なので、説明しますね。」

総務省の子が解説してくれたことをまとめるとこうだ。

・「晒し刑」の目的は、受刑者に恥をかかせるのと、その様を見た人々への犯罪抑止効果にある。

・なので、有史以来、様々な辱めの策が練られてきた。罪状を事細かに書き連ねて立て看板にしたり、珍妙な仮面を被せたり・・・でも、一番シンプルで効果があるのは、「全裸で晒す」事だった。

・ただ、特に女性の場合、全裸は、風紀や青少年への影響から問題ありとされた。

・折衷案として法王府が採用したのは、女性受刑者には「風紀が保たれるギリギリのラインで恥ずかしい服」を着用させる、というものだった。その名もストレートに「恥辱服」。

・しかもコレを着て晒された受刑者に対しては、普段公共の場では使うことを禁じられるような、あらゆる侮蔑語、セクハラ・ワードを投げかける事が許されている。恥辱服目当てで見物にくる助平・変態も数知れず・・・だが、そもそもそれが刑の目的なので、止めるものも誰もいない。

・ついでに言えば、そういうコンセプトのデザインなので、セクシー系の写真集や風俗店のコスチュームに採用されることも多いという。それで、週刊誌のグラビアに載ってたのか・・・。

 

聞けば聞くほど陰鬱になる。しかもご丁寧に「呪詛」仕様になっていて、一度着ると当局が呪いを解除するまで脱げないとのこと。破いたりしても自己再生するという。変なところに最新技術を使うんじゃないよ・・・

 

「ですが!」

説明を終えた総務省の子が出し抜けに大声を出す。

「我々は大臣から「尊厳を失わせるな」と厳命されております。ですので・・・」

そう言うと、押してきたコンテナを開いた。中には20着程の純白のドレス。

「恥辱服の上から、着て頂きます。デザインは、好きなのを選んでくださいね!」

 彼女によれば、経典法の条文には「恥辱服を着せよ」と記載されているのみで、上から別の服を着せてはならない、といった文言はない。だから、ドレスを着せたって法王府が言うところの違反にはならない、という。言いがかりのような理屈だけれど、万事細かく定めた(つもりの)経典法の裏をかくやり方で、帝国の、特に東部の旧キルティア教圏内では浸透した考え方なのだという。率直に、ありがたい。折角のヘア・トリートメントとメイクで上がった気分が台無しになるところだった。

 それでも、恥辱服自体は着なければならない。意を決して袖を通す。ピチピチ過ぎて1人では着れない。リプリーが手伝ってくれる。度を越したハイレグが尻の谷間に思い切り食い込んで気持ち悪い。予想どおり尻は丸出しだ。加えて悪質なのが胸元で胴を一周するこのベルト。バストを強調する以外の用途が思いつかない。「見せられないなら寄せて上げろ」ってこと?イカれてるわ!首の後ろのベルトを締めた所でゾワッとした寒気が背筋を走る。つまんでみると完全に肌に張り付いて離れない。「呪詛」仕様って、こういうことなのね。断言しても良い。この服を考え出した奴は、相当なド変態だ。

何故か目の前のリプリーが赤面している。

「どうしたの?何かおかしい?」

「あ、いや、私、実際に見るのは初めてなんですけど、スゴいなー・・・って。」

・・・折角なので、姿見で全身を見てみる・・・ヤバい。変な感情が湧いてくる。正直に言おう。「アタシって、実は、スゴくない!?」そう思ってしまった自分が確かに居る。思わずセクシーなポーズの一つでもとってみたくなる。が、ガマンする。

何かを察したのか、総務省の子が口を開いた。

「あの・・・たま~に、「目覚めちゃう」女(ひと)もいるらしいんです。気を付けて下さい・・・」

うん、大丈夫!少なくともコレで衆人環境は絶対にゴメンだ!

「ドレス!選ぶわよ!」

深呼吸して無理やり姿見から目線を外す。肌に張り付いた恥辱服とは対照的に、20着のドレスはどれも清楚で上品だった。「死装束」というわけだ。白無垢の、手まで隠れる一番シンプルな絹のドレスを選ぶ。またリプリーに着るのを手伝ってもらう。改めて姿見を見て、やっとさっきまでのザワついた気持ちが落ち着いた。深呼吸をすると、澄んだ気持ちになる。

「これで、身だしなみは完了です・・・とても綺麗ですよ。」

総務省の子が今度は安心した様子で褒めてくれる。

結局、誰かに見た目を褒めて貰えたのは死ぬ前日と当日だけ、か・・・

リプリーと総務省の子、メイクアップ・アーティストの子達に整体して、頭を下げる。

「ありがとう。あなた達のおかげで、この数日間、全然、怖くなかったです。楽しかったくらい。」

結局、最後の最期まで、たくさんの人に支えられっぱなしだった。つくづくアタシは、一人じゃあ何も出来ない女。本国に切り捨てられてから、まさか国境地帯の向こう側で、こんな素敵な人達に出会えるなんて、思ってもいなかった。もし、作戦が順調に進んでいたら、この人達とも一緒にやれたのかも知れない。そう思うと、やっぱり口惜しさが出てくる。

泣き出したリプリーを優しくハグする。アタシより一回り大きいから、こっちが甘えてるみたいだ。

「行きましょう。」

そう言って彼女達と部屋を出る。

 

1000時

 基地の目抜き通りに、駐屯地の皆が整列している。施設大隊だけじゃない。おそらく、一万人近くいる近衛師団の半分以上が出てきてくれていた。こんなに沢山の人の前に出るのは、2年間の訓練の後、ベルベニアに戻ってきて以来だ。トラックの前で法衣を着た法王府の司祭達が兵達と言い争っている。トラックには中抜きして軽くされた丁字架。司祭達は難癖を付けていたが、施設大隊の兵達が大隊付の宗教士官と結託して突っぱねてくれていた。

 アタシに気付いた司祭が鬼のような形相で近づいてくる。

「貴様ァ・・・!」

何が言いたいかは聞かなくても分かる。両手でドレスの裾を掴んで、思い切り広げてやる。さあ、見るがいい!

こんなモノを着せて喜ぶか、変態共が!

一寸、周囲を静寂が包む。ドレスの裾を戻すと、兵隊達までもが目を丸くして硬直していた。司祭を睨みつけて言ってやる。

「文句ある!?」

中抜きの丁字架同様、経典法条文の隙を突かれた司祭達は何も言うことが出来ない。ザマ見ろ。

総務省の子が前に進み出る。

「経典法第3条に定める、刑罰の実施要領第12条第3項並びに第10項に基づく執行準備を「規則どおり」実施しました。ご確認お願いします。」

淡々と申告する。ある意味、嫌み満開だ。

「何が確認か!メチャクチャしおって・・・!」

司祭が喉から絞り出すような声を出すが、それ以上は何も言わず、一寸して顎を横にしゃくる。

「行きましょう。」

総務省の子に続いて、目抜き通りに沿って整列する兵達の前を通る。

「あ、あの・・・」

横を歩くリプリーが呼びかける。

「なあに?」

「刑場に着いたら、大分、雰囲気が変わると思います。その・・・罵声とか、物を投げてくる人なんかも・・・」

「でしょうね。」

「そんな時は、私達のこと、思い出して下さい。見送ることしかできませんけど・・・私達は、あなたの味方ですから。」

「・・・ありがとう。」

 きっかけは皇帝の思惑で、初日にリプリーが言ったように、ここの将兵はその指示に従っているだけなのかも知らない。それでも、「神の御子」じゃない、素のアタシを受け入れて、助けてくれた。今もこうやって励ましてくれている。それだけで、この世界も捨てたものじゃあないと思わせてくれる。今日、死ぬのは、アタシが間違ってたからじゃない。ただ、運がなかっただけ。そう思えば、諦めもつく。国境地帯の人達は・・・大丈夫だろう。村を豊かにするための方法や考え方は伝わってる。そこにはアタシは必要ない。そういう風に、大佐が考えた。アタシが事故や寿命で死んでも、そこで途絶えてしまわない様に・・・最初からそういう計画、「その時」が早いか遅いかだけの違い。

見送りの列の前を歩き切り、護送車に乗る直前で振り返る。息を思い切り吸って、思い切り叫ぶ。

「ありがとーー!!!」

 結局、それくらいしか言葉が思いつかない。ミュロンドの収容所であのまま殺されるのとでは天と地程の差だ。

護送車に乗る。扉が閉められ、車が発進する。

殆ど光が差さない中で、独りになった途端、膝が震え出した。頭では覚悟出来てても、身体は無条件に怖がってる。深呼吸をしてなんとか心を落ち着ける。ここまで、おめかししてもらったんだ。せめて取り乱さず、泰然自若としていたい。

 

1130時

 車が停まる。外からは人々のざわめきが聞こえる。後部のドアが開けられる。もう一度、深呼吸をして出る。人々の好奇の目!嘲りの目!憐れみの目!今までとは明らかに異質な視線。

車から降りて直ぐにしわがれたオッサン達の声が響く。

「晒し刑じゃろが!なんでそんな服着とるんか!とっとと脱げいや!」

「ほうじゃ!ケツ出せいや、コラァ!」

オッサンの声に呼応して、男達の下卑たヤジがあちこちから飛んでくる。最初はバラバラに、やがて誰かが音頭を取ったのか、声が揃い出す。

「脱ーげ!脱ーげ!脱ーげ!」

見れば酒瓶片手に叫んでるオッサンもいる。ストリップ劇場か何かと勘違いしてるのか?

でも、誰も規制線らしき縄を越えては来ない。

総務省の子に聞いた。刑場で受刑者に触れる事は何人にも固く禁じられている、と。

女達の言葉も辛辣だ。「ニセ聖女!」「アバズレ!」「これまで何人、咥え込んできたんだ!」等々・・・同じライオネル管区なのに、軍の駐屯地とはあからさまに違う雰囲気・・・きっと、法王府が手を回して、「そういう人達」を集めたんだろう。それに、もし慕っている人が晒し刑なんかにされたら、アタシなら絶対に行くことはない。

分かっていても、やっぱりツラい。物心付いてから幾度となく群衆の前に立ってきた。その時、人々がアタシを見る目、掛けられる声は何時だって敬意と尊崇に満ちていた。それはそれでイヤな事もあったけれど、セクハラ・ワードばかり投げつけられるのも流石にこたえる。セレーナさんなら笑って受け流すのかも知れないけど、アタシは嘲られる方には耐性がないんだ。

 思い返せば子供の頃はいつも、こうなることを怖がってた。アタシには何の力もないのに、周りが聖者だ、神の子だと持ち上げる。いつかアタシが皆の期待通りの子じゃないと判った時、この人達は今度はなんて言ってくるんだろう・・・週末、皆の前に出る度にそればかり考えてた。あれから6年越しで、それが現実になったわけだ。

 不意に膝裏に警棒が叩きつけられる。バランスを崩して膝をついたところに、丁字架が肩に叩きつけられるように乗せられる。痛い!屈辱と怒りが湧いてくる。そうだ。コレを背負って、この一本道の坂を登りきらないといけない。右肩に丁字架を乗せて立ち上がる。見た目よりは随分と軽い。施設大隊の人達が中抜きしてくれたお陰だ。丁字架はわざと荒い一枚板で作られていた。ささくれで受刑者を痛めつけるために。でも、肩と背中の当たる部分にだけ、こっそりとヤスリがけされているのが背負って初めてわかった。リプリーが最後に言ってくれたように、近衛師団の皆のことを思い浮かべる。倒れちゃダメだ。ドレスが汚れる。泣いちゃダメだ。化粧が崩れる。最期は、キレイに決めるんだ!

 丁字架を引きずって、坂を登る。その間も、両脇の歩道からはヤジが飛び続ける。最初はその一つひとつに怒ったり傷付いたりしてたけど、坂も半分登った頃には、流石に丁字架の重みがキツくなってどうでもよくなってきた。駐屯地でタイヤでも引っ張ってトレーニングしといたほうが良かったかしら?でも、数日間じゃ意味ないわよね・・・

 丘の上まであと200m位の所で足が止まってしまう。膝を付く。喉が渇いた。「刑場で漏らすと悲惨だから。」と言われて、朝から水を殆ど飲んでいなかったからだ。吐き気が襲ってくるけど、同じく朝から何も食べてないから、何も出てこない。一口、水が欲しい。でないと動けない。横からは刑吏が、早く進めと急き立てる。ゼルテニアの「学校」で、体力錬成を始めたばかりの頃、運動経験ゼロのアタシが吐きながら坂道を走る横で喚き立てていた教官を思い出す。あの教官の暴言もヒドかった。何度「腐れマ◯コ」呼ばわりされたことか・・・また、あの頃と同じようにやればいいんだ。そう思って立とうとするが、膝が言うことを聞かない。

泣きそうになった時、不意に目の前に一杯の碗が差し出された。中には水。差し出す手の先に目をやる。腰を屈め、目深にローブを被った女の人。その人を守るかのように刑吏との間に割って入る、同じくローブを被った大柄な男の人。刑吏は面倒臭そうに引き下がる。受刑者に触れさえしなければ、多少の情けは黙認されると聞いた。期待はしてなかったけれど・・・

 少し西に傾き出した日が、ローブの奥に隠れた顔を照らす。

(あっ・・・)

この人達を覚えてる。ズミェルシュフ村で「8号」にやられて、アタシが生き返らせた僧兵軍の「刈り上げちゃん」と・・・隊長さん?

「飲んで・・・下さい。さわれないから、お椀に口をつけて・・・」

刈り上げちゃんの言うとおりに、椀に口を付ける。水を飲めるように、ゆっくりと手を傾けてくれる。喉が癒やされる・・・こんなに水が美味しいと思ったことはない。

「・・・ありがとう。元気そうで良かったわ。」

なんとか言葉を絞り出す。刈り上げちゃんの目が丸くなる。アタシが自分の事を覚えてるとは思ってなかったんだろう。確かに、名前は忘れた。でも顔は覚えてる。

「あの後、父から聞いたの。あなたが助けてくれたって・・・私は、あなたを撃ったのに・・・」

父?どういうことかしら?彼女と同じローブを羽織った「隊長さん」が、ぐいと顔を突き出してくる。

「あの時は言えなかったが、私は彼女の父親だ・・・娘を救われた。捕らえた貴女に・・・」

それで、わざわざ来てくれたんだ。嘲るためでも、見物でもなく、一番苦しい時に、水をくれるために?

もういいだろう、と言わんばかりに刑吏が親子をアタシから引き剥がす。

「この借り・・・来世・・・必ず・・・」

離れていく隊長さんの声が途切れ途切れに聞こえる。来世で借りを返す?そんなのいいわよ。今の水で十分!

 水が身体に行き渡ったおかげか、体のしびれが収まった。もう一度、膝を立てる。結局、丘を登り切るのにそこから1時間近くかかってしまった。

 丁字架の上に寝転がされ、両端に腕を手錠で留められる。昔はコレを釘でやっていたというから、聞くだけで恐ろしい。丁字架から伸びた、管のついた針を腕に刺される。時限式の薬物注射器だ。丁字架が立てられる。丘の上の一段高くなったところから、集まった群衆達を見下ろす形になる。見れば、既に飽きたのか帰っていくのは、ヒュムの男の比率が高い。恥辱服とアタシのナイス・バディ目当てで来ていた助平共だろう。ザマアミロと言ってやりたかったが、丁字架が掲げられる前に「サイレス」を掛けられていて喋れない。おそらくは、受刑者に余計な事を喋らせないための処置だろう。

 ヤジは相変わらずだ。「何で、天の父とやらは助けに来んのか!?」と言われる。そんなもん、いないからだ、ボケ!と心の中で言い返す。

 足元から、子供達が無邪気に物を投げつけてくる。投げる物は予め広場の箱に用意されているようだった。意外にも、石や棒切れの類はない。不慮の事故で刑の執行と関係なく受刑者が傷付いたり死ぬのを防ぐためだろう。飛んでくるのは、靴やサンダル、それに腐った果物や卵。食べ物を投げるなんて!コレがベルベニアだったら磔になるのはお前等クソガキの方だ!何が「顔に当てたら100点」だ!的当てがわりにするんじゃないよ!

やがて、子供達も飽きたのか、広場から去っていく。「死ぬ頃にまた来ようぜ」とか言いながら。

知ってるさ。国も地域も問わず、公開処刑は人々にとっての「娯楽」だ。ベルベニアでも、国境地帯でもそれは同じだった。個人的には辞めたかったけれど、刑罰の中身まで細かく考えてるヒマは無かったから、そのままにしてた。やっぱり、人が辱められて、死ぬのをこんな風に見せつけるのはどうかと思う。今さら、どうしようもないけれど・・・

 日が落ちてくる。もう、いいわ。考えることもなくなっちゃった。足が辛くて立ってられなくなってきた。体重が手首に掛かって痛い。喉もカラカラ・・・

 団長達、いっぱい助けてくれたのに、ごめんなさい。新しい人生は、せめて楽しく生きてください。

 大佐、叔父さん、おばさんにクルーのみんな、そしてハリさん・・・まだ、「星の龍脈」に居るかな?会えたら、改めて謝ります。アタシのせいで、ごめんなさい。

 父さん、期待どおりの子になれなくてごめんなさい。結局、「ニセ聖者」で終わっちゃったよ。

 母さん、せめてもう一度くらい、母さんとしてハグして欲しかったな。

 兄さん、どうか、アタシのことは何も知らずに、そのまま幸せに暮らしてください。あの時、守ってくれた・・・それだけで、アタシには十分です。

 

 地平線に日が半分沈む。頭の後ろから小さなモーター音。腕の中に冷たい何かが入ってくるのが分かる・・・体中から力が抜けていく。頭が勝手に垂れる。息ができない。でも、苦しくない。

視点を保てない。視界が一気に白くなる・・・眩しい

体の音が聞こえなくなる・・・

 

最期だ・・・

 

おつかれさま・・・

 

 

 

 

 

刑事罰執行報告(年度第856924号)

受刑者氏名:アジョラ・グレバドス

国籍:ベルベニア

年齢:20

罪状:国家安全法違反。外国人の神聖ユードラ帝国内における外患誘致罪

適用刑:丁字架による晒刑の上、死刑

執行日等:2月10日、ライオネル管区、ゴルゴラルダ刑場

 

付記

1715時、立会司祭及び医師による心肺停止確認。規則に従い、30分後、再度検死を行うこととする。

1745時、立会司祭及び医師による第2回検死。再度、心肺停止を確認。正式死亡時刻を1745とし、立会司祭により丁字架からの降下を許可

1800時、経典法が定める「罪状及び適用刑に基づく受刑者の遺体等の処置について(通達)」に基づき、立会司祭により遺体及び拘束時の保有品一式を第1級汚穢物に指定。それぞれ納棺し溶接封印。別令により、僧兵軍に引き渡し実施した(2025時)。

なお、保有品の内、クリスタル類については全て脱ミスト処理の実施及び無力化を確認。内、所謂ゾディアック・ストーン様のクリスタル✕1についても、先般、実施済のミュロンド中央総研による偽物判定(何らの魔法的効果を有しない)を踏まえ、他クリスタルと同様に処置した。

 

 

 

 

 

 

 

僧兵軍作戦行動命令第250号(2月10日)

【発】

僧兵海軍総司令官

【宛】

僧兵海軍第1艦隊司令官

僧兵海軍第15守護隊司令

【表題】

第1級汚穢物の警護、移送並びに投棄命令

【状況】

 2月10日、ゴルゴラルダ刑場において死刑執行され、第1級汚穢物に指定された遺体(1体)及び当該受刑者保有品(被服一式及びクリスタル11点・脱ミスト無力化済)については、受刑者を信奉する勢力等による奪取等のリスクがあり、法規が定める同級汚穢物の指定投棄海域への投棄完了までの間、特別に警護を行う所要がある。

【命令】

 第15守護隊司令は、以下の兵力を指揮し、当該遺体等をゴルゴラルダ刑場から第1級汚穢物指定投棄海域(フォボハム北西「不浄の海」)までの間、移送し、投棄を実施せよ。

【兵力】

1 僧兵海軍陸上警備第211中隊

2 僧兵海軍戦艦「D・クラウザー(クラウザー)」

 同海軍軽巡洋艦「ヤルーム」

 

 

 

 

 

 

2月12日 ライオネル郊外

丘陵地帯某所

 

 雨のそぼ降る中、セレーナとモリタが茂みに身を隠している。セレーナの視線の先50m程には、1人の倒れたバンガ。

「周辺はクリア、クポ。この辺りは、さっき眠らせた2人だけみたいクポ。そっちはどうクポ?」

ライフルの照準器を覗きながら周囲を警戒するモリタが尋ねる。

セレーナは焦点を前方のバンガに合わせてライブラを発動する。

「・・・サドルだ!やっと見つけた。・・・まだ、生きてる!」

「行くなら今クポよ!さっきの僧兵、定期的に連絡を入れてたクポ。連絡の直後に撃ったから、後、15分くらいは大丈夫かも。ボクが警戒しておくから!」

促されたセレーナが茂みから飛び出し、倒れたサドルの横に膝をつく。頭と胸、足に銃創・・・虫の息だ。

「フェアリー」を喚び出す。召喚と同時に周辺が派手に光り、ハープを鳴らすような音が響く。柔らかな光の羽根は神々しい限りだが、こういう状況では気が気でない。モリタの索敵を信じるしかない。

小さく浅かったサドルの呼吸が大きく、深くなる。でも、銃創は閉じきらない。体組織が修復不能なレベルで損壊している証拠だ。

「うう・・・」

一時的に体力が少しばかり戻ったおかげか、サドルの声が戻り、その目が開いた。セレーナはその頭を支えて膝の上に乗せる。

「バカだね!本当に・・・あれほど絶対に罠だ、って言ったのに、あんな書き置き一枚残してさ!何が「事前偵察に行く」だよ。アンタの考えてるコトなんて・・・」

セレーナの顔を真上に見ながらサドルが口を開く。

「偵察ってのは、ホントだよ・・・さすがに一人でアイツを助け出せるなんて思っちゃいない・・・でも、思ってたよりずっとすぐに見つかっちまった・・・一度は振り切って、南の谷に隠れてたんだけどな・・・また、見つかって、ここまで追い立てられた挙げ句、このザマだ・・・アイツら、バンガを撃ったことが無いらしい。殺す気で撃ったんだろうけど、頭も心臓も微妙にズレてて・・・苦しい。」

そう言うと顔を歪める。

「やるならひと息で上手くやれよ、って思ったけど、最後にお前さんに会えたんだ。思し召しだってことにしとくよ・・・助からないんだろ?」

セレーナはこういうところで嘘はつかない。伏目がちに小さく首を縦に振る。サドルも目を閉じて頷いた。召喚術で癒えたはずの傷から、また熱と痛みがぶり返す。こうなると、助かる見込みはもうないのがサドル自身にも分かる。

「アイツは?アジョラは・・・移送後の情報は、なにかあったか?」

荒い息を挟みながら、サドルが尋ねる。セレーナは今度は目を固く閉じて首を横に振った。

「あの子はね・・・逝っちまったよ・・・一昨日だ。ラジオのニュースでね・・・」

サドルは顔を歪めて拳を握りしめる。

「まただ・・・また、助けられなかった・・・また・・・見捨てちまった!」

「見捨てちゃあ、いないよ!アンタ1人だ。あれだけ言っても聞きもせずに飛び出してったのは!」

「・・・ヨシフ達も、行くって聞かなくてな・・・こっそり出るしかなかったんだ。俺は、団長だからな・・・」

「また、子供クランかい?いつまでそんなのにこだわってるんだ!」

サドルが泣きながら笑いだす。

「言うなら、アイツに言ってやってくれよ・・・アイツが、最後まで、俺のことを団長って呼ぶから・・・」

セレーナも少しだけ笑いながらサドルの頭に手を置く。

「ホントに、バカだね・・・アンタ達は。」

サドルの息が浅くなる。頭を左右に振り出した。

「どうしたんだい!?」

セレーナがサドルの肩を叩く。

「誰か、一緒に来てるのか?」

「モリタが来てるよ。向こうで警戒してる。」

「違う・・・耳元で、声が聞こえる・・・男の声だ・・・何?・・・契約?・・・」

セレーナはサドルのウエストポーチから光が漏れ出しているのに気付く。覆いを開けると、「サーペンタリウス」が脈打つように光を放っている。セレーナが恐る恐る触れた途端、凄まじい悪寒が耳の毛先まで電流のように走った。

「石が・・・光ってる。アンタ、なんかしたかい?」

サドルは首を横にふる。

「そうか・・・その石が、喋ってるのか・・・面白いコトを言ってるぜ・・・このままではお前は死ぬ・・・契約すれば、力と永遠の命を与える・・・お前が助けたいと思っている者を、救うことができる・・・。その繰り返しだ・・・」

サドルは一寸、黙って考えるような素振りを見せた後、セレーナに問うた。

「ヴィエラ様の第六感は、何て言ってらっしゃる?」

セレーナは正直に答える。

「・・・ヤバい。そいつは、ヤバいよ。恐ろしくイヤな予感がする。今までウンともスンとも言わなかったのが、こんな代物だったなんて・・・」

サドルは頷きながら笑みを作る。

「・・・やっぱり、そうだよな・・・人が切羽詰まってる時にいきなり出てきて、良いハナシ持ってくるようなのは・・・ろくでなしって、相場が決まってんだ。」

サドルは震える手で「サーペンタリウス」を取り出すと、セレーナに押し付ける。

「折角、アイツに貰ったやつだけど・・・やめとくわ・・・すまんが、処分しといて・・・くれや・・・」

セレーナは石を受け取る。その輝きの光度と脈動が一層増す。

「・・・へっ、焦ってやがる・・・やっぱり・・・ロクなもんじゃあ・・・なかった・・・礼を言うぜ、セレーナさんよ!」

「・・・礼?」

「俺一人だったら・・・多分、「ご成約」だった・・・アンタのおかげだ・・・」

サドルの体の力が抜ける。セレーナには分かった。傭兵時代、度々、こうやって戦友を見送って来た。また、その時が来たのだ。大戦争がなくたって、世界は何時だって小競り合いに溢れてる。

力尽きたように見えたサドルの頭が不意に動く。

「そういえば・・・アイツは、大丈夫なのか・・・アイツはもう・・・石の「中身」と一緒になったって・・・」

セレーナは首を横に振る。

「今のところ、何かが起きたって話は聞いてないよ。遺体はもう、運び出されたって・・・」

サドルは安心したかのように、首の力を抜く。

「そうか・・・よかった・・・全然、よくないけど・・・」

セレーナは小さく首を縦に振る。

「そうだね・・・しかし、あんた結局、最後まであの子のことかい・・・あんたは、クラン・リーダーの鑑だよ。ホンモノのクランにだって、そうそういやしない・・・・・・聞いちゃいないか。折角、褒めてやったのに・・・」

 セレーナはサドルの亡骸を地面に横たえると、ナイフをその小指に突き立てる。遺体そのものを連れて帰る余裕はなかった。

切り離した小指を布でくるんで、ポーチにしまう。一度、地面に置いた「サーペンタリウス」は、既に光を失っていた。セレーナの第六感が言っている。この手合いは、ゴミで出そうが地面に埋めようが海に捨てようが、しつこく顔を出してくるヤツだ。もっと、遠くに、誰も行かないような場所に封印しなければ・・・

一箇所、思い当たる場所が思い浮かんだ。南東の沖合の孤島、古代の灯台の下に、閉じた鉱山があって、そこは延々、地下まで続く暗闇のダンジョンになっていた。昔、財宝の噂話に乗って何人かの即席クランで入り、散々な目にあって逃げ帰ってきたのを覚えてる。いずれ、あの暗闇の奥にでも埋めておいてやろう。

 

 薄く開いたままのサドルの瞼を閉じる。悔しさで涙が出てくる。この喪失感は何度味わっても変わらない。半世紀近くも前、自由を求めて集落を飛び出し、その代償として、望むと望まざるにかかわらず、身一つで様々な世の不条理と戦い続けてきたセレーナの心に、また一つ、特大の傷が増えた。

(・・・フラン姐さん・・・アタシ、ホントにダメだね・・・姐さんみたいに、カッコよくなりたかったけれど、こんなのばっかりだ。今度こそ、最高の仲間達と、上手くやれると思ったのに・・・)

 強くなる雨足と遠雷の音が、セレーナのすすり泣く声を掻き消した。

 

 

 

 

 

 

僧兵海軍テキスト通信ログ(2月13日1700〜1830抜粋)

 

1700 クラウザー哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 本艦位置、GE1025 針路100° 速力15kt 。経空・水上脅威なし。「不浄の海」到着予定2200

 

1701 僧兵海軍作戦室▶クラウザー哨戒当直

 了解

 

1703 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 本艦位置、クラウザーから090°4NM。対潜脅威なし。

 

1703 僧兵海軍作戦室▶ヤルーム哨戒当直

 了解

 

1716 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 クラウザー艦上に青白い閃光と爆発視認

 

1716 僧兵海軍作戦室▶クラウザー哨戒当直

 貴艦の状況知らせ。

 

1718 僧兵海軍作戦室▶ヤルーム哨戒当直

 クラウザーの状況知らせ。

 

1719 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 クラウザー、炎上中。

 同艦艦橋から発光信号。「ワレ コウコウ フノウ」

 同艦との無線通信不能。艦長指示により、救援に向かう。

 

1720 僧兵海軍作戦室▶ヤルーム哨戒当直

 了解。対空・対水上・対潜警戒を厳となせ。

 

1721 僧兵海軍作戦室▶クラウザー哨戒当直

 可能な通信手段により応答せよ。

 

1725 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 現時点で不審な対空・対水上目標探知なし。潜水艦探知なし。なお、1715にソーナーにて爆発音聴知。クラウザー爆発に伴うものと推定。前後に魚雷航送音等の探知はなし。本海域の機雷関連情報を要望する。

 

1726 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 クラウザー爆発と同時刻、同艦方位から高濃度ミスト検知記録あり。検知は一瞬。現在、検知なし。

 

1728 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 クラウザー、前後に分離後、沈没

 艦長指示により、生存者の救出を行う。

 

1730 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 哨戒飛空艇(262号機)、発艦。対水上、対潜警戒を実施させる。

 

1800 僧兵海軍作戦室▶ヤルーム哨戒当直

 僧兵海軍掃海艇(第8号艇、第11号艇)を現場に向かわせる(現着予定14日0400)。現着後、ヤルーム艦長は両艦の指揮を取れ。

 

1802 ヤルーム哨戒当直▶僧兵海軍作戦室

 艦長、了解。

 

1830 僧兵海軍作戦室▶ヤルーム哨戒当直

 国軍統合作戦室と通信設定せよ。現地対空、対水上、対潜警戒について、国軍統合軍の支援を得る。貴艦は引き続き生存者の救出を優先せよ。

 

 

 

 

 

「D・クラウザー」事故調査速報(2月19日時点)(抜粋)

 被害:船体は修理不能。本艦は廃艦とする他なし。

    乗員2560名中、死亡または行方不明2429名。

 【補足】細部は調査中も、爆発による艦内指揮系統の壊滅により総員離艦指示がなされなかった事、加えて、冬季ラーナー海峡の低水温による低体温症により被害が増大した可能性がある。

爆発原因:不明。

・「ヤルーム」のレーダー、ソーナー、電磁波、ミスト、音響探知記録及び、当該海域敷設の固定式パッシブ音響センサーによる音響情報を精査も、外部からの攻撃を示唆する探知は認められなかった。

・当該海域は20年前に遺棄機雷掃海完了しており、以後同航路帯における触雷は発生しておらず、機雷による可能性は極めて低い。

・潜水調査の結果、爆発は内側から発生した公算大

・生存者証言から、爆発の兆候となる火災等の異常はなかった。

・生存者(ヴィエラ種)証言によれば、爆発時、「艦内から強いミストの揺らぎを感じた」とのこと。なお、爆発時、同艦は内燃機関運転中であり、グロセア機関は停止していた。

・細部は今後の精査が必要なるも、船体被害の状況から、爆発の発生源は船体中央部(中央左舷側、フレームナンバー253〜258、第4甲板付近)と推定される。当該区画は倉庫区画であり、当日、弾薬等爆発物の積載はしていなかった。

・同区画において、護送中の第1級汚穢物を安置していたものの、納棺していたクリスタル類は全てミュロンドにて脱ミスト・無力化処置済である。なお、当該汚穢物については付近捜索するも、棺、遺体、クリスタル類の何れも発見できなかった。

 

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