When The "Saints" Go Marching In Ivalice   作:N22b

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33 Milan Richeliue

B.B. 761 4月20日 ミュロンド市内

第13児童福祉院

 

 法王府外事部人事課教育班長ミラン・リシュリューは福祉院前に車を停めると、正門の呼び鈴を押す。来季以降の特別用務員と乳幼児タレントの候補になる子供達の名簿を受け取るためだ。だが、しばらく待っても、誰も出てこない。何度か呼び鈴を押すが、全く反応はない。だが、小さな庭を挟んだ屋内からは明らかに人の気配がする。不審に感じたリシュリューは、横の勝手口の鍵が掛かっていないのに気付くと、中に入っていった。

屋内では、職員達が慌ただしく子供達を1階から上階へと誘導している。

不自然にパーテーションで区切られた廊下の前に職員の一人が立つ。

何があったのかを問うが、職員は目を左右に動かすばかりで要領を得ない。しびれを切らしたリシュリューは「もういい!」とパーテーションの脇を通り抜ける。その時になって職員が初めて「あっ・・・司祭同志!」とリシュリューを留めるように声を発したが、彼は歯牙にもかけなかった。廊下に沿って並ぶ部屋の一つ、その入り口の前にまた何人かの職員がたむろしている。立ち止まって聞くだけ無駄だと察したリシュリューは戸惑う職員をかき分けて部屋に入った。5畳程の酷く乱れた個室の中央に仰向けに少年が倒れていた。その細い首には荒縄が巻き付いている。

(首吊りか!)

 児童福祉院での自殺は、全くない話ではない。環境に馴染めなかったり、人間関係のいざこざだったりで、年に一度は報告が上がってくる。

天井の梁から伸びる縄は途中で切れていた。リシュリューは直ぐに駆け寄り、膝を付くと、ゆっくりとその頭と腰に手を添えて姿勢を正す。少年の顔を見て驚愕した。

(リュビ!リュビじゃないか!)

名を呼んで呼びかけるが答えない。耳を鼻先に近づけるが息はしておらず、首元に指を当てても脈は感じられない。だが体はまだ温かく、肌の色は赤みを残している。

(まだ、そんなに時間は経っていない。)

そう判断したリシュリューは速やかに人工呼吸と心臓マッサージの体勢に入った。息を吹き込み、胸を押し込みながら、ただ恐れをなして傍観している職員達を怒鳴りつける。

「何をボサッとしてる!右のお前!白魔!白魔か医者探してこい!左の!お前は救急車だ!直ぐやれ!!」

処置をしながら、ミランの胸にふつふつと怒りがこみ上げる。自分が手を付けるまで、誰もリュビに触れた形跡がなかった。何人もの職員が居てやったことと言えば、子供達を目に触れないように除けたことと、廊下に目隠しをしただけ。救急すら呼んでいない。その魂胆は明らかだった。福祉院で自殺者など出せば院長以下、職員が責任を追及されるのは間違いない。救急を呼べば事態は明るみに出る。

 切れた縄は、太さはあるが痛んで一部は風化している。幸運にも古い縄だったのだろう。ここの職員でも蘇生処置は出来たはずだ。では何故やらない?助けたら助けたで、今度は何を言い出すか分からないからだ。大方、このまま放っておいて、死んだ後は失踪扱いにでもしてうやむやにするつもりだったのだろう。児童福祉院の子供は、里親に引き取られるか独立しない限り正式な戸籍登録はされないから、そういう「裏技」も通用する。わざわざ追及する気にもならなかったが、職員達の保身と事勿れ主義に反吐が出そうになる。

 2分ほど処置を続けたところで、リュビが反応し、咳き込んだ。

(やった!)

リシュリューはマッサージを止め、リュビの様子を見る。息は吹き替えしたが、意識はほぼ無い。職員が、スーツ姿の一般人を連れてくる。

「この人、去年まで国軍の白魔道士だったそうで・・・」

リシュリューが一歩引くと、スーツ姿の元白魔道士の男はそこに入ってリュビの様子を見る。

「これなら、治癒魔法よりは・・・蘇生系か。」

そう言うと呪文を唱え、レイズを掛ける。蘇生魔法特有の神々しい光の放射が収まり、改めてリュビの様子を見ると、薄く目を開けていた。呼吸も落ち着いている。

「本当は、アレイズが良かったのでしょうけれど、すいません。ブランクで・・・」

スーツの男はそう言って、頭を下げる。

「とんでもない!お陰で助かりました!是非、お名前を・・・」

リシュリューは頭を下げながら問うが、男はあくまで名乗ることはせず、一応、病院には連れて行くようにと助言を残して去っていった。それから間もなく救急車が来る。リシュリューは、自分が病院に付き添う旨を職員達に伝えると、首を固定されてストレッチャーに載せられたリュビと共に、救急車の後部席に座った。

リュビが目だけをリシュリューに向けて、口を開く。

「リシュリュー司祭同志・・・ですよね。」

「ミランでいい。」

「なんで、死なせてくれなかったんですか!」

リュビは小さな声で、恨めしそうに問う。

「理由なんぞ無い。助かる見込みがありそうだったから、助けた。後は、神の思し召しとか、そんなのだろう。」

リシュリューはぶっきらぼうに答える。

その答えにリュビは鼻で溜め息をついた。

「神なんか、居るもんか・・・」

それを聞いたリシュリューの反応は、リュビが予想したものとは真逆だった。

「ああ、俺もそう思うぜ。」

それが法衣を来た人間の言うことか、とリュビは目を丸くしながら呆れる。だが、リシュリューの答えには続きがあった。

「少なくとも、俺や君が聞かされてきたような神様なんてのは、な。全知全能で万事公平、慈愛に満ちた神様が、こんな世の中作ると思うか?俺がそんな神様なら、そもそも君に首を吊る理由なんか与えんよ。」

リュビは改めてリシュリューの顔を見る。無愛想を絵に描いたような仏頂面だったが、不思議と他の僧・・・特に本庁の高僧達の顔からは感じられなかった人間味を感じた。感情が顔に出ている。そういう人間は信ずるに値する。

「世の中が不完全なのは、人間がそれを正そうと努めるかを神が見定めるためだ、と経典には書いてあるけど・・・」

リュビがあえて法王府の正式見解で突っ込む。リシュリューの回答は、

「余計なお世話だ。」

のただ一言だった。

 

 病院に着き、ひと通りの精密検査を受ける。頚椎への大きな損傷は無く、首の固定具も不要だと外された。縄が腐食していたのと、体重が軽かったのが幸いしたと医師から告げられる。

「勿論、早期の蘇生処置があったからこそだがね。」

と医師はリシュリューに微笑みかけた。

 帰りはタクシーで一旦、児童福祉院に戻ることにする。リシュリューは付き添いを申し出た。リュビもそれを拒否はしなかった。

「どうして、僧になろうと思ったんですか?」

車中でリュビはリシュリューに問う。救急車でのやりとりが余りに予想外だったからだ。

「家が代々、坊主の家系だった・・・俺も坊主になって、人の為になるんだ・・・なんて漠然と考えてた。それだけだ。」

リシュリューは相変わらずぶっきらぼうに答える。

「まあ、人の為に・・・なんてやる気は、早々に無くしたけどな。」

 入山し、修道院での修業を終えてからやったことといえば、出版物の検閲に、経典法の細かな改訂作業、街に繰り出すデモ隊の素性調査に、特別用務員の人材管理・・・経典の序文が説く、隣人愛と人民への奉仕の心なんてものは名ばかりの、乾燥しきった業務に、リシュリューは早々に幻滅した。だが、それを改める程の情熱が湧くわけでもない。家名はそこそこの名門で、真面目にやっていれば司教職の末席位には居るはずだったのが、いち司祭に留まっている。枢機卿職まで上り詰めた父親からは見放され、同期からは「家名の無駄遣い」と陰口を叩かれたが、気にすることも無かった。そんなリシュリューが頼りにしたのは、経典などではなく、入山する前から持ち合わせていた自身の心だった。心が「やるべきだ」と思えばやり、そうでなければ手を抜くか、適当に流した。さっきも同じだ。経典法も何もない。「助けなければ」と思ったから、そうしたまでだ。

 

「俺には坊主なんて向いてなかった。でも、10年、20年以上も坊主しかやってないとな、他に何をやったらいいかわからないんだ。」

リシュリューはリュビの虚ろな目を見ながら自嘲するように言った。

 

 タクシーが児童福祉院に着く。職員達を無視し、リュビの部屋に入ったリシュリューは改めて部屋を見渡し、凍りついた。朝、ここに来たときは救命に専念していたため気づかなかったが、漆喰の壁には、椅子でも叩きつけたのか幾つもの穴が空き、床に散らばった書籍類はその多くが破り捨てられている。見ればそれらは様々な職種のガイドブックや大学、研究機関の案内書だった。

リュビが淡々と話す。

「任務を・・・新しい任務を、探そうとしたんだ・・・姉さんに言われたとおり、自分で・・・でも、ダメだった。なにもやる気にならない。だから、生きててもしょうがない、って思ったんだ。」

 リュビが何を言っているのか理解できないリシュリューだったが、破り捨てられた紙片の中に、独特な凹凸加工と金の象眼が装飾された上質紙の紙片を見つける。法王府の本庁に勤めるリシュリューにはその紙に見覚えがあった。表彰状の中でも、特別な感状にだけ用いられる最上格式の様式だ。よく見れば、破れたところには特徴のある法王の花押の一片。リシュリューは残りの部分を探すが、他の書籍類はそのままだというのに感状だけは見つけられなかった。恐らくは事態を重く見た職員が回収したのだろう。

(なるほど、これは、表沙汰にはしたくないワケだ・・・)

今朝の職員の対応に合点がいく。

膝をついてリュビに視線を合わせる。

「今日は俺の家で寝ろ。で、落ち着いたら、1年前、俺が君を見送ってから先、何があったかを聞かせてくれ・・・守秘義務なんざクソくらえだ・・・いいな!」

リシュリューの勢いに気圧されて、リュビは思わず首を縦に振った。そして、机の横に掛けてあったポーチひとつだけを腰に付け、入口に戻った。

「それだけで良いのか?」

リシュリューの問いにリュビは頷く。

部屋を出て階段を降りると、福祉院の院長が纏わりついて来た。

「司祭同志・・・どうか、リュビ君の件は・・・」

脂汗を流しながら訴えるその手には札束サイズの封筒が握られている。リシュリューは院長を侮蔑の目で見下ろしながら答えた。

「言わんよ。その代わり、彼は、私が預かる。いいな。」

院長は願ったりとばかりに頷く。

「あと、その汚いモノを引っ込めろ。私を舐めるな。」

リシュリューは院長の手に握られた封筒を顎でしゃくると、リュビを連れて福祉院を出た。

 

 

4月22日

法王府外事課人事課長室

 

 リシュリューはアレン・フォッシュのオフィスの扉を叩きつけるように開ける。

フォッシュは転出準備のためにデスク上のあれこれを段ボール箱に詰め込んでいる最中だった。

「何だミラン、騒々しいな。」

フォッシュは特に咎めることも無く、顔を向ける。

その先には、こめかみに青筋を立てたリシュリューの姿があった。

「アンタは、自分がリュビにしたことが分かってるのか!」

リシュリューが怒鳴りつける。

フォッシュは動じない。

「特別用務員が、潜入先でターゲットに情が湧いて・・・三文小説みたいなハナシだが、現実でも全く起きないということもない。特別、驚くほどのことでもない・・・それを感状付きの英雄譚にしてやったんだ。感謝されても、責められる言われはないね。」

フォッシュの飄々とした態度にリシュリューの怒りのゲージがさらに上る。

「やはり、全部分かった上だったんだな・・・だから、私は「早すぎる」と言ったんだ!あんな子供にやらせていい任務じゃなかった!彼がどれだけ傷付いたか分かってるのか?首を吊ったんだぞ!!」

フォッシュは悪びれもせずに、祈りの姿勢を取る。

「それは、御愁傷様で・・・」

「生きてる!!」

リシュリューが叫んだ。

「あんたには人間の心は無いのか!?」

問われたフォッシュは祈りの姿勢を解くとリシュリューの前に進み出た。目つきが変わっている。リュビを見送る前、再考を迫った際にも一瞬見せた、何処までも冷たい目だ。

「そんなモノは、とうの昔に、神に捧げとる。いや、どこぞに置いてきただけかもしれんな・・・「神の国」を成し遂げるためには邪魔でしかないからな。」

気が付くとリシュリューは一歩後ろに後ずさっていた。糾弾しに来たはずが、逆に気圧されていることにショックを受ける。

「わざわざ、それを言いに来たのか?」

フォッシュは問い返す。

リシュリューは仕切り直すように足を前に進めた。

「リュビは、私が預かる!それだけ伝えにきた次第です。」

フォッシュは肩をすくめながら眉を上げる。また、その目は元に戻っていた。

「お好きにすれば良いさ。君の養子にでも、「お稚児さん」にでも・・・」

「失礼する!!」

リシュリューは啖呵を切ると執務室から出ていった。

フォッシュは一つ、大きなため息をつく。

「連れて行こうかと思ってたが・・・あれでは、優しすぎる・・・ちょっと、無理だな・・・」

そう呟きながら懐から手帳を取り出すと、幾人もの名前が書かれたリストの中にある「ミラン・リシュリュー」の名の上に横線を引いた。

 

数日後、リシュリューに転属命令が出された。

 

5月1日付 僧兵軍ミュロンド市警備師団、北西区警備旅団、市外縁部警備連隊長を命ず。

 

 リシュリューは転出の準備をしながらリュビの身を案ずる。児童福祉院に置いてはおけないと、義憤に駆られて引き取りはしたが、自分の所に置いていたところで事態が良くなるわけでもない。自分が他人を癒やしたり、殊更愛したりできるタイプの人間でないことは、リシュリュー自身がよく分かっていた。

一人だけ、頼れそうな人間の顔が思い浮かぶ。かつて国軍付の宗教士官として出向していた頃、不思議と馬が合い、友と呼ぶことが出来た男、アロイス・オークス。児童福祉院の運営方針に疑問を持ち、軍人遺児のための私設孤児院を運営していると聞いた。リュビは軍人遺児ではないが、頼めば受け入れてくれるかもしれない。少なくとも、自分といるよりは余程良いだろうと考える。自分とリュビとで過ごす未来を想像できないことに少しばかりの寂しさを覚えながら、リシュリューは手元の電話の受話器を取った。

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