When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 761 3月20日 ザランダ校外
第1機動戦術群第1旅団本部庁舎前
「すまないな、土曜だというのに。」
アロイスはパイロットにそう言いながら迎えの私用飛空艇の後席に座る。その隣に、一抱えはあるバッグを抱えたサディアが座った。パイロットに促され、サディアはバッグをシートの後ろに押し込んだ。
「さあ、行こうか。」
アロイスの指示で飛空艇は離陸し、進路を西へと向ける。
パイロットがバックミラーでアロイスの顔を見ながら話しかける。
「ご帰宅は半年ぶりですね。長期休暇のシーズンでもないのに旦那様がお帰りになられると聞いて、奥様も、お子様方も大変喜んでおられますよ。」
アロイスの顔がわずかに引きつる。目線をサディアの方に向けると、小さく頭を下げた。
「・・・すまない。」
サディアは伏目がちに首を横に振る。
「アロイス、もう、いいんだよ・・・この1か月間、あなたは謝ってばかりだ。これ以上謝られると、俺がつらいよ・・・」
「・・・うん」
危うく、また「すまない」と言いそうになるのをこらえる。だが、アロイスはあと千回謝っても謝り足りない気持ちに囚われていた。
アジョラの拘束が報じられた時のサディアの落ち込みようは尋常ではなかった。その様を見たアロイスは、その後、彼女の移送や処刑の情報が入ってきても、サディアに伝える事が出来なかった。意を決して全てを伝えたのは2月15日、彼女の遺体を護送していた僧兵海軍戦艦「クラウザー」が謎の爆沈を遂げ、遺体も行方不明となった後の事だった。サディアはアロイスを責めることはしなかったが、その日を境に絶食状態になってしまった。みるみる痩せこけていく友の姿を見る度に、アロイスは自責の念に駆られた。あの時、もう少し早く僧兵軍の動きに気付いていれば・・・もう少し早く、ランベリー機に対処出来ていれば・・・そればかりが何度も頭の中をグルグルと回った。しかし、このままサディアを放っておけば、首でも吊りかねない。アロイスは自分の力の限界を悟った。そして、同時に、もしかしたら、彼を癒すことができるかも知れない場所にも、気付いた。
「あなたが、そんな慈善家だとは知らなかった。」
サディアがそう言いながらアロイスを見る。
「慈善、というわけではないさ。「持てる者」の責務・・・あとは多分に、好き嫌いの問題もある。」
オーボンヌにあるオークス家の邸宅の近傍に、その孤児院は設けられていた。迎え入れていたのはモンスター対処任務や訓練中の事故で親を失った「軍人遺児」達。誰もが親類縁者を頼れるわけではない。法王府の児童福祉院もそのような遺児達を受け入れていたが、過度な宗教教育への懸念や、特別用務員のリクルート施設になっているといった黒い噂が絶えなかった。そういったしがらみ無しに、国に尽くした軍人達の遺児を養育、援助出来る施設を、アロイス・オークスは私財を投じて開いたのだ。僧達がミュロンドに移転した後の古い修道院兼図書館の建物を土地と蔵書ごと購入して、地上階を孤児院に改装した。親しい家族を失った者同士であれば、気脈を通ずることもあるのではないか・・・それがアロイスの目論見だった。
「今、孤児院に常駐出来る大人が居なくてな。あと何年かで独立できる子が面倒を見てるんだが、やはり中々大変みたいなんだ。君が居てくれると、とても助かる。」
仕事をしていれば、気が紛れることもあるだろう。それも狙いだった。そして、それはサディアも同じ気持ちだった。アジョラの死を知ってからこのかた、何をする気もなくなっていたが、いつまでもそれでは危険を冒して自分を救ってくれたアロイスに申し訳ない。気を紛らわせられる仕事があって、それでアロイスの役に立つのであれば願ったりだった。
到着したというパイロットの言葉にサディアが見下ろした眼下には、古めかしい石積みの修道院が見えた。聞けば孤児院に改装したのは内装だけで、外観は手付かずだと言う。孤児院の前の草原には既に子供達らしき人影が集まっていた。
着陸し、アロイスとサディアがパイロットに礼を言って降りると、子供達が駆け寄ってくる。上は7〜8つ程度、下はまだ歩き出したばかりといったところか。上の子供達が出迎えの挨拶をする。
「オイチャン、おかえり!」
「おみやげは?」
アロイスは菓子の入った紙箱を渡す。
「チョコボまんじゅうだ。この前、食べたいって言ってたろ?」
子供達が紙箱を開けると、中には鳥の形をかたどった一口大の饅頭が30個ほど。
「ホントにチョコボまんじゅうかな?」
「こないだ、おんなじカタチでコカトリス饅頭って売ってたぜ?」
「僕の地元じゃフェニックス饅頭って名前だったぞ。」
要するに「何処でも似たようなのを別の名前で売ってる」系のお土産というわけだ。サディアは小さく吹き出した。
「ベルベニアじゃあ、ソレは「ズーまんじゅう」だったな。」
アロイスはサディアの笑顔を見逃さなかった。コレは希望が持てるかも知れない、と期待を膨らませる。
子供達の目線が一斉にサディアに向く。
「この人、だれ?」
「この人もここに入るの?」
「バカ、オトナだぞ。」
「バカはオマエだよ。しらないの?一人でくらせない、こどもみたいなオトナを、「にーと」っていうんだぜ?」
「オイチャン、この人、「にーと」なの?」
サディアはたまらず吹き出す。
「そうだな!おにいさんはな、アロイスのオイチャンに面倒をみてもらってる「にーと」だ。こないだ、失業しちゃってな・・・」
「しつぎょうって、なあに?アタシたちみたいに、おとうさんもおかあさんも、しんじゃうこと?」
4つくらいの女の子が無邪気な目で問いかけてくる。サディアはハッとした顔をした後、その子の頭を撫でた。
「いや、それよりは、大分いい。」
(なるほど、こりゃ、この子たちの前で呆けてるワケにはいかない、ということか・・・)
「でも、おにいさんも、妹と、おとうさんが死んじゃってな。とっても、かなしいんだ。」
なぜか素直に口をついて出てしまう。
すると、子供達が一斉にサディアに抱きついてきた。サディアは一瞬驚いたが、何も言わずに小さな抱擁を受け止める。
「だいじょうぶだよ。アタシたちが、いるよ。」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・」
年少の子供達がそう言って慰める。サディアは不意に泣き出しそうになった。
抱擁を終えた年長の男の子が口を開く。
「新しい子が来たら、まず、みんなでこうしてやるんだ。ここに来る子は、みんな、似たような感じだから。にいさんは大人だけど、特別サービスだ。」
サディアは黙ってはにかみながら、頭を下げた。
アロイスは心の中でガッツポーズをする。この子達は凄い。自分がサディアにやってやりたくて、どうしてもできなかったことをほんの一瞬でやってしまった。この分だと、彼が立ち直るのも思ったよりずっと早いかも、と思わせてくれる。
屋内から、赤ん坊を抱えた女性が出てきた。金髪の後ろ髪を無造作にバレッタで留め、その顔の眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌そうな面持ちで大股で近づいてくる。
「あんた達!昼前には机の上、片付けてって、言ったじゃない!昼ごはん並べられないって、コレ何回言わせるの!?」
「あ、ヤベェ。」
年長の子がそう言うと、年下の子供達を引き連れて屋内へと駆けていく。
女性はアロイスに気づくと、眉間のしわを解いて駆け寄ってきた。
「アロイスおじさん!」
アロイスは片手を上げて答える。
「その様子だと、大分、慣れたみたいだね。」
「え、そうですか?全然ダメですよ。子供達、全然言う事聞いてくれませんし・・・」
「あれくらいの子供はそういうもんさ。聞かない子は100回言ったって聞かない。それより、君が彼等に物怖じせず言えるようになったのが進歩だな、と思ったね。」
「まあ、それは確かに・・・」
そう答えた彼女の目線は自然とサディアに向かう。
「この方は?子供には見えませんけど・・・」
「ああ!彼な、ここで手伝いをお願いすることになった。名前は・・・」
「サディア・ヒサーリです。」
サディアが答える。名前くらいは自分で名乗りたかった。だが、グレバドスの名を出すのは、反射的に避けてしまった。
女性がサディアに正対し、膝を曲げて挨拶する。
「アリアン・ルグリアです。あの、お手伝いって・・・」
そう言うと顔をアロイスに向ける。
「アンゲラおばちゃんが辞めて、暫く経つだろう?ずっと君だけにお願いするワケにもいかないよ。本当なら君だってまだ「面倒をみてもらう」側なんだ。」
アロイスがそう言うと、アリアンは頬をふくらませながら背筋を張って答える。
「私は、今の方が良いわ!ベッドのシーツを敷いてもらうような年でもないし、それにこうやって動き回ってる方が色々考えなくていいんですもの。」
アロイスはウンウンと頷きながらサディアの方に手を向ける。
「その、彼もな、体を動かす必要があるんだよ。理由は・・・まあ、君と似たようなものだ。」
アリアンがハッとしたような顔をすると、サディアに小さく頭を下げた。
「そうなの・・・ごめんなさい。うるさくしてしまって・・・」
一転して小さな声でしおらしく謝る。
サディアは首を横に振った。
「いや、全然、良いんですよ。でも、彼の言うように、体を動かしたほうが良いってのは、多分、そのとおりです。ルグリアさんも、見るからに忙しそうだし。」
「さん付けだなんて・・・アリアン、で良いですよ。」
そう答えるアリアンのエプロンには赤ん坊のよだれや粉ミルクのカス、子供達の食べこぼしやらがあちこちにへばりつき、彼女の「激務」ぶりを物語っていた。腕に抱えた赤ん坊はエプロンのボタンをしゃぶるのに余念がない様子だったが、ピタリと動きを止めると、オムツにくぐもった音を響かせた。アリアンが眉をひそめるのと同時に、建物から男の子が飛び出してくる。
「ねえちゃん!机、かたしたぜ!ごはん、早くしてくれよう!」
アリアンが白目を剥きながら天を仰ぐ。たまらずサディアが一歩前に出た。
「あ、やります。オムツ替え、できます!昔、妹のをやってたんで。場所だけ教えて貰えれば・・・」
アリアンは一瞬、躊躇したが、背に腹は代えられない。赤ん坊をサディアに託す。
「じゃあ、お願いしますね。付いてきてください!あ、この子の名前、ジェイソンです。」
「分かった。ジェイソン君だな。」
サディアはジェイソンを抱えるとアロイスに目配せする。アロイスも2人に「行け行け」と目で合図する。
「給料はちゃんと出すからな!頼んだぞ!」
アロイスはそう叫ぶと、屋内に消える二人を見送った。
孤児院の中は中々の荒れっぷりだった。取り込んだ洗濯物や、子供達の本、玩具の類が床やらソファやらにぶち撒けられている。明らかに手が回っていない。だがその一方で、水回りやトイレは清潔に保たれ、床や窓枠のホコリもしっかりと掃除されていた。まずは子供達の健康にかかわるところから優先的に手を付けている。アリアンが思いやりのある女性なのだということが、サディアにはすぐに判った。この上さらに彼女に迷惑を掛けるのは忍びなかったが、物の配置一つとっても、知らないことには手伝うこともできない。一つひとつ、アリアンに聞きながら覚えていく。一人で食べれる子供達に配膳すると、すかさず予め薄味に作って選り分けていた幼児食を1歳程の男の子に食べさせる。
「この子は、アーノルドね。」
「はい、アーノルド君・・・さあ、口を開けておくれ・・・」
サディアは幼児食をスプーンですくってアーノルドの口に運ぶ。
「あ!そんなに一気に食べさせないで!一口はもっと小さく・・・」
アリアンの「指導」が入る。
「あ、はい・・・」
かつてアジョラ相手にやっていた(正確には「やらされていた」)記憶はあるが、いかんせん20年程も前の事だ。とても細部までは思い出せなかった。そうこうしている間にジェイソンのミルクの時間が来る。粉ミルクなど作ったことはないから、コレはアリアンに聞くしかない。温度加減が難しい。作ったミルクを手首に垂らして測るのだと教わる。さあ、お待たせジェイソン!というタイミングで、年長の子が、食事が終わったと申告に来る。アリアンが「シルヴェスター!もう自分の食器だけじゃなくて小さい子どもたちのも下げて!」と注意する。ジェイソンにミルクをあげたら時間を記録、そうしないと次にあげる時間が分からなくなるためだ。ミルクをあげ終わる。ジェイソンをベッドに寝かせて、さあ、次は食器洗いか?と振り返ったところで
「ねえ、ゲップはさせた?」
とアリアン。
何?ゲップ?
要領を得ないサディアを尻目にアリアンは肩にタオルを掛けるとジェイソンを抱え、背中を叩く。何度かやってると、ゲプッと音がして、ジェイソンの口からミルクが勢い良く垂れた。だからタオルを肩にかけていたのか。
「ああ、今回は結構、出たね・・・分かった?」
そう言ってアリアンは唐突にサディアの方を向く。コレは何度も聞き返していたら怒られるヤツだ。一度で、それも見取り稽古で覚えなければ・・・サディアは戦慄する。子供達の食器を洗い、ジェイソンの哺乳瓶を消毒すると、今度は部屋の掃除。ユードラならではの小型モーターを搭載した機械式の「掃除機」なるものが登場する。掃き掃除は箒と塵取りでやるものだというサディアの既成概念が崩れ去った。便利な文明の利器には違いなかったが、それでもアリアンが「楽をしている」ようにはとても見えなかった。拭き掃除までが終わったところで、ようやく一段落。だが、小一時間もしたら、洗濯物を取り込んで夕食の準備を始めなければならないという・・・7人の子供達は、一丁前に散らかしてゴミを出す一方で、当たり前だが最も練度の低い新兵よりもなお統制が取れない。年長の子らでさえ、自分のことだけでも出来れば御の字で、それだってしっかり監督しないと、簡単に物を無くしたりする。これはヤバい。軍の勤務よりもヤバいかもしれない・・・夕食を終え、アリアンに教えを請いながらジェイソンを湯浴みさせ、シルヴェスター以下を着替えさせて寝かせ、アーノルドの離乳食を仕込み、食器を洗い終わったところで、サディアは完全に消耗しきっていた。この家の中に入ってからこれまでの間、オニクスの「オ」の字もアジョラの「ア」の字も脳裏に思い浮かべる余裕はなかった。
(なるほど、「色々考えなくていい」っていうのは、こういうことか・・・)
サディアはアリアンに問う。
「コレをずっと君ひとりでやっていたのかい?」
「ここまでになったのはこの2か月くらいよ。それまではちゃんとした職員さんがいたんだけれど、事情があって辞めちゃって・・・同じタイミングでアーノルドとジェイソンが新しく来たものだから・・・」
アリアンはそう答えながら、洗濯物を仕分ける手は止めない。サディアも見様見真似で仕分けを手伝う。
「俺も、早く戦力になれるよう頑張るよ。そしたら、存分に頼って欲しい。」
「ありがとう。でも、サディアさん、プロの家政夫とかシッターってわけじゃなさそうね。アロイスのおじさんとは、どういう?」
サディアは一瞬、答えに詰まる。
「・・・まあ、友人だよ。年は少し離れてるけど・・・ちょっと、仕事でね。」
「ああ・・・軍のお仕事なの。じゃあ、私からは何も聞けないわね。」
アリアンは聞き分け良く引き下がるが、疑問は尽きないようだ。
「軍の関係の人が、ここで住み込みで働くの?事情あり・・・って感じ?」
サディアは首を小刻みに縦に振る。
「そう、事情あり、だ。」
「名前も外国っぽいし・・・」
「ああ、帝国人じゃあないよ。」
「その答え方!いよいよ「事情あり」ね・・・まあ、おじさんの紹介だから、悪い人じゃないんでしょうけれど。」
これ以上、詮索してもしょうがないと思ったのか、アリアンは大きな溜め息をつくと、唐突に叫んだ。
「それにしても、いいなあ、「お給料」だなんて!」
サディアは驚く。
「え、お金、貰ってないの?ここで働いてるんだろう?」
今度はアリアンが目を丸くする。
「私?ああ、ごめんなさい。言ってなかったわよね。私はまだ「ここの子供」よ。年は19。」
「19だと何か問題が?」
「ふうん、あなた、本当に外国人なのね。帝国じゃあ、女が独立して稼いでいいのは21からなの。結婚なら18からだけどね・・・経典法でそう決まってるのよ。」
「それにしたって、これだけ働いてるんだ。無給ってのは、酷いよ。」
アリアンはサディアが勘違いをしていることに気付く。
「イヤイヤ!そういう意味じゃなくて・・・アロイスおじさんをケチみたいに言わないで!・・・その、私は「お小遣い」って名目でお金を頂いてるの。結構な額を頂いてるけど、やっぱり子供扱いされてるみたいで、イヤだわ!」
「ふうん・・・この国が家父長的な文化だっていうのは、昔、勉強した事があるけれど、やっぱり女性には生きづらいものなのかい?」
サディアは、国防大学でユードラの文化史を学んだときのことを思い出しながら尋ねる。
「みんながみんなってわけじゃないわよ。ただ、そういう風に感じる人もいる、ってこと。この国は、元々信仰も習慣もバラバラな氏族が集まって出来た国だけれど、認められてるのはファラ教の経典法に定められた考え方だけだから・・・経典法じゃあ、女性は大人になっても「守られる存在」なの・・・私の母も、そんな子供扱いがイヤで、国軍に入ったわ。」
「国軍だと、子供扱いされない?」
アリアンが頷く。
「この国で女性が「認められる」仕事に就きたかったら、国軍か僧兵軍に入るしかない。僧兵軍は入れる氏族が決まってるから、実質、国軍だけね。軍で父と出会って一緒になって、私を産んでからも辞めないで頑張ってたんだけど・・・モンスター対処で殉職した。10年も前のことよ・・・当時の私くらいの子供を庇ってドラゴンに噛み殺された。魔道士だったのに、前に出ていってね。」
「勇敢なお母さんだ。」
「ええ。叙勲もされたわ。普通に暮らしていたら絶対に貰えないような勲章。母のことをよく分かってた父は、「母さんは国に認められた。誇りなさい。」っていつも言ってた。その父も、訓練中の飛空艇事故で殉職してしまったのだけれど。」
「それで、君はここに・・・」
「・・・去年のことよ。私はまだ18で、祖父母は他界、母のことがあって、父からは「絶対に軍人にはなるな」って言われていたから、施設に入らないといけなくなって・・・最初は法王府の児童福祉院を紹介されたんだけど、馴染めなかった。そしたら、父の事を知ってたアロイスのおじさんが私に気づいてくれて・・・それでここに来たの。」
「そうか・・・大変だったんだな。」
サディアはアリアンが仕分けた洗濯物を籠に入れながら答える。相変わらず、もう少し気の利いたことは言えないものかと、自己嫌悪に陥る。
「そう言えば、おじさん、「あなたも似たようなもの」っていってたわ。見たところ、施設に入る必要は無さそうだけれど・・・」
サディアは伏目がちにはにかむと、自嘲するように鼻息を漏らした。
「全くだ。いい大人なのにな。俺も、大事な人を亡くした。妹と、多分、義父(ちち)も・・・この1か月でね。君と違って生きている家族はいるけど、疎遠でね・・・細かくは言えないけれど、俺のせいで亡くしたようなものだから、ここしばらくは自分を責めて廃人みたいになってた。アロイスの部隊で世話になってたんだけれど、見かねたんだろうな・・・。ここに来て半日で、君の話も聞いて、彼が俺をここに連れてきた理由が分かった。君のような人や、子供達の前で大の男がウジウジはしていられないものな。」
そう言ってサディアは笑う。対照的にアリアンは浮かない顔になった。
「そんな・・・辛かったら、言ってくれて良いのよ?私、さっき貴方にした話、ちゃんとしたのは、父が死んでから初めて。子供達に話してもしょうがないでしょ?話したら、少し楽になった気がする。本当よ。だから、あなたも・・・」
サディアは今度はアリアンの目を見て答える。
「ありがとう、君は強くて、優しい人だな。」
アリアンの目が丸くなり、少しばかり照れたような顔をする。
「お世辞を言ってくれ、ってお願いしたわけじゃあないわ。」
横の寝室から唐突にジェイソンの泣き声が響く。
「あー、今日はご機嫌斜めか・・・これからが地獄よ。あなたに彼の夜泣きを止められるかしら?」
そう言いながらアリアンが立ち上がる。
「やるしかないなら、やるだけさ。存分に、こき使ってくれ給え。」
サディアも立ち上がった。
ジェイソンに釣られて、アーノルドまでが泣き始める。
サディアとアリアンは目を合わせると吹き出し、声をあげて笑った。自然に笑えてしまったのだが、アリアンにはそれが新鮮だった。昨日までは一人でゲンナリしながら同じ事をしていたのに!
それから1か月も過ぎると、サディアの仕事も手についてきた。子供達は相も変わらず暴れ回って、朝から夕方まではものを考える余裕を与えてくれない。夜、子供達を寝かしつけた後、紅茶とちょっとした菓子で小さなティータイムをするのが、サディアとアリアンのささやかな愉しみになった。「今夜は、夜泣きがありませんように」と祈りながら、次の買い出しのついでに買いたい菓子の話をしたり、聞き分けのない小さな子供(モンスター)達への愚痴をこぼしたりもする。余裕が出てくると、サディアの脳裏には、アジョラや、オニクスの事がポツポツと浮かぶようになってきた。「自分だけこんなに笑っていて良いのか。」と思う事もあったが、目の前で笑うアリアンも似たような境遇なのだと思うと、幾分、罪悪感が薄らいだ。
そしてそれはアリアンも同じだった。亡くして10年も経つ母親のことは、まだ整理できた。成すべきことを成した英雄的な最期は誇らしいとも思う。だが、その上で父親までを奪われた不条理を飲み込む事はまだできていなかった。
(父さんだって、母さんを失って悲しかったろうに、そんな素振りも見せずに一人で自分を支えてくれた・・・)
その父に何の恩返しもできなかったという自責の念が、彼女を苦しめていた。同じく親を失った7人の子供達の面倒を見るという重労働で心を誤魔化し、彼等を慮って涙と弱音を封じてきたが、それは綱渡りのように気の抜けない、危うい精神的均衡の上で成り立っていた。だが今、サディアがそこに居ることで、アリアンは、他愛もない冗談で笑ったり、時には弱音を吐くことを自身に許すことができるようになった。
アロイスがそれを狙ってやったかどうかは定かではなかったが、あたかも「子沢山の大家族」を模したような環境の中で、2人が互いを「居てくれたほうが良い存在」だと認識するまでに、長い時間は掛からなかった。
4月27日
昼間、孤児院の庭でサディアがシルヴェスター達をボールで遊ばせているところに、飛空艇が降りてくる。アロイスのプライベート機だった。扉が開いて最初に降りてきた男が纏う法衣を見た瞬間、サディアの頭に一瞬で血が昇った。法王府の人間・・・!そこから先はよく覚えていないが、反射的に何かを叫びながらその男に殴りかかったのは確かだった。法衣の男が倒れ込むのと同時に、視界の端でアロイスが「彼は違う・・・!」と叫んでいた。だがサディアは止まらない。そのまま男に馬乗りになろうとしたところで、アロイスに背中から羽交い締めにされる。背中から「すまん!」という声が聞こえた次の瞬間、サディアの首に巻き付き襟を取ったアロイスの腕に力が入り、彼の意識は飛んで行った。
目が覚めると、アリアンが心配そうな顔で見つめている。
「大丈夫?子供の前でケンカなんかするもんじゃないわ!シルヴェスター、怯えてたわよ?」
「・・・すまない」
サディアは上体を起こすと、目線を下げたまま謝る。
「法王府の坊主が居たんだ。なんでこんなところに・・・」
「そりゃあ、ユードラなんだから、お坊さんくらい、いっぱい居るわよ。まあ、ここに来たのは初めてかもだけど・・・」
そう言ってアリアンが目線を向けた先では、アロイスが、サディアが殴り飛ばした法衣の男にケアルを掛けている。男の頬の腫れが引いていった。
サディアは立って法服の男を見る。アロイスがああいう態度をとっているということは、悪人ではないのだろう、と頭では理解する。だが、心中は穏やかではなかった。彼にとって、ユードラの法王府は、妹を磔にして殺した存在以外の何物でもなかった。
法衣の男もまた、サディアの方を見たが、特に何を言ってくるでもなかった。アロイスが、とりなすように男に言う。
「彼は・・・ちょっと、色々あってな。君にどうこう、というわけではないんだが、「坊主憎けりゃ袈裟まで」というやつだ。彼に代わって、私が謝る。すまない。」
そして男に頭を下げた。
サディアはハッとする。また、自分のせいでアロイスに頭を下げさせてしまったと、自省する。男に向かって姿勢を正すと、頭を下げた。だが、謝罪の言葉を口に出すことまではできなかった。
目線を上げたサディアの視界に、一人の少年の姿が入る。法服の男が少年の肩に手をかけると、アロイスに頭を下げ、口を開いた。
「すまんが、よろしく頼む。」
アロイスは頷きながら答える。
「任せてくれ、ミラン。」
ミランと呼ばれた男は、サディアの方を向くと、無言で頭を下げた。
その前を、アロイスと少年が歩いてくる。少年は終始うつむき加減で、その歩みに覇気はない。
アリアンがその前に進み出た。
「この子が、おじさんが電話で言ってた・・・」
アロイスが頷く。
「そうだ、名前は・・・」
「アドルフ。ただの、アドルフです・・・」
少年は一寸、アリアンに向かって視線を上げそう言うと、またうつむいた。
アリアンとサディアは、アドルフと名乗った少年の首を一周するように赤黒い内出血の跡が残っているのを見逃さなかった。
建物の中から、シルヴェスター以下、歩ける子供達がやってくる。サディアにもそうしたように、アドルフと呼ばれた少年を囲んだ。
「きみも、ここに入るの?」
4才のミラが首を傾げながら尋ねる。
「・・・そうみたいだね。」
アドルフがミラに視線を合わせて答えた。
「おとうさん、おかあさん、しんじゃった?」
ミラがまた問う。
「僕には父さんや母さんはいないよ。」
アドルフはそう言ってはにかみながらミラの頭を撫でる。ミラは、よくわからない、という風に首を傾げた。
「僕がなくしてしまったのは・・・姉さんだ・・・」
子供達がアドルフを抱擁する。サディアと同じように、アドルフもまた、その小さな抱擁を黙って受け入れた。
5月18日
新しく孤児院に入ったアドルフは、とにかく「よく気付く」子供だった。年齢は14とのことだったが、小柄で線の細い体格と、どこか儚げな幼い顔つきのせいで、まだ12歳程に見えた。だが、家事一切はサディアよりも覚えが早く、どこで覚えたのか小さな子供達の扱いも抜群に上手かった。ここに来る前は法王府が運営する児童福祉院にいたという。だが聞けば、児童福祉院はこことは全く逆の環境、子供達が集団で過ごすのは礼拝・授業と食事の時のみで、それも私語は禁止。後は個室で過ごすか、小さな子供を付けられてその子達を「教育・監督」させられる毎日。その代わり、家事清掃の一切は雇われた職員が行い、子供達は勉学と経典の教えの習得に専念するのが是とされる、というものだった。キルティア教の名残が強い地方の出身だったアリアンが馴染めずに逃げ出したというのも納得だった。アドルフもまた、馴染めずに首をくくったのだろうか、とサディアは想像する。
いずれにせよ、アドルフのお陰でサディアとアリアンは昼間でも幾分、自由な時間をとれるようになった。この日、サディアは、それまで興味は有りつつも入る時間の無かった図書館区画に歩を進めた。
図書館は地下何層にもなっているようだった。元々はファラ教の修行僧達が教養を身につけるためにここで勉学に励んだのだという。様々な文献や資料がミュロンドのクリスタル・サーバー内にデータ化された今となっては、この重厚長大な紙の城壁は無用の長物とばかりに建物ごと売りに出され、買い取ったアロイスも書籍類は持て余しているのが現状だった。
気軽に入れる地下一階には、比較的新しく刊行された書籍や見慣れたシリーズの雑誌類も並べられていた。娯楽というよりは、僧たちが世情を把握するために購入していたのだろう、と想像する。それらに交じって子供向けの童話や紙芝居等がやや無造作に詰め込まれたコーナーが目についた。どうやら子供達が図書館の一角を本棚代わりに使っているようだった。そのコーナーの中に数冊、何故か大人向けの写真週刊誌が並べられている。サディアはその内の一冊を手に取り表紙を見る。
(この雑誌の、この号は知っている。何故なら、「アイツ」が載っているから・・・)
サディアは雑誌を開いて「例のページ」を見る。そこには、アリアンのように何の飾り気もない実用一点張りのエプロン姿で腕まくりをし、屈託のない笑顔で炊き出しの大釜の前に立つ妹の姿。右のグラビア特集ページには、ユードラの晒し刑で用いるという女性用の「恥辱服」に身を包んだブロンド美女が、監獄を模したセットを背景に艶めかしい表情でセクシー・ポーズを披露している。初めてこのページを開いた時、同い年の2人の余りに対照的なイメージに思わず吹き出したのを覚えている。サディアが持っているアジョラの写真は、子供時代に自分と撮ってもらった1枚だけで、成長してからのものは持っていなかった。亡き妹の頭を撫でるように、その紙面に手を添わせる。
刹那、サディアは後ろに人の気配を察知する。と同時に、今ではすっかり聞き慣れた声が同じく後ろから聞こえた。
「あ、エッチなグラビア見てる。」
「アリアン!」
サディアが振り返ると、そこにはアリアンが片眉を上げて、ねめあげるかのような視線を送っていた。
「そういうのが趣味なんだ、ふうん・・・」
イタズラっぽくからかう様に言ってくる。
面倒だが、誤解は解かねばならない。サディアは首を横に振りながら否定した。
「違う違う!俺が見てたのは、こっち。この左のページの方!」
アリアンは半信半疑で紙面を見ると、意外という顔をした。
「ああ!アジョラさんね!あなたも知ってるの?外国でも有名?」
なぜか食いつくように聞いてくる。
「あ、ああ。知ってる・・・すこし・・・有名かどうかは知らないけれど・・・」
サディアはたじろぎながら答えた。
「私、この記事が読みたくて、その本、買ったのよ。」
「君のだったのか・・・しかし、この記事のために?」
そう言いながらサディアは本棚の残りの週刊誌を引き出す。何れもここ1年ほどのアジョラの活動を取り上げたものだった。当然、サディアには全て既読の内容。その内の一冊に挟まれた新聞記事の切り抜きに目が留まる。「不肖ドールマンの国境地帯レポート」・・・忘れもしない、義父オニクスが自身に選択を迫った時の記事・・・
「君が、切り抜いたのかい?」
サディアの問いにアリアンが頷く。
「そうよ。私ね、この人のファンだったの。この人は、私のヒーローだった・・・スゴイよね。この人の事、読んでると「女でもここまでやれるんだ!」って気分にさせてくれる。私まで力が付いたようになった気がして・・・だから、「本当の話」っていうのを聞いた時は、凄くショックだった・・・。」
「本当の話?」
「そっか。あなた外国人だから知らないか・・・。その人の名前はグレバドスっていう、キルティア教の名家から来てるんだけれど、実は、その記事に書いてあることは嘘で、本当は、グレバドス家が彼女もろとも家ぐるみで、キルティア教総本山のブルオミシェイスで権力を得るために、国境地帯を乗っ取ろうとしてたんだ、って・・・」
しばらく前、アドルフを連れてきた僧を見た時のように、サディアの全身の毛が逆立つ。
「違う!!!」
反射的に大声で叫ぶ。いきなりの事にアリアンは驚いて後ずさりした。
「えっ?」
「違う!!デタラメだ!そんな話、何処で!?」
温和なはずのサディアに殺気立った目を向けられ、アリアンは怯える。
「ご、ごめんなさい。私も、人づてに聞いただけなの。でも、教えてくれた人が凄くホントっぽく言うから・・・アマチュア無線が趣味の人だったんだけれど、「軍の極秘通信を聞いたんだ。」って興奮しながらその話をしてて・・・」
サディアにはすぐに察しが付いた。あの日、セイレーンに襲いかかってきたランベリー空軍機の侯爵アメミヤ、アイツがアロイスを騙す為にオープン・チャンネルの航空無線で吹き散らかしたデマカセ・・・まさか、こんな形で人々の間に広まっていたなんて・・・!
悔しさと怒りでサディアの顔が歪む。まるで妹の墓が暴かれて死姦されているかに思える。目の前にアメミヤの墓があれば間違いなくぶち壊しているだろう。
サディアの異常な反応を見たアリアンが問う。
「あなた、何か知ってるの?」
サディアは、ハッとすると溜め息を付きながら肩の力を抜く。その目から殺気立った光が消えた。週刊誌をまとめると、無言で本棚に戻す。
だが、アリアンは逃さない。
「ねえ、教えて!顔に「知ってる」って書いてあるわよ!?私だって、信じたいの!そんなの嘘だって!」
「言っても、君は信じないよ・・・ある意味、さっきの与太話よりもっと、真実味がない・・・」
「信じるかどうかは私が決める!話して!!」
サディアは頭を掻きながら考える。サラリと言ってやろうか。どうせ信じやしないだろう。逆にコレで信じるようなら相当アブナイ。詐欺やそれこそ変な新興宗教にでもハマりかねないレベルだ。
特大のため息をついて目線をアリアンの方に戻す。が、視点は自然とその奥に向かった。
「アドルフ・・・」
アリアンの背後、書庫の入口にアドルフが立っている。あまりよろしくないタイミングで来てしまった、と勘ぐったのか、気まずそうな顔をしている。
「あ、す、スイマセン。何か、地下から大きな声が聞こえたんで、何かあったのかな・・・と。失礼しました!」
そう言って後ずさる様に身を引くが、ドアの敷居に踵を引っ掛けて見事に転んでしまった。肌見放さず着けているポーチから、子供の拳大のクリスタルが転がり落ちた。
「おっと!大丈夫か?」
クリスタルを拾ってやろうと身を屈めたサディアが固まる。扇形をした橙色に天秤宮の刻印・・・ネルベスカでの記憶が瞬時によみがえる。
「リーブラ・・・なぜ、君がコレを?」
アドルフはクリスタルを手に取るとすぐにポーチにしまう。サディアはもう一度アドルフの名を呼んだ。
「何でもないよ!ゾディアック・ストーンの玩具だ。その辺の土産屋でも売ってるさ!」
座り込んだまま答える。
だが、今度はサディアがアドルフを逃さない。
「ああ、知ってるさ。誰もホンモノを見たことなんて無いから、デザインも大きさもてんでんバラバラ。よほどの偶然じゃなきゃあ、それは・・・その「リーブラ」は、ただの玩具じゃあない・・・もう一度、聞くぞ。何故、君がソレを持っている?」
アドルフは荒い息を吐きながらサディアを見あげる。橙色掛かった、少し薄暗い照明がサディアの半身を照らす。まるで篝火に当てられる様に・・・アドルフの脳裏に、閃光の様に1つの光景が浮かぶ。
「アンタを・・・知ってるぞ・・・あの日、あそこにいた・・・」
「何を言っている?」
アドルフの様子を見たアリアンが止めに入ろうとする。
「もうやめて。アドルフが怖がってるわ・・・!」
言われてサディアは詰め寄った上半身を起こし、一歩下がる。
アドルフは話すのを止めない。
「ズミェルシュフ村だ・・・姉さんを「聖別の森」に連れて行った・・・名前は、後で姉さんに聞いた・・・」
サディアの頬が引きつる。
「ハリ・レイレナード・・・同盟諸国の軍人。姉さんの「担当者」だった。アンタこそ、なんでここに居るんだ?」
「久々に聞いた・・・懐かしい名前だ。」
そう答えながらサディアは混乱する。(ああ、ズミェルシュフ村は覚えてるさ。だが、君は何だ?あの場にいたのか?何だ?「姉さん」って・・・アイツのことか?意味が分からん!俺に弟なんかいないぞ!?もしくは俺が家を出た後に生まれた?
いやいや!そんなこと、アイツが黙ってるか?それ以上に義父さんが放っておくワケがない・・・子供の頃の俺に似てなくもない気はするが・・・)
「一応、聞くぞ・・・ここに来たとき、君は姓を隠していたよな・・・まさか「グレバドス」じゃないよな?ビクトル、ヴィシニア、この名に聞き覚えは?」
アドルフは首を横に振る。
「姓は、ゲルモニークだ。親のじゃない。僕に親はいない。成り行きで貰った名前さ・・・」
サディアの肩に張った力が抜ける。一度深呼吸をする。どうやら実弟ではないらしい。
「なぜ隠した?」
「名乗りたくなかったからだよ。何となく・・・」
(なるほど、俺がグレバドスを名乗れないのと同じってワケか・・・)
「なぜ、アイツを「姉さん」と?」
今度は石のように固まったまま答えない。
サディアは記憶を辿る。アイツの「定期報告」・・・そういえば、帰りにでも食べろと、ゼルテニアの高級菓子を持たせた事がある。アイツは、もう一つ余分に寄越せと言って、俺が手元に抱えていた分まで持っていきやがった。アレは俺用だったのに。
慇懃に「なぜ、そんなに食い意地が張っていらっしゃるのですか?」と聞いたら、アイツは頬を膨らませながら「食べさせてやりたい子がいるんだ。」と言った。サーカスから逃げ出した男の子を保護して、雑用を手伝ってもらっている、と。「弟が出来たみたいで楽しいんだ。」と言っていた。名前も、言ってたはずだ・・・。
「アディ・・・」
サディアがその名を口に出した途端、アドルフの目が丸く開いた。
「アドルフ・・・アディ・・・なるほど、君は「アディ」だな?」
アドルフの目に涙が浮かぶ。
その時、上階からモノをひっくり返すような音と、続いて子供達の騒ぐ声が聞こえた。どうも何かやらかしたらしい。
ワケも分からず2人のやり取りを見守るしかなかったアリアンが階段に向かう。
「私、行くわね。あなた達も来てよ!もう夕飯の支度も始めなきゃだし。」
アリアンの姿が消えて一寸、沈黙を破ったのはアドルフだった。袖で目頭を拭いて立ち上がる。
「やっぱり昼は忙しいね。23時、南の岬に来てよ。続きはそこで話そう。」
「よく分からんが、良いだろう。一時休戦だ。」
2人は階段を登っていった。
2300時 オーボンヌ岬
孤児院から1kmと少し、小さな茂みを抜けて緩やかな坂を登るように南に歩くと、波が打ちつける断崖絶壁の岬になっている。満月の快晴なので、足元も危うくはない。見返せば眼下にポツリと孤児院の建屋が見える。サディアが岬の先に辿り着くと、既にアドルフはそこにいた。
「アディ・・・何度か、君の名前をアイツから聞いたよ。」
アドルフは儚げに笑うと、サディアに問うた。
「ハリさん。あなたにとって、姉さんは、大事な人?」
「・・・質問の意味が分からない。」
「言葉のままだよ。アジョラ・グレバドスは、あなたにとって大事な人だったか?ってこと。」
(どう答えるべきか・・・)サディアは取るべき態度を決めかねる。10秒程が沈黙のままに流れた。
「まあ、いいや。あなた達は姉さんを捨てたんだ。セレーナさん達は残ってくれたけれど、あなた達、本国のスタッフはすたこらさっさ。まあ、しょうがないよ。軍隊だものね。命令は絶対だ。」
サディアの眉間に皺が寄る。
「アイツから聞いたんだな。俺達の事。」
「リーブラを見たでしょ?僕は選ばれたんだ。「マフディ団」でも「シルバニア組(ファミリー)」でもない、13人目の「使徒」さ。」
(それは初耳だ・・・だが、オペレーション・ウォール・ブレイカーが終わった後の事なら、仕方がないか・・・)
サディアは黙って聞くが、眉間の皺は取れない。
(それにしても癇に触る言い方をしてくる・・・)
「捨てた・・・か。そうだな・・・色々言っても、言い訳にしかならない。」
「・・・・・・」
「誰が何と言おうが、俺達は・・・俺は、アイツを助けてやれなかった・・・アイツが一番、助けを必要としていた時に、そこにいてやれなかった・・・間に合わなかった!!」
サディアの拳には力が入って震えている。アドルフは確信した。この人にとって、姉さんは「大事な人」なんだ、と。
(この人なら、やってくれる・・・)
アドルフは突如、高笑いを始める。突如の事にサディアは目を丸くした。
「ハハハッ!全く!本当にあなた達は無能もいいところだ!あの女と同じだよ。捕まって死んだのは不思議でも何でもない!」
「何!?」
「僕がなんでこの国にいると思う?あの女の「使徒」だった僕が、なぜ、法王府から何の追求も受けずに?僕が、あの女を売ったからさ・・・正確には、最初からそれが任務だった。僕の本当の名前はリュビ・・・姓が無いのは本当だよ。親は居ない。児童福祉院上がりの特別用務員さ。ここまで言えばお分かりかな?」
「お前・・・」
サディアがアドルフの方に歩み寄る。アドルフは岬の突端に向って後ずさる。
「本当にお笑いだよ!潜入して2か月もしない内に、アンタのスタッフ達はボロを出しまくってね・・・極めつけはあの女自身だ。一目で部外者だと分かるアンタを村に連れ込んで!のこのこ付いてくるアンタもアンタだけど・・・そんなだから、見破られるんだ!!」
荒い息を飲み込んで、アドルフは、まくしたてる。
「捕まった後、あの女に全部教えてやった・・・滑稽だったよ。余程悔しかったんだろうね。ピーピーギャーギャー泣き喚いて、見苦しいったらありゃしない!まあ、こっちには最高のショーだったけれど・・・ッ!」
サディアが軽くアドルフの頬を張る。
「!?」
返す腕でもう一発。大して痛くもない。だが、アドルフの足は砕けて地面にへたり込む。
(アンタも、そうやって僕をぶつのか・・・)
サディアは続けてアドルフの奥襟を掴むと、岬の突端から逆方向に引きずって投げ飛ばす。アドルフが膝をついて睨みつけるサディアの目に怒りの色は無い。
「なんで・・・」
そう問うアドルフをサディアは見下ろして答える。
「ヘタクソなんだよ・・・演技が・・・ユードラの特別用務員は名門劇団で修業する、って聞いたが、ありゃ嘘か?」
(下手?僕の演技が・・・バカな!今までそんなこと言うヤツ一人だって・・・!)
サディアがアドルフの頬を張ったを手を差し出す。その掌と手の甲は盛大に濡れていた。
「・・・ボロボロ泣きながら言うような台詞じゃあ、ないよな。」
サディアはそう言うとアドルフの前にしゃがみ込む。
「会ったのか?捕まった後の、アイツと・・・」
暫しの沈黙の後、アドルフは小さく頷いた。
「アイツは、お前を責めたか?」
アドルフは首を横に振った。その顔は既に涙と鼻水で歪んでいる。
「じゃあ、俺も君を責めない。」
そう言うとサディアはアドルフを優しく抱き寄せる。
「・・・妹が、世話になったな。」
「・・・ぇ?」
一寸の沈黙の後、アドルフが小さく声を上げる。
「聞いたことないか?薄情な兄貴がいるって・・・」
アドルフは答えない。
「そうか。まあ、しょうがない・・・そういう兄貴だ。物心ついてからはロクに撫でてやったことも無ければ、「可愛い」の一言すら言ってやらなかった・・・大事な時には、側に居ない。」
サディアは抱擁を解き、アドルフの目を見る。
「君にばかり話させるのはフェアじゃあないからな・・・。サディア・グレバドス。俺の最初の、ホントの名前だ。5つ下の妹がいてな・・・。名はアジョラ。バカできかん坊、君が見たとおりの、おっちょこちょい。だが、勢いだけは男顔負けだから始末に負えない。」
「じゃあ、ハリっていうのは・・・何で・・・」
「昔、ガキの頃、アイツを見捨てて家を出た。これは本当だ・・・だから、戻っても名乗れなかった。顔も変えた・・・卑怯者さ・・・兄失格だ。」
そう言うとサディアはアドルフの頭をワシワシと撫でる。
「だから、君がアイツの「弟」になってくれて、本当に良かった・・・アイツが土産に持って帰った菓子は美味かったかい?」
アドルフは、菓子のことを思い出し、頷いた。あんなに美味しい菓子は、本当に食べたこともなかった。「どう?ウマいでしょ!ウマいって言え!」とドヤ顔で迫ってくるアジョラの顔が浮かぶ。その笑顔がまたアドルフの心を締め付ける。拳を固めると、すすり泣きながらサディアの肩を何度も殴りつけた。
「アンタ達が、無能だ、ってのは、芝居じゃあ、ない・・・何で、来てくれ、なかった・・・間に合わ、なかった?・・・間に合わ、せるのが、アンタ達の、仕事じゃあ、ないのか・・・!!」
サディアは、黙って拳を受ける。一寸、「すまない」と謝ろうとしたが、それは違うと感じた。シュワルナゼに義父、特別調査課の皆・・・払った犠牲は余りにも大きい。ネフスカヤ少佐達は身ひとつで故郷から去らなければならなかった。皆、アイツのために死力を尽くし、多くを賭け、失った。簡単に謝って良いものではない。
「努力は、したんだけどな・・・」
それがサディアの精一杯の回答だった。
「・・・分かってるさ。」
アドルフは殴るのを止め、うなだれた。
目線をアドルフの後ろに移したサディアが固まる。
「・・・アリアン!」
いつの間に、そこに居た!?尾けてたのか?何故気づかなかった?
アドルフの5m程、後ろに立つアリアンの手元が不自然に透けている。
「迷彩マント・・・なぜ、そんなモノを?」
月明かりが照らすアリアンの目は腫れている。泣いているのか?
「マントは・・・防犯用に、アロイスおじさんが持たせてくれたの。不審者が来たら、コレで子供達を隠しなさい、って・・・」
そして頭を下げた。
「ゴメンナサイ!盗み聞きをするつもりじゃあ、なかったの!トイレに起きたら、アドルフが出ていくのが見えて、それから暫くしたら、あなたまで出ていって・・・なんか、凄くイヤな予感がしたの。だから・・・」
「そうか。心配かけてすまなかった。」
サディアは素直に謝る。顔を上げると尋ねた。
「聞いてたのかい?全部?」
アリアンは頷いた。
「だから言ったろ?こんなの、言っても信じない。真実味ゼロだ、って・・・。」
アリアンが「むぅ」と唸る。確かに、こんな立ち回りを見せつけでもされない限り、信じられるような話でもない。
「・・・帰ろうか。ジェイソンに夜泣きでもされたら困る。」
サディアがそう言って、2人を促す。
「待って!」
アドルフはサディアを呼び止めると、「リーブラ」を差し出した。サディアは首を傾げる。
「姉さんとの思い出に持ってたけれど、あなたが持ってたほうがいい。」
「何故?アイツが君に託したものだろう?」
アドルフは首を横に振る。
「いいんだ。石の力は使えそうにないし、僕にはこの1年の思い出がある。あなたには、ほとんど無いはずだ・・・本当の、兄妹なのに・・・」
サディアは一寸の沈黙の後、小さく頷いて石を受け取った。
「今度、聞かせてくれ。君から見た、アイツのこと。俺のも、教えてやるからさ。」
アドルフは快く頷いた。
緩やかな坂道を孤児院に向って降りる。サディアがアドルフに問うた。
「何故、あんな芝居を?俺を怒らせて、何がしたかったんだ?」
アドルフが答える。
「僕は自分で死ねなかった・・・だったら、あなたに殺してもらおうと思ったんだ。首を絞めても良し、崖から突き落としても良し・・・さっき、僕が始めにした質問へのあなたの答え、そして、最初の日、あなたが付き添いの司祭を殴り飛ばしたのとで確信した。あなたならこんな話をすれば怒り狂って僕を殺すに違いない、ってね。」
「物騒なコトで・・・」
サディアはため息をついて後を歩くアリアンを振り返る。
「どうやら、君の予感は正しかったみたいだよ、アリアン。彼の演技が下手で助かった。」
アリアンにため息が伝染る。
「本当に・・・もう、やめてね。死ぬとか何とかは・・・私は、今のままが良いんだから・・・あなた・・・あなた達がいる、今が・・・」
そう言うと、肩で軽くサディアを小突いた。
孤児院に着くと、奇跡的に子供達は全員寝静まったままだった。アドルフはともかく、もしアリアンもサディアも居ないことに気付いたら、年長のシルヴェスターだってパニックに陥るだろう。
サディアは2人にお休みを言うと、階を上がって自室へと入る。どうにも疲れたが、眠れそうな気はしなかった。「リーブラ」を眺めながら、大した偶然もあったものだと感心する。寝間着を忘れたことに気付く。今から取りに行くのも面倒臭いと考え、着ているものをすべて脱ぎ散らかして、全裸でベッドの上に大の字になる。案の定、気持ちが高ぶっているのか、眠気は来ない。5分ほど無心で天井を眺めていたが、ふと入口の方に人の気配を感じた。
(やれやれ、また誰かのトイレについて行ってやらなきゃならんやつか・・・こっちはスッポンポンなのに・・・)
「いつも言ってるだろ?部屋に入る時はノックするんだ、って・・・」
そう言いながら上体を起こして視線を入り口に向ける。その先にあるものを見た瞬間、サディアは裏声で叫び声を上げ、ベッドの上を後ずさり、そのまま後ろに転がり落ちた。
「なんと、無様な・・・」
そう呟くのは仄かに光を放つ青白い影。サディアが体を起こしてもう一度見ると、影と呼ぶにはしっかりと輪郭がある。
(何だコイツは?モンスターか?今襲われたら、死ぬしかないぞ!フルチンで?イヤイヤ、それは困る!)
サディアは慌ててパンツを探す。本当なら、子供達を気にかけるとか、他に考えるべきことはいくらもあったはずなのに、慌てる彼が最初にやった事はパンツを履くことだった。
その様子を見る「青白い影」は、襲いかかるでもなくじっとしている。
サディアがパンツを履き終わったところで、その影は言葉を発した。といっても、口があるわけでもない。サディアの頭の中に直接、声が響く。
「聞きたくもないが、一応、聞く・・・我等から「聖天使」を・・・異形者達を奪ったのは、貴様か?」
聞き覚えのある単語にサディアの眉が動く。「異形者を」「我等から奪った」?ああ、そういうことか・・・
「アンタ・・・オキューリアってヤツかい?」
パンツ一丁で瞬時に正解を引き当てた目の前のヒュムの男に、その影(オキューリア)は少しばかり困惑する。
(無様だ。幾人もの人間共を導いてきたが、ここまで無様なのは見たことが無い。だが、勘は鋭い・・・流石は下等生物、評価に困る。)
「今一度、問う・・・」
そう言葉を向けたが、サディアは手を出して遮った。
「いや、もう質問は聞こえたよ。俺は立ち会っただけだ。やったのは、アンドレイ・バルビエっていう、ン・モウの博士だ。話を聞きたけりゃ、そっちに行ってくれ!ネルベスカに居るから!」
「とうに、死んだ。」
「・・・え?」
サディアは固まる。
「ママゴトのような、粗末な研究所ごと吹き飛ばされてな。身の丈に合わん事をするから、そんな事になる。」
「アンタ達が、やったのか?」
「下賤共に直に下す手など、持ち合わせてはおらん。」
「なるほど、確かに、手があるようには見えねーな。」
(コイツじゃないとなると、またランベリーあたりか・・・結局、やられちまったんだな、博士・・・)
サディアは胸の中でバルビエに手を合わせる。上手く脱出できていれば、アジョラの助けになったかもしれないと思うと、口惜しかった。
目の前の「オキューリア」が語りかけ続ける。
「あのン・モウの「魂の記憶」と僅かなミストの痕跡を辿り、やっと貴様に辿り着いた・・・言え!貴様の目的は何だ!アレ等を掠め取って、何とする!」
オキューリアは大層な剣幕で叫び立てるが、サディアの反応は冷めたものだった。
「なんもかんも、無いさ・・・もう、終わっちまった事だ。」
「何!?」
「アンタ等に事細かに説明するのも面倒くさい・・・家族の身に危険が迫ってたから、護身用にどうかな、って思っただけだよ。それでなくても、何かの役に立てばな、って思っただけだ・・・」
オキューリアは呆れ返る。
(「家族の護身用」だと?「魂の記憶」を探って分かった、あのバルビエとか言う奴の動機は「単なる好奇心」だった。なんという奴等だ。世に覇を唱えるでも無ければ、世界を変えようとしたわけでもない。そんな下らないことの為に・・・こんな連中に、「聖天使」達を奪われたというのか・・・)
サディアは脱ぎ捨てた服のポケットをまさぐり、「リーブラ」を投げつけ、言い放つ。
「結局、役には立たなかった。まあ、使い方も分からずに持ってった俺らも悪かったよ。取りあえず、ソレは返す。その石に「異形者」が入ってるハズさ・・・あとの石は分からん。あるとすれば、国境地帯かシルバニア、でなけりゃゼルテニア辺りだろうよ。でも「聖天使」はな・・・今ごろ、妹の遺体と一緒に、どこぞの海の底だろうさ。」
「海には無かった・・・」
オキューリアの答えにサディアの眉が動く。
「貴様らがクリスタルなんぞに封印してくれたお陰で、行き先を追えなくなった・・・「力」が使われた時だけ、痕跡が出る・・・ネルベスカで1度、国境地帯とユードラの間で1度・・・これらは微弱すぎて位置の特定にまでは至らなかった。最後の痕跡はフォボハムの北の洋上・・・一瞬だったが、比較的大きな反応だった・・・位置を特定し向かったが、何もなかった。あったのは船の残骸だけだ。」
その答えにサディアは肩を落とす。オキューリアでも、アイツの遺体を見つけることは出来なかったのか、と。
オキューリアが提案する。
「埒が明かん。貴様は事の重大性が分かっていないようだ・・・私に、貴様の記憶を読ませろ。死者の「魂」から得られる情報は極めて断片的なのだ。」
「俺の頭に変なことしないなら、構わんぜ。」
果たしてサディアは大して迷うこともせずに承諾したが、一つ条件がある、と申し出た。
「下賤が一丁前に・・・言ってみろ。」
オキューリアはあいも変わらず尊大だが、聞く耳が無いわけではないようだった。
サディアが口を開く。
「名前くらい名乗れ。人にモノを頼むなら、常識だろう。因みに俺はサディア・ヒサーリだ・・・グレバドスでも良い。」
「グレバドス・・・キルティアの高家の末裔か。その割には威厳も格式も感じんな。」
オキューリアはそう呟くと、「我が名はゲルン。オキューリアの王」と名乗った。
「王様か・・・そりゃ、下着一丁で失礼した。でも、いきなり出てきたそっちが悪いんだからな。」
サディアは軽口を叩く。非現実的な状況が、逆に彼を大胆な態度にさせていた。半分は、虚勢を張っていなければ腰が抜けそうだという恐れ、もう半分は、妹を失った今、この件についてはもうどうでもいいという諦観からの、その態度だった。
ゲルンはサディアの目前に進み出る。ヒュムにでも識別出来る位のミストの奔流がその身体を包む。
(コレで頭の中を全部覗かれてるのか?とんだ出歯亀だな。)
サディアがそう考えた矢先、頭の中にゲルンの声が響く。(貴様如きにでもことわり、条件も飲んだ上でのことだ。礼節も信義も守れんのは、寧ろ貴様等、現生種族共ではないか・・・)
ミストの奔流が収まる。
「終わったかい?服を着ても良いかな?」
サディアが尋ねるが反応はない。床に散ったズボンと上着を身に着ける。ゲルンがボソボソとつぶやき始めた。
「あの白髪の女・・・そうか、貴様等・・・「異形者」を・・・よりにもよって「聖天使」を、人間に受肉させたのか・・・なんという真似を!」
サディアはため息をつく。
「そんなに大層な事かい?アイツはロクに力なんか使いこなせなかった。自分以外は生き返らせれたが、それだけだ。もう少し、役に立ってくれりゃあ、死なずに済んだかも知れなかったのに・・・」
「愚か者め!!」
ゲルンが大音声で一喝する。と言っても鼓膜に響くわけではない。頭の中に直接響くから痛いのは耳ではなく頭だ。サディアはたまらず膝を付く。
「この私自らが「下ってきた」意味が分かっていないようだな・・・仮にも「聖天使」と融合した者が、死ぬ事などあるものか・・・「アレ」は、この星の全ての生命と繋がっているのだぞ。」
サディアの動きが止まる。ゆっくりとゲルンを見あげる。その目に、光ることのない異様な灯りが灯っているのをゲルンは認めた。
「・・・生きてる?」
「それが問題なのだ。「アレ」を宿したまま、何処で何をしているのか見当もつかん。「力」を使えば辿る事が出来るが、フォボハム沖から先、その気配もない。状況から見て恐らく「覚醒」はしていないのだろう。」
「覚醒?」
「貴様の妹だという娘の「魂の器」、そこに宿る魂が、少なくとも完全には「聖天使」のものには入れ替わってはいない、ということだ。貴様は「妹が力を使いこなせなかった」と言ったな。「器」に入る魂は原則、一つだけだ。「魂」と「肉体」が連動しなければ「力」は使えん。」
「完全な融合ではなかった?」
「完全な融合などあり得ん。「個」を保った魂同士が混ざることは無いからだ。通常、個の魂と肉体は強く結びついている。生まれてから、死んで魂が「龍脈」に還るまでの間はな。自然の摂理ではあり得ん事だが、貴様らの野蛮な施術のせいで、あの娘の「器」の中には二つの魂が同居している。一つは娘自身の、もう一つは「聖天使」の魂だ。いかなる種族、生命であれ、魂の力自体は変わらない。ネルベスカ以降、娘が「普通に」生きている間、その「器」には生来の娘の魂が結びつき、取り込まれた「聖天使」の魂は、娘の魂と繋がりながら「器」の縁に除けられた状態でいたのだろう。それ故に、極めて限られた力しか使えなかった。意識は当然、娘のものだ。」
サディアは思い返す。ゲルンの説明は完全に当時の状況に合致していた。
「娘の「肉体」が死んで三昼夜が過ぎ、その魂が「器」から離れようとした。普通なら、魂はそのまま離れて龍脈へと還り、肉体も塵へと還る。だが、娘の魂は「聖天使」と繋がっている。「聖天使」に引かれた魂は「器」から離れる事が出来ず、恐らく今は、2つの魂が、極めて不安定な形で「器」に乗っている状況なのだろう。「器」から剥がれようとした娘の魂に引かれて「聖天使」の魂が動いた衝撃で、フォボハム沖でのミストの奔流と暴走が起きた。チンケな鉄の戦艦一隻を沈める位には十分な程度のな・・・だが、まだ、最悪の状況には至っていない・・・」
「最悪の状況?なんだ、それは?」
「「聖天使」の魂が、「器」と結びついた時、このイヴァリースは滅びる。我等に「あの戦争」をもう一度戦う力は残されていない・・・」
ドアがノックされ、扉が開く。そこにはアリアンの姿。
「ねえ、ちょくちょくあなたの声が聞こえるんだけど、独り言?それよりあなた、寝間着を忘れて・・・ちょっと!パンツ一丁なら、そう言いなさいよ!」
そう叫ぶと寝間着を投げつけて扉を閉める。
「お休み!もうちょっと静かにしてね!」
扉の向こうからそう言って、アリアンは去っていった。
サディアは改めてゲルンの姿を見る。
「彼女には、見えてなかった?」
「我等は人を「選ぶ」。極めて不本意だが、今は貴様しかおらん。」
「あん?俺に何をさせようってんだ!?」
アリアンに怒られないよう、今度は小さな声で問う。
だが、ゲルンは姿を消した。声だけが聞こえる。
「あの女に興を削がれた・・・貴様も、もう寝ろ。休まねば、ただでさえ残念なその頭がさらに悪くなるのだろう・・・下等生物め。」
サディアは特大の溜め息を付くと、寝間着を拾って袖を通した。床に放置された「リーブラ」も拾う。
(要するに、「アジョラが生きているかも知れない。ただし、普通ではない状態で・・・」ってことか。いいだろう、明日から、ヤツを質問攻めにしてやる。)
サディアは決意を固めると、今度は3分も経たずに眠りに落ちた。
次の日から、アリアンはサディアの様子に変化を感じた。これまでに比べて少しだが、生気を感じる。アドルフとの一件のおかげかしら、とも考える。自分に向って笑いかけてくれることも増えた。これまでのように、どこか申し訳のように取ってつけたような笑みではない、本当の笑顔だ。自然と自分も心から笑えるようになる。心の傷が塞がれていくのが判った。アリアンにとって、今のサディアは「居てくれたほうが良い人」ではなく、「居て欲しい人」だった。
サディアの心の変化のきっかけはやはり、アジョラの事だった。ゲルンの話を聞き、「生きてさえいれば、何とかなるのではないか」と希望を抱ける。彼自身の楽観とは裏腹に隙を見つけては横で危機感を煽ってくる「王様」にも、恐れを抱くことは無くなった。二言目には「便所虫以下」だの「両性生物の糞をかき集めたほどの価値しかない」だのと見下してくるが、どうやら自分を必要とはしているらしく、少なくとも身の危険を感じることは無くなった。時間を見つけては、分からないことを聞いていく。ひととおり暴言か嫌味を吐かれた後、「正解」を教えてもらうのが常になった。
そしてアリアン。会った当初はどこか疲れたような笑顔だったのが、今では見ているとこちらまで朗らかな気分にさせてくるような笑みを見せてくれるようになった。自分にこんな顔を向けてくれる女性はサディアにとって初めてだった。元が苦労人のせいなのか、年よりも大人びた振る舞いをするアリアンとは、年の差を意識することもなかった。行方も状況も分からない妹のことでもなく、騒がしい子供達のことでもなく、自分と同じ痛みを知りながら、勝ち気で朗らかな笑顔を振りまく彼女のことをまず考えている時間があることを、サディア自身はやや戸惑いながらも受け入れるようになった。