When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 761 2月20日
音が聞こえる。波の音・・・
匂いがする。磯の香り・・・
波じゃない音。人の声・・・
「死んでる?」
「ううん!あったかいよ。」
「マジかよ?この季節だぜ・・・ホントだ。息してる・・・」
子供の声だ・・・
「ねえ!ちょっと、やめなさいよ・・・サイテー」
「ちょっとだけ・・・うわ、すげえ下着・・・」
「やめろよ。大人、呼びにいこうぜ。」
身体が動かない・・・
目も開かない・・・
まだ、眠い・・・
・・・・・・
少し、ウトウトしたかしら?
波に身体が揺られて何だか心地良い。
(つく、つん)
なあに? ほっぺた、突っつかないで・・・
「つん、つく、つん」
・・・さっきとは別の子の声だ・・・もっと、幼い・・・
今度は、目が・・・開いた!
「わ」
女の子だ。4、5歳くらい?
手には・・・木の枝?
「あ、そんなので、人、突っついちゃあ、ダメよ。」
声も出た。
身体は・・・起こせた。
「ゴメンナサイ。ねえ、つめたくないの?」
真っ黒でつややかな髪と、反対に真っ白なワンピース、その上に羽織った同じく純白のマントが印象的・・・
不思議と、水は冷たくない。
視線を自分の身体に落とす。
白い・・・最期の日に選んだ、絹のドレス。
「ふくのいろ、いっしょ!かみのいろは、はんたい!」
そう言って女の子は体を揺する。
女の子に聞いてみる。
「ここはどこ?天国かなあ?」
女の子は首を横に振る。
「ここはね、「のばや・べるべにや」だよ。」
ノヴァヤ・ベルベニヤ・・・聞いたことがある。300年ほど前、同盟諸国とユードラの支配地域が東西に行ったり来たりを繰り返していた頃に、ベルベニアからフォボハムの北部に移住した一団がいた。植民都市として、ベルベニア同様、どちらの陣営にも与せずにベルベニアとは緩やかに繋がっていたらしいけれど、フォボハムが完全にユードラ圏に飲まれてからはそれも無くなった。以降は、ユードラ内に幾つもある少数民族自治区の一つとして存続しているという・・・簡単に言えば、ド田舎の辺境だ。
女の子は貴婦人がするようにワンピースの両側をつまんで膝を折る。
「わたしは、ザーリャです!」
そして、キラキラとした瞳をコチラに向けてくる。
コレは、自己紹介しないといけない流れなのね・・・
立ち上がって、びしょ濡れのドレスを、彼女がやったようにつまんで、同じように膝を折る。
そうしながら、最初に考えたこと。
(アジョラ・グレバドスは、もう死んだんだ)
直感で、それがいいと思った。
もしかしたら、これが「聖天使」の「力」なのかな。私に、もう一度、生きるチャンスをくれた?よく分かんないけれど、どうせ考えても分からないから、ここは良いように解釈しよう。
名前を考えないと・・・あった。「定期報告」の時にだけ使ってた、あの名前・・・
「アタシは、ラナ・・・ラナ・トーラスです。」
防風林らしい木立の向こうから、大人達が担架やら何やらを抱えてやってくる。
「おい、立ってるよ。信じらんねぇ・・・」
「また僧兵海軍のホトケさんかと・・・さすがにありゃ、違うな。」
「生きてるなら、服、変えないと。凍傷になっちまうよ」
幾人かのご婦人が分厚い毛布と毛皮の上下を受け取ると、男集を散らして毛布と体で自分を囲うように壁を作ってくれる。
「動ける?見えないようにしといてやるから、これで体拭いて!で、コレ、着なさい。」
なぜか寒さは感じられないけれど、水に濡れたドレスの端は風に吹かれて固くなり始めている。迎えに来た人達も、皆、厚着だ。冬のフォボハム北海沿岸なら、まあ、そうだろう。「学校」の地誌で学んだだけで、来たことは無いけれど・・・
ドレスを脱いで、気付く。烙印の様に肌に張り付いた「例の服」。壁になってくれている女性達の顔も一瞬、歪む。
そりゃ、そうだ。コレを着させられてる時点で、この国じゃあ犯罪者なんだ。
でも、不思議と誰もそれ以上のネガティブな反応は示さない。
一番年長らしいオバチャンが聞いてくる。
「ごめんね。コレだけ聞かせて。その・・・殺人とか、盗みとかじゃあ、ないよね?」
首を縦に振る。
(外患誘致なんて、受け取り方次第じゃあ、もっとヤバいんだろうけれど・・・)
何か言わねばと口を開こうとした矢先に、オバチャンが目を閉じて小さく首を横に振る。
「良いんだよ!人様を傷付けるような罪じゃなけりゃあ!法王府の坊主達、ホントに何でもないようなコトでも、人をしょっぴいちゃあこういう目に合わすんだから・・・ねえ!」
まわりのご婦人達も一様に頷く。
「ウチの甥っ子なんて、出稼ぎ先のイグーロスで坊主の悪口を落書きしただけで懲役3か月さ!すっかり痩せ細って帰ってきてねぇ・・・」
「でも、良かったじゃない!あの子、大分「ふくよか」だったからさ、丁度イイ感じになって!」
「ねえ!あんなにイケメンだったなんて!英雄扱いで直ぐに彼女まで出来ちゃってさ。」
「ウチの息子が言ってたわよ。あの後、若いのがみんなで「たらふく食ってデブになってから、イグーロスに落書きしに行こう」って騒いでたって!」
そう言ってゲラゲラと笑い出す。
「教会の坊主が解呪の呪文を唱えないと脱げないのよね、ソレ。連れてってあげても良いけれど、ワケありならムリしなくていいのよ。ウチの娘がイイ感じで身体が隠れる服、仕立てるからさ!」
皆、まるで法王府に罰せられる事が「良い事」の様に話す。そうか・・・そういう「土地柄」なんだ。
ユードラの少数民族政策は厳しい。どうしても耐えられない人達が、国境地帯に逃げてくる。残っている人達だって、法王府のやり方を快くは思ってない・・・そういうことなのね。
体を拭いて、貰った服と毛皮の上着を着る。
暖かい。温もりは感じるんだ・・・
「お嬢ちゃん、名前は?」
ご婦人が聞いてくる。
さっき、黒髪の女の子に伝えた名前を自身に刷り込むように繰り返す。
「ラナ・トーラスです・・・あの、本当に、ありがとうございます。」
ご婦人達は意外という顔をする。
「この辺の名前じゃないけど、なんか訛りは近いね!」
「生まれは?言える?」
「ベルベニア・・・の近くです。帝国には、その、出稼ぎで・・・」
そう伝え、軽犯罪者を拘置施設に移送する飛空艇が沖合で墜ちたのだと、自分の罪状は、国境地帯出身者の一時滞在許可切れ後に検挙されたのだと適当に話を作って話すと、ご婦人達は口々に労をねぎらってくれた。腹が空いたろうと、魔法瓶から温かいスープを注いでくれる。なぜかお腹も空いてなければ喉も渇いて無かったけれど、折角なので頂く。ベルベニアと同じ、米と麦の合わせ味噌スープだ・・・暖かくて、美味しい。
ご婦人の間から、黒い頭が顔を出す。ザーリャだ。
「似合う?」
借りた毛皮のコートと帽子をアピールしてみる。
ザーリャは何も言わずに笑顔でピョンピョン跳ねる。
ご婦人の一人がザーリャの肩に優しく手を添えた。
「ザーリャ・・・貴女はもう、巫女様なんですよ。一人で海辺になんか、危ないから、来てはいけません。」
「ダメなの?先週まではよかったじゃん!」
「先週はまだ、巫女様じゃなかったでしょう?」
ザーリャの笑顔が一気に曇る。
「巫女さま、ヤダ!ママとねれないんだもん!「おやしろ」でねるの、ヤダ!」
「しょうがないんです。先代が貴女をご指名なさったんですから。」
ご婦人はそう言うと、ザーリャの腕を引く。ザーリャがむずがってしゃがみ込むと、今度はヒョイと抱えて歩いていってしまった。
胸騒ぎがする。
ご婦人の一人に聞いてみる。
「あの・・・あの黒髪の子って・・・ミコ様?」
ご婦人は頷きながら答えてくれる。
「貴女のご出身のベルベニアにもある、って聞いたことあるわよ、御子様の伝承。御先祖様があちらから越してきてから、こっちでもずっと続いてるの。カタチはだいぶん違うんだけれどね。」
「違う?」
「ベルベニア本家のは、「イザというときに神の声を携えてやって来てくださる「御子」様。でも、こっちのは、いつでも居て、神の依代として国をお守り下さる「巫女」様なの。先週の始めに、先代の巫女様が亡くなられてね。この町のザーリャ、あの子を亡くなる前にご指名になられたの。次の巫女様にね。」
「選ばれると、どうなるんです?」
だいたい想像はつく。溜め息をつきたくなる。
「守り神様の依代になる「玉体」だからね。それまでとはだいぶん、違った暮らしにはなっちゃうね。擦り傷ひとつつくだけでも凶兆になっちゃうから、外遊びもダメになるし、「皆の巫女様だから」って理由で、家も家族と別になってしまうの。祝詞や神楽を教える神職やお世話をする氏子達は居るけれど・・・大変よね。」
「そんな・・・」
ザーリャの姿が一気に子供の頃の自身に重なる。
ご婦人は眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「でも、昔からの決まりだしねぇ。これまでも、それで御加護を得てきたから・・・」
ベルベニアの迷信気質は移住先でも健在というわけだ。
言いたい。
「加護なんて無い!」
「だから、あの子を自由にしてあげて!」
と、今すぐにでも言いたい。
でも、それが馬鹿なことだっていうのは分かってる。文字どおりの「流れ者」が流れ着いた初日に言っていいようなセリフじゃあない。
「ザーリャちゃんって、巫女様になる前は、どんな子だったんですか?」
ご婦人は思い返す仕草をすると、小さな笑みを浮かべて吹き出した。
「フフッ!あの子は、そりゃあホントにお転婆でねぇ、ちょっと目を離した隙に行商にくっついて2つ隣の町まで行っちまうような子さ。ご指名された日だって、鬼ごっこしてる間に肥溜めに落ちちゃってね。」
肥溜めか・・・アタシも、2度ほど落ちたな。1度目は子供の頃。クランごっこでサドル団長達についていけなくて、あぜ道を近道しようとしたら、落ちた。2度目は一昨年。収穫前の麦畑でイナゴの駆除に躍起になってたら足下が疎かになってて、落ちた。結局、イナゴの害は思ったより軽くて、村人達から「御子様が畑の代わりに災いを受けて下さった。」と慰められた。
ますますザーリャを放っておけない気持ちに駆り立てられる。
でも、今すぐ何かができるわけじゃない。
まずはここで情報と信用を得ないと・・・同情だけじゃ生きていけないから。
アタシはもう、「神の御子」でも、任務を帯びた何者でもない、ただの女の子なんだから・・・。
町は、大方の予想どおり、裕福ではない。先端科学や機械工学のイメージが強いユードラでも、結局、田舎はこんなものなのかと思う。それでも、街の真ん中に設えられた、こればかりは厳重なセキュリティの掛かった都市区画用AM(アンチ・ミミック)ジェネレーターのお陰で、町中にはチョコボよりも内燃機関式のトラックやオートバイの方が多い。
居候させてくれる余裕のある家はなかったけれど、町の外れの空家を貸してもらえた。例の服のせいで「経典法で罰せられた人」という情報が広まったおかげか、皆、とても優しい。聞けば、出稼ぎ先での「犯罪」で恥辱服を着させられた事がある女の子も何人かいるとのことだった。いくつかのバリエーションがある事を初めて知る。アタシのは「3型」で「比較的マシな方」らしい(因みに「1型」は「マイクロビキニ」、「2型」は「スリングショット」なんて呼ばれてた。絵に描いて見せてもらったが確かにアタシのよりも数段、ヒドかった)。
家財道具に燃料、食料、当面必要なものは「頂き物」で賄えそうだ。
仕事を探す。収入の額を気にしなければ、仕事は幾らもあった。実入りのいい仕事はやはり都会にしかなく、体力のある人は皆、出稼ぎに出てしまうからだ。
ずっと国境地帯で農地復元をやってたせいか、畑をやりたかったけれど、今は真冬だから土をいじる仕事はまだ無い。ご老人達の「御用聞き」の仕事を紹介された。若者は出稼ぎが多くて、ご老人の面倒をみれる人が少ない。日用品や燃料の買い出しに家の掃除、洗濯等を代行して手間賃を頂く。こういうところでご老人達と仲良くなっておくのは悪いことではない。努めて明るく振る舞う。
最初は余所者のアタシに家に入られて快く思わない人もいるようだったけれど、背に腹は代えられない。腰が曲がって自分じゃあ電球ひとつ替えられないんだもの。
国境地帯が長かったお陰で、汚いのやキツイのは慣れてる。汲み取り便所の清掃や虫との戦いも大して苦労はしない。真面目に仕事を続けてると、ご老人達はドンドン優しくしてくれるようになる。こういう田舎では老人を味方につけるのが信用の近道だ。「お客」の一人は、もうトシで乗れなくなったからと、バイクまで譲ってくれた(排気量1800ccの牛みたいなバイクで、コレに乗って御用聞きをして回っていると、道すがらに子供達から「かっけーネーチャン」の渾名で呼ばれる様になった)。ザーリャの事も、聞くと色々教えてくれた。やっぱり、望んで巫女様になんかなったわけじゃなかった。ザーリャのことを良く知るこの町の人々は、彼女のことを大層憐れんだけれど、彼女はこの町だけじゃない、ノヴァヤ・ベルベニヤ自治区全ての「巫女」だから、ここの人達の一存で家族のもとに返したり、外で遊ばせることは出来なかった。
しばらく過ごして、自分の身体に幾つかの変化があることが分かった。
全くお腹が空かない。食べることは出来るけれど、出るはずのものが出ない。最初はただの便秘かと思ったけれど、そうじゃなかった。国境地帯の偶像(アイドル)だった頃にはフツーに出てたのに、引退して「普通の女の子」になった途端に出なくなるって、どういうコト?
寒さを感じない。逆に、ストーブの近くに行っても熱さも感じない。ほんのりとした暖かさや、涼しさは感じるけれど・・・。
やっぱり、一度死んで、蘇ったことが関係してる?
アタシが蘇らせた人達は、普通の生活をしてたはずだ。あの人達とは、何かが違うってこと?
実は幽霊とかアンデッドになっちゃった?足はちゃんとある。鏡に姿も映る。試しにポーションを飲んでみたけれど身体は壊さなかった。
時々、自分の身体が自分のモノじゃないような気がして、少し怖くなる。
ある時、木陰で子供達が泣いていた。飼っていた子猫が外でカラスにやられて死んでしまったのだという。
「力」はまだ使えるのかしら・・・子猫を受け取って、「いつもの要領」で目を閉じる・・・入れた。「星の龍脈」だ。でも何かが違う・・・感覚だ。まるで、何年も、何年もずっとここに居たかのような懐かしさと、心地よさを感じる。今まで、そんな事は無かった。
やっぱり、怖い。
直ぐ側に子猫の「魂」が見える。触れれば、蘇るんだろう。
・・・やめた。アタシは、もう止めたんだ。あの「井戸の日」から始まった全てのしがらみから自分を切り離して、人生をやり直すんだ。いつかはこの服も脱がせてもらう。友達を作って、恋をして、家族を・・・子供だって・・・。
だから、もう、特別なことはできなくていい。
目を開けると、子供達がこっちを見ている。
「何をしてたの?」
少し考えて、答える。
「お祈りをしてたの。お墓を作ってあげましょう。」
4月15日
深夜、ザーリャの「お社」に向かう。モンスターに襲われたりすることのないよう、閉じられた扉は分厚く、結界まで張られている。巫女が大きくなれば、コレはそのまま「男除け」だ。
こんな意地悪な決まりを作ったヤツを半日は問い詰めてやりたくなる。でも、そんな奴は何百年も前にとうに死んでる。残された人達は代を重ねて、何も決められなくなる。ただ、「止めて悪い事があったらどうしよう」という恐怖と、大した代償も払わずにすがれるものが欲しいという欲望だけが、この無意味なしきたりのエネルギー源になって、引き継がれていく。
お社の間取りは「お客」のご老人に聞いた。
大体の勘で・・・テレポ!
ほら、入れた!祭壇の置かれた広間から、常夜灯のついた脇の部屋に入る。部屋のすみっコに置かれたベッドで毛布にくるまって座るザーリャ。
そうだよね。
寝れないよね。
分かる・・・メチャクチャ分かる。アタシも、そうだったから!
ザーリャは向こうを向いて小さな窓から外を眺めている。月でも見てるのか、コッチには気づいてないみたい。
「はぁい。」
声をかけて、振り返ったザーリャに手を振る。
「ママ!?」
・・・うん、そうだよね。アタシも、一緒だった。母さんは、ずーっと、来なかったけれど・・・
「残念!ラナねえちゃんでした!」
そう言って、両手を開いて見せる。ザーリャの顔が一瞬、曇って、でも、その後は微笑みかけてくれた。
「おねーちゃん、ひさしぶり!どうやって、はいれたの?」
「魔法のテレポーテーションよ!」
そう答えて、部屋の端から端まで、テレポで移動してみせる。
ザーリャはパチパチと手を叩くが、さほど驚いた様子には見えない。
「かりうどのウシャコフおじさんがやるやつだね。クマにおそわれそうになったら、そうやってにげるんだって!」
そしてザーリャは頭を捻る。
「おじさんは、「ココの「けっかい」はテレポでもとおれないから、わるいオバケもこれないよ!」っていってたんだけどな・・・」
(・・・え?)
じゃあ、なんでアタシは通れたんだ?また少し、背筋が寒くなる・・・でも、お陰でザーリャの所に来ることができた。
「ザーリャ、あなた、ヒマでしょう?」
「ヒマ!ヒマ!」
「全然、眠くないでしょう?」
「ねむくない!だって、おひるも、おそとであそべないんだよ!?」
「じゃあ、おねえさんと、あそぼ?」
そう言って、持ってきた折り紙やお絵かきセットを出す。薄暗い中でも、ザーリャの瞳がキラキラ光るのが分かった。
「生き神様」になって間もない頃、部屋でうずくまりながら想像してた。サドル団長達がテレポで突如部屋にワープしてきて、「助けに来たぞ!さあ、探検に行こう!」って言ってくれる、そんなシーン。当然、そんな事にはならずに、1年も経つ頃には全部諦めてしまって、そんな想像をする事も無くなった。だから、時期が来たら、ザーリャにコレをやってあげよう、とずっと思ってた。
いきなり探検に出るのはリスキーだけれど、部屋遊びくらいなら誰にもバレないだろう。子供の夜更かしなんてホントは良くないけれど、どうせ昼間だってマトモに遊べやしないんだ。それにアタシは知ってる。「生き神様」の夜は本当に長いんだ。眠れないのに、時間が経つのは異様に遅くて、それだけで気が滅入る。ザーリャの頬に薄っすらと涙が乾いた跡が残っているのを、アタシは見逃さない。
それから毎日、夜はザーリャと二人だけの秘密の時間になった。町の子がやってるテレビゲームなんてのは出来ないから、ここでやるのは昔ながらの折り紙や手遊びに、お絵描き。それでもザーリャはとても楽しんでくれる。最後は決まって、絵本を呼んでとねだってくる。小さい絵本なら2冊も読み終わると、何も言わずに毛布にくるまって、1分後にはウトウトしだす。額と頬にキスをすると、ザーリャもアタシにキスをしてくれる。もう一分もすれば、彼女はもう夢の中だ。
ザーリャが寝言で「ママ」と言う。それはしょうがない。アタシはこの子のママにはなれない。それでも、その少しふっくらとした柔らかい頬に手を添わせると、ギュッと掴んで引き寄せるのが、たまらなくいじらしい。
アタシには、少しの間だけれど、守ってくれた兄さんがいた。父さんも、時々は父さんでいてくれた。この子にはそれも無い。この自治区の「しきたり」は、巫女に「無私」である事を強いた。巫女の家族は、同じ町に住むことを許されなかった。
三つ隣の街に居たザーリャの「先代」は8歳で選ばれて65歳で他界したという。とても優しく、ただ、しきたりには厳しい人だったらしい。一体、どんなことを思いながらその間の孤独を過ごしたのだろうかと思わずにいられない。ただ、しきたりに厳しい、というのはよく分かる気がした。きっと、自分がしきたりのせいでこんな目にあっているのに、周りが適当にやっているのは我慢がならなかったのだろう。
ただひとつ、分かっている事がある。ベルベニアの「御子」にも、ノヴァヤ・ベルベニヤの「巫女」にも「神の声」は聞こえない。神様は救わない。
アタシは、大佐や叔父さん達に救われた。皆を巻き添えにした挙句の行き先は処刑台だったけれど、アタシを選んだ大佐を恨んだことや、自身がその道を進んだこと自体を後悔したことはない。
「聖天使」がくれたチャンスで、アタシがザーリャを助ける。大佐みたいには出来なくても、毎日、こうやって側にいてやることは出来る。子供にとっては、それだけのことが、かけがえのない価値なんだ。あの頃のアタシがそれを、どれだけ求めたことか!
ザーリャが完全に眠ったのを確認して、テレポで社を出る。痕跡が残ることはない。ここに来てから、ムダ毛も伸びなくなったし、頭に櫛を通しても髪一本、抜けなくなったから・・・。