When The "Saints" Go Marching In Ivalice 作:N22b
B.B. 761 7月10日 オーボンヌ
アリアンはサディアにまた新たな変化を見出す。今度はあまり良いものではなかった。どこか上の空で、延々と考え事をしているかのような雰囲気を醸し出す。呼べばすぐに答える事もあれば、箒で尻を叩いてようやっと気付くこともあるような有様だった。子供達の夜泣きも減ってきたというのに、朝、起きてくるとまるで徹夜でもしていたかのように目の下にクマを作っている。
ついこの間まで、あんなに笑ってくれていたのに・・・
それがアリアンには、サディアがいつかそのままふらりと何処かへいなくなってしまう前兆のようにも見えた。
心が痛む。
(私の人生に突然現れて、こんな気持ちにさせておいて、それで居なくなるなんて許さない。
これ以上の不条理はゴメンよ・・・!)
子供達を寝かしつけた後、意を決して、詰め寄る。
「ねえ・・・話せないことがあるのなら、それでもいいわ。一人で考えたい時間だってあるでしょうよ。でも、一つだけ、約束して!」
そう言うとサディアの服の裾を掴む。
「私の前から、勝手にいなくならないで・・・」
その目には涙が浮かんでいる。
サディアはその手を握る。数か月一緒に居て、アリアンの肌に触れるのはこれが初めてだった。温かい・・・その温もりがサディアの心臓を一気に揺さぶった。
ゲルンに「知識」を与えられてからの自分の変化は自覚していた。一人の人間が処理するには余りにも膨大なその量と深さ。起こり得る全てのケースに対してそれらの知識を動員して「策」を練る。何日あっても足りるものではない。アリアンや子供達には申し訳ないと思っていた。迷惑をかけているのだろうと、自責の念を持ってもいた。
だが、目の前のアリアンは泣いている。呆れるでも、怒るのでもなく、泣いているのだ。自分の変化が、これほどまでに彼女を傷付けていたのかと思うと、一気に心が張り裂けそうになった。サディアは改めて、今の自らの心に彼女が占める割合を思い知る。
「俺は、ここにいるよ。いなくなんか・・・なるものか」
そう言ってアリアンを抱き寄せる。一瞬、肩をすくめたアリアンだったが、頭が胸元に収まると、同じく両腕をサディアの胴に這わせた。
肌と服を通して感じる互いの体温と息遣いがたまらなく愛おしい。この抱擁を解く選択肢など考えもつかなかった。
ゲルンは気配を消す。彼からすれば下等種族の情事を端から眺める程、悪趣味でもなければ、無粋でもなかった。それにしても、一刻の猶予もないこの時に、あくまでも自らの情念を優先させるこの浅はかさ!だが、それこそが、ゲルンが「逆の意味で」この男を見込んだ理由でもあった。
恐らく、サディアがここでこうしていられる時間はそう長くはない。
ゲルンはそう予測していた。
ならば今はせいぜい、祝福してやろう。
「イヴァリースを護る」というのは、突き詰めればそういうことなのだ。見下していようと、驕りから来るものであろうと、その中で暮らす者達の営みを護ると決めた父祖の決断に思いを馳せる。
その一方で、この月並みな、人間臭いだけの「勇者からは最も遠い」男に、予想を超えた馬鹿さ加減を見せて欲しいとも願う。その為の「知識」と「決断」をこの男に託した。それに逆らわぬと、自らに枷をも掛けた。
自らの中を駆け巡る矛盾した「感情」にゲルンは悦ぶ。一体、どのようなプログラムがこんな矛盾を抱えるだろうか?「存続」と「破滅」を同時に望む。正に、「命あるもの」にしか出来ない事ではないか!?
数刻の後、サディアは、隣で横になるアリアンに語りかける。
「妹が、アイツが生きているかも知れない。もしそうなら、何とかしてやりたいんだ。」
と。
アリアンは驚き、サディアの正気を疑いもしたが、その眼差しが虚ろではないことを見ると、ただ頷いた。
そして伝える。
「でも、それは今言うセリフじゃあないわ。今は、私だけを見ていて。」
と。
7月21日
サディアはアドルフを呼び出す。
「君をアイツの「弟」と見込んで、頼みたいことがある。」
そう言って、ゲルンと会ってからの顛末を全て話した。訝るアドルフに、ゲルンの姿を一瞬、見させる。アドルフは腰を抜かした後、全てを信じると約束した。
サディアはアドルフの特別な才能を見抜いていた。抜群の記憶力に、人並み外れて高い知能。
「今から話すのは、「最悪のケース」が起きた場合の計画だ。」
サディアは、考えに考え抜いた「計画」をアドルフに明かす。アドルフはそのあまりの遠大さに圧倒される。
「この数ヶ月、ずっと様子がおかしいとは思っていたよ・・・まさか、そんな事を考えていたなんて!」
アドルフはそう言うと、呆れたという風に首を横に振った。
サディアはその手に「リーブラ」を乗せて眺める。
「君がコイツを持っていてくれたお陰で、この作戦を考える事が出来た。俺達には「ツキ」がある。」
そう言うと、アドルフを連れて図書館の階段を降り、最下層へと辿り着いた。電灯を付けても、さすがに薄暗い。
深呼吸をすると、目を閉じて両手を差し出し、小声でブツブツと何かを詠唱しだす。目を開けた瞬間、光と音、そしてミストが奔流となって書庫内に渦巻き、その床に魔法陣を刻んでいった。
「・・・これは!?」
目を丸くしてアドルフが問う。
「デジョン・・・さっき話した、「向こう側」への扉。まあ、まだ「向こう側」は存在しないけどな。今のうちに、できる用意はしておく・・・」
そう言うとアドルフに、魔法陣の発動の仕方を教える。難しいものではなかった。符丁となる呪文さえ唱えれば発動できる。
「その呪文を、「指南書」に添付しておいて欲しい。」
サディアの頼みにアドルフは頭を掻く。
「うぅ・・・責任重大だ・・・。」
一旦、アドルフを解放したサディアにゲルンが語りかける。
「貴様、何を考えている?」
「何がだい?」
「「門」の片割れだけをこんなところに?意味が分からん。」
サディアは不敵な笑みを浮かべる。
「知ろうと思えば、さっきのアドルフとのやり取りを盗み聞きできたはずだ。でも、アンタ、姿消してたろ。ホントはまだ知りたくないんじゃないか?」
ゲルンも「笑い」返す。
「相変わらず、馬鹿だが勘だけは良い奴だ。貴様がどんな馬鹿をしでかすか、それだけが今の楽しみでな。」
サディアは口角を上げたままゲルンを横目にねめ上げる。
「俺に任せた時点で、「賢明な判断」なんてものは諦めるんだな・・・配慮はするが、絶対じゃあない。そこんとこ、よろしく。」
7月29日
サディアは久々にアロイス・オークスを訪ねる。計画の全てを語ることはしなかったが、アロイスに役割を果たしてもらうために必要な情報を伝える。
「こんな事にはなって欲しくは無いけれど・・・」
そう前置きして、「最悪のケース」で起こり得る戦いに備えておいて欲しいと請う。どんなに強力な軍でも、準備無しに戦うことはできない。組織が大きくなるほどに、準備に必要な時間と手間は増大する。即応性が武器の第1機動戦術群とて、その道理から完全に逃れられるわけではない。
アロイスはサディアの変貌とゲルンの出現に戸惑ったが、必要な準備をすることを約束した。
アロイスは、「それならば、全軍で準備を整えるべきではないか?」と問い返す。サディアは首を横に振る。
「帝国軍全体がそれをやれば、イヴァリースのすべての国家に無用の刺激を与える。事態は予想しない方向に動いてしまうかもしれない。下手をすれば、そのせいで「聖天使」を起こしてしまう可能性もある。さっき言ったケースは、「起きない」に越したことはないんだ。」
サディアはそう言うと、頭を下げて言う。
「大丈夫、最後は、俺自身がキメるから!」
と。
アロイスには、聞きたいことが幾らもあったが、サディアを追及はしなかった。彼が全てを話さないのは、恐らくは話しても自分が理解しきれないからなのだろう、と理解する。アロイスは、人外の知識を得て図らずも「超越者」となったサディアの目を見る。かつて自分が「この男は信ずるに足る」と判断した、あの時の目と何ら変わりない。それならば、信じて成すべきことを成すだけだ。アロイスは数度頷き、サディアの肩を叩いた。
サディアはゲルンに問う。アルケイディアやロザリア、ダルマスカの助力も得るべきだろうか?と。
ゲルンは首を横に振った。
「あれらの国の指導部には、まだ、ダルマスカ戦役を戦った面々が残っている。彼等は、我等オキューリアを絶対に信用はしないだろう。話をして、逆に敵対などされてはたまらない。」
と「助言」する。
サディアが突っ込む。
「アンタ達の事だ。どうせ彼等の事をクソカスにでも煽って、愛想尽かされたんだろう。」
と。
ゲルンは否定しなかった。
アジョラはまだ、見つからない。